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「ドイツ」のアイデンティティの行方

5章 「ドイツ人になる」ということ-国家の「統合」に絡む成人教育の役割― 147 第5章 「ドイツ人になる」ということ―国家の「統合」に絡む成人教育の役割―

前章でわかることは、統合コースによって受講者自身は「国家へ統合」されないという ことである。受講者の全員が、統合コースのあとに国籍取得テストを受けるわけではない。

家族を出身国に残したままなので行き来がしにくくなるのを拒む人もいる。故郷への思い をいつまでももっている人もいる。それは、統合コースを企図する国家側の意図とは異な るととらえられるかもしれない。

では、統合コースは受講者の「統合」にとってどのような意味があるのか。結論からい えば、聞き取りを行った統合コースの女性受講者たちは、コース修了時点では「個人の統 合」の準備段階に入った状態であるといえる。今後大学に入って専門知識を身につける、

職業研修を受けて働く、子供の教育や健康について考えられるようになるなど、ドイツ社 会で生きていく上の目標を見出していた。そして、受講者全員の目標がドイツ国籍をとる ことでもなかった。

しかし統合コースは「国家へ統合」、いいかえれば、移民がドイツ「国民」になることと 統合コースは無関係なのであろうか。いうならばラインシュ(Reinsch, Peter)は個人レベ ルの「統合」の先に、集団レベルの「統合」、地域の「統合」があると説いているが、これ らの「統合」と「国家へ統合」されることとは関連はあるのか。つまり「地域の統合」は、

「国家の統合」へのステップのひとつなのか、それとも両者は別のものととらえていいの だろうか。

そこで本章では上記の疑問を追及するため、3つの側面から、ドイツで起きている「統合」

について分析していく。ひとつは、①国家レベルの「統合」、ふたつめはReinschが個人の 統合の次の段階であるとした②集団レベルの「統合」、そして③地域レベルの「統合」であ る。そして、その各々の「統合」において、成人教育はいかなる効果や役割をもっている のかを分析する。

その際、②集団レベルの「統合」は家族の「統合」におきかえることとする。なぜなら、

第 4 章でみたように、ドイツでは成人教育が移民子弟や早期教育「家族の統合」に重点を 置いて使用されているためである。さらに地域の「統合」については、教育政策の権限を もつ州政府1の政策と「統合」について扱う。

第1節 国家の「統合」と成人教育

まずは国家レベルからみた「統合」と成人教育の関わりについてである。これについて はドイツではかなり明確に成人教育との関連があるといってよい。つまり、ドイツでは国

1 高等教育計画に関することなど若干の例外を除いて、教育についての権限は連邦政府にはなく、教 育主権は伝統的に各州に属している。これを「州の文化高権(Kulturhoheit der Länder)」ないし

「文化連邦主義(Kulturförderalismus)」という(天野/別府/結城, 1998)

5章 「ドイツ人になる」ということ-国家の「統合」に絡む成人教育の役割― 148 籍を取得するには帰化テストに合格しなければならない。帰化テストの準備コースは民衆 大学をはじめとする成人教育施設で開設されている。同様のことが、近年の移民法改正に よってドイツ語が不十分な移民に義務付けられた統合コースにもいえる。新規移民は、そ のコースを修了し、一定のドイツ語レベルを身に付けることを求められるのである。

いいかえれば、ドイツでは成人教育は移民の滞在資格に深く関わっている。このことは、

スウェーデンの政治学者トーマス・ハンマー(Hammer, Thomas)の3つのゲート論を援 用すると、より明確に説明できる。以下は、彼の唱えた移民のステータス、およびドイツ の成人教育との関係はまとめた図である。

図 5-1 ハンマーの 3 つのゲート論とドイツの移民向け成人教育の関連

(梶田, 2001:4, 3つのゲート論による整理の図より佐野作成 佐野, 2013: 132)

ハンマーによれば、国家への人の出入りについては3 つのゲートがあり、第1関門をく ぐると短期滞在の資格が与えられ、第2関門を抜けると定住できる。そして、第3 関門も 通り抜けると、国民となる。すなわち「帰化した国民」である。

これを現在のドイツにあてはめてみると、第1関門から第 2 関門へ向かう条件が統合コ ースの修了、第 3 関門へさらに進むには帰化テストを合格する必要がある。つまりドイツ では、外国人の滞在資格に成人教育が「関所」として立ちはだかっているのである。

第2節 地域の「統合」と成人教育―州政府の取り組みを中心に―

では、地域の「統合」と成人教育との関わりはどのように解釈できるであろうか。

その前に、地域の「統合」を行う、つまり実施するのは誰か、について考えてみたい。

メルケル首相は2007年の国家統合計画で「統合は自動的には成功しない、また単に上か ら命令されて成功するものではない」(Bundesregierung,2007: 7)と述べている。そして、

それをさらに具体的に述べているのが外国人専門官べーマーの前文である。

5章 「ドイツ人になる」ということ-国家の「統合」に絡む成人教育の役割― 149 連邦政府、州政府、「自治体」(Kommunen)は、統合を成し遂げるにあたって重要な 要件を確保する。国家は、「安全を保障し」(garantiert Sicherheit)、教育へのアクセ スを保証し、職業訓練や労働市場への「併合」(Eingliederung)を援助する。国家の みでは、社会全体の課題である統合は決して成功できない。統合は、そこにいるそれ ぞれが―移住してきたのか、もとからそこに住んでいるのかに関わらず―実践的かつ 具体的に責任を負うことで成し遂げられる。つまり、仕事やスポーツ、文化活動、メ ディア、学術分野、都市の隣人関係においてである。そうすることによってはじめて、

