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知能とは何か−異分野間交流の経験から

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Academic year: 2021

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(1)

 私は人工知能という分野を研究しており、コンピ ュータを知的にするための技術を研究しています。

その背景として、「知能とは何か」について述べた いと思います。人工知能は、コンピュータが実現さ れて後、1950 年代に研究が始まった分野で、たと えば、チェスや将棋などのゲーム、数式の自動処理 などが研究されました。

 コンピュータというのは言われたとおりに計算す るものだと言われていました。アルゴリズムという ものがありまして、言われた手順、人間が指定した 手順のとおり計算をするわけです。幾らコンピュー タが賢くなっても、それは人間の言うとおりに計算 しているだけだと、言われたわけです。それを越え て、人間以上の知能を発揮するために、人工知能の 分野では、「探索」の手法が研究されました。知的 な仕事に探索が必要であることは、今では当たり前 のことになっております。たとえば、車のナビゲー ションシステムにおけるルート検索、チェスとか将 棋の対戦プログラムなど、知能的なプログラムの多 くに探索が組み込まれています。チェスにおいては、

1997 年に世界チャンピオンを破っておりますし、

将棋についても、プロのすぐ下のレベルにまで強く なってきています。

 ここまでは、人工知能は単にコンピュータ科学の 分野でした。他の分野、たとえば、人文系の分野と

かかわる必要は少なかったのです。ところが、

1970 〜 80 年代にかけて、スタンフォード大学のエ ドワード・ファイゲンバウムが、知識工学と呼ばれ る分野を提唱しました。彼は、その後、コンピュー タ科学で最も権威のあるチューリング賞を受賞して います。知能で大事なのは、探索などのメカニズム よりも、むしろ、知識であるというのが、その骨子 です。知識をコンピュータの中に入れ込まなければ、

コンピュータは賢くならないと言ったわけです。そ の結果、人間の知識をコンピュータの中に表現する ための技術として、知識表現が研究されるようにな りました。知識を表現し、専門家(エキスパート)

システムと呼ばれる人工知能に組み込むわけです。

 そのころ知識表現の最先端を行っていたのは、

MIT からスタンフォード大学に移られたテリー・

ウィノグラードでした。1970 年代の初めに、英語 を理解するコンピュータシステム SHRDLU を開発 したので、著名な先生です。その先生が、1986 年 に Understanding  Computers  and  Cognition(平賀 訳 : コンピュータと認知を理解する)という本を書 きました。この本は、ウィノグラードがみずから進 めていた知識表現研究の反省になっています。そん なこともあり、 ウィノグラード他、人工知能関係 の著名な先生方がおられたスタンフォード大学の Center  for  the  Study  of  Language  and  Information

(CSLI:  言語・情報研究所)に滞在しました。この 研究所には、コンピュータサイエンス、言語学、哲 学、学習関係の心理学の研究者が集まって、学際的 な研究をしていました。当時は、これらの研究者が 激烈な議論を繰り返していましたので、コンピュー タサイエンス中心に研究していた私は、消化し切れ ませんでしたが、非常に刺激的な経験をしたわけで す。

 その当時、人工知能の研究者が考えていた知識の

− 72 − 生 産 と 技 術  第66巻 第2号(2014)

 Masayuki NUMAO 1959年2月生

東京工業大学大学院理工学研究科情報工 学専攻博士後期課程修了(1987年)

現在、大阪大学 産業科学研究所 教授 工学博士

TEL:06-6879-8425 FAX:06-6879-8428

E-mail:numao@sanken.osaka-u.ac.jp

知能とは何か−異分野間交流の経験から

What is Intelligence? 

