はじめに
本論は,労働の擬制的な商品化と脱商品化に ついての社会哲学的な考察を軸とする。そして それを通じて,擬制的な資本主義と日本型福祉 国家の限界を剔出し,ステイクホルダー社会へ と至る道筋を呈示する。
まず第一章では,カール・ポランニーの『大 転換』における擬制的な資本主義についての考 察を行う。そして,「転換」と「大転換」を引 き起こした契機について確認し,「転換」と「大 転換」は社会と市場の関係性の変容であること を指摘する。また,「大転換」によって呼びだ される論理が国家の論理であることを確認す る。
次いで第二章では,労働の脱商品化をキー ワードに,福祉国家の原理と日本型福祉国家の 特殊な性質について考察する。福祉国家は,給 付と法的規制による労働の脱商品化を行うこと を通じて,人びとの生活と承認の保障を行な う。しかし,日本型福祉国家は上記のような福 祉国家の原理とは逆に,労働の商品化を推し進 めることによって,人びとの雇用と収入を確保 し,生活を保障するものであることを確認す
る。そしてさらに,日本型福祉国家は,人びと を企業共同体によって包摂し,「承認」を保障 する企業中心社会であることを指摘する。
最後に第三章では,まず,日本型福祉国家な らびに企業中心社会の限界について考察する。
企業共同体による人びとの包摂の弱体化は,労 働市場の流動化を招く。そして,人びとの生活 と承認の保障も流動化していく。次に,そのよ うな状況のなかで出てきたベーシックインカム の議論について検討する。そして,ベーシック インカムとワークシェアリングの組み合わせに よって,経済的動機にもとづかない時間が保障 され,人びとを社会的な活動へと向かわせるこ とを確認する。それを通して,ステイクホル ダー社会が形成され,市場と社会の関係性が均 衡し,「人間の経済」が守られる道筋を呈示す る。
第一章 擬制としての資本主義 1-1 商品化という擬制
近代社会は,経済が自己の自律性を主張し,
自己展開していく社会である。自らの自律性を 主張することによって,その根拠から解放した 経済は,それゆえに却って再びその根拠に復帰
*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程4年(指導教員 田村正勝)
論 文
現代社会の定位と方位に関する一考察
― 福祉国家からステイクホルダー社会へ ―
清 水 利 尚
*していく
[
難波田1982:
1]
。これはどういうこと か。ポランニーは,経済が自己の自律性を主張す るにいたる段階を「転換」と呼ぶ。「転換」以 前の社会においては,経済つまり市場の領域 は政治的にも社会的にも厳しく統制されてい た。しかしながら,経済が自律性を主張する近 代社会においては,経済的領域が政治的・社会 的領域から自由になる。そして,自らを根拠と して駆動していく自己調整的市場が出現する
[Polanyi
1957a=
1975:
92]
。ポランニーは,市場はどんな社会にも出現し たし,経済システムはつねに社会システムに混 在していたと指摘している。つまり本来,経済 は社会に埋め込まれているものであり,経済は 社会秩序の一形態にすぎず,市場は社会の従属 物にすぎなかった
[Polanyi
1947=
2003:
59-
60]
。 しかしながら,自己調整的市場の出現で,市 場 の 社 会 か ら の「脱 埋 め 込 み 」, つ ま り
「市場の社会からの離床」が生じる(1)
[Polanyi
1957a=
2003:
265-
266]
。自己調整的市場は,すべ ての生産が市場での販売のためになされ,すべ ての所得がそうした販売から生じるといった機 能を持つ[Polanyi
1957a=
1975:
92]
。いわば,自 己準拠的で再帰的な市場だといってよい。それ まで他の社会制度との相互関係の網の目のなか に組み込まれていた市場が,「転換」によって,そうした網の目から離床した。
ところでポランニーは,自己調整的市場にお ける「本源的生産要素」として労働と土地をあ げている(2)。この二つが商品化する過程こそが
「転換」だ
[Polanyi
1977=
2005:
44-
45]
。しかしな がら,労働と土地はそもそも商品ではなく,こ れらを商品視するのはまったくの擬制であるという
[Polanyi
1957a=
1975:
97]
。なぜなら,労働は生活それ自体に伴う人間 活動の別名であり,土地は自然の別名でしか なく,人間によって生産されるものではない
[Polanyi
1947=
2003:
53] [Polanyi
1977=
2005:
45]
。 販売のために生産される本来的な商品であるな らば,需要が増えれば増産すればよいし,需要 が減れば減産したり在庫の処分をすればよい。しかし労働の背後には,生身の人間が生きてお り,土地の背後にはかけがえのない自然そのも のがある
[
山下2008:
61]
。つまり,市場の「本源的生産要素」である労 働と土地は,そもそも販売のために生産される ものではなく,増産や減産はおろか,在庫処分 できるものでもない。それゆえ,それらを商品 として擬制することは,いささか冒涜的な行為 として私たちの眼に映らざるを得ない。
自らの自律性を主張しつつ自己展開していく 自己調整的な市場は,人びとを社会的制度や文 化的制度から切り離していく。擬制的な商品化 の趨勢から人びとを保護していた社会的制度や 文化的制度から切り離されることによって,人 びとは剥き出しのまま市場にさらされていく
[Polanyi
1957a=
1975:
97-
98]
。そして,擬制的な商品化は,自らの限界を露 呈させ,労働と土地の流通が市場から引き揚げ られ,再び政治的・社会的制度に回収される契 機がやってくる。つまり,自律性を主張して いた経済は,再び自らの根拠へと回帰してい く
[
難波田1982:
1]
。このような過程を,ポラン ニーは「大転換」と呼ぶ。次節以降では,「転換」と「大転換」について,
