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(1)

重粒子線の生物学的効果 と医学利用

大 原 弘

岡山大学教養部

1.重粒子線の利用 と巨大科学

千葉市の放射線医学総合研究所 (放射 医)では, いまがん治療装置 として巨大 な医用重粒子線用加 速器 (最大加速

8 00 MeV)

が建設 されている。埼玉 の琴化学研究所 (理研) では原子核物理研究への 利用 を主 とす る重粒子加速器 (最大加速

4 0 0 Me V)

1 9 8 6

年 に完成 し,放射線生物 など非原子核研究

もこの施設 を利用 して進め られてい る。また

, 1 9 9 8

年 には相生市の郊外 に

SPRI NG‑8

とい う巨大 な 照射光施設が完成す る予定 で, そこでは物性研究 の物理学や核物理,材質工学,診断お よび治療 の 医学や生物学, さらに産業技術 の開発等々 をふ く む巨大科学の研究 とその技術応用の場が展開する。

その中で,重粒子線 を医学,特 にがんの治療 に応 用す る試みはす でに

1 9 7 0

年代 にカ りフォルニア大 学のバー クレイ研究所の

To b i a s

らの グループに よ り始め られていた。 その基本原理 は,図

1

に示 す ように,粒子線が物体 を通過す るときに生 じる イオン化分布 (線量分布)による

1

は理研 の 生物実験用ペ‑ トで使 われてい るカー ボンビーム で加速器か ら生 じた一次 ビームの入射位置 (横軸 0)か ら深 さ4cmに まで達 し, その末端 で保有エ ネルギー (線量)の殆 どを放 出す る。

この線量分布 は,従来のⅩ,ガ ンマ線や 中性子線 の ように入射部に最大線量 を与 え,減衰 しなが ら 通過す る性質 とは本質的に異 なるもので,正 に放 射線に よる癌治療が理想 とす る 「患部 に正確 な位 置で最大線量 を与 え,周辺部の正常組織 に安全 な 低線量 を与 える」 と云 うスローガンを実現す る可 能性 を与 えるもの と考 えられた。以来,米国, カ ナ ダ,欧州の諸国で物理学お よび生物学 な ど基礎 研究が続 き,バー クレイでは一次の臨床試験が行 なわれた。 因みに,医学用重粒子線加速器の誕生 は 日本が初めて行 なう本格 的臨床研究 と云 えよう。

ここではその治療指針 の基礎 となるデー タと治療 ビームの性質 につ いて述べ る

2.

放射線の線質 による生物効果

図2は種 々の放射線に対 してチャイニー ズ‑ム スター培養細胞 (肺繊維芽細胞由来

Ⅴ‑ 7 9

系の放 医研継代株)の線量効果 曲線である 曲線 は上か らX線 (Ⅹ),‑ リウムα線 (He:粒子線), カー ボン線

( C)

お よび点線描 のアル ゴン線

( Ar )

に対 す る細胞致死率 を示す。放射線がその軌跡に残す イオン化 には濃度がある その濃度 を物理学 では

LET ( Li n e a rEn e r g yTr a n s f e r: Ke V/〃m)

で 表す。

放射線 で云 えば,Ⅹお よびガンマ線は殆 ど1か ら 数

KeV

の値 を取 るに過 ぎないが, その外は付記

してある数字が イオン化濃度 を示す。 これ らのイ オン化濃度 の高い放射線 を高

LET

線 と呼び,坐 物効果が高いので取扱いには特別の注意 を要する。

ここで注 目すべ き事象 は放射線のイオン化濃度が 増せば細胞致死率 は比例 して高 くなるが, カー ボ ン線の場合 は

LET

が高 くなると逆 に生物効果は 低下す るこ と,またイオン種 (線種)によって

LET

値が近 くて も生物効果 は異なるとい うこ とであろ う。 この様 な曲線の変化 を線質 による生物効果 と よぶが, それは線種独特の効果 といって も良い。

次に,実験 に よって得 られた生存曲線か ら細胞 生残率

1 0 %

を与 えるのに必要 な線量 を算出 して, 各放射線の値 とⅩ線の値の比 を求める。これが生残 率

1 0%

におけ る生物効果比

( RBE

l。)であ る こ の値 を放射線の物理的指標 である

LET

の変化 に たい して 目盛 る と図

3

の結果が得 られ る

3

で は,

Ⅴ‑ 7 9

細胞の実験に加 えて,同細胞系の放射線 感受性変異株

2

株 の結果 も付記 してある 明 らか に

,RBE

の変化 は細胞の感受性には本質的に関係 がな く,総 ての細胞 に起 る普遍的な現象 と見なさ

(2)

9SOC[9^!)。19

8 6 4 2

Ca l c u l a t i o ∩

▲ E x p e r i me n t

1 2 3

4

Wa t e rEqui va l e ntLuc i t eThi c kne s s( c m)

1 リングサクロトロ生物験用カー ボイオ ン一 次ビームの ト通過

る深 さ方 向

. ≡

は測定実値で, 黒理論算値.

