〈プロジェクト研究論文〉 2019年3月修了(予定)
CSR 活動が企業価値に与える影響の考察
学籍番号:35152451 氏名:谷山 大三郎
ゼミ名称:イノベーションのためのファイナンス戦略研究指導 主査:樋原 伸彦 准教授 副査:岩村 充教授
概 要
近年,多くの企業がCSR(corporate social responsibility)活動,いわゆる企業の社会的責任に関する 活動に取り組んでいる。また CSR活動の取り組みが社会に広がっていくとともに CSR に対する考え方 やあり方にも変化が見られるようになった。かつてのCSRは自分たちの利益につなげる活動と見られな いような活動が中心であった(コトラー=リー,2007)。
しかし時代の変化とともに企業を取り巻くステークホルダーの価値観の変容とともに,社会貢献活動を 経営戦略に含めた CSR(伊吹,2015)の考え方が広がっていった。さらに近年の経済状況の変化や ESG 投資,SDGsの関心が増している現在,企業がCSR活動に取り組むことが今後ますます求められている。
企業が CSR 活動に取り組むにあたって企業価値に影響のない活動ばかり行っていては持続可能な活動 にならない上ステークホルダーからも厳しい目を向けられてしまう。今後CSR活動に取り組んでいく企 業にとって,CSR活動と企業価値の関係については考えなければならない大きな課題である。
そこで本研究では,どのような CSR 活動が企業価値向上に寄与しているかの分析を試みた。具体的に は,まず先行研究で示されている,東洋経済新報社「CSR 企業白書 2017」に掲載されている上位 300 社のCSR評価項目のうち社会性評価スコアが財務総合評価スコアに正の影響を与えているという結果を 元に,最新のデータでも同様の結果が得られるか先行研究の追試研究を行った。そして先行研究の結果 が最新のデータで当てはまることを明らかにした上で,社会性評価スコアの評価元となっているアンケ ート28項目のうち,どの項目が企業価値に正の影響を与えているかを分析した。さらに今回分析対象と した261社のCSRレポートまたは統合報告書を1社ずつ確認し,取り組んでいるSDGsの項目を集計し,
企業価値との関係についても分析した。なお企業価値の代理変数として,トービンのqを用いた。
分析の結果,社会性評価評価の評価元となっている 28 項目のうち,企業価値に正の影響を与えている のは,「CSR担当役員の有無」,「商品・サービスの安全性・安全体制に関する部署」,「ボランティア休暇 制度」,「抗争鉱物の対応について」であることが示された。また負の有意差が確認できたのは,「青年海 外協力隊参加制度」,「内部通報告発窓口社内の設置」,「CFO最高財務責任者の有無」であった。またSDGs に関しては,「すべての人に健康と福祉を」で正の影響が,また「エネルギーをみんなにそしてクリーン に」で負の有意差が確認できた。
CSRの中で社会性に関する活動においては,ただ取り組みを行っているという自覚や宣言だけではなく,
担当役員や部署,制度をつくるなど体制や仕組みを設けることが企業価値向上において重要であること が示唆された。SDGs と企業価値の関係については,環境よりも人に関わる項目で企業価値へ正の影響 を与える可能性が見られた。ただし日本企業の中でSDGsを参考にしている企業は、全体の24%程度で もある。今後SDGsに取り組む企業が増えることで新たな結果を得られる可能性がある。そのためSDGs
<目次>
1. はじめに 1.1 研究の背景
1.2 研究の目的と研究方法 1.3 本研究の構成
2. CSR,ESG,SDGs の整理 2.1 CSR
2.2 ESG 2.3 SDGs
2.4 第 2 章のまとめ
3. 先行研究の紹介と仮説の提示 3.1 先行研究
3.2 仮説の提示 3.3 第 3 章のまとめ 4. 研究
4.1 分析方法と分析対象 4.2 分析結果
4.3 分析結果に関する考察 4.4 第 4 章のまとめ
5. まとめ 5.1 結論
5.2 本論文の限界と今後の課題
謝辞 参考文献
1.はじめに 1.1 研究の背景
現在多くの企業が,CSR(corporate social responsibility)活動,いわゆる企業の社 会的責任に関する活動に取り組んでいる。例えば東洋経済新報社が毎年約 1400社に対 し行っている CSRの取り組み状況のアンケート結果をまとめた「CSR企業総覧2018」
では,71.9%の企業が,「紙かWEBあるいは両方で CSR活動の報告を行なっている」
と回答している。さらに 53.4%の企業が CSR専任部署について「専任部署または兼任 部署で設置している」と回答している。
筆者は,企業の CSR活動をサポートする NPO法人に勤めていることから,CSRを 担当する方と話す機会が多い。そこで複数のCSR担当の方やCSRを兼任している方に CSR の活動についてヒアリングしたところ,悩みを抱えている方が多かった。たとえ ば,自社の中でCSR活動の位置付けが弱く,予算化が難しかったり,活動規模を大き くしたり,また新たな活動を起案し実現したりすることが難しいという内容であった。
そのほかには,CSR活動の意義を明らかにし社内で CSR活動の成果を説明することが 難しく毎年悩んでいる方や,KPI の設定を行うことがうまくできずに困っているとい う意見も挙げられた。CSR 活動は,まだまだ見返りを求めない慈善活動の一環である というイメージが強く,そもそも成果を強く求めない形での活動が多いにも関わらず,
企業内部ではどのような成果があるのかを求められる傾向や直接的な利益に結びつい ているようにはなかなか見えずコストばかりがかかっているように見られる傾向にあ る。このように CSRに関わっている方の中には、CSR活動における成果や検証方法に 悩みを抱えている方が多く存在する。
日本で CSRという言葉が定着し始めたのは,2003年であるが,企業による社会的責 任に関する活動はそれより以前にすでに求められ始めていた。例えば1970年代のオイ ルショック時に一部の企業が買い占め,売り惜しみなど社会より自社の利益を優先す る行為が,「社会的責任を欠く」と非難され,企業の社会的責任が求められた(関,2018)。
