• 検索結果がありません。

論文概要書 遺言執行者の研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "論文概要書 遺言執行者の研究"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

論 文 概 要 書

遺 言 執 行 者 の 研 究

(遺言執行者の職務権限に関する実務と法理の接点をめぐる問題を中心に)

竹 下 史 郎 1 はじめに

この「遺言執行者の研究」は、遺言執行者の職務権限に関する研究である。遺言執行者 の職務権限の有無が争われる場合には遺言執行者が訴訟当事者として登場する場合が少な くない。その場合、遺言執行者の職務権限の有無は当事者適格の有無として争われること となるので、遺言執行者の職務権限の問題には遺言執行者の当事者適格の問題が不可避的 に関係してくる。そこでこの研究には、遺言執行者の当事者適格の問題を含めた。遺言の 執行には、財産上の遺言執行と身分上の遺言執行があるが、この研究では財産上の遺言執 行のみを対象とした。

遺言の執行とは、遺言の内容を実現することであると一般にいわれている。遺言の内容 を実現するとは具体的にどのようなことかについて、明確には捉えられてこなかったよう に思われる。立法者は、遺言執行者に原則としてすべての遺産について管理権限を与え、

相続人から管理・処分権を奪うものと考えていたが、判例・学説の流れはこれを狭く解し、

目的財産が不特定の場合には特定することが必要であり、存在しない場合には調達するこ とが必要になるが、抽象的・観念的にせよ権利の移転が実現すれば遺言は実現したとみて、

遺言の発効により権利の帰属が具体的に決まる場合には特段遺言執行することはない、し かし、遺言の目的が不動産の場合には、対抗要件である登記を整える事務が登記実務で遺 言執行者に用意されていることから、このような事務が遺言執行になるとされてきた。

遺言執行者の実態をみると、昨今遺産分割をめぐる紛争が多発しその紛争が長期化する ようになって、その解決を遺言に求めようとする考え方が社会的に共有されるようになり、

そしてこれを受けて遺言が行われるようになって、遺言書を作成する際には、その遺言の 実現を現実的に担保するものとして遺言執行者を設けることが勧奨されるようになった。

このようなニーズに応えるものとして登場した遺言執行者としては、遺言者が遺言で自己 の財産を受益者(受遺者または受益の相続人)に移転させることを意図した内容にしたが って、それらの者に安定的に帰属させることが必要であり、したがって遺言執行者の職務 として遺産の引渡し、遺産の権利確定や権利承継に伴う事務手続きを行うほか、遺言の執

(2)

行が妨害された場合には受益者への権利の回復を図ることがその中心的な職務となる。ま たときには遺産の帰属・分割をめぐり相続人間に紛争がある場合にはその調整が遺言執行 者に求められる場合もある。

このような遺言執行者の実態に対し、判例・学説は基本的には遺言執行を遺言の内容であ る実体権を実現するものと捉えるので、両者の間に大きな隔たり(ギャップ)がある。昨 今の遺言では「相続させる」旨の文言が多く用いられるようになったが、このような「相 続させる」旨の遺言の性質と権利の帰属時期について、最判平3年4月19日民集45巻4 号447頁が、この遺言の性質を遺産分割方法の指定とし、権利の帰属時期については原則 として遺言の発効時とした。この判決を受けて、登記実務が「相続させる」旨の遺言では 遺言執行者の登記申請権限を認めないとしたことから、そのギャップの存在が明確になっ た。

最判平3年4月19日の判決が出された後、それを踏まえて「相続させる」旨の遺言に おける遺言執行者の職務権限に言及した判決がいくつか最高裁から出された。それらによ れば一時は遺言執行者の職務権限を極端に狭く解する、ないしは否定する方向に傾きかけ たかに見えたが、最判平11年12月16日民集53巻9号1989頁は、一転して遺言執行者 の職務権限を広く捉えるような態度を示した。とはいえ、最高裁が遺言執行者の職務権限 を広く捉えるような方向性を明確に示したとは必ずしもいいがたく、また最高裁が遺言執 行者像をどのように描いているのかが必ずしも明らかになったわけではない。

そこで、この研究では遺言がなされる動機や目的から遺言者が遺言執行者に期待するも のを探り、そして遺言執行者の活動の現状から、遺言執行者に求められている期待や機能

(社会的機能も含めて)を分析して、遺言執行者のあり方について将来の方向性(新たな 遺言執行者像)を示すとともに、立法過程に遡ってそこで行われた議論とその後の判例の 展開を押さえたうえで、遺言執行者が遺贈であれ、「相続させる」旨の遺言であれ、遺言執 行者に期待される役割を果たさせるためには、その法的処理はどのようになされなければ ならないかを明らかにすることとした。

なお、登録免許税との関係について一言触れておきたい。「相続させる」旨の文言が用い られるようになった契機は、登録免許税の節税対策とされているが、登録免許税法が先般 改定され、その限りでは「相続」と相続人に対する「遺贈」の差異がなくなった(同法別 表第1・平15 年4月1日施行)。しかし、「相続させる」旨の文言による遺言はすでに多 く存在しているわけだし、また将来的にみても、そのような文言はすでに定着をみており、

(3)

また両者の法的性質は異なりその効果には差異があるので、そのような文言が行われなく なることはないであろう(公証人連合会は公正証書遺言を作成する際に、文言を「遺贈」

に統一することについては消極的であるとされている〔公証140号210頁〕)。したがって、

「相続させる」旨の遺言における遺言執行者の職務権限に関する学問的研究の意義が失わ れたことになるわけではないと考える。

2 各章の概要

(1)第1章 遺言・遺言執行者の現状と問題点

この研究は、遺言執行者が現状何を期待されているかを明かにし、今後の在り方を展望 するものである。そこでまずこの第1章では、遺言の現状と遺言執行者の活動の実態を把 握し、そのなかで遺言執行者がどのようなことを遺言者から期待され、どのように社会的 な機能を果たしているかを把握し、あわせてその問題点を探る。

近年、遺言件数の増加がみられるが、その目的ないし動機とするところは、相続資産価 格の上昇と相続人の権利意識の高まりにより、遺産分割をめぐり相続人間で紛争が発生し、

