密 教 文 化
「マ ハ ー ヴ ァ ス ツ 」の 十 地 思 想、
藤
村
隆 淳
は じめ に 仏 陀 釈 尊 の 入 滅 後 第 二 百 年 時 に、 大 衆 部 か ら第 一 次 分 派 した と伝 承 され` る、 説 出世 部(Lokottaravadin)が 伝 承 す る 『マ ハ ー ヴ ァ ス ッ」(Maha-vastu, 以 下Mv.)」 に説 示 さ れ る十 地 説 は、 所 謂 大 乗 菩 薩 の 十 地 思 想 の 前 駆 的 な 存 在 と して 論 じ られ て い る こ と は改 め て 云 う まで も な い。 しか しな が ら、 最 近 の 十 地 思 想 に関 す る研 究 の 中、Mv. 所 説 の十 地 思 想 に関 連 して の幾 っ か に は、 実 際 の記 述 とは 多少 の異 な りを以 て語 られ て い る場 合 が あ る こ とを 指 摘 せ ざ るを得 な い。 本 小 論 で は、Mv. に お け る(1)十 地 説 の位 置 と十 地 説 示 の 背 景 に関 す る伝 承(2)「 十 地 」 の解 釈(3)十 地 の 構 成 ・展 開 上 で の幾っ か の問題一 特 に第 四地 一(4)第 十 地 に お け る本 生 部 分 の意 味 す る もの(5)第 十 地 と他 の十 地 説 との対 比 一 七 種 類 の 「具 足 」(sarppanna)に つ い て の 記 述、 特 に大 品 「般 若 経 」 との一 等 にっ い て考 察 す る もの で あ る。 [1]菩 薩 の 四 性 行 と 十 地 Mv. で は 経 典 の 冒 頭 部 分 に、(1) 自 性 行(prakrticarya)(2) 誓 願 行 (prapidhanacarya)(3) 随 順 行(anulomacarya)(4) 不 退 転 行(aniva-rtanacarya)の 所 謂 諸 菩 薩 が 修 す べ き修 行 階 梯 と して 「四 菩 薩 行 」 を 説 示 す る。 こ の 記 述 を 整 理 す れ ば、と な る。1) 四 菩 薩 行 の 中、 自 性 行 と 誓 願 行 に 関 し て は、Mv. の 第 一 「多 仏 経 」2) (Bahubuddha-sutra)に お い て 述 べ られ、 更 に は、 「マ ハ ー マ ウ ド ゥ ガ リ ヤ ー ヤ ナ(Mahamaudgalyayana,以 下 引 用 文 を 除 い て マ ウ ド ゥ ガ リ ヤ ー ヤ ナ と 標 記)の シ ュ ッ ダ ー ヴ ァ ー サ 訪 問 物 語 」 に も 「誓 願 行 」 の 内 容 が 見 ら れ、3)そ の う ち の 最 後 の ラ トナ(Ratna)仏 時 で の 誓 願 が 記 さ れ た 後、 「マ ハ ー マ ウ ド ゥ ガ リ ヤ ー ヤ ナ よ、 こ れ が 誓 願 行 で あ る。」 の 一 文 が 示 さ れ、4) 「随 順 行 と は 何 か。 マ ハ ー マ ウ ド ゥ ガ リ ヤ ー ヤ ナ よ。 実 に、 菩 薩 摩 詞 薩 は、[未 来 の]菩 提 の 為 に 随 順 し て い る の で あ る。 マ ハ ー マ ウ ド ゥ ガ リ ヤ ー ヤ ナ よ。 こ れ が…… 不 退 転 行 で あ る。」(katama ca anulomacarya //iha Mahamaudgalyayana bodhisatvo mahasatvo bodhaya anulo-mataye sthito bhavati//iyam
Mahamaudgalyayana……avaivarta-carya//
「 退 転 行 と は、 回 転 し、 輪 廻 す る[こ と で あ る]。 不 退 転 行 と は、 菩 提 の 為 に 回 転 し な い[こ と で あ る]。」(vivartanti SamSaranti viVartaCa-rya// avaivartiya bodhaya bhavanti avivartacarya// )
と 記 述 さ れ て い る だ け で あ る。 こ の 文 の 直 後 に、 「こLで、 十 地 と デ ィ ー パ ン カ ラ ・ヴ ァ ス ッ が 説 か れ る べ き で あ る。」(atra dasabhumiko
karta-1) E. Senart ed. Le Mahavastu. Paris, vol. 1.
p.1-2) Mv. で は、 こ れ と は 別 に、 一 般 に 「次 第 授 記 」 と 称 さ れ る 全 く 同 一 の 経 典 名 を 有 す る も の が あ る。(ibid. vol. III. pp. 224-250.)
