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駒澤大学佛教学部論集 40 013孫 思凡「パーリ聖典における中道の研究 : 三十七菩提分法 (sattatimsa-bodhipakkhiya-dhamma) に基づいて (1)」

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(1)

パーリ聖典における中道の研究

─三十七菩提分法 (sattatimsa-bodhipakkhiya-dhamma) に基づいて( I )─

孫   思 凡

一、はじめに  本発表はパーリ聖典に基づいて、三十七菩提分法の考察にあたって、次のプ ロセスで進んでいきたいと思う。まず、 三十七菩提分法はどのような形で説示 されているのかについて分析する。そして七の菩提分である四念処、四正勤、 四神足、五根、五力、七覚支、八正道における各菩提分の語義について、註釈 書に基づいて闡明させたい。さらに、それぞれの語義を明らかにすることによっ て、それらの異同と相互の関わりをまとめることに進む。最後に、三十七菩提 分法はどのようにして、見道から修道、そして、修道から証道へ次第展開され ていくのかについて明確にし、中道は聖出世間の行道である根拠を突き止めた いのである。 二、三十七菩提分法の分類  「菩提」(bodhi)とは「四聖諦」を覚るという理由で、道・正見である。そ のうち「道」とは、出離の意味によって、涅槃に行くこと、または涅槃を求め る者たちに探求されるべきことを指す。   パ ー リ 聖 典 五ニカーヤ部 に お い て 三 十 七 菩 提 分 が 説 示 さ れ る の は 全 部 で 三 十 数 経i が あ る。 ほ か に Vibhavga( 分 別 論 )、Milinda-pabha( ミ リ ン ダ 王 の 問 い )、Dipa-vamsa( 島 王 統 史 )、Visuddhi-magga( 清 浄 道 論 )、 Abhidhammattha-savgaha(アビダンマッタサンガハ)などの五経がある。し たがって、世尊に、あるいはサーリプッダ尊者らによって説かれる内容は実に 多様であり、これらの説示の目的によって分類すれば、大まかに次の 15 種類 に分けることができる。 (1)修習の利益について: 世尊が寿命を放棄宣言してから説示されたもので、梵行が永続するように、 多くの人・天にもたらす利益、幸福と繁栄という願いである。

(2)

D16、50.‘……Katame ca te, bhikkhave, dhamma_ maya_ abhin~n~a_ya desita_, ye vo sa_dhukam. uggahetva_ a_sevitabba_ bha_vetabba_ bahul -ka_tabba_, yathayidam. brahmacariyam. addhaniyam. assa cirat.t.hitikam., tad assa bahujana-hita_ya bahujana-sukha_ya loka_nukampa_ya attha_ya hita_ya sukha_ya deva-manussa_nam.? Seyyathîdam. catta_ro satipat.t.ha_na_ catta_ro sammappadha_na_, catta_ro iddhipa_da_, pan~c, indriya_ni, pan~ca bala_ni satta bojjhan.ga_, ariyo at.t.han.giko maggo. Ime kho te, bhikkhave dhamma_ maya_ abhin~n~a_ya desita_, ……’ti. (PTS.DvolII. pp.119~120) (訳)「…しかし、比丘たちよ、私がよく知り、説いてきたという、そ なたたちがそれらをよく学び、その梵行が長時にわたり永続するよう に、それが多くの人々の利益のために、多くの人々の幸福のために、 世界への憐みのために、人・天の繁栄のために、利益のために、幸福 のためになるように、親しみ、修し、何度も行わなければならないと いう、そのもろもろの法とは何か。すなわちそれは、四念処、四正勤、 四神足、五根、五力、七覚支、八聖道です。比丘たちよ、これらが私 のよく知り、説いてきた法です。…」とii 。 (2)修習の対象について: 王族、バラモン、庶民、隷民、沙門の階級を問わずに、この法は比丘にし て、現世においても、来世においても、最上の法として説かれるiii 。言い 換えれば、最上の法であるからこそ、差別の存在がなく、すべての人々を 平等に扱う性質がそなわる。 D27、30.‘K h a t t i y o p i k h o , V a_s e t. t. h a k a_y e n a s a m. v u t o va_ca_ya sam.vuto, manasa_ sam.vuto sattannam. bodhi-pakkhiya_nam. dhamma_nam. bha_vanam anva_ya dit.t.he va dhamme parinibba_yati. (… pe…)

(訳)ヴァーセッタよ、王族もまた身によって防護され、語によって 防護され、意によって防護され、七の菩提分法の修習に従って、現世 において寂滅します。(…略…)〔以下バラモン、庶民、隷民、沙門も 同じ〕

(3)

araham. kh n.a_savo kata-karan. yo ohita-bha_ro anuppatta-sadattho p a r i k k h n.a-bhava-sam.yojano sammadan~n~a_ v i m u t t o , s o nesam. aggam akkha_yati dhammen, eva no adhammena. Dhammo hi, Va_set.t.ha, set.t.ho jane tasmim. dit.t.he c,eva dhamme abhisampara_yan~ ca. (PTS, D volIII.p.97) ( 訳 ) ヴァーセッタよ、これら四の階級のうち、比丘にして、阿羅漢 となり、煩悩が尽き、住み終え、なすべきことをなし、負担をおろし、 自己の目的に達し、生存の結びが滅尽し、正しく知り、解脱している 者は、非法によってではなく、法のみによって、その最高者である、 と言われます。それは、ヴァーセッタよ、『現世においても、来世に おいても、この衆において、法は最上である』からですiv 。 (3)修習円満の果報について: 尊者サーリプッタが説く世間・出世間混合する諸々の善法v である。これ ら諸々の善法の修習によって、諸漏を尽くし、無漏の心・慧解脱を成就し、 とどまることができる。 D 2 8、 3 . ‘ A p a r a m. p a n a , b h a n t e e t a d a_n u t t a r i y a m. , y a t h a_ B h a g a v a_ d h a m m a m. deseti kusalesu dhammesu. Tatr, ime kusala_ dhamma_ seyyathidam. catta_ro satipat.t.ha_na_, catta_ro sammappadha_na_, catta_ro iddhipa_da_, pan~c, indriya_ni, pan~ca bala_ni, satta bojjhan.ga_, ariyo at.t.han.giko maggo. Idha, bhante, bhikkhu a_sava_nam. khaya_ ana_savam. ceto-vimuttim. pan~n~a_-vimuttim. dit.t.he va dhamme sayam. abhin~n~a_ sacchikatva_ upasampajja viharati. Etad a_nuttariyam. bhante kusalesu dhammesu. ……(PTS. D volIII. p.102) (訳)つぎにまた、尊師よ、世尊はもろもろの善法について法を示し ておられますが、これは最上のものです。そのうち、もろもろの善法 にはつぎがあります。すなわち、四念処、四正勤、四神足、五根、五 力、七覚支、八聖道です。尊師よ、ここに、比丘はもろもろの漏の滅 尽により、無漏の心解脱、慧解脱を現法において自らよく知り、目の あたり見、成就して住みます。尊師よ、これが、もろもろの善法につ いて、最上のものですvi 。…

