日本小児循環器学会雑誌 6巻2号 288〜292頁(1990年)
Fontan術施行後における肺静脈血流パターン
(平成1年12月13日受付)
(平成2年4月4日受理)
東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所循環器小児科
神田 進 片山 博視 里見 元義 高尾 篤良
key words:肺静脈血流, Fontan術,ドップラーエコー法,三尖弁閉鎖症,単心室症
要 旨
Fontan術施行後における肺静脈血流パターンの特徴を明らかにするためにドップラー法を用いて分 析を行った.対象例は14例で三尖弁閉鎖症6例,右室性単心室5例,左室性単心室2例,純型肺動脈閉 鎖症1例であり年齢は4歳から20歳であった.自験例の正常者25例を対照とした.肺静脈血流と対比さ せる既知のパラメーターとするため僧帽弁流入血流を記録した.Fontan術後の肺静脈血流は既知の成
分であるAb波(atial backward How), A波(artial flow), S波(systolic How), D波(diastolic flow)
のいずれかの成分に全て分類可能であった.基礎心疾患による肺静脈血流パターンの違いを特に認めな かった.14例中Ab波を2例に, A波を12例に, S波を13例に, D波を全例に認めた.各成分の最高流速 はAb波0.42(±0.09=標準偏差)(m/s), A波0.51(±0.14), S波0.23(±O.05), D波0.64(±0.18)
であった.S波とD波との最高流速の比S/DはFontan群では0.35±0.18で正常群(0.98±0.18)に比 して有意に低かった(P<0.001).僧帽弁流入血流ではA波とR波との最高流速の比A/Rと「血流面積」
の比A/R(AREA)はいずれもFontan群(A/R=0.96±0.31, A/R(AREA)=0.86±0.40)において 正常群(それぞれ0.61±0.12,0.45±0.17)に比し有意に高かった.以上の成績よりFontan術後の肺静 脈血流パターンは,1)全ての波が既知の成分に分類できる,2)心房成分であるA波が顕著である,3)
S/D比が有意に低いという特徴を有していた.従ってFontan術後では,1)肺静脈血流形成の機序は基 本的に正常と相違ないこと,2)心房機能が充進していること,3)心室収縮期の左房の拡張が制限され ていることが結論づけられる.
緒 言
三尖弁閉鎖症や単心室症などの症例において
Fontan術が施行されているが,本法施行後はsingle pump, series circulationという特異な血行動態を呈 する.この時の肺静脈血流パターンを検討すれば肺静 脈血流の発生機序の解明に寄与し,また血行動態評価 の新たな指標を得る可能性がある.目 的
Fontan術施行後の肺静脈血流パターンを知るこ
と.
別刷請求先:(〒162)東京都新宿区河田町8−1 東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究
所循環器小児科 神田進
対象および方法
対象は東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所に おいてFontan術を施行した先天性奇形のうち術後に 肺静脈血流波形を記録し得た14例で,年齢は4歳から 20歳,内訳は三尖弁閉鎖症6例,右室性単心室5例,
左室性単心室2例,純型肺動脈閉鎖1例である.房室 弁逆流を認めたものはなかった.対照として自験例の 正常例(心奇形,心機能異常,不整脈のいずれも認め ないもの)25例,年齢6月から19歳を用いた.方法は 装置としてAloka−SSD 870を用い,パルスドップラー 法により,深さ方向に幅を2mmとしたサンプリングボ リュームを四腔断面にて左房への流入口に近い右肺静 脈内に置き肺静脈血流波形を記録した.また左側房室 弁直上部より左側心室流入血流をサンプリングした.
肺静脈血流は既知の4成分1)一一3),心房成分であるAb 波(atrial backward flow)かA波(atrial flow)あ るいは心室成分であるS波(systolic fiow)かD波
(diastolic flow)に分類した後, S波とD波との最高
流速の比S/D,およびA波とS波の血流面積の和
(time velocity integralを便宜上血流面積と略す),対 D波の血流面積との比A+S/Dを求めた.左側心室流 入血流はA波(atrial kick)とR波(rapid filling)
とに分類した後,最高流速の比A/R,および血流面積 の比A/R(AREA)を求めた.