それらを引き起こした契機について詳細に考察 していくことしよう。
1-2 「社会から離床した市場」の形成 ポランニーのいう自己調整的市場の出現,つ まり「転換」が起こった背景には一体何があっ たのか。それは,脱商品化(3)の失敗に端を発し ている。
自己調整的市場の出現の過程において,重要 なファクターとなるのが,18世紀末から19世紀 はじめにかけて実施されたイギリスの救貧法改 革であるスピーナムランド制度だ。すでに産業 革命が活発に進行し,都市において労働力の需 要が高まっているなか,貧困層に対して無条件 に最低所得を保障するというものだ。具体的に は,救貧税を利用した貧困者向けの生活費の補 助制度のみならず,低賃金や一時的失業状態に ある労働者階級に対する救済手段であった
[
矢 野2007:
342-
343]
。つまり,貧困者や擬制的な 商品化に曝されながらも低賃金に喘ぐ労働者た ちを擬制的な市場から引き離し,脱商品化する といった制度だった。貧困者や低賃金の労働者に対して無条件に
「生存権」を保障するという意味で,社会政策 の歴史上,画期的な政策ともいえるスピーナム ランド制度であるが(4),それは意図せざる結果 を招く。どういうことか。
結論からいうと,スピーナムランド制度が導 入されることによって,一方で雇用主の最低賃 金への関心を薄れさせ,賃金の一方的な切り下 げが行われた。そして他方では,労働者が仕事 することそのものへのインセンティブを奪っ た。
つまり,すでに所得が保障されているのであ るから,雇用主にはその分の賃金は切り下げて も構わないという意識が働き,生存水準以下へ の賃金の切り下げが行なわれ,労働者の低賃金
化をさらに促した。また,労働者たちも無条件 に所得が保障されるため,働くことへの動機づ けを失い,制度への依存をさらに深めるという モラルハザードが生じた。
その結果,働ける貧困者である単に貧しい
労働者
(the poor)
と救貧院に入れられる働けない貧困者
(the pauper)
のカテゴリーが取り払われ,両者は一つの寄生的な貧困大衆と化した
[Polanyi
1957=
1975:
117,
128-
129]
。この制度によって,働けるはずの低賃金の労 働者たちは,制度に寄生する貧民と化し,人間 がよってたつ地位をもち,組織をもち,擬制的 な商品化の趨勢に対して自らを守るための生活 をもとめて連帯する基盤を奪われてしまった
[Polanyi
1957=
1975:
133]
。つまり,スピーナム ランド制度は,人びとが労働者として形成する べき社会的階級を切り崩してしまった。それと同時に,労働力の再生産の場が崩され ることによって,本源的生産要素としての労働 の供給が機能不全に陥り,労働市場の形成が阻 まれた
[Polanyi
1957a=
1975:
103]
。本来であれば,社会に埋め込まれた市場と,
労働者の社会的階級との間には,相互関係の網 の目によって社会的な均衡が保たれるはずで あった。しかしこの制度によって,労働者の社 会的階級の形成が阻まれ,社会に真空状態が生 じた。市場は,社会の真空状態を埋めていくこ とによって,自己の自律性を主張していった。
そして,社会は市場に従属することとなる。つ まり,「社会の市場への埋め込み」は,市場と 社会との関係性の変容過程をいう。そしてこの 過程こそが,「転換」であった
[
山下2008:
67]
。 スピーナムランド制度は,1834年に撤廃され,市場経済は,社会の真空状態を埋めるべく,自
らの自律性をさらに強調するようになり,「人 間の労働は商品化されねばならない」と声高 に主張していった
[Polanyi
1957=
1975:
117,
128-
129]
。その一方で,真空状態が生じた社会から切り 離された人びとは,スピーナムランド制度の廃 止が引き起こした貧困への恐怖から飛び出し て,ユートピア的な市場経済の庇護のもとへ と盲目的に駆け込んだ
[Polenyi
1957=
1975:
138]
。 というのも,自らを商品化することを通してし か,自らを貧困から守る術がなくなったから だ。そして,人びとは擬制的な市場に自らの身 を剥き出しのままさらすこととなった。1-3 「大転換」というバックラッシュ 自らの自律性を主張する自己調整的市場の出 現,つまり「転換」以降,社会は市場に従属す るようになる。しかし,その社会の内部におい て,ある種の緊張が累積的に生みだされ,それ が市場の自己調整機能を停止させる。ポラン ニーによると,労働と土地という生産要素を軸 とする自己調整的な市場は,社会を崩壊させる おそれがあるため,社会の自己防衛的措置がと られることによって,諸市場の確立を妨げた り,その放縦な作用を干渉したりすることが意 図されるという
[Polanyi
1957a=
1975:
272]
。どう いうことか。他方でポランニーは,自己調整的市場を軸 とする自由主義経済の最たる例として,アメ リカで一世紀ものあいだ続いた,労働と土地 の自由取引を挙げている。1890年代までは,移 民という人的資源が潤沢にあったため,低賃金 労働が自由に供給され,辺境開拓の余裕があっ たため土地が自由に供給され続けた。
[Polanyi
1957
a=
1975:
273]
。しかし,労働と土地の自由取引には限界が あった。というのも,移民という人的資源が枯 渇し,下層労働者の供給がなされなくなり,自 然資源が希少となり節約されなければならなく なるからだ。それによって,労働者に対する社 会的な保障,土地とその耕作者の保護が出現し た
[Polanyi
1957a=
1975:
273]
。つまり,このような自己調整的市場の本源的 要素である労働と土地の物理的な限界が,バッ クラッシュを引き起こし,社会に自己防衛をせ しめたのだった。
しかしそれだけではない。そのような物理的 限界によって,本来は商品ではない労働と土地 の背後にあるもの,つまり人間と自然そのもの の倫理的限界も頭をもたげる。人間とは何か。
