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成人教育からみるドイツの「統合」と国民アイデンティティの形成

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(1)

2014年度 博士論文

成人教育からみるドイツの「統合」と国民アイデンティティの形成

German integration and its creation of national identity from the observation of German adult education

指導教授

主指導 長 有紀枝 副指導 萩原 なつ子

21世紀社会デザイン研究科 比較組織ネットワーク学専攻

佐野 敦子

(2)

i 成人教育からみるドイツの「統合」と国民アイデンティティの形成

目次

目次 ... 図表目次 ...

序論 ... 1

本論の目的/本論の概要/分析の方法と枠組み/研究の方法/先行研究/本論の意義/ 本論の構成 【第1部】 「統合」がドイツで重要視される背景 1章 「グローバル化」とドイツの社会学における「統合」を巡る議論 ... 18

1節 「グローバル化」とドイツの「統合」 ... 19

1. ウルリヒ・ベックの3つの「グローバル化」論 ... 19

2.「経済のグローバル化」への焦点と「社会のグローバル化」の議論の遅れ ... 22

3.ドイツの現象からみる3つの「グローバル化」の相互関連 ... 24

4.「グローバル化」と移民の社会「統合」のドイツでの重要性 ... 27

2節 ドイツの社会学における「統合」の概念と変遷 ... 28

1.「グローバル化」による「統合」の探求と移民社会学の意義 ... 28

2. 「同化」と「統合」―ハルトムート・エッサー (Esser, Hartmut)の理論- .... 29

3. 「トランスナショナリズム」-ルドガー・プリース(Pries, Ludger)の理論- . 32 4. 「グローバル化」と ウルリヒ・ベックの「排除」と「包摂」 ... 35

5. 「グローバル化」におけるドイツの「包摂」の重要性 ... 36

3節 現在のドイツの「統合」の概念 ... 36

1.ドイツの移民政策における「統合」の定義 ... 37

(3)

ii

2.「同化」との違いの強調-多様な価値観の許容・差異の尊重- ... 37

3. フランスの「統合」との比較と共通点 ... 38

4.ドイツの「統合」―社会的事実認識との差異の克服 ... 39

2章 ドイツの移民問題からみる「統合」をめぐる議論の推移 ... 40

1節 1970年代 トルコ系移民子弟と「一時的な統合」(Integration auf Zeit) .... 41

1. コール政権と「一時的な統合」(Integration auf Zeit) ... 41

2. 「キューン・メモ」(Kühn-Memorandum)と若年層の社会統合 ... 42

3. 外国人労働者募集停止と女性移民の変化 ... 43

2節 1990年前後 移民構成の急激な変化と混乱-「隔離」と「統合」のはざまで- ... 46

1. 統一前後の難民流入 ... 46

2. 難民問題と収容所生活 ―「隔離」と「統合」― ... 47

3. 旧共産圏からの大量流入と新たな移民区分「後発帰還者」の登場 ... 49

3節 2000「グローバル化」と少子化で「統合」を重視するドイツ ... 50

1.並行社会への懸念と「移民の背景」 ... 50

2.PISAショックと国家統合計画 ... 51

3.「変容社会」と「グローバル化」 ... 53

【第2部】ドイツの成人教育と「統合」 3章 ドイツにおける成人教育の重要性... 57

1 現在のドイツの成人教育の枠組みと構造 ... 58

1.ユネスコの生涯教育の定義とドイツの成人教育の展開と分類 ... 58

2.ドイツにおける成人教育の分類 職業継続教育/一般継続教育/ノンフォーマル教 育 ... 59

(4)

iii

2 成人教育の歴史と「統合」の役割 ... 63

1. 啓蒙主義と成人教育の制度化―ナチス・ドイツの出現― ... 63

2. 戦後-成人教育の見直し ― ... 65

3. 成人教育をめぐる用語の歴史的経緯 ... 66

3節 東ドイツの成人教育 ... 70

1. 東ドイツの教育制度 ... 70

2. イデオロギー教育と労働力の確保 ... 70

3. 東ドイツでのナチス・ドイツの解釈 ... 71

4節 国家統合計画における「統合」―80年代からの教訓― ... 71

1. 連邦政府外国人問題専門官:キューンのメモ ... 72

2. 国家統合計画にみるキューンの思想とトルコ系、イスラム系の「統合」の課題 ... 74

3. ガストアルバイターからの教訓と「故郷」の前提 ... 76

4. 「統合の成功」と教育の重視 ... 77

5. 成人教育の役割 ... 79

6. まとめ:「キューン・メモ」と国家統合計画の違い ... 80

5他国の成人教育とドイツの比較 ... 81

1. ユネスコの成人教育 ... 82

2. 国際機関における成人教育方針―OECD・EUの場合― ... 88

3. スウェーデン・フランス・ドイツの比較―「統合」の対象の違いと成人教育の 関わり― ... 95

4. 各国との比較から見えるドイツの移民向け成人教育の特徴 ... 99

4章 ノルトライン・ウェストファーレン州の移民統合コース ―女性受講者と家族の「統合」― ... 102

1節 移民統合コースの概要 ... 103

1. 成立の経緯 ... 103

(5)

