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アメリカは夫婦愛から

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渡 辺 信 二

アメリカは夫婦愛から

─Anne Bradstreet, “To My Dear and Loving Husband”再読

私は、1991 年立教大学文学部英米文学科に赴任して以来、22 年間、立教で 教員を勤めました。2013 年に退職後、横浜のフェリス女学院大学で 5 年間教 佃をとり、2018 年 4 月からは、山梨英和大学に特任教授に赴任しております。

私自身、今年 70 歳となって、今更新しい作者や作品へ挑戦するよりは、こ れまで読んで来たものを読みなおす、考えなおすことが多くなっていますが、

今回のここでのお話でも、これまで論文や授業で良く取り上げて来たアン・ブ ラドストリートという女性詩人の作品を取り上げて、皆さんと一緒にもう一度、

読もうと思います。

タイトルは、「アメリカは夫婦愛から─Anne Bradstreet, “To My Dear and

Loving Husband”再読」としてありますが、このひとつの詩、たったの 12 行

しかありませんが、夫婦愛だけでなく、この作品から見て取ることのできるア メリカ的な特徴を考えてゆきます。

アメリカが好きか嫌いかと学部学生に聞くと、アメリカ好きというのは最近 では、50 人いて、2 〜 3 人くらい。ぼくらが学生だった頃は、クラスの半分 くらいの手が上がったのですが、今は、フランス、カナダ、オーストラリア、

……ですかね。かなり傾向が分かれるだけでなく、アメリカ文学を専門にしよ

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うかという大学院生も、イギリス文学に比べると少なくなってきていると聞き ました。

しかし、アメリカ合衆国とは、好き嫌いにかかわらず、あと多分、400 年く らいは付き合っていかねばならない。変な話ですが,日本国を地球儀や地図で 眺めると、中国に背を向けて、アメリカ方面に走り出している首の長い犬の姿 をしてますよね。ですから、日本がアメリカと対等に付き合うつもりなら、ア メリカのことをよく知らねばならない。また、英語ができるかどうは別にして、

アメリカ英語の仕組みを知らねばならない。文化や言語のなかに、アメリカ的 発想のヒントが隠れているはずですので、そこを知ってこそ、対等な関係を築 けるでしょう。

アメリカの一部では、19 世紀の中頃からすでに日本を支配下に置く構想が あり、そのひとつがYoung America運動だと言われていますが、そもそも、

アメリカという国は、不思議な国でして、その初めからずうっと戦争をし続け ており、それは、17 世紀から、現在の 21 世紀まで続いていて、今現在も、ア フガンで戦闘中です。しかも、戦争形態が様変わりして、アメリカ本土から、

人工衛星を通じて無人戦闘機を操縦しタリバーンへの攻撃を仕掛けるように なっています。日本人平和活動家の中村哲医師が彼の地でこの 12 月 4 日に殺 害されていますが、未だに真犯人は分かっていません。しかし、彼の死の真因 が何なのかを考える上で重要なファクターの一つは、アメリカの軍事行動だと 思われます。

アメリカは、時代時代で強気と弱気が交代したり、また、19 世紀のモンロー 宣言、第一次世界大戦後のハーディングの「アメリカ・ファースト」主義のよ うに、国家として引きこもり状態を選択することもありますが,基本的にも最 終的にも、他国にコミットしたがります。たぶん最終的なアメリカン・ドリー ムの完成形は、すべての国の上にアメリカが君臨することなのかもしれません。

ここでお話しするアン・ブラドストリート(1612?-1672)は、のちにアメリ カ合衆国と呼ばれることになる北米地域で初の女性詩人です。ほとんどのアメ リカ文学史は、その記述を彼女から始めます。彼女は、ピューリタンとして父 母や夫と共に、1630 年、Arbella号で大西洋を航海し北米に上陸しました。彼 女が属する移住団は、このアーベラ号を含めて5艘立てで、総勢 700 名前後。

一説によれば、渡航中に、総計 100 名から 200 名前後が死亡したといいます。

当時、船で大西洋の荒波を渡る決意というのは、相当なものだったでしょう。

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父はThomas Dudley(1576-1653)。マサチューセツ湾岸植民地の総督に 4 回 選ばれる。総督というのは、今の知事のようなものだと言われていますが、実 は別の顔も持っていて、これについては後で説明します。総督選挙は、年に一 回おこなわれました。彼は、イギリスの有名な詩人Sir Philip Sydneyと血縁関 係があるともいわれ、死ぬときにも、書きかけの詩作品がポケットに入ってい たと言われています。