3) ibid. p. 46- 4)ibid. p. 63. ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
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vyo Dlpahkaravastu ca//)の 如 き記 述 か ら して、「不 退 転 行 」に 関 連 し て、十 地 説 と次 の デ ィーパ ンカ ラ・ヴ ァス ツが 説 か れ る と考 え られ よ う。`) [II]十 地 説 示 の 背 景 に つ い て Mv. の十 地 説 は、 そ の記 述 に従 え ば、 以 下 の如 き経 緯 で説 示 さ れ た と言 う、十 地 を述 べ る他 の聖 典 に は見 られ な い伝 承 内容 が 記 さ れ て い る。 す な わ ち、 十 地 の序 に相 当す る部 分 に、 (1)自 在 者 達 が 「何 処 で 持 法 者 の会 合(dharmadharasahgapana)が 行 わ れ る か 」 の 自 ら の 問 い に、 「マ ガ ダ 国 の、 マ ガ ダ 王 の 首 都 で、 よ く[樹 木 が]生 い 茂 っ た 美 し い 林 の 中 に あ る 七 葉 と 言 う 洞 窟 (saptaparna-abhidhanaguha)。 美 しい ヴ ァ イ ハ ー ヤ(Vaihaya) 山 の 北 側 で、 種 々 な る 樹 木 が あ り、 岩 盤 の あ る 場 所 で、 法 の 結 集 が あ る で あ ろ う。」 と思、い、 神 通 力 で そ の 場 所 に 着 く。6) (2) マ ハ ー カ ー シ ュ ヤ パ(Mahaka6yapa,以 下 引 用 文 を 除 い て カ ー シ ュ ヤ パ と 標 記)が、 五 人 の 自 在 者 達 を して、鷲 峯 山(Grdhrakuta) の 荘 厳 を 準 備 さ せ る。7) (3) カ ー シ ュ ヤ パ は マ ハ ー カ ー ト ヤ ー ヤ ナ(Mahakatyayana,以 下 5) ibid. p.63. Senartの 校 訂 文 に 文 章 上 の 欠 落 と混 乱 が 見 ら れ る。 す な わ ち、 下 線 部 が 校 訂 本 で は、iyam Mahamaudgalyayana……avivartacarya//と な っ て い る が、 「マ ハ ー マ ウ ド ゥ ガ リヤ ー ヤ ナ よ。 こ れ が 随 順 行 で あ る。 不 退 転 行 と は 何 か。」(iyam Mahamaudgalyayana anulomacarya//katama ca avi-vartacarya//)と な る べ き で、 avivartacaryayaは 次 の 不 退 転 行 の 説 明 文 の 最 初 に 来 る 文 で あ ろ う。 梶 芳 光 運 氏 は、Mv. 所 説 の 「不 退 転 行 」 は、 「地 」 と関 係 す る こ と は 自 然 で あ る と しつ っ も、 「別 に 十 地 に つ い て 説 明 し て い る も の で は な い。」(「 大 乗 仏 教 の 成 立 史 的 研 究 」、p. -20)と 述 べ る。 ま た、 Mv. 全 体 の 構 成 に っ い て は、 平 等 通 昭: 「印 度 仏 教 学 の 研 究 」、pp. 325-496., 水 野 弘 元:梵 文 「大 事 」 に っ い て(「 水 野 弘 元 著 作 集 」1. pp. 307.)や、 最 近 で は、 平 岡 聡 氏 の 研 究(Mahavastu-avadana の 構 造、 「仏 教 研 究 」29,p. 91-)な ど が あ る が、 更 な る考 証 が 必 要 で あ る。 6)ibid. p. 70. 7)ibid. p. 75.
引 用 文 を除 い て カ ー トヤ ー ヤ ナ と標 記)に 対 して、 「偉 大 な 法 王 (=釈 尊)の 所 行 に つ いて 話 して くだ さい。」 と請 う。
(4)カ ー トヤ ー ヤ ナ は答 え て、
「友 よ、 最 勝 者 の子 よ。 一 切 見 者 で あ って、 清 浄 行 者 で あ る 諸 仏 の 行 状 を、 正 し く順 序 に従 って 聞 くべ きで あ りま す。」
(sruyatam bho jinasuta buddhanam sarvadarsinam / carya caranasuddhanam yathavadanupurvasah //)
等 と記 さ れ、 カ ー シ ュヤ パ を 対 告 者 と して 十地 が説 か れ た こ とを 説 く。8) ま た、 十 地 の記 述 が終 了 した 後 で、 次 の如 き経 文 で締 あ く く られ る。 「霊 鷲 山 の頂 上 に お け る、五 百 人 の 自在 者 の集 会 に お い て、 十 地 と言 う名 前 の教 え の門 が説 き示 され た。 十 地 は終 了 す る。十 地[の 教 え] は、 仏 陀 た らんが 為 に誓 願 した彼 等 に よ って、 教 示 され るべ きで あ る。 ま た、 真 理 を知 見 した、 浄 信 な る菩 薩 達 に対 して、 説 か れ るべ きで あ る。 他 の 者 に対 して で は な い。 何 とな れ ば、 前 者 は これ を信 受 す るで あ ろ う し、他 の者 は疑 うで あ ろ うか ら して。」9)
(sikhare Grddhakutasmim pancanam vasibhutasatanam samava-ye dasabhumikam nama upadesamukham bhasitam // samaptam dasabhumikam / ye satva buddhatvaya pranidhenti tehi uddesita-vyam dasabhumikam bodhisatvanan ca drstasatyanam sradda-dhananam datavyam nanyesam ete hyatra sraddadhana anye vici-kitseyuh // これ らの叙 述 に従 え ば、Mv. で は、 「十 地 」 は仏 陀 釈 尊 入 浬 葉 時 に、 霊 鷲 山頂 に お い て、五 百 人 の 自在 者(va6ibhUta)達 の 集 会 で の 法 の 説 示 を、 カ ー トヤ ー ヤ ナが カ ー シ ュ ヤパ を対 告 者 と して説 い た と言 う、他 に 例 を 見 な い伝 承 とな って い る。 8) ibid. p.76.9) ibid. p.193. ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 [III]十 地 総 説 上 の よ うな背 景 で説 示 さ れ る十 地 は、「十 地 の は じま り」(da6abhUmika-syadi)と 記 した後 に、 無 比 な る法 眼 を転 じ給 え。 数 百 劫 積 み重 ね られ た お方 の。 吉 祥 な る勝 者 達 に と って、十 地 が あ る。 諸 々 の賢 者 達 は、そ れ ら(=十 地)に よ って、常 に神 通 を行 じた。」
(vatte apratima dharmadarsanam naikakalpasatasancitatmanam / bhumayo dasa jinana srimatam yairvikurvisu sada pandita //) 10)
の 偶 頗 で 始 ま る。 そ こ で 先 ず、 カ ー トヤ ー ヤ ナ が 十 地 の 名 前 を 列 示 す る。 す な わ ち、 初 地-duraroha(難 登)、 第 二 地-baddhamana11)(結 慢)、 第 三 地-puSPamandita(華 荘 厳)、 第 四 地-rucira(明 輝)、 第 五 地-cittavi-stara(広 心)、 第 六 地 一rUpavat1(相 具 足)、 第 七 地-durjaya(難 勝)、 第 八 地-janmanide6a(生 誕 因 縁)、 第 九 地-yauvarajya(王 子)、 第 十 地-abhiseka(潅 頂)で あ る。 こ の 十 地 の 名 前 を 聞 い た カ ー シ ュ ヤ パ は、
諸 の地 の転 変 を あ るが ま ま に話 して 下 さ い。
彼 等 大 名 称 者 達 が、 どの よ うに[諸 地 を]転 ぜ られ た か、 輪 廻 さ れ た の か を。
(bhuminam parii yathavadanukirtaya / yatha ca to vivartante samsaranto mahayasa //)12)
10) ibid. p.63.