その後,CSR 活動の取り組みが社会に広がっていくとともに,CSR に対する考え方 やあり方にも変化が見られるようになった。かつての CSRは,自分たちの利益誘導と 見られないよう,あえて自社製品について触れない活動や自社と関係のない活動が積 極的に行われていた(コトラー=リー,2007)。例えば地元地域の NPOを支援したり,環 境保全のために募金をしたりする活動である。
しかし時代の変化とともに株主・投資家や顧客,取引先,従業員,地域社会(NPO) など,企業を取り巻くステークホルダーの価値観が変化し,CSR 活動と企業価値向上 の両方を実現することを目指す,戦略的な CSR活動(伊吹,2015)への取り組みが求め られるようになった。さらに2011年には,Porter and Kramer(2011)がCSV(Creating
Shared Value)という考え方を提示した。CSVは,共通価値の創造を意味し,社会課題
の解決に取り組むことで新たな事業機会を創出し,経済的リターンも得るといった共 生価値の創造を意味する。この CSVの考え方が提唱されたことで,経営戦略に融合し たCSRの取り組みはさらに広がっていった。このように,CSRに取り組む企業は社会
さらに近年では,社会的責任投資(SRI)の拡大に伴って,各企業が ESG(Environment, Social, Government)評価を高めるためにこれまで以上に CSR活動に取り組むなど,
CSR活動の重要性がより高まっている。また 2006年には国連が提唱した「国連責任投 資原則」(PRI)により,投資家が ESGの観点から企業への投資判断を行うことや,企業 に対してESG情報の開示や ESGへの取り組みを促す動きがさらに強くなった。また米 国最大の公的年金基金であるカリフォルニア州職員退職年金基金が,2012 年にすべて の投資判断に ESGを組み込む投資原則を採用した。さらに世界最大の年金基金である GPIFが2017年より1兆円規模のESG投資を開始するなど,企業が社会的な責任を持 つことが求められるようになった(関,2018)。さらに2015年 9月の国連サミットで,持 続可能な開発のための 2030(2030アジェンダ)として,SDGs(Sustainable Development
Goals)が定められた。この SDGsは世界共通の目標として置かれており,CSR活動の
指標として日本企業にも取り入れ始められている。
このように,CSR 活動は単なる社会貢献活動にとどまらず,様々なステークホルダ ーや経営戦略と関っている。そして CSR担当者の中には、社会での成果発表や説明に 悩みを抱え、今後どのような活動に取り組んでいくべきか悩んでいる人が多い。今後 CSR活動にさらに取り組んでいく企業や担当者にとって,企業価値を意識したCSR活 動に取り組むことは大きな課題である。そこで本研究では企業のCSR活動が企業価値 にどのような影響を与えるのかを考察する。そして今後の日本におけるCSR活動の発 展と同時に新たな企業価値向上の可能性を探り,日本社会の発展に寄与していきたい。
1.2 研究の目的と研究方法
本研究の目的は,CSR活動のうち,どのような CSR活動が企業価値に正の影響を与 えるかを明らかにすることである。分析は,東洋経済新報社「CSR企業白書2018」に 掲載されている 1413 社のうち先行研究でも用いられている上位 300 社を抽出して行 う。「CSR企業白書 2018」は,東洋経済新報社が 2017年6月~10月の間上場企業全 社および主要未上場企業を対象に調査票を送付し,うち有効回答企業1227社及び個別 調査を行った 177 社,公開情報のみから掲載した 9 社の計 1413 社(上場 1370 社,未 上場 43社)のCSRに関するデータを収集したデータである。「CSR企業白書 2018」 では,CSR評価及び企業の財務評価として,図1-1の評価項目を設けている。
本研究では,まず先行研究で示された,東洋経済新報社「CSR企業白書 2017」に掲 載されている上位300社のCSR評価項目のうち社会性評価スコアが財務総合評価スコ アに正の影響を与えるという分析結果を元に,最新のデータでも同様の結果が得られ るか先行研究の追試研究を行う。
そして先行研究の結果が最新のデータにおいても当てはまることを明らかにした上 で,社会性評価スコアの評価元となっているアンケート28 項目のうち,どの項目が企 業価値に正の影響を与えているかを回帰分析した。
さらに今回分析対象とした 261社のCSRレポートまたは統合報告書を1社ずつ確認 し,SDGsの取り組み状況の集計データを活用し,企業価値との関係についても分析し た。なお企業価値の代理変数として,トービンの q を用いた。トービンの q の算出に
は,日経needs financial quest及び日経バリューサーチで得られる企業情報を活用し た。
図1-1 東洋経済新報社(2018)『CSR企業白書』より抜粋
図1-2 東洋経済新報社 (2018)『CSR企業白書』より抜粋
1.3 本研究の構成
本研究は 5 章から構成されている。第 1 章では,本研究の背景,目的及び研究法に ついて述べる。第 2章では,CSR,ESG,SGDsについて整理するとともに,現状の活 動状況についてデータを元にまとめる。第3章においては,先行研究をレビューし,
仮説を提示する。第 4 章では,先行研究の追試研究を最新のデータで行なった上で,
CSR 及び SDGs の活動と企業価値との関係について,統計解析を用いた計量分析を行 う。最終章である第 5 章においては,本研究のまとめとして,本研究の結論を述べた 上で,今後の課題について言及する。
2.CSR,ESG,SDGs の整理
日本で CSRという言葉が使われるようになったのは 2000年代前半からであるが,
企業が地域のボランティア団体と連携したり慈善事業の活動を始めたりし始めたのは,
企業の営利活動によって公害問題等が発生し問題視されるようになった1960年代頃で ある。2010年には CSRの国際的な指標となる ISO26000が定められたことで,企業の CSR活動はさらに広がりを見せていった。そして同時に CSR活動のあり方自体も変化 していった。
当初の CSRは,自社の営利目的と思われないようあえて自社製品について触れない 活動や自社と関係のない活動が積極的に行われていた(コトラー=リー,2007)。その後,
将来の不確実性に対する経済界の危機感や2011年に発表された CSV (Porter and
Kramer,2011)の影響によって,経営戦略の中にCSRを組み入れる考え方が広がってい
