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Vol.26 , No.1(1977)113佐藤 彰顯「フロイトの超自我の概念と如来蔵思想の比較研究」

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Academic year: 2021

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(1)

フ ロイ トの超 自我 の概 念 と如来 蔵 思想 の比較 研 究

(1)フ ロ イ トの発 達 理 論 と如 来 蔵 の 発 達 理 論 生 まれ た ば か りの子 は, エ ス に従 つ て, 生 活 を行 い, ま つ た く快 楽 の 思 い の み で, 生 きて い る。 エ ス は, 快 楽 の 原 理 に した が つ て い る。 子 が発 達 す る につ れ て, 現 実 との直 面 に よ つ て, エ ス は, 分 化 して, 自我 とい う領 域 を形 成 し, エ スの働 き で あ る快 楽 機 能 を抑 圧 して, 現 実 へ の 適応 を 志 向す る。 自我 は, 現 実 原 理 に し た が つ て い る。 自我 は, イ)外 界 の 直 接 の影 響 で エ ス の変 化 した もの で, ロ)エ スの 意 図 を有 効 に発 揮 させ る と 同時 に, ハ)エ ス と対 立 し, エ ス を統 御 し, 現 実 へ 従 属 させ る機 能 を もつ て い る。 さ らに発 達 す るに つ れ て, 超 自我 が形 成 され る。 超 自我 は, 発 達 の過 程 で, イ)自 我 が 内 的 に分化 し, ロ)自 我 を監 視 す る機 能 を もつ て い る。 一般 的 に は, 理 想, 価 値 感, 罪 悪 感 とか い わ れ る もの で あ る。 エ ス, 自我, 超 自我 の三 者 が バ ラ ンス を保 つ て機 能 して い る もの を正 常 者 とみ な し, 三 者 の ア ンバ ラ ンス の もの を異 常 者 とみ な して い る。 超 自我(罪 悪感, 宗教心 も含 む概念 である)は, 人 間 の 発達 の過 程 で, 現 実 と のか か わ りの 中で 形 成 され るの で あ る。 フ ロイ トの 発 達 理 論 は, 図1の と お りで あ る。 一 方, 如 来 蔵 は, い か な る発 達 を な して くる もの で あ ろ うか。 す で に誕 生 と 同時 に, 如 来 蔵 が あ るの か, も し くは, 後 に な つ て如 来 蔵 が 形 成 さ れ て くる の で あ る か は, 明 らか にな つ て い な い よ うで あ る。 如 来 蔵 の発 達 理 論 を 図2の と お り要 約 してみ た。 如 来 が 正 常 者 で あ り, 衆 生 が異 常 者 とな るの で あ ろ う。 図1と 対 照 し てみ る と, フ ロイ トの 考 え に よれ ば, エ ス(如 来蔵思想 の中では, 煩 悩 に対応 するで あろ う)は, 内部 に抑 圧 され て い る とさ れ て い る が, 如 来 蔵 思 想 で は, 仏 性 は, ま さ し く内部 に蔵 され てい る と して い る。 この点, 二 つ の 立 場 は, 逆 に して み ら れ て い る よ うで あ る。 如 来 蔵 の発 達 的視 点 の研 究 開 発 が ま た れ る と こ ろ で あ る (図2参 照)。 (2)如 来 蔵 思 想(如 来 よ りみ た発 想) 如来 蔵 思 想 を考 察 に あた つ ての 留 意す べ き点 は, 如 来 よ りの 発 想 か らみ る と衆 生 の 中 に如 来 た る べ き可 能 性 を蔵 して い る とい う点 で あ る。 この 点 を柏 木 は 次 の

(2)

-472-(41) フ ロ イ トの超 自我 の概 念 と如 来 蔵 思 想 の 比較 研究(佐 藤) よ うに指 摘 して い る。 「如 来 蔵 の観 点 自身 は, す で に 悟 りの 開 か れ て い る立 場 に 出発 点 を持 つ て い るの で あ るか ら, ……(中略)……た とえ 衆 生 が如 来 蔵 の 内 に 包 含 され よ うと, あ るい は如 来 智 が衆 生 の煩 悩 に 隠 覆 され よ う と, 如 来 蔵 の説 示 は, 迷 悟 に関 す るた ん な る公 式 的 構 図 を示 した もの に す ぎな い。 わ れ われ の現 実 経 験 の 世 界 にお い て, 仏 の悟 りは, け つ して衆 生 の 中 に あ るの で は な い。 ま た衆 生 の 所 住 が そ の ま ま仏 の 国土 で あ る と は, 言 い 得 な い。 た ん に 一切 の衆 生 の 中 に 仏 の悟 りが 存 在 し, か つ それ が普 遍 的 な もので あ る と考 え るな らば, それ は人 間 の 驕 慢 で あ り, 観 念 的 オ プ テ ィミ ズ ム に 堕 す る こ と に な ろ う」1)。 〔図1〕 正常 者 三者 のバ ランスの とれて いる者 異常者 三者のア ンバ ランスの者 自我 は イ)外 界の直接 の影 響 でエ スの変化 した もの ロ)エ スの意図 を有 効 に発揮 させ る と同時に ハ)エ スと対立 し、 エ スを統御 し現 実へ従 属させ る。 超 自我 イ)発 達の過程 で 自我が 内的 に 分化 した もの ロ)自 我を監視 す る。 フ ロイ トの考 え方 時 の 流 れ(発 達) 〔図2〕