11) F. Edgertonはbaddhamalaと す る。(Buddhist Hybrid Sanskrit Gra-mmar and Dictionary, p. 397.)
等 と、諸 菩 薩 が如 何 に して諸 地 を転 変 した の か、各 地 を ど の よ うに して 成 就 した の か、如 何 な る供 養 を行 った のか、 各 地 の 名 前 の 由 来 が 何 で あ る の か、 等 を尋 ね る。(実 際 は、各 「地 」の名 前 の 由 来 に関 して は十 地 説 全 体 を 通 じて も全 く記 され て い な い。) こ れ に対 して、 カ ー トヤ ー ヤ ナ は、「友 よ、仏子 よ。菩 薩 達 の諸 の 地 を 量 る こ と は 出来 な い。そ れ ほ ど多 くの 劫 が あ り、無 量 で あ り ます。 菩 薩 達 の 全 て の輪 廻 は、部 分 的 な概 念 に よ って、 〈地 〉 と区別 され た の で す。 そ れ 故 に、 〈地 〉 と呼 ば れ た の で あ り ます。」(na khalu bho jinaputra 6akyarp
bodhisatvanam bhumih pramatum ettakakalpa va ananta bhavanti/ sarvam samsaro bodhisatvanam khandasanjnaya bhumiriti parikalpi-tam tena bhumiriti smrta //)
と、菩 薩 達 が 無 量 劫 の問 輪 廻 転 生 した部 分 を 区分 して 〈地 〉 と称 した 事 を 示 し、13)〈無 量 な る地 〉 の説 示 もま た仏 陀 に よ って な さ れ た 事 等 が 示 唆 さ れ た の で あ る。14) か くの如 く説 示 され た十 地 は、次 の数 偏 を以 て終 了 す る。 仏 子 よ。実 に、[完 全 な る十 地 で な く]麓 相 な る諸 地 に よ って は、 そ れ以 前 に、諸 の 如 来 が 一 切 智 性 を証 得 さ れ な か った。
(asthanameva jinaputra yada sthulahi bhumihi / tatpure adhigaccheyuh sarvajnatvam tathagatah //)
完 全 な る諸 地 に よ っ て は、[さ らに]時 間 は必 要 な い。
[悟 りを 開 くと]虎 の よ うに胞 障 さ れ る方、 最 上 の お方 が この よ う に お 示 しにな った の で あ る。
(kalam va natinamenti paripurnahi bhumihi / darsensu vadisardula ityevam purusottama //)
っ ま り、十 の諸 地 を 円満 す る事 に よ って、諸 菩 薩 が証 悟 す る の に 更 に 時 13) ibid. p.77. 14) ibid. p.83-85. ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 を経 る事 は不 必 要 で あ り、そ れ 故 に、「ヴ ァー ラ ーナ シ ーの 森 に行 き」、「指 導者 は、十 地 を 詳 細 に説 示 され た。」の で あ った と述 べ、 「福 徳 を 見 る お 方 は、甘 美 に して、善 く説 か れ た道 理 で以 て、多 くの 人 々 を 教 化 され」、「生 ・ 老 ・病 か ら解 き放 た れ た。」と締 め く く って い る。15) この叙 述 に 由 る限 りで は、仏 陀 釈 尊 の最 初 の転 法 輪 に お い て 「十 地 」 が 説 示 され た こと を意 味 して い る と解 釈 す る こ と も可 能 な、や は りMv. 独 自 の伝 承 と窺 え る。 [IV]第 四 地 に 見 ら れ る 他 の 地 に 関 す る 記 述 Mv. の十 地 説 にお いて、何 故 第 四地 の み に他 の地 に関 す る記 述 が 多 少 な りと も見 られ るの か は、す で に若 干 の学 者 に よ り問 題 視 さ れ て い る こ と は 周 知 で あ る。そ こで、 この 事 に関 係 す る第 四 地 にお け る実 際 の 叙 述 内 容 を 挙 げて み よ う。 (1)第八 地 以 上 に 到 達 し た 彼 等 は 退 転 しな い。 世 に 尊 敬 さ れ た 者 達 は、 一 向 に 清 浄 な る 行 為 を 実 践 す る。(astamiprabhrtim bhumin gates te anivartiya/ekamsena subhan karma sevante lokapujitah//)16' (2)初地 か ら第 七 地 ま で の 間、 そ れ ら の 地 に お い て、 最 上 人 達 は 多 様 な 行
為 を 実 践 す る。(prathaman ca upadaya bhumim yavacca sapta-mi/vyamisran karma sevante bhumisv etasu janottama//)17 (3)大人 士 達 は、 こ れ ら を 始 め と す る 行 為 を 実 践 しっ っ、 世 間 の 燃 慈 の 為
に、 十 地 を 満 た す の で あ る。(evamadini karmani sevamana maha-narah/lokanamanukampartham purenti bhumayo daseti//)18) (4)「 も し も、 何 時 で も、 如 何 な る 方 法 に よ っ て で も、 聖 者 を 誹 諺 す る 事
が 原 因(hetu)と な り、 七 っ の 諸 地 に あ る者 達 は、 ア ヴ ィ ー チ 大 地 獄
15) ibid. p.192. 16) ibid. p.102. 17) ibid. p.102. 18) ibid. p.102.
