慣行水利権の再解釈1「共」的領域の再構築のためにー
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(2) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 農業水利における﹁公﹂﹁共﹂﹁私﹂の存立関係. ω 許可水利権の存在構造 ㈲ 慣行水利権の内部構造 ⑥. 3 課題の整理. 鋤主 体 の 入 会 集 団 的 性 格. 三 慣行水利権の捉え直しー﹁共同的権利﹂としての再解釈 1 慣行水利権の入会権的側面 ω 権利の入会権的性格. ω. ﹁コモンズ﹂の保全主体としての水利主体. 農業用水の﹁コモンズ﹂としての位置づけ. ㈹ 入会権の再評価と慣行水利権 2 慣行水利権の現代的意義 ③. ㈹ 慣行水利権の再解釈の試み 3 慣行水利権の現実的機能ー滋賀県甲良町の事例. はじめに. 〇四. 村落共同体による水の事実的支配を基礎として成立した慣行農業水利権は︑物に対する観念的かつ絶対的な支配を. 徴標とする﹁近代的所有権﹂を尺度としてみたとき︑﹁前近代的﹂な性格をもっとも色濃く帯びた権利型態とみなさ. れる︒にもかかわらず︑それは︑従来︑静態的な共同体を主体とする︑もっぱら農業に資する用益的な権利にとど. まっていたために︑政策上︑許可水利権への﹁切替え﹂が進められてもなお全面的な解体を免れ︑今日にいたるまで.
(3) 生き長らえることができたと解される︒しかしながら︑都市化・産業化に伴う水利用の多目的化︑および農業構造の. 変化に伴う水利主体の動態化が進行し︑さらに近年の渇水化傾向等ともあいまって︑現在︑農業水利秩序とりわけ慣 行水利権のあり方は大きく動揺しつつある︒. このような農業水利をめぐる現代的状況に対して法学的視点から分析を試みる場合︑さしあたり︑次の三方向から. の接近法が考えられる︒第一の方法は︑如上の新たな状況を踏まえて慣行水利権の概念を検討し直すことによって︑. その法的性質に再解釈を施そうとする法解釈学的接近である︒第二の方法は︑慣行水利権の実態の把握と分析に基づ. き︑その現代的存在構造を社会関係︑とりわけ農業・農村をめぐる社会・経済情勢の変化のなかで捉えようとする法. 社会学的接近である︒そして︑第三の方法として︑農業水利行政とこれに密接に関連する農業政策および河川行政の ︵1︶ 動向を分析して︑慣行水利権の政策上の位置づけを示そうとする法政策学的接近があげられる︒. これらのうち︑本稿は︑第一の法解釈学的接近と第二の法社会学的接近を併せ用いることによって︑慣行農業水利. 権の新たな位置づけを追究することに主眼を置く︒まず︑法解釈学的接近から出発して︑水利権の性質をめぐる従来 ︵2︶. の議論を概観する︵第一章︶︒ついで︑法社会学的接近によって︑農業水利権の現代的構造を水利主体の機能的分化. に着目して把握する︵第二章︶︒そして︑これを手がかりとして︑今一度︑法解釈学的接近に立ち戻り︑これまで見. 過ごされてきた側面に光を当てて慣行水利権の性質を捉え直し︑その現代的意義を探求してみたいと考える︵第三 章︶︒. 一〇五. なお︑第三の法政策学的接近については︑慣行水利権の新たな位置づけに応じた水利主体のあり方にかかわらせて ︵3︶ 政策的課題を整理するにとどめ︑本格的な分析は︑他日︑別稿において取り組むこととしたい︒. 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(4) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 1 事実的な水利用の反復継続. 慣行水利権の成立要件. 一 慣行水利権の成立と性質ー法解釈学的接近. ω ︵4︶. 一〇六. 水利権とは︑一定の水を排他的かつ継続的に使用する権利であり︑慣行水利権と︑河川法に基づく許可水利権︵流. 水占用権︶とに区別される︒慣行水利権は︑法例二条に基づく慣習法上の水利権であるから︑﹁公ノ秩序又ハ善良ノ ︵5︶ 風俗二反セサル慣習﹂の存在が認められれば権利として成立すると解される︒. 判例も︑慣習による水利権の成立を一貰して認めている︒すなわち︑﹁凡ソ河川ノ沿岸所有者ハ他人ノ権利ヲ害セ. サル範囲二於テハ田地二灌漸シ水車二利用スル等各自其水流ヲ使用スル一種ノ権利ヲ有スルコトハ法律ノ明文ナキモ. 慣習上認メ来リタル所二係ル﹂︵大判明三八二〇・二民録二・一三二六︶︑﹁多年河川ノ流水ヲ田地二灌瀧シ水. 車二利用スル等ノ慣行アルトキハ其使用者二流水使用ノ権利ヲ生スルコトハ古来我邦ノ慣習上認メ来リタル所ニシテ. 当院二於テモ従来屡判例ヲ以テ之ヲ認容セリ﹂︵大判明四五・五・六刑録一八・五六八︶︑﹁他人ノ所有地ヨリ湧出ス. ル流水ヲ永年自己ノ田地二灌概スルノ慣行アルトキハ之二因リテ其田地所有者二流水使用権ヲ生シ水源地ノ所有者ト. 難モ之ヲ侵スコトヲ得サルハ古来本邦ノ一般二認メラレタル慣習法ナリ﹂︵大判大六・二・六民録二三・エ〇二︶︑. ﹁村ノ用水堀ノ如キ公共ノ水路ヨリ流出スル水ハ一私人ノ所有地ヲ通過シテ流下スル場合ト雛下流二於テ多年慣行ト. シテ之ヲ田地二灌瀧スル者アルトキハ其ノ使用者二流水使用ノ権利ヲ生スルコトハ我邦ノ慣習上認ムル所ナ﹇リ﹈﹂ ︵大判昭四・六・三刑集八・三〇二︶などと述べて︑慣行水利権の成立を肯定する︒. 一方︑行政法学でも︑旧来より︑河川法の適用ないし準用のない河川においては︑﹁多年ノ地方的慣習二依リ︑特.
