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(1)

柿本人麻呂歌集の文字表記に関する文芸論的考察 : 人麻呂による文字を使った文芸表現への試み

著者 藤川 雅志

出版者 法政大学大学院

雑誌名 大学院紀要 = Bulletin of graduate studies

巻 80

ページ 232‑210

発行年 2018‑03‑31

URL http://doi.org/10.15002/00014588

(2)

柿 本 人 麻 呂 歌 集 の 文 字 表 記 に 関 す る 文 芸 論 的 考 察 ― ― 人 麻 呂 に よ る 文 字 を 使 っ た 文 芸 表 現 へ の 試 み ― ―

人文科学研究科日本文学専攻

博士後期課程三年藤川雅志

梗概

柿本人麻呂歌集の文字表記については、日本の古くからの口承的な〝うた〟

の世界が、文字による文芸作品へと転じる貴重な過程を映し出すものと考えら

れてきた。しかし、そこには一見漢詩のような極めて特色ある表記が見られ、

長い間研究者たちによって具体的な研究が進められてきたが、なぜ人麻呂がそ

のような実践を行ったのかなど、その本質的な解明が果たされたとはいえない

のである。本論では、それらの表記に関する研究の蓄積を踏まえながらも、こ

の文字表記は、和歌(短歌)としての「歌」を表現する、人麻呂による文芸実

践の結果として成立したもので、単なる表記の問題ではなく文芸作品の創造(表

現)という、より文芸論としての本質から解かれるべきではないかと、新しい

視点を提示する。

第一章においては、人麻呂が文芸作品としての歌の内容を、いかに漢字の表

意性という文字特性を生かして表現したかについて明らかにする。これを受け、

第二章においては、この文字化に当たって人麻呂が、漢詩の学びの経験を踏ま

えつつも、実際には漢詩とは異なるやまと言葉の〝うた〟の文字化の問題にど

う取り組んでいったのか、その基本となる形と応用事例を明らかにする。さら

に第三章においては、この文字による文芸への過程で発生した、元々の声の〝

うた〟と、文字となった「歌」との〈質〉の違いに目を向ける。そして歌人・ 表現者としての人麻呂が、この両者のギャップにどのように対応していったの

かについて、人麻呂歌集歌における略体歌及び非略体歌の区別と連関として論

じ、この過程で文字文芸の開拓者としての人麻呂が得ることになった文芸的果

実について明らかにする。

第一章人麻呂歌集・略体歌の文芸表現としての特質

~人麻呂の表記を文芸表現の視点から捉える必要性~

一人麻呂歌集・略体歌の表記とは何か

人麻呂歌集の歌とされるいわゆる略体歌(詩体歌ともいわれる)については、

その特異な表記に関して、江戸時代の賀茂真淵以降今日に至るまで、多くの研

究者が着目してきたところである。しかし、現象的には略体歌の非略体歌(常

体歌ともいわれる)や、万葉仮名ともいわれる仮名表記された歌との表記上の

違いについては誰もが認識しつつも、日本の文芸史上の文字表記の早い段階で、

なぜ人麻呂が略体歌のような表現・表記の手法を実践したのかについて、論理

(3)

的で説得力のある説明がなされてきたとはとてもいえないのが現実である。

ただ、特異な表現・表記法であるとはいいながらも、その試行を積極的に押

し進めたと見られる人麻呂にあっては、この過程を通じてその表記に並々なら

ぬこだわりを見せ、後に和歌史に大きな足跡を刻むにふさわしい文芸的試行を、

この機会に積み重ねていたと考えられるのである。本章では、こうした点を明

らかにすべく、具体的な事例(歌)を取り上げながら論じてみたい。

そこで、まずは基本から論を進めるべく、また人麻呂歌集歌の中から略体歌

と非略体歌の表記の特徴がより明確につかめるよう、日本語の〈音〉を一字一

音の仮名表記した歌(通常〝万葉仮名〟ともいわれる)をも含め例示する。

(※漢字の仮名的表記には傍線〇〇を付す)

①略体歌の表記の事例

二四五二▼雲谷 灼發 意追 見乍 みつつ直相

二四五三▼春 葛山 立座

二四五四▼春日山 雲座隠 不念

②非略体歌の表記の事例

二四八三▼敷栲 衣手離 靡可宿 らむ待難

二四九〇▼天雲 まく翼打附 飛鶴 多頭 〻〻 不座

③仮名表記の事例(万葉仮名)