に赴 く し、実 に そ の 時別 の地 獄(pratyekaniraya)に 行 く。」 と述 べ、 そ の 者 達 は 「餓 鬼 ・阿修羅 ・畜 生 と して 再生 す る事 はな く、 ウ ッ タ ラ クル(Uttarakuru、 北 倶 盧 洲)に 再 生 す る事 もな い。 女 性(stritva) に もな らな い。不 男(vipapdakatva)と もな らな い。」 の如 く、「聖 者 に対 す る誹諺 」が 唯 一 原 因 に な って、堕 地 獄 の結 果 だ け を受 け る とす る。19)この よ うに、堕 地 獄 に関 して 述 べ た直 後 に は、一 方、 (5)「七 っ の地 に あ る菩 薩 達 が、殺 生 を な し、与 え られ ざ る を 奪 う等 の あ らゆ る不 善 業 を[行 って も]、 菩 薩 を 地 獄 に堕 さ せ る事 は 出 来 な い。 菩 薩 が 誓 願 を起 こす以 前 に積 集 され た 如 何 な る不 善 業 も、そ の 初 発 心 故 に覆 い隠 さ れ る の で あ る。恰 も、鹿 の群 が大 きな 石 で[隠 され るが]
女口 く に。 」 (yam bodhisatvah saptasu bhumisu pranatipatam va
karonti adattam va haranti sarvaparipurnam va akusalakarma na samartham bodhisatvam nirayam nayitum // yani ca karmani bodhisatvaih purato pranidhanasyopacitani akusalanitani ca pra-thamacittotpadaya avrtani tisthanti yatha mahata sailena mrga-sangho //) と述 べ,各 地 に お け る 「初 発 心 」の 意 義 を強 調 し、そ の 後 に、「そ れ だ け に、 も し も菩 薩 が誓 願 を起 こす心 に達 して い な けれ ば、第 二 地 ・第 三 地 ・第 四 地 ・第 五 地 ・第 六 地 ・第 七 地 に お け る各 生(jati)で 果 報 を 享 受 す る の で あ り、最 後 に は、頭 痛(6irsaparitapa)に よ って で さ え異 熟 果 を う け る に 至 る。」 と比 喩 す る。20)この経 文 は、第 七 地 以 前 の 菩 薩 達 が、 殺 生 ・不 与 取 等 の あ らゆ る不 善 業 を な して も、堕 地 獄 の力 は な く、それ らは初 発心 に よ っ て覆 い 隠 され る事 を明 らか にす る もの で あ る。21)
19) ibid. p.103. テ キ ス トのkecitは 写 本CMに 従 いkadacidと 読 む。 ま た、 第 四地 中 に は聖 者 誹 諺 の 他 に、 「菩 薩、 正 等 覚 者 の 弟子、 預 流 果 に到 着 し た 者、 辟 支 仏 性 な る者 を 殺 す 」 こ と も堕 地 獄 の原 因 に な り、 しか も、 退 転 は三 世 に及 ぶ と 記 す。 20) ibid. p.104. 21) ibid. pp. 102-104. ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 さ らに は、第 八 地 以 降 の 菩 薩 に関 した 記 述 と して、次 の経 文 が あ る。 (6)「友 よ、頭 陀 法 を持 て る者 よ。菩 薩達 は、 第 八 地 か ら始 め て、 自 ら の 所 有 す る全 て を捨 離 し、な し難 き捨 離 を 実 行 す るの で す。 友 よ、 頭 陀 法 を持 て る者 よ。菩 薩達 は、第 八 地 か ら始 めて、 正 等 覚 者 に対 す る尊 敬 に よ って、[彼 等 もま た]尊 敬 され るべ きで あ る。」
(astamam bhumim prabhrti bho dhutadharmadhara bodhisatvah sarvasvaparityagamsca parityajanti duskaraparityagamsca kurva-nti iti // astamam bhumim prabhrti bho dhutadharmadhara bodhisatvah samyaksambuddhapujaya pujayitavya iti J/) 22)
これ は、カ ー シ ュヤ パ の 「菩 薩 達 は どの 始 点 か ら、自 らの 所 有 す る全 て を 捨 離 し、な し難 い捨 離 を実 践 す るの か。」 と言 う問 い に 対 して 答 え た も の で、 続 け て、
(7)「仏 子 よ。第 八 地 に進 み、菩 薩 達 は正 等 覚 者 で あ る と 見 な さ れ る べ き で、 そ の時 始 め て[彼 等 は]不 退 転 とな る。」
(astamam prabhrti bhumim bodhisatva j inatmaj a /
samyaksambuddha iti drastavya atah prabhrtyanivartiyah //)
と述 べ る。23)っま り、菩 薩 は第 八 地 に進 ん で 始 め て正 等 覚 者 で あ る と見 な され るべ きで あ り、そ の時 始 めて 絶 対 的 な不 退 転 と な る と解 さ れ る。 こ の 見解 を 裏付 け る記 述 が 見 られ るの で、箇 条 的 に整 理 して お く。何 れ も第 八 地 に あ る菩 薩 の行 為(cesta,所 作)に 関 す る もの で あ る。24)
1)こ こで 始 めて 彼 等 は甚 深 な る禅 定 を獲 得 す る。
(atah prabhrti dhyanani gambhirani labhanti te.)
2) こ こで 始 めて 彼 等 に熾 燃 す る、[が如 き]智 が 生 じる。
(atah prabhrti uttaptan jnanam tesam pravartate.)
3) こ こで 始 めて 知 恵 を 先 導 とす る言 葉 を 話 す。
(atah prabhrti bhasanti vacan jnanapurogamam.)
4) こ こ で 始 あ て 賢 者 達 は 蔑 視 す べ き が 故 に 寿 命 を 放 棄 す る。
(atah prabhrti kucchatta ayum muncanti panditah.) 5) こ こ で 始 め て 彼 等 は 清 浄 な 生 に 随 従 す る。
(atah prabhrti ya Buddha tan jatimanuyanti te.) 6) こ こ で 始 め て 彼 等 は 清 浄 な 形 相 を 享 受 す る。
(atah prabhrti yam suddham tadrupamanubhavanti te.)
7)こ こ で 始 め て 性 を 欲 し、 そ の 通 り と な る。(=望 み 通 り の 性 と な る。)
(atah prabhrti yam lirigam icchanti bhavanti tatha.)
8) こ こ で 始 め て 神 を 欲 し、 そ の 通 り と な る。(=望 み 通 り の 神 と な る。)
(atah prabhrti yam devam icchanti bhavanti tatha.) 9) こ こ で 始 め て 外 道 あ る い は 有 を 破 壊 す る 者 と な る。
(atah prabhhti tirthika va bhavanti bhavasudanah.) 10) こ こ で 始 め て 諸 の 愛 欲 を 蔑 視 し、 寂 静 を 賞 讃 す る。
(atah prabhrti kucchanti kamam samsanti nirvrtim.) 11)こ こ で 始 め て 最 も 重 要 で、 最 も 尊 い 話 手 と な る。
(atah prabhrti bhuyistha bhavanti vadatam varah.)