(5) ︵6︶. 別ノ特許行為二依ラズシテ⁝⁝使用権ノ成立ヲ認ムベキモノアリ︒殊二公ノ流水ヨリ引水ヲ為シ又ハ之二排水ヲ為ス. ノ権利ハ最モ普通二認メラルル所ナリ﹂とされ︑慣習法上の公水使用権が認められている︒河川法の適用ないし準用. ︵7︶. のある河川においても︑旧河川法施行規程一一条によって︑慣行水利権は︑河川法による許可を受けたものとみなさ. れ︑公共用物の特別使用権としての地位を取得した︒現行河川法もこれを引き継ぎ︑慣行水利権を河川法上の権利と みなしている︵河川法二三条︑八七条︑河川法施行法二〇条一項︶︒. 判例も︑私水・公水を問わず︑慣習法上の水利権の成立を承認している︒すなわち︑﹁渓谷ノ流水使用権二付テハ. 殊二井手ヲ設ケテ田用水若クハ飲用水等二用ヰタル場合ハ勿論公共物タル渓流其モノト難モ一旦或者二於テ其流水ヲ. 専用スル慣習ヲ生シタルトキハ弦二其者二権利ヲ生シ他人ノ之ヲ侵スコトヲ容ササルハ我国一般二古来ヨリ認ムル所. ノ原則ナリ﹂︵大判明四二⊥・二一民録一五・六︶︑﹁公共ノ流水ト難モ一旦或者二於テ田養水トシテ之ヲ専用スル. ノ慣習ヲ発生シタル時ハ其者二於テ之ヲ専用スルノ権利ヲ獲得シ他人敢テ之ヲ侵スヘカラサルコトハ古来我国一般二. 認メラレタル原則﹇ナリ﹈﹂︵広島控判大五・一二・≡二新聞一二一六・二三︶などとして︑慣習による公水使用権の 成立を認める︒. もっとも︑﹁上流ノ水流使用者ハ地勢上下流ノ使用者二対シテ優越ノ権利ヲ有スルヲ原則トスルモ其水流利用ノ範. 囲ハ其水流地二於テ各自ノ必要ヲ充タス程度二止マルコトヲ要シ特別ノ慣習又ハ下流使用者トノ間二特別ノ契約ノ存. セサル限リハ上流使用者ノ為メニ水流ノ利用二関スル絶対ノ優越権ヲ認ムルコトヲ得ス﹂︵大判大五⊥二・二民録 ︵8︶. 一〇七. 二二・二三四︸︶として︑判例は︑公水使用権を︑流水に対する絶対・無制限の支配権ではなく︑必要水量に対する 具体的な用益権と解している︒. ω 水利用の正当性に対する社会的承認 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(6) 早稲田法学会 誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. ︵9︶. 一〇八. 慣行水利権が成立するためには︑事実的な水利用が長期にわたって反復・継続されることに加え︑その水利用の正. 当性に対して社会的承認が与えられることが要件とされる︒これに関して︑行政裁判所大正一一年七月二〇日判決. ︵行録三三・八一三︶は︑﹇旧﹈河川法施行規程一一条によって許可を受けたものとみなされる﹁現存スルモノ﹂と. は︑﹁単二事実上現存スルモノヲ指称シタルモノニ非スシテ許可若ハ慣行二依リ権利トシテ存在スルモノノミヲ指称. シタルモノト解ス﹂べきものと判示している︒さらに︑大阪地方裁判所昭和八年三月七日判決︵新聞三五二八・五︶. は︑﹁権利﹂の成立要件に論及して︑①特定人または特定区域の住民のみが︑②継続的に河川の特定区域の使用の特. 定の利益内容を享有し︑なおかつ︑③その利益が生活上必要で法律上保護する価値があること︑という三要件をあげ ている︒. 事実的な水利用が権利としての社会的承認を獲得しているかどうかについては︑具体的には︑水利施設物の設置・ ︵10︶. 管理・補修の責任︑これに伴う費用・労働負担の有無などが判断要素とされている︒近年の下級審判決のなかに︑こ. れに関して詳細に判示したものがある︒すなわち︑徳島地方裁判所昭和五二年一〇月七日判決︵判時八六四・三八︶. は︑﹁人問は︑自然の河川や池の水をそのままの姿では︑灌概用水として継続して排他的独占的に支配することはで. きず︑そのためには︑河川等の水源に井堰︵現代ではダム︶を設けたり︑木樋︵現代ではヒューム管︶を埋設したり. して取水口を設け︑取水口から各田畑まで網の目のように用水路を掘さくし︑あるいは貯水池を築く等︑資本と労働. を投下して水利施設物を構築して維持管理することが必要不可欠である﹂としたうえで︑﹁水利権の成立のために. は︑人工的水利施設物の設置︑維持管理が必要であり︑換言するならば︑水利権とは水利施設物の排他的支配管理に. よって利用可能となる河川等の水源からの︸定量の水に対する支配・利用権である﹂と説く︒. 裁判例として︑堰または水路の設置に基づき慣習上の流水専用権の取得を認めた事例︵東京控判大三・五・九新聞.
(7) 九四八・二四︑大判昭六・一〇・九新聞三三二九・一六︑等︶や︑費用負担を水利権存否の判断基準の一つとした事. 例︵浦和地判大六・六・二一二新聞一二九三・二四︑宮城控判昭一四・九・一八新聞四四八○・九︑広島地判昭四二.. 水利権の性質をめぐる議論. 七・二七判時五〇〇・五六︑等︶などがあげられる︒. 2 ω 学説の対立. 水利権の性質をめぐっては︑従来︑それが私権であるか公権であるか︑争われてきた︒公権とは︑﹁公法関係にお ︵n︶ いて︑その権利主体が︑直接︑自己のために一定の利益を主張することのできる法律上の力﹂をいい︑私法関係にお. いて成立する私権とは区別される︒行政裁判制度を採用していた明治憲法の下では︑両者の区別は︑とりわけ裁判管 ︵12︶. 轄に関して重要な意義を有していたが︑行政裁判所が廃止された今日でも︑行政事件訴訟法の適用の有無などにかか わってくる︒. 公水使用権については︑一般に︑私法学者は私権説に与し︑公法学者は公権説に与していたということができる︒. まず︑私権論者として︑末弘厳太郎は︑﹁公水使用権ハ主トシテ慣習二依リテ支配セラルルモノナルヲ以テ其性質. 及効果二付キ判断ヲ下スコト困難ナリト錐モ︑⁝⁝特別使用権ハ特別ノ法律的原因二依リテ特二其利用ヲ許サルルニ ︵13︶ 因リテ発生スルモノナルガ故二尚一種ノ私権ニシテ之ガ侵害ハ不法行為トナルモノナリ﹂と主張する︒鳩山秀夫も︑. ﹁其権利ガ公権ナリヤ私権ナリヤハ河川法第三條ノ関係上疑問ナリト雛モ同條二﹃河川並其ノ敷地若ハ流水ハ私権ノ. 一〇九. 目的トナルコトヲ得ズ﹄ト謂フハ単二所有権ノ目的トナルコトヲ得ザルモノト解スルヲ正当トスベキガ故二私権タル ︵14︶ 特別使用権ヲ認ムルヲ正当トスベク随ツテ其侵害ハ不法行為タルベキモノトス﹂と述べている︒ 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(8) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. ︸︸○. これに対して︑公権説を採る美濃部達吉は︑﹁公水使用権は公の行政権の主体としての国家と使用者たる私人との ︵15︶. 間に存する権利であつて︑決して私人と私人との問に存するものではなく︑随つてそれが私権ではなくして公権であ. ることは明白である﹂と説く︒もっとも︑﹁公水使用権が公権であるといふことは︑敢て民法の規定又は其の他の私. 法原則が全く公水使用権に適用せられないといふことを意味するものではない﹂として︑﹁公水使用権も亦其の財産 ︵16︶. 的の性質に基づいて民法上の不法行為の目的となり得べきものであり︑随つて又其の侵害に対しては民事訴訟に依つ. て其の救済を求め得べきもの﹂と解しているため︑美濃部の立場は︑裁判管轄に関しては私権論者と異ならない︒. ㈲判例の展開. 一方︑明治憲法下において︑大審院判例は︑河川の流水・敷地の使用権を一種の財産権とみなしていることから︑ 水利権の性質につき私権説を採っていたとみることができる︒. まず︑河川敷地の占用権について︑大審院明治三七年一二月五日判決︵民録一〇・一五五一︶は︑﹁右使用ノ権ハ. 行政処分ナル使用命令ノ趣旨二従ヒ其範囲内二於テ公用地ナル堤防敷地ヲ自己ノ私用二供シ之ヲ使用シ得ル権利タル. ニ過キサルヲ以テ其公権ニアラスシテ一ノ私権二属スル﹂と解し︑また︑大審院大正二年五月四日判決︵民集一・. 壬二五︶は︑﹁地方行政庁ノ許可ノ範囲内二於テ私益ノ為之ヲ占有使用スルコトヲ得ル権利ニシテ一種ノ財産権タル ︵17︶. 私法上ノ権利二属スル﹂がゆえに︑﹁此ノ権利二関スル訴ハ司法裁判所ノ管轄二属スルハ勿論ナレハ之ヲ公法上ノ権 利二属スト為ス論旨ハ其ノ理由ナシ﹂と判示する︒. つぎに︑公水使用権については︑大審院昭和一二年六月一八日︵新聞四一四五・一六︶が︑﹁河川ノ流水⁝⁝ノ占. 用権ハ公益上ノ必要二基ク地方行政庁ノ監督処分二服スル制限ノ下二認メラレタル一種ノ財産権タル私法上ノ権利ニ. シテ其ノ流水ノ使用ヲ必要トスル土地ノ所有者力有スル特種ノ権利二外ナラ﹂ないとして︑それが﹁土地所有権二随.