長い時間をかけながら、(移民)自身が我々の社会の一部であることをきわめて当然の こ と と 理 解 で き る よ う に 、 移 民 た ち を 勇 気 づ け る 環 境 が 整 え ら れ る の で あ る

(Bundesregierung, 2007: 10)2

つまりは、地域の「統合」を実行する主体として、ドイツ国家は州政府、自治体、およ びその住民との関わりを求めているのである3。ラインシュが唱えた、「個人」「集団」「地 域」レベルの「統合」は、まさにここで起きているといえる。

その中でも本稿では州政府が関わる「地域」レベルの「統合」と成人教育との関連に注 目 し た い 。そ れ に は、2012 年に 発 行 され た 「国 家 ア ク ショ ン プ ラン 」(Nationaler Aktionsplan Integration、以下アクションプランと称す)を考察することが適している。

なぜなら、アクションプランには、連邦政府と州政府が合意した初めての共同目標が記さ れている、つまり、州政府の関与についてより詳細に描かれているからである。

1. 国家統合計画とアクションプラン

本題に入る前に、まずは国家統合計画とアクションプランの違いについて触れておきた

2 原文を付記しておく。なお、Eingliederungは「統合」と翻訳されることが多いが、ここでは「併 合」とした。本稿全体にわたってIntegrationを「統合」と置き換えており、区別するためである。

Bund, Länder und Kommunen sichern wichtige Voraussetzungen für das Gelingen von Integration. Der Staat garantiert Sicherheit, gewährleistet den Zugang zu Bildung und fördert die Eingliederung in den Ausbildungs- und Arbeitsmarkt. Allein kann der Staat die

gesamtgesellschaftliche Aufgabe Integration aber nicht erfüllen. Dies gelingt nur, indem jede und jeder – zugewandert oder einheimisch– praktisch und konkret Verantwortung übernimmt:

im Beruf und im Sport, in der Kultur, den Medien, der Wissenschaft und der Nachbarschaft im Stadtteil. Nur so kann auf Dauer ein Klima entstehen, das Migrantinnen und Migranten ermutigt,sich ganz selbstverständlich als Teil unserer Gesellschaft zu verstehen.

3 ベーマーは、アクションプランにおいても同様な発言をしている。

「我々の統合政策の目標は、ここに住むすべての人々が、連邦政府が、州政府が、『自治体』(Kommunen)

が、『協会』(Vereine)が、『同盟』(Verbände)が、移民組織が、『同じように参加』(die gleiche Teilhabe)

することである。みな共同でこれに(統合政策に)貢献する」(佐野翻訳 佐野,2013: 140)

Ziel unserer Integrationspolitik ist die gleiche Teilhabe aller hier lebenden Menschen. Bund, Länder, Kommunen, Vereine, Verbände und Migrantenorganisationen - sie alle tragen gemeinsam dazu bei",

http://www.bundesregierung.de/Webs/Breg/DE/Bundesregierung/BeauftragtefuerIntegration/nap /nationaler-aktionsplan/_node.html (アクションプラン ダウンロードサイト 2013/1/12取得)

5章 「ドイツ人になる」ということ-国家の「統合」に絡む成人教育の役割― 150 い。アクションプランは、2007年の国家統合計画の発展形で、「統合政策を『計測可能な形』

(messbar)にし、『さらに確実に』(noch verbindlicher)する4」と、外国人専門官のべー マーは第5回の統合サミットで述べている。

だが、国家統合計画からアクションプランへの移行過程で、次表のようにテーマ構成に 違いが生じていることに注目したい。

表 5-1:国家統合計画とアクションプランのテーマ構成一覧

国家統合計画(2007年) アクションプラン(2012年)

1. 統合コースの改善

2. 早期教育:初期からのドイツ語の促進

3. 良質の教育と職業教育の安定、労働市

場のチャンスを高める

4. 女性・未成年女性の生活状況の向上、

機会均等の実現

5. 現地での統合をサポートする

6. 市民活動の統合と同等な参加の強化

7. 文化の多様性を生きる‐「多文化適応

力」(interkulturelle Kompetenz)の 強化

8. スポーツ振興を通じた統合政策

9. メディア 多様なメディアの使用

10. 研究 世界に開放を

1. 早期教育の奨励

2. 教育・職業教育・継続教育

3. 労働市場と職業生活 4. 公的職業における移民 5. 健康問題と介護 6. 現地での統合 7. 言語―統合コース 8. スポーツ

9. 市民活動と統合 10. メディアと統合 11. 文化

(Bundesregierung,2007,および2012より佐野翻訳作成, 2013b: 133-134)

国家統合計画では 10 のテーマとなっていたが、アクションプランでは11のテーマへと 変更になっている。4.女性・未成年女性の生活状況の向上、機会均等の実現、および、10.

研究 世界に開放を、がテーマから外れたことについて、ベーマーは 2 つとも全分野に横 断するため、すべての項目に統合されたとした。

だが、追加・強化された項目もある。国家統合計画の 3 つめのテーマ「良質の教育と職 業教育の安定、労働市場のチャンスを高める」は、教育と労働市場の 2 段階に分かれる形 で「教育・職業教育・継続教育」「労働市場と職業生活」となった。加えて、2 つのテーマ

「公的職業における移民」、「健康問題と福祉」が新設されている。

(1) 「公的職業における移民」

4 Der Nationale Aktionsplan Integration macht die Integrationspolitik messbar und damit noch

verbindlicher 前注釈内のアクションプラン ダウンロードサイトサイトより

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