それが長期化する事態が発生していることから、被相続人がそのような事態の発生を回避 したいとしていることが挙げられる。共同相続人の間には様々な長い歴史があり、それを 反映して顕在的・潜在的に感情的・利害的対立がある。したがって、それらが遺産分割協議 に持ち込まれれば、それが深刻なものとなるのは予想のできるところである。ただ、遺言 により遺産の帰属を決めさえすれば被相続人の役割は終わるというものではないであろう。

被相続人としては当然そこに存在する感情的・利害的対立を踏まえた調整的な遺言を行わ なければならないとするであろう。それらの中には、非嫡出子への配慮、相続人が配偶者 と兄弟姉妹のみの場合における配偶者への配慮などが含まれる。そういう対立がある中で 遺言執行が行われなければならないことになると、それはかなり厳しい職務となる。した がって、それを相続人に行わせることはかなり酷なことであることから、遺言執行者へと 期待がかかることになる。

遺言執行者は弁護士や信託銀行だけによって担われているわけではないが、幸いなこと に、弁護士や信託銀行は業務として行っているので遺言執行者の実務の実態が把握しやす い。ことに、信託銀行では、遺言の執行を「遺言信託」として商品化しており、その内容 は個々の遺言の内容により異なるものの、その大枠はマニュアル化されているので把握し

(4)

やすい。それによれば、理想型とするところは、遺言は割付型の遺言であり、生前に遺言 者は遺言執行者(予定者)と十分に相談を重ねるので、遺言執行の内容を描くことができ る。遺言が発効すると遺言執行者は相続関係者への遺言の開示、遺産の把握およびその管 理、個々の遺産を遺言に即して個々の受益者に帰属させる手続、ないしは帰属したことに 伴う登記手続や名義変更手続などを行うこととなる。このような一連の手続は手続自体と しても不慣れの者には面倒なものであり、被相続人としてはそのような事務を受益者にさ せたくはないとする思いもあり、そこでそのような事務を、遺言執行者に託したいとする 期待となる。

このように手馴れた遺言執行者にそのような事務を託すれば、相続に伴う権利の移転事 務が円滑に行われ(円滑性)、移転に伴い生じた新しい権利関係を早期に安定させること(迅 速性)に貢献することができるので、遺言執行者の果たす社会的な機能も決して小さくは ないということができるであろう。

(2)第2章 遺言執行者の立法経緯と民法施行後の判例の展開 ア.はじめに

遺言執行者に対する期待や機能については第1章でみたが、そのような遺言執行者への 期待や遺言執行者の活動に対し、法がどのような枠組みを用意して対応してきたかについ てこの第2章でみる。本章ではまず立法当初に遡り、法的遺言執行者がどのように捉えら れていたかをみることとした。すなわち明治民法が比較法的にどのような位置づけを占め ているかを頭に置きながら立法過程を跡付け、立法者の描いた法的遺言執行者像がどのよ うなものであったかを探ってみることとした。そして次に、それが判例・学説でどのように 展開し、補充されてきたかをみることとした。

イ.遺言執行者の立法経過とその比較法的位置づけ(第2節)

明治民法は旧民法が保守派の反対にあって施行が延期された後、新たに設置された法典 調査会によって起草が進められたが、起草に際し常に旧民法を起草の出発点としているの で、明治民法の立法経過は旧民法まで遡らなければならない。旧民法は現行民法の親族編・

相続編に相当する部分については、わが国の風俗・習慣を斟酌する必要があるとして、ボア ソナードはタッチせず進歩的思想を持った仏法学者によって起草された。そこでは当初、

一方で家督相続等わが国の従来の慣習を取り入れながら、他方、戸主の名称は存在してい るものの、その地位はなんら権利・義務を伴うものではないというような進歩的な内容であ

(5)

った。これが保守派の反発を受けて後退していくこととなる。相続原理として仏法の当然 承継主義をとりつつも、遺贈の効力については仏法の原理を必ずしもそのまま導入したも のではなく独自色を出していた。遺言執行者の規定では当初詳細な規定を設けていたが、

なぜか最終的には削除されて2か条となった(この削除について、後に明治民法の起草者 は残念であったと述べている)。

明治民法の起草において、起草者は旧民法を土台とし、先進諸外国の法典が参照された が、遺言執行者の規定については先進諸国の規定にとらわれず、独仏の中間的存在である 独自の性格のものを創りあげた。起草者が遺言執行者像を描ききれていたかについては疑 問のあるところであるが、起草者は、理想型としては遺言者が全財産を遺言の対象として いることを想定し、遺言執行を相続人に委ねることはむしろ危険であり、遺言執行者に委 ねるのが適当と考えていた。したがって遺言執行者の遺産の管理・処分権の範囲については、

それを広く考えていたことが窺える(もちろん、遺言の対象が遺産の一部の限られる場合 には、その権限の範囲は限定される)。

ウ.遺言執行者の判例の展開(第3節)

起草者たちが描いていた遺言執行者の職務権限および地位については、民法の現行規定 1012 条 1 項「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をす る権利義務を有する。」、同 1013 条「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の 処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」および同1015条「遺言 執行者は、これを相続人の代理人とみなす。」の規定に集約されているが、これらの規定は 簡潔で必ずしも具体的な遺言執行者像がイメージすることができない。その形成について は後の判例・学説に委ねられることになる。

そこで遺言執行者の職務権限および当事者適格に関する大審院・最高裁の判例を網羅的 に洗い出し、どのような事案の下で、どのような当事者の間で争われ、どのような判断が 下されたかについてその流れを跡付けた。その上で、争われた事案を類型別に整理し、そ れらの判断を分析して法理の抽出を試みた。遺言執行者の職務権限の法理は昭和 40 年

(1965)頃までに、おおむねその基本的な枠組みが出来上がったとみることができる。そ の骨格を簡潔に要約すると、①遺言執行者は遺言の執行に必要な一切の権利を行使するも のである。この法理は条文の通りではあるが、これが民法施行直後の早期に確認され(大 判明36年2月25日民録9輯190頁)、その後定着した。そしてそこでの「一切の権利」

の文言が強く受け止められたことから、遺言執行者の権限を広く解する底流となる。②条

(6)

