法
談
論
議
に
つ
い
て
水
原
尭
榮
( 一) 高 野 坊 さ ん は 扇 子 で 出 世 す る ご は、 少 し で も 高 野 山 の 法 談 論 議 を 窺 ふ た も の は 知 り す ぎ る 理 知 っ て ゐ る こ ご で あ る。 タ テ コ カ シ そ こ ろ で 扇 子 で 出 世 す る 史 實 に つ い て は 甚 だ 朧 ろ げ で あ る、 扇 子 の 竪 ・ 横 は、 眞 言 剛 宗 の 宗 義 に 精 通 せ る か 否 か の 試 金 石 で、 こ の 竪・ 横 の 盛 梅 で 及 落 が 決 定 せ ら れ、 落 第 し た も の は、 か ね て 用 意 し た 石 帯 中 に 包 み 入 れ た 少 し ば か り の 路 銀 そ、 同 學 侶 よ り 儘 け さ れ る 包 み 銀 ご、 傘 一 本 を 以 て、 青 竹 で 警 め ら れ て ゐ る 役 人 の 別 れ 言 葉 を 最 後 ご し て 大 門 口 よ り ﹁ 下 山 申 付 け 候 ﹂ で お し ま い に な る、 こ れ そ 反 封 に ウ ツ オ セ ソ 及 第 す れ ば 腺 に あ り つ い て こ 萬 千 石 の 若 殿 原 こ し て 自 袈 裟 黒 塞 衣 の 服 装 で 佳 山 が か な ひ、 出 世 の 登 龍 門 が 開 け た こ ご に な つ た の で あ る。 ど こ ろ が 星 蘭 け 世 遷 り、 租 師 の 述 作 た る 経 疏 論 繹 に、 義 理 の 金 波 を 汲 み、 畳 海・ 法 性・ 道 範 ・術 扉 ・ 眞 辮 ・畳 和 な そ の 碩 學 輩 出 し て、 龍 象 山 谷 に 満 ち、 法 談 論 鼓、 密 林 を ゆ る が す の 盛 時 も、 や う く 衰 へ そ 法 談 論 議 に つ い て 八 三法 談 論 議 に つ い て 八 四 め て 告 朔 の 蝋 羊 の そ れ す ら 影 う す う な り つ、 あ る 此 頃、 温 故 知 新 の た よ り に も ご、 講 法 談 議 の 昔 時 を 偲 ん で み や う ご 思 ふ。
曾
て
碩
園
博
士
は
大
朝
紙
上
(
一 萬 四 百 十 八 號 明 治 四 十 四 年 二 月 廿 五 日) で 論 議 始 は 正 月 六 日 に し て、 其 下 調 は い つ も 此 燈 邊 に 於 て す る 例 な り け り、 寺 々 學 借 の 櫨 を 園 み て 法 論 を 闘 は し け ん 昔 の 佛 こ そ 偲 ぱ る れ、 今 は 古 き 寺 々 ツ チ ム ロ も 或 は 炎 上 し 或 は 改 築 し て 土 室 あ る は 少 し ま し て 三 年 の 薪 を や。 論 議 は カ ヶ ン、 ッ ノ リ、 ヅ メ、 ノ ガ レ ぞ て 辮 難 の 法 因 明 に 本 づ き、 其 音 調 は 聾 明 よ り 來 り、 李 上 去 入 の 四 聲 正 し く、 柳 揚 高 下 容 易 か ら す ご な り、 其 音 譜 を 見 る に、 魚 山 の 書 巴 同 じ く、 長 短 柳 揚 高 下 を 示 す の み な ら す 字 傍 に 小 圏 あ り て 四 聲 を 示 せ り、 謡 曲 の ロ ン ぎ、 此 に 出 で し は 勿 論、 曲 譜 も 亦 魚 山 に 胚 胎 せ し や 疑 ふ 可 か ら す。 論 議 は 如 何 な る も の ぞ ご 問 ひ し に、 老 僧 打 笑 ひ て、 此 慮 に 俗 人 に も 分 り 易 き 話 あ り、 或 時 暉 坊 圭 そ 高 野 坊 主 そ 行 逢 へ り、 暉 坊 主 云 く、 高 野 坊 主 は お 山 に 似 た り ( カ ケ ン) 高 野 坊 圭 云 く、 汝 お 山 を 知 る こ そ 如 何 に ( ッ ノ リ) 灘 云 く、 我 れ 昔 高 野 坊 主 に て あ レ し ( ッ メ) 高 云 く、 其 の 報 で 灘 に 堕 ち た か ( ノ ガ レ) そ。 論 議 蝶 聞 し た し そ 云 へ ば、 一 日 持 佛 堂 に て 論 議 あ り、 発 榮 僧 都 は 間 者、 快 圓 阿 闊 梨 は 講 師、 弘 榮 老 儒 正 は お 領 解 ( 判 者) に て、 大 日 経 の 一 疑 問 ご 聞 え た り、 何 こ か あ る べ う 候 こ か、 何 巴 あ ら う す る ごか 反 問 す る に は ﹁ な ん ざ の ﹂ ど 云 ふ が 如 き、 又 は ﹁ 墜 方 の 問 答 分 明 に 聞 え て 候 ざ り な が ら ﹂ な ざ、 云 へ る が 如 き、 言 葉 古 風 に し て 殊 勝 さ 言 は ん 方 な し、 今 の 議 會 に も 此 の 調 子 を 用 ひ な ば、 議 瘍 の 整 理 に 振 鈴 を 要 せ じ ご 思 は る、 又 其 の 音 調 の 高 低 長 短、 一 種 の 節 奏 あ り て 面 自 し、 今 は 告 朔 の 餓 羊 に 過 す、 其 ぎ れ す ら や う く 衰 ふ る な る べ し。 