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密教研究 Vol. 1933 No. 51 018中川 善教「弘法大師の本地と前身及びその後身 P329-357」

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(1)

剛 大 師 垂 辺 説 の 前 驅 佛 教 に 於 け る 本 迹 二 門 の 思 想 は 、 そ の 源 は 遠 く 佛 説 に 迄 遡 ら ね ば な ら ぬ 。 法 華 經 維 摩 經 等 の 本 地 垂 迹 の 思 想 は 、 上 宮 太子 の 義 疏 に 現 は れ て 神 祇 と 佛 教 と の 融 和 の 萌 芽 を 示 し 、 密 教 の 傳 へ ら る ゝ や 大 日 經 等 は 平 安 朝 の 初 頭 に 當 つ て 一 層 こ の 思 想 の 發 達 を 催 進 し 、 そ の 起 源 を 詳 に せ す と 雖 も 八 幡 大 神 を 大 自 在 王 菩 薩 と 稱 し て 菩 薩 の 位 に 列 ね 、 こ れ に 佛 格 を 與 ふ る こ と は ﹃ 扶 桑 略 記 ﹄ の 延 暦 二 年 に 見 え 、 ﹃ 東 大 寺 要 録 ﹄ 弘 仁 十 二 年 入 月 十 五 日 の 太 政 官 符 に は 、 護 國 靈 驗 威 力 神 通 大 自 在 王 菩 薩 と 稱 す べ し と あ り 、 こ の 思 想 は 彼 の 神 像 最 古 の 遺 物 た る 藥 師 寺 八 幡 宮 の 僧 形 八 幡 と な つ て 具 象 化 し 、大 江 匡 房 の ﹁ 續 本 朝 往 生 傳 ﹄ に ﹁ 生 身 之 佛 即 是 八 幡 大 菩 薩 也 謂 其 本 覺 則 西 方 無 量 壽 如 來 也 ﹂ と あ る に 至 つ て 本 地 垂 迹 の 思 想 は 完 成 さ る ゝ に 至 る の で あ る 。 か く の 如 き 觀 念 は 偉 人 の 出 現 を 以 て 單 な る 人 間 と せ す 大 聖 の 權 化 な り と 見 る よ り 、 そ の 本 身 を 先 聖 に 求 む る の 思 想 を 來 し 、 既 に 聖 徳 太 子 の 平 氏 傳 に は 、 太 子 を 救 世 觀 世 音 大 菩 薩 の 後 身 な り と し て ゐ る の で あ つ て 、 も と 偉 徳 の 人 を 慕 ふ の 情 の 甚 だ し き に 出 で 、 時 代 を 加 ふ る に 随 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 二 九

(2)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 〇 つ て 益 そ の 光 背 を 大 に し 、 崇 敬 の 極 は こ れ に 佛 格 を 與 へ 、 先 佛 の 垂 迹 な り と の 思 想 を 生 す る に 至 る の で あ る 。 爰 に 本 朝 眞 言 密 教 の 鼻 祖 弘 法 大 師 は 、 攝 化 邊 土 に 周 く 徳 行 九 天 に 達 し 、 觀 賢 僧 正 諡 號 を 奏 上 せ し よ り 以 來 愈 信 を 敦 か ら し め 、 看 る に 權 者 を 以 て し . 觀 す る に 遽 く 本 地 妙 覺 の 位 を 以 て し 、 近 く 先 聖 の 再 來 な り と の 信 仰 を 生 す る の で あ る 。 弘 法 大 師 の 傳 記 を 伺 ふ に 、 大 師 が 承 和 二 年 三 月 十 五 日 に 諸 弟 子 等 に 遺 告 せ る 所 謂 ﹁ 二 十 五 箇 條 の 御 遺 告 ﹂ な る も の が あ つ て 、 入 定 に 先 き 立 つ て 諸 弟 子 に 與 へ た る 處 と 傳 へ ら れ 、 あ ら く 大 師 三 生 の 事 蹟 を 記 し 、 若 し 眞 に 紀 年 の 如 く な ら ば 根 本 的 な る 大 師 史 傳 な り と 雖 も 、 然 も 野 山 御 影 堂 の 賓 庫 に 大 師 御 筆 と 稱 す る も の を 傳 ふ と 雖 も 、 ﹁ 遺 告 眞 然 大 徳 等 ﹂ 等 と 共 に 古 來 最 も 疑 あ る 處 に て 、 果 し て 大 師 眞 作 な り や 否 や は 遽 に 断 定 の 下 し 得 な い も の で あ る 。 併 し 本 書 が 入 滅 と 云 ひ 未 だ 入 定 と 稱 せ ざ る 點 よ り 見 て も 、 か な り 古 い 時 代 の 製 作 に か ゝ る も の で あ る と は 云 ひ 得 る で あ ら う 。 そ の 中 の 文 に 、 父 母 曰 。 我 子 是 昔 可 彿 弟 子 以 何 知 之 。 夢 見 .從 天 竺 國 聖 人 僧 來 入 我 等 懐 。 如 是 妊 胎 産 生 子 也 。 と あ り 。 大 師 を 以 て 大 聖 の 權 化 、 先 佛 の 垂 迹 な り と す る 思 想 の 先 驅 を 戒 す も の と 云 ふ べ き で あ ら う か 又 御 遺 告 に も 引 い て ゐ る が 恵 果 の 俗 弟 子 呉 般 の 纂 に 、 今有大 日 本 國 沙 門 來 求 聖 教 皆 令 所 學 可 如 瀉 瓶 。 此 沙 門 是 非 凡 徒 三 地 菩 薩 也 内 具 大 乗 心 外 示

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小 國 沙 門 相 。 と あ る 。 こ の 文 は 多 少 の 異 り は あ る が 多 く の 書 に 引 用 さ れ て ゐ る 。 次 に ﹃ 孔 雀 經 昔 義 ﹄ が 諸 書 に 屡 用 ひ ら れ 、 こ れ に も 多 少 異 文 は あ る が 、 今 賓 暦 七 年 書 寫 の ﹃ 弘 法 大 師 驗 記 集 ﹄ に 依 つ て 擧 げ る と 次 の 如 く で あ る 。

於八

稱日

弘深

妙傅

竿

地と

歿

昔 弘 法 大 師 唐 渡 給 眞 言 恵 果 阿 閣 梨 習 給 得 給 个 五 古 唐 岸 立 給 日 本 方 向 我 定 入 彌 勒 ノ 御 世 有 所 落 之 投 給 云 云 と 入 定 説 を 繼 承 し て ゐ る の で あ る 。 以 て 當 代 の 大 師 信 仰 を 思 ふ べ き で あ る が 、 か く て 人 間 と し て の 大 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三一

