インドの安全保障・軍事研究は、依然として発展途上にある。それ は日本に限ったことではなく、インドにおいてもアメリカ等の研究先進 国においても同様である。その理由は、第1に、インドにおける軍事の 研究が、分析手法を十分に理解していない元軍人によって先導されて いるためである。従って、戦争等の事象に関し何が起きたか詳細に論 じている書物は多いが、学術的な分析は欠如したままである。第2に、 インド以外の国におけるインドの安全保障・軍事研究者が非常に少な いという問題がある。世界中のインド安全保障・軍事研究者を足して も、インド軍が関与した多数の軍事行動や、特徴的なインドの政軍関 係や兵器調達を分析するには不十分である。 日本においては、インドの核開発や核実験に係る政策決定論や印パ・ 印中関係に関する研究は充実してきたが、基本的には外交・安全保障 研究からのアプローチがほとんどで、軍事研究と呼べるものは皆無とい う状況が続いてきた。そのような中、2000年代半ば-特に2006年9月 から始まる安倍晋三政権と2008年9月から始まる麻生太郎政権下-に、 日本はインドに急接近していく。2007年には日本の海上自衛隊が印米 の共同訓練マラバールに参加し、2008年10月には、日印間の安全保障 協力に関する共同宣言も合意され、インドの安全保障政策やインド軍 に関する知識や情報の収集が急務となったのである。それに呼応して、 日本にもインドの安全保障・軍事を専門とする若手研究者が増加して きた。本書の著者もその1人である。 著者は、軍事研究者の塚本勝一を祖父にもち、幼少の頃から軍事に 対する高い関心を有し、博士課程でインドの軍事研究に真正面から取 り組んだ。本書はその博士論文が基になっている。国家は如何に軍事 戦略をたて、それは如何に変容していくのか。それが本書の基本的な 関心事項である。後述するように、その研究は意欲的ではあるものの 粗削りで問題が多いが、インドの軍事戦略についてこれだけまとまった
長尾賢『検証インドの軍事戦略─緊張する周辺
国とのパワーバランス─』
京都:ミネルヴァ書房、2015年、373頁、7000円+税、ISBN9784623071029清田智子
書 評内容の著書を世に送り出すことができただけでも功績として称えるべ きであろう。 本書の構成は以下の通りである。まず、序章「軍事戦略を分析する 枠組み」で、概念の定義や理論的考察、そして仮説について説明され ている。第1章「インドの戦争-事例の抽出」では、インドの戦争とそ れに類する28の軍事行動が簡単に説明されており、その中で本研究が 扱う3つの事例を抽出している。本書で扱う事例は、第3次印パ戦争 (第2章)、スリランカ介入(第3章)、そしてカルギル危機(第4章)で、 それぞれ戦争の起源、軍事的動向、外交的動向についてまとめられて いる。第5章「3つの戦争が軍事戦略に与えた影響」で、3つの戦争と 長期的な軍事動向上の変化、戦略の効果の変化等が分析されている。終 章で、インドの戦略と将来の注目点について陸海空それぞれの分析と、 同国が軍事的な能力を上手に運用できるか否か、その意思と能力につ いて書かれる。 本書で問われる仮説は次の3つである。 1
)
非対称戦における勝敗は、古典的な戦争における勝敗に比べ長期 的な軍事動向上の変化を起こさない。そのため非対称戦では勝っても 成果が小さい。 2)
非対称戦に直面した大国にとって明確な勝利を達成することは、 古典的な戦争において明確な勝利を達成するのに比べ困難である。 3)
非対称戦に直面した大国にとって不明確な勝利を追求する戦略は、 明確な勝利を追求する戦略に比べ、成果の割にコストを抑えることが できる効果的な戦略となる。 これらの仮説は、アメリカの戦略発展の過程の分析から導き出され たものである。著者によれば、アメリカは第2次世界大戦で「明確な勝 利」を達成し超大国となる(第1段階)。そして、超大国となったアメ リカが戦う相手は常に「弱い国」となるため、アメリカは「非対称戦」 を戦うことになる。非対称戦-例えばベトナム戦争-では、アメリカ は勝っても負けても超大国の地位が変わらず得られるものが少なかっ たため「不明確な敗北」を喫する(第2段階)。