術後に心臓カテーテル検査を行った12例では中心静
脈圧(CVP),左室造影より求めた左室駆出率
(LVEF),およびthermodilution法に依りもとめた心 拍出量(CI)と肺静脈血流パターンとの関連を検討し た.Fontan術と心カテとの間隔は19日から6月(平均 1.5月),エコー検査と心カテとの間隔は2週以下で
あった.
結 果
Fontan術後の肺静脈血流成分はAb波, A波, S波,
D波の4成分のいずれかに分類することができ,分類 不可能な成分を認めなかった.基礎となる心奇形によ る肺静脈血流パターンの差異を特に認めなかった(図 1〜4).また右室を肺循環系のポンプとして使う Bjork変法を4例(CASE 1,3,5,14=表1)に行っ たが,Bjork変法施行例とその他の例との間に特に異 なるパターン認めなかった.
Fontan術後(F群)の14例中, Ab波を2例に, A波 を12例に,S波を13例に, D波を全例に認めた.各成分 の最高流速は,Ab波0.42±0.09, A波0.51±0.14, S 波0.23±0.05,D波0.64±0.18(平均値±標準偏差(m/
s),以下同)であった.正常群ではS波0.48±O.08,
D波0.50±0.07であった.正常群では25例中,Ab波は 1例のみに,またA波は3例に不明瞭に認められたの
みであった.
D
S
図1 CASE 3(TA(Ib)=Bjork)における肺静脈血 流下段は心音図,A:atrial How, S:systolic flow,
D:diastolic flow
A
」し←]
D D
し一 しべ〆
S2
り i
図3 CASE 8(SRV)における肺静脈血流
一一一./v−.−J!−..一一NJV.一.一一VLI..一
図2 CASE 7(SLV)における肺静脈血流
D&A D&A
JLム熟劇u』
叶1邨料ぴ叶 1神岬牛
N−一・・、 ・A−一 、/\一\〜、〜、・〜・ら
図4 CASE 11(SRV)における肺静脈血流. D&A はD波とA波とが重複していることを示す(本文
参照).
290−(68) 日本小児循環器学会雑誌 第6巻 第2号
表1 対象症例一覧左側房室弁流入血流をTransmitral flowと略した. Case No. 1,3,5,14はBjork法を行った.
Case 10は完全房室プPックを伴っていた.
Pulmonary Venous flow Transmitral flow Catheterization No.
DX AGE HR
Ab A
SD
S/D A+S/D RA
A/R A/R(AREA)CVS LVEF
CI1 TA(Ib) 9 86 35 38 26 91 .29 0.44 30 .30 1.00 L26 19 .44 2.17
2 TA(Ib) 7 107
ND
37 26 58 .45 1.78 51 .50 0.98 1.17 13 56 2.953 TA(Ib) 5 78
ND
36 18 .50 36 0.93 36 .26 0.72 0.48 14 54 3.044 TA(Ilb) 4 108
ND
.52 21 73 。29 1.19 F F 14 50 3.405 TA(Ic) 7 105
ND
.50 23 .31 74 1.97 21 .21 1.00 0.97 13 .42 2306 TA(lc) 6 67
ND
.58 23 82 28 0.27 31 20 0.65 0.65 17 2.307
SLV
12 96ND
.85 16 、55 .29 1.028
SLV
12 93ND
.60 29 .97 30 1.03 32 .50 1.56 1.52 13 57 3.519
SRV
5 121ND
F 25 77 .32 0.26 F F 15 .40 3.1010
SRV
4 .48 .48 00 .54 .00 0.50 44 .38 0.86 0.61 10 60 3.7011
SRV
7 130ND
F 19 .52 .37 0.33 42 .27 0.64 0.48 14 42 2.5012
SRV
20 78ND
38 15 .68 .22 0.53 50 .40 0.80 0.3313
SRV
6 102ND
53 19 55 35 1.54 58 .82 1.41 1.16 15 65 2.3014
PPA
5 134ND
57 34 .50 .68 2.07 F F 13 52 2.51(m/s)
ND:not detected
(m/s)
F:fused
(mmHg) (〃min/M2)
表 2
Pulmonary venous How Transmitral flow
S/D A+S/D A/R A/R(AREA)
Normal Fontan
1:ll;1:ll]・ 1.30±0.39 0.99±0.64
㌫:;i]・ 1:≧:;;]・
*p<0.001
S波とD波との最高流速の比S/Dをみると,F群で は0.35±0.18,正常群では0.98±0.18とF群において 有意に低値を示した(p〈0.001)(表2).また血流面 積の比A±S/Dをみると,F群では0.99±0.64,正常 群では1.30±0.39とF群において低値を示したが有 意差を認めなかった.