(4)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 二 師 は そ の 末 徒 に 依 つ て 次 第 に 蝉 脱 さ れ 、 漸 次 佛 格 化 さ る ゝ に 至 る の で あ る 。 大 江 匡 房 の 寂 年 よ り 少 し く 時 代 を 登 る 康 平 三 年 十 一 月 十 一 日 に 、 大 法 師 成 尊 の 撰 進 せ る ﹃ 眞 言 付 法 纂 要 抄 ﹄ に 、 昔 迦 葉 佛 時 。 有 二 菩 薩 。 兄 曰 日 珠 。 弟 曰 月 鏡 。 常 作 是 願 。 生 生 處 處 。 不 相 捨 離 。 同 學 知 識 建 立 正 法 。 昔 日 珠 月 鏡 者 。 今 馬 鳴 龍 樹 是 也 。 天 竺 龍 猛 龍 智 。 震 旦 金 智 廣 智 。 日 本 弘 法 大 師 。 三 國 各 爲 師 祖 弘 演 密 教 。 皆 是 宿 願 所 致 也 。 曩 代 既 爾 。 今 時 豈 不 然 乎 。 と あ り 、 ﹃ 塵 添 蓋 嚢 鈔 ﹄ 巻 第 二 十 に 至 る と 、 迦 葉 佛 時 二 人 菩 薩 ア リ 。 兄 ヲ ハ 日 珠 云 。 弟 ヲ ハ 月 鏡 ト 云 。 願 發 シ テ 世 々 知 識 ト 成 テ 。 生 々 正 法 ヲ 廣 メ ン ト 誓 馬 鳴 龍 樹 是 也 。 大 師 龍 樹 再 來 也 。 サ レ ハ 親 タ リ 鷲 峯 説 法 聽 衆 也 ト 。 自 稱 シ 給 。 と 成 つ て 、 大 師 が 龍 樹 の 再 來 た る の 證 據 を 、 ﹃ 心 經 秘 鍵 ﹄ の 上 表 の 文 に 求 め て 確 認 し て ゐ る の で あ る 。 尤 も こ の 秘 鍵 の 上 表 文 の 眞 僞 に 就 て は 聊 か 問 題 が 有 つ て 、 彼 の 運 敞 は ﹃ 谷 響 集 ﹄ の 第 六 に 次 の 如 く 説 い で ゐ る 。 客 間 。 般 若 心 經 秘 鍵 跋 語 。 古 來 有 疑 。 謂 非大 師 之 筆 記 。 師 以 爲 若 何 。 答 。 後 人 杜 撰 者 。 如 對 臺 鏡 。 何 以 云 爾 。 曰 。 筆 力 甚 拙 。 非 表 曰上 表 。 足 可 一 笑 矣 。 併 し 乍 ら 先 徳 が 、 大 師 が 先 聖 の 後 身 な り と の 信 仰 を 交 献 上 よ り 裏 書 き し 、 權 威 あ る も の た ら し め ん と

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し て 如 何 に 努 め た る かい 窺 は れ る の で あ る 。 大 師 が 聖 徳 太 子 の 再 誕 に し て 、 本 地 は 遠 く 兩 部 不 二 の 大 日 覺 王 近 く 六 臂 の 如 意 翰 觀 音 な り と 云 ふ 説 は 、 ﹃ 水 鏡 ﹄ 下 に あ つ て 、 平 城 天 皇 の 條 に 、 大 方 此 大 師 ト 申 ハ 昔 ノ 聖 徳 太 子 御 再 誕 ニ テ 御 坐 バ 遠 キ 御 本 地 ハ 兩 界 不 二 ノ 大 日 如 來 近 ハ 六 臂 ノ 如 意 輪 救 世 觀 音 ノ 垂 跡 ニ テ 御 坐 バ 御 振 舞 ノ 不 思 議 ハ 驚 二 及 ザ ル 事 ナ レ 共 凡 夫 ノ 御 姿 ノ 當 體 ニ ヲ イ テ 見 奉 ニ ハ 不 思 議 々 々 々 ノ 御 事 共 也 。 大 師 の 本 地 を 如 意 輪 觀 音 と す る こ と は ﹃ 東 要 記 ﹄ に も 出 て を る 。 興 然 が ﹁ 年 來 學 問 之 間 諸 大 師 等 要 文 随 見 抄 集 之 ﹂ し て ﹁ 建 久 三 年 四 月 之 比 拭 老 眼 清 書 ﹂ せ る 、 勸 流 五 十 巻 鈔 の 一 部 な る ﹃ 諸 阿 闇 梨 傳 記 井 餘 義 ﹄ に は 、 心 覺 闇 梨 云 濟 暹 僧 都 記 云 湯 河 玄 圓 菩 薩 所 造 日 本 神 仙 記 云 。 弘 法 大 師 者 昔 爲 勝 万 夫 人 。 又 爲 恵 果 禪 師 。 又 於日 本 國 爲 聖 徳 太子 、 又 後 世 爲弘 法 大 師 。 是 則 第八 地 菩 薩 云 云 定 知 觀 音 所 變 也 。 又 第 三 地 菩 薩 云 云 。 と あ り 、 又 ﹁ 本 地 事 ﹂ と し て 呉 股 纂 を も 擧 げ 、 嘉 禄 三 年 の 顯 眞 の ﹃ 古 今 目 録 抄 ﹄ (佛 教 全 書 ) に は 、 ﹁ 弘 法 大 師 太子 爲 後 身 事 ﹂ と 標 し て 、

弟子

義明

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 三

(6)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 四 私 云 。 聖 徳 演 説 顯 教 。 弘 法 傳 持 密 教 云 云 玄 圓 菩 薩 所 造 。 大 本 神 仙 記 云 。 弘 法 大 師 者 。 昔 爲 勝 鬘 夫 人 。 又 於大 唐 衡 山 爲 恵 思 禪 師 。 又 於 日 本 國 爲 聖 徳 太 子 。 依 本 執 講 勝 鬘 經 云 々 と あ つ て 、 勝 鬘 夫 人 を 太 子 の 先 身 と し 、 太 子 を 大 師 の 前 身 と す る よ り 、 大 師 を 勝 鬘 夫 人 の 後 身 と す る の 信 仰 が 生 じ て 來 た の で あ ら う 。 ﹃ 諸 阿 闇 梨 傳 記 井 餘 義 ﹄ と ﹃ 古 今 目 録 抄 ﹄ と 引 文 に 恵 果 と 恵 思 と の 相 違 が あ る が 、 こ れ は 傳 寫 の 誤 で 勿 論 恵 思 禪 師 で あ つ て 恵 果 和 尚 で は な い 。 正 嘉 元 年 五 月 十 一 大 に 、 親 鸞 聖 人 が 入 十 五 歳 で 書 か れ た の を 、 弘 安 六 年 に 寂 忍 が 書 寫 し 、 更 に 覺 如 が 徳 治 一 年 に 轉 寫 し た ﹃ 上 宮 太 子 御 記 ﹄ が 西 本 願 寺 に 傳 領 さ れ て ゐ る が 、 そ の 終 に 近 く 太 子 の 松 子 傳 を 擧 ぐ る 後 に 、 印 度 號 勝 鬘 夫 人 農 旦 稱 恵 思 禪 師 と あ る 。 上 宮 王 の 先 身 に 對 す る こ の 思 想 は 當 時 一 般 に 廣 く 有 は れ て ゐ た 事 が 知 ら れ る の で あ る 。 佛 教 渡 來 以 後 最 初 の 功 績 者 と し て の 聖 徳 太 子 へ の 信 仰 は 、 平 安 朝 よ り 鎌 府 へ 掛 け て 盛 行 し 、 そ の 本 身 後 身 の 思 想 亦 夙 に 平 安 期 に 發 生 し 、 太 子 を 中 心 に し て 作 ら れ た る ﹁聖 徳 太 子 御 影 者 在 々 所 々 自 往 古 一安 置

壬子

(7)