ご 批 評 の 筆 研 を 下 し て か ら 早 や 二 十 年 に 垂 々 こ し て ゐ る、 高 野 山 の 宗 義 研 鑛 に 於 け る 唯 一 な る 濾 談 論 議 の 形 式 だ も あ や ふ や に な り つ、 あ る は 難 山 こ し て 誇 る 我 が 山 の た め に 一 掬 の 涙 な き 能 は ざ る の 戚 を 深 う す る も の で あ る。 ( 二) 佛 数 々 理 を 研 鐙 す る に つ い て、 佛 敏 渡 來 の 始 め は、 重 に 講 縄 が 行 は れ、 そ れ が 議 を 闘 は す 法 論 ご 化 し て き た か の や う に 思 は れ る、 講 経 佛 敷 よ り 論 議 佛 教 そ な つ だ 歴 程 は、 佛 敷 史 を 繕 け ば 煙 か に 知 ら れ る 理 け で あ る。 高 野 山 に 於 て も、 高 租 大 師 唱 定 の 後 ち 檜 尾 僧 都 金 堂 に 於 て 大 日 経 疏 を 講 讃 し、 眞 然 俗 正 傳 法 二 會 の 式 目 を 定 め 置 か れ た る 已 來 大 會 相 績 敷 相 繁 興 な り ( 論 議 法 談 概 文)、 ご あ る 如 く、 最 初 は 経 を 講 す る 講 経 佛 敷 の 形 を 取 つ て い た も の で あ る。 こ の 講 経 の 内 容 は 現 在 奈 良 の 東 大 寺、 興 幅 寺、 藥 師 寺、 唐 招 提 寺、 法 隆 寺 な ざ の 諸 大 寺 に つ い て、 法 談 論 議 に つ い て 八 五
法 談 論 議 に つ い て 八 六 古 記 録、 古 草 を 見 れ ば 一 目 瞭 然 た る も の が あ る、 そ れ が 降 つ て 否 安 朝 に な る そ 論 議 の 形 こ な つ て 顯 は れ て ゐ る、 東 大 寺 圖 書 舘 に あ る 宗 性 大 徳 な ご の 古 草 を 見 る ど 鎌 倉 時 代 に は、 今 ま で の 経 を 講 じ た も の が 議 を 論 す る 形 そ 化 し て き て ゐ る こ ご が 窺 は れ る、 我 が 高 野 山 も 亦 そ の 流 れ に 掠 し て き て い る こ そ が 知 ら れ る の で あ る。 さ て そ の 論 議 佛 教 化 し だ そ い は れ る、 論 議 こ い ふ 種 類 形 式 で あ る が 斑 山 博 士 は、 ﹁ 我 が 國 の 古 舞 古 樂 に つ い て ﹂ ( 昭 和 元 年 十 二 月 廿 六 日、 啓 明 會 護 行 の 中 に、 論 議 の 類 別 を、 試 み ら れ て、 一、 佛 紳 へ 法 樂 の 爲 に 致 す-法 樂 論 議 二、 癸 學 又 は 試 學 の 論 議-癸 學 論 議 三、 娯 樂 論 議-娯 樂 論 議 こ い ふ や う に 頸 別 さ れ て あ る。 自 分 は、 論 議 の 類 別 を 養 大 し て リ ツ ヒ イ
一、
法
樂
論
議-竪
精、
正
智
院、
龍
光
院、
寳
性
院、
無
量
壽
院、
山
主
院、
御
影
堂、
二、
葡
學
論
議
-勧
學
會、
學
頭
(
最
勝
講
論
議)、
又
習
エ
三、
練
修
論
議-蓮
花
乗
院
(
現
今
の
大
會
堂)、
四、
講
経
論
議-孝
徳
天
皇
臼
難
四
年
(
日
本
書
記
所
載)、
五、
稚
見
論
議-四
重
附
論
議
(
現
今
の)
(
名
鑑
集、
高
野
春
秋
所
載)、
六、
娯
樂
論
議
-四
月
高
野
に
て
は
土
室
に
燈
を
園
み
て
や
る
(今
は
絶
へ
て
更
ら
に
な
し)、
七、
武
家
論
議-駿
府
政
事
録
所
載、
(安
土
宗
論
々
議
な
ご)、
入、
宮
中
公
家
論
議
-御
齊
會、
(興
幅
寺
年
代
記
所
載)、
九、
追
善
論
議
-弔
講、
東
寺
な
ぞ
に
は、
法
樂
論
議
巴
し
て
春
季
は
八
幡
法
樂、
冬
季
は
稻
荷
法
樂、
毎
月
十
五
日
に
は
鎭
守
講、
毎
月
廿
一
日
に
は
論
議、
八
祠
忌
日
に
は
八
租
論
議、
十
月
十
日
に
は
十
座
論
議
の
行
は
れ
た
こ
ざ
は、
東
寳
記
に
載
せ
ら
れ