12) [こ こ で 始 め て]天 中 天 や 著 名 な 正 等 覚 者 達 の 弟 子[と な る。]
(sisya devatidevanam sambuddhanam yasasvinam.)
13) [こ こ で 始 め て][諸 仏 が]入 滅 す る 時、 法 の 演 説 者 た る 諸 仏 に よ っ
て 勧 請 さ れ る。
「 知 者 よ、 法 を 説 示 し な さ い。 聖 仙 の 橦 を 承 け な さ い。」 と。
(adhyesyanti tatah paretya buddhairdharmaprakasanaih/
dharmam desayatha prajna pratigrhnatha rsidhvajam//) 14) こ こ で 始 め て 多 く の 人 々 を 阿 羅 漢 位 に 教 導 す る。
(atah prabhrti vinayanti arhatve subahun janam.)
15) こ こ で 始 め て 多 く の 人 々 を 有 学 地 に 教 導 す る。
(atah prabhrti vinayanti saiksabhumau bahun janam.) 16) こ こ で 始 め て 神 々、 諸 の 夜 叉、 諸 の 密 跡 達 は、 ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
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文
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自 在 に 到 達 す る ま で、 菩 薩 摩 詞 薩 に 随 従 す る よ う に な る。 (atah prabhrti anubaddha deva yaksa saguhyakah/
bodhisatvam mahasatvam yavatprapta svayambhuta. //) 17) こ こ で 始 め て そ の 形 相 は、 神 々 と 共 な る 世 界 に お い て、 最 勝 と な る。
(atah prabhrti tadrupam agryam sadevake Joke.) 18) こ こ で 始 め て 菩 薩 達 の 外 貌、 威 光、 名 称、 名 声、 力 は、
世 間 の 人 と等 し か ら ず、 最 勝 と な る。
(atah
prabhrti
varno
pi
tejokirtiyasobalam/
lokena visamam bhavanti bodhisatvanamuttamam//)
19) 諸 仏 は 未 だ[世 間 に]出 現 さ れ て い な い け れ ど も、 彼 等 は 五 神 通 を 具 す 者 と な る。
(anutpadacca buddhanam pancabhijna bhavanti te.) 20) 出 家 を 賞 讃 し、愛 欲 に 対 して 過 失 を 見 る 者 と な る。
(naiskramyamanuvarnayanti kamesu dosadarsinah.) 21) こ こ で 始 め て 神 々、 諸 の 阿 修 羅 達 は、 梵 天 と共 に、
彼 等 の 徳 に 心 を 惹 か れ、 や っ て 来 て 合 掌 す る。 (atah prabhrti devasca asura brahmana saha gunaih tesam anurajyanta agacchanti krtanjali.)
[V]十 地 説 中 に お け る 釈 尊 の 本 生 区 分 と 第 十 地 Mv. の 十 地 説 を 大 別 す れ ば、 初 地 か ら第 七 地 → 基 本 的 に は 一 般 化 さ れ た 菩 薩25)所 修 の 階 梯、 第 八 地 以 上 第 十 地 → 釈 尊 の 本 生 と して の 階 梯 に 分 け る こ と が 出 来 る。 こ れ は 正 にMv. 伝 承 の 部 派 的 な 特 色 と して 注 視 す べ き も の で あ る と指 摘 し て お き た い。 そ の 根 拠 に な る の は、 第 四 地 の 記 述 中 の 次 25) ibid. p.161. マ ハ ー カ ー シ ュヤ パ は、 「諸 地 にっ いて の この よ うな 解 説 は、 世 尊(釈 尊)の た あ に[あ っ た の か]、 諸 の正 等 覚 者 の た め に[あ った の か]。」 と 質 問 す る経 文 に対 す る答 か ら、「十 地 説 」 が 釈 尊 の み で な く、 一 般 化 さ れ た 菩 薩 の た め に説 明 さ れ た こと を言 う もの と解 さ れ る。
の 一 文 で あ る。す な わ ち、カ ー シ ュヤパ は、 友 よ、仏 子 よ。勝 利 者 に よ って説 示 され た これ らの 本 生 話 は、 ど こ か ら始 ま る と知 るべ きで あ る のか? と、釈 尊 に関 す る本 生 話 が ど の地 か ら始 ま るの か を聞 く。26) これ に答 え て、 カ ー トヤ ー ヤ ナ は、 「友 よ、頭 陀 法 を 持 て る者 よ。勝 利 者 に よ っ て説 示 さ れ た こ れ らの 本 生 話 は、 この第 八 地 に始 ま る。」
(yani mani bho dhutadharmadhara j atakani j inabhasitani imam astamam bhumim prapadyantiti //)
と答 え る が、 こ の文 は、十 地 中第 八 地 以 降 を釈 尊 の本 生 話 と 区 分 して い る事 を示 唆 す る。27)この後、前 述 の[IV]-(6)・(7)の 叙 述 に続 く。 ま た、第 八 地 の書 き出 し部 分 に見 られ る経 文、す な わ ち、 友 よ、仏 子 よ。世 尊、 正 等 覚 者 な る シ ャ ーキ ヤ ム ニ は、初 地、 第 二 地、 第 三 地、 第 四地、 第 五 地、 第 六 地、第 七 地 を 現 転 さ れ る 問 に、 諸 の 正 等 覚 者 の下 で、善根 を 植 え 付 け られ た。 そ の正 等 覚 者 達 の 名 前 は ど の よ うな も のか。
(bhagavata bho j inaputra samyakusambuddhena Siakyamunina pra-thamadvitiyatrtiyacaturthapancamasasthasaptamasu bhumisu vartamanena yesu samyksarnbuddhesu kusalamavaropitam te-sam te-samyakte-sambuddhanar kani namani ti //)