N O fl

UVt

E 9 N

]^f^⊃S

2 種 々 の放射 線 に よるV79細 胞 の生残 曲線 の変化 Ar95 (LBL),C125(理研 ),C227,C489,He18.6(放 医研 ).数 字 はLET.

れ る 以上 の二つの実験結果 は,放射 線の生物効 果 はイオン化濃度 の増加 と共 に高 まるが, それは

(3)

5 10 50 100 500 1000 DOSE AVERAGE LET ( ke V/ J l m)

3 生残率10%に必要 な線量比較 (RBEIO)と線量平均LET.

極大性の変化 であ り, この ままではイオン化濃度 の高い放射線が必ず しも有用 とは限 らない。 イオ ン化濃度か ら云 えば,

1 0 0 Ke v/〟m

附近 で

X

線に 比較 して

4

倍の細胞致死効果が見込め る この様 に高

LET

放射線の利点は まず第‑ にその高い生 物効果にある。

2

の点は,図

4

に示す ように,放射線の照射 による細胞致死障害の回復機能 に関す る実験効果 である

Ⅹ線の様 な細胞空間で粗 で低 いイオン化 を 与 える放射線では,図の‑ リウム線の

A‑ A

l

, A・ A 2

の場合 の ように

7Gy

近 い線量 を

1

回 目に与 え て,

2

時間後 に種々の線量 を与 える所謂分割照射 実験 を行 な うと

Al

ような反応が現れて くる こ の解釈 は,例 えば

1 0 Gy

域の生存率 を考 えると,

1回照射の曲線 (A)と2回分割照射 曲線 (B)は 有意に異なるこ とは明 らかで生存率が上昇 したの は細胞が1回 目の照射 に よる障害 をクリア して し まった と考 える。 その証拠 は,

2

回 目の照射 にた い して細胞は再 び不活化の初期過程,つ ま り曲線 の緩 い傾斜部 を繰返 した と見 ることに よる この 回復現象は生体 の組織細胞で も,癌細胞で もみ ら れ る。放射線治療の過程 は,基本的に分割照射の 繰 り返 しであるので,理論的に も照射効果は投与

線量通 りには治療効果が上が らない。高

LET

線 が期待 され る理 由の一つはここにある。図

4

のB系 列の曲線 は,高

LET

線 としてか‑ボン線に よる 分割照射実験 を示す

。 B‑ B3

がカーボン線の

2

分割 照射 の効果にな るが

, B3

曲線は1回照射 の

B

曲線 近傍に点存す る つ ま り,1回で も2回分割照射 で も致死効果はたい して変 らない。もちろん,

A‑ A

3の ように 2種の放射線 を使 うこともそれな りに 照射効果 を上げ るのには役立つ。 この実験結果か ら,高

LET

放射線照射 は細胞の致死障害の回復 現象 を許 さないので,治療 に用いるような分割照 射 で も癌細胞の回復 を阻止す る効果がある, と期 待 され る。

3

に注 目す る生物効果は,酸素効果 とよばれ る現象である 細胞 を無酸素の嫌気条件 に置 くと 細胞は放射線耐性 とな り, 同 じ致死率 を得 るのに 必要 な線量は

3

倍 に も増加す る。動物 で も呼吸 を 止めて照射 した組織や酸素供給の少ない組織の細 胞は耐性 となる 中で も,がん組織の細胞は増殖 に ともなって成長 し,次第に血管か ら遠 ざか る細 胞は酸素供給率が低 くな り,代謝活性の低下 とあ いまって生理 的に低酸素条件 におかれて来 る。酸 素の物理 的拡散域 は血管か ら

1 60 pm

と云われ る

(4)

1b80 5 10

N O ]1 U

V庄山9N[^]^∝⊃

S

4 低 エネルギーの‑ リウムお よびカー ボンイオンビームによる2分割照射 と混合分割照射 の効果.