(4)

(4)釈尊が弟子から尊敬される五法の一つとして: それら五法とは①増上戒を具えている、②勝れた智見を具えている、③増 上慧を具えている、④四聖諦により解答する、⑤三十七菩提分法・八解脱・ 八勝処・十遍処・四禅・観の智・意からなる智・神通智・天耳智・他心智・ 宿住随念智・天眼智(=死生智)・漏尽智という十九項目の行道を説くも のである。

M77、‘Puna ca param. Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_,

yatha_ pat.ipanna_ me sa_vaka_ catta_ro satipat.t.ha_ne bha_venti. (…pe…) ‘Puna ca param, Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_, yatha_ pat.ipanna_ me sa_vaka_ catta_ro sammappadha_ne bha_venti. (…pe…) ‘Puna ca param, Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_, yatha_

pat.ipanna_ me sa_vaka_ catta_ro iddhipa_de bha_venti. (…pe…)

‘Puna ca param, Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_, yatha_ pat.ipanna_ me sa_vaka_ pan~c, indriya_ni bha_venti. (…pe…)

‘Puna ca param, Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_, yatha_ pat.ipanna_ me sa_vaka_ pan~ca bala_ni bha_venti. (…pe…)

‘Puna ca param, Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_, yatha_ pat.ipanna_ me sa_vaka_ satta bojjhan.ge bha_venti. (…pe…)

‘Puna ca param, Uda_yi. akkha_ta_ maya_ sa_vaka_nam. pat.ipada_, yatha_ pat.ipanna_ me sa_vaka_ ariyam at.t.han.gikam. maggam bha_venti. (…pe…) Tatra ca pana me sa_vaka_ bahu_ abhin~~na_vosa_napa_ramippatta_ viharanti. ……

Ayam. kho, Uda_yi, pabcamo dhammo yena mamam. sa_vaka_ sakkaronti garukaronti ma_nenti pu_jenti sakkatva_ garukatva_ upanissa_ya viharanti. (PTS, M volII, pp.11~22) (訳)また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が 弟子たちはそのとおりに行道し、四念処を修習します。(略)  また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が弟子 たちはそのとおりに行道し、四正勤を修習します。(略)  また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が弟子 たちはそのとおりに行道し、四神足を修習します。(略)  また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が弟子

(5)

たちはそのとおりに行道し、五根を修習します。(略)  また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が弟子 たちはそのとおりに行道し、五力を修習します。(略)  また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が弟子 たちはそのとおりに行道し、七覚支を修習します。(略)  また、ウダーイーよ、私は弟子たちに行道と説いており、我が弟子 たちはそのとおりに行道し、聖なる八支の道を修習します。(略)  ウダーイーよ、これが第五法です。これによって弟子たちは私を尊 敬し、尊重し、敬愛し、供養し、また尊敬し尊重して近く住みますvii (5)実践修習について: 三十七菩提分法において、特に、出入息念の修習、念処の修習が出世間の 覚支円満に至る大果報、大功徳のあると説く。

M118、 …Santi, bhikkhave, bhikkhu_ imasmim bhikkhusan.ghe

a_na_pa_nassatibha_vana_nuyogam anuyutta_ viharanti. A_na_pa_nassati, bhikkhave, bha_vita_ bahul kata_ mahapphala_ hoti maha_nisam.sa_; ana_pa_nassati, bhikkhave, bha_vita_ bahul kata_ catta_ro satipat.t.ha_ne paripu_reti; catta_ro satipat.t.ha_na_ bha_vita_ bahul kata_ satta bojjhan.ge paripu_renti; satta bojjhan.ga_ bha_vita_ bahul kata_ vijja_vimuttim paripu_renti. …(PTS, M volIII, p.82)

(訳)比丘たちよ、この比丘僧団には、比丘にして、出入息念の修習 実践に励み住む者たちがいます。比丘たちよ、出入息念は修習され、 復習され、大きな果報、大きな功徳があるものになります。比丘たち よ、出入息念は修習され、復習され、四念処を満たします。四念処は 修習され、復習され、七覚支を満たします。七覚支は修習され、復習 され、明と解脱を満たしますviii (6)六処を如実に知る者: 六処を如実に知る者は、八正道の修習を満たすという演繹的方法で、八正 道の修習を満たすものは、四念処、四正勤、四神足、五根、五力と七覚支 の六の菩提分法もすべてが修習円満になる、という仏教においてもっとも 根本的な教えと実践が、説かれる。 これとほぼ同じ内容の実践は、中部第

(6)

151『托鉢食清浄経』にも示されている。

M149、‘Ya_ yatha_bhu_tassa dit.t.hi sa_ ‘ssa hoti samma_dit.t.hi; yo yatha_bhu_tassa samkappo, sva_ssa hoti samma_samkappo; y o y a t h a_b h u_t a s s a v a_y a_m o s v a_s s a h o t i s a m m a_v a_y a_m o ; ya_ tatha_bhu_tassa sati sa_ ‘ssa hoti samma_sati; yo tatha_bhu_tassa sama_dhi, sva_ssa hoti samma_sama_dhi. Pubbe va kho pan’ assa ka_yakammam vac kammam a_j vo suparisuddho hoti. Evam assa_yam. ariyo at.t.han.giko maggo bha_vana_pa_ripu_rim gacchati.