iv

2.コースの構成・種類 ... 104

2移民統合コースの女性参加者へのインタビュー ... 108

1. 女性参加者に注目する意義 ... 108

2. 「Hetero」な環境を前提にした成人教育のメソッド ... 109

3. 調査方法 ... 111

4.調査地・調査施設の選定理由 ... 119

5.NRW州内3都市の統合コースの調査内容 ... 121

6.分析―参加者のドイツ社会への接触状況とその要因― ... 141

7.問いの答え―統合コースの効果― ... 142

8.まとめ―移民統合コースと受講者の国籍選択への影響― ... 143

【第3部】「ドイツ」のアイデンティティの行方 5章 「ドイツ人になる」ということ-国家の「統合」に絡む成人教育の役割― ... 147

1節 国家の「統合」と成人教育 ... 147

2節 地域の「統合」と成人教育―州政府の取り組みを中心に― ... 148

1.国家統合計画とアクションプラン ... 149

2.連邦政府と州政府の初めての共同目標の合意 ... 151

3.アクションプランにおける成人教育の役割 ... 152

4.統合コースをめぐる州政府と連邦政府の立場 ... 156

5.特別目標グループである保護者(両親)、とくに母親 ... 157

3節 家族の「統合」と成人教育 ... 158

1.統合コースの設置理由―並行社会への懸念と阻止― ... 158

2.ドイツ社会の変革―移民を受け入れる多様性― ... 159

3.統合コースの効果―家族への関与(女性の自立と次世代の「統合」)― ... 161

4節 成人教育と「ドイツ人」のアイデンティティ... 162

(6)

v 6章 「ドイツ人である」ということ-グローバル化時代の「ドイツ人」と成人教育

... 164

1節 グローバル化と「ドイツ人」のアイデンティティの模索 ... 164

1. ハンマーの批判:統一前のドイツ人の閉鎖性 ... 164

2. 「変容社会」におけるアイデンティティの模索 ... 165

2節 外国人を含めた「ドイツ人」のアイデンティティ再編と成人教育 ... 166

1. ギデンズの予測「コスモポリタン・アイデンティティ」 ... 166

2. ベックの唱える「コスモポリタン」とナショナリズムからの脱却 ... 168

3. 「コスモポリタン国家」と統合コースに示された「ドイツ人」の寄りどころ... 171

3節 インターナショナルな「ドイツ人」のアイデンティティと成人教育 ... 174

1. 「ヨーロッパ人」と「ドイツ人」との折り合い-過去の克服との関係― ... 174

2. 世界で活躍する「ドイツ人」-統合コースの内容と開発協力内の成人教育― . 175 3. 「ドイツ人」のアイデンティティ置き換え―異宗教・異文化との折り合い―... 177

4節 グローバル化時代の「国民」と教育―「教育地主義」の芽生え― ... 179

おわりに ... 181

謝辞 ... 185

参考文献 ... 186

付録(インタビューシート) ... 192

(7)

vi

図表目次

―第1

1-1:ベックによる「グローバル化」の3つの概念の整理 ... 21

1-1:エッサーによる同化の因果関係の仮説と個人の統合 ... 31

1-2:エッサーによる移住者の同化の基礎モデル ... 32

1-2:プリースによる出身地、受入地との関係 移民の4つのタイプ分け ... 34

―第3 3-1:成人教育のユネスコ類型とドイツの成人教育 ... 59

3-1:ドイツの成人教育の概念 ... 60

3-2:戦前の民衆教育から成人教育への変遷 ... 64

3-3:成人教育を示す言葉のドイツ語の変遷と時代背景... 66

3-2:いかに統合の失敗が定着するのか ... 78

3-4:E&T2020に示された達成目標 ... 92

3-5:スウェーデン・フランス・ドイツの移民向け語学教育提供一覧 ... 99

―第4 4-1:統合コースの実施要領 ... 105

4-2:ヨーロッパ言語統一基準の枠組み ―共通参照レベル:全体的な尺度― ... 106

4-1:ラインシュに基づく移民統合の考え方と移民統合コースと質問内容の位置づけ ... 111

4-3 ラインシュの3つの統合段階 ... 112

4-4:インタビューを行った場所と受講生数一覧 ... 115

4-5:統合コース参加者の背景(エッセン 民衆大学)... 130

4-6:統合コース参加者の背景(ボン 民衆大学) ... 136

4-7:統合コース参加者の背景(ボン カリタス) ... 137

(8)

vii

4-8:統合コース参加者の背景(ボン 女性向けコース) ... 138

―第5 5-1:ハンマーの3つのゲート論とドイツの移民向け成人教育との関係 ... 148

5-1:国家統合計画とアクションプランのテーマ構成一覧 ... 150

5-2:アクションプランに記された成人教育に関する記述 ... 152

5-2:「並行社会」への懸念と統合コースの意味のイメージ ... 159

5-3:統合コースの効果とドイツ社会の変化による社会形成のイメージ ... 160

5-4:統合コースの家族への関与 ... 161

―第6 6-1:帰化テストの出題分野と内容 ... 173

6-2:「帰属の複数化」と対立しない「ドイツ人」のアイデンティティの変容 ... 178

6-1:表6-2の図示化 ... 178

凡 例

本文でドイツ語、もしくは英語を引用する際は、初出のみ「 」で日本語訳を示し、その あとに( )原文を記載した。

例:「統合」(Integration)「人のグローバル化」(Globalisierung)など

人名については文中の初出のみ( )原文を氏,名の順で示し、あとは氏のみで日本語表記 とした。

例:ハルトムート・エッサー(Esser, Hartmut)、ペーター・ラインシュ(Reinsch, Peter)

(9)

序章 1 序章

■本論の目的

本論は、国民国家の存亡に深く関わる近年の環境変化のなかで、移民の流入により人口 構成に大きな変化が生じているドイツが、その構成員であるドイツ国民の枠を拡大させる ため、血統主義に基づく国民像から脱皮し、移民を含めた新たな「国民アイデンティティ」

をつくることで、国民国家の生き残りを図る姿を明らかにする。

■本論の概要

本論は、現代ドイツにおける「統合」と「国民アイデンティティ形成」をめぐる議論の 大枠を示すとともに、これら 2 つのキータームをめぐる議論が現代ドイツの国家あるいは 国民としての存続にいかなる重要性をもつか、また実際に現代ドイツ社会がいかなる方策 をもって「ドイツ」の存続を図ろうと腐心しているか、その具体的なプロセスのひとつで ある成人教育に注目して描こうとする試みである。