自然とは何か。このような根源的な問いが前景 化し,バックラッシュが起こったのだった
[
山 下2008:
67]
。そして,自己調整的市場の限界が引き起こす バックラッシュによって,労働と土地は市場か ら引き揚げられ,再び政治的・社会的制度に回 収される。市場すなわち経済的領域は再び自ら の根拠へと回帰していく。このような過程をポ ランニーは「大転換」と呼んだ。
ポランニーのいう「大転換」は,全体主義・
共産主義・福祉国家の三つの体制の到来を招く ものであった。全体主義は,国家による独裁の 論理を市場に優先させ,共産主義は市場そのも のの廃絶を目指し,国家による統制経済を志向 する。福祉国家は前二者よりは穏やかではある が,政府が市場に介入する政策であり,国家 の論理を優先させるものだ
[Polanyi
1957a=
1975]
[
山下2008:
67-
68]
。このように,「大転換」によって自己調整的 市場は,自らが引き起こす限界によるバック ラッシュを引き起こし,市場以外の論理を呼び だした。そして,20世紀前半における「大転換」
で呼び出される論理とは,ほかでもなく国家の 論理であった。
しかし,ポランニーが生きた時代は,20世紀 中盤までの世界であった。ゆえに,「大転換」
の後で,世界がどう変化したかについての考察 は抜け落ちていることになる。
では,「大転換」のあとの世界はどのように 変容したのか。次章以降で「大転換」以降の世 界について,労働の脱商品化をキーワードに検 討していくことにしよう。
第二章 労働の脱商品化と日本型福祉国家 2-1 脱商品化と福祉国家の原理
「大転換」は,市場の論理以外のものを呼び だす。それは国家の論理だ。自己調整的市場が 自らの限界を呈するときに,国家は社会秩序を 守るために商品の市場からの引き揚げ,つまり 脱商品化を行なう。ではそもそも脱商品化とは なにか。以下,「大転換」のひとつの帰結であ る福祉国家による労働の脱商品化を中心に考察 していく。
労働の脱商品化とは,「商品としての労働力 の根絶」ではない。この概念は,個人あるいは 家族が市場への参加の有無にかかわらず社会的 に認められた一定水準の生活を維持できること がどれだけできるかという程度を表している
[Esping-Andersen
1990=
2001:
41]
。つまり,市場 への参画如何に関わらず,人びとの一定の生活 を保障するのが労働の脱商品化だ。そしてさらに,労働の脱商品化は,人びとの「承認」を保 障する機能も持つ。どういうことか。
まずはじめに,承認とは何かについて確認し ておこう。
アクセル・ホネットによると,適切な承認は 人格のアイデンティティ形成に必要不可欠な条 件であり,それはまた個々人が自己実現を追及 するために欠くことのできない前提をなしてい るという
[Honneth
1992=
2003:
231-
232]
。そして ホネットは承認を,愛・法・連帯の三つの形態 に分類している[Honneth
1992=
2003:
128-
175]
。 近代社会における労働の領域では,上記の三 つの承認形態のうち法と連帯がともに作用する[
水上2005:
73]
。これについて確認しよう。まず法については,ホネットは自由で平等な 諸個人の合理的な同意に基づく近代の法的な共 同体を想定している
[Honneth
1992=
2003:
147-
148]
。前近代の社会においては,一定の身分に 属することそれ自体に基づいて,承認が行われ ていた[
水上2005:
80]
。これにたいして,近代 社会においては,近代法にもとづく自律した 主体としての人間が形成され,法的平等の理 念が制度化される[Honneth
1992=
2003:
147] [
水 上2005:
81]
。人びとは身分制の軛から解放さ れ,自律した個人としてそれぞれが平等に尊 重され,道徳的責任能力をもつ自立した個人 として相互に承認しあうようになる[Honneth
1992=
2003:
148]
。次に連帯については,個々人が相互の価値評 価を通じて互いに共感を抱くような関係性を前 提としている。個人に対する価値評価は,身分 や出自に関係なく,その個人のなしうる労働と その成果にもとづき享受されるようになる
[
水 上2005:
81]
。そして,個人の労働とその成果による社会的価値評価が形成され,それを準拠 に「相互承認」がなされるようになる
[Honneth
1992=
2003:
163-
175]
。このように,近代社会における承認は,自律 した主体たる個人の尊厳を平等に確保する法的 承認の原理と,労働の成果つまり個人業績をつ うじた承認による連帯の原理の二つの要素に よってなりたっている。
では,脱商品化による承認の保障とはいった いどういうことか。
武川正吾は,福祉国家には二つの側面がある と指摘する。それは,給付国家としての側面と 規制国家としての側面だ
[
武川2007:
6-
16]
。 市場から離脱せざるを得ない事情が失業であ れば,国家が当面の生活を保障すべく給付をお こなう。疾病であれば治療費の負担や休業時の 所得を保障することを通じて,再び市場へ戻る までのあいだの猶予期間を与える。また,老齢 によって市場から離脱せざるを得ない人びとに 対しては,年金を給付することを通じて,生活 を保障する。つまり給付は,市場からの離脱 が,社会からの離脱と社会的価値評価の下落を 意味することを回避するために,市場における 価値体系から人びとを切り離し,生活を保障す る。そしてそれをつうじて,社会のメンバー シップとしての承認を保障する。つまりここで は,連帯の原理が保障されている。またその他方で,最低賃金制度,労働時間や 職場の安全衛生の規則,労働組合の結成を認め ることによる労働条件の維持向上のような労働 市場への法的な規制は,人びとを意図的に市場 から引き離すことによって,その生命と人間た るに値する生活を保障し,法的平等にもとづく 承認を確保する。ここでは法的承認の原理が保