“Tassa evam. imam ariyam at.t.han.gikam maggam bha_vayato catta_ro pi satipat.t.ha_na_ bha_vana_pa_ripu_rim gacchanti, catta_ro pi sammappadha_na_ bha_vana_pa_ripu_rim gacchanti, catta_ro pi iddhipa_da_ bha_vana_pa_ripu_rim gacchanti, pan~ca pi indriya_ni bha_vana_pa_ripu_rim gacchanti, pan~ca pi bala_ni bha_vana_pa_ripu_rim gacchanti, sattapi bojjhan.ga_ bha_vana_pa_ripu_rim gacchanti. (PTS, M volIII, p.289)

( 訳 )(〔六処を知る者〕)そのような者の見は、かれにとって正見とな ります。そのような者は、かれにとって正思惟となります。そのよう な者は、かれにとって正精進となります。そのような者は、かれにとっ て正念となります。  そのような者は、かれにとって正定となります。しかも、かれの身業、 語業、生活は以前のとおり極清浄です。このようにこの聖なる八支の 道は、かれにとって修習を満たすものとなります。このように、かれ がこの聖なる八支の道を修習する場合、四念処も修習を満たすものと なります。四正勤も修習を満たすものとなります。四神足も修習を満 たすものとなります。五根も修習を満たすものとなります。五力も修 習を満たすものとなります。七覚支も修習を満たすものとなりますix (7)中道として説かれる三十七菩提分法:

151.‘Tisso ima_, bhikkhave, pat.ipada_. Katama_ tisso? A_ga_l.ha_ pat.ipada_, nijjha_ma_ pat.ipada_, majjhima_ pat.ipada_.(…pe…) Katama_ ca bhikkhave majjhima_ pat.ipada_? Idha, bhikkhave, bhikkhu ka_ye ka_ya_nupass viharati a_ta_p sampaja_no satima_ vineyya loke abhijjha_domanassam., citte, vedana_su …pe… dhammesu dhamma_nupass viharati a_ta_p

(7)

sampaja_no satima_ vineyya loke abhijjha_domanassam.. Ayam. vuccati, bhikkhave, majjhima_ pat.ipada_. (PTS, A volI, pp.295~296)

( 訳 ) 比丘たちよ、これら三つの道があり、何を三としますか。深固 道、劇苦道、中道です。  これらの三つ質問されたら簡単に答えられるようにして置かれると 安心。 ( 略 ) 比丘たちよ、また何が中道ですか。比丘たちよ、ここに、比丘 は身において身を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世 界における貪欲と憂いを除いて住みます。もろもろの受において、… 乃至…法において法を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、 世界における貪欲と憂いを除いて住みます。比丘たちよ、これを中道 と説きます。

152.…Katama_ ca, bhikkhave, majjhima_ pat.ipada_? Idha, bhikkhave, bhikkhu anuppanna_nam. pa_paka_nam. akusala_nam. dhamma_nam. anuppa_da_ya chandam. janeti va_yamati v riyam. a_rabhati cittam. paggan.ha_ti padahati, uppanna_nam. pa_paka_nam. akusala_nam. dhamma_nam. paha_na_ya chandam. janeti va_yamati v riyam. a_rabhati cittam. paggan.ha_ti padahati, anuppanna_nam. kusala_nam. dhamma_nam. uppa_da_ya chandam. janeti va_yamati v riyam. a_rabhati cittam. paggan.ha_ti padahati, uppanna_nam. kusala_nam. dhamma_nam. t.hitiya_ asammosa_ya bhiyyobha_va_ya vepulla_ya bha_vana_ya pa_ripu_riya_ chandam. janeti va_yamati v riyam. a_rabhati cittam. paggan.ha_ti padahati. (訳)また、比丘たちよ、何が中道ですか。比丘たちよ、ここに比丘は、 未だ生じていないもろもろの悪しき不善の法が生じないように、意欲 をおこし、努力し、精進し、心を励まし、勤めます。すでに生じてい るもろもろの善の法が生じるように、意欲を起こし、努力し、精進し、 心を励まし、勤めます。未だ生じていないもろもろの善の法が生じる ように、意欲をおこし、努力し、精進し、心を励まし、勤めます。す でに生じているもろもろの善の法がとどまるように、失われないよう に、増大するように、広大となるように、発展するように、円満する ように、意欲をおこし、努力し、精進し、心を励まし、勤めます。

(8)

…pe…chandapadha_nasan.kha_rasamanna_gatam. iddhipa_dam. bha_veti v riyasama_dhi

c i t t a s a m a_d h i - v m a m. s a_s a m a_d h i - p a d h a_n a - s a n.k h a_ -rasamanna_gatam. iddhipa_dam. bha_veti…pe…saddhindriyam. bha_veti v riyindriyam. bha_veti satindriyam. bha_veti sama_dhindriyam. bha_veti pan~n~indriyam. bha_veti…pe…saddha_balam. bha_veti v riyabalam. bha_veti sama_dhibalam. bha_veti pan~n~a_balam. bha_veti satisambojjhan.gam. bha_veti dhammavicayasambojjhan.gam. bha_veti v riyasambojjhan.gam. bha_veti p tisambojjhan.gam. bha_veti passaddhisambojjhan.gam. bha_veti sama_dhisambojjhan.gam. bha_veti upekkha_sambojjhan.gam. bha_veti samma_dit.t.him. bha_veti samma_san.kappam. bha_veti samma_va_cam. bha_veti samma_kammantam. bha_veti samma_-a_j vam. bha_veti samma_va_ -ya_mam. bha_veti samma_satim. bha_veti samma_sama_dhim. bha_veti. Ayam. vuccati, bhikkhave majjhima_ pat.ipada_.…(PTS, A volI, pp.296~297) (訳)…乃至…意欲によって起こる禅定と精勤となる力をそなえた神 足を修習します。精進によって起こる禅定と、心によって起こる禅定 と、観察によって起こる禅定と精勤となる力をそなえた神足を修習し ます。…乃至…信力を修習し、精進力を修習し、定力を修習し、慧力 を修習し、念覚支を修習し、択法覚支を修習し、精進覚支を修習し、 喜覚支を修習し、軽安覚支を修習し、定覚支を修習し、捨覚支を修習し、 正見を修習し、正思惟を修習し、正語を修習し、正業を修習し、正命 を修習し、正勤を修習し、正念を修習し、正定を修習します。比丘た ちよ、これを中道と説きますx 。 (8)「律による和合」と共に「法による和合」を明示: 釈尊自らが証知された三十七菩提分法は衣食住のためではなく、和合し、 争論を静めるものであって、比丘弟子たちが学ぶべきであることを説く。 M 1 0 3、“ T a s m a_ t i h a , b h i k k h a v e , y e v o m a y a dhamma_ abhin~n~a_ desita_, seyyathidam. : catta_ro satipat.t.ha_na_ catta_ro sammappadha_na_, catta_ro iddhipa_da_, pan~c, indriya_ni, pan~ca bala_ni, satta bojjhan.ga_, ariyo at.t.han.giko maggo.− tattha sabbeh‘eva