った(伊吹,2014)。CSVは社会的責任を果たす活動とともに自らの企業価値も高める ことで,持続可能な活動に発展するという考え方である。CSVの事例としては,たと えばネスレの CSVの取り組みが有名である。ネスレは,ネスレの主力商品であるコー ヒーの質を向上させるためには,より良い品質のコーヒー豆の栽培が必要と考えた。
そこでネスレはコーヒー豆を栽培し提供する役割を担うサプライヤーの労働環境の改 善や賃金の向上,そして将来新たに栽培等の働き手となりうる子どもたちの育成,人 権の尊重等を通じて,農業やそこで働く人々の暮らしの改善に取り組んだ。この取り 組みにより,厳しい状況の中で暮らしている地域の人々のライフクオリティを実現す ることができるだけでなく,良質で安全,安価なカカオやコーヒー豆を安定的に確保 できるようにもなった。このネスレの取り組みは,共生価値の創造をうまく実現して いるもっとも典型的な事例である。社会貢献活動として貧困地域の農村部を対象にラ イフクオリティの改善はもとより持続可能な形となるよう教育活動や就業活動の向上 をはかる。そして貧困地域の人々の暮らしを豊かなものにするとともに,自社の商品 の重要な要素を占める原材料の安定供給の実現や質の向上を実現している。何より優 れているのは,持続可能な活動であると同時に持続可能な社会づくりの実現に大きく 寄与している点である。
これら CSVの考えとともに,ステークホルダーの価値観の変化によって,CSR活動 と企業価値向上の両方を実現することを目指した CSRの活動が広がっていった。たと えば株主や投資家は,社会的責任投資(SRI)に関係する投資への関心を高めている。
また消費者や顧客は,社会的責任を欠いた活動を行う企業の商品を避けるなど,厳し い目を向けるようになった(伊吹,2014)。特に現在は SNSの普及により,企業の問題 ある発言や良識の欠いた行動を一度行ってしまうだけで,すぐに情報が拡散し,事業 に大きなダメージを与えてしまう時代である。これらの観点からも企業の社会貢献活 動の重要性がますます高まっていると言えるだろう。
それでは次に,企業のCSR活動の状況について,東洋経済新報社「CSR企業総覧2018」 のデータを参考に,現状の各企業のCSRについて見ていく。「CSR企業総覧 2018」は,
日本企業1413社が CSR活動に関するアンケートに回答した結果をまとめたものであ る。
まずは各企業の CSRへの取り組み状況について確認する。CSRの専任部署があるか どうか,に関する質問に対して,「1.専任部署あり」または「2.兼任部署で担当」して
いると回答した企業は合わせて 1413社中 1000社,70.8%(図 2-1)であり,約半数の 企業がCSRに取り組む部署を設置していることがわかる。さらに CSR活動をどのメデ ィアで報告しているか,に関する質問に対しては,「1.紙のみ」,「2.Web のみ」,「3.
両方」のいずれかに回答している企業は合わせて1016社,71.9%(図2-2)であり,大半 の企業がCSRの活動について述べていることがわかる。企業がCSRについて述べるこ とが当たり前化していることがうかがえる。実際,各企業の HPの中で CSRのページ を検索すると,CSRレポートや統合報告書をすぐに見つけることができる。また CSR レポート等報告書も数十ページにわたり,カラーで詳細かつわかりやすく説明されて いるものが多い。これらの報告書を閲覧するだけでも,企業がCSRの活動及び自社の 活動をステークホルダーへの説明に力を入れていることがわかる。
次に,CSVの活動状況について確認する。「CSVの取り組みについて」に関する質 問に対して,「1.行っている」と回答した企業は 394社,27.9%(図2-3)であった。また
「CSR企業総覧 2018」では,BOP (ベース・オブ・ピラミッド)ビジネスに関する質 問も行っている。ちなみにBPO とは、発展途上国などの水や食料、生活環境に困難を 抱えている地域をターゲットに行うビジネスのことを指している。先述したネスレの 活動はCSVとして発信されているが、BOPの活動とも言えるだろう。その BOPを「1.
行っている」と回答した企業は141社,10%(図2-4)であった。CSR活動自体に取り組 んでいる企業は多く見られるが,CSV活動に取り組んでいる企業は少ない。さらに CSV やBOPビジネスの取り組み成果に関する質問では「1.十分な A利益を上げている」と 回答している企業は132社,9.3%とさらに少なくなっている。ただし「2.将来のビジ ネスチャンス」と回答している企業は341社,24.1%(図2-5)いることから,企業価値 の向上につながる活動として認識し取り組んでいる企業が一定数存在することがわか る。一方「3.社会貢献の側面が強い」と回答している企業は 327社,23.1社と最も多く,
CSVやBOP に取り組んでいると言っても,本業にもメリットがある社会貢献活動とな るようなCSVの本来の意味合いでの活動ではなく,企業価値とは切り離した社会貢献 活動として取り組んでいる企業も存在していることがわかる。先ほどネスレの事例を 取り上げたが,自社にとっても価値のある社会貢献活動に取り組むことは容易ではな い。下手に活動をすると宣伝目的で社会貢献活動を行なっているのではないか,と批 判を浴びる可能性もある。ただしCSV活動に取り組んでいると言っても社会貢献の要 素が強いのであれば,それはCSV活動とは言い難い。まだまだ日本ではCSVの言葉 や流行りが先行しており,本来の意味としての取り組みが行われていない傾向にある ように見える。
ここまでのアンケート結果より,CSR活動に取り組んでいる企業が多いこと,そし て自社の活動をしっかりとステークホルダーに伝えようと努めていたり,実際にわか りやすく説明を試みたりしている企業が多いと言える。一方で,企業価値の向上も視 野に入れた取り組みを行うことができている企業はまだ少なく,CSVに取り組んでい る企業の中にも企業価値を求めない企業が一定数存在することがわかった。今後も CSR活動は広がっていくことが予想されるが,企業価値向上にもつながる CSR活動と
図2-1 「CSR企業総覧 2018」のアンケート結果を元に筆者作成
図2-2 「CSR企業総覧 2018」のアンケート結果を元に筆者作成 393
607 365
2325
CSR
1. 2. 3.