安 藝 房 の 書 き た る ﹃ 聖 皇 曼 茶 羅 ﹄ 一 幅 は 、 今 に 南 都 法 隆 寺 に 藏 せ ら れ 、 太 子 の 外 身 と し て 勝 鬘 夫 人 ・ 逹 磨 和 尚 ・ 念 禪 比 丘 等 を 擧 げ 、 後 身 と し て は 聖 武 天 皇 ・ 弘 法 大 師 ・ 聖 賓 僧 正 等 を 出 し て ゐ る 。 大 師 を 太 子 の 後 身 な り と す る の 思 想 た る 、 こ れ を 以 て そ の 依 つ て 來 る 所 以 を 考 ふ れ ば 明 で あ ら う 。 前 に 掲 げ た 呉 般 纂 に 大 師 を 三 地 の 菩 薩 と 稱 へ て ゐ る が 、 そ れ が ﹃ 本 朝 神 仙 傳 ﹄ に は 、 恵 果 和 尚 吾 久 待 汝 。 吾 法 悉 授 汝 。 是 十 地 中 第 三 地 菩 薩 也 。 努 力 自 愛 。 吾 必 爲 汝 弟 子 。 と な り 、 ﹃ 高 野 大 師 行 歌 圖 書 ﹄ 第 三 ﹁ 大 師 御 入 壇 事 ﹂ に は 、 さ れ は 唐 土 の 呉 般 か 纂 に 云 く 。 此 沙 門 は 是 凡 徒 に 非 す 。 三 地 の 菩 薩 也 。 内 に は 大 乗 の 心 を 秘 し 外 に は 小 國 の 沙 門 の 相 を 示 す と 。 ほ め た り 。 和 尚 も 三 地 の 菩 薩 な り と の 給 ひ け る と か や 。 と な つ て 、 恵 果 和 尚 が 大 師 を 三 地 の 薩 捶 な り と の 給 ふ た 事 に な つ て く る 。 こ の ﹃ 行 歌 圖 書 ﹄ は 文 禄 五 年 に 木 食 應 其 の 開 板 と 傳 へ ら れ る 刊 本 に 依 つ て 流 布 さ れ て ゐ る も の で 、 十 巻 十 軸 あ り 板 木 も 全 部 六 十 九 枚 高 野 山 勸 學 院 の 賓 庫 に 藏 せ ら れ 、 何 の 時 代 に 誰 の 製 作 し た も の か 一 切 不 明 で あ る が 、 内 容 に 就 て 見 る に 第 十 巻 が 白 河 院 の 高 野 臨 幸 に 止 ま り 、 第 一 巻 の 序 の 中 に 、 金 剛 定 に 入 て 慈 尊 の 出 世 を 待 給 ひ 。 五 十 六 億 七 千 萬 歳 の 間 。 肉 身 を 高 野 の 蘿 洞 に 留 て 。 我 國 の 人 法 を ま ほ り 給 ふ 。 た れ か 大 師 の 慈 力 を か う ふ ら さ ら ん 。 と 弟 子 。 わ つ か に 。 か の 遺 流 を く ん て 。 値 遇 の あ さ か ら さ る 事 を 悦 ひ 。 其 昔 を か へ り み れ は 。 星 霜 か さ な り て す て に 四 百 餘 歳 を へ た り 。 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 五

(8)

弘 法 犬 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 六 と あ る か ら 、 恐 ら く 仁 治 頃 の 鎌 倉 上 期 の も の で は あ る ま い か と 思 は れ る 。 多 少 後 年 の 補 ひ が あ る に し て も 原 本 は 相 當 の 年 代 を 有 し て ゐ る も の と 思 は れ る 。 多 く 用 ひ ら れ た も の と 見 え ご 。 残 簡 で は あ る が 異 板 も 現 存 し 、 又 内 容 は 同 じ で あ る が 平 假 名 を 片 假 名 に 直 し た 大 和 綴 五 冊 の 刊 本 、 挿 書 を 抜 き 詞 書 き ば か り に し て 上 下 二 冊 に 仕 立 て ゝ 刊 行 し 、 名 を ﹃ 高 野 大 師 行 状 起 ﹄ と 改 め た 片 假 名 本 等 が あ り 又 室 町 頃 の 寫 本 も 傳 は つ て ゐ て 、 如 何 に 需 用 が 旺 盛 で あ つ た か " 伺 は れ る 。 古 來 展 轉 傳 寫 さ れ て ゐ た の が 文 緑 頃 に 開 板 さ れ た の で あ ら う 。 唐 土 に 於 て 恵 果 和 尚 が 大 師 を 目 し て 第 三 地 の 菩 薩 な り と 稱 へ た る 記 事 は 、 又 ﹃ 塵 添 蓋 嚢 鈔 ﹄ 巻 第 二 十 に も 、

真言

廿

五月浮

海八

州着

城中

糺刹

藏給

恵果

和尚一見

喜曰

來 コ ト 何 遲 ト 。 語 諸 徒 曰 日 本 沙 門 是 第 三 地 菩 薩 也 。 非 凡 徒 。 と あ り 、 こ れ が 更 に 一 轉 し て 大 師 自 ら 第 三 地 の 薩 捶 と 稱 せ ら る ゝ に 至 る の で あ る 。 法 隆 寺 よ り 献 納 御 物 と な れ る 、 ﹃ 聖 徳 太 子 傳 私 集 田 (内 題 )亦 名 古 今 目 録 抄 ﹄ の 下 の 帖 に 、 弘 法 大 師 太 子 御 廟 恭 詣 弘 仁 元 年 庚 寅 自 三 月 十 一 日 恭 籠 百 个 日 或 説 云 自 高 貴寺 御 住 所 毎 日 御 恭 百 个 日 云 々 第 九 十 六 日 六 月 十 六 日 夜 或 説 云 毎 日 御 口 之 口 者 早 朝 現 之 云 々

光中

(9)

嵯 峨 天 皇 の 御 宇 。 弘 仁 元 年 。 大 師 河 内 の 國 靈 處 に 。 道 場 を 立 て 籠 り 居 給 ひ し か 。 百 ケ 日 を か き り て 聖 徳 太 子 の 御 廟 に ま ふ て 給 ひ ぬ 。 其 九 十 六 日 と 云 け る 夜 。 御 廟 の 前 に て 。 懇 に 法 施 し 給 ひ し に 。 い と 夜 更 て 後 。 大 般 若 の 理 趣 分 を 誦 す る 者 有 。 其 聲 た へ な る 事 い は む か た な し 。 大 師 祈 念 し て の 給 は く 。 此 微 妙 の 聲 は 。 誰 人 の な す 處 そ や 。 願 く ハ 我 に 示 し 給 へ と あ り し か は 。 廟 窟 の 前 に 光 明 を 現 し つ ゝ 。 光 り の 中 に 聲 有 て 云 く 。 我 は 救 世 觀 音 の 垂 迹 也 。 衆 生 を 利 せ ん た め に 。 安 養 世 界 を 捨 て 。 此 穢 土 に 來 る 。 我 母 后 は 。 本 師 彌 陀 如 來 の 化 身 。 我 后 は 大 勢 至 菩 薩 の 垂 迹 な り 。 三 尊 契 を 結 て 。 三 骨 を 一 廟 に 納 む 。 守 屋 か 邪 見 を く た き 。 佛 法 の 威 徳 を 顯 し 。 四 十 六 所 に 伽 藍 を 立 て 。 一 千 三 百 餘 人 の 僧 尼 を 化 度 せ り 。 断 悪 修 善 の 道 。 漸 く み ち 漁 と 示 し 。 勝 鬘 等 の 大 乗 の 要 文 を 説 給 ひ け れ ハ 。 大 師 殊 に 觀 喜 し 給 ひ て 。 我 今 ま の あ た り 見 佛 聞 法 の ち か ら に よ つ て 。 第 三 發 光 地 を 證 す と そ 。 の 給 ひ し 。 大 師 を 三 地 の 菩 薩 と 申 事 。 唐 朝 に て も 有 け れ と も 。 ミ つ か ら の 給 ひ け る 事 は 此 時 成 け り 。 と あ つ て 大 師 自 ら 第 三 地 を 證 得 し た り と 云 ひ 、 又 ﹃ 塵 添 蓋 嚢 鈔 ﹄ の 巻 第 十 七 に は 、 太 子 ハ 是 本 地 觀 世 音 ニ テ 御 座 ス 故 ニ 。 如 來 ヲ 本 師 ト ァ ン ハ シ ケ ル 也 。 サ レ ハ 弘 法 大 師 ノ 御 記 文 ニ ハ 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 七