が,実験癌 な どで もこの拡散範囲の外周にがん細 胞の存在 は認め られ る。一般 にこの様 な部域 を保 有す る程 に成長 したがん組織 は放射線治療の対象 としては最 も不適 当な もの となる それはお もに 細胞の酸素効果による耐性か ら投与線量の効果が 効率的でないか らと云 えよう。図

5

は種々の粒子 線に関す る酸素効果 を調べ た結果 を示す。各パネ ルに放射線種,粒子加速エネルギー,LET値,実 験施設などが付記されている。陽子線はこの低LET 線 として対照の役割 を果す。図の結果か ら明 らか なようにカー ボン線では2本 の曲線が近在 してお り,LETが高い と両 曲線は一層近 く並行す る。こ の こ とは,高LET線は酸素効果 を低 くし,嫌気 条件 に よる細胞の放射線耐性化 を無視す るこ とを 意味す る。これ も既に触れてい る

線等によるが ん治療 の難点 を克服す る可能性 を示唆す る結果 と なる

以上 の ように生物学的に明 らかになった幡乳類 細胞の重粒子線にたいす る反応は,治療 にこの放

射線 を利用す る利点 と受取 られている しか し, 垂粒子線の利点は,生物学的効果ばか りでな く, 図

1

に示 され るような物理学的線量分布 を充分 に 生かす こ とである

3.

治療 ビームのテクノロジー

加速器か ら取 り出されたビームは通常一次 ビー ム と呼ぶが, これは図1に示 されたように非常に 狭 い高線量域 を示 し, これ をブラッグピー クと呼 ぶ。深 さ方向に求めた線量 またはイオン化量の変 動 をまたブラッグカーブ とも呼ぶ。 いずれに して ち,粒子線の特徴 はこのブラッグピー クの形成で ある

この様 な重粒子線 ビームはこの ままでは実用的 でない。 ビームの到達距離 (飛程)は一般 に粒子 の加速エネルギーに よって与 えられ る ビームの 取 り出 し条件 によって も異 なるが,概 して

4 0 0

Me V/u

のカー ボン,

4 2 5 Me V/u

のネオン,

5 7 0

Me V/u

の シ リコンで各々飛程 は水 中で,約

2 5

,

(5)

Dos e

(Gy)

20 30 400 5 10 15

10 15 0 5 10 15

5 種 々の放射 線 に よる細胞致死効果 に対 す る酸素効 果.

1 5

,

1 0 c m

となる従 って,数百

Me V

程度の加速 力が あれば, ほぼ人体 を裏表の両面か ら照射 出来 る。これは基本的に どの放射線 で も同 じであ るが, 最 も重要 な特徴 はブラッグピー クの形成であろう。

図6の上部パネルに示す ように,一次 ビーム(A)

を厚 さの異 な る吸収体 (プ ラスチ ック板, な ど) を通過 させ る と,飛程 は短 くな り, その短縮 は吸 収体 の厚 さに比例 す るo いま, ビー ムの通路 に厚 さの異 なる吸収体 をおいてそれ を回転 させ て均一 化 を図 る と一次 ビームはいろいろの飛程 をもった

(6)

=O!1t薫U.Ia^!1d一ad

5 10 15 20 25 30

De pt hi nWat e r( c m)

uO !

tW!U.Iu>!TL.

f

a'u

0.0

0 5 10 15 20 25 30

De pt hi nWa t e r( c m)

6 粒子線の ビームの生形.上部パ ネルは一次 ビーム (A)と吸収体 (別名 リッジフィル ター)を通過 した後の飛程 の変 化 した ビーム (B).下部パネルは拡大 ブラッグピー クにおけ る物理学的線分布量 を (D) と生物効果 (C)の関係 を 示す.

(7)

co‑EquivalentandPhysicalDoseDistribution or

spreadBraggPeak(C135MeV/amu) 654

aSO凸3^d一βl 32■t

i

10 20 30 40 50

tkplhinWater(mnl)

図7 理研 カー ボンイオンビー ムのブ ラッグピー ク拡大 に よる線量分布.太線は物理 的線量分布,細線は物理 的線量分布 に よって作 り出され る生物効果 (Co相 当線量 で表示)三角 印は細胞生残率 の分布 で線量計算が正 しいこ とを示す.

ビーム束に変化 し,ブ ラッグピー クの集合 は ビー ・ ムの末端部で厚 さの幅に応 じた広が りを見せ る(図

6下部パネル)。つ ま り,最大 イオン密度 をあたえ る部分が拡大す る この ように して得 たビーム を 拡大 ビーム と呼び,末端部の最大 イオン密度部 を 拡大ブラッグピー クと呼ぶ.飛程 の変化 したビー ム (B)はイオン化濃度 (LET)を異にす るか ら, 拡大 ビームでは生物効果は一様 でない。 もし,紘 大 ピー クで生物効果 を一定にす ることが必要なら, LET と RBE の関係 を利用 して線量の調整 を D の様 な分布 に規定す ると,

C

の様 な生物効果の予 測が可能 である。 この様 に吸収体 の設計デザ イン によ りこの拡大 ピー クの大 きさ,線量,生物効果 は調整で きる。従 って,最大生物効果 をもっ この ピー ク部位 は謂わば患部に合せて形成可能 となる.