三四一七▼可美都氣 伊奈良能奴麻乃 与曽尓見之 欲波 伊麻許曽

ちなみに略体歌・非略体歌の表記上の違いについて、『上代文学研究事典』

では、「略体表記は、(中略)定型を自覚し、主として表意訓字(中略)を原則

として和歌の語序に従って配列して上から順次読み下しさせ、意味の強くない

助辞(助詞・助動詞など)は読み添えさせるが、一首の文脈を明らかにするた

めに必要な場合には、最小限度の助辞を文字化する表記である。それに対して、

非略体表記は、相対的に略体表記よりも表意訓字が一般的なものとなり助辞の

音仮名による文字化が多くなっている表記である」と説明されている。

現象的にはたしかに右の通りである。しかし、この後具体的に論じていくが、

本論においてはここをさらに論理的に押え、人麻呂歌集歌における文字表記、

中でもとりわけ略体歌は、日本語による声の〝うた〟を文字で表現・表記した

いと考えた人麻呂が、漢詩受容(訓読)の経験を活かしながら、意味のある漢

字(ほとんど自立語のみ)をあたかも漢詩のように積み重ねることによって、

漢字の持つ表意性を生かす(引き出す)形でその文芸世界の文字化を進めたも

のと考える。そのうえでこの略体歌に関しては、日本語に固有の助辞(助詞・

助動詞などの付属語)を文字表記することを可能な限り避け、そこは声として

読む過程で〝読み添え〟をさせることを基本とした表記であるとする。

略体歌はこの点で、②の非略体歌とはその文字表記の考え方が異なるもので

あるが、かといってその略体歌といえども、それは外国文学である漢詩ではな

く、日本語の〝うた〟として、日本語としての語順と〈音〉声を担保する訓読

による表記法として成立したものである。つまり略体歌は見かけ上は漢詩風の

衣を着ているが、その外形と中身の異なる二重性を帯びた表現・表記法である

ということができるのである。

二略体歌の文字表記を「文芸表現」として解析することの必要性

さて具体的な検討に入る前に、人麻呂の略体歌にみられる特色ある表記に着

目した研究として、それを文芸の表現世界との係わりという面から考察した稲

岡耕二と、人麻呂に固有の文字表記について論じた西條勉の所論につい

て、簡単に押さえておきたい。この両氏は、いずれも略体歌の表記は人麻呂自

身によるものであり、彼が目的意識性をもって取り組んだ表記であるとする点

では、同様の立場に立つ。

まず稲岡にあっては、略体歌を文芸の作品世界の〈内容〉を表現するために、

表意文字である漢字の特性を生かし使用したものと考え、その両者の関連性を

考察し人麻呂が敢えて注目に値する特異な漢字の用字法を行ったとみて、その

意味についての考察を進めた。具体的には、たとえば「漢字で歌う工夫」とし

て、略体歌中にあって同じ「ニケリ」と音読する場合にあっても、歌中に「―

―在」の字を文字化する場合と、文字化せずに読み添えをさせる場合とがある

ことに着目しその違いについて、人麻呂が表現を行う際の文芸作品の内容(イ

メージ)と文字表記との関係性について論じるのである。同様に「――タリ」

の場合も、「――為」と文字化するか、読み添えるかについて、さらに「被敷」

(フリシク)、「惻隠」(ネモコロ)、「無乏」(スベナシ)など、いくつかの語句

に着目し、なぜそのような文字を使用したかについても、人麻呂が描こうとし

た作品世界の内容を、人麻呂がより鮮明に表現したいがために敢えてその文字

を選択したのだと説くのである。

また西條にあっては、人麻呂に見られる固有な漢字(訓字)の使用例に着目

してその意味を明らかにしようとする。具体的には、たとえば「是量」(カクバ

カリ)、「玉垣入」(タマカギル)、「裏紐開」(シタヒモトケテ)等々の人麻呂が

行った特異な漢字の用法に着目し、その「文字表現の効果」に関する研究を進 めていくのである。

これらの詳細については省かせていただくが、こうした指摘に関しては、確

かに歌の表現者としての人麻呂の文字選択の一端を鋭く捉えたものであり、敢

えて異論を差し挟むまでもないものである。しかし、そこでこの問題に関する

究明が終わってしまうならば、それは略体歌の表現が持つ一面を、特定の用語

法を通じて指摘したまでで、その先のそもそも文芸作品としての和歌(短歌)