(10)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 八 聖 億 太 子 ノ 御 事 ヲ 被 載 タ ル ニ ハ 。 遍 照 金 剛 空 海 上 宮 聖 靈 ノ 御 届 二 參 詣 ス ル 事 。 一 百 箇 日 也 。 第 九 十 六 大 ノ 夜 半 。 御 廣 ノ 洞 ノ 中 微 妙 小 音 ア リ 。 大 般 若 ノ 理 趣 分 ヲ 誦 ス ル 聲 應 シ テ 。 光 明 時 々 現 ス 。 爰 空 海 祈 誓 シ テ 念 ス ラ ク 。 此 妙 事 ハ 誰 人 ノ 所 爲 ソ 。 願 ハ 我 示 シ 給 ヘ ト 。 願 二 應 テ 席 ノ 前 一 光 明 輪 ア リ 。 光 ノ 中 微 妙 ノ 音 ア リ 。 唱 テ 云 。 我 ハ 是 救 世 大 悲 ノ 垂 跡 也 。 我 昔 安 養 世 界 ニ ア リ キ 。 日 本 ノ 衆 生 ヲ 利 セ ン カ 爲 。 彼 安 樂 ヲ 捨 タ 。 穢 土 來 レ リ 。 我 カ 母 公 ハ 是 我 力 本 師 元 量 壽 如 來 ノ 垂 跡 也 。 我 力 妃 女 ハ 。 又 得 大 勢 至 菩 薩 ノ 和 光 也 。 三 尊 ノ 契 ヲ 結 テ 。 生 ヲ 和 國 二 受 ケ 。 若 干 ノ 寺 塔 ヲ 建 立 シ テ 。 若 干 ノ 僧 尼 ヲ 化 度 ス ル 事 已 畢 テ 。 遷 化 年 久 シ 。 彼 三 尊 擬 シ テ 。 三 所 遺 骨 ヲ 竝 フ 。 母 公 ヲ 中 尊 ト シ 。 夫 妻 ヲ 脇 士 ト ス ト 示 シ テ 。 忽 然 ト シ テ 。 光 明 ノ 中 。 彌 陀 ノ 三 尊 ヲ 現 シ テ 。 勝 鬘 經 等 大 乗 要 文 ヲ 誦 ス 。 爰 空 海 見 佛 聞 法 ノ カ 依 テ 。 第 三 ノ 發 光 地 ヲ 證 ス ル 事 。 已 畢 。 地 位 ノ カ ヲ 以 テ 。 空 海 廟 崛 入 。 此 由 來 ヲ 記 ス 。 前 の ﹃ 行 状 圖 書 ﹄ と 一 系 の 文 意 で あ る 。 こ の 夢 想 の 日 に 參 籠 第 九 十 六 大 と 第 九 士 九 日 と 兩 説 あ る が 、 満 數 を 以 て 示 せ る 百 箇 日 の 前 日 第 九 十 九 日 が 正 し く 、 第 九 十 六 日 の 六 は 九 の 形 誤 で は あ る ま い か 。 或 は 九 十 六 と 云 ふ 數 に 特 殊 の 意 味 で も あ る の で あ ら う か 。 か く 大 師 が 三 地 の 薩 唾 な り と の 思 想 は 、 高 貴 徳 王 菩 薩 を 介 し て 大 師 と 住 吉 明 神 と 同 體 な り と の 説 を 生 じ 來 ) 、 ﹃ 行 歌 圖 書 ﹄ の 第 十 ﹁ 住 吉 同 躰 事 ﹂ に は 、

(11)

傳 へ き く 大 師 ハ 第 三 地 の 菩 薩 。 高 貴 徳 王 菩 薩 と な り . 我 朝 に 誕 生 し て 。 三 密 を ひ ろ め 。 國 家 を 利 し 遂 に 高 野 の 勝 地 を し め て 。 金 剛 定 に 入 。 龍 花 の 下 生 を 期 す 。 ふ し き な り く と 云 々 。 住 吉 明 神 の 御 本 地 、 高 貴 徳 王 菩 薩 也 。 高 野 の 大 師 と 同 躰 也 と 云 事 聖 主 の 勅 語 仰 く へ し 、 貴 む へ し 。 と あ り 、 ﹁ 康 應 二 年 午庚 正 月十 七 日 於 東 山 觀 勝 寺 奥 坊 染 成 功 畢 偏 是 爲 弘 法 利 生 也 ﹂ と 奥 書 せ る ﹃ 高 野 物 語 ﹄ に は 、 大 師 の 前 身 を 聖 徳 太 子 と 云 ひ 又 住 吉 明 神 の 本 地 な る 高 貴 徳 王 菩 薩 等 と 云 ふ が 、 一 定 の 事 は 測 り が た い と 云 ひ つ ゝ 、 大 師 の 本 身 を 龍 猛 菩 薩 に 求 め 、 又 救 世 觀 音 の 化 身 な ら ば と て 三 者 の 間 の 地 位 の 矛 盾 を 、 ﹁ 大 權 垂 跡 應 用 難 思 事 ナ ラ ハ 何 相 違 ナ キ 事 ニ ヤ 侍 ラ ム ﹂ と 苦 し く 會 釋 し て ゐ る 。 此 時 少 童 申 様 大 師 ハ 權 者 ヲ ワ シ マ ス 事 賃 疑 ナ ク 侍 メ リ 鷲 峯 説 法 瑚 ヲ ワ シ マ シ ケ レ ハ 何 ナ ル 菩 薩 垂 跡

聖 徳 太 子 後 身 ヲ ワ シ マ ス ト 云 一 説 侍 又 高 貴 徳 王 菩 薩 ヲ フ シ マ ス ナ ト 申 セ ト モ 一 定 事 ハ 測 ヵ タ ク 侍 其 地 位 バ カ リ カ タ ケ レ ト モ 一 往 權 迹 付 申 ナ ハ 弘 仁 元 年 ノ 御 記 申 文 上 宮 太 子 聖 廟 恭 詣 給 事 一 百 箇 日 第 九