本論でなぜとりわけドイツに注目し、その議論や政策実践を論じることにしたのか、そ れは「統合」と「国民アイデンティティ形成」の観点からみると、ドイツの現代史が他国 に比べ、複雑だからである。端的にいえば、ドイツは「グローバル化」や EU 統合など、

国家の枠組みを超えた周囲の環境の変化を受け、国内に外国人・移民の割合が増えている。

そのような EU 統合による影響や、移民労働者の増加とその家族の定着化は、他ヨーロッ パ諸国にも共通する事象である。だがドイツは、その歴史的経緯の結果、他国に比べて複 雑な状況を生み出している。つまり、ドイツ政府が戦後の労働者不足を補うため受け入れ た外国人労働者(ガストアルバイター1)の存在に起因する問題と、90年代前後からドイツ 国家が引き受けることになった別種の人口移動と流入(東西統一と旧共産圏からのドイツ 系帰還民の増大、域内での移動が自由な EU 諸国からの移民、知的人材として獲得した外 国人、受入難民の増加)などによって生まれた問題とが重層的に加わっているのである。

さらに、当初は一見誰もが外部要素と思いこんでいた住民が現実にはドイツ社会の人口構 成を根本的に(つまりは内部的かつ恒久的に)変化させてしまったこと、これが、「ドイツ」

の国民国家としての現在の「複雑さ」を生み出している。そして、この「複雑さ」こそが、

「統合」と「国民アイデンティティの形成」の問題を論じる本論の研究フィールドとして ドイツのケース(具体的にはドイツの統合政策)を取り上げた理由なのである。

そのような複雑な状況下で、「国民アイデンティティ形成」を行っているドイツは、冷戦 以降の急激な世界の変動を抱えつつ、そのなかで国民国家というものがどのように対応し ていくべきかを模索するテストケースといえる。具体的には、ドイツは国籍法を改正し、

1 Gastarbeiterは「Gast」(=客、英語でguest)と「Arbeiter」(=労働者、英語でworker)の造語。

この造語のもともとの意味からも、彼らはドイツの国によって「Guest(客)」として迎えられた労働 者であり、ドイツ人にとってはあくまで一時的に滞在する「客」としての認識が強かったことがわか る。

(10)

序章 2 出生地主義を加味することで、内部にいる移民も「ドイツ人」となる道を開いた。それは、

ドイツ人という枠組みを広げ、現状の人口構成にあわせて「ドイツ人」を再構成すること であり、周囲の変化にあわせて「ドイツ人」という国民アイデンティティを「変容」させ つつあるといえる。このように国民アイデンティティを「変容」させながら、国家形態を 維持しようとするドイツの行方を追うことは、さまざまな矛盾が吹きだした「国民国家」

が、どのような道を歩むべきかを占うことにもなるはずである。

そして、ドイツ国家が形成を目指す新たなアイデンティティの姿を問うため、本論では ドイツが力を入れる移民の統合政策、およびそこで展開する移民向けの統合コースをはじ めとする成人教育の展開に注目する。なぜなら多様な文化的・民族的背景をもつドイツの 住民を再構成する試みが、ドイツ政府が現在力を入れている「統合」であり、そこに展開 する成人教育の内容や学習目標から、国家が形成を試みるドイツ人の理想像、すなわちア イデンティティが浮き彫りになるからである。成人教育を分析視点とした国民国家のアイ デンティティの研究は極めて稀であり、さらに移民を受け入れる EU の主要国へと変動し ている近年のドイツを対象としたものは少ない。本論は、教育を分析手段に用いることで、

国家にとって教育は国民アイデンティティ形成の重要な手段である事実にも言及している。

それでは、国民アイデンティティを問うために、統合政策と成人教育に注目する理由を 以下に述べる。

移民の「統合」―ドイツ人のアイデンティティの再形成―

そもそも「統合」と「ドイツ人」のアイデンティティ形成が重要視されるようになった のは、近年のドイツ内外での変化が大きく影響している。その変化とは、まずは90年代前 後から起きている冷戦の終結・グローバル化という国民国家の外枠の構造変化、それに牽 引された移民や難民の流入によるドイツ内部の人口構成の変化である。つづいて2000年に 入ってからは、EUという「トランスナショナル」な国民国家の集合体のなかで、それに対 峙する確固とした「ナショナル」な国民アイデンティティが求められるようになった。そ れらの変化によって国内に外国人が増えたドイツは、すでに抱えていた内部の外国人の課 題にも積極的に取り組まなければならなくなった。いわゆる国内に住むガストアルバイタ ーとその子弟への対応、彼らを含めた「ナショナル」な国民アイデンティティの形成であ る。ガストアルバイターはドイツ政府が戦後の労働者不足を補うため受け入れた外国人労 働者である。彼らはオイルショックによる受入中止後も、ドイツ国内に残り、家族を呼び 寄せて定住したが、ドイツで生まれ育った子弟の社会統合はドイツで大きな課題となって いった。近年進められているドイツの「統合」は、ドイツにすでに存在したガストアルバ イターの社会統合という課題を、その他の移民にも対象を広げ、彼らも含めた「ドイツ人」

のアイデンティティを再形成する試みといえる。

(11)

序章 3 このように外国人が増え、「統合」が重要視されるようになった理由は、端的にいえば、

ドイツが東西陣営の「境界」から EU の中心国として変容したためといえる。つまり、ヨ ーロッパが東へ広がるとともに、ドイツは地理的にヨーロッパの中心に位置するようにな り、東西南北から人がやってくる交差点となったのである。

その変容の歴史についてここで簡単にふれておきたい。ドイツは、第二次世界大戦後に ふたつの国家に分断された冷戦の最前線であった。つまり資本主義と社会主義の境界線が 国家の真ん中にひかれた地であった。しかし、冷戦終結とともに境界がなくなり、「統一」