とはいかなる文芸表現であり、略体歌も和歌(短歌)として創作されている以

上は、その一般的なあり方に対していかなる特殊性を持った表現であるのか、

そしてそうした特殊なあり方がどう略体歌の表記として現象しているのか等、

改めて本質論を踏まえた説明が求められることも事実であろう。

すなわち、略体歌といえども一つひとつの歌は、一個の文芸作品として存在

するものなのである。したがって、研究者が自身の着目した用語(漢字)のあ

り方について注目することはむろん大切であるが、本来ならばこうした究明を

基礎として、そうした表記という目に見える現象から論理的にそれらの構造に

踏み込んで、より本質的にそれが和歌(短歌)表現として持っている意味や、

その本質を踏まえた表現のあり方として、文芸作品としてそれらの内容構成が

いかになされているのか等について究明する中で、具体的な「表記」や「語」

の機能、その意味等について押さえていかなければ、とても現時点では本質的

な解明とはいえないものと考えられる。ここでは本格的な和歌文芸論を展開す

る準備はないが、それでも略体歌の和歌表現としてのあり方を押えるためにも、

和歌表現の一般的なあり方は踏まえておくことにしたい。

そもそも端的にいって、和歌(短歌)なるものは、表現者(歌人)が表現し

たいと考えている作品世界(文芸的世界)の全体を、基本的には五七五七七と

いう文字数の、骨格となる五つの句によって構成し、文芸作品としての詩的世

界を表現するものである。歌人が表現しようとする世界とは、彼の頭脳の中に

(4)

的で説得力のある説明がなされてきたとはとてもいえないのが現実である。

ただ、特異な表現・表記法であるとはいいながらも、その試行を積極的に押

し進めたと見られる人麻呂にあっては、この過程を通じてその表記に並々なら

ぬこだわりを見せ、後に和歌史に大きな足跡を刻むにふさわしい文芸的試行を、

この機会に積み重ねていたと考えられるのである。本章では、こうした点を明

らかにすべく、具体的な事例(歌)を取り上げながら論じてみたい。

そこで、まずは基本から論を進めるべく、また人麻呂歌集歌の中から略体歌

と非略体歌の表記の特徴がより明確につかめるよう、日本語の〈音〉を一字一

音の仮名表記した歌(通常〝万葉仮名〟ともいわれる)をも含め例示する。

(※漢字の仮名的表記には傍線〇〇を付す)

①略体歌の表記の事例

二四五二▼雲谷 灼發 意追 見乍 みつつ直相

二四五三▼春 葛山 立座

二四五四▼春日山 雲座隠 不念

②非略体歌の表記の事例

二四八三▼敷栲 衣手離 靡可宿 らむ待難

二四九〇▼天雲 まく翼打附 飛鶴 多頭 〻〻 不座

③仮名表記の事例(万葉仮名)