レ ハ 則 龍 猛 菩 薩 垂 跡 コ ソ ヲ ハ シ マ ス ラ メ 又 延 喜 年 中 般 若 寺 僧 正 觀 賢 拜 奉 ラ レ ケ ル 時 託 宣 我 昔 薩 唾 逢 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 三 九

(12)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 〇 親 悉 印 明 傳 ト モ 侍 レ ハ 疑 ナ ク 大 師 龍 猛 後 身 ヲ ハ シ マ ス ヘ シ 然 者 外 用 付 テ ハ 龍 猛 初 地 菩 薩 ニ テ ヲ ハ シ マ ス ヵ 大 師顯 第 三地 修 シ 給 ヘ ル ニ コ ソ 上 宮 太子 後 身 申 説 依 救 世 觀 音 化 身 ナ ラ バ 等 覺 一 點 位 コ ソ バ 登 セ 給 タ ル ヲ ハ 第 三地 證 云 御 記量 ヵ タ ク 侍 レ ト 大 權 垂 跡 應 用 難 思 事 ナ ラ ハ 何 相 違 ナ キ 事 ニ ヤ 侍 ラ ム 彼 の 平 安 の 初 に 菩 薩 號 を 與 へ て 佛 格 化 せ し 八 幡 大 神 は 、 そ の 本 地 を 阿 彌 陀 如 來 に 求 め て よ り 大 い に 世 に 行 は れ 、 爰 に 大 師 八 幡 一 體 な る 信 仰 が 行 は る 、 に 至 る の で 、 ﹃ 高 野 大 師 行 状 圖 書 ﹄ 第 五 に 、 八 幡 約 諾 事 或 傳 に 云 。 東 大 寺 の 中 門 に し て 。 八 幡 大 菩 薩 大 師 と 。 御 約 諾 の 事 有 。 大 菩 薩 の 給 ひ け る ハ 。 我 と 大 師 と は 。 影 と 形 と の と し 。 我 す ま ん 所 に は 。 大 師 必 は な れ 給 ふ へ か ら す 。 大 師 の を は せ ん 所 に は 。 我 か な ら す 。 随 逐 す へ し 。 互 に 加 持 を た れ 。 同 く 化 導 を た す け ん と 。 八 幡 大 菩 薩 は 。 眞 言 上 乗 の 高 祖 。 毘 盧 遮 那 覺 王 の 應 迹 也 。 機 に 随 ひ 時 を は か り て 。 或 ハ 釋 迦 と 顯 れ 或 は 彌 陀 と 現 す 。 天 竺 に て 善 無 畏 三 藏 に 對 し 。 密 教 を 授 け し は 我 也 と 。 正 し く 神 託 有 。 夫 理 智 法 身 の 依 正 。 し ハ ら く 表 裏 の 名 を 分 ち 。 大 同 金 薩 の 因 果 互 に 師 資 の 徳 を 顯 し 。 能 所 。 か は る く 出 て 。 或 は 授 け 。 或 ハ 受 。 大 菩 薩 と 大 師 と 。 内 證 相 近 き 事 し ん ぬ へ し 。 若 八 幡 の 本 地 。 釋 迦 の 説 に よ ら は 。 大 師 は 靈 山 の 聽 衆 な り 。 若 彌 陀 の 説 に 付 て 云 ハ 龍 猛 菩 薩 ハ 。 妙 雲 如 來 則 彌 陀 善 逝 也 。 大 師 と 八 幡 と 。 一 躰 な る 事 明 な り 。 大 師 又 觀 音 の 所 變 と 云 事 有 。 湯 川 の 玄 圓 菩 薩 。 日 本 神 仙 記 に 云 。 弘 法 大 師 ハ 天 竺 に て は 。 勝 鬘 夫 人 。 唐

(13)

土 に て ハ 。 南 岳 大 師 。 大 本 に て は ) 聖 徳 太 子 。 み な 觀 音 の 權 化 な り と い へ り 。 彌 陀 觀 音 の 本 迹 は 。 浄 穢 二 土 の 能 化 也 、 神 と 云 。 人 と い ひ 。 外 用 異 な る に 。 似 た れ と も 。 師 と な り 資 と な る 事 。 只 一 生 の 分 身 也 。 御 約 諾 の お も む き 。 誠 に 深 き 故 あ り 。 無 邊 の 神 驗 。 心 詞 も 及 ひ 難 し 。 又 大 菩 薩 と 大 師 と 各 筆 を 取 て 。 互 に 御 影 を か き 給 へ る 事 有 。 件 の 御 影 今 に 現 在 せ り 。 八 幡 大 菩 薩 と 大 師 と 各 筆 を 取 つ て 互 に 御 影 を 書 き 給 へ る 事 は 諸 書 に 見 ら れ る 處 で 、 ﹃ 古 事 談 ﹄ 第 五 に

影)

口 繪 參 照 ) な る も の が 世 に 行 は れ て ゐ る の で あ る 。 ﹁ 正 中 二 年 六 月 三 十 日 是 抄 オ ハ リ ヌ ル ニ ナ ン 小 野 末 資 榮 海 生 年 三十 八 ﹂ と 巻 七 に 奥 書 の あ る ﹃ 眞 言 傳 ﹄ 巻 第 三 に は 、

殿

.

刻八

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 一

(14)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 二 と 云 ふ 事 に 成 つ て ﹁ 互 の 御 影 ﹂ の 意 味 が 大 い に 變 つ て く る の で あ る が 、 兩 者 大 い に 時 代 を 異 に し 殊 に 一 體 な る 兩 者 が 互 に そ の 像 を 書 く 等 、 傳 記 作 者 は 立 場 頗 る 自 由 で あ る 。 か く 大 師 と 八 幡 と 一 體 と 見 る 思 想 は ﹁ 仁 治 三 年 壬寅 三 月 七 日匁 己 鬼 宿 讃 岐 國志 度 道 場 院 主 辨 房 阿 閣 梨坊梠 宿 時 令 此 注 記 畢 明 澄 在判 ﹂ の 奥 を 有 す る ﹃ 金 剛 峯 寺 大 師 一 生 補 處 秘 録 ﹄ に は 、 大 師 を 以 て 曩 祖 大 日 如 來 及 び 金 剛 薩 捶 な り と の 説 を 擧 ぐ る に 至 る の で あ る 。

隔年

異域

排大

(15)

を 以 て 、 大 師 を 眞 言 傳 持 の 第 四 祖 不 空 三 藏 の 後 身 な り と 記 し て ゐ る 。 或 夜 夢 ラ ク 。 天 竺 國 ヨ リ 聖 人 飛 來 テ 。 懐 入 給 ト 見 テ 姙 胎 ア ソ 。 時 人 皇 四 十 九 代 光 仁 天 皇 ノ 御 宇 賓 龜 五 年 甲 寅 六 月 十 五 日 辛 酉 ノ 日 り 十 二 箇 月 ニ シ テ 出 胎 ア ル 也 。 是 唐 大 宗 皇 帝 大 暦 九 年 甲 寅 六 月 十 五 日 辛 酉 不 空 三 藏 入 滅 日 也 傍 テ 大 師 ヲ 彼 後 身 ト 申 奉 ル 。 一 證 據 也 ト 云 り 。 同 本 巻 一 に も 同 様 の 記 事 を 出 し て ゐ る 。 龍 猛 ・龍 智 、 金 剛 智 ・ 不 空 、 善 無 畏 ・ 一 行 、 恵 果 ・弘 法 と 各 前 の 師 資 は 後 の 師 資 な り と 看 る 思 想 が 、 不 空 三 藏 入 滅 の 日 と 大 師 生 誕 の 日 と を 同 じ う せ る の 故 を 以 て こ の 説 を 生 じ 來 つ た の で あ ら う 。 以 上 大 師 の 本 地 前 身 の 中 、 阿 彌 陀 如 來 、 龍 猛 菩 薩 、 勝 鬘 夫 人 、 聖 徳 太 子 の 諸 説 を 合 糅 し た る か の 感 の あ る の は ﹃ 密 宗 血 脈 鈔 ﹄ 上 の 文 で 、 こ の 中 に は 又 ﹃ 小 野 纂 要 ﹄ の 文 を 引 い て 、 摩 利 支 天 垂 迹 説 を も 出 し て ゐ る 。 文 に 曰 く 、 眞 俗 雑 記 十 四 云 頼 瑜作 大 師 本 地 事 問何 答 木 幡口云 一阿 彌 陀 如 來 也 。 其 故 古老 云 大 師 御 妹常 被 申可 奉

