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巻頭言精神科医学のパラダイムシフト

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Academic year: 2021

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607 昭和学士会誌 第74巻 第6号〔607‑608頁,2014

特  集 精神疾患の診断と治療 ─最近の進歩─

巻 頭 言

精神科医学のパラダイムシフト

昭和大学医学部精神医学講座

  岩 波  明

 精神医学,精神医療における基本的な考え方が,

今や大きく変化しようとしている.

 振り返れば,世界最古の精神病院と言われている ベスレム王立病院が,ロンドンのイーストエンド,

ビショップゲートに開設されたのは,13 世紀のこ とである.修道院として出発したこの病院は,精神 科患者の他,ホームレスや犯罪者なども収容する慈 善的な「施設」として運営されるようになった(ベ スレムはその後,犯罪を犯した精神科患者のための 専門病院として有名になり,現在に至る).このよ うな状況は,パリのサルペトリエール病院など,他 の国でも同様であった.

 18 世紀から 20 世紀にかけて,精神病院は「アサ イラム」と呼ばれ,巨大な収容施設に姿を変えた.

欧米各国に数百から数千ベッドを持つ巨大な精神病 院が建設されたが,その当時,治療法はごく限られ たものしか存在していなかった.

 これに対して日本における状況は,欧米とはかな り異なっていた.明治維新に至るまで,大規模な収 容施設は存在しない代わりに,私的な隔離である座 敷牢の存在が公認されていた(このシステムは,太 平洋戦争の敗戦時まで継続していた).

 精神病院のベッド数が圧倒的に不足していたこと から,昭和 30 年代から 40 年代にかけて,政府は新 たな精神病院の建設を民間に奨励した.この結果,

多くの病院が新たに作られることとなり,それが現 在において問題にされることの多い精神科の「社会 的入院」の問題につながっている.

 けれども,今や,巨大な精神病院を中心とした医 療のロジックは,存在意義を失っている.社会的な 基盤を整備すれば,多くの入院患者が一般社会で生

活できることは明らかである(ただし,これには莫 大な財政支出が必要で,わが国の現状からは困難か もしれない).

 医療経済の側面からも,精神病院を中心にしたパ ラダイムは変化が必要である.精神医療に関して医 療費の多くは入院治療に割り当てられているが,入 院患者の多くは統合失調症である.統合失調症の治 療を軽んずるわけにはいかないが,社会的な重要性 が増しているうつ病や自殺の問題に,さらには引き こもりや虐待の被害者により多くの経費や人員を充 てる必要があることは明らかだ.

 精神疾患の社会的な重要性は,海外において,よ り深刻に受け止められている(この点,わが国の行 政機関は,変化へのレスポンスが鈍い).ご存知の方 も多いと思うが,WHO では,疾患の重要度を示す 指標として,「DALY(障害調整生存年)」という指 標を用いている.これはある疾患によって生命を失 う年数と障害が生じる年数を足した数字で,病気に よって「健康な生活を障害する」程度を表している.

 現在から 17 年後,2030 年の DALY が WHO によっ て予測されている.その結果を見ると,先進国におい ては,精神疾患が第一位となり,全疾患の DALY の 27.6%を占めるという驚くべき数字が出されている.

精神疾患の中では,うつ病と認知症の比率が高い.

 この結果の理由の一つには,精神医学の後進性の 表れという側面もある.近年,精神科領域では,多 くの新薬が実用化されているが,主要な精神疾患の 病態はいまだに不明の点が多く,明確な生物学的な 指標も存在しない.これは根治療法が存在する身体 疾患と大きく異なっている.

 その一方で,精神医学,精神医療がカバーすべき

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岩   波    明

608 領域が近年より幅広いものになってきているという 側面も見逃せない.うつ病など従来からの主要な精 神疾患はもちろんのこと,虐待や家庭内暴力,いじ めと不登校,社会的引きこもり,ドメスティック・

バイオレンス,発達障害,労災の問題など,現在の 精神科は,かつての精神医学の教科書には記載され ていない多くの状況に対応することを求められてい る.こうした背景には社会的な変化という要因が大 きいが,精神科医に課せられた責務も重大なものと なりつつある.

 本特集は,最近の精神医学,精神医療における診 断や治療における進歩について,各領域ごとに俯瞰 したものである.最近の脳科学あるいは臨床薬理学 の進歩によって,精神科で扱う「ツール」は,多様 になっていることがわかるであろう.

 一方,社会的な変化はすでに大きく起こっている にもかかわらず,精神医学,精神医療のパラダイム シフトが十分に進んでいない分野が数多く存在する ことも事実である.本特集がそのような領域をカ バーするための一助になることを期待したい.

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