三四一七▼可美都氣 伊奈良能奴麻乃 与曽尓見之 欲波 伊麻許曽

ちなみに略体歌・非略体歌の表記上の違いについて、『上代文学研究事典』

では、「略体表記は、(中略)定型を自覚し、主として表意訓字(中略)を原則

として和歌の語序に従って配列して上から順次読み下しさせ、意味の強くない

助辞(助詞・助動詞など)は読み添えさせるが、一首の文脈を明らかにするた

めに必要な場合には、最小限度の助辞を文字化する表記である。それに対して、

非略体表記は、相対的に略体表記よりも表意訓字が一般的なものとなり助辞の

音仮名による文字化が多くなっている表記である」と説明されている。

現象的にはたしかに右の通りである。しかし、この後具体的に論じていくが、

本論においてはここをさらに論理的に押え、人麻呂歌集歌における文字表記、

中でもとりわけ略体歌は、日本語による声の〝うた〟を文字で表現・表記した

いと考えた人麻呂が、漢詩受容(訓読)の経験を活かしながら、意味のある漢

字(ほとんど自立語のみ)をあたかも漢詩のように積み重ねることによって、

漢字の持つ表意性を生かす(引き出す)形でその文芸世界の文字化を進めたも

のと考える。そのうえでこの略体歌に関しては、日本語に固有の助辞(助詞・

助動詞などの付属語)を文字表記することを可能な限り避け、そこは声として

読む過程で〝読み添え〟をさせることを基本とした表記であるとする。

略体歌はこの点で、②の非略体歌とはその文字表記の考え方が異なるもので

あるが、かといってその略体歌といえども、それは外国文学である漢詩ではな

く、日本語の〝うた〟として、日本語としての語順と〈音〉声を担保する訓読

による表記法として成立したものである。つまり略体歌は見かけ上は漢詩風の

衣を着ているが、その外形と中身の異なる二重性を帯びた表現・表記法である

ということができるのである。

二略体歌の文字表記を「文芸表現」として解析することの必要性

さて具体的な検討に入る前に、人麻呂の略体歌にみられる特色ある表記に着

目した研究として、それを文芸の表現世界との係わりという面から考察した稲

岡耕二と、人麻呂に固有の文字表記について論じた西條勉の所論につい

て、簡単に押さえておきたい。この両氏は、いずれも略体歌の表記は人麻呂自

身によるものであり、彼が目的意識性をもって取り組んだ表記であるとする点

では、同様の立場に立つ。

まず稲岡にあっては、略体歌を文芸の作品世界の〈内容〉を表現するために、

表意文字である漢字の特性を生かし使用したものと考え、その両者の関連性を

考察し人麻呂が敢えて注目に値する特異な漢字の用字法を行ったとみて、その

意味についての考察を進めた。具体的には、たとえば「漢字で歌う工夫」とし

て、略体歌中にあって同じ「ニケリ」と音読する場合にあっても、歌中に「―

―在」の字を文字化する場合と、文字化せずに読み添えをさせる場合とがある

ことに着目しその違いについて、人麻呂が表現を行う際の文芸作品の内容(イ

メージ)と文字表記との関係性について論じるのである。同様に「――タリ」

の場合も、「――為」と文字化するか、読み添えるかについて、さらに「被敷」

(フリシク)、「惻隠」(ネモコロ)、「無乏」(スベナシ)など、いくつかの語句

に着目し、なぜそのような文字を使用したかについても、人麻呂が描こうとし

た作品世界の内容を、人麻呂がより鮮明に表現したいがために敢えてその文字

を選択したのだと説くのである。

また西條にあっては、人麻呂に見られる固有な漢字(訓字)の使用例に着目

してその意味を明らかにしようとする。具体的には、たとえば「是量」(カクバ

カリ)、「玉垣入」(タマカギル)、「裏紐開」(シタヒモトケテ)等々の人麻呂が

行った特異な漢字の用法に着目し、その「文字表現の効果」に関する研究を進 めていくのである。

これらの詳細については省かせていただくが、こうした指摘に関しては、確

かに歌の表現者としての人麻呂の文字選択の一端を鋭く捉えたものであり、敢

えて異論を差し挟むまでもないものである。しかし、そこでこの問題に関する

究明が終わってしまうならば、それは略体歌の表現が持つ一面を、特定の用語

法を通じて指摘したまでで、その先のそもそも文芸作品としての和歌(短歌)

とはいかなる文芸表現であり、略体歌も和歌(短歌)として創作されている以

上は、その一般的なあり方に対していかなる特殊性を持った表現であるのか、

そしてそうした特殊なあり方がどう略体歌の表記として現象しているのか等、

改めて本質論を踏まえた説明が求められることも事実であろう。

すなわち、略体歌といえども一つひとつの歌は、一個の文芸作品として存在

するものなのである。したがって、研究者が自身の着目した用語(漢字)のあ

り方について注目することはむろん大切であるが、本来ならばこうした究明を

基礎として、そうした表記という目に見える現象から論理的にそれらの構造に

踏み込んで、より本質的にそれが和歌(短歌)表現として持っている意味や、

その本質を踏まえた表現のあり方として、文芸作品としてそれらの内容構成が

いかになされているのか等について究明する中で、具体的な「表記」や「語」

の機能、その意味等について押さえていかなければ、とても現時点では本質的

な解明とはいえないものと考えられる。ここでは本格的な和歌文芸論を展開す

る準備はないが、それでも略体歌の和歌表現としてのあり方を押えるためにも、

和歌表現の一般的なあり方は踏まえておくことにしたい。

そもそも端的にいって、和歌(短歌)なるものは、表現者(歌人)が表現し

たいと考えている作品世界(文芸的世界)の全体を、基本的には五七五七七と

いう文字数の、骨格となる五つの句によって構成し、文芸作品としての詩的世

界を表現するものである。歌人が表現しようとする世界とは、彼の頭脳の中に

(5)