彼 女 の 夫 は、Simon Bradstreet(1603-1687)。植 民 地 経 営 に 常 に 関 わ り、

1679 年マサチューセツ総督に選ばれたが、そのすぐ後に、マサチューセツ湾 岸植民地がイギリス国王の直轄領となり、最後の総督として名を残します。

彼女は、1633 年から 1652 年の間に 8 人の子供を生んでいるので、家事と育 児で大変だったと推測できるが、同時に、詩作も続けていました。

詩集The Tenth Muse Lately Sprung Up in America(『最近アメリカに現われ た十人目の詩神』1650)は、ロンドンで出版されたが、アメリカのみならず英 文学史上でも最初の女性による詩集とされる。もちろん、女性詩人はイギリス にいました。エリザベス女王も詩を書いています。ただ、本として出版された 女性詩人は、英米では彼女が最初だったのでしょう。ちなみに、アメリカ初の 黒人詩人として名が残っている者もまた、女性でした。

2 冊目の詩集は、Several Poems Compiled with Great Variety of Wit and Learning, Full of Delight, as “a Gentlewoman in New-England”(『 ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ド の婦人として喜び溢れる様々なウイットと教養で編集されたいくつかの詩』

Boston: Printed by John Foster, 1678)です。この詩集はボストンで死後出版さ れました。1650 年版に加えて、家族や家庭、信仰とそれへの疑いなど、個人 的な感情を赤裸々に綴った作品が加えられています。今、彼女の詩作品で高く 評価されているのは、主として、死後出版の方に掲載されたものです。

後々アメリカ合衆国を作り、その理念的な支柱となった北米植民の人たちは、

プロテスタントたちです。国王を頂点とするイギリス国教会、アングリカン、

立教大学はアメリカ経由のアングリカンですが、彼らは、アングリカンにプロ テストしていました。

プロテスタントから見れば、アングリカンが聖書に忠実に従わず、神の教え をないがしろにしていると考えました。そして、このプロテスタントたちの中 心が、北米植民地では、ピューリタンです。ブラドストリートはピューリタン に属しますから、立教とはいわば、天敵同士になります。

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ピューリタンは、大まかに言えば、二つに分かれます。アングリカンの教え を表面上は受け入れ本土に暮らしながらじぶんたちの信仰を貫いていた人た ち。この人たちが、のちに、クロムウェルに導かれて、1649 年、ピューリタ ン革命を成功させ国王制を一時的に廃止させます。

もう一つのグループは、本土ではもう信仰の自由は確保できないので、北米 へ移住して新しい国家ニューエルサレムを作ろうとしました。これが、北米植 民の人たちですが、これも,ざっくりと言えば,二つに分けられます。メイフ ラワー号でやってきたプリマスの分離派か、アン・ブラドストリートらボスト ンの非分離派です。後者のボストンにやってきた人たちが、象徴的な意味で、「丘 の上の市」(“City upon a Hill”)の建設を謳いました。John Winthropが「すべ ての人びとが我らを注目する」と予言したのは、「クリスチャン的な愛の雛形」

のなかでしたが、この出典は、新約聖書「マタイ伝」の山上の垂訓です。

そして、実際、ボストンは小高い丘にあります。また、マサチューセツとは、

インディアン語で「大きな丘の場所」を意味していました。このように、聖書 にぴったりと当てはまる場所であるのは、単なる偶然なのでしょうが、でも、

彼らは、そうは考えませんでした。聖書で起きた事柄が自分たちに起きるとい う考え方をしていました。これが、タイポロジーという考え方です。これはア メリカを考える上でとても重要な発想法ですので、後でまた、言及します。

北米植民地は、あらゆる信教の自由をおおむね認めていたはずですので、ク エーカー教徒やアーミシュの人など、また、ユダヤ教徒たちも入ってきました。

公式なアメリカの歴史が教える通り、北米植民地建設を支えた社会的理念は、

神の元にみな平等であり、信教の自由と幸福追求の権利があるという民主主義 的なものでなければなりません。

しかし、北米の実際の政治運営の基本は、とりわけ、マサチューセツ湾岸植 民地は、白人男性が中心でした。完璧な男尊女卑の世界であり、女性が男性に 聖書の教えを説くことなど許されませんでした。神の元に平等なのは、実際は、

白人男性だけでした。

たとえば、聖歌隊です。もしも聖歌隊に女性が入っていれば、信仰する男た ちの頭上を女の歌声が流れるが、それは男にとって侮辱であるとして、聖歌隊 に女性が加わることを禁止していました。また、女性のスカート丈もくるぶし 下何センチと言った風な規制を受けていました。今なお、何処かの国の中学高 校では、こうした規制があります。

