博 士 ( 水 産 学 ) 岡 部 浩 昭
学 位 論 文 題 名
螢 光検出
HPLC
による キラル 脂質の高感度分子種 分 析法の 開発 とその 海洋脂 質成分分析への応用学位論文内容の要旨
脂質の抽出や精製、化学反応や分析の過程では通常多量の有機溶媒が 使用される。全ての有機溶媒は人体にとって有害であり、特にハ口ゲン 系や芳香族系の溶媒は毒性が強く、環境破壊に繋がるものも多い。分析 法の高感度化は実験スケールを縮小し、有機溶媒の使用量や化学反応等 に使用される毒劇物などの試薬の量を減少させることができる。したが って分析法の高感度化は、微量成分分析のためだけではなく、資源や環 境の保護および健康維持の面で必要である。本研究は脂質成分分析の高 感 度 化 を 達 成 す る た め に 、 新 し い 方 法 の 確 立 を 目 的 と し た 。
海洋生物中の脂質成分は、リン脂質や糖脂質などの極性脂質やトリア シルグリセ口ールなどの非極性脂質等に大別される。これらのグリセ口 脂質は、ドコサヘキサエン酸(
DHA)
やェイコサペンタエン酸(EPA)
などの高度不飽和脂肪酸を含む多数の分子種から構成されてしゝる。分子 種には二重結合位置異性体および光学異性体が存在するので、海洋脂質 成分の組成は極めて複雑である。近年、ガスク口マトグラフイー(GLC) や高速液体ク口マトグラフイー(HPLC)の発展にともない、分子種の 分離技術は目覚ましく進歩した。光学異性体は旋光性以外の物性が等し いために、クロマトグラフイーによる分離は極めて困難であったが、キ ラル固定相の開発により可能となった。たとえば分子内に水酸基をもつ ジアシルグリセロールのようなキラル脂質は、3,5ージニト口フェニルウ レタン(3
,5
―DNPU)に変換され、キラルHPLC
(UV
検出)によりその光学異性体は良好に分離されている。しかし、生体試料中の微量成分 に対しては、3,5−DNPUよりもさらに高感度な光学異性体や分子種の分 析法が必要である。
本研究では、fmol(フウムトモル,10―151T10l)レベルでの光学異性体 の分離分析を可能にする螢光ラベル化試薬をデザインし、ジアシルグリ セ口ールおよびモノアシルグリセ口ールの光学異性体の螢光検出/キ ラ ル
HPLC
法 を 開発 した。 さらに この螢 光誘導 体化 法に逆 相HPLC
と 質量分析法を併用し、海洋生物に存在するりン脂質(ホスファチジルコ リン,PC)の高感度な分子種分析法を確立した。1‑
新規螢光ラベル化試薬の開発発螢光する1ーおよび2―アミノアントラセンと9―アミノアクリジンに トリホスゲンを反応させることにより、それぞれに対応する新規イソシ アネートの合成に成功した。各イソシアネートは30分以内に90%以上 の収率で得られ、ホスゲンガスを利用する方法よりも安全で簡便なイソ シアネートの合成法を確立した。1一および2一アンスリルイソシアネー トと
9
一アクリジこルイソシアネートはジアシルグリセ口ールと室温で 容易に反応し、それぞれに対応するウレタンがほぽ定量的に得られるこ とが認められた。o
CI3C‑ 0 ‑ C ‑ O ‑ CCI3 triphosgene
N CO
O ‑R R̲c̲OH l:H‑C‑R 0 H26‑OH diacylglycerol O
II
H
1 ‑aminoanthracene l ‑anthryl isocyanate l ‑anthrylurethane
O H2C‑O‑C‑R NH2 NCO R‑C‑O‑C‑H O
l Il −―1ー 一 H2C‑O‑C‑N‑
. H
2 ‑aminoanthracene 2 ‑anthryl is ocyanate 2 ̲ anthrylurethane o
<
Z ‑ l I o o
=u I I o H o
Ou
N CO
9 ‑ zuninoacridine 9 ‑acridinyl isocyan ate 9 ‑acridinylur
2.
螢光検出/キラルHPLC
によるジアシルグリセロールの光学異性体分析
ジ アシ ルグリ セ口 ールは トリ アシル グリ セ口ー ルや グリセ 口リ ン脂 質の 代謝中間体であり、細胞内情報伝達のセカンドヌッセンジャー分子 とし て生体において重要な役割を果たしている。開発した螢光ラベル化 試薬 を用いて、ジアシルグリセ口ールの高感度な光学異性体分析の検討 を行 った。 アン スリル ウレ タン誘 導体 のキラルHPLCでは、
2
一アンスリ ルウレタンが(R)―1
−(1
ーナフチル)エチルアミンポリマー固定相(A‑
K03
) でほぼ完全な分離を、1
一アンスリルウレタンは部分的な分離を示 した。これは2一アンスリルウレタンの方が、立体的にキラル固定相のナ フチ ルェチルアミドと強く相互作用するために、良い分離を示すと考え られ る。1−および2
−アンスリルウレタンの螢光検出感度は、それぞれ3
,5
―DNPU
(UV
検 出 ) の390
お よ び530
倍 を 示 し 、 検 出 限 界 はS/N
比 を3
と し た 時 、 そ れ ぞ れ2
お よ び1 fmol
で あ っ た 。 一方 、 塩 基 性 の9
−ア クリ ジニル ウレ タンは 、移 動相に 少量のトリェチルアミンを添加 し、N一(R)−1−(1―ナフチル)エチルアミノカルポこル−(S
)ーバリン 固定 相(OA―4100
)を2
本直 列に 接続す ることにより、光学異性体のべ ースライン分離が得られた。9一アクリジニルウレタンはほとんど発螢光 し な か っ た が 、UV検 出 の 感 度 は3
,5
−DNPU
の10
倍 を 示し 、 検 出 限 界 は1 pITiol(10
−121T10l)であった。3.
