• 検索結果がありません。

スマートフォンがもたらす音楽体験の変容に関する研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "スマートフォンがもたらす音楽体験の変容に関する研究"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1

1. はじめに

わずか

100

年余の歴史の中で、音楽の「生産」と「受 容」をめぐる諸相は、テクノロジーの発達と共に様々 に変動してきた。遡ってみれば、「演奏者」という媒 介の存在なしには、音楽を「聴く」という行為さえ自 由ではなかったが、エジソンの蓄音機による録音技術 の発明以降、演奏された音をレコードや

CD

などのメ ディアに複製し、繰り返し再生することが可能になっ た。今日においては、音楽は一種のコモディティと化 し、「音楽産業」という一つの巨大な産業を築くに至っ ている。また、ウォークマンに端を発するポータブル・

オーディオ機器の発展は、音楽聴取の在り方に新たな 価値をもたらした。場所によらず、いつどこでも好き な音楽に没入できることで、かつてはコンサートホー ルという場に聴取が限定され、公共財としての側面が 強かった音楽を極めてパーソナルな次元へと押し上げ た。このように、音楽とテクノロジーはその発展にお いて密接で不可分な関係にあると言える。そして、さ らに

iPhone

Android

の登場によってもたらされる 本格的なモバイル・コンピューティングの時代におい ては、音楽の概念もまた更新されようとしている。

2. 「反復」の時代から「作曲」の時代へ

20

世紀における音楽消費のパラダイムの変遷につ いて、アタリは「儀礼」「演奏」「反復」「作曲」とい

4

つの時代に分けて説明している1。かつては権力者 の特権としての営みが中心だった音楽は、権力者の示 威行為や宗教の荘厳さを生み出す役割を担っていた

(

「儀礼」の時代

)

。しかし、コンサートホールの誕生 によって、一部の王侯貴族にのみ聴くことが許されて いた音楽はその特権性を失い、対価を支払いさえすれ

ば誰しもが音楽を聴けるようになった(「演奏」の時 代)。やがて、レコードの誕生と共に音楽は複製物と して画一的に大量生産されるようになり、レコードや

CD

を購入することで、音楽を「所有する」という感 覚が誕生した(「反復」の時代)。

アタリが予言した「反復」の時代から「作曲」の時 代への転換によって行き着くところは、音楽における

「生産」と「受容」の主体の同一化である。そして、

そのような時代においては、かつて「演奏が楽譜を生 産する印刷に、反復がレコードを生産する録音に対応」

したように、「音楽を生産する楽器」がパラダイムシ フトを起こしうる存在となる。「新しい楽器の発明と 生産のなかに、来たるべき重大な進展の告知を演繹す ることが可能となる」というアタリのこの言葉を大胆 に解釈するならば、この「新しい楽器」とはすなわち、

本研究の主題でもあるスマートフォンとしてのメディ アに他ならない。

3. ジョン・ケージ以降の音楽観の変化

20

世紀初頭に活躍したケージ

(John Cage, 1912-

1992)

の作曲家としての存在は、音楽の歴史に多大な

る影響を与えた。彼の代表的な作品に《

4'33"

》があ る。この作品は、「演奏者」がピアノの蓋を開けてか

4

33

秒間鍵盤に一切触れずに無音状態を維持し、

時間が来たら蓋を閉めて演奏を終了するというもので ある。また、カナダの作曲家であるシェーファーは、

60

年代の終わりに「サウンドスケープ」という概念 を提唱した2。「サウンド

(sound)

」と「~の眺め」を 意味する接尾語「スケープ

(-scape)

」の複合からなる サウンドスケープは、「音の風景」という意味を持つ。

ケージやシェーファーが提起したのは「音楽はどこ

スマートフォンがもたらす音楽体験の変容に関する研究

A Study on Transformation of Musical Experience Caused by the Smartphone

1W080561-8

渡島

健太 指導教員

WATASHIMA Kenta

幾朗

教授

Prof. CHOH Ikuro

概要:本論文は、今日のスマートフォンを初めとするモバイル・テクノロジーを基盤とした、将来の音楽の発展の可能性について、

その一端を示すものである。歴史に遡れば、音楽の歴史はテクノロジーの進歩と共に歩んできた。レコードの発明がなければ、人々 にとって音楽を「聴く」という行為が日常のものとして定着することはなかったし、音楽は産業として成立し得なかったであろう。

レコードの誕生以後も、そのテクノロジーが時にはビジネスと結び付きながら、音楽の新たな聴取方法を提示し続けてきたことは、

ウォークマンに端を発するポータブル・オーディオの歴史を顧みれば明らかである。このような歴史的背景を踏まえ、本研究で は近年急速に普及を続けるスマートフォンの特性に着目し、スマートフォンによってもたらされる音楽体験の新たな可能性につ いて考察した。そして、このような新しい形の音楽体験を「パームトップ・ミュージック」と定義し、これを具体化したアプリケー ションの提案と共に将来の音楽の展望について述べた。

キーワード:音楽とテクノロジー、スマートフォン、パームトップ・ミュージック

Keywords: music and technology, smartphone, palmtop music

(2)

2

にでも存在し、あらゆる音に存在する」つまり、全て の音は音楽たりうるという、従来の西洋音楽における 音楽の概念を根底から覆すテーゼである。彼らの主張 は今もなお有効性を保っており、来るべきオルタナティ ブな音楽の形がここに予見できる。

4. モバイル・コンピュータとしてのスマートフォン

iPhone

を初めとするスマートフォンは単なる携帯

電話ではなく、むしろ既存のコンピュータの概念を 拡張したものとして捉えるのが適切である。小林は、

iPhone

の台頭により勃興しつつあるモバイル・コン

ピューティングは、ユビキタス・コンピューティング への一里塚であると指摘している3。ワイザーが提起 したユビキタス・コンピューティングとは、人間の生 活環境の中に溶け込み、意識下に埋め込まれた情報環 境を指す4。本研究では、

iPhone

をその例としてデバ イスの特性を分析し、モバイル・コンピュータとして のスマートフォンが持つ性質を次の

3

項に分類した。

1.