障されている。
このように,福祉国家の二つの側面は,それ ぞれ脱商品化のアプローチが異なるものの,労 働する人びとを自己調整的市場の擬制商品化の 圧力から守るのみならず,人びとの承認を保障 するものであった(5)。
これまで,給付と規制をつうじた脱商品化を 軸に生活の保障と承認を保障する福祉国家の原 理について考察してきた。
しかしながら日本型福祉国家においては,上 記で論じたのとは異なる方法で生活の保障と承 認の保障がなされている。次節で考察すること にしよう。
2-2 労働市場への動員による生活保障 ―日本型福祉国家について―
日本型福祉国家における給付の水準は他国と 比べて低水準にとどまっていることが多く指 摘されている
[Esping-Andersen
1990=
2001:
ⅰ-
ⅳ
]
。また,労働をめぐる法的規制については 労働基準法によって正規雇用については厳しく 解雇規制がなされているものの,雇用機会均等 などの規制は,必ずしも強くなされていたわけ ではない(6)[
武川2007:
131-
133]
。では,日本型 福祉国家はどのような形で生活の保障と承認の 保障をしてきたのか。1961年の国民年金法の施行により,国民皆年 金・皆保険体制が確立した。しかし,それとほ ぼ時を同じくする1960年を端緒とする「国民所 得倍増計画」と1962年に決定された「全国総合 開発計画(全総)」は,給付による生活保障を 軸にした体制よりも,地域開発と経済成長によ る所得倍増を軸とする生活保障の体制へとその 重心を置く契機となった
[
宮本2008:
73-
74]
。さらに,高度経済成長期における政策の到達 点ともいえる「日本列島改造計画」によって,
所得倍増による生活保障から公共事業による雇 用の創出をつうじた生活保障へとその重心を移 していく
[
宮本2008:
75-
76]
。高度経済成長は,労働力の農村から都市部へ の移動を原動力としていた。いわば農村は人材 の供給源であり,農村住民の労働力の商品化が 原動力となっていたといえる。そして,商品化 された労働力を受け入れる企業は,高度経済成 長期において,長期雇用慣行・年功序列型賃 金・企業別労組といったいわゆる「日本型経 営」の体制と企業福利厚生の制度を徐々に整備 していき,人びとを労働市場へと包摂していっ た。
1965年に日経連が発表した『福利厚生合理化 の基本方向』は,国家による給付を軸とした社 会保障制度と企業福利厚生の連携の方向を示し ている。また,そこではさらに「古い経営家族 主義にかわって従業員の企業に対する帰属意識 を近代的に形成するための新しい理念をいかに 打ち出すかが重要な課題」とされていた
[
日本 経営者団体連盟1965:
29]
。つまり,給付を軸にした社会保障制度の低水 準を補完するものとして「企業福利厚生」が位 置づけられたのと同時に,「共同体としての企 業」への帰属意識をつうじた承認の形成がなさ れた。そして,厚生年金基金や税制適格退職年 金制度などのような企業年金の創設や,従業員 の持家取得にあたっての融資制度などに対する 税制優遇などを通じて,国家もそのような共同 体としての企業のあり方を支援していった(7)
[宮本2008
:
81][
橘木2005:
35-
36]
。このように,高度経済成長期における生活保
障は,国家主導による労働市場の強化によって なされていた。
2
-
1で論じたように福祉国家とは本来,市 場への参画如何に関わらず,給付と規制によっ て生活を保障することで,人びとを擬制的な商 品化の圧力から守るとともに,人びとの承認を 保障するものだった。しかし,これまで考察してきたように,高度 経済成長期における日本型福祉国家は,上記と は逆に,労働市場への動員による労働力の商品 化を通じた生活保障がなされていた。つまり,
福祉国家の原理とは逆方向の生活保障がおこな われており,承認は企業共同体への帰属によっ て保障されていた。
とはいえ,労働市場の強化による生活保障に も限界があった。というのもそれは,あくまで も現役世代をターゲットにした生活保障だった からだ。それゆえ,退職後の人生後半の生活を 保障するという機能はもちあわせていなかっ た。
しかし,高度経済成長によって,人びとは権 利意識を伸長させ,政治参加(民主化),福祉 への要求を高めていった
[
高原2009:
118]
。 それらをうけて,1973年のいわゆる「福祉元 年」において,老人医療の無料化,健康保険 の給付水準の引き上げ,「五万円年金」の実現 による年金の給付水準の引き揚げ,年金の「物 価・賃金スライド」などが導入される[
富永 2001:
186]
。つまり給付水準の大幅な引上げが 行われた(8)。2-3 企業中心社会の形成
―家族と社会の市場への従属―
しかしながら,この直後に起こった第一次石
油危機のなかで,「福祉元年」において導入さ れた給付を軸にした制度の維持はきわめて困難 なものとなる。これ以降,給付を軸とした生活 保障は縮小の一途をたどり,企業による福利厚 生をもって「福祉」とする社会構想の影響力が 増していく
[
高原2009:
119]
。そもそも,「福祉元年」による諸制度の整備 は,国家の担う給付による社会保障(労災保 険・雇用保険・健康保険・年金など)と,それ 以外の福利厚生(社宅・退職金・企業年金な ど)とが峻別されることを意味した。また双方 において,企業負担と個人負担の割合は半々 だったが,これ以降,企業負担が増加していき,
福利厚生の担い手として,企業が台頭していく きっかけともなっていた
[
橘木2005:
35]
。 またその一方で,高度経済成長に端を発する 労働市場の強化は,核家族化と専業主婦の拡大 も推し進めた。労働力の移動により,人びと が農村共同体や地域共同体から切り離された ことによって,労働市場の外部の相互扶助的 な関係を家族が請け負うことになった[
小沢 2002:
5-
6]