リ ユ ギ オ 醍 醐 三 寳 院 に は 竪 義 會 こ て 公 家 論 議 が 行 は れ た こ 灰 聞 し て ゐ る。 仁 和 寺 に も 傳 法 會 が 行 は れ た そ あ る か ら 密 敏 の 諸 寺 名 刹 に は、 論 難 法 鼓 の 聲 密 林 を ゆ る が し 陀 往 時 の 盛 親 が 思 ひ や ら れ る。 で、 こ れ ら の 論 議 の 形 式 を も 綜 合 し て 考 へ る ご、 十、 鎭 守 講 十 一、 入 租 論 議 十 二、 十 座 論 議 十 三、 竪 義 論 議 十 四、 番 論 議 法 談 論 議 に つ い て 八 七法 談 論 議 に つ い て 八 八 十 五、 勅 願 論 議 な ご 十 五 種 の 類 別 が つ く の で あ る、 合 す れ ば 法 樂 ・勧 學 ・ 娯 樂 め 三 種 に な る だ ら う が 開 け ば ま つ 十 五 種 ぐ ら い に な る、 し か し 論 議 法 談 の 史 實 を 深 く 槍 討 す れ ば ま だ く 名 構 の 異 な つ た 論 議 形 式 の も の が 顯 は れ て こ や う が、 こ の 方 面 の 研 究 は ま だ 荊 棘 の う ち を 切 り 開 く の で あ る か ら、 充 分 な こ ご を 記 す ま で に な つ て ゐ な い の は 遺 憾 で あ る が 今 は そ の 輪 廓 だ け を 叙 述 し、 み や う。 ( 三) 孝 徳 天 皇 臼 錐 四 年 ( 日 本 書 紀) 講 経 の あ つ た こ そ が 記 さ れ て か ら 講 経 -論 議 こ な つ て き た の で あ る が 弘 法 大 師 時 代 に は 如 何 で あ つ た か ご い ふ こ そ を 調 べ て み る、 行 歌 集 記 六 十 四 條 に は、 番 論 議 が 行 は れ た こ ご が 記 さ れ て あ る。 ﹁ 御 齊 會 結 願 之 次 召 ニ 講 師 聴 衆 等 ー於 ニ 禁 中 ー被 レ 行 二 番 論 議 一 而 東 寺 長 者 於 二 興 言 院 一修 二後 七 日 御 修 法 一件 長 者 阿 閨 梨 與 二 講 師 聴 衆 一同 引 列 ニ 参 御 前 ー清涼殿若南殿 ⋮⋮次 御 議 五 墜 ﹂、 弘 法 大 師 年 譜 九 怒 廿 五 丁 に は、 ﹁ 天 長 三 年 十 月 三 日 於 二 西 寺 一講 二 法 華 経 一大 師 配 二 呪 願 一時 有 二 論 議 ー ﹂ ⋮⋮年 譜 十 卷 廿 六 丁 に は、 デ ニ ト ﹁ 正 月 十 四 日、 最 勝 會 覧 於 ニ 紫 震 殿 一命 二 大 師 及 諸 徳 論 議 ﹂ ⋮⋮年 譜 十 一 卷 十 一 丁 に は、
﹁ 承 和 二 年 正 月 勅 宣 宮 中 金 光 明 會 殿 上 論 議 者 十 口 之 外 加 二 眞 言 宗 ニ ロ 一永 爲 二 恒 例 一行 レ之 ﹂ 績 弘 法 大 師 年 譜 懇 二 十 六 丁 右 に は ヲ ﹁ 承 和 十 四 年 夏 始 二 行 東 寺 傳 法 會 一此 料 者 腰 二 綜 藝 種 智 院 一買 二 取 其 荘 園 ー云 々 、 、 、 、 巻 五 三 十 五 丁 注 頭 書 に は、 ノ ﹁ 十 四 日 御 肚 見 論 議 衆 十 一 人 ﹂ ご 記 さ れ て あ り、 寧 樂 刊 行 史 六 八 頁 に は、 春 日 灌 現 験 記 に よ つ て 春 日 大 明 紳 の 論 議 問 答 の 因 縁 が 記 さ れ、 同 史 七 八 頁 に は 奈 良 論 議 の こ ご が 叙 述 さ れ て あ る、 高 野 山 寳 壽 院 文 庫 ︹ 七 十 五︺ 筥 ニ ノ 本 に は、 高 野 大 師 論 議、 智 謹 大 師 論 議 が 記 さ れ ︹ 七 十 六︺ の 筥 に は 論 議 に 關 す る 文 書 が 遺 存 し あ り、 降 つ て 鎌 倉 時 代 こ も 見 ら る べ き も の に ︹ 百 〇 五︺ 筥 の 三 ノ 本 に、 勅 願 長 日 談 議、 御 魁 最 勝 講 論 議、 足 利 時 代 ご 見 ら る べ き も の に、 ︹ 百 廿 五︺ 筥 三 ノ 本 に、 大 日 経 疏 論 議 に 關 す る 論 草 が 遺 存 し て ゐ る。 大 師 御 在 世 當 時、 講 経 談 論 宗 義 の 研 鐙 ぽ、 諸 寺 諸 山 は 蘭 菊 美 を 競 ふ の 盛 観 を 呈 し た も の で あ る。 随 つ て 南 郡、 北 嶺、 京 を 違 く 離 れ た 高 野 山 に 於 て も、 論 議 法 談 置 文 に 記 さ れ て あ る 通 う、 高 組 大 師 御 入 定 直 後、 檜 尾 俗 都 に よ つ て 大 日 維 疏 の 講 讃 は 金 堂 に 於 て 行 は れ、 眞 然 僧 正 早 く も 傳 法 二 會 の 式 目 を 定 め 置 か れ た の で あ る、 そ れ が 建 久 年 間、 右 大 將 頼 朝 卿 葡 學 の 法 會 を 高 野 山 に 施 設 す る に 當 つ て 蔚 然 こ し て 論 議 法 談 の 勃 興 を 召 旅 し た も の で あ る。 演 談 論 議 に つ い て 八 九