され、ひとつの、、、、

国家となった。そして、その中では資本主義と社会主義というそれまでは 対立していたふたつのイデオロギーも「統一」されなければならなかったのである。しか し結果的にそれは「統一」ではなく、西ドイツ側の資本主義の「拡張」と呼ぶにふさわし かった。連邦制をはじめとした西側の制度が、旧東側の州に適用されていったからである。

その拡張はドイツだけに留まらなかった。東ドイツに接していた旧東側諸国も、旧西側諸 国を中心とした経済同盟である EU への加入を希望したのである。その結果ドイツは、ヨ ーロッパの「境界」から「中心」へ位置する国へと大きく変化した。だがそれは同時に、

ヨーロッパ中の人々が絶えず往来する場所になることも意味した。つまり、ヨーロッパの ジャンクションとなったのである。

こうしてドイツはヨーロッパ中から人が集まる地となった。そして、その外部の環境変 化にともなって、ドイツ内部の人口構成も大きく変化した。具体的には、国籍付与を約束 された旧共産圏からのドイツ系帰還民の増大、域内で自由な移動を認められている EU 盟国からの移民、知的人材として獲得した外国人、ドイツの憲法である基本法で庇護が保 障された難民の増加などがあげられる。それらの変化によって外国人が増えたドイツは、

それまで内部に抱えていた外国人の課題にも取り組まなければならなくなった。いままで 積極的にとりあげられなかったガストアルバイターとその子弟の社会統合である。ドイツ 2000年に入る直前のコール政権下では、自らを「移民国家ではない」と称していた。そ のため「外国人はいずれ帰る」ことが前提とされ、外国人子弟はドイツに一時的に滞在す るものとしてとらえられた。つまり当時は「統合」とは「一時的な統合」を意味し、定住 することを前提にした積極的な「統合」政策はとられなかったのである。それはドイツに 育つ外国人子弟が増えるにつれ、「並行社会」への懸念が生じる要因につながった。「並行 社会」とは、移民と移民ではない 2 つの社会ができ、階層移動できない社会不満が蓄積し て不安定化する状態のことである。とくに2000年のOECDの学力到達度調査(PISA)を きっかけに、外国人子弟とドイツ人の間で学力修了状況に大きな差があることが明らかに なってからは、ドイツ国内で「並行社会」の表出が現実味をおびはじめたのである。

その状況にとくに直面し、研究がすすんだのがトルコ系移民である。そのためドイツの 外国人問題といえばトルコ系のガストアルバイターへの対応として広く認識されていると いってもよい。そして、そのトルコ系に対する対応の失敗をもとに、より多様な背景をも つ移民にも適応するように、すなわちトルコ以外のイスラム圏や難民にも広く対応できる

(12)

序章 4 ように構成しなおしたのが現在のドイツの「統合」なのである。その失敗の根本は、ベル リン人口動態研究所によれば大きく 3 つある。ドイツ語能力の不足、教育に対する保護者 の理解の欠如、文化・民族的な多様性への理解不足である(Berlin-Institut für Bevölkerung

und Entwicklung, 2009)。そして現在の「統合」は、失敗を繰り返さないように、かつ、

環境変化に対応して長期滞在や定住を前提とした移民・外国人も対象に広げ、かれらも含 めて、「ドイツ人」のアイデンティティを再構成しようとする試みである。

なぜ本論で成人教育をとりあげるのか

「ドイツ人」のアイデンティティの再構成は、「統合」だけではなく、国籍法と移民法の 改正からも説明することができる。2000年に出生地主義が加味された改正国籍法が施行さ れたことで、ドイツの血統をもたないドイツ生まれの外国人も国籍を取得できるチャンス が得られた。つまり先に触れたドイツ生まれのトルコ系子弟も「ドイツ人」となることが できるようになったのである。これは「ドイツ人」というアイデンティティが拡大したこ とを意味している。

そしてその法改正で生まれたのが、本論の主な分析対象となる移民向け成人教育、移民 の統合コースである。このコースの展開内容には、「ドイツ人」のアイデンティティをいか に拡大し、構成していくか、その方向性が最もよく現れている。

その理由は 2 つある。ひとつは、ドイツでは成人教育が歴史的にも「統合」に大きな役 割を担ってきたこと、次に、成人教育自体が国家の再構築時に強調されその方向性が示さ れるという性質があるからである。

まずドイツでの成人教育が、いかにドイツの社会構築と深い関わりがあるか歴史をふり かえる。そもそもドイツでは成人教育は社会統合的な機能をもっており(Oppermann,

2009)、産業革命とフランス革命の余波で国家としての強化が必要であった時期に、民衆を

統合するために19世紀に成立した歴史的経緯がある。以降ドイツでは、成人教育が国家体 制の構築と密接な関係をもって生まれ、その時々の社会状況によって名前や役割が変わり つつ展開してきた(佐野, 2011)。そして民衆教育、継続教育、成人教育とその名前や、そ のときに行われる内容も変化しながらいまに至る。いいかえれば、ドイツでは成人教育は 社会・経済状況と密接な関係をもって発展しているのである。その位置づけは現在でも変 わらないといってよい。2007年にドイツ連邦政府が発表された国家統合計画でも、移民の 統合コースをはじめ多くの成人教育を含めた多くの教育政策が記されている2

2 成人教育が社会形成においての手段となるのは移民の統合コースだけでない。消費者教育の分野では 移民向けに栄養や経済に関する知識を与え、健康被害による社会保障費用の増大、クレジットの乱用 で貧困に陥るのを防ぐことにより、移民が社会の周辺へ追いやられることを防ぐ試みがなされている。