。それはつまり,長期雇用慣行・年功序列型賃 金・企業別労組といった「日本型経営」の企業 によって安定した雇用・収入を保障された正社 員の夫が専業主婦と子供のいる核家族を養う収 入を家に持ち帰り,専業主婦が日々の家事労 働,子供の教育,老人介護などの再生産領域の 仕事を一手に引き受ける家族形態が強固なもの となり,家族は市場に従属していくことを意味 していた
[
高原2009:
133]
。さらには,本来な らば共同体や社会によって担われる活動が,市 場に従属した家族に吸収されることによって,社会も市場に従属していったといえよう。
こうして,日本型経営によって雇用と収入と 手厚い企業福祉が保障され,専業主婦を中心と する家族形態による福祉機能の発揮によって,
給付を軸とする社会保障制度の低水準を補完す る日本型福祉国家の体制ができあがった(9)
[
小 沢2002:
19]
。いわば日本型福祉国家は,労働市 場,すなわち企業を中心に編成された社会であ るといえよう。それは,労働力の商品化のさら なる促進および企業福利厚生の両輪による生活 保障と,企業共同体への帰属による承認の保障 の機能を強化していく社会だった。では,このような企業中心社会の形成の背景 には一体なにがあったのか。
「福祉元年」の頓挫以降,給付を軸とする社 会保障支出は縮小する一方で,公共事業支出は 拡大を続けた。そして,そのかなりの部分が雇 用拡大の目的に転用されていった。また,流通 業,製造業などの分野での中小零細企業の保護 政策が進められたことや,いわゆる「護送船団 方式」とよばれる金融政策による業界保護政 策が行なわれていた
[
武川2007:
130-
131][
宮本 2008:
78,
89-
90]
。つまり,企業中心社会の形成 の背後には,強い経済的規制を通じた国家によ る市場への介入と保護があった。すでに論じたように,「大転換」の一つの帰 結である福祉国家とは,そもそも労働力という 商品の市場からの引き揚げ,つまり脱商品化に よって社会秩序を守るものであった。しかし,
逆方向の生活保障を行なう日本型福祉国家の背 後においては,国家が市場に介入し,保護する ことを通じて,労働力の商品化の促進と労働市 場の強化が行われていた。つまり国家が主導と なって労働市場を支えていた。そしてそのよう な国家による庇護のもと,企業共同体が雇用と
収入を安定的に保障し,さらにはその共同体の メンバーシップとしての承認を行ない,家族や 社会のあり方も市場に従属するといった企業中 心社会が形成されていった。
第三章 ステイクホルダー社会にむけて 3−1 擬制的な資本主義の限界
逆方向の生活保障を行っていた企業中心社会 たる日本型福祉国家にも限界が生じる。という のも1980年代半ば以降,それを支えていた基盤 が徐々に切り崩されていったからだ。
グローバリゼーションが進行していくさな かにおいて,国家は従来のような強力な経済 的規制を維持することは困難となる。国家に よる成長産業の保護政策は国際的な批判を呼び 起こし,低成長部門の保護もまた自由貿易の障 害として,その見直しを国外から求められるよ うになった
[
武川2007:
134]
。具体的には,1980 年代に端を発した日米貿易摩擦において,国家 によって敷かれていた強い経済的規制の緩和が 国際的に求められたことがあげられる。そして 1989年の日米構造協議以降,従来まで国家に よってなされていた市場への経済的規制が緩和 されていく。つまり国家は経済規制を通じた市場の保護か ら撤退し,自己調整的市場が前景化する。それ に伴い,労働市場の方も変容を迫られる。保 護された低成長部門が余剰労働を吸収すると いった従来の形での雇用創出は困難となり
[
武 川2007:
134]
,国家による規制と保護から解き 放たれた自己調整的市場は,企業を苛烈なる国 外との価格競争へと向かわせ,人件費をはじめ とするコスト削減を至上命題とするようになっ たからだ。そして,自己調整的市場の前景化への対応と して提起されたのが1995年の日経連の「新時代 の日本的経営」と,それをうけた労働者派遣法 の規制緩和だった。
それらは,いずれも解雇規制による保護の緩 和,賃金以外に福利厚生費等のコストのかかる 正規社員の縮小と,低コストな非正規社員の拡 大を目論む市場側の意向に沿ったものであっ た。その結果,全雇用者数に占める非正規雇用 者が30
%
を超えることとなる(10)。このような労働市場の流動化は,ジョック・
ヤングのいう「排除型社会
(exclusive society)
」 を生み出す。ヤングによると,後期近代にお い て, 福 祉 国 家 に 象 徴 さ れ る「包 摂 型 社 会(inclusive society)
」から「排除型社会」へと移行する。「戦後の黄金期」,すなわち日本におけ る高度経済成長期から1980年代は,労働と家族 という二つの社会領域がうまく支えあっていた 時代であった
[Young
1999=
2007:
21]
。つまり企 業共同体と,それに従属した家族の領域に人び とは包摂されていた。しかし労働市場の流動化によって「排除型社 会」が到来し,生活の安定もさることながら,
承認の場も切り崩されていく。商品としての自 己の労働力を卓越化することに成功すること で,労働市場に残ることのできた人びとは,労 働市場から排除された人びとを「自己責任」と して道徳的に切り捨てる。またその一方で,労 働市場から排除された弱者たる人びとは,労働 市場にいる強者たちの既得権益を非難する。つ まり,他者にたいして排他的かつ排除的なやり 方で自己のアイデンティティを作り上げるよう になる(11)
[Young
2007=
2008:
18-
21]
。ホネットは適切な相互承認や社会的承認は,
アイデンティティの形成に必要不可欠な条件で あるといった
[Honneth
1992=
2003:
231-
232]