法 談 論 議 に つ い て 九 〇 (四) 高 野 春 秋 に 記 す ご こ ろ に 依 て 鋤 學 論 議 一 方 の 道 瘍 で あ つ た 蓮 華 乗 院 の 有 様 を 見 る ご、 交 治 五 年 四 月 十 五 疑 に、 瀧 華 乗 院 の 供 僧 を 新 に 加 補 さ れ、 建 久 元 年 六 月 廿 五 日 に は、 足 利 入 道 鍵 阿 子 は 永 く 天 野 宮 に 十 三 石 を 寄 進 し て 法 華 入 講、 理 趣 三 昧 を 開 白 し て ゐ る。 (容 秋 巻 七、 一二 三 明 治 四 十 五 年 版) 建 仁 二 年 十 月 廿 日 に は、 蓮 華 乗 院 米 當 國 南 部 庄 の こ そ が あ り、 ( 春 秋 巻 七、 一 四 〇) 承 久 三 年 九 月 廿 回 日 に は 瀧 華 乗 院 々 宣 の 添 歌 に よ つ て 長 日 の 密 談、 百 廿 口 の 學 衆 を 勧 め て 百 骨 年 仙 算 を 所 る こ ご が あ り、 暮 秋 巻 八、 一 四 二) 延 懸 元 年 六 月 六 日 に は、 宗 家 よ り 八 個 條 の 法 を 山 家 に 麗 か れ た る う ち、 第 一 修 學 を 興 隆 す べ き こ ご、 第 三 に 聲 明 業 を 勧 進 す べ き こ ご が あ り、 (春 秋 巷 八、 二 五 ご) 文 永 九 年 三 月 日 に は、 傳 法 會 の 談 議 勤 働 の こ ご が あ る 仁 治 三 年 已 來 丈 六 堂 に 出 仕、 ( 春 秋 管 九、 一 七 二) 仁 治 三 年 の 事 愛 そ は、 大 傳 法 院 ご 金 剛 峯 寺 の 謝 ひ で、 百 練 抄 十 五 卷、 仁 治 元 年 七 月 十 三 日 の 條 に、 ﹁ 十 三 日 癸 巳 今 日 申 刻 高 野 傳 法 院 井 俗 房 等 爲 二 奥 院 悪 徒 齢被 二 焼 掃 一鼓 云 傍 武 土 等 馳 向 是 去 年 七 月 傳 法 院 法 華 三 昧 之 間 爲 二 奥 院 悪 窯 一 破 二 損 道 瘍ー 件 下 手 三 人 或 遣 二 配 所 一或 禁 二 獄 舎 一去 正 月 奥 院 遣 二 軍 兵 一働 二入 大 塔 一 供 僧 百 四 十 口 内 傳 法 院 衆 廿 ロ 自 由 命 レ除ニ 名 帳ー 畢 依 ニ 此 事 一爾 方 構 二 城 溺 ー遣 二宮 使 一錐 二 制 止 一 還 及 二 此 災 一 ノ
法
滅
之
期
歎
爲
二
之
如
何ー
﹂、
﹁
本
寺
與
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法
院
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文
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爲
﹂
に、
六
條
院
仁
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正
月
日、
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法
院
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首
僧
都
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ヲ ス ペ キ 阿 闇 梨 日 職 畳 深 等 配 流 訴 歌、 蒙 二 鳥 羽 法 皇 之 宣 旨 一稽 二 講 法 談 議 之 瑚 一 且 申 二 寄 田 薗 庄 領 齢云 云 ﹂ の こ そ で 畳鍵 追 放 樹 金 剛 峯 寺 衆 徒 の 権 勢 利 慾 の 喧 嘩 が 遽 に 法 滅 の 相 を 書 き い だ し て 滅 法 憎 の 醜 欺 を さ ら け だ し た こ 憲 で あ る。 こ の 課 論 の た め に、 高 野 入 傑 は 遠 流 さ れ、 堂 塔 は 焼 き 掃 は れ、 法 談 講 経 こ こ ろ の 騒 ぎ で は な く 僧 徒 は 離 山 し 廟 域 を 守 る も の す ら な き 贋 滅 荒 涼 の 有 様 そ な つ た の で あ る。 