(9)

volII.pp.238-239) (訳)比丘たちよ、それでは、私が証知してそなたたちに説く諸々の法、 即ち四念処、四正勤、四神足、五根、五力、七覚支、聖なる八支の道、 それらについて、すべての者は和合し、結合し、争わず、学ばねばな りません。 (9)希有未曾有法の三十七菩提分法: 大海には宝物があることに譬え、法と律には第七の宝物である希有未曾有 法は三十七菩提分法であることを説く。

“Seyyatha_ pi, paha_ra_da maha_samuddo bahuratano anekaratano, tatr, ima_ni ratana_ni, seyyathidam. mutta_ mani vel.uriyo san.kho sila_ pava_l.am. rajatam. ja_taru_pam. lohitako masa_ragallam.: evam eva kho Paha_ra_da ayam. dhammavinayo bahuratano anekaratano, tatr‘ima_ni ratana_ni, seyyathidam. catta_ro satipat.t.ha_na_, catta_ro sammappadha_na_, catta_ro iddhipa_da_, pan~c, indriya_ni, pan~ca bala_ni, satta bojjhan.ga_, ariyo at.t.han.giko maggo. Yam pi Paha_ra_da ayam. dhammavinayo bahuratano anekaratano, tatr’ ima_ni ratana_ni, seyyathidam. catta_ro satipat.t.ha_na_, catta_ro sammappadha_na_, catta_ro iddhipa_da_, pan~c, indriya_ni, pan~ca bala_ni, satta bojjhan.ga_, ariyo

at.t.han.giko maggo: ayam. Paha_ra_da imasmim. dhammavinaye sattamo acchariyo abbhuto dhammo, yam. disva_ disva_ bhikkhu_ imasmim. dhammavinaye abhiramanti. (PTS, A volIV,p.203)

(訳)パハーラよ、例えば海には様々な宝物があり、これら宝とはい わゆる真珠・マニ宝珠・瑠璃・ 法羅貝・ 玉・珊瑚・ 銀・金・紅玉・瑪 瑙などである。このようにバハーラよ、この法と律には多くの宝、様々 な宝があります。これらの宝とはいわゆる四念処・四正勤・四神足・ 五根・五力・七覚支・聖なる八支聖道です。バハーラよ、この法と律 には多くの宝、様々な宝があります。これらの宝とはいわゆる四念処・ 四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・聖なる八支聖道であり、バハー ラよ、この法と律が第七の希有未曾有の法であり、これを見て比丘た ちはこの法と律を楽しみます。

(10)

(10)漏尽比丘の十力成就: 漏尽比丘には十力を成就する。十力とは正慧によって①諸行無常を観ずる、 ②諸欲は火炭のように観ずる、③心が出離に趣き、とどまる、④四念処を よく修習する、⑤四正勤をよく修習する、⑥四神足をよく修習する、⑦五 根をよく修習する、⑧五力をよく修習する、⑨七覚支をよく修習する、 八正道をよく修習することである。(AX-9.90) (11)聖道以外、有依者は浄まることはない: 三十七菩提分法以外によって、有貪者・有瞋者・有痴者・有慢者・有見者・ 有煩悩者・有取者である有依者は他の不浄道・邪道によって浄まることは ないと説く。(Nd1 4 (12)三十二の無用論を遠ざける: 三十二の無用論xi を遠ざけるため、正しい論議として、釈尊は次の十論を 語る。即ち、①少欲論、②知足論、③遠離論、④不会合論、⑤精勤論、⑥ 戒論、⑦定論、⑧慧論、⑨解脱論、 解脱智見論である。また、念処論を はじめ、道論、果論、涅槃論を語る。(Nd1 10 (13)初・中・後のよい円満遍浄の梵行: 法とは初めもよく、中間もよく、終わりもよい円満遍浄である梵行である。 すなわち、四念処、四正勤、四神足、五根、五力、七覚支、八正道、涅槃 に至る一行道であることを説く。(Nd1 16, Nd2 18 (14)証得に対する応弁具者: 証得に対する応弁具者とは四念処、四正勤、四神足、五根、五力、七覚支、 八正道、四沙門果、四無碍解、六神通を証得し、義・法・詞三者に対する 智が応弁無碍であると説く。(Nd2 16,18 (15)三十七菩提分法に対して不聞・不聴の場合: 八百十一の煩悩である不善根など三者一組の不見・不聞・難詰心の不聞と して取り上げられ、妙法である三十七菩提分法に対して不聞・不聴の場合 指す。(Vbh17)

(11)

 ここまで、パーリ聖典における三十七菩提分法を概観した結果、以下の特性 を見ることができる。  その一、世間において、善法として人・天の煩悩を退治する薬の役割を果た す。また、それのみならず、利益をもたらし、大功徳・大果報のある法である。  その二、出世間においては、涅槃へ至る唯一の行道である。諸漏を尽くし、 円満の修習によって覚りを得た釈尊が有情から尊敬される重要な理由でもあ る、と。  その三、実践に関しては、常に先立つ方便として、六根の守護が求められる。 そして、証得される果位が明確に示され、涅槃に繋がる証拠を見せる。すなわ ち、 三十七菩提分法は、世間と出世間によって語られたものであり、その教え の永続は、資糧のある聖道法だけによって、あるのではないのである。すなわ ち、出世間法(四道・四果・涅槃)の証得は、世間の戒・定・慧をなくしては、 起こらないのである。  さらに、もう一つの特性について述べるならば、七の菩提分法は、一つの体 系にはなっているけれど、各菩提分法において包摂することがある。例えば、 八正道の修習を満たしたならば、他の六の菩提分法も満たされることになる、 とこのように、八正道のみが強調される場合もあるのである。なお、中道は、 すなわち、三十七菩提分法であるように、次節において、各菩提分法の間に包 摂関係を明かすことに伴い、その修道次第をまとめることを目指すものである。 三、三十七菩提分法における語義  さて、 三十七菩提分法を中心にしてまとめられた智慧の実践が、『清浄道論』 「第二十二品 智見清浄の解釈」と『無碍解道』「第三 慧の章」において、また、 道・果・涅槃の説示が相応部「大篇」において説示されている。 まず、『清浄道論』 「智見清浄の解釈」における三十七菩提分法の円満について、みることにしたい。