と カ ー シ ュ ヤ パ が 質 問 した と こ ろ、 カ ー トヤ ー ヤ ナ は、 「世 尊、 シ ャ ー キ ヤ 族 の 太 子 が 善 根 を 積 集 さ れ た、 多 く の 勝 れ た 力 と 名 声 あ る も の(vipula-balavarakirti)達 」 の 名 前 を 二 百 五 十 一 人 挙 げ る の も こ の 十 地 の 二 分 を 示 す 根 拠 に な り う る。認)(第 九 地 も亦 同 様 の 意 図 が あ っ た こ と は疑 い な い。) 26)ibid. p.105. 27)ibid. p.105. 久 野 芳 隆 氏 が 「仏 の前 生 は第 八 地 まで 続 く」 と解 釈 す る の と 異 な る。(「菩 薩 十 地 思 想 の起 源、展 開、及 び 内容 」、大 正 大 学 々報、第 六、 七 号。p.70.) 28) ibid. p.136-﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 さ て、釈 尊 の 本生 と して述 べ られ る第 十 地 は、 カー シ ュヤ パ の次 の 要 請 で以 て始 ま る。 友 よ、仏子 よ。諸 菩 薩 は善 根 を積 集 し、所 作 を 完 成 し、第 九 地 を 経 過 し、第 十 地 を 満 足 し、兜 率 天 に登 り、人 間 と して の生 を熱 望 しな が ら、 母 胎 に入 り、[も はや]再 生 せ ざ る[生 を うけ る]こ れ ら の 事 等 を な し終 え られ た。汝 は、最 勝 人 達 の奇 特 に して未 曾 有 な る事-辟 支 仏 を 以 て して も類 が無 く、自在 者 の 集 ま り に も[類 が 無 く]、 有 学 の 凡 夫 等 に よ って も[比 類 の無 い]一 に つ い て話 して下 さ い。」
(ye punarbho j inaputra bodhisatvah paripinditakusalamulah krtakarmanah navamam bhumim samatikramya dasamam bhu-mim paripurayitva tusitabhavanamupagamya manuj abhavama-bhikariksamanah matuh kuksimavataranti apunavartam evama-dini krtva sankirtaya paramapudgalanamascaryadbhutadharma asadharana pratyekabuddhadibhih vasibhutaganadibhisca saiksa-prthagj anadibhisceti //)29) これ に対 して、 カ ー トヤ ー ヤ ナ が、菩 薩 達(=正 等 覚 者)に は次 の 七 種 の具 足 の あ る こと を明 示 す る。七 種 と は、 (1) 入 胎 の 具 足(garbhavakrantisampanna) (2) 胎 住 の 具 足(garbhasthitisampanna) (3) 生 誕 の 具 足(jatisampanna) (4) 母 の 具 足(janetrisampanna) (5) 出 家 の 具 足(abhiniskramanasampanna) (6) 精 進 の 具 足(viryasampanna) (7) 智 恵 証 得 の 具 足(jnanadhigamanasampanna) で あ る。30)以下、第 十 地 は、正 等 覚 者 が 具 有 す る諸 々 の徳 相 を 有 効 に組 み 入 れ な が ら、最 後 身 と して の釈 尊 の本 生 を、 29) ibid. p.142. 30) ibid. p.142.
(1) 入 胎 具足 一 仏 伝 で 云 う観 察(マ ー ヤ ー妃 の観 察) (2) 胎 住 具 足 一 胎 内 に お け る菩 薩 の 描 写、 マ ー ヤ ー妃 の 十 一 戒 遵 守 の 誓 い (3) 生 誕 具 足 一 ル ン ビニ ー苑 で の誕 生 (5) 出家 具 足 一 出城、 出 家 の 記 述 に区 分 して 描 写 して い る。 [VI]十 地 説 の 展 開 に つ い て Mv.の 十 地 説 の 構 成 ・展 開 ・増 広 の問 題 に っ い て、例 え ば、高 原 信 一 氏 は、 「「大 事 」 の十 地 は まず 七 地 迄 が 出来、 それ 以 上 が構 成 さ れ た の は や や 後 で は な い か。」 と仮 説 を 呈 して い る。31)これ と類 似 の 見 解 は、H. Dayal等 も 指 示 す る こ とで もあ る。32)私もま た嘗 て この 問題 を以 下 の よ うに推 考 した。33) 「「マ ハ ー ヴ ァス ッ」 の十 地 思 想 を十 地 の構 成 面 か ら見 る と、既 述 の よ う に、初 地、第 二 地、第 三 地 の記 述 に続 い て第 四地 の記 述 中 に突 如 と して 第 五 地 以 上 第 八 地 ま で の 内容 が あ り、特 に第 七 地、 第 八 地 の 内 容 が か な り 詳 細 に描 か れ て い る。また 一・方、第 八 地、 第 九 地 に お い て は単 に多 くの 仏 名 の列 挙 が あ る だ け で、第 九 地 の内 容 は十 地 全 体 を通 して も ど こ に も見 当 た らな い。第 十 地 は釈 尊 が 兜 率 天 か ら下 生 し、マ ー ヤ ー の 胎 内 に入 り出 家 す る まで の本 生 潭 が 中 心 とな って展 開 され て い る。 この点 か ら推 考 す る に、お そ ら く第 八 地、第 九 地 に仏 名 を列 挙 す るの は、第 十 地 の 本 生 潭 を 説 示 す るた め の前 段 階 と して あ らわ さ れ た に す ぎな い の で はな いか。」 この推 考 上 で 問題 とな るの は、(1)な ぜ 第 四 地 の 記 述 中 に 第 五 地 以 上 あ 31)高 原 信 一: マ ハ ー ヴ ァ ス ッ 「大 事 」 に 於 け る 十 地 の 構 成 の 一 考 察、 印 仏 2,p.512.
32) H.Dayal: The Bodhisattva Doctrin in Buddhist Sanskrit Literature, p.273.