アメリカはこの非対称 戦における敗北から軍事行動に消極的になり、湾岸戦争における「不 明確な勝利(戦争終結に至る目的の具体化)」につながる(第3段階)。 インドも同様に、1971年の第3次印パ戦争における「明確な勝利」によって南アジアの超大国になり(第1段階)、スリランカ介入では非対 称戦を戦い「不明確な敗北」を喫した(第2段階)。そして、カルギル 危機では「不明確な勝利を追及した(明確な勝利の追及を放棄した)」 結果、管理ラインの回復という目標は達成された(第3段階)と説明さ れる。この3つの戦争(段階)を検討し、「仮説がもし真であるならば、 インドは実戦の中で、アメリカと比べても遜色ない非対称戦に対する 戦略を発展させてきた実戦経験豊かな民主主義大国であることを証明 することができる」と述べる。 著者は、上記3つの仮説をインドの3つの戦争で分析したところ、す べて妥当性が高いと論じる。 仮説1)は、パワーバランスや長期的な軍事動向上の変化が大きけ れば大きいほど「成果」があったと説明される。本書では、パワーバ ランスの変化とは、「戦争によってその国自身のパワーが強くなること と同時に『同盟』関係が変化してパワーに変化が起きること」と定義 されている。第3次印パ戦争は、インドを「以前より強い国に」した上、 印ソ同盟を締結させることになり、多くの面で長期的な軍事動向上、決 定的な影響を与えた。対して、スリランカ介入やカルギル危機の影響 は小さく、パワーバランス上の変化も微小なものにとどまっている。 従って、非対称戦では勝っても成果が小さいという仮説1)は「正し いようにみえる」と結論される。 仮説2
)
については、まず「終戦・停戦直後の段階で、敵に状況を覆 すことが可能な戦力を残さない明確な勝利を追求する戦略と、終戦・ 停戦直後の段階で、敵に状況を覆すことが可能な戦力を残している不 明確な勝利を追求する戦略」があることを理解しなければならない。イ ンドの場合、第3次印パ戦争が、東パキスタンを陥落させ、西パキスタ ンでも必要な領土を占領したために「明確な勝利」と分類される。他 方でスリランカ介入は「不明確な敗北」となる。著者によれば、古典 的な戦争は非対称戦に比べ事前に結果が予測しやすく、そのために達 成できる目標を設定しやすく、明確な勝利で終えることができる。対 して非対称戦では、敵の可能行動の予測が困難で、火力の差が反映さ れにくい不正規戦に陥りやすいことから、勝敗の予測がつき難い。従っ て、大国が非対称戦で明確な勝利を達成することは困難となる。 仮説3)
の結論も妥当性が高いとされる。まず、人的損害を比較したデータからは、第3次印パ戦争の損害が最も多く、カルギル危機がその 次で、スリランカ介入の損害は最も少ない。戦争においては、成果は コストよりも重要であり、成果を得られる場合、損害は勝敗に影響し ていない。著者はここでさらに、スリランカ介入とカルギル危機のよう な成果が低く、明確な勝利を上げることの難しい非対称戦(仮説1
)
2)
を参照)で、どうしたら勝利できるのか、と問う。スリランカ介入と カルギル危機を比較し、後者がある程度の成果を残したのは、インド が不明確な勝利を追求したこと、つまり明確な勝利の追求を放棄した からである。もしインドがカルギル危機で明確な勝利を追求していた ら、第2次印パ戦争や核戦争になっていたからもしれない。従って、仮 説3)も妥当性が高いといえる、というのが著者の議論である。 先に述べたように、本研究は意欲的であり、挑戦的であり、オリジ ナリティという点では他の追随を許さないほどである。とはいえ、仮説 の組み立て方、分析方法、結論の導き出し方、全てに多くの課題を残 している。 本研究の最も重要な問題点は、仮説に曖昧な言葉が多用されており、 それらの定義も客観的でなく恣意的なものが散見されることである。 仮説が曖昧であればあるほど、結論も恣意的に導かれてしまうことは 言うまでもない。例えば仮説3)
の「成果の割にコストを抑えることが できる効果的な戦略」というのは、「成果」も「コスト」も「効果的」 も全て曖昧で、著者が恣意的に導き出したい結論を出すことが可能で ある。インド軍は、スリランカ介入では4,