Tattha paripun.n.abodhipakkhiyabha_vo ti bodhipakkhiya_nam. paripun.n.abha_vo. Catta_ro satipat.t.ha_na_, catta_ro sammappadha_na_, catta_ro iddhipa_da_, pan~cindriya_ni, pan~ca bala_ni, satta bojjhan.ga_, ariyo at.t.han.giko maggo ti hi ime sattatim.sa dhamma_ bujjhanat.t.hena bodhi ti laddhana_massa ariyamaggassa pakkhe bhavatta_ bodhipakkhiya_ na_ma; pakkhe bhavatta_ ti upaka_rabha_ve t.hitatta_. (PTS, Vism, pp.678~679)

(12)

(訳)そこで、菩提分の円満状態とは、〔三十七〕菩提分の完成した状 態のことです。すなわち、四念処、四正勤、四神足、五根、五力、七 覚支、聖なる八支の道という、これらの三十七の諸法は菩提の部分に よって、菩提という名を得た聖道の分野にあることから、菩提分とい うことになります。分野にあることからとは、資助の状態にとどまる ことです。

Tesu tesu a_ramman.esu okkhanditva_ pakkhanditva_ upat.t.ha_nato pat.t.ha_nam. . Sati yeva pat.t.ha_nam. satipat.t.ha_nam. . Ka_ya-vedana_-citta-dhammesu pan’ a s s a_ a s u b h a - d u k k h a - a n i c c a - a n a t t a_k a_r a g g a h a n.a v a s e n a subha-sukha-nicca- attasan~n~a_paha_nakiccasa_dhana-vasena ca pavattito catudha_ bhedo hoti; tasma_ catta_ro satipat.t.ha_na_ti vuccanti. (PTS, Vism, pp.678~679) 【四念処】(訳)それぞれの所縁に出入して現起することから、処です。 念がすなわち処であることから、念処です。また、身・受・心・法に おいて、不浄・苦・無常・無我の行相を収め取るものとして、また、浄・ 楽・常・我の捨断を成就するものとして転起することから、四種のも のとなります。それ故に、四念処と言います。 P a d a h a n t i e t e n a_ t i p a d h a_n a m. . S o b h a n a m. p a d h a_n a m. sammappadha_nam., Samma_ va_ padahanti etena_ ti sammappadh a_nam.. Sobhanam. va_ tam. kilesaviru_patti-vidahanato padha_nan~ ca hitasukhanippha_dakattena set.t.habha_va_vahanato padha_nabha_vak a_ran.ato ca_ ti sammappadha_nam.. V riyassetam. adhivacanam.. Tayidam. uppanna_nuppanna_nam. akusala_nam. paha_na_nuppattikiccam., anuppannuppanna_nan~ca kusala_nam. uppattit.t.hitikiccam. sa_dhayat ti catubbidham. hoti; tasma_ catta_ro sammappadha_na_ ti vuccanti. (PTS, Vism, pp.678~679)

【四正勤】(訳)これによって策励することから、精勤です。輝くもの であるから精勤は、正精勤です。これによって正しく策励するという ことと同様に正精勤です。輝くものであることと同様に、煩悩という 醜い状態を絶つことから、利益と安楽を生起させるという意味によっ

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て、最勝の状態をもたらす、精勤であるから、正精勤で、正精進の同 義語です。これは已に生じているもろもろの悪しき不善法の捨断と、 未だ生じていないもろもろの悪しき不善法の生じない作用、および、 未だ生じていないもろもろの善法の生起と、已に生じている善法の存 続することの作用を成就することから、四種類のものとなります。そ れ故に、四正勤と言います。

Pubbe vuttena ijjhana t.t.hena iddhi. Tassa_ sampayutta_y a pubban.gamat.t.hena phalabhu_ta_ya pubbabha_gaka_ran.at.t.hena ca iddhiya_ pa_do ti iddhipa_do. So chanda_divasena catubbidho hoti; tasma_ catta_ro iddhipa_da_ ti vuccanti. Yath’ a_ha− catta_ro iddhipa_da_ chandiddhipa_do cittiddhipa_do v riyiddhipa_do v mam.siddhipa_do ti ime lokuttara_ va; lokiya_ pana :chandan~ce bhikkhu adhipatim. karitva_ labhati sama_dhim., labhati cittassa ekaggatam.: ayam. vuccati chandasama_dhi ti a_divacanato chanda_di adhipativasena pat.iladdhadhamma_ pi honti. (PTS, Vism, pp.678~679) 【四神足】(訳)前に説かれた成就という意味から、神変です。それと 相応することから、先行という意味により、または、果となることか ら、前分となる意味により、神通の足場となるから、神足と言います。 それは、意欲などによって、四種類のものとなります。それ故に、四 神足と言います。いわゆる「意欲神足・精進神足・心神足・観察神足 という四神足があります」とは出世間のみとなります。次に、世間の ものとしては、「もしも比丘が意欲を主とする定を得て、心一境性を 得るならば、これは意欲による定と言われます」などという語から意 欲などを主とすることによってもまた、得られた諸法です。

Assaddhiya-kosajja-pama_da-vikkhepa-sammoha_nam. abhibhavanato abhibhavana- san.kha_tena adhipatiyat.t.hena indriyam.. Assaddhiya_d hi ca anabhibhavan yato akampiyat.t.hena balam.. Tad-ubhayam pi saddha_divasena pan~cavidham. hoti; tasma_ pan~cindriya_ni pan~ca bala_n ti vuccanti. (PTS, Vism, pp.678~679)

【五根・五力】(訳)不信・怠慢・放逸・散乱・迷妄を征服することか ら、征服するものという増上の意味によって、根です。また、不信な

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どによって、征服できないことから、不動の意味によって、力です。 その両者と共に信などによって、五種類のものにとなります。それ故 に、五根・五力と言います。