33) 「マ ハ ー ヴ ァ ス ツ」 に み ら れ るparami, paraml, paramitaに つ い て(密 教 文 化122号、p.52.) ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 るい は初 地 か ら七 っ の地 と して の総 体 的 な描 写 が見 られ る の か(2)第 八 地 (第 四 地 にお け る記 述 内 容 を 除 いて)・ 第 九 地 が 全 く異 質 な もの で あ る事 (3)第 十 地 は釈 尊 の 本 生 を 主 とす る事 等 が考 え られ る。 確 た る論 拠 は示 し得 な い が、初 地 か ら第 四 地→ 第七 地 →第 十 地 に増 広 され て い っ た と考 え た い。Mv. の 十 地 説 が 段 階 的 に増 広 され るそ の過 程 に は、 お そ ら く、何 等 か の大 乗 菩 薩 思 想 の影 響 を全 く排 除 す る こ とが 出 来 な い の で は な い か と推 考 す る。 [田]第 十 地 所 説 の 「七 種 具 足 」 と 他 の 十 地 説 一 大 品 「般 若 経 」類 との比 較 一 上 述 の 如 く、Mv.の 十 地 説 中第 十 地 の本 生 部 分 に は 「七 種 具 足 」 に 関 す る記 述 が あ った。 これ と類 似 した伝 承 を して い る のが、 所 謂 大 品 「般 若 経 典」類 の い くっ か の経 典 で あ る。 一般 的 に、「般 若経 典 」 中成 立 が 早 い と され る 「小 品類 」 に お け る菩 薩 の 修 行 階位 は四位(初 発 意 ・久 発 意 ・不 退 転 ・一 生 補 処)と して 説 か れ るが、 次 の大 品類 に な って初 め て、菩 薩 の四 位 の 第 二 位 ・第 三 位 に 「十 地 」 の 名 前 が見 られ る こ とは周 知 で あ る。謎)換言 す れ ば、「般 若 経 典 」 で 菩 薩 の 修 行 階梯 と して十 地 を述 べ る場 合、(1)十 地 の 名 称 を 具 体 的 に 明 記 して い な い もの (2)十 地 の 名 称 を具 体 的 に明 記 して い る も の の 二 者 に 分 類 で きる。35)これ らの諸 経 典 中、大 品 「般若 経 」類 の数 経 典 に、Mv.所 見 の 「七 種 具 足 」 に類 似 せ る もの が 何例 か 見 られ る。36) (1)云何 菩 薩 摩 詞 薩 応 円満 入 胎 具 足。善 現。 若 菩 薩 摩 詞 薩 雛 一 切 生 処 実 恒 化 生 而 為 益 有 情。 現 入 胎蔵 於 中具 足 無 辺 勝 事。 是 為 菩 薩 摩 詞 薩 応 円 満 入 胎 具 足。 34) 例 え ば、 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 経 」 「浄 願 品 」64で は、 「初 発 意 ・第 二 地、 第 三 地 ・ 乃 至 第 十 地 ・一 生 補 処 」;「大 般 若 波 羅 蜜 多 経 」 「無 分 別 品 」63,同 「願 喩 品 」56 で は、 「初 発 意 ・初 地 乃 至 ・十 地(菩 薩)・ 一・生 所 繋 」 の 四 位 を 記 して い る。
(云何ぞ菩薩摩詞薩 は応 に入胎具足す るを 円満す べ きや と。善現。若 し菩薩摩詞薩、一切生処に実に恒 に化生す と錐 も、而 も有情 を益 せ ん が為 に現 に入胎蔵 を現 じ、中に於 いて無辺 の勝事 を具足す る。是 を菩 薩摩詞薩、応 に入胎具足 す るを円満すべ しと為す。) (2)云何 菩薩摩詞薩応 円満出生具足。善現。若菩薩摩詞 薩錐 於 出胎 時。示 現種 種希有勝事。令諸有情見者歓喜獲 大利楽。是為菩薩 摩詞 薩応 円満 出生 具足。 (云何 ぞ菩薩摩詞薩 は応 に出生具足 す るを円満 す べ きや と。善 現。若 し菩 薩摩詞 薩、出胎 の時 に於 いて種種希有 の勝 事を示現 し、諸 の有 情 の見 る者 を して歓喜 し大利楽 を獲 せ しむ。是 を菩 薩摩詞 薩、応 に出生 具足 す るを円満すべ しと為 す。) (3)云何菩薩摩詞 薩応 円満家族具足。善現。若菩薩摩詞薩或生 刹帝 利大 族 姓家。或生婆羅門大族姓家。父母真浄。是為菩薩 摩詞 薩応 円満 家族 具 足。 (云何 ぞ菩 薩摩詞薩 は応 に家族具足 す るを 円満す べ きや と。善 現。若 し菩 薩摩詞薩、或 い は刹帝利大族姓 の家 に生 じ、或 いは婆 羅 門大族姓 の家 に生 じるに、父母真浄 な り。是 を菩薩摩詞 薩、応 に家 族具 足す る を円満すべ しと為す。)
35) (1) に相 当 す る もの に、Satasahasrika-prajnaparamita, Pratapa dra Ghosa, Calcutta, pl145f., 「大 般 若 波 羅 蜜 多 経 」巻 四百 十 五-四 百 十 六(大 正7. p.82-.);「 放 光 般 若 経」 巻 四(大 正8. p. 27-.);「 光讃 般 若経 」 巻 七(大 正8. p.196-.);「 摩 詞 般 若波 羅 蜜経 」 巻 六(大 正6.p.256-.) 等(2)に 相 当 す る経 典 に、 「大 般 若 波 羅 蜜 多 経」 巻 三(大 正5.p.14-.) ・ 巻 五 十三(同p.303 -.) ・ 同巻 四百 四 十 二(大 正7.p.230-.) ・ 同 巻 四百 八 十 三(同p.454-.);「 摩 詞般 若 波 羅 蜜 経 」 巻 十 七(大 正8.p.346-.) 等 が あ る。 36)「 大 般 若 波 羅 蜜 多 経 」 巻 第 四 百 十 六 ・第 二 分 修 治 品第 十八 之二(大 正7.p.88.); 同経 巻 第 五 十 四 ・初 分 大 乗 品十 五 之 四(大 正5. p. 308.)、 同 経 巻 第 四 百 九 十 一 (大 正7p.496.) も全 同。 