。し かし「排除型社会」においては,承認の場は崩 され,もはや相互に排除しあうメカニズムしか ない。つまり労働市場の流動化によって,承認 の場の底が抜けてしまった(12)。さて,これまで企業中心社会であった日本型 福祉国家の限界について考察してきた。国家の 経済的規制の撤退による自己調整的市場の前景 化によって,労働市場は流動化し,人びとの生 活の安定と承認の場が切り崩された。
労働力の商品化を軸にした生活保障と承認の 保障の流動化は,本来商品ではない労働を商品 とする擬制的な資本主義の限界を示す。では,
労働の擬制的な商品化の背後にいる人間はどう なるのか。生活も承認も流動化することで,人 間の生のあり方についての倫理的限界が前景化 する。そして,そのような倫理的限界がバック ラッシュを引き起こし「第二の大転換」が起こ ろうとしている
[
山下2008:
70]
。3-2 ベーシックインカムと「人間の経済」
このような擬制的な資本主義の限界のなかで 浮上してきているのが,ベーシックインカムを めぐる議論だ(13)。
ベーシックインカムとは,全国民に無条件で 一定の金額を個人単位で給付する構想だ。無条 件であるから,就労の有無や結婚の有無は問わ ないし,資力調査も行なうこともない。ベー シック・ニーズを充足するに足る所得を無条件 で支給しようという最低所得保障の構想だ
[
小 沢2002:
104]
。このベーシックインカムは,所得と労働との 関係を部分的に切り離す。本来であれば,所得
は労働することによって賃金を得られるか,あ るいは労働していないことを理由とした社会保 障給付を得られるかのどちらかである。いずれ の場合にせよ,所得は労働に従属することに よってしか得ることができない。しかし,ベー シックインカムの無条件性は,所得と労働との 関係を部分的に切り離す。つまり,人びとを労 働市場から引き離す脱商品化の機能をその本質 に据えているといえよう。
しかしながら,無条件に所得を保障すること によって,懸念されるのはやはりモラルハザー ドだ。すでに1−2で論じたように,「転換」
を引き起こしたスピーナムランド制度は,貧困 層の所得を無条件に保障する制度であった。無 条件の所得保障は,一方では雇用主の最低賃金 への関心を失わせ,低賃金化が合理化された。
またその一方では労働者の労働へのインセン ティブを奪い,制度への依存を深めた。その結 果,社会に真空状態を引き起こしたのだった。
すでに確認したように,「転換」は市場と社 会の関係性の変容過程を意味した。スピーナム ランド制度のような一方的なパターナリズム は,市場と社会の相互関係の網の目を引きちぎ り,社会に真空状態を生じさせ,「転換」を引 き起こした。
ベーシックインカムは,労働市場の流動化に よって引き起こされた格差や貧困への処方箋と してしばしば語られる(14)。たしかに一定の額 の金額を無条件に支給することで,生存権の確 保ができ,貧困問題の解消につながるというこ ともありうる。しかし,スピーナムランド制度 の失敗からもわかるように,ベーシックインカ ムは,部分的な処方箋としてではなく,市場と 社会の関係の適正な均衡化のために導入しない
と,再び同じ轍を踏むことになる。一方で,賃 金のさらなる切り下げのツールに利用されてし まい,他方では労働へのインセンティブが削が れ,制度に依存するモラルハザードが生じると いった具合に(15)。
では,市場と社会の適正な均衡関係とはいか なるものか。以下,ポランニーの「人間の経済」
についての議論を中心に考察していく。
ポランニーは,人間の動機には本来,経済的 な動機というものはないといっている。さら に,人が宗教的,美的,あるいは性的な経験を するのと同様の意味での,独自な経済的経験な どはないという
[Polanyi
1947=
2003:
55]
。 1−1で論じたように,労働はもともと商品 ではない。それは生活それ自体にともなう人間 の活動の別名にすぎないものだ。企業中心社会 たる日本型福祉国家においては,人間の活動の 別名にすぎない労働が擬制的に商品化されるこ とで雇用と収入を通じて生活が保障され,承認 が保障され,労働が人間の活動のすべてである かのように扱われた。このような人間観は,経 済的な動機にもとづいて人間を代替可能な存在 として捉えることを,その本質としている[
田 村正2006:
62]
。人間は本来,代替不可能な総合 的な存在であるはずが,代替可能な労働力とい う商品に矮小化されているのが,近代以降の人 間観だ。そして,情報社会の進展は仕事のマ ニュアル化を推進し,労働市場の流動化は労働 力のジャストインタイム化を進め,人間の代替 可能性を上昇させる。そして,人びとも経済的 な動機にもとづいて自らを商品化し,生活保障 と承認を獲得していくことになる。ポランニーは,アリストテレスを引きなが ら,人間は経済的な存在ではなく,社会的な存
在であるといっている。人間はそもそも,「社 会的承認」の獲得を最大の動機としてもってお り,経済的な動機はそれに付随するものにすぎ ないという。つまり,人間の経済は,社会的関 係のなかに埋没しているものである。
[Polanyi
1947=
2003:
57]
。このように,市場すなわち経済と社会の適正 な均衡関係は,社会に埋め込まれた「人間の経 済」を擁護することによって保たれるといえ る。
では,ベーシックインカムによる市場と社会 の適切な均衡化をつうじた「人間の経済」の擁 護とは,どのようなものか。
3-3 ベーシックインカムとステイクホダー 社会
―労働時間からの自由と時間の保障―
ベーシックインカムは,所得と労働を部分的 に切り離す。そのことによって,労働の持つ社 会的価値を相対的に低減させる作用をもたら す。さらに,労働と所得の部分的な分離よっ て,労働以外の諸活動が活性化することが期待 される
[
田村哲2008:
89]
。つまり,人びとに経 済的動機以外の動機の供給が期待できるという ことだ。アッカーマンとアルストットは,ベーシッ クインカムに類似した所得と労働の分離を行 なうステイクホルダーグラントという制度を 提起している。それは,21歳になるすべての新 成人に一律80