文は遺言執行者が存在する場合には、相続人は遺言執行を妨げる行為はできないとするが、

判例はこの相続人による遺産の処分行為を「絶対無効」であるとする(大判昭5年6月16 日民集9巻550 頁)。この法理は、遺言執行者の権限が強大であることを印象付けた。こ のような判例法理には底流としては立法者以来の遺言執行者の広範な権限を認める思想が 流れていたといえるが、個々の実際の事案では、遺産の全部を遺言の対象とする事案が少 なかったことが原因したのか、遺言執行者の遺産管理は当然には全遺産に及ぶとは観念さ れなかったことがあり、また清算のみを目的とする遺言執行が認められなかったこともあ り(大判大6年7月5日民録23輯1276頁)、遺言執行者の権限を限定的に解するように 流れたとも見られる。とはいえ、③遺言者が遺言執行者に対し単に清算を指示したに過ぎ ない場合には,遺言執行者には清算を行う権限はないとしたものの、遺贈を前提として清算 を指示した場合には、清算を行う権限を有するとして(大判昭5年6月16日民集9巻550 頁)、包括的な遺産管理に近づけたものもあり、遺言執行者像がどのように捉えられていた かについては必ずしも明確ではない。

1970年代後半あたりから遺言が増加し、その遺言で「相続させる」旨の文言が多く使わ れるようになって(それ以前は、「特定の財産を特定の相続人に与える」趣旨の遺言につい て、すべてが「遺贈する」の表現を使っていたわけでは必ずしもなかったが、それらは当 然に遺贈として取り扱われてきた)、そのような遺言において遺言執行者は関与しうるのか、

遺言執行者の権限は、遺贈について確立された法理が適用されうるのか否かが問題となっ た。この問題の解決には、「相続させる」旨の遺言の性質と権利の帰属時期をどのように理 解するかが前提となるが、この問題については、「はじめに」で触れたように、最判平 3 年4月19日民集45巻4号477頁が遺言の性質は遺産分割方法の指定であり,権利の帰属 は原則として遺言の発効時であるとして一応の決着をつけた。この判例では遺言執行者の 職務権限については触れていないので、遺言執行者の職務権限をどのように考えるかにつ いては問題が残った。

その後の最高裁判例の流れをみると、一時は遺言執行者の職務権限を極端に狭く解する、

ないしは否定する方向に傾いたかにみえたが、それらとその評価については後の第4章で 述べる。

(3)第3章 遺言執行者の職務権限に関する法的研究 ア.はじめに

(7)

第1章および第2章では、遺言者の遺言執行者に対する期待が強く、遺言執行者が果た す社会的な役割が大きいのに対し、それを法的にみると、立法者は遺言執行者の職務権限 を広く捉えていたようにみられたものの、その後の判例の流れは、その職務権限を限定的 に捉え、立法者の意思とは懸け離れたと思われるような展開であったことをみてきた。そ こで本章では、遺言執行者の機能を重要視する観点に立ち、遺言執行者の活動の実態に即 して、さまざまな角度からそのギャップを指摘し、それを埋める法的な解釈論を展開する こととした。

イ.遺言執行者の管理者としての地位(第2節)

わが国は遺産の承継方式として当然承継主義をとっているが、相続開始から遺産分割ま での間における遺産の共同相続人への帰属および共同相続人による遺産管理の規定が不備 であることが指摘されている。すなわち、わが国の民法では、相続人が単純承認した場合、

あるいは単純承認したとみなされる場合に、相続人が複数存在するときには、複数の相続 人により遺産管理が行われることになるが、それについての一般的な規定がなく、遺産管 理のうえでさまざまな面倒な問題が生じている。これを解決する方法として、管理人を設 ける方法が考えられるが、これについても民法は一般的な規定を用意していない。

遺言執行者は相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有 するから(民1012 ①)、遺言があって遺言執行者が存在する場合には、遺言の執行の前提 として、ないしはそれに関連して、共同相続人の財産管理に類似した機能を遺言執行者に 果たさせることが期待できる。したがって、遺言執行者の遺産に対する管理権の及ぶ範囲 を可能な限り広く認めれば、現行法の枠内で共同相続財産の厄介な問題を解決するひとつ の方法が用意されるのではないかと思われる。

そこで、包括遺贈、特定遺贈、相続分の指定などの遺言の態様に即して、遺言執行者を 遺産管理に広く関与させることが認められる場合がないかを検討した。そして、ごく単純 な包括遺贈の場合や相続分の指定の場合にも、わざわざ遺言執行者を指定したことに事務 委託をした意思が認められることがあり、そのような際には遺産管理が認められること、

不特定物の遺贈の場合には目的物を特定ないしは調達する事務があるので、その間に広範 な遺産管理が認められること、清算が指示された場合には処分する目的物の選択があり、

その選択可能性のある遺産については管理権が及ぶので遺産管理が認められることなどを 指摘し、それぞれについて遺言執行者の職務権限とその範囲について検討を加えた。

ウ.遺言信託をめぐる問題(第3節)

(8)

ここでいう「遺言信託」とは、信託法2条でいう「遺言信託」ではなく、信託銀行が「遺 言信託」と称して行っている遺言執行業務である。遺言の執行が業務として取り上げられ、

受託が進行している事態を踏まえ、遺言執行者の職務権限とその範囲をめぐる法的問題点 を取り上げた。信託銀行が取り扱う遺言は,公証人の勧めもあり、「相続させる」旨の遺言 が多いが、この「相続させる」旨の遺言では、登記実務が二転三転の結果、遺言執行者に 登記申請権限を認めないこととしたことから、これに異を唱えたことがここでの中心的な 問題である。

遺言信託の機能については、次の点に注目する必要がある。ひとつは遺言執行者として の機能がある。遺言の趣旨が遺贈であれ、相続分の指定であれ、はたまた遺産分割方法の 指定であれ、遺言執行者は遺言者の意思を実現しようとするものである。昨今遺産分割が トラブルとなって紛争が長期化する例が少なくないことから、遺産分割を回避することを 目的として遺言がなされる場合が少なくなく、遺言執行者には遺言による遺産承継を確実 なものとすることが期待される。この遺産承継は、権利の移転手続がなされて始めて完結 するものであるといえるが、これには手数が掛かり、不慣れな普通の私人には面倒であり、

銀行等との間で手続をめぐりごたごたすることもすくなくない。そこを手馴れた遺言執行 者が行えばそれらの手続を円滑にすることが期待できる。共同相続の場合には、未分割時 の共同相続人で行う遺産管理は面倒なものであるし、遺言執行者が存在すれば相続人によ る遺産の処分が禁止されるから、遺産の保全にも役立つことになる。