島大

也一云

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弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 四

書中

身讃

取意

取意

賓 暦 二 年 三 月 に 作 ら れ た ﹃ 野 山 名 靈 集 ﹄ の 巻 二 に 高 野 山 が 大 日 如 來 の 浄 土 で あ る と 云 ひ 、 そ れ に 就 て 三 つ の 謂 れ を 出 す 中 に 、 大 師 の 御 本 地 ハ 金 剛 界 の 大 日 な り 亦 彌 勒 菩 薩 に て も お は す る 歟 と 云 云 大 師 々 金 界 の 大 日 ま た 彌 勒 菩 薩 と 習 と 深 秘 の 傳 あ り 更 問 ○ 大 塔 中 尊 の 大 日 ば し め ば 法 界 定 印 の う へ に 五 輪 の 塔 々 持 し 玉 へ り 是 大 日 す な ハ ち 彌 勒 に て 因 彌勒 果 大日 不 二 の 深 秘 々 示 し 玉 ふ と な り

名 な る こ と を し ら し め 給 は ん が た め な る へ し ○ 鳥 羽 院 長 承 二 年 の 官 符 に ハ か た し け な く も 當 山 の 大 師 は 本 體 ハ 大 日 覺 皇 十 方 諸 佛 の 能 化 な り 垂 跡 ハ 是 三 地 の 菩 薩 六 趣 郡 生 の 歸 す る 所 な り 。 同 巻 ﹁ 御 遺 誡 の 事 ﹂ に 、 日 輪 と 太 神 宮 と ハ 全 是 一 體 な り 既 に 日 輪 の 本 地 大 日 な り と の 給 ふ と き ハ 太 神 宮 は 大 日 の 垂 跡 な る と 誠 に 以 明 な る も の な り 然 は 則 大 日 如 來 ハ 眞 言 の 教 主 に し て 又 太 神 宮 の 御 本 地 な り 大 師 は 眞 言 の 高 祖 に し て 然 も 大 日 の 果 を 證 せ る 人 な り 神 明 佛 祖 同 一 體 な る と き ハ 殿 を 同 し て 國 家 を 擁 護 し 玉 は ん に 誰 か 疑 を 生 す へ き 又 佛 神 は 次 の 乙 く 本 地 垂 跡 な る こ と も 今 の 宣 文 に 明 な り 佛 者 の 造 言 と い ふ 事 な か れ と 、 又 ﹃ 行 状 記 ﹄ を 擧 げ て 大 師 と 住 吉 明 神 と の 關 係 を 述 べ 、 同 巻 ﹁ 御 誓 願 の 事 ﹂ に は 、

(17)

大 師 の 垂 跡 第 三 地 と す る と き は 即 南 方 の 金 剛 光 菩 薩 是 一 切 如 來 の 福 徳 荘 嚴 賓 生 佛 の 三 昧 な り 。 と あ つ て . 大 師 の 本 地 と し て 、 彌 勒 菩 薩 、 金 剛 界 大 日 如 來 、 天 照 太 神 、 住 吉 明 神 . 金 剛 光 菩 薩 の 説 を 出 し て ゐ る 。 跋 に ﹁ 恵 範 阿 闇 梨 口 傳 ﹂ と の み あ つ て 、 製 作 年 代 の 到 明 せ ざ る ﹃ 高 祖 大 師 深 義 ﹄ に も 、

異 名 乎 と 云 ひ 、 大 師 の 本 地 は 大 日 如 來 な り と 云 ふ よ り 、 そ の 徳 を 同 じ う せ る の 故 を 以 て 遍 照 金 剛 を 天 照 太 神 と 一 體 な り と し て ゐ る の で あ る 。 琴 絃 既 に 絶 つ て 大 聖 そ の 影 を 南 山 の 岩 陰 に 隠 し 、 蘭 薬 凋 ん で 聖 容 遂 に 永 く 歿 し て 再 び 見 ゆ る こ と 能 は す と 雖 も 、 遺 昔 を 聽 か ん と 欲 し 餘 香 を 拜 せ ん と 希 ふ 思 慕 の 念 は 、 切 々 愈 停 ま ら ざ る も の あ り 。 爰 を 以 て 大 師 を 單 な る 此 の 土 一 生 の 人 と せ す 、 且 て 先 聖 と し て 此 の 世 を 化 導 せ し 者 の 再 來 な り と し て 、先 身 を 求 め て 海 の 彼 此 の 如 何 を 問 は ず 、 應 て は 劫 初 の 遠 き ょ り 儼 と し て 在 す 佛 陀 權 智 の 化 現 な り と し て 、 已 む な き 哀 歎 の 情 を 慰 め ん と し 、 最 初 唯 漠 然 と 懐 胎 の 始 め 聖 人 の 飛 び 來 つ て 懐 に 入 る と 云 ひ 、 昔 は 佛 弟 子 な ら ん と 云 ひ 或 は 三 地 の 菩 薩 な り と 云 ひ 、 殊 更 何 の 聖 何 の 菩 薩 と 云 ふ 事 を 説 か な か つ た の が 、 入 滅 が 次 第 に 入 定 に 轉 じ 來 り し 如 く 、 漸 次 そ の 聖 に 名 を 與 へ そ の 菩 薩 に 本 地 を 求 め て 、 大 師 を し て 何 佛 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 五