(9) 伴シテ他二移転スル﹂ことを認めている︒. さらに︑慣行水利権について︑物権類似の権利とみなしてこれに物権的効力を認める判例もみられる︒すなわち︑. 先にも引用した大審院明治三八年一〇月一一日判決は︑﹁凡ソ河川ノ沿岸所有者ハ⁝⁝各自其水流ヲ使用スル一種ノ. 権利ヲ有スルコトハ法律ノ明文ナキモ慣習上認メ来リタル所二係ル﹂としたうえで︑﹁此権利ヲ侵害セラレタル者ハ. 加害者二対シテ損害ノ賠償又ハ妨害ノ排除二因リテ其救済ヲ求メ得﹂るものとして︑水利権者は︑その水利権を妨害 ︵18︶ ないし侵害された場合︑不法行為に基づく損害賠償請求権のみならず︑物権的請求権をも有する旨判示する︒また︑. 大審院明治三九年三月⁝二日判決︵民録ニマ四四五︶は︑﹁上告人被上告人等ノ平等分水権ハ田地ノ所有者力田養. ノ為メ河川ノ流水ヲ使用スルコトヲ得ル慣習上ノ権利ニシテ⁝:上告人所有ノ流水ヲ被上告人二給付スヘキ債権関係 ︵19︶. 二在ルモノト異ナ﹂るとして︑慣行水利権が物権的権利であることを示唆する︒なお︑学説の多数も︑民法施行法三 ︵20︶. 五条の規定にかかわりなく︑﹁慣習法上認められる流水利用権⁝⁝は︑判例によっても排他的効力のあるものと認め られているから︑一種の慣習法上の物権と見るべきである﹂旨を主張している︒. ところが︑戦後︑下級審判決において水利権の性質をめぐって判断が割れ︑公権説を採るものと私権説を採るもの. とが現われた︒前者として︑長野地方裁判所昭和三二年五月二八日判決︵行集八・五・九一二︶は︑公水使用権につ. いて︑﹁右権利が管理者の設定行為によつて成立したときは︑その法的性質は管理者が行政庁としての公益判断に基. き︑優越的権力作用として使用権を設定する点に鑑み公法上の権利であると解すべく︑右権利が慣習により成立した. ときもこれと別異に解する理由はないから︑⁝⁝本件流水使用権は河川法準用前⁝⁝から公共用物使用権という公法. 上の権利であると認むべきである﹂と判示する︒これに対して︑後者の立場に立つ東京地方裁判所昭和三六年一〇月. 一︸一. 二四日判決︵下民一二・一〇・二五一九︶は︑コ般に公水に対する使用権が行政処分で設定されるからといつて︑ 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(10) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 一一二. これを直ちに公権とすることはできない﹂としたうえで︑﹁公水に対する使用権が使用権者の私的な経済的利益を充. 水利権の多面的把握. たすためのものである限り︑それは私権としての性質をもつ水利権と解することが相当である﹂と述べている︒. ㈹. これらの判決が現われたのと時期を同じくして︑如上の私権説と公権説との対立を止揚し︑水利権の性質を多面的. かつ統一的に捉えようとする試みが︑私法学者と公法学者の双方にみられるようになった︒. 民法学・法社会学においては︑渡辺洋三が︑﹁公権説は権利の形式に着目し︑私権説は権利の内容に着目している. のであり︑いずれにしろその一面的把握であることをまぬかれない﹂と︑従来の議論を批判して︑公水使用権の性質. ︵21︶. につき︑﹁私権たる水利権が公共的規律をも同時にうけるという︑公権私権の重畳性が指摘されるべきである﹂と主 ︵22︶. 張する︒そして︑﹁私法的規律と公法的規律を具体的に考察すれば足りるのであつて︑私権か公権かという形式論理. にこだわる必要はない﹂として︑私権と公権の重畳性に対応した︑水利権の多面的把握ないし多元的解釈を提唱し た︒. ︵23V. 一方︑行政法学では︑金沢良雄が︑水利権を漁業権や鉱業権と同様に﹁公権・私権の混合的権利﹂とみる見解を提. 起する︒すなわち︑﹁水利権の発生の地盤に即して考えるかぎり︑水利権の本質を私権とみることが妥当﹂であり︑. ﹁水利権が行政庁の許可によって与えられる法律制度のもとにおいても︑水利権のこの本質には変りはなく︑ただ︑. この場合は︑許可庁に対しては公権としての性質をも併せ有することになる﹂という︒また︑原龍之助は︑公水使用. 権を含む公共用物使用権の性質について︑﹁許可によって取得する公共用物占用権は︑その成立の形式からみると︑. 公物管理者に対する関係においては公法上の債権としての性質をもつとともに︑その権利の実質からみると︑特別の. 規定のない限り︑私法上の財産権としての性質をもつ﹂と解し︑﹁このことは慣習法上の公共用物の使用権の性質に.
(11) ︵24︶. ついても︑同様にあてはまる﹂と述べている︒. このような理論状況を踏まえて︑東京高等裁判所昭和三五年一〇月一四日判決︵行集一一・一〇・二九一七︶は︑ ︵25︶. ︵26︶. 公権説に立つ上掲の原判決︵長野地判昭三二・五・二八︶に対して︑その結論を支持しながらも︑公水使用権の性質. に関しては︑上記の渡辺らの所論を採用して折衷説的な立場をとった︒さらに︑同事件の上告審判決である最高裁判. 所昭和三七年四月一〇日判決︵民集一六・四・六九九︶は︑水利権が私権か公権か︑という論点にはふれることな. く︑﹁公水使用権は︑それが慣習によるものであると行政庁の許可によるものであるとを間わず︑公共用物たる公水. の上に存する権利であることにかんがみ︑河川の全水量を独占排他的に利用しうる絶対不可侵の権利ではなく︑使用. 目的を充たすに必要な限度の流水を使用しうるに過ぎないものと解するのを相当とする﹂と判示した︒. ㈲ 農業水利権の構造変容. 近年︑農業情勢等の変化に伴って農業水利をめぐる状況は大きく変動し︑農業水利権の構造も変容を余儀なくされ ︵27︶. ている︒稲本洋之助は︑このような現実を踏まえながら︑農業水利権の重畳的構造を動態的に描き出すことに成功し ている︒. 稲本の把握によれば︑農業水利権は︑本来的には︑私的水利需要者のみが登場する慣行水利権の次元︵私権的側. 面︶と︑河川管理者と私的水利需要者が関係する二極的構造の許可水利権の次元︵公権的側面︶から構成されてお. り︑﹁個別の水利需要者において固有の価値を有する水利権はその外部条件︵公法的環境︶との関係で河川法上のイ. 一一三. 農林水産大臣が水利権の設定を受けてその保. 農林水産大臣︵もしくは都道府県知事︶に与えられることとなる. ンターフェイスに接合する必要があるにとどまる﹂︒ところが︑今日︑国営︵もしくは都道府県営︶の土地改良事業 によって水利施設が設置された場合︑水利権は国. ために︑後者の次元において︑﹁河川管理者としての建設大臣から国 慣行水利権の再 解 釈 ︵ 東 郷 佳 朗 ︶.
(12) 早稲田法学会誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 一一四. 護法益を私的な農業水利需要者に享受せしめることになり︑古典的な二極的構造は三元的構造へと変化する﹂︒この. ように河川管理者と私的水利需要者との間に農林水産大臣︵都道府県知事︶の﹁管理水利権﹂が介在することによっ. て︑私権に対する公法上の制限が媒介され︑﹁地域水利団体が慣行的に形成してきた私権としての水利権﹂は外部の 公法的環境に接続されることとなる︒ ︵28︶. 以上のような︑農業水利権の公権的側面︵許可水利権︶の構造変化に伴い︑私権的側面︵慣行水利権︶の内部構造. 水利裁判の機能変容. もまた︑変貌を余儀なくされよう︒この点に関しては︑次章で分析を加えることとしたい︒. ⑥. 水利権の性質が争点とされた事例をみてみると︑右にあげたかぎりでは︑戦前のものと戦後のものとでは水利紛争. の性格の相違が際立っている︒明治期から昭和一〇年代にいたるまでの大審院判例は︑いずれも︑農村内部の農業水. 利相互間に生じた紛争にかかわって損害賠償ないし妨害排除が請求された事案︵民事訴訟︶である︒これに対して︑. 昭和三〇年代に裁判所の判断が揺れた事案では︑都市化・産業化に伴い水利用の多目的化が進むなかで︑農業水利と ︵29︶. 他種水利︵発電用水︶との競合︑あるいは︑農業水利の他種水利︵工業用水︶への転用が問題となっている︒前者. ︵長野地判昭三二・五・二八︑東京高判昭三五・一〇⊥四︑最判昭三七・四・一〇︶は︑昭和電工株式会社に対す ︵30︶. る発電水利使用許可処分等が水利権を侵害するとして︑慣行水利権者である農民らが︑長野県知事を相手取って当該. 許可処分等の取消しを求めた事件︵行政訴訟︶である︒一方︑後者︵東京地判昭三六・一〇・二四︶は︑農地の宅地. 化に伴い需要がなくなった灌瀧用水を雑用︑工業用として日本麦酒株式会社等の第三者に供給していた三田用水普通. 水利組合が︑国および東京都に対して水利権の確認を求めた事件である︵いわゆる三田用水事件︶︒後者の判決は︑. 先に引用したように水利権の私権性は認めるものの︑他種水利への転用については︑水利権を﹁一定の水量を特定の.