もうひとつは、「遺言信託」による遺言執行が信託銀行によりなされるということである。

遺言信託の業務には、まず遺言を意図する依頼人からの相談に始まり、遺言書作成の援助 に至る前段階がある。そしてその段階で遺言執行者としての予諾契約がなされる場合が少 なくない。信託銀行は法人であるから、予諾した遺言執行者の死亡ということがないから、

原則的には確実に遺言執行を引き受けてもらえることになる。次に執行段階においても、

遺言執行以外の面でも、たとえば年金受給に関する手続、公共料金支払いにかかわる名義 変更手続、相続税の納付など様々な事務が相続人に起こってくるが、このような事務につ いても遺言執行者は、相談にあずかり幅広い情報とサーヴィスを提供することができる。

さて、「相続させる」旨の遺言において、遺言執行者の遺言執行への関与を否定的に考え る見解には主としてふたつの根拠からなされる。ひとつは、「相続させる」旨の遺言では遺 言が効果を生じても遺産分割を経なければ相続人に最終的に帰属が決まらないから、遺言 執行する余地はないとするものである。しかし、この議論は最判平3年4月19日民集45

(9)

巻4号447頁によって、原則的に最終的な帰属が決まるとされたことからその根拠を失っ たことになろう。もうひとつは、相続人に最終的な帰属が決まれば、そこでは権利が実現 するから遺言執行の余地はないとするものである。しかし、この議論は遺言執行の機能を 理解しないものである。遺言執行の機能は前述の通りであり、私はそのような遺言執行者 の機能を評価して、遺言執行者の遺言執行への関与の余地を広く認めるべきであるとの立 場をとる。そしてその立場から、遺言執行者に登記申請権限を認めるべきであることを主 張し、その他、遺言執行者への遺産分割実行の委託の可能性、清算を命じる遺言の可能性 等を論じた。

そして、遺言の性質がどうであれ、遺言において、特定の相続人に特定の財産が帰属す ること、また相続させるべきことが明確であれば、あるいは、遺言執行者に対する遺産分 割実行委託の意思が明確であれば、遺言執行者の関与は可能であると結論し、最判平3年 4月19日はこのような考え方に沿うものとして評価した。

エ.「相続させる」旨の遺言の最高裁判決(平成3・4・19)と遺言執行者(第4節)

「特定の財産を特定の相続人に相続させる」旨の遺言について、その遺言の性質は遺贈 なのか、遺産分割方法の指定(相続分の指定を含むこともある)なのか、また、遺産の帰 属について、それは遺産分割を経て始めて帰属するものか、遺産分割を経ずして直ちに当 該相続人に帰属するものか、については、ずいぶんと議論され、判例も揺れてきたが、最 判平3年4月19 日はそのような遺言の法的性質は遺産分割方法の指定であり、当該相続 人への帰属については、原則として遺言の効力発生により、遺産分割を経ることなく、直 ちに当該相続人に帰属すると判示して、それらの問題について一応の決着をつけた。

さて、そのような遺言のもとで、遺言執行は必要であるか否か、必要とする場合に遺言 執行者が関与する余地があるのかについて、この最高裁は判断しておらず、問題として残 されることとなった。

登記実務当局者がその判決を受けて遺言執行者の登記申請権限を認めないとしたこと、

更にはそのような遺言においては遺言執行者の指定は無効であるとする見解が出されたこ とがあって、「相続させる」旨の遺言では遺言執行の余地はないとする見解が有力に主張さ れるようになった。私は、ウ.で述べたように、この判決を遺言執行者の関与を認める考 え方に沿うものと評価したが、意外にも世上では流れは逆の方向に傾いた。そこでそのよ うな解釈の流れの疑問をもち、登記実務との関係に焦点を当てつつ、改めて、この判決は 遺言執行者の関与を排除したものか否かを真正面から取り上げることとした。

(10)

登記実務が「相続させる」旨の遺言で遺言執行者の登記申請への関与を排除したことに ついては、遺言の効力発生により「遺贈」の場合には遺言執行者は遺贈義務者の代理人と して登記申請権限を有するが、「相続」の場合には帰属が決まっても、それは被相続人から 相続人へ直接移転したものであることから、遺贈のように遺贈権利者・遺贈義務者の関係に はないとして、遺言執行者は関与の余地がないとしものであろう。ところが、この論理が 拡大され、一般に「相続させる」旨の遺言では遺言執行者は遺言執行に関与する余地はな いとする考え方が有力に主張されるようになったものと思われる。

そこで、様々の類型の遺贈および遺産分割方法の指定・相続分の指定において、遺言執行 の余地があるか否かについて、そして余地がある場合に遺言執行者の職務権限はどの範囲 に及ぶかについて学説・判例・先例を整理・検討した。遺贈における遺言執行者の職務権限 の範囲についてはおおよその輪郭の把握が可能となるが、これと「相続させる」旨の遺言 における遺言執行者の職務権限を同様なものと考えてよいか否かが問題となる。ここは実 質的に考えて、遺言執行者の機能とニーズで判断するのが妥当であると考えられる。その ような考え方に立つと、「遺言の執行」とは、遺贈であると、「相続させる」であるとにか かわらず、遺言の内容を実現するために必要となる事務を行うことであると捉えることが できる。より具体的には、この事務には、権利を移転し、権利を実現するに必要な事務(目 的物の引渡し、目的物の特定、清算、それらに必要な相続財産の管理・処分など)、対抗要 件を備えるための事務(登記、銀行預金の名義書換など)、それらの実現が妨害されている ときには、それらを排除する事務等があるということができる。これらの事務について、

遺言執行者の権限が実際にどの範囲に及ぶかについては、遺言の内容によって決まるが、

遺言の内容から遺言の実現に向けてそのような事務がある以上、遺言執行者はそのような 事務を行う権利と義務を有すると結論するのが妥当であろう。

遺言執行者の登記申請権限についていうと、「遺言の執行」をそのように捉えれば、「相 続させる」旨の遺言において遺言執行者に登記申請権限を認めるのが妥当というべきであ ろう。もっとも、現行の登記実務の仕組みから遺言執行者の登記申請に関することが認め られないというのであればそれはやむをえない。しかしそれにしても、それは登記実務に おいて遺言執行者が自己の名において登記申請することが認められないということだけで あって、遺言執行者の指定そのものが無効であるということではないのだから、そのよう に言うのは妥当ではない。