(18)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 六 の 和 光 な り 何 の 聖 の 權 化 な り と 稱 す る に 至 る の で あ る 。 勿 論 併 し 乍 ら そ の 間 多 く は 理 論 的 の 根 據 頗 る 薄 弱 で 、 唯 末 徒 の 強 き 大 師 へ の 信 仰 が 凝 つ て か く 現 は れ た も の で 、 或 は 單 な る 一 片 俗 信 の 類 に 等 し い も の と 云 ふ べ き で あ る か も 知 れ ぬ が 、 末 徒 の 至 情 を 以 て し て は 如 何 に 考 へ て も 大 師 を 唯 單 な る 人 間 な り と は 思 ひ 得 な か つ た の で あ ら う 。 汗 牛 充 棟 も 菅 な ら ざ る 洪 範 な る 大 師 傳 記 類 の 數 々 を 悉 く す る こ と は 、 今 容 易 に 許 さ る べ き 限 り で は な い が 、 平 安 末 期 よ り 始 ま つ て 江 戸 中 期 に 至 る 迄 に 、 勿 論 深 い 信 仰 に 根 ざ し て の 事 で は あ つ た で あ ら う が 、 寧 ろ 或 は 餘 り に も 強 い 信 仰 か ら で あ ら う か 、 そ の 傳 記 は 或 は 誤 り 傳 へ 或 は 意 圖 的 に 粉 飾 さ れ て 、 以 上 擧 げ た る 一 端 に 依 つ て 初 見 の 次 第 に 随 う て こ れ を 出 し て み て も 、 そ の 本 地 ・先 身 ・分 身 を 求 む る こ と 次 の 如 く 多 き に 登 つ て ゐ る 。 龍 樹 菩 薩 (龍 猛 菩 薩 ) 聖 徳 太 子 兩 部 不 二 大 日 如 來 如 意 翰 觀 音 勝 鬘 夫 人 恵 思 禪 師 (南 岳 大 師 )

(19)

觀 世 音 菩 薩 高 貴 徳 王 菩 薩 住 吉 明 神 八 幡 大 菩 薩 阿 彌 陀 如 來 (妙 雲 如 來 ) (觀 自 在 王 如 來 ) 大 日 如 來 金 剛 薩 唾 不 空 三 藏 摩 利 支 天 金 剛 界 大 日 如 來 彌 勒 菩 薩 天 照 太 神 金 剛 光 菩 薩 實 に 和 光 の 始 め を 求 む る こ と 十 九 、 大 日 如 來 を 一 と 算 ふ れ ば 十 七 の 多 き に 達 し て ゐ る の で あ る 。 以 上 の 外 大 師 の 前 身 は 役 小 角 な り と 云 ふ こ と ﹃ 漢 嵐 拾 葉 集 ﹄ に 出 で 、 更 に 事 相 上 の 口 訣 よ り 、 大 日 如 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 七

(20)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 八 來 の 金 胎 兩 部 の 甄 別 、 如 意 輪 觀 音 . 虚 空 藏 菩 薩 、 不 動 、 愛 染 等 の 本 地 説 が あ る が 、 和 州 の 法 隆 寺 に は 鎌 倉 時 代 の 作 な る ﹃ 五 尊 曼 茶 羅 ﹄ 一 鋪 國 賓 が 藏 さ れ 、 そ の 圖 様 は 次 の 如 く で あ る 。

・虚

古 今 目 録 抄 な り と の 思 想 も 含 ま れ て ゐ る か も 知 れ ぬ が

(21)

以 上 述 ぶ る 如 き 本 迹 思 想 の 發 生 は 決 し て 偶 然 で は な い の で 、 例 へ ば 上 宮 王 を 中 心 と す る 一 連 の 後 身 説 の 如 き は 、 彼 の 親 鸞 聖 人 を し て ﹁ 和 國 の 教 主 ﹂ と 歌 は し め る 程 太 子 信 仰 が 一 時 の 盛 行 を 呈 し だ る 時 代 に 至 つ て 生 じ 來 つ て ゐ る の で あ つ て 、 か く の 如 き 本 地 前 身 の 説 が そ の 間 對 他 的 に 幾 分 實 質 的 な 意 味 を 含 ん で ゐ た か も 知 れ ぬ が 、 概 ね 不 純 な 意 圖 は な か つ た や う で あ る 。 と こ ろ が 明 遍 上 人 の 下 部 法 師 よ り 起 り 來 り 、 江 戸 時 代 に 日 本 全 國 を 分 野 に 頗 る 活 發 な 躍 動 を 續 け た 高 野 聖 の 手 に 依 つ て 、 こ の 信 仰 が 教 線 の 第 一 線 に 立 た し め ら る 、 に 至 る の で あ る 。 曰 く 大 師 の 本 地 を 阿 彌 陀 如 來 に 置 き 、 大 師 の 入 定 處 た る 高 野 山 を 上 品 上 生 の 浄 土 な り と 云 ふ よ り 、 念 佛 者 引 入 の 方 便 に 利 用 せ ら る 、 に 至 る の で あ る 。 ﹁ 慶 安 五 念 七 月 吉 群 日 ﹂ の 墨 書 を 有 す る ﹃ 高 野 山 記 ﹄ に 、

西

疑 。 彼 龍 猛 菩 薩 妙 雲 如 來 垂 跡 也 。 妙 雲 如 來 者 阿 彌 陀 如 來 異 名 也 。 若 然 者 大 師 即 彌 陀 如 來 此 山 亦 上 品 蓮 臺 也 。 と あ る 。 此 の 本 の 標 題 の 下 に ﹁ 此 書 ハ 念 佛 門 引 誘 ノ 爲 三 回 國 者 ノ 記 セ ル モ ノ 成 ヘ シ 是 浮 説 ナ リ ﹂ と 道 猷 が 評 定 し 、 右 に 引 用 せ る 文 の 始 に ﹁ 何 遠 求 西 方 十 萬 億 佛 土 ﹂ と あ る に 依 つ て 、 こ の 書 を 成 せ る 意 圖 は 明 瞭 で あ ら う 。 下 っ て ﹂ 承 應 三 年 岬 五 月 吉 日 」 に は 弘 法 大 師 の 傳 記 を 題 す る に ﹃ 弘 法 大 師 御 本 地 ﹄ な 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 四 九

(22)

弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 五 〇 る 名 を 以 て 、 上 中 下 三 冊 の 書 が 開 板 さ る 、 に 至 る の で あ る 。 三 大 師 の 後 身 高 祖 大 師 は そ の 末 徒 に 在 つ て 唯 一 無 上 絶 對 最 尊 で あ る 。 大 師 を し て 單 な る 人 間 と は 見 ず 、 妙 覺 の 垂 迹 な り 先 聖 の 後 身 な り と 覩 る 信 仰 は 、 も と 大 師 を 不 滅 の も の と 觀 す る よ り 生 じ 、 そ の 信 仰 の 延 長 は 大 師 の 流 れ を 汲 む 偉 徳 の 聖 者 を し て 、 弘 法 大 師 の 後 身 な り と 看 る の 信 仰 を 生 じ 來 る の で あ る 。 鎌 倉 初 期 の 作 な る ﹃ 古 事 談 ﹄ の 第 三 に 、 成 典 僧 正 着 法 服 。 仁 海 ノ 許 ヘ オ ハ シ タ リ ケ レ バ 。 房 人 等 不 思 懸 事 也 ト 驚 ラ 。 仁 海 告 申 ケ レ バ 。 此 僧 正 夢 ミ テ ケ リ ト テ 。 又 着 法 服 出 遇 タ ソ ケ レ バ 。 成 典 下 地 禮 拜 シ テ 昇 座 。 申 云 。 欲 奉 禮 大 師 尊 皃 之 志 。 已 及 多 年 。 而 去 夜 夢 欲 奉 禮 大 師 バ 。 可 見 仁 海 之 由 。 有 其 告 。 伍 所 参 入 也 云 々 仁 海 僧 正 ハ 食 鳥 之 人 也 。 房 有 ケ ル 僧 ノ 雀 ヲ エ モ イ ハ ズ 取 ケ ル 也 。 件 雀 ヲ ハ ラ く ト ア ブ リ テ 。 粥 漬 ノ ァ ハ セ ニ 用 ケ ル 也 。 雖 然 有 驗 之 人 ニ テ 被 坐 ケ リ 。 大 師 之 御 影 不 違 云 々 祐 寳 の ﹃ 傳 燈 廣 録 ﹄ 中 巻 の 成 典 傳 に も 同 様 の 記 事 が あ る 。