(13) 目的のために使用する内容をもつ︵すなわち︑具体的内容をもつ︶支配権﹂と解して︑﹁ある使用目的の水利権は︑. その使用目的の消滅によつて消滅し︑他の使用目的の別個の水利権に当然に転換することはなく︑別個の水利権とし ︵31︶. て成立するためには︑あらたに所轄行政庁の許可によつて︑その使用目的の水利権の設定を受けなければならない﹂ と判示した︒. このような水利紛争の変容を反映して︑水利裁判の機能は︑法律的判断に基づく︑農業内部の︵相互に立場を交換. しうる︶当事者間の紛争解決にとどまらず︑一定の政策的判断を必要とされる︑︵立場を交換しえない︶異種水利間. の衝突・競合の調整をも引き受けるようになる︒これに伴って︑水利権に対する規律も︑権利の存否を判断し︑内容. を確定する私法的規律よりも︑水資源の適正配分を目的とする公法的規律が前面に出てくることとなり︑判例の立場. も︑私権説から公権説ないし折衷説に重心を移すことを余儀なくされる︒他方︑建設省︑農水省等︑関係行政機関も. また︑水利権に対する公的規制をいっそう強めることとなり︑建設大臣等による河川管理者としての関与に加えて︑. 農林水産大臣等が﹁管理水利権者﹂として介入に乗り出すようになる︒ ︵32︶ この段階における農業水利権の存在構造をまさに的確に洞察しえたのが︑上記の稲本の把握であったといえよう︒. そこで︑次章では︑稲本の所説を下敷きとしながら︑農業水利権の構造変容に対して︑法社会学的視点から接近を試. 農業水利権の現代的構造ー法社会学的接近. 農業水利主体の機能的分化. 二. みることとしたい︒. 1. 二五. 農業水利権の内容を︑河川法上の流水占用権 ︵許可水利権︶にとどまらず︑ ﹁取水施設から取水した水が導水施設 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(14) 早稲田法学会誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. ︵33︶. 一一六. である水路によって各水田に導かれ︑各水田で水稲の生育に供された後︑排水路又は下流の用水路へ排水されてい. く﹂過程において﹁権利性を有するものと考えられる﹂あらゆる権能の総体として理解するとき︑これを広義の農業. 水利権と呼ぶことができる︒この場合︑農業水利権の主体は︑観念的には︑流水占用権の帰属する﹁権利主体﹂に加. え︑水利施設の﹁管理主体﹂と︑各圃場における水の﹁利用主体﹂という三側面に峻別されうる︒. 河川法制定以前に慣習に基づいて成立した︑伝統的な水利集団を主体とする慣行農業水利権においては︑一般に︑. 4︶. ﹁農業水利権の主体は︑⁝⁝取水︑導水に関する権能は伝統的水利団体又は村落共同体に︑受益の権能はその構成員 ︵3. たる農家に属するというような総有的な関係にある﹂と解されている︒こうした﹁総有的﹂な性質を有する農業水利. 権の場合︑伝統的水利集団は個別農家のたんなる総和にほかならないために︑主体の三側面は未分化のままであると. いえよう︒このような伝統的な農業水利主体の態様をかりにコ体化モデル﹂と呼んでおく︒. 一八九六︵明治二九︶年に制定された旧河川法おいて︑﹁河川並其ノ敷地若ハ流水ハ私権ノ目的トナルコトヲ得ス﹂. ︵三条︶とされるとともに流水占用についての許可制が導入されたことによって︑水利主体の分化を促すひとつの契. 機がもたらされる︒すなわち︑﹁河川法上の水利権の主体は︑流水の占用の許可を受けた者であり︑流水の占用と ︵35︶. は︑最終的な段階において水を使用消費することを意昧するものではないため︑⁝⁝水源からの取水︑導水︑配水︑. ほ場での水利用までの権利を含む意味での農業水利権とはその範囲を異にする﹂ことから︑もっぱら慣習のみを基礎. として農業水利権が成立していた段階では一体化していた水利主体から︑河川法上の流水占用権者たる権利主体が分. 化する余地が生じた︒また︑水利主体の分化を促したいまひとつの契機として︑一八九〇︵明治二三︶年の水利組合. 条例とこれを引き継いだ一九〇八︵明治四こ年の水利組合法があげられる︒すなわち︑これらによって法人格を有. する普通水利組合の設立が認められたことは︑従前︑伝統的な水利集団のみによって占められていた水利主体から︑.
(15) 個別農家の総和とは区別される独立した団体が権利主体ないし管理主体として分化する道を開いた︒ ︵36︶. 近年の農業水利においては︑取水施設の設置・更新等に際して慣行水利権から許可水利権への﹁切替え﹂が進めら. れるなかで︑従来は一体的な水利主体のもとに成立していた上述の三側面において主体の機能的分化が進展する傾向. が見いだされる︒すなわち︑志村博康が指摘しているように︑﹁かつて農業水利を司っていたものは︑農業者であ. り︑農村の共同体であった﹂のに対して︑﹁今日では︑水利施設が全面的に改築され︑その水利施設を維持管理する. ︵37︶. 職員も強化されることによって︑農業用水供給は個別的農業経営から相対的に独立化し︑一つの社会的分業となると. ともに︑その運営の実際を司るものは︑農業者ではなく︑それを職業とするテクノクラートになった﹂とみられる状. 況が出現している︒こうした現代的な農業水利にあっては︑権利主体および管理主体は土地改良区︑利用主体は個別. 農家という二分化形態︑あるいは国営ないし都道府県営の土地改良事業によって水利施設が設置された場合には︑権 ︵38︶. 利主体は国または都道府県︑︵実質的な︶管理主体は土地改良区︑利用主体は個別農家という三分化形態が︑水利主. 体の主要形態であるといえよう︒かかる現代的な農業水利主体の態様を︑ここでは﹁分化モデル﹂と呼ぶことにした い︒. このような農業水利における主体の機能的分化を促進する要因として︑さしあたり次の四点が指摘される︒第一. に︑農業構造の変化︑農村地域の混住化等によって促される水利主体の﹁動態化﹂である︒第二に︑取水施設の設. 置・更新等を通じて進められる水利施設の﹁近代化﹂である︒第三に︑慣行水利権の許可水利権への﹁切替え﹂の促. 進︑すなわち水利権の﹁公権化﹂である︒そして︑第四に︑他種水利の需要増大とその帰結としての渇水の頻発に. 一一七. よってもたらされる水資源の﹁稀少財化﹂があげられる︒これらの諸要因が水利主体の分化を促す過程を模式的に描 こうとすれば︑以下のような筋道が考えられよう︵図二ー1︶︒ 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(16) 水利主体の動態化. 水利施設の近代化. ︵二〇〇〇︶. 水資源の稀少財化→水利権の譲渡可能化. 早稲田法学会誌第五十巻. 絶 断. 二八. まず︑水利主体の動態化もしくはこれに起因する農業集落の水管理機. 能の低下は︑利用主体︵腫個別農家︶と管理主体︵H土地改良区︶の分. 化を余儀なくする︒さらに︑管理主体の機能強化を狙って取水口の統合. ︵合口︶等︑水利施設の近代化が図られることとなる︵あるいは︑水利. 施設の近代化が契機となって︑従来︑農業集落が担ってきた農業用水の. ︵39︶. 管理機能が低下することもありうる︶が︑その際︑慣行水利権が﹁放. 棄﹂されることによって水利権の公権化が進行する︒とりわけ︑国営な. いし都道府県営の土地改良事業が実施された場合には︑流水占用権自体. が国または都道府県に帰属することになるため︑管理主体と権利主体の. 分化がもたらされる︒他方︑水資源の稀少財化は︑水資源の計画的配分. の必要性を高めることから水利権の公権化を促進する方向に結びつくと. 考えられる︵逆に︑水利権の公権化が水資源の計画的配分を帰結すると. もいえる︶が︑反面︑水の商品的価値が顕在化するために水利権の私権. 的側面の拡大にもつながる︒以上の過程を社会学的にみるならば︑右に. あげた諸要因によってきたされた複雑性の増大が農業水利主体の機能的. 分化を余儀なくした︑という解釈が成り立ちうる︒. 農業水利権の構造と主体. 2. 私の拡大 ⇔ 水資源の計画的配分→僑の拡大. 会と共の 管理主体と権利主体の分化 水利権の公権化. 共の倭と私への分化 利用主体と管理主体の分化 集落の水管理機能の低下. 農業水利主体の分化過程 図二一1. 農業構造の変化/農村地域の混住化. 他種水利の需要増大/渇水の頻発.