(11)

オ.遺言執行者の職務・権限および義務における信託法と民法との交錯について(第5節)

信託法と民法との交錯は、様々な意味で、そして様々な場面でみられるが、その交錯を ここでは次の三つの観点から取り上げてみることにした。それらについて順に述べる。

第1は、遺言執行者は、財産管理者として他の財産管理者と共通するものがあるが、そ の他の財産管理者には共通的な行動基準が観念しうることから、そこに財産管理制度であ る信託法理を適用する余地があるとされる。そこで、財産管理者として遺言執行者に信託 の法理を適用する余地があるかどうかという問題である。遺言執行者と信託受託者を比較 してみると、遺言執行者の主たる目的は遺言に即して財産を受遺者・受益の相続人に移転さ せることであるが、信託受託者は信託目的に従い目的財産を受益者のために管理・処分する ことであるから、信託受託者の方が範囲は広い。次に目的財産に関する権利関係をみると、

遺言執行者は遺産について実体権を持たないが、信託受託者は信託財産に実体権を持つと いう基本的な差異がある。遺言執行者は実体権を持たないが相続人から遺産に対する管理・

処分権を剥奪させ、遺言執行者に排他的な管理・処分権が与えられている。この方法により 相続人による違法な行為から受遺者・受益の相続人が手厚く保護されている。これに対し信 託受託者は実体権を取得しているので、形式的権利者である信託受託者から実質的権利者 である受益者を保護するために、受益者に追求効を認めるとともに、信託受託者には様々 な義務や責任を課している。このように両者は同じ財産管理者であっても規制する場面を ことにしているので、民法に信託法を類推適用する余地は原則としてないと考えるのが妥 当ではないかと思われる。

第2は、遺言者が「信託」という言葉を使わなくても、それが「信託」であるといえな くはない場合があり、その場合には信託法を適用ないしは類推適用する余地があるのでは ないかという問題である。このような場面が見られる例として、遺言者が遺言執行者に受 遺者の選定を委任した場合が挙げられる。民法ではそれを認めると遺言の代理になるので 認められないのではないかとの疑問が起きる。それに対し信託では、受託者に受益者の選 定を一定範囲において認めているので、それを認める結論を導き出す過程でそのような信 託法理を援用する余地はなくはないものと思われる。

第3は、信託法でいう遺言信託(本来の遺言信託)がなされた場合に、遺産が信託受託 者に移転される過程で、遺言執行者の介入が必要になる場合に、遺言執行者と信託受託者 の間で職務権限での重なり合い、ないしは衝突することがないかという問題である。この 場合には、遺言が発効すると財産は遺言執行者から信託受託者に移転するのであるが、問

(12)

題としているのは、その際の両者間における職務権限の線引きをどのように行うかという 問題であるから、信託法と民法の衝突とか、信託法理の適用ないしは類推適用等の問題が 生じる余地はないものと思われる。

(4)第4章 新たな遺言執行者像の考察 ア.はじめに

本章では以上第3章までの研究を総括し、相続・遺言をめぐる社会の変化や遺言執行者に 対するニーズを吸収する形で活動している遺言執行者の実態を踏まえ、将来の方向性を見 据えてその職務権限の観点から新たな遺言執行者像を描いた。そうするとそこには、なお 解決しておかなければならいくつかの法的問題点がある。それらのうち重要と思われるの は次の4点、すなわち、①「相続させる」旨の遺言における登記申請権限、②遺産の管理・

保管に関する権限責任、③遺留分減殺請求権の行使を受けた後の職務権限、そして④当事 者適格、である。そこでそれら4点を取り上げ、検討を加えることとした。

イ.遺言執行者の職務権限に関する理論の変遷と現状(第2節)

立法者は遺言執行者の通常の形態(理想型)としては、遺言執行者の管理の対象は遺産 の全部に及ぶことを想定しているように思われる。そして遺言執行者の職務権限の範囲に ついて、「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」

と規定した(現民1012①)。立案審議の過程で限定的な規定(現民1014)が修正として設 けられたものの、それは例外的なものとして観念されていたように思われる。

その後の判例の展開の中で、理想型としての遺言執行者の出番は必ずしも多くはなく、

個々のケースにおいては、遺言執行者の権限は限定的な解釈の傾向に流れたようにみられ る。しかしながら、その「一切の行為」という文言が重く受けとめられて広く解釈する底 流となる。そして、遺言執行者は不動産の権利移転手続に登場し、また遺言執行者が存在 すると相続人による処分行為は絶対無効とされたことからその存在感を示し、また清算を 目的とする遺言は認められないとされたものの、包括遺贈の前提とした遺産の清算を認め られたことなどは当初想定された理想型としての遺言執行者像に近づけた面もみられる。

戦後、民法の改正により家督相続が廃止され、男女平等の均分相続制度となり、遺言に ついての環境は一変した。その後、高度成長、個人の財産形成の進展、人々の価値観・家族 観の変化があって、遺産分割が紛糾し長期化する問題がでてきた。そこで相続人間の遺産 分割をめぐる紛争を遺言により事前に回避する手立てを講じておきたいとする意向が高ま

(13)

り、遺言が世間の関心を集めるようになった。

このような背景の下で、1970年代後半あたりから遺言の増加が見られるようなったが、

登録免許税の節減が主な動機から「相続させる」旨の遺言が多く用いられるようになり、

そのような遺言における遺言執行者の職務権限が、登記申請権限の有無をめぐる問題 を契機として問題となった。「相続させる」旨の遺言について、最判平3年4月19日民集 45巻4号477 頁は、前述のように、その性質は遺産分割方法の指定、権利の帰属時期に ついては原則として遺言の発効時としたが、この判決によりこの問題を論ずる前提問題が 整理されることとなった。

さて、「相続させる」旨の遺言における遺言執行者の職務権限について、その後の最高裁 の判例をみると、最判平7年1月24日判時1523号81頁は、遺言執行者は遺言執行とし ての登記手続きをする義務を負うものではないと判示し、最判平10年2月27日民集52 巻1号299頁は、遺言の目的である不動産の賃借人が提起した賃借権確認請求訴訟で遺言 執行者の被告適格を否定した。これらにより、そのような遺言における遺言執行者の職務 権限が否定されたような流れができたかと思われたが、最判平11年12月16日民集53巻 9 号 1989 頁は、一転して受益の相続人の権利が侵害されている場合に、登記申請権限は 民法1012 条1項にいう「遺言執行に必要な行為」であるとして遺言執行者の登記申請権 限を認めた。最高裁が真に職務権限を広く解する立場を取るようになったのか否かについ ては、今後の判例を注目する必要があるが、変化の兆しがみてとれるように思われる。