,
000ドルの「ステーク」という資 本を給付するものだ。労働から切り離された 所得の給付によって,各個人を社会に対して のステイクホルダー(利害関係者)と成し,ス テイクホルダー社会の構築を目指すものだ(16)[Ackerman&Alstott
1999]
。では,ベーシックインカムによってステイク ホルダー社会の構築は可能か。それは,ベー シックインカムとワークシェアリングを組み合 わせた,「労働時間からの自由」によって実現 される
[
田村哲2008:
102]
。以下,ベーシックインカムとワークシェアリ ングによるステイクホルダー社会の形成ついて 考察していく。
ワークシェアリングとは,「雇用を確保する ために,一つの仕事を多数で分け合うという考 え方と政策」のことをいう。それは,従業員ひ とりあたりの労働時間を減少させ,多くの労働 者の間で一定の雇用量を分かち合い,失業を解 消し,雇用を維持することを目的としている。
しかしその到達点は,労働時間を減らすことに よって,ゆとりのある生活を通じた多様な働き 方や生き方を志向するものだ。
たとえば,オランダのワークシェアリング は,週約36〜38時間で週休二日の「フルタイ ム労働」,週約30〜35時間労働で週休三日の
「大パートタイム労働」,週約20時間の「ハー フタイム労働」,臨時就労の「フレキシブル労 働」の四つの働き方が導入されている(17)
[
田中 2005:
3][
長坂2000:
30-
48]
。そして,このような労働時間の短縮による所 得の減少を補填する役割として,ベーシックイ ンカムがその機能を発揮する。働き手は,所得 の減少の懸念から解放され,企業側も総額人件 費を一定に抑えながらも雇用を維持できるた め,双方にとってもメリットがある。
このように,ベーシックインカムとワーク シェアリングによって,人びとは,労働時間か ら解放され,自由に使える時間が保障される。
ところで,ベンジャミン・バーバーは,「時 間が手中にある者は潜在的に私たちのもっとも 有望な市民である」といい,労働時間以外の時 間が社会的に有用な活動をする意義を強調して いる
[Barber
1998=
2007:
209-
210]
。つまり,経済的動機にもとづく時間である労 働時間からの解放が行なわれることによって,
人間の本来の動機である,社会的承認に向けた 動機の確保が保障されるようになる。そして時 間の保障によって,人びとは労働者から社会 に対するステークホルダー(利害関係者)へと 変化し,社会も企業中心社会からステークホル ダー社会へと移行する。
ステークホルダー社会とは,イギリスのブレ ア政権において提起された「利害関係者
(stake-
holder)
」がみな参加して,自分たちの利害を他人任せにしない」ことを目指す社会だ(18)
[
田村 正2007:
359]
。複数のステークホルダーによって,経済的動 機にもとづく活動のみならず,複数の社会的動 機にもとづく活動が行なわれるのがステークホ ルダー社会だ。
たとえば,ステークホルダー社会の一つのあ り方の萌芽として,近年注目されている「プロ ボノ」(19)という活動があげられよう。これは,
企業に勤務する会社員がボランティアとして,
NPO
法人の支援を行なうものだ。企業で培っ たスキルや専門知識やノウハウを,社会的な活 動に活かすことによって,社会を活性化させる ものだ。企業側にとっても,従業員が社会的活 動で得たスキルをフィードバックすることがで き,人材育成という側面でもメリットが高い。すでに
CSR
活動の一環として導入を検討して いる企業もある(20)。このような活動も,ベーシックインカムと ワークシェアリングの導入によって,さらに活 性化することが期待できよう。
ベーシックインカムとワークシェアリング は,経済的動機以外の活動の時間を保障するこ とで,ステークホルダー社会を推進させる。そ してそれをつうじて,「人間の経済」が守られ る。ステークホルダー社会とは,「人間の経済」
を中心とした社会であり,市場と社会の均衡,
すなわち経済の社会への再埋め込みが実現する 社会であるといえる。
結びにかえて
―私たちを呼んでいる―
これまでの考察をとおして,現代社会の定位 は擬制的な資本主義の限界にあることが確認で きた。そして,現代社会がステークホルダー社 会へと方位を切る道筋を呈示してきた。その道 筋は,ベーシックインカムとワークシェアリン グによって方向づけられる。
ベーシックインカムとワークシェアリング によって,経済の社会への再埋め込みが実現 され,人びとは労働者から社会の利害関係者
(stakeholder)
へと変容し,社会はステークホルダー社会へと移行していく。擬制的な資本主義 の社会の資源は,擬制商品化された労働力で あったが,ステイクホルダー社会における資源 は,経済的な動機にもとづかない時間であると いえよう
[Barber
1998=
2007:
179]
。労働時間から自由になった人びとは,社会的 な活動へと向かう。そして人びとは,承認を労 働の場のみならず社会的な活動の場においても 獲得していくようになる。いわば社会的承認の 場の多様化がなされ,そこにおいて「人間の経
済」が擁護される。
20世紀前半において起こった「大転換」では,
国家の論理が呼びだされたのであった。では,
「第二の大転換」ともいえる,現代社会の定位 においては,一体なにが呼びだされるのか。そ れは他ならぬ,社会の利害関係者
(stakeholder)
である私たちだ。〔投稿受理日2010.11.20/掲載決定日2011.1.27〕
注
⑴ ポランニーは,「市場の社会からの離床」は,交 換手段としての貨幣の広範な使用に端を発して いるという[Polanyi 1957b=2003:266]。またアンソ ニー・ギデンズは,社会制度の脱埋め込みの契機 の重要な要素として貨幣に着目している[Giddens 1990=1993:37]。