文 永 十 一 年 五 月 廿 八 日 に は、 山 王 院 最 勝 講 問 答 論 議 格 が 戒 立 し て あ り (春 秋 巻 九、 一 七 三)、 弘 安 八 年 五 月 廿 一 日 に は、 金 堂 に 於 て 學 衆 中 の 大 會 を 始 行 し、 上 三 所 よ り ( 検 校 そ 爾 學 首) 下 若 學 衆 ま で 同 時 に 集 會 五 十 個 日 を 限 つ て 恒 格 こ し た こ あ り (春 秋 巻 九、 一 八 〇)、 正 懸 二 年 五 月 に は、 最 勝 講 に 謹 義 者 を 止 め 爾 學 頭 を 以 て 謹 誠 そ 爲 し、 開 結 の 座 は 槍 綾 勤 め ら れ る そ あ り (春 秋 巻 九、 一 八 二)、 同 三 年 十 一 月 十 九 日 夜 孚 に 心 王 院 快 曾、 大 明 神 の 霊 夢 を 戚 見 し て 塞 髪 見 問 答 講 を 天 野 の 宮 に 始 行 し た こ あ り (春 秋 巻 九、 一 八 二-一 八 三)、 正 慮 四 年 二 月 十 六 日 に は、 垂 髪 兇 問 答 講 を 天 野 の 宮 に 始 行 し だ、 こ れ は 心 王 院 快 奪 の 興 行 で、 仁 和 寺 の 宮 が 御 願 主 ご あ う、 同 年 五 月 廿 七 日 に は、 垂 髪 竪 義 を 天 野 の 宮 に 興 行 し た、 竪 者 は 西 方 院 花 壽 ︼ 丸 行 年 十 六、 讐 者 は 五 智 院 朝 曾 五 十 九 歳 ざ あ り (春 秋 巻 九、 一 八 三)、 エ 正 和 二 年 入 月 八 日 に は、 後 宇 多 法 皇 御 幸 山 が あ り、 十 二 日 よ り 十 四 日 に 至 る 三 個 日、 會 堂 に 於 て 即 身 義 の 論 議 が あ り、 初 日 玄 海、 二 日 畳 和、 三 日 定 劔、 十 問 十 講、 雨 學 頭 よ り 衆 分 に ま で 至 つ だ、 十 四 日 に は、 山 王 院 拝 殿 に 於 て 垂 髪 兇 問 答 講 が あ つ た こ あ り (春 秋 巻 十、 一 九 五)、 法 談 論 議 に つ い て 九 一
法 談 論 議 に つ い て 九 二 こ の こ そ は 仙 躍 抄 に は か な り 詳 し く 記 さ れ て あ る、 そ れ に は、 テ レ チ ニ ( 會 堂) ノ テ ノ ノ ニ テ ﹁ 自 二 同 十 二 日ー 至 二 十 四 日 一限 二 三 箇 日 一鮎 二 未 刻 二於 二 蓮 華 乗 院ー 在ニ 即 身 義 御 談 議 一熟 堂 応 西 方 錺 二 御 座ー ハ ノ ハ ツ エ ノ ハ ノ
上
皇
御
簾
内
三
シ
テ
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二
御
聴
聞
崩大
衆
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二
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上
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日
講
寳
性
院
眞
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房
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議
六
識
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第
ノ ハ ノ ノ ト ノ ハ二
日
講
谷
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日
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議
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経
敷
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身
説
職
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身
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第
三
日
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三
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衆
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間
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サ
リ
右
學
頭
大
樂
院
藤
智
房
信
日云云、