(17) 水利需要者. 私 利用主体:個別農家. 倭. 倭 私 利用主体1個別農家. 舞 倭. =施設所有者). 三分化形態. 管理主体:土地改良区. 典 優 流水占用権者一権利主体=管理主体:土地改良区. 流水占用権者一権利主体:農林水産大臣/都道府県知事 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶. 三元構造 河川管理者:建設大臣/都道府県知事. 二分化形態. 倭 二元構造 河川管理者=建設大臣/都道府県知事. 図二一2一く1)許可水利権の存在構造. 水利需要者. ω 許可水利権の存在構造. 先にもみたように︑稲本洋之助は︑許可水利権の原型的構造を河川管理. 者と私的水利需要者との二極的対置として捉えたうえで︑今日における許. 可水利権の存在構造をこのような二元構造の修正形態︑すなわち︑河川管. 理者と私的水利需要者との問に農林水産大臣︵もしくは都道府県知事︶の. ﹁管理水利権﹂が介在する三元構造とみなす︒このような許可水利権の存. 在構造に上述の水利主体の分化形態を対応させるならば︑原型的な二元構. 造においては︑水利需要者が︑権利主体かつ管理主体としての土地改良区. と︑利用主体としての個別農家に分化し︑現代的な三元構造においては︑. まず︑流水占用権者︵権利主体︶としての農林水産大臣︵または都道府県. 知事︶と水利需要者とが峻別され︑さらに後者が︑権利主体の委託により. 水利施設の実質的な管理業務を担う管理主体としての土地改良区と︑利用. 慣行水利権の内部構造. 主体としての個別農家に分化すると考えられる︵図二ー2ーω︶︒. ㈲. 一方︑稲本は︑如上の構造をもつ許可水利権は︑﹁慣行的に形成された. 私権としての水利権とは論理の次元を異にするから︑それに代わるもので. もなく︑それをただちに否定するものでもない﹂として︑慣行水利権の次. 元は︑﹁その外部条件︵公法的環境︶との関係で河川法上のインターフェ. ニ九.
(18) 図二一2ヨ2)慣行水利権の内部構造. 管理主体一管理権能:土地改良区. 公美 利用主体一収益権能:個別農家. 私. 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二分化形態. 水利需要者. 準二分化形態. 過渡的形態. 轟 土地改良区/普通水利組合. 倭=業. 収益権能. 伝統的水利集団=個別農家の総和 =農業集落 管理権能. 灘 現代的形態. 典 伝統的水利集団=個別農家の総和. 未分化形態. 一元構造 伝統的形態. 管理権能. 収益権能. ︵40︶. 一二〇. イスに接合する﹂に過ぎないと述べる︒したがって︑農業水利権. の内部構造︵私権的側面︶に目を転じた場合︑それはもっぱら私. 的水利需要者のみが登場する一元的な地平にほかならない︒そし. て︑その本来的形態である慣行水利権においては︑﹁総有﹂概念. ︵41︶. をより正確に理解するならば︑﹁管理処分権も使用収益権も集団. に総体的に帰属するとともに︑個々の構成員に分属する﹂関係に ある︒. もっとも︑慣行水利権が一元構造であるといっても︑水利主体. の機能的分化を促す制度的契機と環境的要因からは免れえないた. めに︑いまやその内部構造は伝統的形態のままではありえない︒. まず︑戦前の水利組合法と戦後にこれを引き継いだ土地改良法に. よって普通水利組合ないし土地改良区が新たな水利主体として登. 場し︑これらの水利団体と伝統的な水利主体に管理権能が共属す. る過渡的形態が現われる︒さらに近年︑農業構造の変化等に伴う. 水利主体の動態化が進行するにつれて︑慣行水利権の内部関係. も︑管理処分権は法人たる土地改良区に︑使用収益権は組合員た. る個別農家に分属する現代的形態がみられるようになり︑管理主. 体と利用主体の分化が顕在化する︵図二ー21吻︶︒この段階で.
(19) ︵4 2︶ は︑慣行水利権の性質を上述のような﹁総有﹂と解することは︑もはや実態に合致しがたいといえよう︒ ︵43︶. 一方︑慣行水利権は︑河川法上︑流水占用の許可を受けたものとみなされている︵河川法施行法二〇条一項︶︒し. たがって︑﹁河川法施行前の慣行水利権も形式的には許可水利権ということになり﹂︑その現代的構造は︑﹁外部条件. ︵公法的環境︶との関係﹂においては︑河川管理者と水利需要者との二元構造のもとでの水利主体の二分化形態︵権 利主体および管理主体は土地改良区︑利用主体は個別農家︶として把握されうる︒ ㈹ 農業水利における﹁公﹂﹁共﹂﹁私﹂の存立関係. ︵44︶. 玉城哲は︑日本の農村社会に﹁私セクターともいいきれず︑公セクタ!ともいいきれない中間領域﹂を見いだして. これを﹁共セクター﹂と呼び︑農業集落︵むら︶における水利の共同性をその存続基盤として位置づけた︒以下で. 公的領域︵事項︶︑﹁共﹂. 共同的領域︵事項︶︑﹁私﹂ロ私的. は︑玉城にならって農業水利における﹁公﹂﹁共﹂﹁私﹂の存立関係に着目して︑上にみた水利主体の分化過程に分析 を加えてみたい︒なお︑ここでは︑さしあたり﹁公﹂. 領域︵事項︶と解することとしたい︒. まず︑慣行水利権の伝統的形態︵未分化形態︶においては︑伝統的水利集団は個別農家のたんなる総和にほかなら. ないために︑集団内の共同的事項も︑構成員である個別農家の私的事項の合計以上のものではありえない︒それゆ. え︑集団の意思決定は︑黙示の同意も含め︑原則として構成員の全員一致による︒これに対して︑過渡的形態におい. ては︑法人格を有する普通水利組合ないし土地改良区が管理主体および権利主体として分化する契機が生じて︑個別 ︵45︶. 農家の総和とは区別される団体が共同的事項に関する決定主体たりうることになる︒この場合︑団体の意思は︑構成. 員の多数決によって決定されうるからである︒とはいえ︑この段階では︑これらの水利団体は伝統的水利集団から完. =二. 全に分化した存在ではないため︑その団体意思は︑基本的には既存の水利集団内部の共通意思︑すなわち個別農家の 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(20) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 一二二. 私的意思の総和と一致する︒他方︑普通水利組合ないし土地改良区に公法人としての地位が付与されたことによっ. て︑水利集団内の共同的事項が地域の公的事項に転化する契機がもたらされることとなった︒ところが︑現代的形態 ︵46︶. において利用主体と管理主体が明確に分化すると︑従来︑伝統的水利集団たる農業集落が担ってきた共同的領域もま. た︑私的領域としての個別農家と公的領域としての土地改良区への分解を余儀なくされる︒もっとも︑この二分化形. 態ではなお︑利用主体たる組合員の共通意思が管理主体たる土地改良区の団体意思として地域の公的意思に転化する. 建設大臣︶または都道. ことによって︑共同的事項と公的事項とが一致する余地は一応保たれる︵図二121吻を参照︶︒. しかし︑二元構造ないしは三元構造をもつ許可水利権においては︑河川管理者として国︵. 府県が登場することによって︑公的事項の内容は変質を免れえない︒すなわち︑水利需要者のみの一元構造において. は地域の農業事情に即応した水の効率的な利用および管理として定義されえた公的事項が︑ここでは︑国家的観点か. ら︑﹁国土の保全と開発に寄与し︑もつて公共の安全を保持し︑かつ公共の福祉を増進することを目的とする﹂︵河川. 農林水産大臣︶ま. 法一条︶一律的・総合的な河川管理として把握されることとなり︑水利集団内の共同的事項とは必ずしも一致しなく ︵47︶. なる︒とりわけ︑権利主体と管理主体が分化して三分化形態となり︑水利施設の所有者たる国︵. たは都道府県が流水占用権者として河川管理者と水利需要者との間に介在する三元構造においては︑権利主体は︑. ﹁地域水利団体が慣行的に形成してきた私権としての水利権﹂を﹁管理水利権者として外部の公法的環境に接続﹂す ︵48︶. る役割を担って︑﹁私権に対する公法上の制限を多かれ少なかれ媒介﹂することになる︒その一方で︑地域の公的意. 思の担い手としての意義が薄れた土地改良区の機能は水利施設の管理業務の遂行に特化していくために︑共同的事項. と公的事項は乖離し︑共同的領域と公的領域とは断絶を余儀なくされる︵図二12tωを参照︶︒.