Bujjhanakasattassa pana an.gabha_vena satia_dayo satta bojjhan.ga_. Niyya_nikat.t.hena ca samma_dit.t.hia_dayo at.t.ha maggan.ga_ honti. Tena vuttam.“satta bojjhan.ga_ ariyo at.t.han.giko maggo”ti. (PTS, Vism, pp.678~679) 【七覚支・聖なる八支の道】(訳)また、覚者の有情としての支分であ ることから、念などの七覚支となります。さらに、出離の意味によっ て、正しい見解などは聖なる八支の道となります。それ故に、七覚支 と聖なる八支の道と言いますxii 。  以上が、三十七菩提分法の七の菩提分法についての考察である。引き続き、 それら各支の語義を詳しく見ることにしたい。  まず、四念処(cattaro sati-patthana)について:  (四)念処(satipatthana)には現起(upatthana)の相があるxiii 。実際に修習 する場合は、聖道の智慧が生起する前に、世間法である観が、生起する。身(kaya) において、出入息、威儀、正知、厭逆観察、要素観察、九墓地など、という 十四の部の身の随観が、ある。受(vedana)において、苦・楽・非苦非楽の三 受と、欲に関わる楽・苦・非苦非楽と、無欲に関わる楽・苦・非苦非楽と、九 種の受の随観である。心(citta)において、貪りのある心、貪りを離れる心、 怒りのある心、怒りを離れる心、愚痴のある心、愚痴を離れる心、萎縮した心、 散乱した心、大なる心、有上の心、無上の心、安定した心、安定していない心、 解脱した心、解脱していない心、という十六種の心の随観である。法(dhamma) において、心を覆う欲貪、瞋恚、沈鬱・眠気、浮つき・後悔、疑いの五つの障 害の随観であるxiv  四正勤(cattaro-sammappadhana)について:  (四)正勤(sammappadhana)には精勤(padahana)の相がある。方便の精 進、聖果の証得のための方便となる正精進のことである。策励の意味によって

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は、一つの特相のもの、作用によれば、種々の作用のものである。ここにいう 四種の精進とは、未だ生じたことがない悪しき不善の法が生じないための精進、 已に生じた悪しき不善の法を捨断するための精進、未だ生じたことがないもろ もろの善の法が、生じるための精進、已に生じたもろもろの善の法が増大する ための精進を言う。例えば、自己の状態において、かつて生起したことのない、 他者に生起したもろもろの悪しき不善の法を見て、自己にそのもろもろの悪し き不善の法が、生起しないように努力することにおいて、第一の正勤がある、と。 そのように、第二、第三、第四の正勤も同様である。  四神足(cattaro iddhipada)について: (四)神足(iddhipada)には成就(ijjhana)の相がある。成功の意味によって、 如意であり、足場の意味によって足である。成就の意味によって一つにまとめ られるもの、意欲などによって種々の自性のものである。ここに言う四種の神 足とは、意欲・精進・心・観察である。意欲(chanda-samadhi)すなわち、欲 による定とは、欲を因とする、または欲を増上とする定であり、行おうとす る欲求を主にして得られる定の同義語である。欲によって起こる禅定とは、神 足に対する欲によって、欲を責任とし、欲を最勝とし、欲を先行として起こる 禅定である。精進(viriya-samadhi)とは、成就の基礎となる精進である。心 (citta-samadhi)成就の基礎となる心・意識である。観察(vimamsa-samadhi) とは、成就の基礎となる観察である。  五根(pabc’indriyani)について:  (五)根(indriya)には、主(adhipati)の相がある。その根とは、主権の意 味によって一つの特相のもの、信解などの自性(nanasabhava)によって種々 の自性のものである。ここにいう五種の根とは、信・勤・念・定・慧の五根で、 不信・怠惰・放逸・散乱・迷妄を征服することから、「征服」と称される増上 の意味で「根」と言われる。  信根(saddhindriya)には、志向の相がある。意味としては、如来の菩提を 信ずることである。  勤根(viriyindriya)には、精勤の相がある。意味としては、もろもろの悪し き不善の法を捨断し、もろもろの善法を具足するために努力することである。 あるいは、四正勤において精進根を観ずる。

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 念根(satindriya)には、現起の相がある。意味としては、最勝の念慧を成就し、 遠い昔の所作、所説を憶念し、随念することである。四念処においては、念根 を観ずることである。  定根(samadhindriya)には、不散乱の相がある。意味としては、捨を所縁とし、 定を得、心一境性を得ることである。四禅においては、定根を観ずることである。  慧根(pabbindriya)には了知の相がある。智慧によって、正しく決択し、苦 滅に順ずる生滅慧を成就することである。四聖諦においては、慧根を観ずるこ とである。  五力(pabca-balani)について:  (五)力 (bala)には、不動(akampiya)の相がある。その力とは、保持の 意味によって、あるいは不動の意味によって、一つまとめられるもの、自相 (salakkhana)によって種々の自性のものである。ここに言う五種の力とは、信・ 勤・念・定・慧の五で、不信などによって征服されないことから、「不動」の 意味で「力」と言われる。あるいは、正しい覚りに至る五の力、すなわち信・勤・ 念・定・慧の働きをいう。なお、諸々の根は、「勤」によって、「もろもろの力」 となる。増上の状態によって「もろもろの根」であり、不動の状態によって、「も ろもろの力」である。  その五力の相については、信には不信にたいする不動の相がある。勤力には、 懈怠に対する、念力には、浮つきに対する、慧力には、愚者の無明に対する不 動の相がある。  七覚支(satta-sambojjhavga, bojjhavga)について:  (七)覚支(bojjhavga)には、出離(niyana)の相がある。その覚支とは、 出離(niyyana)の意味によって一つまとめられるもの、現起(upatthana)な どの自相によって種々の自性のものであり、覚りの条件を言う。 また、修習し ている者に生じる力であり、意味からは、精進覚支を主とすることによって、 七覚支となる。いわゆる修習力とは諸々の善法の親近、修習、復習などである。  念覚支(sati-sambojjhavga)には、現起の相がある。比丘はその念(sati)で、 遠離に基づく、滅尽に基づく、捨棄に基づく念という優れた覚りの部分を修習 する。  択法覚支(dhammavicaya-sambojjhavga)には、吟味の相がある。比丘はそ