ま た、 同経 巻 第 五 十 四 に は、 「菩 薩 摩 詞 薩 住 第 十 法 雲 地 時 応 円満 十 二 法 」 と して、 第 四 か ら第 十 に、(4)入胎 具 足(5)出生 具 足(6)家族 具 足 (7)種姓 具 足(8)春属 具 足(9)生身 具 足(10)出家 具 足 名 を 出 す(大 正5.p.304.; 同 巻 四百 九 十、 大 正7.p.491.) ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 (4)云何菩薩摩詞 薩応 円満種姓具足。善現。若菩薩摩 詞薩常在過 去諸 菩 薩 摩詞 薩種姓 中生。是為菩薩摩詞薩応 円満種姓具足。 (云何ぞ菩薩摩詞薩 は応 に種姓具足す るを 円満す べ きや と。善現。 若 し菩薩摩詞薩、常 に過去 の諸菩薩摩詞薩 の種姓中 に生 じる。是 れ を菩 薩摩詞薩、応 に種姓具足す るを円満すべ しと為す。) (5)云何菩薩摩詞薩応 円満春属具足。善現。若菩薩摩詞薩純 以無 量無 数菩 薩摩詞薩衆而為谷属。是 為菩薩摩詞薩応円満春属具足。 (云何 ぞ菩 薩摩詞薩 は応 に谷属具足す るを円満 すべ きや と。善現。若 し菩薩摩詞薩、純 ら無量無数 菩薩摩 詞薩衆 を以 て而 か も春 属 とな す。 是れ を菩薩摩詞薩、応 に春属具足 す るを円満すべ しと為す。) (6)云何菩薩摩詞薩応 円満生身具足。善現。若菩薩摩詞薩 於初 生 時。其 身 具足一切相好。放大光 明遍照無辺諸仏世界。亦令彼界 六種 変動。有 情 遇者無不蒙益。是為菩薩摩詞薩応 円満生身具足。 (云何 ぞ菩薩摩詞薩 は応 に生身具足 す るを円満 すべ きや と。善 現。若 し菩薩摩詞 薩、初生時 に於 いて、其の身一切相好を具足 して大 光 明 を 放 って、遍 く無辺 の諸仏世界 を照 らし、亦、彼 の界 を して六種 に変 動 せ しめ、有情の遇 う者益 を蒙 らざるな し。是れを菩 薩 摩詞 薩、応 に生 身具足 す るを円満 すべ しと為 す。) (7)云何菩薩摩詞薩応 円満 出家具足。善現。若菩 薩摩詞 薩 於初 出家 時。無 量無数百千倶豚那庚多衆。前後園続尊重讃嘆。往詣 道場 剃 除髪。服 三 法衣受持応器 引導無量無辺有情。令乗三乗而趣円寂。是 為菩 薩摩 詞 薩 応 円満 出家具足。 (云何ぞ菩 薩摩i詞薩 は応 に出家具足す るを円満 す べ きや と。善現。若 し菩薩摩詞薩、出家 の時に於 いて、無量無数百千倶豚 那 庚多 衆 に、前 後園緯、尊重讃 嘆せ られ、道場 に往詣 し、髪を剃除 し、三法衣 を服 し、 応器 を受持 して無量無辺 の有情 を引導 し、三乗に乗 じて円寂 に趣 か し める。是 れを菩薩摩詞薩、応 に出家具足す るを円満すべ しと為 す。) また、「摩詞般 若波羅蜜経 」には、第九地 の 「具足十二法」中に、
(1)胎生成就。菩 薩世世 常化生故。(菩薩世世 に常 に化生 な るが故 に。) (2)家成就。常在大家生 故。(常に大家 に在 りて生 じるが故 に。) (3)所生成 就。若刹利家生若婆羅 門家生故。(若 しは刹利 家 に生 じ、若 しは婆 羅門家 に生 じるが故 に。) (4)姓成就。如過去菩薩所生姓従此中生。(過去 の菩薩所生 の姓 の如 く、 此 の中従 り生 じる故 に。) (5)春属成就。純諸菩薩摩詞薩為春属故。(純 ら諸 菩薩 摩詞 薩 を谷属 と 為す故。) (6)出生成就。生時光明遍照無量 無辺 世界。亦不取相故。(生 じる時光明 は無量無辺世界 に遍照 し、亦相 を取 らざるが故 に。) (7)出家成就。出家時無量百千億諸天侍 従。 出家是 一切 衆生 必 至三 乗。 (出家時無量百千億 の諸天 が侍従 し、出家 は是 れ一切 衆生 必 ず三 乗 に至 る。) の よ うに、 ほ ぼ上 の 「大 般 若 波 羅 蜜 多 経」(大 品)と 相 応 す る名 目が 列 挙 さ れ て い る。37) これ らの項 目を 比 較 す れ ば、記 述 内容 に差 異 が あ る もの の、 名 目 的 に は Mv. の(1)入 胎 具 足 と 「大 般 若 経 」の入 胎 具 足(3)生 誕 具 足 と出生 具 足 (5)出 家 具 足(両 者 同 名)が 一 致 して い る。 こ の関 係 を如 何 に解 す るか等 の 問題 に 関 して は、十 地 思 想 の展 開 と共 に 一 応 注 意 して お く必 要 が あ る と思 わ れ る事 を今 は指 摘 す る に留 め る。 お わ り に 以 上 「マハ ー ヴ ァス ツ」 に叙 述 され る 「十 地 思 想 」 に 関 して 論 じて き た が、先 ず 第 一 に、 こ の十 地 説 所 見 の 「菩 薩」 そ の もの の概 念 が、(1)直 接 あ るい は間接 的 に も仏 陀 釈 尊 を明 らか に指 し示 して い る部 分 一 説 出 世 部 の 37)巻 第 六(大 正8.p.259.)。 周 知 の 通 り、 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 経 」 で は 第 十 地 に 関 す る 内容 が第 九 地 に お い て 記 され る。 ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想
密 教 文 化 仏 伝 と して は至 当 で あ る が一(2)本 来 的 に は 出世 間 的 存 在 者 た る仏 陀 釈 尊 を して所 謂 「世 間 随順 」 と言 った型 で 以 て 描 写 さ れ る も の(3)世 俗 的 な意 味 にお け る、一 般化 され た菩 薩 の姿 等 が混 渚 して叙 述 され て い る事 が 理 解 で き る。次 い で、「マ ハ ー ヴ ァス ッ」 の十 地 の構 成 と主 た る実践 内容、 退 転 の法 数 等 は、 この 図表 の如 くに整 理 し得 る。
〈 キ ー ワ ー ド〉。 マ ハ ー ヴ ァ ス ツ 。十 地 ﹁ マ ハ ー ヴ ァ ス ツ ﹂ の 十 地 思 想