夢中

(23)

一智

二 年 前 の 寛 徳 元 年 十 月 二 十 四 日 に 行 年 入 十 七 を 以 て 示 寂 し て ゐ る 。 と こ ろ が こ の 仁 海 と 成 典 の 關 係 が 反 對 に 成 つ た 文 献 が ﹃ 眞 言 傳 ﹄ の 巻 六 に 現 は れ て 來 る の で あ る 。 僧 正 仁 海 多 年 祈 請 云 。 大 師 金 剛 定 入 云 ヘ ト モ 。 必 分 身 ヲ ハ ス ヘ シ 。 願 其 人 見 。 大 師 夢 告 言 。 成 典 僧 正 左 足 裏 黒 子 ア リ 。 即 我 身 是 ナ リ ト 。 仰 ラ ル ト ミ テ 夢 サ メ ヌ 。 後 仁 和 寺 イ タ リ テ 成 典 謁 。 先 其 足 見 。 ハ タ シ テ 黒 子 ア リ 。 仁 海 庭 下 禮 拜 。 成 典 大 オ ト ロ キ テ 又 庭 下 。 仁 海 夢 ム ネ ヲ ツ ケ テ 。 互 談 話 ス ト イ ヘ リ 。

誰 ナ ソ ト 知 ン ト 一 夕 夢 大 師 告 日 仁 和 寺 ノ 僧 正 成 典 是 其 ノ 一 也 彼 乃 至 左 脚 下 黒 子 ア リ ト 仁 海 往 禮 ス 成 典 ノ 日 長 和 ノ 皇 子 既 二 刹 帝 利 種 出 テ 智 行 兼 備 ノ 大 徳 是 即 チ 大 師 ノ 後 身 ナ リ ト 蓋 シ 三 條 院 ノ 皇 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 五 一

(24)

弘 法 大 師 の 本 塊 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 五 二

退

便

億 ノ 分 身 ヲ 現 云 況 大 師 三 地 ノ 薩 捶 其 ノ 利 益 ノ 爲 稱 分 身 何 一 二 已 と あ つ て 、 ﹃ 弘 法 大 師 驗 記 集 ﹄ に は ﹃ 眞 言 傳 ﹄ と 同 様 の 記 事 を 漢 文 で 出 し て ゐ る 。 成 典 は 仁 海 の 灌 頂 の 資 で あ る か ら 、 仁 海 を 大 師 の 後 身 と し 、 こ れ を 成 典 が 拜 し た 方 が 自 然 な 様 で は あ る が 、 も と よ り そ れ は 何 れ へ も 決 定 さ る べ き 限 り で は あ る ま い 。 次 に こ れ は 大 師 の 後 身 と は 云 へ ぬ か も 知 れ ぬ が 、 ﹃ 高 野 大 師 行 状 圖 書 ﹄ 第 九 に 、 蓮 華 上 の 五 鈷 金 剛 杵 を 以 て 大 師 の 示 現 な り と す る 文 が 見 え て ゐ る 。 慈 覺 靈 夢 事 或 人 。 慈 覺 大 師 の 御 前 に て 。 佛 法 の 事 な ん と 談 し 侍 り け る か 。 つ ゐ て に 。 高 野 大 師 の 眞 言 は 。 少 し 荒 涼 な る へ し な と 申 た り け る に 。 其 夜 慈 覺 大 師 の 御 夢 に 。 見 給 ひ け る は 。 高 野 大 師 の 御 弟 子 。 康 修 と 云 人 來 て 。 告 て 云 。 和 尚 に 對 面 し 給 は ん た め に 。 吾 師 爰 に 來 り 給 へ り と 云 。 慈 覺 急 き 出 給 ふ に 。 庭 上 に 一 茎 の 蓮 華 有 。 其 上 に 五 鈷 金 剛 杵 あ り 。 其 外 は 更 に 人 み へ す 。 慈 覺 あ や し み て 是 を 問 に 。 康 修 答 て 云 。 此 金 剛 杵 即 是 吾 大 師 な り と い へ り 。 慈 覺 夢 さ め て 。 此 事 を 貴 み 給 ひ け る と か や 。 慈 覺 靈 夢 の 事 は ﹃ 日 本 高 僧 傳 要 文 抄 ﹄ 第 一 、 ﹃ 弘 法 大 師 驗 記 集 ﹄ に も 同 様 の 記 事 が あ つ て 、 異 る 點 は ﹃ 要 文 抄 ﹄ ﹃ 驗 記 集 ﹄ に は 慈 覺 が 束 帯 し て 出 で 逢 ふ と 成 つ て ゐ る だ け で あ る 。 蓮 華 上 の 五 鈷 金 剛 杵 は

(25)

何 を 意 味 し て ゐ る の で あ ら う か 。 そ れ に 答 ふ る も の は ﹃ 高 祖 大 師 深 義 ﹄ の 文 で あ る 。 高 祖 右 手 持 五 股 金 剛 。 持 物 表 本 誓 。 五 股 何 非 本 身 耶 。 五 鈷 は 即 ち 大 師 自 體 を 指 す の で 、 も と 密 教 々 理 の 深 意 か ら 來 て ゐ る の で あ る 。 同 じ く 夢 中 の 物 語 に 、 違 世 の 身 と し て 菅 原 道 眞 、 順 世 の 身 と し て は 小 野 道 風 な り と 大 師 自 ら 仰 せ ら れ た り と ﹃ 高 野 大 師 行 状 圖 書 ﹄ 第 十 に あ る 。

し 有 。 然 共 資 縁 備 へ す し て 。 未 本 意 を は た さ 、 る に 。 夢 の 中 に 。 高 野 に 参 す 。 一 人 の 高 僧 倚 子 に よ り て 。 座 し 給 へ り 。 幡 慶 に 向 て 宣 ハ く 。 汝 早 く 此 地 に 來 る へ し 。 衣 食 に 至 て ハ 我 あ た ふ へ し 。 菅 烝 相 ハ 我 違 世 の 身 。 小 野 道 風 は 我 順 世 の 身 也 と 。 幡 慶 修 學 を 勤 む る 故 に 大 師 の 冥 釜 に 預 り 。 此 靈 夢 を 感 す る と い へ り 。 菅 公 を 大 師 違 世 の 身 と す る こ の 信 仰 が 、 後 年 芭 蕉 天 神 等 へ の 天 神 信 仰 と な つ て 顯 は れ 來 る の で は あ る ま い か 。 菅 烝 相 は 違 世 の 身 、 野 道 風 は 我 順 世 の 身 と 幡 慶 夢 告 を 蒙 る 事 は ﹃ 政 事 要 略 ﹄ 二 十 二 に も 出 で 又 ﹃ 台 記 ﹄ に も 出 て ゐ る 。 親 鴛 聖 人 が 夢 告 を 受 け た る 日 九 名 號 の 事 は ﹃ 紀 伊 續 風 土 記 ﹄ 總 分 方 巻 之 九 に 收 め ら れ て あ る 。 弘 法 大 師 の 本 地 と 前 身 及 び そ の 後 身 三 五 三

参照

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