これは社会参加の促進、貧困防止策のひとつといってもよい。そして、社会での住民参加を実現する ための教育政策であるならば、多文化教育も兼ね備えた「シティズンシップ(Citizenship)」教育と いうとらえ方もできよう。成人教育への期待が高まる一方で、財政的な支援をどこから得るのか、講 師陣養成をどうするべきかという課題も多く(Kil, 2010)、実際には効果的な実施が難しいことも事

(13)

序章 5 ふたつめの理由である成人教育と国家再構築との関係であるが、それはペーター・ジャ ービス(Jarvis, Peter)があげた成人教育が強調されるときの国家状況の共通点からいうこ とができる。ジャービスは、成人教育は国家危機の後でとくに言及され、そのとき教育は 新たな国家を造る方法のひとつとして示されるとした(Jarvis, 1993: 157)。つまり、国家 再構築時の成人教育を分析することは、政府が国民に示す社会建設の方向性が垣間みられ ることなのである。東西統一、EU 統合というふたつの大きな国家変動を経て、「移民国家 ではない」としていた立場から一転し、まったく正反対の移民の社会統合へと邁進するい まのドイツは、まさに大規模な「改築」中の国家とみなしてもいい。このような国家変動 の中で成人教育が強調されるのは、これまでも頻繁にみられるとジャービスは指摘してい る(Jarvis, 1993: 157)3

その 2 つの成人教育の特徴をもっとも体現しているのが、本論で主に取り上げる移民向 けの統合コースといえる。統合コースは2005年に移民法の改正とともに設置され、長期的 にドイツに滞在する見込みのある移民に義務付けられた。移民にとっては統合コースの修 了はドイツ国家に暮らすために課された関所なのである。成人教育が関所の役目を担うと は、ドイツでは成人教育が移民子弟の「統合」の手段として大きな役割をもっていること も 意 味 す る 。 実 際 に 、 ド イ ツ の 国 家 統 合 計 画 の ス ロ ー ガ ン は 「 教 育 を 通 じ た 統 合 」

(Integration durch Bildung)であり、ここで指す教育とは、移民向け統合コースも属す る成人向け教育も含まれている。だが、成人教育のめざすものは受講する成人移民自身に とっての社会統合だけではない。その子供もふくめた家族を丸ごとターゲットとしている。

丸山は、欧州における移民の教育政策は、子供たちの学校教育を中心的に扱うものの保護 者の参画や成人教育を含むもの4(丸山, 2009)と指摘しているが、ドイツでもまさにその 現象がおきている。すなわち、移民の背景をもつ若者の就職支援とともに、保護者向けに、

受講に支障がないよう保育サービスつきの統合コースに力をいれているのである。また早 期教育からのドイツ語教育にも力をいれており、両親とともに学ぶドイツ語コースも展開 している。そして、当然のことながら、受講者である成人移民自身の社会統合を目的とし た教育、すなわち職業訓練なども移民の成人教育には含まれる。

上記より概観すると、ドイツでは移民向けの成人教育において以下の 3 つの機能をもっ ているといえる。

1. 自身の社会への「統合」を支援する

実である。現代ドイツにおける成人教育と社会形成については、このようにさまざまな課題のある中 で進められている。その成り行きについては、今後も注目していきたい。

3 ジャービスはフランス革命の直後コンドルセの教育改革と国民教育案(1972)、イギリス復興省の成 人教育委員会のレポート(1919)、イギリスの教育法(1944)、日本侵略後の共産党体制確立後の中 国(1950)の4つの例をあげている(Jarvis, 1993:153-157)。

4 丸山秀樹, 2009, 「欧州における移民の社会統合と教育政策-『移民統合政策指標』と『移民の子の 統合』報告書から見るドイツとスウェーデン-」『国立教育政策研究所紀要 第138集』P223-238 http://www.nier.go.jp/kankou_kiyou/kiyou138-21.pdf (2012/11/14 取得)

(14)

序章 6 2. 子どもの「統合」を支援する

3. 職業上の技能のキャッチアップを支援する

この 3 つすべての支援を受ける対象は女性である。社会参加や、母国の職業経験を生か すための追加技能の講習の対象は男女を問わない。だが、少子化に悩むドイツ国家は、移 民の子供たちの社会参加も意図して、両親、とくに子供に影響力のある母親に成人教育を 行うのである。それは、女性への教育をつうじて、次世代の「ドイツ人」が育つ移民家族 丸ごとをターゲットとする社会統合が意図されているといってもいい。すなわち、成人教 育のなかでも女性の受講者に注目すると、ドイツがいかなる社会を形成していくつもりな のか、その方向性がより明確に概観できるはずである。

そして、そのなかで扱われる内容は、次世代へと継承されるべき、ドイツに住むものが もつべき前提知識であり、望まれるアイデンティティともいえる。だが、参加者は出身国 のアイデンティティを保持しながら、ドイツのアイデンティティを身に着けることになる。

そのため、移民国家であるドイツのアイデンティティは、「ドイツ人」が他のアイデンティ ティをあわせもつことも許容できなければならないことも明確である。

「ドイツ人」の新しいアイデンティティの基礎とヨーロッパ人との共通性

上記のように、ドイツに住む者がもつべきアイデンティティを伝える統合コースは、ド イツ国籍を得る際に受験が義務付けられる帰化テストの内容とも合致している。すなわち、

ドイツの歴史の認識、および基本法の順守が大きな枠組みとなっている。それがドイツ語 で指導されることから、ドイツは歴史認識と基本法、そしてドイツ語の 3 つを新たなアイ デンティティの基礎として打ち立てようとする方向性が読み取れる。外国人はこの 3 つが 身についていることを証明し、はじめてドイツに住むことを許可されるのである。