螢光検出/キラルHPLC
によるモノアシルグリセロールの光学異性体分析
モ ノアシルグリセ口ールは、トリアシルグリセロールの合成の前駆体 であ り、生体内に微量に存在する。また特定の分子種に抗菌性作用のあ るこ とが知られている。ジアシルグリセ口ールの光学異性体をほぽ完全
I I o
: I : o
に分離できる
2
―アンスリルイソシアネートを用いて、モノアシルグリセ 口 ー ル の キ ラ ルHPLC
での 光 学 異 性 体 分 離を 検 討 し た 。A
―K03
キ ラ ル 固定相によって、モノアシルグリセ口ールのピス―2
―アンスリルウレタ ン の 光 学 異 性 体 は ジ アシ ル グ リ セ 口 ー ルの 場 合 よ り も 良 好 に分 離 し た 。 ま たDHA
やEPA
を 含む 高 度 不 飽 和 モ ノア シ ル グ リ セ 口 ー ルも 飽 和 モノア シル グリセ口ールと同じ分離を示した。ピスアンスリルウレタン の 螢 光 検 出 の 感 度 は 、3
,5
―DNPU
(UV
検 出 ) の 約80
倍 で あ っ た 。4‑
螢光検出/逆相HPLCおよびLC/ESI/MS
によるホスファチジルコリンの高感度分子種分析
リン 脂質 は生体膜の主要な脂質クラスで、その流動性や機能を調節し ている 。ホ スホリバーゼ活性によってりン脂質から生成するプ口スタグ ランジ ンや 、エーテル型グリセ口リン脂質に分類される血小板活性化因 子の 代 謝 に 関 する 研究で は、 リン脂 質の 詳細な 分子 種分析 が必 要であ る。ま た魚 肉脂質中のりン脂質は酵素的あるいは非酵素的作用によって 変化を 受け 、その変化が魚の品質に影響を及ぽすことが知られている。
キラル
HPLC
ではジアシルグリセ口ールのsn−1,2(2,3),―光学異性体は ほぽ完 全に 分離するが、分子種は不飽和度別および炭素数別に明瞭に分 離しない。そこで魚油PC
分子種から調製した1,2
−ジアシル―snーグリセ 口ー ル の2
ー ア ン ス リ ル ウ レ タン の 螢 光 検 出 / 逆相HPLC
お よび オンラ イン エ レ ク ト 口 ス プレ ー イ オ ン 化 質 量分 析 (LC/ESI/MS
) を行 った。螢光検 出に より、
10 ng
(組 成比が0.1
% の分 子種は約10 fmol
に相当す る) の 試 料 量 で 定 量分 析 が 可 能 で あ った 。2
― アン スリル ウレ タンはESI/MS
で 強 い[M
十Na]+
擬 似 分 子 イ オ ン を 与 え る の で 、LC/ESI/MS
は 各PC
分 子 種 の 同定 に極め て有 効であ った 。これ まで に報告 され ている ように、いずれの魚油PC
にっいても16:0
←22
:6
と16
:0
−20:5
の占める 割合が 大き く、高度不飽和酸同士の組み合わせの分子種がサバとサケの 筋肉に 比較 的多く含まれていることが確認された。また今回の分析で、二シ ン の 筋 肉 にも 高度不 飽和 酸同士 の組 み合わ せの 分子種 が比 較的多 く含ま れて いることや、サケ卵
PC
に18
:O
−22
:6
が特徴的に多く含まれていることが新たに見いだされた。魚油PCは微量な分子種を非常に多 くの含むので、これまで詳細な組成比を求めるのは困難であった。しか し本研究で は、螢光検出/逆 相
HPLC
にLC/ESI/MS
を併用することに より、組成比が1%以下の分子種まで精度よく定量できる分析法を確立 した。3
,5−DNPIはアミンと反応して尿素誘導体を形成し、その光学異性体 はキラルHPLC
で分離することが知られている。本研究において開発し たアンスリルイソシアネートとアクリジこルイソシアネートもアミン と尿素誘導体を形成し、キラル固定相で光学異性体を分離するものと考 えられる。したがって、本試薬は脂質の光学異性体分析だけではなく、水酸基やアミノ基を有する糖やアミノ酸などの光学異性体の高感度な 分析に広く利用されることが期待される。
学 位 論 文 審 査 の要 旨 主査
副査 副査 副査
教 授
太 教 授
松 教 授
高 助教授 板
田
亨 永 勝 彦 橋是太 郎 橋
豊
学 位 論 文 題 名
螢光検出HPLCによるキラル脂質の高感度分子種