4. 0.
28
367
621 121
227
49
CSR
1. 2.Web
3. 4.
5. 0.
図2-3 「CSR企業総覧 2018」のアンケート結果を元に筆者作成
図2-4 「CSR企業総覧 2018」のアンケート結果を元に筆者作成
394
88 364 12 555
CSV
1. 2. 3.
4. 0.
141
74 759 24
415
BOP(
1. 2. 3.
4. 0.
図2-5 「CSR企業総覧 2018」のアンケート結果を元に筆者作成
2.2 ESG
ESGはEnvironment(環境), Social(社会), Government(企業統治)を意味する。
近年,社会的責任投資(SRI)への関心が高まるとともに,各企業が自社の ESG の取 り組みをアピールしたり評価を高めようとしたりするなど,SRIへの対応に取り組むた め,ESG に関心を持つ企業も多い。例えば,2.1 章と同様に「CSR 企業総覧 2018」の アンケート結果を見ると,投資家を意識した ESG(環境,社会,ガバナンス)情報の 開示に関する質問では,「情報開示している(CSR 報告書等も含む)」と回答した企 業は 1413社中671 社,47.49%(図 2-6)と半数近く存在している。2-1では,CSR活動に ついてメディアを通じて報告活動を行なっている会社は 71.9%あったので,CSR 活動 の報告を何かしたらの形で行なっている企業の大半は,ESG に関する情報開示を行な っていることがわかる。この結果からもESGとCSRは相互関係にあり,どちらか一方 だけに力を入れるのではなく,両方を意識して取り組むことの重要性がうかがえる。
ESG投資に関しては,2006年には国連が提唱した「国連責任投資原則」(PRI)により,
投資家がESGの観点から企業への投資判断を行うことや,企業に対してESG情報の開 示や ESGへの取り組みを促す動きを始めることなどによって,関心がより高まってい った。また2015 年 9 月には,GPIFがホームページで,ESG投資と SDGsを関連付け た考え方を発表し,さらに社会的に関心が高まっていった(図 2-7)。その後 2017 年 に,GDIFは,1兆円規模の ESG投資を実施するなど広がりを見せている(笹谷,2018)。
また 1 月6日の産経新聞が報じた記事1では,国内の法人が発行したESGに関する債 権の発行額が 4年間で 20倍超に達する見込みであると述べられている。投資に対する 利回りの高さに加え,最近は機関投資家だけでなく個人投資家も社会的責任を重視す
1 産経新聞「ESG投資4年で20倍超に 債券発行額,社会的責任との両立で拡大」
https://www.sankei.com/economy/news/190106/ecn1901060005-n1.html
CSV BOP
1. A 2.
3. 4.
0.
る傾向にあり,投資の関心が高まっているとのことである。みずほ証券によると,平 成 26 年には 330 億円だった ESG関連再建の発行額が平成 29 年には 4300 億円で大幅 に増加しており,30年度には最大 8000億円まで膨らむ見通しであると予想されている。
このように,ESG 投資の動きは今後活発化されることが予想されるが,その動きと ともにESG評価向上のため,各企業の CSR活動がさらに活発化し,また SDGsへの取 り組みを推進されると考えられる。
図2-6 「CSR企業総覧 2018」のアンケート結果を元に筆者作成 671
271 5235 12
372
ESG
1. CSR
2.
3.
4.
5.
0.
図 2-7 (出典)年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)HPより抜粋
2.3 SDGs
SDGs(Sustainable Development Goals)は,持続可能な開発目標を意味する。2015 年 9 月の国連サミットで制定された。環境問題,貧困問題,格差問題等一つの国を超 えた国際社会全体の社会課題に対し,各国間が解決のための活動を積極的に行えるよ うになることを目指した目標である。そしてこれらのコンセプトを分野別の目標とし て具体的に策定したのが,SDGs(持続可能な開発目標)である。SDGsは17目標 169 ターゲットから構成されている(図 2-8)。
図2-8 外務省 HP「JAPAN SDGs Action Platform」より抜粋
SDGsは持続可能な社会づくりを実現するために,社会の維持や成長だけでなく企業 価値の維持や向上の機会としての活動にもなりうるものとして提唱されている。SDGs のターゲット課題は,対応が遅くなれば大きな損失になりうるが率先して取り組めば 新たな事業機会の創出や市場優位を得る機会になるという考え方である(関,2018)。
例えばユニリーバは,サステナビリティを戦略の中核に置くブランドが4 年連続で成 長している。2017年には,他のブランドに比べて 46%早く成長し,ユニリーバ全体の 売り上げ成長の70%のシェアを実現した。まさに経営戦略としての CSR,そして CSV としての考え方と類似している点が多く,日本の CSR活動において SDGsの考え方が 取り入れられるようになってきている。
このように世界の共通目標として採択された SDGsだが,最近は日本でもメディア や企業が発行するCSRレポートで目にするようになってきた。では現状どのくらいの 企業がSDGsに関心を持っているのか,また取り組んでいるのかをデータを元に確認 する。例えば年金積立金管理運用独立行政法人が平成29年 5月16日にアンケートを 見てみる。本アンケートはJPX日経インデックス400 構成企業のうち272社が回答し ている。「SDGs(持続可能な開発目標)への取組み状況をお聞かせください。」(図 2-9)という質問に対し,「知っており,取り組みを始めている」企業が全体の24%,
「知っており,取り組みを検討中」企業が全体の 21%となっており,これから取り組 みを検討する企業も含め,まだ半数以下の企業しか取り組みをしていないことがわか る(図2-10)。
ートの中で、SDGs(持続可能な開発目標)の目標とターゲットを参考にしているかと いう質問項目がある。回答は「.参考にしている,2.参考にしていない,3.検討中,4.