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の択法で、遠離に基づく、滅尽に基づく、捨棄に基づく法の吟味という優れた 覚りの部分を修習する。なお、「択法」の法とは、名色のこと。  精進覚支(viriya-sambojjhavga)には精勤の相がある。比丘はその精進で、 遠離に基づく、滅尽に基づく、捨棄に基づく精進という優れた覚りの部分を修 習する。  喜覚支(piti-sambojjhavga)の喜とは、遍満を相とし、比丘は遠離に基づく、 滅尽に基づく、捨棄に基づく喜びという優れた覚りの部分を修習する。  軽安覚支(passaddhi- sambojjhavga)には寂静の相がある。比丘は寂静で、 遠離に基づく、滅尽に基づく、捨棄に基づく軽快という優れた覚りの部分を修 習する。  捨覚支(upekkha- sambojjhavga)には観察の相がある。比丘は平等で、遠離 に基づく、滅尽に基づく、捨棄に基づく平静という優れた覚りの部分を修習す る。  以上、七つの部分についてまとめるならば、「念」については、念、正知な どによって、「択法(法の吟味)」については、遍問などによって、「精進」に ついては、苦処恐怖の省察などによって、「喜び」については、仏随念などによっ て、「軽安」については、妙勝食の受用などによって、「禅定」については、事 物の浄化などによって、「平静」については、有情への中庸などによって、生 起させ、増大させるであろうという意味であるxv  聖なる八支の道(ariya-atthavgiko-maggo)について:  (八)道(magga)には因(hetu)の相がある。 聖なるとは、それぞれの道に よって破壊されるべき諸々の煩悩より遠いことから、また、聖なる状態を作る ことから、あるいは、聖なる果を得させるからであり、因の意味によって一つ にまとめられるもの、見などの自相によって、種々の自性のものである。以下 の八支にはそれぞれ三種作用が現れる。  正見(samma-ditthi)には、見の相がある。すなわち、正しい見解、四聖諦 を正しく見ることを相とする。三種の作用とは、①他の諸々の自己に敵対する 煩悩とともに、邪見を捨断する。②滅を所縁とする。③諸々の相応法を、その 覆いである痴を破ることにより、無痴により、見ることである。  正思惟(samma-savkappa)には、上らせる相がある。すなわち、 正しい思考、 正しく涅槃の所縁に心を上らせることを相とする。三種の作用とは、①他の諸々

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の自己に敵対する煩悩とともに、邪思惟を捨断する。②滅を所縁とする。③心 を倶生の法に上らせる。  正語(samma-vaca)には、摂取の相がある。すなわち、正しい言葉、邪語 を正しく捨断することを相とする。三種の作用とは、①他の諸々の自己に敵対 する煩悩とともに、四種の語悪行を捨断する。②滅を所縁とする。③正しく捉 える。  正業(samma-kammanta)には、起立の相がある。すなわち、正しい行為、 邪行を正しく捨断することを相とする。三種の作用とは、①他の諸々の自己に 敵対する煩悩とともに、三種の身悪行を捨断する。②滅を所縁とする。③正し く起立させる。  正命(samma-ajiva)には、清浄の相がある。すなわち、正しい生活、正しく身・ 語の、また蘊相続の汚れとなる邪な生活を捨断することを相とする。三種の作 用とは、①他の諸々の自己に敵対する煩悩とともに、邪な生活を捨断する。② 滅を所縁とする。③正しく浄める。  正精進(samma-viriya)には、精勤の相がある。すなわち、正しい努力、相 応法の心が汚れの側に落ちることを許さず、努力することを相とする。三種の 作用とは、①他の諸々の自己に敵対する煩悩とともに、邪精進を捨断する。② 滅を所縁とする。③正しく努力する。  正念(samma-sati)には、現起の相がある。すなわち、正しい憶念、身など の自性を観察して、正しく仕えることを相とする。三種の作用とは、①他の諸々 の自己に敵対する煩悩とともに、邪念を捨断する。②遠離を所縁とする。③正 しく仕える。以上七支は禅定の資具で、これら七の資具は、世間・出世間をと もに含んでいる。  正定(samma-samadhi)には、不散乱の相がある。すなわち、正しい精神統 一、正しく散乱を砕破し、心を定めることを相とする。三種の作用とは、①他 の諸々の自己に敵対する煩悩とともに、邪定を捨断する。②遠離を所縁とする。 ③諸々の相応法を、その覆いである痴を破ることにより、無痴により、見るこ とである。 四、 まとめ   三十七菩提分法の次第をめぐって、アビダルマ仏教では、様々な論説がた てられたxvi 。パーリ仏教においては、ブッダゴサの『清浄道論』があげられる。「第

(19)

二十二品 智見清浄の解釈」には、十四の純粋な分類(cuddas’ asambhinna) など六種類が説かれているxvii 。その十四の純粋性質とは、①欲神足、②心神足、 ③喜覚支、④軽安覚支、⑤捨覚支、⑥正思惟、⑦正語、⑧正業、⑨正命など、 ここまでが、各支単一の性質、 信:信根と信力の二支が、同一の性質、 定: 定根、定力、定覚支と正定の四支が、同一の性質、 慧:慧根、慧力、択法覚 支、正見と観察神足の五支が、同一の性質、 念:四念処、念根、念力、念覚 支と正念の八支が、同一の性質、 精進:四正勤、精進神足、精進根、精進力、 精進覚支と正精進の九支が、同一性質である。  また、一行道である立場から考えるならば、次の十項目がたてられる。①信: 信根と信力、②精勤:四正勤、勤根、勤力、精進覚支と正精進、③念:念根、念力、 念覚支と正念、④定:四神足、定根、定力、定覚支と正定、⑤慧:四念処、慧根、 慧力、択法覚支と正見、⑥思:正思惟、⑦戒:正語、正業と正命、⑧喜:喜覚 支、⑨捨:捨覚支、 軽安:軽安覚支、である。しかし、最後の三支は、定に よる功徳であるため、全部で七項目とみなしてもよいのである。  また、八正道の修習を満たすものは、四念処、四正勤、四神足、五根、五力 と七覚支の六の菩提分法もすべてが修習円満になる、という立場から考えるな らば、八正道を主軸にして、世間・出世間における修道次第は、次の表の通り になる。なお、世間法の場合、「五根と五力の区別は、五根が修行の出発点と しての五つの能力であり、五力は、その能力が、実際の力として現われたもの であるxviii 」のため、五根と五力は、前後の位置に配置した。

(20)

三十七菩提分法における修道次第 八正道 七覚支 五根 五力 四神足 四正勤 四念処 三学 正見 正思 正精 信・勤 念・定 信・勤 念・定 出入息念 観法 正思 正精進 精進覚 精進 四正勤 増上戒学 念覚 択法覚 念力 四念処 喜覚 軽安覚 定覚 捨覚 定根 定力 四神足 増上心学 正解 慧力 増上慧 * 本文パーリ聖典の底本には PTS 版を使用した。 * 略号

PTS= THE PALI TEXT SOCIETY

D= Digha-nikaya(長部)

D1= Brahmajala-sutta(1 梵網経)

D6= Mahali-sutta(6 マハーリ経)、

(21)