ウ.遺言執行者の定義と職務内容(第3節)

私の遺言執行者の捉え方は次のようになる。すなわち、遺言執行者とは遺言を執行する ものであるが、遺言の執行とは遺言の内容を実現することであり、遺言に基づく権利の移 転の実現とそれに関連して必要となる事務を行うこと(事実行為を含む)である。職務の 範囲は個々の遺言の内容によって決まるが、遺言が発効したときの状況によって決まるも のもある。また、遺言の作成の事情によっては、「遺言信託」のように遺言執行者と遺言執 行の引受け予定者との間で事務内容についての折衝・交渉が行われる場合がある。その場 合には、事務の委任的要素が加わることがあり、遺言執行者の職務内容には大きな伸縮性 がある。

遺言執行者の具体的な職務内容は遺言によって決まるが、これを理想型的に捉え、機能 面から纏めてみると次のようになる。第1に、遺産の現状把握と財産目録の調製。第2に、

遺言の目的財産が不特定物の場合には目的財産の特定、目的財産が遺産の中に存在しない

(14)

ときには目的財産の調達。第3に、財産の引渡し、名義の書換え、移転登記手続きなどを 行う事務。第4に、その間に必要とあれば財産を保管する事務。第5に、遺言の目的物に ついて権利を争う者があれば訴訟の当事者なること。またこの他に、当然の職務内容とは いえないが、相続人間で遺産分割が必要となったり、遺留分減殺請求がなされたりしたと きには、事後処理が必要となることがある。その際、そのような問題の解決についてアド ヴァイスすることや、その間の調整役となることが期待されることがある。

エ.遺言執行者の職務権限をめぐる法的問題点(第4節)

遺言執行者像を以上のように描くと、解決しておかなければならない法的問題点がある。

それらについて次に述べる。なお、遺言執行者の訴訟当事者適格をめぐる問題については、

次のオ.で述べる。

(ア)遺言執行者の登記申請権限

不動産の登記申請は、登記原因を遺贈の場合と相続の場合とに分けて、遺贈の場合には 遺贈義務者と遺贈権利者の共同申請(不60、旧26①)、相続に場合には相続人による単独 申請(不 63②、旧 27)によるという仕組みをとっている。遺贈の場合、遺言執行者は遺 贈義務者である相続人の代理人として登記申請する権限が認められているのに対し、「相続 させる」旨の遺言の場合、登記実務ではそのような遺言の性質が遺産分割方法の指定であ り、権利の帰属は原則として遺言の発効時であるから、登記申請は相続として相続人が行 えばよいとして、遺言執行者による登記申請を認めていない。

これだと遺言執行者は遺言執行の重要な部分を占める登記申請事務に関与が認められず、

その活動の範囲が狭められてしまうことになり、遺言者個人のみならず社会的にも寄せら れている期待に応えられにくいものとなる。

そこで私は、これまで遺言執行者の機能を重要視する観点から、遺言執行者に登記申請 権限を認めるべきであると説いてきたが、ようやくにして、最判平11年12月16日民集 53巻9号1989頁は、「相続させる」旨の遺言が即時の権利移転の効力を有するからとい って執行行為が当然に不要になるというものではないこと、そして登記申請は「遺言の執 行に必要な行為」であるとして遺言執行者の職務権限に含まれることを明らかにした。

しかしこの判決は、遺言執行者の登記申請権限を必ずしも全面的に認めたわけではなく、

当該不動産が被相続人の名義である場合には遺言執行者の権限は潜在化し、遺言の執行が 妨害されて第三者の名義になっている場合にその権限が顕在化するとした。この判決は、

先の判決最判平7年1月24日判時1523号81頁との整合性に配慮してそのような論理を

(15)

編み出したものと考えられるが、そもそも平11年12月16日の判決は、平成7年の判決 の射的外にあるものであるから整合性に配慮する必要はなく、被相続人の名義である場合 にはその権限は潜在化しているといわなくてもよかったものと思われる。

「相続させる」旨の遺言では、その遺言の性質から受益の相続人への権利の移転は遺産 分割の結果ということになる。そうであれば、受益の相続人が単独申請しても勿論差し支 えないわけであるが、共同相続人の全員が合同してその遺産分割の結果を単独申請するこ とは差し支えなく、それはそれで丁寧な方法であるいうことができるであろう。そうであ るならば遺言執行者は相続人の代理人であるから(民1015)、共同相続人全員を代理して 単独申請することは認められて然るべきものと思われる。

(イ)相続財産の管理・保管と遺言執行者の職務権限

遺言執行者は遺言の執行に必要な限度で相続財産について管理処分権を有する(民1012

①)。然らば、仮に遺言の目的財産が遺産の全部に及ぶ場合に、遺言執行者は、遺産の全部 を現実に占有し管理しなければならないであろうか。特別の場合には、遺言執行者が現実 に遺産を占有し、管理・保管することが必要となる場合もあろうが、一般的には必ずしもそ のようなことを行わなくても、たとえば占有改定等によって管理責任は果たせるものと思 われる。一方,遺言執行者が現実的・直接的に相続財産を占有し、管理していなくても、遺 言の執行に必要な限度で目的財産について管理権を有していることについて、なんら影響 を受けるものではないから、管理に服している財産を相続人が処分すれば、その処分行為 は無効(民1013)となることに変わりはないし、そのことについて両者の間には矛盾はな いであろう。

このような管理事務について、最高裁は最近一定の判断を示した。すなわち、最判平10 年2月27日民集52巻1号299頁は、「特定の不動産についての賃借権確認請求訴訟の被 告適格を有するものは、遺言執行者があるときであっても、遺言書に当該不動産の管理お よび相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載があるなどの特段の事情のない 限り、………相続人である」と判示した。この判決には、遺言執行者の職務の実体は多様 であることから、遺言執行者の職務に含まれるか否かの判断が困難になること、遺言執行 者の職務を広く解してその任務を負わせると過重な負担となることから、そのような過重 負担から開放した方がよいとの判断があるようである。しかし不動産の管理・引渡しが遺言 執行者の職務に入らないとすると、遺言執行者の職務が極めて限定されたものとなってし まうことになるであろう。遺言の執行として、所有権の移転事務を遂行する過程で所有権