その他,0.無回答」の5つのうちのいずれかを選択する形となっている。アンケート結 果を見ると,CSR活動を行う中で SDGsを参考にしている企業は1413社中 317社で 22.4%,検討中の企業は141社で 10%(図 2-11)であった。先ほど確認した年金積立金管 理運用独立行政法人のアンケート結果とほとんど相違はなく,CSR活動には取り組ん でいる企業であっても SDGsに取り組んでいるというわけではないことがわかる。
次に,一般社団法人 グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ) がGCNJ会員を対象に行った 2017年のアンケート「未来につなげる SDGsとビジネス
~日本における企業の取組み現場から~」を見てみる。GCNJ(グローバル・コンパク ト・ネットワーク・ジャパン)は,2003年12月に発足された日本におけるローカルネ ットワーク団体である。主な活動として,CSR担当者同士の勉強会や意見交換の会合 を月に1回程度開催する取り組みなどを行っている。本アンケートはすでにSDGsに 取り組んでいる企業や取り組みの検討をしている企業が回答しているため,SDGsの実 施状況の確認ではなく,企業内でのSDGsの認識や SDGsに取り組む際の課題につい て確認していく。「Q: 貴社・団体内での SDGsの認知度について,あてはまる状況を 選択してください。(2015は単一回答,2016年以降は複数回答となっている)」を見 ると,主にCSR担当者にしか定着していないことがわかる(図2-12)。ただし経年で見 ると,経営陣への定着が進んでいる傾向も見てとれる。次に「Q: 貴社・団体内では,
SDGsをどのように認識していますか?(2015は単一回答,2016年以降は複数回答と なっている)」を見ると,7割の企業が「企業の存在価値向上」と捉えていることが わかる(図2-13)。さらには「投資家対応」と回答している企業も 29%あることがわか り,SDGsがCSR 担当による単なるボランティアとしての社会貢献活動ではなく,経 営としての戦略的な取り組みであるという認識が広がっていることがわかる。ただし,
「Q: 貴社・団体内での SDGsの推進活動は,どちらの組織が主体ですか?(2015は単 一回答,2016年以降は複数回答となっている)」の質問では,活動主体の多くが CSR 部門であること,そして「Q: SDGsに取り組む場合にどのようなことが課題になって いますか?(2015は単一回答,2016年以降は複数回答となっている)」の質問では,
「社内の認知度が低い」や「社内での展開方法が未確定」であるという回答が多く見
られ(図2-14),まだまだ本業での実施において企業内において十分理解が進んでいると
は言い難い。また「社会的な認知度が高まっていない」という回答も多く,企業内で 実施を検討したとしてもその必要性が十分説明できない状況にあることも予想できる。
これらの結果からもユニリーバのように,SDGsを取り入れたことで事業に好影響を 与えられている企業は,日本ではまだまだ少ないことがうかがえる。まだSDGsにつ いて取り入れるかどうかを検討している段階の企業,取り入れ始めたが具体的に新し い活動を始めるのではなくまずは自社のこれまでの活動が SDGsのどの項目に合致し ているかを照らし合わせる段階の企業など,具体的かつ効果的に経営戦略に取り入れ て活動しているところは少ない。実際に企業でCSRを担当している方から聞いている 話でも,自社内で理解を深めるため,NPOなど普及に努めている団体を招き,社内の 従業員や経営者向けにワークショップや勉強会を開催し,理解の浸透に努めたり,今
自分たちが行っている CSR活動に SDGsの項目に該当していることをHP 等で紹介し たりすることで手一杯であるという状態のようであった。新しい考え方であるCSR活 動を担当者や一つの部署だけが考え取り組むことでは限界があるのだろう。これから 求められるCSR活動と同様に,しっかりと経営戦略に組み込み,部署を超えて取り組 んでいくことで初めて状況が変わると思われる。今後,企業のCSR活動に当たり前の ようにSDGsの考えが組み込まれていくようになるには,まだまだ時間がかかりそう である。
最後に,具体的に各社が実際にどのくらい SDGsに取り組んでいるのか,またSDGs の17項目のうちどの項目が多く取り組まれているかを確認する。今回は,各企業が発 行するCSRレポートまたは統合報告書等CSRレポートに類する資料の中でSDGs17 項目のうち,どの企業がそれぞれどの項目に取り組んでいるかを1社ずつ確認し集計 を行った。図 2-15は,CSRレポートまたは統合報告書等CSRレポートに類する資料 の中で,SDGsについて言及しているか否かを集計したデータであり,261社のうち189 社,72.4%の企業がSDGs について何らかの言及を行っていた。また図2-16 は,今回 対象とした261社が具体的に取り組んでいるSDGsの項目の合計を集計したものであ る。これを見ると,よく取り組まれている項目とそこまで取り組まれていない項目が 分かれていることがわかる。ここから言えることはCSRの取り組みに対して外部評価 の高いところは,SDGsについても触れているところが多いということである。CSR 評価が高いということは,それだけ社会貢献活動に取り組める余裕があるということ なので自然と SDGsの取り組みにも積極的に取り組めることが予想されるので,当た り前の結果ではあると思われるが,それでもCSR評価を高める一つのポイントとして SDGsにもしっかりと対応することは重要であることは言えるだろう。また各企業の SDGsの取り組み状況を確認したところ,やはり自社で元々の得意な事業や実際に取り 組んでいるCSR活動に関連した項目を挙げていることが多かった。自社の事業とつな げて SDGsと関連づけていくという点は,事業戦略や経営戦略に融合しているとも言 えるので,良い傾向であると思われる。
今後,企業による SDGsの活動を推進する動きはますます進んでいくことと思われ る。しかし課題もある。また現状は,SDGsとは何かを考えどのように取り入れる検討 段階の企業が多く,また理解している企業であっても経営層ではなくCSR担当者や担 当部署内での検討にとどまっているところも多い。本来SDGsに取り組む意義は,社 会課題に取り組むことで新たな事業機会を得ることにある。今後,自社の取り組みと SDGsの各目標との照らし合わせだけに終始するのではなく,SDGsの観点を経営戦略 に組み込み具体的な活動を行い、企業価値の向上を実現する企業が増えていくことを 期待する。
図2-9 年金積立金管理運用独立行政法人が平成29年5月16日に公開した「第2回 機 関投資家のスチュワードシップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果」質問 12
図2-10 「CSR企業総覧2018」のアンケート結果を元に筆者作成 317
286 141
14 655
SDGs
1. 2. 3. 4. 0.