左側心室流入血流の計測では,R波とA波の最高流 速はF群R波0.40±0.11,A波0.38±O.19,正常群R 波0.75±0.10,A波0.45±0.11であった.最高流速の 比A/Rは,F群0.96±0.31,正常群0.61±0.12とF群 において有意に高く(p<0.001),ーまた血流面積の比 A/R(AREA)も, F群0.86±0.40,正常群0.45±0.17
とF群において有意に高かった(p〈0.001).
年齢(F群7.8±4.4,正常群5.6±5.6(歳))におよ び心拍数(F群100±20,正常群101±26)についてF群
と正常群との間に有意な差を認めなかった.
心臓カテーテル検査の結果であるCVP, LVEF,お よびCIと肺静脈血流パターンとの間に有意の相関を
認めなかった.
考 察
Fontan術施行後の肺静脈血流パターソの特徴は,
1)既知の成分であるAb波, A波, S波およびD波の 組合せによって成っていること,2)心房性の成分であ るA波が顕著であること,3)S波が小さくS/D比が 有意に小さいこと,の3点であった.第1の点に関し て,未知の成分が存在しなかったことは,single pump,
series circulationという特異な血行動態となる Fontan術後においても肺静脈血流形成の機序が正常 心と基本的に変わりないということを示すものであろ う.特にFontan術後においてもS波が認められたこ とは,S波の形成に対して右室の駆出力が必ずしも必 要でないということを明らかに示している.今回検討 した症例の中には,右室を肺循環系のポンプとして利 用したBjork変法を行った症例が4例あったが,肺静 脈血流は4例とも特に他と異なるパターンを示さな かった.このBjork変法における成績もS波の形成に 対して右室の関与が小さいことを示している.
第2点,第3点については従来の報告4)において言 及されなかった点である.第2点の心房性の成分が顕 著であった点については,左側心室流入血流をみても Fontan術後ではA/Rが高く心房機能が比較的に元 進していることは明かであり,肺静脈血流におけるA 波の顕著であることを併せ考えると,Fontan術後で
は心房機能が代償性に充進しているということができ る.A波はFontan術後14例中12例のみに認められた が,A波の認められなかった2例は,頻脈と比較的長
いPR間隔のためにP波が心室拡張早期に位置して
おり,左房の圧曲線を見ると,v波の後のy谷の中に左 房収縮によるa波が認められた.D波はy谷の時相で 起こり,A波はa波の下降脚の時相で起こるから,肺 静脈血流のA波が設められないのはD波に重なっているからで,もしRR間隔が長くなれぽA波がD波
と分離して認められ,心房機能の元進を示してくれる ものと考えられた(図4).第3点のS波が小さくS/D比が有意に小さいこと について,Fontan術後例ではD波は正常群に比して 僅かに大であったのみであり,心室拡張期の波である D波が著明に大きくなることは理論的に考え難いか
ら,S/D比の低値は主にS波の減高によるものと理解 される.S波の形成される機序は,心室収縮期の左房の 拡張であり,それには同時相での僧帽弁輪の心尖部側 移動が関与していると考えられているから,Fontan 術後では何等かの原因によりこの機序が制限を受けて いると考えられる.S波の形成を妨げる原因としては,
subnormalであった左室収縮能のほかに,心房中隔あ るいは右房肺動脈間に用いられるpatchが考えられ る.今回検討した例でも2例を除く全例にpatchが ASD閉鎖または右房のpartitioningの目的で使用さ れており,右房肺動脈間のpatchを含めると全く patchを用いなかったものは1例のみであった.これ
らのpatchが心臓の全体としての動きに変化を与え,
結果として心室収縮期の左房の拡張を制限する,ある いはpatchが直接左房の拡張を制限するといったこ
とが考えられる.