ノ ニ ノ ニ デ ヲ ヲ テ チ ン テ 同 十 四 日 戌 亥 刻 於 二 山 王 院 御 拝 殿 二有 二 法 會 二兼 懸 ニ 御 簾 一錺 二 御 座ー 撰 二 器 量 之 垂 髪ー 致 二 数 日 之 稽 古 一延 ニ ノ ヲ フ ニ リ テ ヒ ヲ テ シ テ ニ ノ 問 答 講 演 匪 席 一備 二選 遍 臨 幸 之 報 寮ー 則 錺 二 道 傷ー 刷 二會 儀 一 然 問 役 垂 髪 等 兼 以 貼 二 集 會 所 一 戊 刻 自 二 中 門 ヲ ノ ニ メ ナ タ ア ツ テ チ 前ー 引 レ 列 着 座 暴 頭 大 衆 随 二 從 之 一上 下 前 後 園 続 不 レ 知 二 其 敷 一暫 成 二 御 幸 二云 云 そ あ る。 建 武 元 年 入 月 十 六 日 に は、 長 日 談 議 之 を 始 行 し て 四 海 清 李 を 赫 る べ き よ し の 論 旨 が 下 さ れ て あ り、 越 へ て 九 月 三 日 に は、 學 道 三 年 目 名 判 を 留 記 し て 以 て 後 世 の 永 格 そ す る こ そ が あ り (春 秋 谷 十、 二 〇 六)、 貞 治 六 年 一三 月 十 二 日 に は、 寺 家 問 答 講 の 中 興 の こ ご が あ り (春 秋 谷 十、 三 九)、 明 徳 一三 年 一三 月 廿 入 日 に は、 蓮 華 乗 院 の 奮 領 年 貢 元 の 通 り ぞ あ り (春 秋 巻 十、 二二二)、 慮 永 十 三 年 五 月 三 日 大 法 會 を 山 王 院 に 執 行 し、 南 都 二 會 の 法 事 を 傳 習 し て 竪 義 精 義 そ 名 付 け、 永 世不 易 之 寺 役 の 起 本 こ し た こ あ り、 且 つ 無 量 壽 院 長 轡、 繹 迦 交 院 快 全、 親 し く 南 都 興 輻 寺 に 赴 き、 法 華 維 摩 の 二 會 を 習 學 し た こ そ が 記 さ れ て あ る (春 秋 巻 十、 三 一六)、 癒 永 十 三 年 五 月 三 旧、 長 轡 快 全 に よ つ て な さ れ た る 竪 精 己 家 今 日 ま で 麓 細 隔 て あ り、 廣 略 異 な り 精 輩 か は り あ り、 世 移 り 星 か は れ こ も 五 月 三 日 山 王 院 で 竪 精 論 議 の 鎭 仰 は 永 世 の 絡 式 こ な つ て き て ゐ る 基 礎 の 確 立 は、 實 は、 足 利 の 初 頭、 慮 永 十 三 年 南 都 に 於 け る 維 摩 法 華 二 會 の 傳 習 に 始 ま る の で あ る。 彼 の 春 秋 憲 十、 建 武 元 年 九 月 三 日、 學 道 三 年 目 の 名 判 留 記 以 て 後 世 の 永 格 ご さ れ る ま で の 記 録 に は 組 織 立 つ た、 系 統 の つ い た も の は 皆 無 で あ つ て 高 野 山 講 経 論 義 史 こ し て は 荒 野 を 行 く が 如 き 一 種 の 心 淋 し さ を 豊 ゆ る の で あ る。 幸 に 建 武 二 年 よ り 慶 長 十 九 年 ま で の 記 録、 三 年 目 名 判 正 李 廿 一 年 よ り 昭 和 三 年 ま で の も の 二 軸 が 御 影 堂 内 々 陣、 高 租 大 師 影 前 に 保 護 さ れ ゐ る の ど、 金 剛 峰 寺 に、 如 意 輪 寺 先 師 啓 道 阿 闇 梨 寄 進 に かゝ る、 渤 學 院 學 道 沙 汰 代 手 日 記 爲 一 冊 勧 學 院 學 道 新 古 牧 箱 目 録 爲 一 冊 渤 學 院 學 道 謹 文 類 集 篤 一 冊 從 建 武 二 年 至 元 腺 十 三 隼 勧 墨 徒 學 道 之 留 一 爲 一 冊 從 元 緑 十 四 年 至 元 交 五 年
勧
學
院
學
道
之
留
二
寓
一
冊
法 談 論 議 に つ い て 九 三法 談 論 議 に つ い て 九 四 從 寛 保 三 年 翌 安 永 三 年
渤
學
院
學
道
之
留
三
寓
一
冊
が あ る の で 推 考 倒 叙 し て 粗 ぽ 鎌 倉 時 代、 或 は そ れ 以 前 法 談 論 議 の 有 様 も 類 推 す る こ ご が 出 來 や う か ど 思 は れ る。 (五) 紀 伊 績 風 土 記 に よ つ て 論 場 の 一 方 た る 渤 學 院 の 史 實 に 徴 す る に、 右 大 將 頼 朝 公 が 鎌 倉 に 覇 を 唱 へ る の 初 め、 建 久 の 頃、 交 敷 に 意 を 用 ひ て 高 野 山 に 渤 學 院 修 學 院 の 勧 學 婆 學 の 法 會 を 設 け た こ ご に 櫨 輿 し ( 勧 學 院 沙 汰 記 録)、 弘 安 四 年、 北 條 時 宗 勧 學 院 を 建 立 し て 永 世 不 朽 の 鴻 基 を 起 し た こ と は、 金 剛 三 昧 院 の 文 書 に 煙 か な る そ こ ろ で あ る、 依 て 金 剛 三 昧 院 を 以 て 鋤 學 院 を 管 領 せ し め、 弘 安 四 年 三 月 廿 一 日 に は、 金 剛 三 昧 院 に 十 萬 鯨 石 を 封 緑 し て 鎌 倉 殿 の 所 願 寺 こ な し、 か ね て 學 徒 を 扶 持 せ し め た の で あ る そ の 後 文 保 二 年 に、 鎌 倉 畳 圓 寺 の 佳 僧 道 戒 上 人 の 渤 登 に 依 て、 後 宇 多 法 皇 の 院 宣 を 賜 ひ、 文 保 二 年 九 月 廿 九 H に は、 八 宗 渤 學 の 大 願 を 登 し、 所 貯 の 財 寳 を 分 割 し て 東 寺 高 野 に 施 入 し、 勅 願 の 法 會 そ し て 嚴 重 の 規 則 を 定 め、 學 衆 積 功 累 徳 の 學 業 を 勧 璽 す る こ ご に な つ た、 正 安 二 年 に は 式 目 を 設 け て 永 世 の 格 式 こ な し た。 エ渤