(21) 3 課題の整理. さて︑以上のように把握される農業水利権の現代的構造に法学的見地から分析を加えて慣行水利権の新たな位置づ. けを試みる場合︑冒頭でも述べたように︑法解釈学︑法社会学︑法政策学の三方向からの接近法が考えられる︒そこ. で︑これまでの考察を踏まえながら︑慣行水利権の今後のあり方を展望するうえで検討されるべき課題を以上の三方 向から整理してみたい︒. 第一に︑法解釈学的次元においては︑水利権の性質をめぐって私権性の縮減と拡張という相反する契機が見いださ. れる︒すなわち︑先にも述べたように︑水資源の稀少財化は︑一方で︑水資源の計画的配分への要請が高まることか. ら︑慣行水利権の許可水利権への﹁切替え﹂が促進され︑さらには農林水産大臣等が﹁管理水利権者﹂として介在す ︵49︶. るなど︑水利権の公権的側面の強化︵﹁公﹂の拡大︶に結びつく︒しかし︑その反面︑水の商品的価値が顕在化する. ために︑前出の三田用水事件にみられるように水利権の転用ないし譲渡の可否が論議の的とされるなど︑水利権の財. 産権的側面の強調︵﹁私﹂の拡大Vにつながる契機ももたらされている︒このような二律背反は︑今後︑両方の契機. がともに強まるにつれて︑とりわけ慣行水利権の譲渡性にかかわって顕現してくることとなろう︒したがって︑農業. 水利権の概念をその私権性と公権性の調整に配慮しつつ再検討することが喫緊の課題とされる︒先の玉城の説になぞ. らえていえば︑二分法的にではなく︑私権とも公権ともわりきれない﹁共同的権利﹂とも呼ぶべき側面に着目して農 業水利権の性質を捉え直すことに︑問題を解く鍵が秘められているように思われる︒. 第二に︑法社会学的次元においては︑右の二律背反は現実としての慣行水利権と規範としての河川法との矛盾とし. て捉えられうる︒すなわち︑これは︑﹁生ける法﹂の次元では私権にほかならない権利を国家法の次元では公権とし. 一二三. て擬制していることに由来する矛盾である︒これを﹁公﹂﹁共﹂﹁私﹂の存立関係に着目して眺めるならば︑一元構造 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(22) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 一二四. の慣行水利権においては連続している﹁公﹂と﹁共﹂﹁私﹂との関係が二元構造の許可水利権においては断絶してい. ることから生ずる矛盾としても把握されよう︒それゆえ︑農業水利権の公私両面の調整という上述の課題とも関連し. て︑﹁私﹂を﹁共﹂に集約し︑なおかつ﹁共﹂を﹁公﹂に接続しうる新たな水利主体および水利行政のあり方が追究. ︵50︶. されなければならない︒これに関して︑たとえば︑農業水利組織研究会の﹁新しい水利組織を求めて﹂と題する報告. 書︵一九八五年三月︶が︑各種︵農業・工業・上水道・発電︶の水利主体の地域的共同を基礎にした河川水利の運営. を目指して︑地域利水者の﹁自発的な水利調整組織﹂とこれを支える﹁地域農業水利調整組織﹂の整備を提案してい ることは注目に値しよう︒. 第三に︑法政策学的次元においては︑とくに農業水利行政と構造政策との連関に着目して慣行水利権の位置づけを. 検討する場合︑目標とされる地域農業の経営形態に対して既存の水利主体のあり方が整合性ないし適合性を有する. か︑という問題が設定されうる︒おそらく︑大規模な経営体への農地集積を企図するかぎりは︑水利主体の動態化を. 伴うために伝統的な水利態様は阻害要因にしかなりえないであろう︒しかし︑そもそも一律的に規模拡大を目指す構 ︵51︶. 造政策の方向性にはそれ自体として批判の余地があることから︑むしろ︑地域農業の特性に適した水利主体のあり方 とこれに即した法的ないし政策的対応を模索する方がより現実的であると思われる︒. その際︑管理主体と利用主体の分化に伴い﹁公﹂と﹁私﹂に分解しつつある共同的領域を︑いかなる主体がいかに. して再構築するかという課題があわせて検討されるべきであろう︒なぜなら︑水利施設の近代化によって共同体的な ︵52︶. 水管理機能の低下に対処しようとしても︑土地改良区の管理機能にはおのずと限界があり︑末端の用排水管理までは. およそ担いきれないからである︒それゆえ︑各地域の特性に照らして︑農業集落の水管理機能の維持・向上が図られ. るか︑もしくはこれに代わりうる新たな管理主体の編成が目指される必要があろう︒このことを慣行水利権の内部構.
(23) 三分化形態. 襲 管理主体∬. =利用主体H. :集落・地域を基礎 とした自主管理団体. 私. 造に即していうならば︑過渡的形態にとどまる道を選ぶか︑あるいは現代的形態に代わる新た. な形態を模索するか︑という二者択一として表される︒後者の場合︑基幹施設の管理主体は土. 地改良区︑末端施設の管理主体は集落ないしは地域を基礎とした自主管理団体︑利用主体は個. 別農家という新しい三分化形態が考えられる︵図二13﹀︒たとえば︑永田恵十郎は︑基幹施. 設︵11送水機能︶の維持管理については土地改良区を母体として編成された﹁地域水利調整管. 理システム﹂が︑末端施設︵H配水機能︶の維持管理については地域営農集団が核となって編 ︵53︶ 成された﹁営農用水管理システム﹂が︑それぞれ担当するという構想を提起している︒. 以上に整理した課題を踏まえ︑次章では︑農業水利における﹁共﹂的領域の再構築に向けた. 展望を求めて︑慣行水利権の﹁共同的権利﹂としての再解釈を試みてみたい︒すなわち︑従来. の議論では見過ごされていた慣行水利権の入会権的側面に目を向け︑これを私権でも公権でも. ない﹁共同的権利﹂として捉え直すことを通じて︑慣行水利権の現代的意義の一端を探り出し. 慣行水利権の捉え直しー﹁共同的権利﹂としての再解釈. てみたいと考える︒. 三. 1 慣行水利権の入会権的側面. ω 権利の入会権的性格. 渡辺洋三は︑﹁慣行水利の共同支配関係は︑旧幕時代よりひきつがれた伝統的水利団体の総. 一二五. 有的支配にほかならず︑民法の共有のごとき個人主義的共同所有の形態でなく︑むしろ︑その 慣行水利権の再解釈 ︵東郷佳朗︶. 利用主体:個別農家. 共 倭 =権利主体. :土地改良区 管理主体1 水利需要者. 新たな水利主体のモデル 図二一3.
(24) ︵54︶. 早稲田法学会誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 一二六. 性質は入会集団の総手的支配に類似している﹂として︑慣行水利権を入会権類似の物権とみなす︒この見解に従え. ば︑慣行水利権は︑本来的には︑配水統制︑施設管理︑流水処分等の権限からなる管理処分権と︑流水の使用収益権 へ55︶ とが︑水利集団に総体的に帰属するとともに個々の構成員にも分属する﹁総有的﹂な性質を有すると解される︵慣行. 水利権の伝統的形態︶︒使用収益権のみならず管理処分権も全構成員に帰属するがゆえに︑入会権の場合と同様︑管 理・処分行為に際しては全員の同意が必要とされる︒. 下級審判決には︑慣行水利権の性質を地役の性質を有する入会権︵民法二九四条︶に類すると解したものがある︒. 東京控訴院昭和一四年二月二三日判決︵評論二八民五六一︶は︑﹁第三者タル部落民力他人ノ所有地ヨリ湧出スル流. 水ヲ永年壬旦リ自己ノ部落ノ田地二灌概スル為之ヲ引水シ来タリタル慣行ノ存スルニ於テハ之二依リ耕地所有者タル. 部落民二地役権二類スル入会権タル流水使用権ヲ生シ水源地ノ所有者ト錐モ之ヲ侵スコトヲ得サルハ古来本邦一般二 認メラレタル慣習法ナリ﹂としたうえで︑これに妨害予防請求権を認めた︒. 一方︑伝統的水利集団に対し︑共有の性質を有する入会権︵民法二六三条︶類似の権利を認めた例もみられる︒福. 岡高等裁判所昭和四七年七月二四日判決︵判時七〇〇・一〇四︶は︑ため池の所有・利用主体である﹁水下組合﹂に. ついて︑﹁ため池および用水に関する権利は右水下組合員の総有的支配に属し︑その性質は入会団体員の入会地に対. 主体の入会集団的性格. する総有的支配に類似したもの﹂と解して︑当該ため池が組合構成員である水下農民の総有に属すると判示した︒. ω. 上述のとおり︑慣行水利権の主体は︑本来的には︑旧幕時代から引き継がれた伝統的水利集団であり︑その性格は. 入会集団と同じ総有的団体である︒このような水利集団は︑通常︑同一水系ごとに形成されるが︑幹線水路につき一. つの大きな集団がつくられ︑さらに支線水路ごとに︑村落共同体を基礎として小さな集団がつくられるという形で︑.
