ドイツの成人教育と「統合」
第3章 ドイツにおける成人教育の重要性 57 第3章 ドイツにおける成人教育の重要性
第 2部では、移民向け統合コースを成人教育の一部ととらえる。第 3章ではドイツにお ける成人教育について概観し、その上で、その発展の延長線上とあり、さらに統合政策と も交錯する移民向け統合コースに着目し、第 3 部の現在のドイツにアイデンティティにつ いて考察する土台としたい。
だが、成人教育の比較というのは容易にはできない。なぜなら、成人における学習とは 各国の定義に多くの差異がある(OECD, 2010: 26)。さらに、教育プログラムとは、その国 の文化システムと多岐にわたって結びついている(Reischmann, 2009: 143)。
さらにドイツの教育を考える際には、「州の文化高権1」に留意しなければならない。ドイ ツでは州ごと、さらにいえば、学校ごとの方針に基づいて教育が実施される。成人教育自 体は、各国によってさまざまな定義があるのに加え、ドイツではさらに地域ごとに多様な 教育形態がみられる。中央省庁が決定したものが全土に一律に反映されるわけではない。
このようにもともとさまざまな定義のある成人教育に、文化高権によって地方ごとに違っ てしまう多様な展開、これがドイツの成人教育の特徴でもあり、その把握を難しくしてい る一因ともいえる。
では、ドイツの「成人教育」とはいったいどのようなものを指すといったらいいのだろ うか。それにアプローチするにはどのような手段があるのだろうか。
太田が、スウェーデンの成人教育研究の見地からひとつヒントを出している。
個々の成人教育実践がどのように歴史的に形成され、機能してきたのかを明らかにす ること、その過程を比較考察することは、成人教育の目的、形態、機能、あるいは制 度が各社会によって異なるという現象を説明するためにこそ必要なのであり、……(中 略)……こうした困難は、成人教育の全体像の把握をめざす比較研究にとっては避け ることができない。(太田, 2010: 24-29)
ドイツの成人教育の目的、形態、機能、あるいは制度のドイツなりの特徴を把握し、そ れを土台にこの論を進めるためには、その歴史をふりかえることが初めの一歩として大き な意義があることは間違いない。
そこで本章では、ドイツの成人教育について、現在の構造、およびそこに至るまでの経 緯についてまず触れる。さらに、現代の課題、他国や国際間組織との政策とも比較し、ド イツの成人教育はいかなる特徴をもつのか考察したい。
1 高等教育計画に関することなど若干の例外を除いて、教育についての権限は連邦政府にはなく、教育 主権は伝統的に各州に属している。これを「州の文化高権」(Kulturhoheit der Länder)ないし「文 化連邦主義」(Kulturförderalismus)という(天野ほか編, 1998)。
第3章 ドイツにおける成人教育の重要性 58 第1節 現在のドイツの成人教育の枠組みと構造
ドイツで成人教育といえば、初等領域、中等領域、大学につづく「第4の領域」と定義 づけられている2。その内容については、職業訓練から一般教養・語学、学校教育修了書 の取得研修も含まれ、提供機関も大学、教会、組合、企業など展開方法はきわめて多岐 にわたる。日本ではこれに正確に対応する教育体系がないといってもいいだろう。代表 的な提供期間である「民衆大学」(Volkshochschule)が、「公民館の施設にカルチャー センター、専門学校、大検をあわせたものを、自治体が設置・運営しているといえばほ ぼあたっているだろう」(三輪, 2002: 65)と複雑な表現をされるのがその幅広さを如実 に表現している。
1. ユネスコの生涯教育の定義とドイツの成人教育の展開と分類
だが、「成人教育」は、「生涯教育」と混同されがちではないだろうか。三輪の指摘通 り、日本では「社会教育」3という言葉が使われるが、これらについて概念整理がなさ れているとは言い難い(三輪, 2002:1)。だが、ユネスコの生涯教育論をみれば、成人教 育は生涯教育の一部ととらえられている。そこで、まずはこのユネスコの生涯教育の定 義についてみていく。
ユネスコの生涯教育の生涯教育論は、1965 年にパリで開かれた成人教育推進国際委 員会においてLifelong integrated educationとして「生涯にわたって、一般教育と 職業教育あるいは学校教育と成人教育などさまざまな教育的諸機能と統合されていく 教育」と提唱されていた(長澤, 2006:13)。さらに、国際的には1985年のユネスコの 第4回国際成人教育会議で、学習権宣言として確認され、生涯を通じて学ぶことが基本 的権利のひとつとして認識をされた(高橋, 2006: 47)。
シェンマン(Schenmann=不和訳, 2002)によれば、成人教育はユネスコの類型に したがって、活動内容によってフォーマル、ノンフォーマル、インフォーマルの3つに 分類される。