D18= Janavasabha-sutta(18 ジャナヴァサバ経) D22= Mahasatipatthana-sutta(22 大念処経) D27= Aggabba-sutta(27 世起経) D28= Sampasadaniya-sutta(28 歓喜経) D29= Pasadika-sutta(29 浄信経) D33= Savgiti-sutta(33 結集経) M= Majjhima-nikaya(中部) M10= Satipttahana-sutta(10 念処経) M77= Maha-Sakuludayi-sutta(77 大サクルダーイ経) M103= Kinti-sutta,(103 如何経) M104= Samagama-sutta(104 サーマガーマ経) M118= Anapanassati-sutta(118 出入息念経) M149= Maha-salayatanika-sutta(149 大六処経) M151= Pindaparisuddhi-sutta(151 托鉢食清浄経) S= Samyutta-nikaya(相応部)

SKh I-3= Khandha-vagga Mulapbbasa Khajjaniya-vagga( 度篇 第三所食品)

SKh I-5= Khandha-vagga Mulapbbasa Puppha-vagga( 度篇 第五華品)

SMa= Maha-vagga(大篇)

A= Avguttara-nikaya(増支部)

A I-20= Eka-nipata Jhana-vagga(一集 第二十静慮品)

A III-3.5= Tika-nipata Khuddakapannasaka Pannasagahita(三集 第三の小 五十 第五裸形品)

A VII-7.67= Sattaka-nipata Maha-vagga(七集 第七大品 六十七)

A VIII-2.19= Atthaka-nipata Maha-vagga Paharada(八集 第二大品 十九パ ハーラーダ)

A VIII-2.20= Atthaka-nipata Maha-vagga Uposatha(八集 第二大品 二十布 薩)

A X-9.90= Dasaka-nipata Thera-vagga Bala(十集 第九長老品 九十力)

Kh= Khuddaka-nikaya(小部)

Ud= Udana(小部 自説経)

Ud5= Sonattherassa-vagga(第五 ソーナ長老品)

Nd1

(22)

Nd1 = Kamasutta-niddesa(第一欲経の義釈) Nd1 4= Suddhatthakasutta-niddesa(第四浄八偈経の義釈) Nd1 Sn4.6= Jarasutta-niddesa(第六老経の義釈) Nd1 d Sn4.7= Tissametteyyasutta-niddesa(第七ティッサメッテー経の義釈) Nd1 Sn4.10= Purabhedasutta-niddesa(第十死前経の義釈) Nd1 Sn4.13= Mhaviyuhasutta-niddesa(第十三大集積経の義釈) Nd1 Sn4.14= Tuvatakasutta-niddesa(第十四迅速経の義釈) Nd1 Sn4.16= Tuvatakasutta-niddesa(第十六サーリプッタ経の義釈) Nd2 = Culla-Niddesa(小部 小義釈) Nd2 1= Ajitamanavapuccha-niddesa(アジタ学童所問の義釈) Nd2 8= Hemakamanavapuccha-niddesa(ヘーマカ学童所問の義釈) Nd2 11= Jatukannimanavapuccha-niddesa(ジャツカッニアジタ学童所問の義 釈) Nd2 16= Mogharajamanavapuccha-niddesa(ピンギヤ学童所問の義釈) Nd2 18= Khaggavisanasutta-niddesa(犀角経の義釈) Vibh= Vibhavga(分別論) Vibh4= Sacca-vibhavga(第四品 諦分別) Vibh17= Khuddakavatthu-vibhavga(第十七品 小事分別) Vism= Visuddhi-magga(清浄道論) Abhp= Abhidhammattha-savgaha(アビダンマッタサンガハ) 『南伝』=『南伝大蔵経』

長部戒蘊編 I、長部大篇 I、長部パーティカ I、中部中分五十経編 I、中部中分 五十経編 II、中部後分五十経編 I、中部後分五十経編 II は、片山一良訳、大蔵出版、

2000~2005による。

i 本発表では、『無碍解道』を除いて、ほかの三十数経について考察する

ものである。それら三十数経とは D16、D27、D28、D29、M77、M103、

M104、M118、M149、M151、SKh I-3、SKh I-5、SMa I~VII、A I-20、

A III-3.5、A VII-7.67、A VIII-2.19、2.20、A X-9.90、Ud5、Nd1

1,4,4.6

Nd2

1,8,11,16,18などである。

ii 長部大編 I、第 16『大般涅槃経』p.263

(23)

sattannam bodhipakkhiyanam dhammanamは、七の菩提分法と訳すべきで ある。『南伝』第 8 巻 p.118 における七覚支は誤訳である。 iv 前掲書、第 29 節、p.197 v 「もろもろの善法」の「善」は、①無病、②無非難、③善巧生起、④無不安、 ⑤楽異熟の意味によるものである。 vi 前掲書、第 28『歓喜経』補註 9、p.203 vii 中部中分五十経編 II、第 77『大サークルダーイ経』pp.293~294 viii 中部後分五十経編 I、第 118『出入息念経』pp.77~100 ix 中部後分五十経編 II、第 149『大六処経』第 4 節 pp.418~419 x 『南伝』増支部、三集 第三の小五十 第五裸形品 参照 xi 三十二の無用論とは①王論、②賊論、③大臣論、④軍論、⑤怖畏論、⑥戦争論、 ⑦食べ物論、⑧飲み物論、⑨衣服論、 臥床論、 華鬘論、 香論、 親戚論、 乗駕論、 村論、 町論、 市論、 地方論、 女論、 男論、 英雄論、 道途論、 井戸端論、 先亡論、 種々論、 世俗哲学、 宇宙発生論、 有無論、 林野論、 山岳論、 河川論、 島洲論など、32 種の無駄話 とされる議論である。『南伝』第 42 巻、小部「大義釈」p.383 xii 『南伝』第 64 巻、pp.440~442 参照 xiii 長部戒蘊編 I、第1『梵網経』補註 pp.369~370 xiv 中部根本五十経編 I、第 10『念処経』pp.164~180 xv 同註2pp.183~184 xvi 吉本信行、「アビダルマ仏教における三十七菩提分法の体をめぐって」、『加 藤純章博士略歴・著作論文目録』春秋社、2000 pp.5 ∼ 18 xvii 同註 12、「第二十二品 智見清浄の解釈」、ほかの五種とは、九は一種、一 は二種、四・五種、八種九種と七種の五種分類である。p.444 と註 p.471 xviii 水野弘元、仏教教理の研究、春秋社、1997、p.212

参照

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