(25) ︵56︶. 水利主体が幾重にも重畳することがある︒. 水利権主体として︑伝統的水利集団に代えて︑法人格を有する普通水利組合ないし土地改良区が設立された場合で. も︑水利集団内部の総有的関係がただちに消滅することにはならない︒この場合︑観念的には︑管理処分権が法人た. る普通水利組合ないし土地改良区に︑使用収益権が組合員たる個別農家に分属するものと解しうるが︵慣行水利権の. 現代的形態︶︑実際に︑管理主体と利用主体が完全な機能的分化を遂げていないかぎりは︑依然︑既存の伝統的水利 集団にも管理権能が残存しているとみるべきである︵慣行水利権の過渡的形態︶︒. 伝統的水利集団としての旧村︵自然村︶において水利施設の所有・管理主体と水利権の主体とが一体をなしていた. 7︶. ものが︑明治期以降に分離し︑水利施設の所有・管理権が新村︵行政村︶に移行した場合であっても︑慣行水利権は ︵5 依然として旧村に属する︒これとは異なる見解をとる判例もみられるが︵大判明二九・一二・一〇民録二・一一・六. 五︑等︶︑大審院大正三年一二月五日判決︵民録二〇・一〇五一︶は︑﹁町村ノ合併アル場合ト難旧町村有ノ財産ハ当. 然新設町村二移転スルモノニ非スシテ⁝⁝府県参事会ノ議決ヲ経テ内務大臣ノ許可ヲ受クルニ非サレハ之ヲ移転スル. コトヲ得サルモノト云ハサルヘカラス﹂として︑旧村に水利権の帰属を認めた︒また︑東京控訴院昭和一五年七月一. 九日判決︵新聞四六四〇・五︶は︑慣行水利権の主体について︑﹁各自ノ住居スル部落外二於テ自然ノ河川ノ流水ヲ. 分水シ堰二取入レ長キ用水路二依リテ共同的二引水スル用水権ハ其ノ引水ヲ使用スル者全体ノ総有二属スル﹂と述べ. たうえで︑﹁町村力合併シテ新町村ト為リタル場合ニハ前示ノ如ク永年ノ慣習二因リ旧村住民ノ全体力総有的関係ニ. 二一七. テ有シタル引水水利権ノ如キハ特別ノ事情ノ認ムヘキモノナキ限リ当然ニハ新町村二移転スルコトナキモノ﹂と解し. 入会権の再 評 価 と 慣 行 水 利 権. ているQ. ㈹. 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(26) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二一八. さて︑このような慣行水利権の入会権的性格に着目する場合︑そもそも入会権自体が今日においてどのような意義. をもちうるか︑ということがまずもって間われよう︒この問いに対しては︑法学内部よりもむしろ他の学問領域に示 ︵58︶. 唆に富む回答を見つけることができる︒近年︑環境汚染や自然破壊が深刻化し︑これに伴って市民の環境意識が高ま ︵59︶. るなかで︑経済学や社会学においては︑森林︑河川︑海洋などの自然環境を﹁コモンズ﹂として捉える視点から︑入 会のような自然資源の共同所有・利用形態を再評価しようとする動きがみられる︒. たとえば︑杉原弘恭は︑古代から近代にいたる入会の生成︑発展︑崩壊の過程を通観したうえで︑入会集団が担っ. てきた機能を﹁山野河海の再生産力を維持しながら︑持続的発展︵ω易琶墨亘①号琶8目窪け︶を可能としてきた﹂点 ︵60︶. に見てとり︑とりわけ水系単位の入会集団を﹁環境内を利用する権利と環境内の運命についての責任範囲が一致する. 利用規制の統制のとれた管理者﹂として評価する︒倉澤資成らも︑入会を自然環境の持続可能かつ賢明な利用・管理 ︵61︶ とみなして︑これを﹁自然環境を集団の財産として管理する法技術﹂として再構成する試みに取り組んでいる︒. このような動きに呼応して︑法学の領域でも︑入会権︑水利権︑漁業権等の資源・環境保全機能に着目して︑これ. らの権利範疇が有する意義を再考しようという問題意識が︑遅ればせながら育まれつつある︒たとえば︑中尾英俊. 2︶. は︑﹁入会地が地域住民集団の共同所有財産であり︑したがって集団構成員の同意がないかぎり︑開発その他処分が ︵6 できない﹂ことから︑入会権に﹁環境保全というすぐれて現代的意義﹂を見いだす︒. 一方︑棚澤能生によれば︑﹁法社会学における入会理論は︑﹃共﹄的部門の資源・財産を一方的に﹃公﹄的部門の財. 産に転化しようとした明治政府以来の地方自治政策に抗して︑農民の生活を保護するために張られた論陣であった﹂. が︑従来の議論の潮流は︑川島武宜に代表される﹁入会権の私権的理論構成︑公有化された共有財産の私有化の方向. 性﹂と︑戒能通孝に端的にみられる﹁入会集団H﹃共﹄的部門による入会財産の利用︑管理を展望する方向﹂とに区.
(27) 別される︒そして︑両者は農民の権利擁護という実践的目的にとっては機能的に等価であったものの︑﹁定住を確保 ︵63︶. して地域の内発的発展を展望しながら自然景観の保全をはからねばならないという課題に直面する現在﹂において. 2 農業用水の﹁コモンズ﹂としての位置づけ. 慣行水利権の現代的意義. は︑後者の方向にこそ入会の現代的意義が認められると評される︒. ω. ︵64︶. 如上の入会をめぐる議論と同様︑農業用水についても︑環境・景観の保全︑アメニティの維持︑あるいは︑コミュ. ニティの再編︑地域的共同性の再生という観点から新たな意義を見いだそうとする議論が︑近時︑盛んに展開されて. おり︑とりわけ︑その﹁地域用水﹂ないし﹁環境用水﹂としての側面に光が当てられつつある︒すなわち︑農業用水. は︑たんに灌瀧目的の利用にとどまらず︑﹁炊事︑洗たく︑農作物や農機具の洗じょう等︑個々の家庭の利用のほ. か︑村落の防火用水︑舟運等の公共的利用にも供され﹂︑さらに︑﹁地下水をかん養し︑井戸水の供給源となり︑⁝. 5︶. 農村社会の環境の保全に貢献してきた﹂︒それゆえ︑﹁健全な農村社会を維持していくためには︑このような地域用水 ︵6 としての農業用水の機能を確保︑整備することがいまや急務﹂とされている︒このため︑農政においても︑先般︑ ︵66︶. ﹁地域の農業構造の再編及び農業用水の利用形態の変化を踏まえ︑水質に配慮して地域用水︑親水利用などの多面的 ︵67︶. ︵68︶. な活用を図りつつ︑多様化する水需要に対応できるよう農業用水の確保・再編を進める﹂方針が打ち出されるにい たったQ. そこで︑本稿では︑このような多面的・公益的機能を有する農業用水を﹁コモンズ﹂として捉え直すことを通じ. 一二九. て︑農業水利における共同的領域の解体という問題状況に対処する手がかりを見いだしたいと考える︒農業用水の管 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(28) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 一三〇. 理の担い手を︑たんなる水利施設の管理主体にとどまらない︑地域の共通資源の保全主体として位置づけることに よって︑﹁共﹂的領域を再構築するための新しい展望が開けてくるのではなかろうか︒. たとえば︑池上甲一は︑﹁市民コモンズ﹂を﹁地域住民が自治的管理へ参画することによって︑その便益を享受で. きるような﹃共有財﹄﹂と定義したうえで︑都市地域における農業用溜池にこのような意味づけを試みる趣旨から︑ ︵69︶. 大阪府羽曳野市の伊賀今池を対象事例に取り上げ︑その﹁市民コモンズ﹂としての利用・管理の実態と地域住民の溜. 池をめぐる環境認識に分析を加える︒かかる分析視角は︑溜池のみならず農業用水一般に応用可能なものであろう︒. 一方︑薮谷あや子は︑農業用水を﹁住民が管理︑保全︑利用する地域資源﹂として捉える視点から︑その主要な管理. 主体である土地改良区に着目し︑これを﹁地域資源を民主的に制御・管理する公的団体﹂として位置づけ直してい る︒. ︵70︶. このように︑地域用水ないし環境用水としての側面が重視されることにより農業用水の﹁コモンズ﹂としての位置. づけが前面に出てくるにつれて︑法律論の次元でも︑もつぱら灌概用水としての側面のみに目が向けられていたとき. には議論されることのなかった新たな論点が浮上してくることとなった︒まず︑江渕武彦は︑土地改良区が灌瀧用水. に加えて地域用水の管理も担っている実態を土地改良法上の目的に照らしてどのように解すべきかについて︑協同組 ︵n︶ 合等︑非営利法人の目的に関する判例をもとに検討した結果︑肯定的な結論をくだす︒他方︑七戸克彦は︑都市用水. の需要増に伴って農業用水に対する水資源再配分の要求が高まるなかで︑現行河川法上︑農業水利権の他種水利権へ. の転用はいかなる手続で行なうことが適切か︑という問題を取り上げ︑河川流水につき私権の成立を否定する二条二 ︵7 2︶ 項︑および︑河川管理者の承認のない権利譲渡を禁ずる三四条の解釈に焦点を絞って検討を加えている︒. そして︑とりわけ注目に値するのが︑一九九五︵平成七︶年五月︑建設省に対する提言としてとりまとめられた︑.