図2-11 年金積立金管理運用独立行政法人「『第2回 機関投資家のスチュワードシ
ップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果』の公表について」より
図2-12 年金積立金管理運用独立行政法人「『第2回 機関投資家のスチュワー
ドシップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果』の公表について」より
図2-13 年金積立金管理運用独立行政法人「『第2回 機関投資家のスチュワード シップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果』の公表について」より
189 72
CSR SDGs
SDGs SDGs
図2-15 研究対象261社のCSRレポートまたは統合報告書の中で各社がどの項目に 取り組んでいるかを集計したデータを元に筆者作成
2.3 ここまでのまとめ
第2章ではCSR,ESG,SGDsについて整理するとともに,現状の活動状況について
データを元にまとめた。CSRについては,CSR活動に取り組んでいる企業が多いが,
企業価値の向上も視野に入れた取り組みを行っている企業はまだまだ少ないことがわ かった。自社の事業と関係を持たないCSR活動では持続可能性がなくなってしまうた め,社会にとっても企業にとってもメリットのある,かつ様々なステークホルダーへ 説明できるような形での取り組みにどう広げていくかが課題である。またESG評価が いかに高まるかという視点やSDGsをCSR活動にいかに融合させ取り組めるかを戦略 的に行っていくことも求められてきている。
今後,企業が CSR活動に取り組むことは益々求められることは十分に予想される。
その活動が持続可能なものとなり,さらに発展し社会にも企業にもより良い影響を与 えるような取り組みがどんどん増えていくことを目指し,本研究では効果的なCSR活 動について探っていく。次章では先行研究をレビューし,効果的な CSR活動について 検討していくこととする。
3 先行研究と仮説の提示
3.1 CSR 活動と企業価値の関係性に関する先行研究
松本(2017)は,第1章で紹介した「CSR企業白書 2017」のデータを活用し,CSR活 動と財務との関係について分析を行っている。具体的には,ランキングに掲載されて いる企業800社のうち上位 300 社を抽出し,図 1-1の4つのCSR評価と3つの財務評 価との関係性を分析した。その結果,人材活用評価スコアが,収益性評価スコアと正
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16
17
CSR SDGs
の関係があることを明らかにした。また社会性の評価スコアが財務総合の評価スコア と安全性評価スコア,規模評価スコアと正の関係があることを明らかにした。特に社 会性評価スコアが財務総合評価スコアに最も大きな正の影響を与えていることを明ら かとした。
3.2 ESG 活動と企業価値の関係性に関する先行研究
ESGにおいては,加藤(2018)がESG評価と企業価値の関係性について分析するため,
ESG評価と資本コストの代理変数であるベータとのクロスセクション回帰を行い,そ の関係について検証した。ESG評価のデータは,日本アナリスト協会が発表するディ スクロージャ評価とFTSE Russell社が公表している ESG評価の2つを用いた。なお FTSE Russell社の評価データは,E(環境),S(社会),G(企業統治)の3つの評 価が存在するため,それぞれのデータを活用した。クロスセクション回帰では,ベー タが ESG評価以外の要因にも影響されるとし,直近の株主資本比率,総資産,売上高 成長率を3つのコントロール変数に加え,ベータを説明変数として,ESG評価,株主 資本比率,総資産,売上高成長率の4変数で分析を行った。分析の結果,ディスクロ ージャ評価の高い企業のベータは低く,企業価値が高くなっていることを示した。ま たFTSE Russell社の E,S,Gの3つそれぞれの分析では,Gにのみ有意な結果を示し た。
3.3 先行研究のまとめ
松本(2017)の先行研究によって,CSR活動のうち東洋経済新報社「CSR 企業白書
2017」における社会性の評価スコアが,財務総合評価スコアと正の関係があることが 明らかとなった。しかし松本も述べるように社会性の評価スコアは28 項目のアンケー ト集計結果に基づいて行われているため,社会性の評価スコアに関する具体的などの 活動が企業価値の向上に正の影響を与えているかまでは示されていない。そこで本研 究では,現在入手可能な最新のデータを用い,社会性の評価スコアのどの項目が企業 価値に正の影響を与えるかの分析を行う。
まずは,松本(2017)の研究結果が,最新データでの分析においても同様の結果を示す か確認するため,「CSR 企業白書 2018」のデータを活用し追試研究を行う。その上 で,社会性評価スコアの元となっている28 項目のアンケート集計データと企業価値と の関係について分析を行い,社会性の評価スコアに関するアンケート項目のうち,ど の項目が企業価値に正の影響を与えているのかを確認する。
また 2 章で述べたとおり,今度さらに重要性が増すと考えられる SDGsと企業価値 の関係性についても分析を行う。具体的には,各企業が発行するCSRレポートまたは 統合報告書等 CSRレポートに類する資料の中で SDGs17項目のうち,どの企業がそれ ぞれどの項目に取り組んでいるかを1社ずつ集計し,その集計データと企業価値の関 係性について調べる。
分析方法としては加藤(2018)の研究を参考に,前述している社会性の 28項目また
理変数をトービンのqとして分析を行う。トービンの q については,4章で詳しく説 明を行うこととする。
3.4 仮説の提示