いいかえれば、これは「統合」がめざす新しい「ドイツ人」像が、この 3 つを兼ね備え たものであることを示しているといえる。さらにそれは移民出身か否かに関わらず目指す ことができる像でもあり、2000年に施行された改正国籍法に血統主義に出生地主義が加味 された結果生まれた、新たなドイツ人の理想像ともいえる。

さらに近年の変化で、ドイツ人は EU の一員としてヨーロッパのアイデンティティもあ わせもたなければならなくなった。その「ドイツ人であり、ヨーロッパ人である」という 理想像については、ドイツは歴史認識と基本法の解釈を拡大し、「ドイツ人」と「ヨーロッ パ人」としてのアイデンティティがひとりの人間の中に共存しても相互に矛盾しないよう にしている。

歴史認識と基本法の解釈を拡大するとはどういうことか、ひとつはドイツの歴史認識で あるナチス・ドイツの反省と、東西ドイツの統合がヨーロッパ全体に関わることとして置 きかわることである。「ドイツ人」が背負うナチス・ドイツの過去は、アウシュビッツがヨ

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序章 7 ーロッパ全体の罪であるという歴史認識の変化とともに EU 全体の過去として認識されつ つある。ドイツ人が大きな十字架を背負いつづけることは基本法にも記されたドイツのア イデンティティを成すものであるが、その重荷は他ヨーロッパ諸国とともに担っていくも のとなりつつある。そして東西分断の悲劇の克服は、欧州統一において「ドイツ人」がそ の立役者として大きな役割を果たす意味を与えている。つまり、東西ドイツ統一をなしと げた「ドイツ人」とは、欧州統一においてもその立役者として大きな役割を果たすべきと いう意味を与えているのである。ドイツ統一を実現した歴史をもつ「ドイツ人」は、ヨー ロッパの統一に貢献するべき存在である、というアイデンティティの拡大である。いいか えれば、ドイツの歴史が、ヨーロッパ人としてのアイデンティティの基礎をなすように解 釈されなおすのである。ナチス・ドイツの反省は基本法に記されているため、それは基本 法の尊重の解釈ともとれるが、その拡大は歴史認識のみだけではない。EUでも尊重される 民主主義や男女平等を掲げることで、EU全体にも受け入れられる共通の概念となる。

このような「ドイツ人」であり、「ヨーロッパ人」でもあるアイデンティティは、ギデン ズの唱えた「コスモポリタン国家」に必要とされる国民にとって「快適な」(comfortable)

アイデンティティに通じるともいえる。すなわち、多様な住民をかかえる「コスモポリタ ン国家」は「快適な」アイデンティティを提供しなければならない。新たな「ドイツ人」

という理想像は、EUのドイツ人としても適合する「快適な」アイデンティティとなりうる。

なぜなら、EUというトランスナショナルな組織に求められるアイデンティティと対立しな い、すなわち「ドイツ人」と「ヨーロッパ人」としてのアイデンティティが 1 人の人間の 中に共存しても、相互に矛盾することはない「快適な」ものだからである。

このように、ドイツは90年代前後から、取り巻く環境の激変に対応し、血統主義をベー スにした「移民国家ではない」と自称した国民国家から、移民を受け入れることを許容す る移民国家へと変容するなかで、「ドイツ人」というアイデンティティ自体も変容させてい るといえる。そして、それは自らの歴史認識や基本法の解釈を拡大することによってつく られる、EUという枠組みにもはまることができる「ドイツ人」という「快適なアイデンテ ィティ」なのである。さらにそれは教育によって形成されるアイデンティティでもある。

そのため、筆者は本論でドイツにあらわれたナショナル・アイデンティティの概念を「教 育地主義」とし、血統主義と出生地主義にかわる新たな国民定義の理論として提示したい。

■分析の方法と枠組み

移民統合に関わるドイツの成人教育に注目し、その方針や連邦難民移民局他の過去の調 査結果、および実際の受講者へのインタビューをとりいれ、ドイツがどのような社会づく りを目指しているか、その方向性を分析する。

分析、および調査地域の選択にあたっては、移民向け統合コースの責任者や講師へのイ ンタビュー、各地域の州政府発行のパンフレットやホームページからの情報も参考にした5

5 統合コースは、連邦政府の連邦難民移民局が担当し、目標とするドイツ語のレベルや終了テストなど

(16)

序章 8

■研究の方法

本論の研究方法は、ドイツに滞在した 1 年間に行ったノルトライン・ウェストファーレ ン州(以下NRW州と称す)内の統合コースを受講する女性移民のインタビューをベースに、

ボンのドイツ成人教育研究所をはじめとした現地の文献研究、インターネットによる連 邦・州政府の刊行物や統計資料の収集によって進めた。ドイツでは家族の中心となる女性 への教育を通じて次世代の「ドイツ人」が育つ移民家族を丸ごと社会統合する意図がみえ たため、インタビューは女性受講者を中心に行った。

調査地は、ベルリン人口動態研究所の調査によって外国人の統合が進んでいるとされる ボン・デュッセルドルフ・エッセン市の3つの都市6とし、各市の民衆大学7の統合コースの 担当者に協力を依頼、クラスを直接訪問するなどし、受講者に接触した。インタビューに あたっては、インタビューの際は質問シートを補助的に用い、統合コースの責任者や講師 へのインタビューも参考にしている。調査の詳細については、第4章第2節に記したため、

そちらを参照願いたい。

■先行研究

今回の主な調査対象は移民向け統合コースである。それはドイツの統合政策のなかで展 開する成人教育のひとつである。いうなれば、ドイツの社会統合と、成人教育の交差する ところにある分析対象である。そのため、先行研究もその 2 つの分野を概観する必要があ る。

ドイツの社会統合についての先行研究

まず、ドイツにおける社会統合についての先行研究をみていく。近年のドイツの社会統 合をめぐる研究は、主に社会政策の面から検討がされている。この分野では政策策定の背 後にある政党間でのやりとりに視点が据えられている。