(3)

-471-フロイ トの超 自我 の概念 と如来蔵思想 の比較研究(佐 藤) (42) (3)如 来蔵 思想 の歴 史(教 育 の視 点 か らみ て) 如 来蔵 思想 は, 仏 教 の伝 道 上, 教 育上 政策 的 に 導入 され た概 念 とい う要 素 を 多 く持 つ て い る。 こ の点 につ い て, 高 崎 直 道 は次 の よ うに指 摘 して い る2)。 イ, 仏 教 の 出発 点(す なわ ち釈 尊の成道 と転法輪 に際 しては)で は, 如 来蔵 の 思 想 は, 釈 尊 と同 じ悟 りを期 待 す る もの で あ つ た。 ロ, 年 をへ る と と もに釈 尊 の偉 大 さ と反 比 例 して, 凡 人 の弱 さ, 至 らな さが反 省 され て, 声 聞, 阿 羅 漢 説 の 確 立 とな つ た。 ハ, 大 乗 仏 教 は, 教 理 の 固定 化 を破 る こと を 目 ざ し, 成 道 以 前 の釈 尊 の 呼 び名 で あ つ た<菩 薩>を<菩 提 を求 め る有 惰>の 義 に基 づ い て, 広 く一般 に 開放 し, そ の発 心, 修 行 の要 と, 成 仏 の 可能 性 を説 い た。 如 来 蔵 思 想 は, 正 し く, 大 乗 仏 教 の一 環 と して 登場 した の で あ つ た。 如 来 蔵 思 想 は, 悟 つ た側 か ら, 衆 生 へ 成 仏 の可 能 性 を 示 す こ とに よ つ て, 仏 に 近 づ け よ うとす る, 伝 道 上, 教 育 上 の政 策 の 一 つ と して確 立 され た点 を直 視 す べ き で あ ろ う。 フ ロ イ トの超 自我 の概 念 確 立 は, 人 間 性 の 理解, 解 釈 の必 要 上 構 成 され た もの とい われ て い る点 と如 来 蔵 の確 立 は, 類 似 性 を もつ て い る こ とが 了解 で き るの で あ る。 (4)フ ロイ トの超 自我 と如 来蔵 の比 較 〔図1〕 にす で に超 自我 の概 念 は, 論 じた の で あ るが, さ らに詳 述 す 劉 ば 〔図 表1〕 の とお りで あ る。 特 に留 意 して お き べ き点 は, 如 来 蔵 思 想 が, 煩 悩 に つ つ (イ)超 自我 の機 能 自我 を監 視 す る 道 徳 的 良心 罪 悪 感……無 意 識 的 な もの…… 自我 に理 想 を与 え る (ロ)超 自我 の歴 史性 「子 の 超 自我 は、 両 親 の超 自我 を規 範 とす る」 「超 自我 は 伝統 の担 い 手 にな る。世 代 か ら世 代へ 伝 え られ る不 変 の価 値 の担い手」 「超 自我 の イ デ オ ロギー の 中 に過 去 が 生 きつ づ け る」 (ハ)如 来 の 二概 念 と超 自我 〔図 表1〕 如来 よ りみ た衆生 の仏性 如 来 如 来 超 自我

(4)