本節では,第 2 章及び第3章 1節を踏まえ,本研究における仮説を提示する。第 2 章で述べたとおり,今後の CSR活動は,経営戦略に組み込み社会だけでなく企業側に もメリットがある形で行われることが望ましい。またかつての CSRの取り組み,いわ ゆる自社にメリットのない事業活動のようなCSR活動はコストのみがかかるため,気 企業価値に負の影響を与えていると思われる。反対に,経営戦略に組み込んだ取り組 みについては企業価値に正の影響を与えていると思われる。先に挙げた社会性評価ス コアの元となっている 28項目の中では,たとえば部署や責任者を設ける活動や,CSV の取り組みなどが挙げられる。またESGやSDGsとCSR活動との関係も深いため,ESG やSDGsへの取り組みにおいても企業価値に正の影響を与えていると予想する。
そのため社会性評価スコアの元となっている 28項目の中で以下の項目は,企業価値 に正の影響を与えていると仮説立てた。
・消費者対応に関する部署を設置している
・社会貢献担当の部署を設置している
・商品・サービス等安全性・安全体制に関する部署を設置している
・ESGの情報を開示している
・投資家や ESG機関との対話を行っている
・SDGsの目標とターゲットを、CSRの取り組みに参考にしている
・CSVに取り組んでいる
・BOP の活動に取り組んでいる
また SDGsの取り組みについては,CSRレポートあるいは統合報告書で SDGsにつ いて言及をしていること自体が企業価値に正の影響を与えると予想する。
4.分析
4.1 分析方法と分析対象
・分析方法
まずは先行研究の松本(2017)の分析を最新データで追試し,①社会性評価スコアと財 務総合評価スコアの関係について分析を行う。
次に社会性評価スコアと財務総合評価スコアに正の関係性があることを明らかにし た上で,②社会性評価スコアの元となっている28 項目と,企業価値との関係について の分析を行う。パフォーマンスの指標を選択するに際し,本研究では先行研究である
加藤(2018)を参考に分析方法及び被説明変数や説明変数を設定した。具体的には,企業
価値への影響を計る指標として,トービンの q を用いる。トービンのqは,各期末時 価総額と各期末の有利子負債総額の和を各期末総資産で除したものとする。説明変数 のうちコントロール変数を株主資本比率,総資産,売上高成長率とし,それ以外の説
明変数には「CSR企業白書 2018」の評価項目として用いられている社会性評価スコア の評価元となっている 28項目とする。
最後に,③今回の分析対象企業が CSR レポートや統合報告書で言及している SDGs の取り組み状況と企業価値との関係について分析を行った。本分析は,社会性評価ス コアの評価元項目28 項目と企業価値の関係について行った分析と同様の方法で行う。
・分析対象企業
① の分析では,松本(2017)の分析対象企業数と同様に東洋経済新報社「CSR企業 白書 2018」800社のうち上位 300社で実施
②,③の分析は,上記 300社の中から,日経 needs financial quest及び日経バリュ ーサーチよりトービンのq を算出できた 261社で実施
・分析対象期間
① は東洋経済新報社 CSR企業白書2018」800社のうち上位 300社の 2018年最新デ ータ
②,③は上記 300社のうちトービンの qを算出できた 261社の最新1期分のデータ
・分析ソフト Stata
・被説明変数
① の被説明変数は,東洋経済新報社が,「CSR 企業白書 2018」に掲載されている
「財務総合」の数字を扱う。「財務総合」は,既存の 2 次データ(図 4-1)を用 いた多変量解析による財務的価値の評価を行い算出したものとなる。松本(2017) も同様のデータを活用して分析を行っている。
② ,③の被説明変数は,企業価値の代理変数として,トービンの q の自然対数値 を用いる。具体的には,各期末時価総額と各期末の有利子負債総額の和を各期末 総資産で除したものである。
・説明変数
3つの分析において,加藤(2018)の分析方法を参考に,コントロール変数として,直 近の株主資本比率,総資産,売上高成長率を用いる。総資産は自然対数値とする。そ の上で,①の説明変数は「CSR企業白書2018」に掲載されている四つの評価スコアと する。②の分析は,説明変数として「CSR企業白書 2018」の評価項目として用いられ ている社会性評価スコアの評価元となっている 28 項目に関する 56 の質問をダミー変 数にして,回帰分析を行った。
また③のSDGsの分析は,各企業が発行する CSRレポートまたは統合報告書等 CSR
り組んでいるかを1社ずつ集計し,それぞれの各社ごとの実施状況の有無及び SDGs について言及しているか否かをダミー変数として,回帰分析を行った。
4.2 分析結果
4.1項に基づき,回帰式で用いる被説明変数と説明変数の記述統計量,各変数の推定 結果を表4-1,4-2,4-3,4-4,4-5,4-6 にそれぞれ示す。
表4-1 社会性評価スコアと財務総合評価スコアに関する記述統計量
表 4-2 社会性評価スコアと財務総合評価スコアに関する推定結果
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表4-4 トービンのqとCSR活動に関する推定結果
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表 4-5 トービンの qとSDGsに関する記述統計量
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4.2 分析結果に関する考察
本項では4.1項の推定結果に対する考察を述べる。まずは,表 4-3の「財務総合」に 関する推定結果について確認する。この分析は,松本(2017)と同じ方法を用い,最新デ ータで分析したものである。結果は,先行研究と同様に,社会性評価スコアが唯一財 務総合評価スコアに正の影響を与えていることが示された。数値としては P値が 0.000 であり1%水準の有意差を示した。また係数は 1.114であった。この結果からも CSR活 動において,社会性評価スコアが財務に影響を与えていることがわかる。