(16)

が争われたり、所有権に付着する権利が争われたりした場合には、遺言執行者はその問題 に関与し、受益の相続人やその他の相続人のために少なくとも解決の道筋をつけることが 必要であろうし、場合によっては訴訟に関与すことも必要であろう。このようなことから、

この最判は事例判決と位置づけるのが適当であり、射程を考えるについては、慎重である べきであろう。

(ウ)遺留分減殺請求権の行使と遺言執行者の職務権限

遺留分減殺請求権の行使を受けた場合に、遺言執行者の職務権限はどのような影響を受 けるであろうか。これまで判例・学説で考えられてきた考え方は、遺留分減殺請求権の行使 によって遺言は減殺された限度でその効力を失う、したがって遺言が効力を失わない範囲 で、すなわち遺留分は割合的に示されるから施行できる範囲も割合的になる、というもの である。

しかし、現実的には遺留分割合は、特別受益の持ち戻し、その免除の意思表示の有無、

債務等複雑な要因を考慮して決定されるから、遺留分権利者は遺留分割合が裁判所で確認 され、それに基づいて遺言執行されるのであれば問題ないが、遺留分減殺請求権の行使が あったからといって、裁判外で受益の相続人が減殺請求後の権利割合を自ら計算して登記 申請することはかなり困難であるように思われる。そしてその割合の計算自体も紛争の原 因になる懼れがあるから、それを懼れると、結局は事実上遺言執行を停止せざるを得ない ことになる。

そこで私は、遺留分減殺請求権の行使があっても、それに捉われることなく、遺言その ものに従って遺言することは可能であるとの考え方を取りたい。すなわち、遺留分減殺請 求権の行使によって遺言の効力は確かに減殺されるが、それを理論的にいうと遺言の効力 発生により一旦は受益の相続人に権利が移転し、その結果遺留分の侵害が起こり、そこで 遺留分権利者が減殺請求を行ったものである。したがって、遺言執行者に遺言執行を認め るということは、いわばその過程を明らかにするものであるから、そのように扱っても当 事者間に不都合はないように思われる。むしろこのように扱えば、権利関係が明瞭に把握 されるという利点もある。

遺言執行者が遺留分減殺請求権の行使に拘わらず遺言執行すると、その後には受益の相 続人と遺留分権利者との間で、遺留分権利者の遺産に対する割合的権利の確認と、価格に よる弁償(民 1041 条)の方法を含めて、その分割処理について協議が行われることにな る。その場合に、遺言執行者が事実上の調整役として当事者間の調整役となることが期待

(17)

されることがあろう。その場合にはそれに応じた役割を果たすことが適当と考えられる。

オ.遺言執行者の当事者適格(第5節)

(ア)遺言執行者の当事者適格の基本的枠組みと問題点

遺言執行者は遺言の執行に必要な限度で相続財産の管理処分権を専属的に有し(民1012

①)、遺言執行者がいると相続人は目的財産の処分やその他遺言の執行を妨げる行為ができ

ない(民1013)。この結果として遺言が目的とする財産の権利関係が裁判で争われるとき

は、遺言執行者に当事者適格が認められている。この訴訟上の地位について、民法は遺言 執行者は相続人の代理人とみなす(民1015)と規定しているが、相続人と対立することが あることから、判例は、訴訟法上では相続人の代理人ではなく、法定訴訟担当であるとす る立場を一貫して採っており、学説の大勢もそのような見解を採っている。そこで個々の 訴訟で遺言執行者が当事者適格を有するか否かについては、当該争われている財産が遺言 執行者の管理に服しているものか否か、遺言執行者が行おうとしている行為が遺言執行者 として職務権限に含まれるか否かで決まるとされてきた。

ところが、遺言執行者の職務権限の範囲は、これまでみてきたように、必ずしも議論の 一致をみているわけではない。遺言をめぐる争いが多発しているが、その争いは多様化し ており、遺言執行者の職務権限の捉え方についても見解が分かれることから、個々の訴訟 において遺言執行者の職務権限の有無を判断することは決して容易でない。そのようなこ とから、訴訟の場合には、実体法上の争いに加えて遺言執行者の訴訟適格が争われること となる。そして遺言執行者の訴訟適格をめぐる争いは、上級審と下級審との間で判断が異 なることがあり、また審理の進級の過程で遺言執行者の存在することが分かり、以前の判 断が覆ることが起こりうる。こうしたことから訴訟の不経済性の問題が発生する。

この問題の解決には、遺言執行者の職務権限の捉え方について、あらかたの合意が形成さ れることが望ましいが、当面はそのことを期待することは困難であることから、これまで の当事者適格を判断する基準としてきた、遺言執行者の管理処分権限の有無を離れて、別 の基準を考えてみることが必要となる。すなわち、これまでの実体権に関する考察では、

遺言執行者の職務権限を可能な限り広く捉える方向で考えてきたが、それに対応させて、

遺言執行者を当事者として訴訟に参加させることが一見して明らかに不適当と思われる場 合を除き、可能な限りこれを認めることを想定し、それを可能とする理論構成を以下にお いて探ることとする。

(イ)遺言執行者の機能と訴えの利益

(18)

訴訟法理論によれば、当事者適格を捉える基準になるのは究極的には誰と誰を当事者と して本案判決をするのが紛争解決の見地から有効・適切かということであるとされるが、そ の有効・適切かは、その紛争を有効・適切に解決させるために誰と誰との間で訴訟させるの がふさわしいかを考え、そのふさわしい者が当事者適格をもつとされている。この「ふさ わしい」ということからすれば、訴訟担当である遺言執行者についても、「管理処分権」を もつから「ふさわしい」とするのではなく、「訴えの利益」を導入して、遺言執行者に「訴 えの利益」が認められる場合には、「訴えの利益」をもつから遺言執行者に訴訟を担当させ るのが「ふさわしい」として当事者適格を認めるのが適当なのではなかろうか。