(29) ︵73︶. 水利制度研究会︵座長・小早川光郎東大法学部教授︶の環境用水の取扱いに関する検討結果である︒そこでの議論で. は︑環境用水に関する水利制度上の問題点として︑①環境用水としての水利権の許可が必要な範囲︑②水利権の主. 体︑③水利使用目的の具体性︑④必要水量の算定基準︑⑤豊水水利権としての許可の可否︑⑥慣行農業水利の環境的. 効果の六点が指摘され︑それぞれについて検討を加えた結果が﹁環境用水に関する水利権のあり方についての視点﹂. として提示された︒これらのうち︑慣行農業水利の環境的効果については肯定的な評価がくだされているものの︑. ﹁かんがい用水以外の目的を有する水利使用である限り別途許可をとらさなければ他の水利使用の処分と整合性が確. 保できないこと等を踏まえれば︑環境用水の確保には新たな水利使用として水利権の許可を取得すべきとの河川管理. 者の主張は一理ある﹂とされる︒そのうえで︑農業用水に環境用水を流下させる場合に水利権の許可を受けるべき主 体については︑﹁基本的には市町村等が適当である﹂とする立場が示されている︒. 吻 ﹁コモンズ﹂の保全主体としての水利主体. しかし︑農業水利権の内容を河川法上の流水占用権にとどまらない︑より広範な概念として把握したうえで︑多面. 的・公益的機能をも担っている農業用水をヨモンズ﹂として位置づけようとする立場からすれば︑このような見解. は︑農業水利における﹁共﹂的領域の再構築という課題に十分に対処しうるものとはいいがたい︒水利主体に地域の. 共通資源の保全主体としての意義をも見いだそうとするのであれば︑農業用水にかかわる利用︑管理および権利のあ り方は︑もはや︑機能的分化を乗り越えた質的および量的な変容を免れえないであろう︒. まず利用主体は︑必ずしも農家に限定されず︑非農家を含む地域住民一般に拡大・多様化しうる︒したがって管理. 主体についても︑公的セクターとしての土地改良区に加えて︑地域に根ざした﹁共的セクター﹂が再編成される必要. 二一二. が生じてこよう︒純農村部か都市近郊かなどといった各地域の特性に照らして︑既存の農業集落を基礎とした組織を 慣行水利権の再解釈︵東郷佳朗︶.
(30) 図三一2→12)コモンズと共的セクターの諸形態. 帯. 早稲田法学会誌第五十巻 ︵二〇〇〇︶. 一三二. 立ち上げるか︑より広範な住民ないし市民の参加によって新たな自主管理団体を編成 ︵74︶. するか︑いずれかの選択肢が考えられる︒たとえば︑前者の先進事例として︑滋賀県 ︵鴇︶. 甲良町では︑町内の各集落に﹁むらづくり委員会﹂が組織されており︑一方︑後者の ︵76︶. 先進事例として︑静岡県三島市では︑市民︑行政︑企業の三者からなる﹁グラウンド. ワーク三島実行委員会﹂が設立されている︒このような︑市民団体︵Hアソシエー ︵77︶. ション︶と農業集落︵nコミュニティ︶という管理主体の相違を反映して︑三島市の. 場合︑グラウンドワークという参加的契機が前面に出ているのに対して︑甲良町の場. 合には︑慣行水利権という所有的契機が地域用水の保全の動機づけとして依然重要な. 格を持つ水利権を許可水利権として主張し得る﹂ものとする立場がある︒他方︑水利. ︵78︶. 績をあげてきた場合﹂には︑当該土地改良区が︑﹁慣行水利権の延長線上に複合的性. じて異なったとしても︑自ら農業用水の維持管理を通じて地域の水環境の保全等に実. の土地改良区が︑昔から一貫して︑その形はその時々の社会的経済的情勢の変化に応. べきかなど︑議論の余地がある︒これに関しては︑まず︑﹁慣行水利権の主体として. 良区がはたして適格といえるのか︑あるいはこれに代わりうる共的セクターを認める. ち︑地域・環境用水の水利権主体として︑現在︑事実上その地位を占めている土地改. に伴って︑流水占用権者としての権利主体のあり方も問われることとなろう︒すなわ. さらに︑農業用水の﹁コモンズ﹂としての位置づけに応じた利用・管理主体の変容. 役割を果たしているように思われる︵図三12ー㈲を参照︶︒. 参加二政治的 →. ネットワーク ←→ アソシエーション. 連 (公益信託/公益法人) 有 総. ← 所有=法的. 保全の媒体. 国際組織 市民団体 入会集団 保全の主体. ←→ コミュニティ (共的セクター). 開放的・不特定的 → ← 排他的・特定的. コモンズ. 発展的形態 中間的形態 原初的形態. グローバル・コモンズ リージョナル・コモンズ ローカル・コモンズ.
(31) 制度研究会の検討結果は︑上述のように︑環境用水の公共的性格およびその受益者の不特定性にかんがみて市町村が. もっとも適当であるとする立場をとるが︑﹁環境に係わる事業を継続的に行う意思︑能力等が十分に存することが認. められる場合には︑例えば土地改良区やグラウンドワーク活動を展開している非営利的な民間団体を主体とすること も可能と考えられる﹂と述べている点は注目される︒. ㈹ 慣行水利権の再解釈の試み. 財産権ないし私権︶に還元されていた. 一方︑河川法上の流水占用権とは異なる慣行水利権の次元で農業水利権の内容を捉え直した場合︑先述の入会権的 側面を有する慣行水利権は︑従来︑もっぱら農家の灌概用水に対する権利︵ ︵79︶. ものから︑いまや︑非農家を含む住民一般の地域・環境用水に対する権利︑すなわち︑一種の﹁親水権﹂と呼ぶべき. ものへと拡大ないし変容しうる︒この場合︑慣行水利権は︑﹁コモンズ﹂としての農業用水の保全媒体︑いわば︑景. 観を含めた地域の水環境の汚染・破壊に住民が連帯して対抗しうるための﹁盾﹂の役割を果たす﹁共同的権利﹂とし て再解釈できるので は な か ろ う か ︒. これとともに︑農業用水の管理主体も︑たんなる水利施設の管理者にとどまらない︑地域の共通資源の保全主体と. して位置づけられうる︒このため︑農家や土地改良区にかぎらず地域住民一般が︑各々の受益の程度に応じて︑農業. 用水の維持・管理にかかわるべきこととなり︑﹁共﹂的領域の再構築に結びつく新たな管理主体の形成に向けて展望 が開けてくることにもなろう︒. もっとも︑このような慣行水利権の再解釈に対しては︑従来の理解からすれば異論の余地が生じることは否定でき. ない︒権利主体に農家以外の地域住民をも包摂するとなれば︑まずもって︑その範囲をどのように画定するか︑とい. 一三三. うことが間題になる︒これに関しては︑灌概用水の利用主体である旧来の水利集団と継続性・一体性を有する農村集 慣行水利権の再 解 釈 ︵ 東 郷 佳 朗 ︶.
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