− from the viewpoint of interdisciplinary research Key Words:Artificial Intelligence, Interdisciplinary research, 

knowledge  representation

沼 尾 正 行 研究室紹介

(2)

表現というものは、要するに外部世界に対象物がい くつかあって、それらと一対一に対応するものを知 識として表現するというものでした。そこで知識表 現をどんどん詳しくしていけば人間と同じように知 的になっていくと考えたわけです。実は、そのよう には話はなかなか進まない。非常に困難な問題が生 じるということを、ウィノグラードの本では言って います。哲学者の先生にその話をすると、「世界全 体は頭の中に入らないでしょう ?」というような言 い方をするわけです。これは何を言っているのかよ くわかりませんでした。勉強をしてみると、確かに フッサールとかハイデッガーが現象学の研究で、外 部世界が客観的に存在するということをかなり批判 しています。

 すなわち、客観的な外部世界があるわけではなく、

自分に起こっている現象を皆さんは言語で言い当て ているだけである。それで、話しているうちに、皆 さん、かなりばらばらなことを言っているのだけれ ども、だんだんつじつまが合ってきて、共通の了解 が生じる。その結果、何となく客観的な外部世界が 存在するという信憑が生じるわけです。そこで重要 なのは、信憑が生じるだけなのであって、実際に客 観的な外部世界があるわけではないことです。その ようなことを、たぶん哲学者は言いたかったのだと 思うのですけれども、当時はすぐには分かりません でした。

 ここまでを読んで、人工知能ではずいぶん難しい ことを考えているのだな、という感想が聞かれそう です。しかし実は、この部分で、話が入れ子になっ ているのです。まさに客観的な外部世界が存在しな いからこそ、異分野の人の間で話が通じないのです。

異分野間交流をすべきだと、簡単におっしゃる方は、

異分野の人たちの間で、客観的な外部世界があると 思っておられる。それで、簡単に異分野間交流が行 えると思ってしまうのです。

 たとえば、私みたいな理系の人間ですと、人文系 の先生の言っていることは相当難しくて分からない ことが多い。特に哲学者−−そう言うと哲学者の先 生に怒られますけれど、哲学者の先生が言っている ことは特に難しかったなという体験を書きました。

異分野間交流と一口に言っても、理系の中の交流で したらテクニカルタームが難しい、用語がよくわか らないとかいうことになると思います。しかし、か

なり遠い分野間では、用語が表面的に分かっても、

考え方はそう簡単には分からないというぐらいのギ ャップがあります。その一つが上記の体験でした。

 その研究所では言語学者もおりました。たとえば、

日本語とか英語の構文を解析して、その結果により、

コンピュータが言語を理解する研究をしていました。

コンピュータ関係者と、英語とか日本語を研究する 言語研究者の方が、構文を解析する問題を議論され ていました。それはかなり分かりやすいものでした。

 言語の意味の問題になると、やはり相当難しい問 題があって、その研究所は言語の意味の問題を議論 するというところをかなり主眼にしていて、状況理 論というものを提案してその辺を解決しようとして いたわけですが、かなり難しい問題がありました。

先ほどの哲学の問題ともかなり結びつくような問題 でした。

 以上のように、人工知能研究では、80 年代に知 識をコンピュータに植えつければいいということが 研究されました。知識を書き込むのは、大変な作業 ですので、それを自動化したいわけです。一つは知 識が膨大だからということもあります。先ほども言 いましたように、客観的な外部世界があるというこ とならば、それをどんどん書き込めばいいわけです。

しかし、客観的な外部世界がないというようなこと を哲学者に言われますと、それを書き込もうとして も、その時その時の信憑に応じて知識はどんどん変 わってきますから、そういった意味でダイナミック にコンピュータが対応していく必要があります。人 工知能の研究では、その後、それを解決する手段と して、コンピュータに学習する機能を持たせること に研究の主眼が移っていきました。

 その後の後日談として、ウィノグラードの弟子の 一人が Google の共同設立者になったそうです。人 文系を含めた学際的な研究所での経験が Google の 企業精神に受け継がれているわけです。コンピュー タの研究者というと無味乾燥なイメージを持たれる 方が多いと思いますが、背景には、こんな話もあり ました。このように、異分野間交流は重要であると いうことを強調して、本稿の結びとしたいと思いま す。

謝辞:本稿は、文部科学省「人文学及び社会科学 の振興に関する委員会」での講演内容 :

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生 産 と 技 術  第66巻 第2号(2014)

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 http://www.mext.go.jp/b̲menu/shingi/

   gijyutu/gijyutu4/023/gijiroku/1319077.htm

を基に手短に纏めたものです。関係者に感謝いたし ます。

生 産 と 技 術  第66巻 第2号(2014)

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参照

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