それでは次に社会性評価スコアの元の項目のうちどの項目が,企業価値に正の影響 を与えているのかを調べるため,表4-4 の「社会性」に関する推定結果について確認 する。In(トービンの q)を被説明変数とした重回帰分析の結果,正の有意差が確認でき た項目は「CSR担当役員の有無」,「商品・サービスの安全性・安全体制に関する部 署」,「ボランティア休暇制度」,「抗争鉱物の対応」についてであった。また負の 有意差が確認できたのは,「青年海外協力隊参加制度」,「内部通報告発窓口社内の 設置」,「CFO 最高財務責任者の有無」であった。一つ一つの具体的な項目について さらに確認をしていく。
まずは正の有意差が見られた次の四つについて確認をする。「ボランティア休暇制 度」は,P値が 0.052であり 10%水準の有意差を示した。また係数は 0.175であった。
CSR担当役員の有無は,P値が 0.001であり,1%水準の有意差を示した。また係数は
0.538であった。「商品・サービスの安全性・安全体制に関する部署」は,0.059であ
り10%水準の有意差を示した。また係数は 0.180であった。「抗争鉱物の対応につい て」は,P値が 0.009であり 1%水準の有意差を示した。また係数は 0.538であった。
また係数は0.429であった。
今回の結果では,元々仮説として企業価値に正の影響を与えると考えていた,CSV に取り組んでいるかどうかやSDGsの概念や項目を自社の CSR活動の活動に取り入れ ているか,またESGの情報を積極的にステークホルダー等に開示しているかどうかな どが企業価値に大きく関係するという仮説が支持されなかった。なぜこのような結果 になったかについてだが,今回活用したデータは各企業が自主的に回答したアンケー トの集計データとなっている。そのため,例えば各企業が,自分たちはしっかりと CSR 活動に取り組んでおり,かつ必要な情報開示を行ってもいるし,近年着目をされてい るSDGsについても対応していると回答していたとしても実際に十分な活動や報告が 行われているかどうかは各社によってばらつきがあることが予想できるし,またステ ークホルダーがどのように感じているかも各社の実態によって異なることが要因では ないかと思われる。むしろ企業価値に正の影響を与えていると確認できた項目は,担 当役員を任命したり,部署を設置したり,あるいは制度やルールを設けたりするなど,
人事戦略あるいは経営戦略の中にCSRの活動を融合させ,確実に実施できるような体 制を設けている。第2 章で述べたように,これらのような経営戦略とCSR活動を融合 させた取り組みこそ,ステークホルダーが求めるものであり,好意的に受け止められ,
その結果企業価値に正の影響を与えたのではないかと考えられる。CSR活動に取り組 む際は,CSR活動を自分たちは行っているという認識や意識だけではなく,担当役員
や部署,制度をつくるなど人事や制度,仕組みをきっちりと戦略立てて進めることが 必要である。
次に負の有意差が見られた次の四つについて確認をする。「青年海外協力隊参加制 度」は,P値が 0.004であり 1%水準の有意差を示した。また係数は-0.436であった。
「内部通報告発窓口社内の設置」は,P値が0.029であり 5%水準の有意差を示した。
また係数は-0.346であった。「CFO 最高財務責任者の有無」は,P値が 0.02であり 5%
水準の有意差を示した。また係数は-0.233であった。
上記の結果については,コストがかかっている割にわかりやすい外部評価に繋がら ない,また十分に機能せず期待していた通りの成果につながらなかった可能性がある のではないかと考えている。海外青年協力隊も内部通報窓口も決して低いコストで行 えるものではないだろう。CFOの採用においても同様にコストがかかるものである。
ただしこれらの項目はステークホルダーに活動内容や成果が伝わりづらいだろうし,
そもそも海外青年協力隊の参加者が自社に何かを還元できるかというとなかなか難し いことが予想されるし,内部の通報窓口は十分に活用されていないことも考えられる。
CFOの採用についても有効な活用がなされていないかもしれない。
これらの結果を踏まえた上で,やはり企業価値向上につながるCSR活動を行うため には,ただコストをかけて活動を行ったり意識や認識を持ったりするだけでなく,人 事や体制,制度に組み込み,しっかりと事業戦略の中で活動を行うことが重要である と考えられる。
最後にSDGsに関する推定結果(表 4-7)についても確認する。In(トービンのq)を 被説明変数とした重回帰分析の結果,正の有意差が確認できたのは」「すべての人に 健康と福祉を」のみであった。具体的には,P値が 0.088であり 10%水準の有意差を示 した。また係数は0.159であった。また負の有意差が確認できたのは「エネルギーをみ んなにそしてクリーンに」「のみであった。具体的には,P値が 0.07であり 10%水準 の有意差を示した。また係数は-0.175であった。そして CSRレポートまたは統合報告 書においてSDGsの言及有無については,有意差が確認できなかった。
今回SDGsと企業価値の関係について活用したデータは,各社が自ら発行する CSR レポートまたは統合報告書の中で自分たちが取り組んでいる項目について言及してい る項目を一つずつ集計したものである。そのためSGDsの 17項目について,自分たち の会社がどの項目に取り組んでいるかどうかの判断は各社でばらつきがあるかもしれ ない。またSDGsの概念は包括的な内容が多く,少しでも各項目に関わる内容であれ ば実施していると記載することも可能である点は否めない。そのため,CSRでの仮説 の一部が否定された要因と同様に,SDGsにおいても各社のアンケートではなく,例え ば第三者機関のレーティング評価のようなものを活用して行った方がより精緻な分析 ができたと思われる。この点は,今回の研究方法の限界に当たる点でもあり,今後の 検討課題である。ただそれでも今回、環境よりも人に関わる項目で企業価値へ正の影 響を与える可能性が見られた。
ここでSDGsと企業価値との関係についてさらに検討するため、SDGsの各項目の相