學
會
三
年
目
過
去
名
簿
の
頭
書
に、
定
置
渤
學
院
内
談
義
條
々
こ
し
て、
ノ キ ヲ キ チ ノ ニ 一、 凡 法 談 程 各 可 二 用 意 一 奥 猫 立 自 慢 義 開 レ ロ 吐 レ之 多 分 精 談 言 掩 レ 耳 無 レ 聞 實 爲 二 談 障 義 一尤 可 レ 命 二停 止ー ノ テ ヤ ニ ノ 況 談 ゴ 他 過 失 一事 只 柔 和 忽 辱 而 可 二 一 味 和 合 一事、 ハ ノ ハ テ ナ テ ル 一、 講 席 上 首 者 末 學 先 達 也 且 守 二 師 資 禮ー 敢 不 レ可 二 輕 忽 一事、 テ ル ニ タ ノ ン テ ノ チ サ ミ ノ 一、 垂 レ 眉 素 月 者 積 レ 身 歳 霜 也 各 亦 侍 二 誉 先 膿 一 不 レ 可 レ 編 二 若 少 仁 一事、 右 三 箇 條 者 法 文 談 論 之 外 可 レ 略 二 飴 事 雛之 間 能 化 所 化 爲 二 存 知 一殊 定 畳 之 條 如 件 正 安 二 年 十 一 月 日 (皇 紀 千 九 百 六 十 年 西 暦 千 三 百 年) 追 加 條 々 一、 學 道 勤 仕 衆 錐 レ 有 二 所 望 入 一無 二左 右 一卒 爾 不 レ可 レ 入 二 衆 中 一事、 右 誘 引、 稽 古 鐙 仰 之 入 錐 レ 爲 二 恵 命 相 績 之 計 一所 縁 存 私 曲 以 二 非 機 一稻 二 器 量ー 入 二 此 衆 一事 可 二停 止 之 初ー 只 錐 レ 似 二 佛 法 興 隆 之 志ー 後 還 可 レ 爲 二 鋤 學 退 轄 之 基 一學 業 陵 逞 職 而 由 レ 此 專 撰 二 法 器 嚇可 レ 入 二 衆 中 轍也、 扁、 縦 難 レ 爲 二 聰 敏 人 一不 レ 可 レ 交 二 武 勇 輩 一事、 右 偏 螢 二 修 學 一之 業 者 專 依 二 穏 便 之 髄 一也 然 學 窓 忘 招 夜 月 之 思 戦 蕩 携 横 二秋 霜 之 道 一且 背 二 高 租 之 遺 誠 一且 違 二 先 哲 之 行 儀ー 若 有 レ 帯 二 雄 劔 一之 輩 者 須 レ 出 ニ 列 雁 序 之 衆 一尖、 一、 學 道 惣 談 義 時 者 勤 仕 衆 悉 可 二出 仕 一事、 法 談 論 議 に つ い て 九 五
法 談 論 議 に つ い て 九 六 右 惣 別 之 談 義 錐 レ 異 二 文 段 之 稽 古ー 是 同 然 私 有 レ守 二 一 机 之 自 見 一惣 無 レ 准 二 多 分 之 談 論 一 外 非 レ 忘 二 信 衆 和 合 之 儀 一内 似 レ 挿 二濁 歩 我 慢 之 思ー 於 二 談 義 席 一無ニ 出 仕 脚者 縦 錐 二 累 日 之 讃 仰 一可 レ 止 二 其 年 之 勤 仕ー 但 身 上 重 恩 之 葬 家 眼 前 李 臥 之 病 櫛 者 各 有 二 通 局ー 可 レ 被 二優 免ー 鰍、 一、 學 道 毎 E 讃 書 可 レ 任 二 當 座 圏 子ー 事、 ノ テ 右 十 段 讃 書 毎 度 閣 子 自 二 始 行 一 巳 來 所 レ被 二定 置 一也 然 而 若 及 二 後 輩 一更 存 二 新 儀ー 或 進 望 二 他 入 之 闊 子ー 或 退 譲 二 自 身 之 講 鍛 一者 匪 二 蕾 齪 一先 賢 定 置 之 旨 兼 亦 爲 二 後 學 陵 癒 之 基 固ー 任 二 毎 日 之 闊 子 顧可 レ勤 二 十 座 之 讃 書ー 焉、 一、 背 二 事 書 一旨 致 二張 行 幽者 不 レ 論 二 新 古 衆ー 可 レ 出 二 學 道 中 一事、 ノ
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學
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皇 紀 千 九 百 六 十 年 西 暦 千 三 百 年) に 始 め て 勧 學 の 式 目 が 定 め ら れ て か ら 三 十 四 年 後 の 建 武 元 年 に ( 皇 紀 千 九 百 九 十 四 年、 西 暦 千 三 百 三 十 四 年) 五 箇 條 か ら な る 追 加 の 掟 が 規 定 せ ら れ て 漸 く、 勧 學 の 墓 礎 が 固 く な つ た わ け で あ る。 (紀 伊 績 風 土 認 巻 之 五、 九 八) 正 安 建 武 の 式 目 は、 法 談 論 議 に つ い て 重 要 な る 役 目 を な し て ゐ る も の で あ る。 