(43) フ ロイ トの超 自我の概念 と如来蔵思想 の比較研究(佐 藤) ま れ た仏 性 を仮 定 し てい るの で あ るが, 如 来 に なつ た 時 そ の如 来 は, 仏 性 のみ の 如 来 な の か, 仏 性 の 中 に煩 悩 を もつ た如 来 なの か の考 え方 は, 確 立 され て い な い よ うで あ る。 如来 蔵 思 想 が衆 生 に成 仏 の可 能 性 を示 す た め の思 想 で あ る こ とは, す で に論 じた とお りで あ る。仏 性 につ つ まれ た煩 悩 を もつ た如 来 とい うもの を仮 定 す る な らば, さ らに如 来 蔵 思 想 の展 開 に新 しい もの を もた らす で あ ろ う。そ の 展 開 こ そが 課 題 で あ る。 (5)如 来 蔵 思想 の具 体 的 事 例 に対 す る フ ロ イ トの概 念 の適 用 如 来蔵 思想 の具 体 的 事 例 を浬 架 経 か ら と り出 して, フ ロイ トの概 念 を適 用 して み る こ と にす る3)。 事 例(1)(貧 女 の舎 に真 金 蔵 の あ る喩) 「次 の よ うに質 問 した。 世 尊 よ, 如 何 で し ょうか, 25有 に如 来蔵 は有 る と知 る べ きか, な し と知 るべ き です か, 世 尊 は答 え られ た。 如 来 蔵 は, 一 切 の 衆 生 に あ る とは, 言 つ て も, それ は, 種 々の煩 悩 にお お わ れ て い る の で, 私 に もあ る とい う風 に, 衆 生 た ち は, み る こと が で き ない。」 この 考 え 方 は, フ ロイ トの 無 意識 の 概 念 に対 応 す る もの で あ ろ う。 フ ロイ トは, 人 間 の行 動 を あ や つ てい る要 因 の ひ とつ と して無 意 識 を あ げ てい る。 この無 意識 に大 き い比 重 を もた せ, 無 意識 を 分 析 す る こ とが, 人 間 理 解 に不 可 欠 であ る と して い る。如 来 蔵 と同 じよ うに無 意 識 を そ の本 人 が み る こと は, 不 可 能 であ る。 如来 蔵 は, 無 意 識 の概 念 に含 まれ る の で あ ろ う。 事 例(2)仏 教 一 般 の 無我 説 に対 して, 何 故 に如 来 蔵 を説 くか と の 質 問 に, 次 の た とえ を もつ て説 明 す る。「あ る母 が子 に, 乳 を の ませ ず に, 別 の薬 を 与 え る 必 要 か ら, 乳 首 に毒 を ぬ つた。 子 は 後 にな つ て毒 を水 洗 した後 も, 乳 を の ま な く な つ て しま つ た。 そ こ で母 は, 苦 労 して 説 き聞 かせ, や つ と もとの よ うに乳 を の ませ る こと が 出来 た。 そ れ と同様 に, 如 来 は, 世 間 の如 来 蔵 説 を 毒 く除 くべ く, 無 我 と とい た後 初 め て こ こ に, 出世 間 の清 浄 法 と して如 来 蔵 を と くの で あ る」 フ ロ イ トは, 幼 児 の体 験 の重 視 を述 べ て い る。 た とえ ば, 母 の と きき か せ で, 子 が 変 つ た と して い るが, フ ロイ トは, とき き かせ に よ つ て も, 行 動 の 変容 は, 困難 で あ る と指 摘 し てい る。 事 例(3)「 も し一 切 衆 生 に常住 な る如 来 性 が あ る な らば, ど うして, バ ラモ ン, 王, 庶 民, 畜 生 等 の業 の 相違 に基 く生 れ の差 異 が あ るの か, も し如来 蔵 が あ る な らば, 差 別 は な い筈 なの に。」 さ ら に 「仏 性 が 常住 な らば, 殺 生, 盗 み の 悪 行 や 邪 見 が何 故 あ る のか 」世 尊 は, 次 の よ うに答 え てい る。 「雪 山 の 一 味 薬 は, 流 れ

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-469-フ ロ イ トの超 自我 の概 念 と如 来 蔵 思 想 の比 較 研 究(佐 藤) (44) る と ころ に, した が つ て異 味 を生 ず るが, 因縁 あれ ば, ま た元 の味 に復 す る。仏 性 は, 本 来 一 味 で あ るが, 業 の異 熟 の 故 に差 別 を生 ず る。」 と。 因縁 あ れ ば, ま た元 の味 に復 す る とい う考 え 方 は, フ ロイ トの考 え方 を適 用 す る と次 の よ うに な る。 例 え ば, 異 常 な行 動(注 殺生, 盗 み)は, 図1に 示 した よ う に三 つ の機 能 の ア ンバ ラ ンス に よつ て 生 ず るの で あ るか ら, そ の ア ンバ ラ ンス を な お して や れ ば(因 縁 あれ ば)ま た元 の 正 常 な行 動 に 回復 す る と い うこ とで あ る。 業 の異 熟 の 故 に とい うの は, フ ロイ トの考 え 方 に よれ ば, 三 者 の機 能 間 の 力 関係 の 差 異 に よつ て, とい う こと に な る で あ ろ う。 フ ロ イ トは, 三 つ の機 能 の 相 互作 用 に よつ て い ろ い ろ の行 動 の変 化 を指 摘 して い るの で あ る。 (6)如 来蔵 思 想 開発 の技 術(問 題 点) フ ロイ トは, 三 つ の機 能 の ア ンバ ラ ンス に よ る異 常 を考 え て, 三 つ の機 能 をバ ラ ンス させ る技 術 を い くつ か 開発 して い る。 先 に も論 じた よ うに 如来 蔵 思 想 は, もと もと衆 生 に成 仏 の 可 能 性 を政 策的 に示 そ うと して, 大乗 仏教 の 一環 と して 出 て き た もの で あ る。 この 点 で 理論 的 に整 理 され て い な い よ うであ る。従 つ て, 如 来 蔵 を開 発 す る技 術 が 確 立 され て い な い と ころ が今 後 の問題 点で あ ろ う。 1)柏 木 弘 雄"如 来 蔵 思 想 の縁 起 思 想"講 座 東 洋 思 想5, 仏教 思 想1. (東 大 出 版 会) 2)高 崎 直 道 如 来 蔵 思 想 の 形成。(春 秋 社) 3)同 上, 同 上。

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