大枠は全ドイツで統一されている。しかしドイツの教育政策はそもそも州ごとに方針が異なり(文化 高権)、地域や学校の状況によっても違いは大きい。そのため、講座の種類や展開内容など細かい部 分は異なってくる。そのため、州政府の情報もあわせてみていくことが必要となる。

6 3市が位置するノルトライン・ウェストファーレン州(以下NRW州と称す)はドイツ16州の中で 最も移民の背景をもつ人々が多く、統合コースの講座の参加者、提供数も16州では群を抜いている。

ルール炭坑の労働者として歴史的にも早くから多くの移民を受け入れている地域でもあり、都市部を 中心に移民の家族を対象にした政策に力が入れられてきた。その結果、同州には実践的、かつ効果的 な方策が積み重ねられている(Fischerほか著, 2007)。いわば、NRW州は家族の「統合」について 先駆者であり、その経験が連邦政府によって2007年に示された国家統合計画の土台になったともい ってもいい。そして、そこで得られた成果は、今後のドイツの統合政策の成否を占う可能性も高い。

7 民衆大学は、ドイツを代表する成人教育施設であり、統合コースを最も多く提供している機関でもあ る。三輪によれば、日本には同じような成人教育施設は存在しないといってよく、例えるならばカル チャーセンターとよばれる民間教育文化産業に公民館などの社会教育施設、専門学校、語学学校、大 学検定や中学・高等学校の夜間部事業をつけ加えたものといえば、だいたいあっている(三輪, 2002:

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序章 9 このうち、現在の「統合」が生まれるまでのドイツのこれまでの経緯は、外国人政策の 歴史から迫ったヘルベルト(Herbert, Ulrich, 2001)やトレンハルト(Tränhardt, Dietrich,

=村田, 2009)、ドイツの政治教育の分野で多くの著作を出しているバーデ(Bade, Klaus J., 2004)があげられる。

上記からいえることは、ドイツは自国内に以前から存在した課題を土台に、EUの一員と しての現在のドイツに合致する「統合」を編み出したということである。以前から存在し た課題、それは戦後の労働力不足のなかでドイツ国家が主導して受け入れた「客員」労働 者、通称、ガストアルバイター8の対応である。彼らは本国にもどっても仕事につくあてが ないため、74 年の受入中止後に、家族を呼び寄せて「客員」のまま定住の道を歩んだ。そ の結果、本国とは縁がないのに、ドイツ国籍も得られず、ドイツ社会で生きるチャンスが 少ないというドイツで生まれ育った子供たちが増え、彼らにいかに対応するかがドイツの 大きな課題となっていった。その状況にとくに直面したのが、現在でもドイツの外国人の なかで一番大きい割合を占めるのはトルコ系である。そのため、ドイツの外国人問題とい えば、トルコ系との関連で多くの研究が実施されている。

では、そのトルコ系の研究とはどのようなものがあるだろうか。デュイスブルク・エッ セン大学に属するトルコ研究および統合に関する研究所(ZfTI)9などがその代表である。

この問題は、研究面だけではなく、ドイツ社会全体でもたびたびとりあげられるテーマと いえる。トルコ系労働者に変装したジャーナリストが建築現場や原発処理にあたり、トル コ系労働者の差別を伝えたルポ(Wallraff, 1985=シェーンエック, 1987)やベルリン・ク ロイツベルクのトルコ系集住地域の問題などはメディアでも多く扱われてきた。日本でも 主に社会学で多くの研究があり、ドイツの外国人問題といえばトルコ系のガストアルバイ ターへの対応として広く認識されているといってもいいだろう10

だが現在のドイツは、トルコ系以外にもさまざまな移民の背景をもつ人々が集まる地で ある。トルコ系が最大の割合を占めるものの、現在ドイツに住む外国人は、ドイツにきた 経緯も、文化的・宗教的・民族的背景も多様である。つまり、ドイツの「統合」の対象は もはやトルコ系だけではない。さまざまな移民の背景をもつ人々とともに、いかにして社 会を形成するべきか、それが現代のドイツの「統合」の課題なのである。いいかえれば、

トルコ系移民の研究からだけでは、現在の移民「統合」の概念を形成するには補いきれな いのである。

そこで注目されるのがドイツの移民社会学の先行研究である。なぜなら、ドイツでは移 民の社会統合に関する研究は「移民社会学」(Soziologie der Migration)に属し、これまで

8 Gastarbeiterは「Gast」(=客、英語でguest)と「Arbeiter」(=労働者、英語でworker)の造語

9 Das Zentrum für Türkeistudien und Integrationsforschung (ZfTI) http://www.tamvakfi.de/index.html (2014/02/02取得)

10 例えば、焼き討ち事件など外国人差別の対象としてのトルコ系の位置づけについて触れた野中

(1996,2007)、ドイツ社会のイスラム文化の位置づけについての内藤(1995, 1996他)、また文化人 類学ではあるが石川(2011)はトルコ系移民の文化と地域社会についてまとめている。

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序章 10 もドイツの状況にあわせた「統合」の在り方や概念を提示しているからである。その経緯 については、ハン(Han, Petrus)が「移民社会学」(Soziologie der Migration)と称する、

そのタイトルどおり移民社会学の分野を概観した本にまとめている(Han, 2006)。そこに はドイツ語圏の研究者として、エッサー(Esser, Hartmut)やプリース(Pries, Ludger)

の名前があがっている。エッサーは、ニクラス・ルーマンやアメリカのパーソンズの系統 をひき、「同化」と「個人的統合」の概念について言及しており、プリースはウルリヒ・ベ ックの「グローバル化とは何か」のなかで著作が引用された人物である。当然、ドイツの 社会学、およびドイツにおける「統合」の概念の形成においても影響力が大きいと考えて よく、ドイツの「統合」について考える場合、この2人を見過ごすわけにはいかない。