學 蓮 の 有 様 は、 學 衆 廿 八、 一 薦 三 薦 初 年 二 年 三 年 上 沙 汰 下 沙 汰、 装 束 は、 襲、 精 好 袈 裟、 帽 子、 頗 梨 珠 歎、 草 子 形、 金 中 啓、 所 講 所 談 年 々 歳 々 異 懇 で、 毎 歳 入 月 膏 一 日 よ り 十 箇 日 の 間、 廿 人 の 學 衆 を 擢 で 日 々 に 講 莚 論 難 を だ ゝ か は し た も の で あ る、 弘 安 の 文 書 に は 廿 五 人 ご あ れ ご、 正 安 二 年 の 式 目 己 來、 學 衆 人 廿 人 ご 限 定 せ ら れ て あ る、 こ の 廿 人 が 普 通 廿 五 憲 疏 ご 稽 す る、 大 日 経 口 之 疏 五 懇、 十 憲 章 十 懇、 騨 摩 詞 術 論 十 巻 を 所 談 こ し、 所 講 こ し て は 大 日 経 ・ 金 剛 頂 経 ・蘇 悉 地 経 を 以 て、 年 々 憲 を 頒 ち て 講 鐙 し、 問 答 終 日 智 鋒 を 交 へ 法 理 の 深 奥 を 彰 し、 か ね て は 三 寳 の 法 樂 に 備 へ た の で あ る。 こ の 學 業 功 成 り 徳 積 ん で 逐 に 寺 務 槍 校 こ な り、 學 衆 の 行 業 叢 に 於 て 成 満 す る こ ご に な つ て ゐ る 形 式 は 今 も 同 様 で あ る (風 土 詑 巻 三 五、 一〇〇) ( 六)春
秋
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る 論 義 法 談 の 精 彩 は 朧 げ で、 只 そ の 翰 廓 だ け が か ろ う じ て 推 考 さ れ る ぐ ら い、 仙 躍 抄 に よ つ て 正 和 二 法 談 論 議 に つ い て 九 七法 談 論 議 に つ い て 九 八 年 入 月 入 日 よ り 十 四 日 に 至 る、 後 宇 多 法 皇 御 幸 に 報 寮 論 議 が 知 ら れ て ゐ る ほ か 御 影 堂 内 々 陣 所 納 の 古
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﹁ 聞 乍 化 聞 度 口 ﹂ ﹁ ﹂? 唄 僧 仙 房 散 華 信 俊 房 人 数 十 八 人 法 談 論 議 に つ い て 九 九法 談 論 議 に つ い て 一 〇 〇 ○延 元 元 子 所 講 最 勝 王 経 所 談 寳 錦 下 巻 論 義 不 付 之
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一、
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日
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自 十 一 月 一 匝 至 十 二 月 廿 日 可 談 之 人 臼 堂 年 沙 汰 所 談 幾 結 願 之 翌 日 司 始 之 也一、
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一、 所 化 事 毎 年 取 孔 子 能 化 可 定 之 叉 廿 人 之 内 若 有 所 勢 等 事 人 激 不 満 之 時 者 兼 臼 班 撰 補 以 五 人 之 學 道 随 断 闘 繭 次 可 加 之 夷一、
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ウ チ ダ ン キ シ ジ ユ ウ ヅ ケ 容 形 式 に つ い て 調 べ て み た い ご 思 ふ が こ れ も、 現 今 行 は れ て ゐ る 内 談 義 四 重 附 の 癖 梅 よ り 上 代 を 推 考 法 談 論 議 に つ い て 一 〇 三法 談 論 議 に つ い て 一 〇 四 す る よ b 方 法 が な い の で あ る が、 こ れ は あ ま り 冗 漫 繁 雑 に 亘 る か ら 省 略 す る、 又 天 野 宮 に 行 は れ た 八 講 論 義 の こ ざ も 他 日 に 譲 る こ ご、 し て 摺 筆 す る。 轡 だ 最 後 に、 御 影 堂 内 々 陣 所 納、 渤 學 會 三 年 目 過 去 名 簿 に あ る 學 衆 人 数 の 計 算 を 記 し、 勘 學 論 義、 宗 義 研 鐙 に 從 事 せ る 學 衆 の 如 何 に 多 か り し か を 見 て、 高 野 山 學 道 の 盛 時 を 偲 ぶ こ ご、 す る。 正 季 廿 一 年 大 法 師 頼 圓 よ り 始 ま つ て 昭 和 二 年 度 に 及 ぷ 間 に、 一 千 七 百 七 人 こ い ふ 多 数 が 三 年 目 の 學 衆 に 出 仕 し、 積 功 累 徳、 學 業 成 就 の 芳 閾 を 残 し て 居 る の で あ る。