描かれる文芸作品となるべき認識であり、当然歌人はその文芸的な世界の映像

が、より良き言葉として言語表現化されるよう、その端々に至るまで工夫を凝

らすことになるのである。これについては人麻呂歌集の略体歌にあっても、本

質的には全く変わるものではないのである。

ただ先ほどより述べているように、略体歌にあってはその五つの句は、日本

語の付属語(助辞)の表記が可能な限り省かれた、それぞれが自立した〈語〉

で構成され、見た目上はとても五七五七七の文字数とは見えずに漢詩を訓読す

る場合と同様に、その読み(音声化)の際に付属語部分を読み添えていくとい

う特異な表現・表記法なのである。日本語・和文にとっての付属語については、

文意をつなげたり、また確定したりという具合に生命線ともいえるほどの重要

な意味を持つものである。ところが基本的にこれらの付属語の使用を可能な限

り控えるのである。

こうした略体歌は、日本語の口承的段階にあった〝うた〟が、本格的に文字

表記化へのプロセスを歩み始めた段階で、人麻呂によって生み出された特殊な

表記法による和歌表現であるといえるが、人麻呂はこの略体歌の試行的実践を

進める中にあっても、この新しい日本語による表記法を開拓していく一方で、

同時にその表記法の持つ性格、条件の中ではあったが、一個の歌人(文芸家)

としてそれがよりよい文字の「歌」の表現となるような、さまざまな形で文芸

的な効果を発現させる手法を試みていたのである。それらの一端がこれまで研

究されてきたような、漢字使用法の工夫としても現れているのであるが、実際

にはこれまで指摘されてきた範囲にはとどまらない、文芸表現者としての人麻

呂の面目躍如たるような試みが文字表記の実践として行われているのである。

そこで、ここでは略体歌にみられるこうした注目すべきポイントについて、

いくつかの事例を取り上げて解説を加え、それを文芸表現としての視点から捉

える必要性のあることを明らかにすることにしたい。その際は、当然略体歌を 原文の形で扱うことになるが、原文であればこそ通常目にする読み下し文では

決してわからない、人麻呂の豊かで質の高い文芸的実践の姿に触れることがで

きるのである。

三略体歌における文芸表現としての試行と実践

(一)歌の五つの語句(漢字)の組み立て

すでに述べたように、略体歌が、和文における付属語の使用を可能な限り押

さえ、自立語を積み重ねていく形で表現する手法であるということは、歌の内

容を表現者のイメージ通りに読み手に理解させ、声の〝うた〟の再生にもつな

げるためには、それらの〈語〉をいかに理解しやすく、しかも効果的に組み立

てるか、その〈構成〉が大きな意味を持つことはいうまでもない。なにしろ文

意をつなげ、文意を確定する付属語がないのであるから、作品を目で追う者が

漢字の積み重ねを見ただけで、その作品世界へと入っていくことができ、それ

を追体験することが可能なものでなければ、少なくとも文芸作品としての価値

はないからである。こうした点に関してはおおむね全ての作品がよく考えられ

たうえで表現されているともいえるが、こうした基本線のうえに立ってさらに

着目したいのは次のような事例である。

二三八二▼打 道人 とは雖滿 けど一人 のみ

二三七六▼健男 現心 夜晝不云 よるといはず戀度

二三九四▼朝 玉垣入 所見 去子

これらの歌は、いずれも五つの語句の文字を追うだけで、歌の世界(内容)