血流面積の比であるA+S/Dは,通常A波がQRS
波の後に存在するため,心室収縮期の血流と心室拡張 期の血流との比とみなし得る特質を持っている.Fontan術後においてS/Dが有意に低値を示したにも 拘らずA+S/Dが有意に低くなかったのは,増大した A波によってA+Sの面積が押し上げられた,言い替 えれば心室収縮期のS波の減衰を増大した心房性A 波が代償したと考えることができる.
結 論
Fontan術後における肺静脈血流は,既知の成分で あるAb波, A波, S波, D波の組合せによって成って おり肺静脈血流形成の機序が基本的に正常心と相異な いこと,心房成分であるA波が顕著であること,S波 が小さくS/D比が低値であることの特徴を有してい
た.
従って,肺静脈血流のS波の形成には右室の存在が 不可欠でないこと,肺静脈血流パターソは左房機能を
よく反映することが明かとなった.
文 献
1)神田 進,他:肺静脈血流の観察.第1報.肺静脈 血流はいくつの成分からなるか.心臓,21(9):1057,
1989.
2)神田 進,他:肺静脈血流の観察.第2報.先天性 心疾患開心術後の肺静脈血流パターン.第52回日 本循環器学会学術集会一般演題抄録集,232,1988.
3)神田 進,他:心筋症における肺静脈血流パター ン.日本超音波医学会講演論文集,16(Suppl.1):
145,1989.
4)Smallhorn, J.F., Freedom, R.M., and Olley, P.
M.:Pulsed Doppler echocardiographic assess−
ment of extraparenchymal pulmonary vein
flow. J. Am. Coll. Cardiol.,9(3):573,1987.
292−(70) 日本小児循環器学会雑誌 第6巻 第2号
Pulmonary Venous Flow Pattern in Cases Underwent Fontan Procedure
Susumu Kanda, Hiroshi Katayama, Gengi Satomi and Atsuyoshi Takao Pediatric Cardiology, Tokyo Women s Medical College
To elucidate pulmonary venous flow(PVF)pattern after Fontan procedure,14 cases were analyzed using Doppler echocardiography. Six with tricuspid atresia,5with single right ventricle,2 with single left ventricle and l with pure pulmonary atresia aged 4 through 20 years old were examined and 25 cases without cardiac abnormality were adopted as normal control.Transmitral flow was also detected as a known parameter and compared with PVF. All waves of PVF detected after Fontan procedure could be categorized into known 4 components such as atrial backward flow(Ab),
atrial flow(A), systolic flow(S)and diastolic flow(D). No significant difference were obtained between groups classified according to basic cardiac anomaly. After Fontan procedure in PVF,2had Ab flow,12 had A flow,13 had S flow and all had D flow, while in normal control only l had Ab flow, none had distinctive A flow and all had both S and D flow. Peak velocity of each flows were Ab:0.42±0.09, A:
0.51±0.14,S:0.23±0.05,D:0.64±0.18(m/s,mean±SD)in Fontan group and S:0.48±O.08, D:0.50
±0.07in normal control. Calculated ratio of peak velocity(S/D)were significantly lower in Fontan group(O.35±0.18)than in normal control(0.98±0.18)(p<O.OOI). In transmitral flow, both peak velocity ratio(A/R)and area ratio(A/R(area))were significantly higher in Fontan group(0.96±0.31,
0.86±O.40respectively)than in normal control(0.61±0.12,0.45±0.17 respectively). These data showed that PVF pattern after Fontan procedure has 3 major characteristics;1)all components could be categorized into known 4 components,2)dominant A flow and 3)significant decrease in ratio of S/D.Thus we conclude that after Fontan procedure,1)there is no f皿damental difference in mechanism of PVF,2)augumented atrial contraction and 3)limited left atrial dilation during ventriCUIar SyStOle,