⑵ [Polanyi 1957a=1975]においては,市場の本源的 要素は,労働・土地・貨幣の三つのファクターで あるとしている。しかし,[Polanyi 1977=2005]では,
労働と土地の二つを挙げている。本稿では,論の 展開上,後者を採用することにする。
⑶ 脱商品化とは何かについては,2−1で論じる。
ここでは,「商品化を回避する行為」として捉える。
⑷ ポランニーは,スピーナムランド制度について は否定的な診断を下している。しかし,この制度 を肯定的に評価している論者もいる。たとえば,
[山森2009]は,スピーナムランド制度に後述する ベーシックインカムの萌芽を見出している。この 制度の賛否をめぐる言説については,[矢野2007] を参照。
⑸ ホネットによると,承認は既存の承認秩序を批 判し,その承認原理の内容に関する解釈の不十分 さを摘発し,承認の拡張が要求されていくとい う。正当とされる承認原理が適切に適用されてい ないと,それに対する「承認をめぐる闘争」が絶 えず繰り返されることになる[Honneth 2003][水上 2005:82-84]。ゆえに,「大転換」後の福祉国家によ る社会秩序の防衛は,このような「承認をめぐる 闘争」の沈静化をも意味していた。そして労働力 の脱商品化を通じて,社会的承認を保障すること による社会的統合を行っていたといえよう。
⑹ 性や年齢など属性を理由とした雇用差別が日本 では長らく放置されてきた。1986年に男女雇用機 会均等法が制定されたものの,募集・採用,配置・
昇進についての男女差別が禁止されるのは1997年 の法改正のときであった[武川2007:131-132]。
⑺ その結果,社会保障支出は大幅に抑えられた。
1970年時点においては,公共事業の大きさを示 す「一般政府公的資本形成」のGDPの比率をみる と,日本はOECD諸国のなかできわめて最高水準 にあるのにたいして,「一般政府社会保障移転」の GDP比率においては,最低水準にとどまっている [武川2007:128]。
⑻ 1973年 の 社 会 保 障 給 付 費 総 額 の 対 前 年 比 は 25.6%の増加率を示し,さらに1974年と75年にはそ れぞれ44.2%および30.4%の上昇率を示すこととな る[富永 2001:188]。
⑼ 性別の役割分担のもとで「あなた働くひと,私,
家事,育児や介護をする人」といった形態の家族 によって,福祉機能の代替とする社会を「日本型 福祉社会」という。本稿では,年功序列型賃金・
終身雇用・企業別労働組合といった日本型経営と
「日本型福祉社会」の両輪を「日本型福祉国家」ま たは企業中心社会と呼ぶことにする[小沢 2002:16- 21]。
⑽ 総務省『労働力調査』平成15〜21年を参照。
⑾ 際限のない商品化や市場の失敗の放置は,市民 社会の形成を阻害し,また市民間の相互承認を妨 げる。そしてさらには市民としての社会的承認を も妨げる [武川2007:51]。
⑿ また,労働市場の流動化は,給付による社会保 障の空洞化をも意味した。その結果,保険料収入 の減少をカバーするために保険料負担の増額が行 われたため,本来であれば生活を保障するはずの 制度であったものが,負担額の増加によって,生 活を圧迫するという逆機能が生じる事態に陥って いる[大沢2007:185-188]。
⒀ 近年のベーシックインカムについての議論は,
[立岩・齊藤2010:285- 325]を参照。また,その実 現可能性について財源についての議論も多々なさ れているが,財源のシミュレーションについては [小沢2002]に詳しい。本稿ではベーシックインカ ムの財源を含めた実現可能性の政策的な議論はせ ず,それを導入することでどのような社会構想が 可能かについての考察にとどめる。
⒁ [飯田・雨宮2009][山森・橘木2009]など参照。
後述するように,ベーシックインカムは,格差や 貧困のみをターゲットにした処方箋ではなく,市 場と社会の均衡をはかるためのツールとして検討 するべきだ。
⒂ アンドレ・ゴルツによると,スピーナムランド 制度のような所得保障は,制度的慈善つまりパ ターナリズムから生まれたものであるという。そ してパターナリズムによる最低保障はアウトロー 化と社会的排除の賃金として機能するという[Gorz 1988:=1997:343]。またゴルツは,失業者など困窮 した人びとの生活を国家が所得保障するだけでは 不充分であり,「ベーシックインカムは不規則な 臨時雇用の増大を助け,安価な労働力を望み働く 人々に何らかの責任を感じ用としない雇い主を助 成する手段となってしまうだろう」といっている [Gorz 1992:182]。
⒃ ベーシックインカムとステークホルダーグラン トの違いについては稿を改めて詳細に論じる必要 がある。
⒄ また,オランダではパートタイムでも基本的に は常勤(パーマネント)雇用契約であり,さらに は「同一価値労働同一賃金」が実現されているた め,正社員との賃金格差がない[長坂2000:44][田 村正2005:23-24]。
⒅ ステークホルダー社会は,労使協議会を実行し,
双方の意思疎通を図り,従業員の大多数が企業の 方針を理解する,かつての日本企業を見習う動き からでてきた[田村正2007:359]。本稿では,日本 の企業中心社会の負の側面を中心に考察してきた が,日本企業にもこのようなプラスの側面も内在 していた。
⒆ プロボノはラテン語のpro bono publico(公共善 のために)が語源で,初めは米国で弁護士が始め,
ビジネスマンに広がっていった。従来のボラン ティアと違うのは,本業で培った高度なスキルを 生かして貢献する点だ(「日本経済新聞」2010年8 月10日夕刊参照)。
⒇ 「朝日新聞」2010年7月26日朝刊,「日本経済新聞」
2010年8月10日夕刊参照。
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