全体が具体的に浮かび上がってくる略体歌らしい作品であるといえるが、なお

二三八二番歌についていえば、日の照る都の大路を行き交うたくさんの人々、

その中から浮かび上がってくるのはわが恋する人と、無駄なく流れる語の展開

(打日刺・宮道▼人雖滿・行▼吾念・公▼正一人)によって、歌の世界が広い

空間から一点へと集中していく様は、まさに映画のオープニングの一シーンの

ようである。

これに対し、二三七六、二三九四においてはいずれも三句対二句、二句対三

句の倒置方式によってその世界が表現されている。前半の句において自分自身

のいたたまれないような状況が提示され、後半の句においてそれが恋人への恋

心ゆえであることが明らかにされる。これらの歌にあっては、語句が倒置され

ることで詩的効果が高められており、そこに文芸的なセンスを見ることができ

よう。

二八四六▼夜 よる不寐 不有 白細 への不脱 直相

二三七〇▼戀死 こひしなば戀死 こひもしね玉桙 行人 事告

二四〇三▼玉 久世 きよき川原 身祓 いはふ

前二歌に関しては、同形の句の繰り返しを文芸的な表現として見事に生かし

ているといえる。たとえば二八四六にあっては、

夜・不寐

安・不有白細布

衣・不脱及直相

と同形の否定の形をとった三句の積み重ねによって恋人への強い思いが強調さ

れていることは明らかであるし、二三七〇に関しても、「戀死戀死耶」という 強烈な文字の積み重ねが絶望的な恋のゆくえを象徴する強い表現となっている。

表意文字として目に飛び込んでくることで意味が理解可能な漢字の性格(表語

性)を生かし切った表現ともいえる。二四〇三では、「玉」・「清」・「身祓」・「齋」

といった縁起のよい意味として関連性を持つ漢字が、あたかも後代の和歌にお

ける縁語をイメージさせるかのようにそれぞれの句の中に織り込まれて「妹為」

へとつながって、それらが大きく文字の「歌」としての文芸効果を引き出して

いる。

(二)漢字の喚起する視覚的イメージの活用

二二四一▼秋 よの霧發 おほほ夢見 妹形矣

二二四二▼秋野 ののの尾花 生靡

二四三七▼奥 隠障浪 五百重浪 千重敷 戀度

二四六一▼山 そみつる及戀

二四八〇▼路邊 のへの壹師 みな我戀孋

これらの歌は多くの場合、前半の二句(二四三七のみは三句)を序詞として

の働きなどから説明されてきたものであるが、ここでは序詞とは何かの問題に

ついては敢えて触れずに、これらの表現が文芸表現として一体何を意味してい

るのかという点に絞って述べておきたい。

たとえば二二四一でいえば、秋の夜に霧が立ち込め「凡〻しく」=ぼんやり

ともやっているように、夢の中で彼女の姿をぼんやりと見たということになる

(6)

描かれる文芸作品となるべき認識であり、当然歌人はその文芸的な世界の映像

が、より良き言葉として言語表現化されるよう、その端々に至るまで工夫を凝

らすことになるのである。これについては人麻呂歌集の略体歌にあっても、本

質的には全く変わるものではないのである。

ただ先ほどより述べているように、略体歌にあってはその五つの句は、日本

語の付属語(助辞)の表記が可能な限り省かれた、それぞれが自立した〈語〉

で構成され、見た目上はとても五七五七七の文字数とは見えずに漢詩を訓読す

る場合と同様に、その読み(音声化)の際に付属語部分を読み添えていくとい

う特異な表現・表記法なのである。日本語・和文にとっての付属語については、

文意をつなげたり、また確定したりという具合に生命線ともいえるほどの重要

な意味を持つものである。ところが基本的にこれらの付属語の使用を可能な限

り控えるのである。

こうした略体歌は、日本語の口承的段階にあった〝うた〟が、本格的に文字

表記化へのプロセスを歩み始めた段階で、人麻呂によって生み出された特殊な

表記法による和歌表現であるといえるが、人麻呂はこの略体歌の試行的実践を

進める中にあっても、この新しい日本語による表記法を開拓していく一方で、

同時にその表記法の持つ性格、条件の中ではあったが、一個の歌人(文芸家)

としてそれがよりよい文字の「歌」の表現となるような、さまざまな形で文芸

的な効果を発現させる手法を試みていたのである。それらの一端がこれまで研

究されてきたような、漢字使用法の工夫としても現れているのであるが、実際

にはこれまで指摘されてきた範囲にはとどまらない、文芸表現者としての人麻

呂の面目躍如たるような試みが文字表記の実践として行われているのである。

そこで、ここでは略体歌にみられるこうした注目すべきポイントについて、

いくつかの事例を取り上げて解説を加え、それを文芸表現としての視点から捉

える必要性のあることを明らかにすることにしたい。その際は、当然略体歌を 原文の形で扱うことになるが、原文であればこそ通常目にする読み下し文では

決してわからない、人麻呂の豊かで質の高い文芸的実践の姿に触れることがで

きるのである。

三略体歌における文芸表現としての試行と実践

(一)歌の五つの語句(漢字)の組み立て

すでに述べたように、略体歌が、和文における付属語の使用を可能な限り押

さえ、自立語を積み重ねていく形で表現する手法であるということは、歌の内

容を表現者のイメージ通りに読み手に理解させ、声の〝うた〟の再生にもつな

げるためには、それらの〈語〉をいかに理解しやすく、しかも効果的に組み立

てるか、その〈構成〉が大きな意味を持つことはいうまでもない。なにしろ文

意をつなげ、文意を確定する付属語がないのであるから、作品を目で追う者が

漢字の積み重ねを見ただけで、その作品世界へと入っていくことができ、それ

を追体験することが可能なものでなければ、少なくとも文芸作品としての価値

はないからである。こうした点に関してはおおむね全ての作品がよく考えられ

たうえで表現されているともいえるが、こうした基本線のうえに立ってさらに

着目したいのは次のような事例である。

二三八二▼打 道人 とは雖滿 けど一人 のみ

二三七六▼健男 現心 夜晝不云 よるといはず戀度

二三九四▼朝 玉垣入 所見 去子

これらの歌は、いずれも五つの語句の文字を追うだけで、歌の世界(内容)