そして、現在のドイツの「統合」の概念を発展させるには 2 つの点を考慮しなければな らない。ひとつは、ドイツの「統合」が移民と移民ではない 2 つの階層社会が固定化し、

交わらないことで社会不満が噴出する「並行社会」を阻止するために行われること、さら に「統合」によってつくられる「ドイツ人」の新しいアイデンティティは、ヨーロッパ人 のアイデンティティでもあり、「ドイツ人」だけのものでもなければならないということで ある。つまり、「統合」の位置づけには、それが失敗したときにあらわれる「並行社会」と いう懸念があること、そして、「統合」を進めるドイツはEUの一員であるというアイデン ティティも保持しなければならないことである。

ドイツの統合政策は、移民とそれ以外の「ドイツ人」との間でまったくまじわらない「並 行した」2 つの社会が生まれることを危惧して進められたものであることは明らかである。

階層を移動することができない不満が、暴力行為などの反社会的運動として爆発し、社会 が不安定化することを恐れているのである。その表れのひとつとして、ベルリン人口動態 研究所では、並行社会の生まれる経緯とその抑止を目的とした調査結果が公表されている11 ここで注目したいのが、研究所の報告書の最後のまとめにある「既知の失敗は避ける」

(Bekannte Fehler vermeiden)というタイトルである。この「既知の失敗」とは何を指す のか。いうまでもなくトルコ系に対する対応の失敗である。研究所の分析では、その失敗 の原因として3つの要因があげられている。すなわち、1. ドイツ語の能力の不足、2. 教育 に対する保護者の理解の欠如、3. 文化・民族的な多様性への理解不足が「統合」を阻害す るとされているのである。

さらに EU の一員となった現在のドイツでは、ヨーロッパとの共通性をもちつつも、ド イツ独自であるアイデンティティも形成しなければならない。これについてはフランスの

「統合」とドイツを比べるとわかりやすい。そもそも移民の社会統合は、ドイツの隣国の フランスでは、アルジェリアなど旧植民地からの移民をめぐって、さまざまな議論が行わ

11 研究所発行の「無限の可能性‐ドイツの統合の現状-」は移民を出身国や地域ごとに分類し、教育 水準、失業率、主婦の割合や収入など20の項目について行われた。ドイツ内の移民の社会への独自 の基準により「統合度」を測ったものである(Berlin-Institut für Bevölkerung und Entwicklung 2009: 4,85)

http://www.berlin-institut.org/publikationen/studien/ungenutzte-potenziale.html?type=98

(2014/1/12 取得)

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序章 11 れてきた概念でもある。しかし、植民地からの移民をもたないドイツとフランスでは同じ ような「統合」を進めているわけではない。しかし、同じ EU のパートナーとして共通す るものもあるはずである。

フランスの移民に関する先行研究はいくつかあるが、ここでは梶田の「統合」の概念に ついてとりあげたい。梶田は「統合」を「同化」「編入」のほぼ中間に位置し、ある種のあ いまいさを伴うとした(梶田, 1993)。梶田によれば、「同化」(assimilation)は、移民が保 持していた出身国の文化や慣習を放棄してホスト国の文化や慣習を取り入れ、別の存在に なることを意味する。その同化には、大別して 2 つの選択肢があり、ひとつはⅠ民族的要 素、もうひとつはⅡ政治的理念である。どちらの選択肢をとるかは、背後に横たわる異な る国家観による(梶田, 1993: 165)。日本やかつてのドイツのように血統主義に基づく国家 は前者、フランスのように共和国理念や憲法へ忠誠を求められるのは後者である。同化の 対極にあるのは「編入」(insertion)である。「編入」は、ホスト社会への移民の参加にも かかわらず、文化的・宗教的内容の放棄ないしは変更をかならずしも強制されず、民族的・

宗教的アイデンティティがそのまま保持されるという意味でつかわれる。各集団の特殊性 は保持され、ホスト社会への同化は期待されない(梶田, 1993: 171)

つまり、ドイツは民族的要素をもとにした同化Ⅰから「統合」に向かうことになる。し かし、国籍法に出生地主義が加味されたことから、フランスのように同化Ⅱの要素も多少 抱えた「統合」となる。このような「統合」の形をめざしているのは、移民社会学の「統 合」の概念の提示も大きい。80 年代のドイツの移民社会学の中心となったエッサーは「統 合」は「同化」の前段階であるとし、さらには、完全な「同化」は難しいと述べている。

ここでエッサーが指した「同化」とは、梶田の同化Ⅰと重なるといってよい。そして、エ ッサーが同化Ⅰを否定したことで、同化Ⅱの政治的要素もとりいれた「統合」の方法が見 出されたといえる。しかし、ドイツが目指そうとしているこのような形での同化から「統 合」への展開は、初めてのケースととらえてもいい。

成人教育、および教育を視点とした先行研究

その新たな「統合」の方向性は、ドイツにおいては移民統合にかかわる教育を分析すれ ば、めざす理想像が現れるはずである。なぜなら、ドイツの統合政策が「教育を通じた統 合」(Integration durch Bildung)をスローガンとしており、教育は重要な政策手段だから である。教育の到達目標は、ドイツがめざすドイツ人の理想像といえる。

そのなかでも成人教育は、国家再構築の際に言及されるという特性と、ドイツの歴史性 と、ドイツ社会が目指す方向がより如実にあらわられるものである。

成人教育と国家構築の関連についての先行研究としてあげられるのはピーター・ジャー ビスである。彼は、成人教育は国家危機の後でとくに言及され、新たな国家を造る方法の ひとつとして示されるとした(Jarvis, 1993: 157)。さらにジャービスの説はドイツの成人

参照

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