これが重粒子線の大 きな物理学的特徴 で従来の放

射線にはない特性 である 現在の放射線技術 では ビームの飛程 とブ ラッグピー クを細工 出来 るとい うことは革命的であ り, それはビームの効果 を予 測出来 るこ とに外 な らない。 図

7

は, その技術 を 可能にす ると予想 出来 る予備実験の結果 である。

ここでは図1の最大4cmの飛程 を持つ カー ボンの 一次 ビー ムのブ ラッグピー クを

3

cm幅に拡大 し た時の線量分布 と予想 され る生物効果 を来 した。

また,拡大 ピー ク位置の生物効果 は一定す るよう 決め られた。実線 (Cal°)に沿 って点在す る▲印 の実験点(Exp)は形成 したビームで指定の位置で 照射 された細胞の致死効果の比較値 (入射部位 O

cmを規準) であ る。 この様 に粒子線ではデザ イン されたビームの形成が可能 である このこ とは, 腫癌の状況に合せ て治療 ビーム もデザ イン出来 る ことを示 している 飛程 の調整や ピー クの形態 を

(8)

の生物効果のみに依存 し, その生物効果の制 限因 子 としての作用 に制 限されていた受動的な治療・を あ る意味で積極的な作戟に変 えるこ とが出来 るこ

とを示唆 している

この よ うな重粒子線治療工学 とい うべ きものに 放射線生物学が深 く絡んでい ることは,基礎生物 学の実験成果が基本的に重要 であるこ とを意味す る

7

に於け る生物効果の計算に よる予測値 に は,実 は図

2‑ 5

に至 る一連の実験結果が含 まれ ている。実際には, ここに示 した量の数倍の実験 デー タによって裏付 け られている 重粒子線の治 療法 はこれで解決 した訳でな く, む しろ実践的な 技術 は これか ら開発 され るもの と考 えるべ きであ る ここで示 した実験結果は重粒子線医学利用の 可能性 を与 えるもので しか ない と云 える

4.

終 り に

ここでは,理研 の重粒子加速器 リングサ イクロ ト ロン と放 医研 の中性子治療装置であるサ イクロ ト ロンを用 いて得 られ る粒子線 ビームに関す る実験 につ いて述べ た。デー タは

1 9 91 ‑1 9 9 2

年 にわたっ て得 られた ものである両研究所 のスタッフに感 謝す ると共に, ここに講演 と寄稿 の機会 を与 えて 下 さった田坂賢二前会長,栗本雅 司現会長, なら びに佐藤勝紀常務理事 に深 く感謝の意 を表す る次 第である

1.ProceedingoftheNIRSInternationalWorkshopon HeavyChragedPaticleTherapyandRelatedSub‑

jects,ed.byA.ItanoandT.Kanai,NIRS‑M‑81, 1991.

2.Blakely,E.AリTibias,C.A.,Ngo,F.Q.,andCurtis, S.B.:Physicalandcellularradiobiologicalprop‑

ertiesofceavyionsinrelationtocancertherapy applications.InBiologicalandMedicalResearch withAcceleratedCeavyIonsattheBEVALAC, 1977‑1980,LBL‑11220,UC‑48,711‑720,1988. 3.大原 弘 :速中性子線及び陽子線の生物効果.恒元, 館野編 粒子加速器の医学利用,実業公報社,77‑86, 1985.

4.Blakely,E.A.,Ngo,F.Q.,Curtis,S.T.,and Tobias,C.A.:Ceavy‑Ionradiobiology:Cellular studies.Adv.imRadiat.Bio1.,2,295‑389,1984. 5.Hall,E.

∫ .:

LET andRBE,InRadiobiologyfor

theRadiologist,pp.163‑177,1988.

6.Ohara,H.,Kanai,T.,Ando,K.,Kasai,K.and Kawachi,K.:LethalEffectsofCarbonBeamsof RIKEN RingCyclotrononCulturedMammalian Cells.RIKEN Accel.Prog.Rep.25,107,1991. 7.大原 弘 :重粒子線の生物効果.恒元,大原編 がん

治療 における放射線生物学,実業公報社,pp.143‑150, 1989.

参照

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