全体が具体的に浮かび上がってくる略体歌らしい作品であるといえるが、なお

二三八二番歌についていえば、日の照る都の大路を行き交うたくさんの人々、

その中から浮かび上がってくるのはわが恋する人と、無駄なく流れる語の展開

(打日刺・宮道▼人雖滿・行▼吾念・公▼正一人)によって、歌の世界が広い

空間から一点へと集中していく様は、まさに映画のオープニングの一シーンの

ようである。

これに対し、二三七六、二三九四においてはいずれも三句対二句、二句対三

句の倒置方式によってその世界が表現されている。前半の句において自分自身

のいたたまれないような状況が提示され、後半の句においてそれが恋人への恋

心ゆえであることが明らかにされる。これらの歌にあっては、語句が倒置され

ることで詩的効果が高められており、そこに文芸的なセンスを見ることができ

よう。

二八四六▼夜 よる不寐 不有 白細 への不脱 直相

二三七〇▼戀死 こひしなば戀死 こひもしね玉桙 行人 事告

二四〇三▼玉 久世 きよき川原 身祓 いはふ

前二歌に関しては、同形の句の繰り返しを文芸的な表現として見事に生かし

ているといえる。たとえば二八四六にあっては、

夜・不寐

安・不有白細布

衣・不脱及直相

と同形の否定の形をとった三句の積み重ねによって恋人への強い思いが強調さ

れていることは明らかであるし、二三七〇に関しても、「戀死戀死耶」という 強烈な文字の積み重ねが絶望的な恋のゆくえを象徴する強い表現となっている。

表意文字として目に飛び込んでくることで意味が理解可能な漢字の性格(表語

性)を生かし切った表現ともいえる。二四〇三では、「玉」・「清」・「身祓」・「齋」

といった縁起のよい意味として関連性を持つ漢字が、あたかも後代の和歌にお

ける縁語をイメージさせるかのようにそれぞれの句の中に織り込まれて「妹為」

へとつながって、それらが大きく文字の「歌」としての文芸効果を引き出して

いる。

(二)漢字の喚起する視覚的イメージの活用

二二四一▼秋 よの霧發 おほほ夢見 妹形矣

二二四二▼秋野 ののの尾花 生靡

二四三七▼奥 隠障浪 五百重浪 千重敷 戀度

二四六一▼山 そみつる及戀

二四八〇▼路邊 のへの壹師 みな我戀孋

これらの歌は多くの場合、前半の二句(二四三七のみは三句)を序詞として

の働きなどから説明されてきたものであるが、ここでは序詞とは何かの問題に

ついては敢えて触れずに、これらの表現が文芸表現として一体何を意味してい

るのかという点に絞って述べておきたい。

たとえば二二四一でいえば、秋の夜に霧が立ち込め「凡〻しく」=ぼんやり

ともやっているように、夢の中で彼女の姿をぼんやりと見たということになる

(7)