(ウ)遺言執行者の「訴えの利益」と当事者適格

遺言執行者が原告となる場合は、遺言執行者が遺言執行するに当たり訴訟を提起すること が何らかの理由で必要と判断するのであるから、そこに「訴えの利益」が認められること については問題がない。遺言執行者を被告とする場合はどうか。原告である相手は遺言が 執行されると不利益となるので訴えを提起する利益があり、遺言執行者は相手方の主張を 認めれば遺言執行に影響を受けるので、遺言執行者には「訴えられる利益」があるとみて 被告適格を認めるのが適当であろう。このような考え方は既に判例でとられているように 思われる。最判昭31年9月18日民集10巻9号1160頁は相手方が遺言の無効を前提に 自己の権利の確認を求めた事案であるが、遺言執行者に被告適格を認め、その判決の効果 は相続人に及ぶとした。原告が遺言の無効を前提に遺言執行者を相手とする訴訟を提起す ることは矛盾しているようであるが、判決の効果は遺言執行者の遺言執行に影響を及ぼす ことから遺言執行者の「訴えられる利益」を認めて、遺言執行者に被告適格を認めている。

このようにしてみると、遺言執行者の当事者適格は管理処分権に必ずしも直接的根拠をも つものではなく、争われていること自体に根拠を持つことが分かる。このような考え方は それより以前の大決昭2年9月17日民集6巻501頁でもみてとれる。

(エ)いわゆる遺言無効確認訴訟と遺言執行者の選任

以上のことは、いわゆる遺言無効確認訴訟の取扱をみるといっそう明確にみてとれる。

このいわゆる遺言無効確認訴訟は遺言の無効そのものを確認訴訟の対象とするものである が、従来は不適法とされてきていたところ、最判昭47年2月15日民集26巻1号30頁 はこれを適法と認めた。このような訴訟の場合、理論的にはひとつの遺言の効力をすべて の関係者に画一的に確定されることが望ましいところであるが、それは固有必要共同訴訟 には当たらないとするのが判例である(最判昭56年9月11日民集35巻6号1013頁)。

(19)

それは手続の複雑性を避けたからのことであろう。その不都合を回避するのであれば、遺 言執行者がいる場合には遺言執行者に訴訟を担当させれば、紛争を一挙に解決させること ができる。更に遺言の効力が問題とされている場合に、遺言執行者が指定されていなくて も、関係者から家裁に遺言執行者の選任の申立があったときには、家裁は一応選任の申立 を認め遺言執行者を選任し、その遺言執行者によってその効力を通常裁判所で争わせてい るのが実情である。このことはそこに遺言執行者に訴訟を担当させて紛争を一挙に解決さ せようとする意図がみてとれるのではなかろうか。

このように、遺言執行者は遺言に基づき遺言を執行することを職務として、そしてそれ を遂行する義務を負うので、遺言の執行をめぐる法律関係が争われたときには、その結果 は遺言の執行に影響が及ぶことから、遺言執行者は、その訴訟に関与する利益をもつとい える。したがって、おおよそ遺言の実現をめぐる争いがある場合に、遺言執行者が存在す るときは、遺言執行者が管理権を有するか否か実体的に判断することなく、争いの態様に 即して遺言執行者に広く当時者適格を認め、訴訟に当事者として参加させ、紛争の早期解 決を図らせることが適当である、と結論できるであろう。

(オ)訴訟の効率化と相続人の権利保障

遺言執行者に訴訟適格を広く認めれば、訴訟適格がなかったことを理由に後に覆される 恐れが排除されることになり、訴訟効率はよくなる。しかし逆に相続人には不利益となる ので、何らかの権利保障が考えられなくてはならない。そのためには訴訟の行方に関心を 持ち、その過程で何らかの主張をしたいとする相続人に対しては、訴訟に積極的に参加さ せる道を与えることが必要になる。

受益の第三者が、一審で相続人を相手として提起した訴訟において勝訴したところ、敗 訴した相続人が控訴審で遺言執行者が存在しているとして、原審の不適法を主張した場合 には、まず遺言執行者への当事者変更または遺言執行者に訴訟引受けを行わせ、その上で 相続人には補助参加により自己の権利を主張させるのが適当と考える。

3.むすび

遺言が注目を集めており、遺言作成件数も着実に増加を見ているようである。遺言の動 機や目的には、近年指摘されているような遺産分割を回避したいというものが多いようで はあるが、それのみならず、昨今の家族の多様化、生き方の多様化から様々なものが考え られる。そのような遺言があって、遺産の分配・処分が決まっても、具体的に権利が明確に

(20)

なり、現実にそれぞれ受益者の手中に収まるまでは様々な手続が必要となる。このような 手続の事務は種類も多く、また実施の過程で受益者や第三者と折衝(時には紛争になるこ ともある)を要することも少なくない。そのような事情から、そのような手続を相続人の 間で進めることは困難の伴うことが少なくない。そこで、遺言執行者がこのような事務の 遂行を遺言者から期待されることになるが、一方遺言執行者が、遺産を遺言に即して相続 人等の関係者に、完全かつ最終的に権利を円滑かつ迅速に帰属させ、権利関係を安定させ ることは社会的な要請に応えることでもある。

ところがそのような社会的に存在し活動している遺言執行者像は、遺言執行者の職務権 限についてなされてきた法的処理で捉えられている遺言執行者像との間にはギャップがあ る。そこでこの研究では、おおむね実態に即したあるべき遺言執行者像を描き、それに伴 う、あるいはそれに必要な法的問題を取り上げ検討した。

実務の実態に目を向けると、遺言の執行には遺言の解釈が必要になったり、あるいは相 続人・受益者等との協議・合意が必要になったりして、それらによって補充していかなけれ ばならない問題がある。あるいはまた、報酬の基準や決定方法の問題など、残されている 問題は少なくないが、それらの問題は今後の検討課題としたい。

以上

参照

関連したドキュメント

[r]

旅行者様は、 STAYNAVI クーポン発行のために、 STAYNAVI

einer rechtliche Wirkung gerichtete

・子会社の取締役等の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制を整備する

[r]

断するだけではなく︑遺言者の真意を探求すべきものであ

省庁再編 n管理改革 一次︶によって内閣宣房の再編成がおこなわれるなど︑

者は買受人の所有権取得を争えるのではなかろうか︒執行停止の手続をとらなければ︑競売手続が進行して完結し︑