分 析 法 の 開 発 と そ の 海 洋 脂 質 成 分 分 析 への 応 用
海 洋生物 の産 生す るグ リセロ 脂質 (リ ン脂質 やト リア シルグリセロー ル な ど ) は 構 造 の わ ず か に 異 な る 多 数 の キ ラ ル な 分 子 ( 分 子種 ) の 集 合 体 で あ り 、 そ の 組 成 は 極 め て 複 雑 で あ る 。 こ れ ら の 中 に は
DHA
やEPA
な ど の 高 度 不 飽 和 脂 肪 酸 を 構 成 成 分 と す る 機 能 性 分 子 種 や 未 だ 構 造 も 機 能 も 不 明 な 分 子 種 が 多 数 含 ま れ て い る 。 微 量 成 分 を も 含 め て 脂 質 の 構 造 や 機 能 お よ び 代 謝 に 関 す る 研 究 を 行 う 場 合 、 精 度 の 高 い 高 感 度 化 さ れ た 分 離 分 析 法 は 必 用 不 可 欠 で あ り 、 古 く か ら 重 要 な 研 究 課 題 と な っ て い る 。 ま た 、 高 感 度 分 析 技 術 の 開 発 は 脂 質 化 学 研 究 の 発 展 に 貢 献 す る ば か り で な く 、 研 究 の 過 程 で 多 量 に 用い ら れ る 有 機 溶 剤 や 有 毒 ・ 有 害 試 薬 の 使 用 量 を 減 少 さ せ る こ と か ら 、 実 験 者 の 健 康 の 維 持 や 環 境 の 保 全 に も 繋 が る も の と し て 、 今 後 そ の 必 要 性 は 益々 高まる もの と考 えら れる。本 研 究 は 、 高 速 液 体 ク ロ マ ト グ ラ フ イ 一 (
HPLC
) に よ る 脂質 光 学 異 性 体 の 高 感 度 分 離 分 析 法 の 開 発 と そ の 手 法 を 応 用 し て 魚 類 細 胞 膜 の 重 要 な 構 成 成 分 で あり 、 構 造 と 組 成 が 極 め て 複雑 なホ スフ ァチ ジルコ リ ン(PC
)分 子種 の詳 細を 明らか にす るこ とを目 的と して 行われたもので あ る。 得られ た成 果は 以下 のよう に要 約さ れる。(
1
)HPLCによ るフ ェム トモル レベ ルで の高 感度分 析を 達成 するた めに、ヒ ド ロ キ シ ル 基 を 有 す る グ リ セ ロ 脂 質 と 容易 に 反 応 す る 新 規 螢 光 ラ ベ ル化試薬(アンスリルイソシアネ―ト類)をデザインした。すなわち、発螢 光性の1−アミノアントラセン、2−アミノアントラセンおよび9−アミノアク リ ジン にト リホ スゲン を反 応さ せて、 それぞれに対応する新規イソシアネ ー ト を 合 成 し た 。 こ れ ら イソ シ ア ネ ― ト は
100
℃ 、30
分の 反 応 で90% 以 上 の 収 率 で 得 ら れ 、 ホ ス ゲン ガス を使 用す るイソ シア ネー トの 一般的 な合成法よりも安全で簡便な方法を確立した。合成したイソシアネートは 室温でキラル脂質と容易に反応し、対応するウレタン誘導体がほぼ定
i
亠的に得られたことから、グリセロ脂質分子種の高感度分析に極めて 有用なラベル化試薬であることが認められた。(2)新たに開発した螢光ラベル化試薬を用いて誘導体化したジアシルグ リセロ―ル(DG)およびモノアシルグリセロール(MG)光学異性体のキラ ル
HPLC
に よ る 分 離 分析 法 を 検 討し、 短時間 で良好 に光学 異性 体を 分離できる螢光検出/キラルHPLC
法を開発した。特に2―アンスTlj
九 イソシアネ―卜を用いて調製した2―アンスリルウレタン螢光誘導体は飽 和および不飽和分子種について良好な光学異性体分離を某乙て菩〔ぎ 検出限界はDG
では1フェム卜モル(lx10‑15 mol)であった。これfま表裏 立ミっ盞学異性体分析法としては最高レベルの感度である。また、筅 学異性体分離のメカニズムを考察し、固定相のキラルなナフチルIジル 量と誘導体のアントラセン環の間で形成されるジアステレオメリックな電 蔓移動錯体は、2
一アントラセン環の方が1ーアン卜ラセン環より£荳露 的に形成されやすく、このことが2ーアンスリルウレタンで良い分離が得 られる最大の要因であることを明らかにした。(