 身体性

(Embodiment)

2.

 状況依存性

(Context-Awareness)

3.

 ネットワーク接続性

(Network Connectivity)

「身体性」はスマートフォンの使用状況が常に日常と 密着していることやタッチインタフェースによって直 感的に操作できること、「状況依存性」は各種センサ

GPS

機能によってユーザの置かれた状況を把握で きること、「ネットワーク接続性」は

3G

ネットワーク によって情報をいつでも、どこからでも取得できる状 態にあることをそれぞれ意味している。

5. モバイル・アプリケーションに見る音楽体験の変容

Apple

が運営する

iPhone

向けアプリケーション

(

下アプリ

)

のオンライン・マーケット

App Store

には、

2012

2

月現在で

50

万本以上のアプリが存在し、ゲー ムやユーティリティなど、

20

種類のカテゴリに分類 されている。その中でも、とりわけ「音楽」カテゴリ に属する音楽系アプリの数は全アプリ数のおよそ

4%

を占める。その数は

2

万本以上を超え、玉石混淆の状 況にある。

一口に音楽系アプリと言っても、その種類は実に多 種多様である。その多くは、デスクトップ・ミュージッ クの延長線上にある音楽制作支援のためのアプリや、

既存の楽器をシミュレートしたアプリがほとんどだが、

中にはそういった従来のカテゴリに分類しがたいアプ リもいくつか存在する。本研究では、特にそのような アプリに焦点を当て、その特徴を分析することにより、

スマートフォンがもたらしうる音楽体験の可能性につ いて検討した。

6. 「パームトップ・ミュージック」

以上の議論から、スマートフォンによってもたらさ れる新たな音楽体験を、デスクトップ・ミュージック に倣って「パームトップ・ミュージック」と名付けた。

「パームトップ・ミュージック」は、前述したスマー トフォンの

3

つの性質を持ち、従来分断されていた音 楽の「聴取」「作曲」「演奏」の概念を包含する

(

1)

1

ジャック ・ アタリ『ノイズ―音楽

/

貨幣

/

雑音』金塚貞文訳

, 1996,

みすず書房

2 R

・マリー・シェーファー『世界の調律—サウンドスケープと はなにか』鳥越けい子訳

, 1986,

平凡社

3

小林雅一『モバイル・コンピューティング』

2010, PHP

研究所

4 Weiser, Mark

The Computer for the 21st Century

, 1991

図1 「パームトップ・ミュージック」の概念図

(

渡島

, 2012)

本研究では、「パームトップ・ミュージック」の具 体例の一つとして、位置情報に基づいた複数人による 音楽創作のためのアプリを提案し、コンセプトデザイ ンを行った。このアプリを起動した状態で街を歩く と、同タイミングに同じアプリを起動中の周辺ユーザ

GPS

機能によって認識し、周辺ユーザとの位置関 係や、周辺ユーザの置かれた状況などによってリアル タイムで音楽が生成されていく。従来のポータブル・

オーディオによる音楽聴取における「音楽」と「個人」

という二元的な関係を拡張し、「個人」と「社会」を 音楽体験の共有によって結び付ける「ソーシャル・イ ンタフェース」としての役割も兼ね備えていると言える。

7. おわりに

本研究によって、「パームトップ・ミュージック」

の持つ可能性が明らかになった。近年では、アーティ ストによる公式アプリのリリースも増加傾向にあると いう。パッケージ・メディアによる音楽聴取がやがて 過去のものとなり、音楽がアプリとして流通・消費さ れるようになるのは、そう遠くない未来かもしれない。

参照

関連したドキュメント

従って、こ こでは「嬉 しい」と「 楽しい」の 間にも差が あると考え られる。こ のような差 は語を区別 するために 決しておざ

 音楽は古くから親しまれ,私たちの生活に密着したも

これは基礎論的研究に端を発しつつ、計算機科学寄りの論理学の中で発展してきたもので ある。広義の構成主義者は、哲学思想や基礎論的な立場に縛られず、それどころかいわゆ

弊社または関係会社は本製品および関連情報につき、明示または黙示を問わず、いかなる権利を許諾するものでもなく、またそれらの市場適応性

1 単元について 【単元観】 本単元では,積極的に「好きなもの」につ

子どもたちは、全5回のプログラムで学習したこと を思い出しながら、 「昔の人は霧ヶ峰に何をしにきてい

海なし県なので海の仕事についてよく知らなかったけど、この体験を通して海で楽しむ人のかげで、海を

Citrix DaaSは、より広範なクラウドサービスの領域を扱う完