それに、ドイツの成人教育の分類し、下部に付け加え表3-1を作成した。次項にて詳 細にその内容について説明する。
2 ザクセン=アンハルト州 「成人教育/継続教育の原則」のページより
http://www.sachsen-anhalt.de/LPSA/index.php?id=26488 (2014/2/18取得)
3 社会教育法では、社会教育を、学校教育法に基づき、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、
主として青少年及び成人に行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーション活動を含む。)と 定義している(社会教育法第2条)。
第3章 ドイツにおける成人教育の重要性 59 表 3-1 成人教育のユネスコ類型とドイツの成人教育
ユ ネ ス コ
類型 フォーマル成人教育 ノ ン フ ォ ー マ ル 成 人 教育
インフォーマル成人 教育
分類基準 職業志向 社会-文化的志向 選択的 非制度志向
ド イ ツ
類型 職業継続教育 一般継続教育(政治教 育も含む)、
目標グループ活動(教 育的・社会的不利益を 受けた人々への教育)
自助グループ、NPO など
分類基準 経済評価に直結した 教育
法的基盤あり
受 講 者 の 選 択 で あ る が、公的な支援がある ものも一部ある
継続教育以外の教育、
社会文化活動
(Schenmann=不和訳, 2002: 107より筆者加筆修正, 佐野作成) 2.ドイツにおける成人教育の分類 職業継続教育/一般継続教育/ノンフォーマル教育
冒頭でも述べたとおりドイツでは地方ごとに多彩な成人教育が実施されている。だが、
大まかに上記のユネスコの分類に従って内容ごとに名称をわけることもできる。すなわ ち、フォーマルなものは「職業継続教育」(Berufliche Weiterbildung)、ノンフォーマ ルなものは「一般継続教育」(Allgemeine Weiterbildung)、そして、インフォーマル なものはNPO4などが主催する自主学習グループなど学校外での活動である。以下に続 く図がその分類となる。それぞれについて詳細にみていくことにする5。
4 ドイツにはアメリカからNPOという概念が入る前にすでに登録協会というNPOと形態が似ている 活動がすでにあったため、三輪は登録協会を伝統的なNPOとして別に扱っている(三輪, 2002: 20)。
5 職業継続教育・一般継続教育に関しては、ドイツの教育のすべて(マックスプランク教育研究所研究 者グループ 天野監修・該当の16章は三輪訳 2006)を参照し、項目ごとにまとめ直している。
第3章 ドイツにおける成人教育の重要性 60 図 3-1 ドイツの成人教育の概念
(三輪のWeinbergの図-三輪, 2002: 14-に加筆修正したものに、筆者が加筆修正, 佐野作成)6
◆職業継続教育(Berufliche Weiterbildung)
職業に直結する教育で、研修や再教育、最適応資格の付与を通じて、ポストの確約や 職業上の昇進に貢献することであり、労働市場への接近へ道を開くことである。大半は 企業・雇用者などの企業内訓練で実施され、その他に民間施設や職業団体商工会議所な どの講座に参加する形となる。おもに2つの機能があり、ひとつは、専門能力への要求 にこたえること、ふたつめは社会の最適応や最適化の機能である。
1つめの専門能力への要求は、昇進のための研修がこれにあたる。
2つめの社会の最適応(リハビリテーション)や最適化は、民衆大学などで行われる 失業者の養成教育や再教育、労働組合で行われる職業継続教育があてはまる。とくに、
労働組合が提供する継続教育は、「再適応研修」(Anpassunngsfortbildung)において
6 ノンフォーマル教育から一般継続教育への点線矢印、および三輪の別書(マックスプランク教育研究 所研究者グループ=天野・三輪,2006:428)にもある再適応研修(Anpassungsfortbildung)も職業継 続教育に含まれると考え補足した。前者は、インフォーマル教育の分類基準として定義されている選 択式な学習が、地方自治体が運営に関わっている民衆大学内でも一部行われており、公的機関が補佐 する一般継続教育とも考えられるためである。このように、実際にはフォーマル・インフォーマル・
ノンフォ-マル教育の概念は政策や社会状況で揺れ動くものである。その定義のゆれと社会変動との 関連にも触れたいが本稿の目的からそれる為、ここで扱うのは避ける。
成人教育(Erwachsenebildung)
(Erwachsenebildung)
継続教育(Weiterbildung)
一般継続教育 職業継続教育
職業教育 補修教育
再教育 最適応研修
基礎 教育
政治 教育
文化的な 成人教育
その 他
インフォーマル な成人教育
(Informelle Erwachsene-
bildung)
フォーマル(formell) ノンフォーマル(nonformell)