であろうが、そこでは前半部で自然物を捉えそれを表象化した「凡〻」という

視覚イメージが、後半部の恋愛感情の表現と二重写しとなっているわけである。

ここを「~のように」と現代語するかどうかはともかく、要は物を捉えた視覚

的なイメージと心情表現とが二重になることによって、直接目にみることので

きない心情に形を与えることになり、文芸作品としての表現を生み出している。

以下同様に、「生靡」=なびくように、「千重敷〻」=千重に重なるように、

「端〻」=ほんのちょっと、「灼然」=はっきりとなど、物を捉えた視覚イメー

ジが、恋愛感情という心情を表現する手法として見事に生かされているといえ

よう。しかもそこで使われている文字は、一見するだけでおおむね意味をつか

むことのできる表意文字としての漢字の特性、機能が余すことなく発揮されて

いることは明らかであろう。ここが仮に、〈音〉を表す仮名的表記によって書か

れていたと仮定するならば、その文芸作品としてのメッセージ性は格段に薄め

られたものとなったに違いない。そうした意味において、これらの歌について

は文字の「歌」としての略体歌の持つ、略体歌らしい特性がいかんなく発揮さ

れた事例といえる。

(三)漢字の示す「対」効果の表現

二三八一▼公目 めのまく二夜 千歳如 吾戀

二三八九▼烏 朱引

二三九〇▼戀 為物 のに有者 せば我身 千遍

二四四二▼大土 採雖盡 世中 よのなかの不得物 戀在 二四七五▼我屋 どは甍子 大草 雖生 おひたれど戀忘 みるに未生 おひ

これらの歌には、

(二三八一)公目見欲是二夜

千歳如吾戀哉

(二三八九)烏玉是夜莫明

朱引朝行公待苦

(二三九〇)戀為死為物有者

我身千遍死反

(二四四二)大土採雖盡世中

盡不得物戀在

(二四七五)我屋戸甍子大草雖生

戀忘草見未生

等々と、漢字の持つ「対」の効果を最大限活用したと考えられる表現が見られ

る。わずか五句という短詩形の「歌」ではあるが、対象的な文字(漢字)を効

果的に構成することで心情(恋心)を確実に浮かび上がらせ、その文字化を通

して文芸表現としての効果を高めている。

こうした表現が生み出された背景には、当然漢詩における対句や句中対など

からの影響を認めることができるであろうが、これもまた表意・表語文字とし

ての漢字の持つ機能や役割を充分に生かした文芸表現ということができ、やは

り漢字を並べる略体歌ならではの表現手法であったと考えられる。これが〈音〉

をのみを示す仮名的表記であったならば、とてもここまでのメッセージ性、文

芸表現としての質の高さを持ち得たとは考えられないのである。

(四)心情表現にみる漢字の持つ表意性

二三九九▼朱引 不経 雖寐 不念

二四〇〇▼伊田 極太甚 ここだはなはだうする失念

二四一二▼我 無乏 すべな夢見 吾雖 不可寐

二四一四▼戀事 意追 不得 行者 ゆけ山川 やまをかはをも不知来

二四五四▼春日山 雲座隠 不念

人麻呂の時代は、声の〝うた〟を文字表記する取り組みがようやく本格的に

実践され始めた時代である。それ以前から大陸文化の流入に伴って漢語を日本

語化して使用することは、かなりの積み重ねの歴史があったと考えられるが、

日本語(やまと言葉)を文字=漢字表記化する取り組みは、この時代になって

いよいよ本格的に試みられる時代となったのである。

とくに略体歌にあっては、こうした未だ日本語の漢字との結びつきが固定化

されて規範性を帯びるまでには至らぬ段階にあったこともあり、実に興味深い

漢字の使用法が散見されることになるのである。しかも人麻呂の場合にあって

それは人麻呂独自の文芸作品としての表現・表記であり、漢字の持つ表意性を

彼流に生かす工夫が試みられることになったのである。

たとえば二三九九では、恋人の肌も触れずに寝たけれど心の中には異心のな

いことを「心異」と表現し、以下二四〇〇では恋ゆえに失ってしまうしっかり

とした心を「利心」、二四一二では稲岡も指摘するように、止めどなく湧き

上がってくる恋心を「無乏」、同様に二四一四では恋人に会えずに満たされぬ恋

心(意)を「意追不得」、二四五四では恋人への思いを春日山を雲がおおって遠 く晴れないことに託し「雲座・隠」と表現している。これらはいずれも漢字の

持つ表意性を生かして、歌の心情を表す表現としてその文芸世界の舞台、局面

に合わせる形で駆使しているということができるであろう。こうした点にも文

芸家としての人麻呂の面目が躍如として波打っているものとみることができる。

(五)漢字一字の選択がもたらす文芸効果

二四六八▼湖 交在 みな

二四二六▼遠山 益遐 妹目 吾戀

二四五三▼春 葛山 立座

二四九五▼足 つねの母養子 眉隠 よご隠在 見依

二四六八における「裏(した)」の意味するところは、単なる上下の「下」と

いうことではなく、本来は人に知られたくなかった自分の秘めた恋の思いが、

他人にも明らかになってしまったことを嘆いたものである。秘めた恋という意

を含んだ「裏念」という一字の選択が、文字を見る歌としての文芸効果を高め

ていることは確かであろう。同様に二四二六の「霞被」は恋人のいる方角の山

に霞が立ち込めてしまっている無念の思いをも表現するものであり、また二四

五三の「發雲」では逆に単に雲が出るのではなく、モクモクと立ち上る雲の状

況に恋人を思う心情を重ねて感じさせる表現であり、二四九五の「足常」にあ

っては単なる枕詞としての「たらちね」ではなく、自分が逢いたい「恋人」を

〝常に〟見守っている母親のイメージが暗示された表現とみることができるで

あろう。

参照

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