139人、カルギル危機では 1889人の死傷者を出したものの、成果という点では、著者はスリラン カ介入よりカルギル危機が大きかったと考える。従って、カルギル危 機は成果の割にコストを抑えることができる効果的な戦略であると説 明される。それはなぜか。不明確な勝利を追求したからである。こう した議論は、著者が全世界普遍的に適用できる理論とは呼べない。 分析手法にも疑問は多い。仮説1)
で著者は、3つの戦争が長期的軍 事行動に如何に影響したか、直接戦争に関係のない国も含む日米ソ (露)印パの5か国を、軍事的動向と外交的動向の両面を幅広く、さら に長期的に分析している。そのため、3つの戦争と結果の因果関係が曖 昧になってしまっている。例えば、3つの戦争の対日軍事動向に対する 影響としては、2000年代に入っての日印安全保障関係の強化が、カルギル危機後の印米関係強化によってもたらされたものであるため、「カ ルギル危機は間接的にインドの対日戦略に影響を与えたといえる」と 結論されている。カルギル危機が発生しなければ日印安全保障協力は ここまで発展しなかったのかどうかは、まったく検討されておらず、果 たしてこの記述が必要であったのか疑問が残る。この点は、軍事戦略 をより狭義に定義し、軍事的動向の分析に焦点を絞ったほうがより明 確な答えを導き出せたのではなかろうか。 さらに、本書全体で非論理的な記述が散見される。その最たるもの が、「仮説がもし真であるならば、インドは実戦の中で、アメリカと比 べても遜色ない非対称戦に対する戦略を発展させてきた実戦経験豊か な民主主義大国であることを証明することができる」という点である。 3つ仮説が、「アメリカと比べても遜色ない」ほどに「インドが非対称 戦に対する戦略を発展させてきた」と証明するものでないことは一目 瞭然である。結論まで通して読んでも、そのような分析は一切行われ ていない。それにも関わらず、著者は結論で、 つまり圧倒的な大国になった民主主義国が、非対称な力関係に 陥った時、その後どのように対処するべきか、ということに関し、 アメリカとインドはそれぞれで問題に対処しながら同じ結論を出 し、非対称戦を乗り切ってきたといえる。アメリカは世界レベルの 圧倒的な大国であるが、インドもまた、南アジアの圧倒的な大国と して経験豊かな洗練された戦略をもつ国といえよう」 と断定してしまっている。インドは確かに実戦経験が豊富かもしれ ないが、カルギル危機で占領された領土を奪還しただけで「洗練され た戦略をもつ国」と言い切れる根拠はなにか。また、民主主義大国で あるかどうかは、3つの仮説に一切言及もなく、政策決定過程も十分に 分析されておらず、因果関係は見いだせない。 本研究が、非論理的で若干独りよがりの研究になった要因として、著 者がインドにおけるフィールドワークなしに、二次資料のみで研究を進 めたことが考えられる。インドでは軍に関する資料は特に入手が困難で あり、そのためにインタビューによる調査が補足として利用される。イ ンタビューの資料的価値は議論がわかれるとしても、少なくとも研究
者の認識のずれを正す役割は果たす。著者には、今後より多くのイン ド軍関係者に対する聞き取り調査を実施してもらいたい。 その他細かい点では、第3次印パ戦争、スリランカ介入、カルギル危 機の説明で、軍事的動向と外交的動向が分けて記述されており、外交 部分で軍事が、軍事部分で外交が説明されていたり、同じ説明が繰り 返されていたりしたため、読み手には若干の忍耐力が必要であった。軍 事的動向には兵器調達など外交に影響される部分も多いことから、軍 事的動向より先に外交的動向を概観した方が、説明に重複が少なくて 済んだと考えられる。 以上、少々批判的な書評となったが、意欲的で斬新な研究は必ず批 判を生むものである。多くの批判を経てこそ、新しい研究はより深み を増していき、理論が確立されていくと考える。今後のインドの安全 保障・軍事研究を発展させていくためには、こうした切磋琢磨が必要 不可欠なのである。 きよた ともこ ●パシフィック・フォーラムCSIS