女性説教師Anne Hutchinsonがマサチューセツ湾岸植民地から 1638 年に追

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放されていますが、この裁判記録を見れば、女だてらに説教をして社会秩序を 乱したということが明らかな理由でした。彼女は、「神は、聖職者を通してだ けでなく『直接に各々の個人に語りかける』のだ」と伝道していました。この「信 仰至上主義」は、マサチューセッツ湾岸植民地の神政政治が聖書に抵触すると いう主張になって行きました。社会秩序を乱すという理由で追放されたり処刑 された者が、実は、何人もいます。やはり女性のMary Barrett Dyerは、イギ リス・イングランドの生まれのクエーカー教徒ですが、再三、クエーカー教禁 止令に違反した罪により、1660 年、マサチューセッツ州ボストンにて絞首刑 に処せられました。彼女は実は、若い頃に、アン・ハチンソンと出会ってその 薫陶を受けています。この 1660 年とは、まだ、アン・ブラドストリートが生 存中でもありました。民主主義社会、女性を含めて皆が自由で平等な社会が、

北米植民地で実現していたわけではありません。

では、その男性中心社会の 17 世紀北米植民地に生きたアン・ブラドストリー トは、そうした傾向にどういう態度をとったのか、という疑問を念頭におきな がら、彼女のアメリカ的な特徴を確認しましょう。

彼女は、最初に述べたように、権力者側の女性です。父トマス・ダドレーは、

今言及しました指導者ウインスロップとともに植民地の経営にあたりました。

アン・ハチンソン裁判時に、ジョン・ウインスロップと共に裁く側の一人でし た。渡米する前に結婚していた夫サイモン・ブラドストリートも、植民地経営 に常に関わっています。

さて、どこまで説明できるか難しいところですが、彼女の有名な作品を一つ 読んで、そこに、どういうアメリカ的な特徴、あるいは、反主流派的な特徴、

を指摘できるかを考えましょう。

“To My Dear and Loving Husband”

1. If ever two were one, then surely we.

2. If ever man were loved by wife, then thee;

3. If ever wife was happy in a man,

4. Compare with me, ye women, if you can.

5. I prize thy love more than whole mines of gold

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6. Or all the riches that the East doth hold.

7. My love is such that rivers cannot quench, 8. Nor ought but love from thee, give recompense.

9. Thy love is such I can no way repay, 10. The heavens reward thee manifold, I pray.

11. Then while we live, in love let’s so persevere 12. That when we live no more, we may live ever.

【訳】

「私の愛するやさしい夫に」

1. もしも二つがひとつなら それは まさしく私たち 2. もしも夫が妻に愛されるとしたら それは あなた 3. もしも妻が夫と暮らして幸せだというのなら 4. あなたがたご婦人方 比べるなら比べてみて 5. 私はあなたの愛を世界中の金鉱よりも 6. 東洋にあるすべての富よりも尊びます 7. 私の愛は 大水でさえ消すことは出来ないし 8. あなたからの愛だけがその報いになるのです 9. あなたの愛に 私がいかにしてもお返しできぬので 10. ただ天が何倍にもして償って下さることを祈ります 11. そしてこの世のある限り 愛しあって耐え抜きましょう 12. いのちの終わる時 私たちが永遠に生きられますように

この作品に見ることのできるアメリカ的な特徴として、まず第一に挙げるべ きは、これまでの話の流れから行って、聖書でしょう。現在でも、7 割から 8 割がクリスチャンであり、ダーウィンの進化論を教えることのできない州もな お存在するのが、アメリカ合衆国です。

17 世紀当時のピューリタンたちは、聖書を徹底して読みました。子どもた ちへの読み書き教育も義務として早い時期から始めました。義務教育制度は,

聖書を読むためですが、おそらく、世界初の試みだったかもしれません。そし て日々に、自分たちの 1 日の行いを反省して日記を認めました。

今から思えば、新約聖書だけを読んでいてくれたなら、どんなにこの世の中

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は穏やかだったかと思うのですが、彼らは、旧約聖書も読み込みました。旧約 には、他民族との戦いを主導する神、選ばれしユダヤ民族には穏やかで愛に満 ちた面を見せることもある神、しかし、悔い改めない罪人にはたとえユダヤ人 であっても呵責ない裁きと怒りを顕にする神が見えます。旧約聖書は、基本的 に、神とユダヤ民族・イスラエル国家との話です。これに比べて、新約聖書は、

神と個人との話です。こう単純化すると、本当のクリスチャンの方は、怒り出 すかもしれませんけれど、ただやはり、新約の神は、愛と平和の神であるよう に見えます。これは、イエス・キリストのおかげでしょう。

しかし、ピューリタンたちは、聖書を旧約・新約一体のもの、予兆・予言と その実現の関係として読みました。さらには、旧約で起きたことが新約で起き るように、聖書で起きることは、アメリカでも起きると信じていました。これ が先にも言いましたタイポロジーの発想です。

おそらく、神話や伝説を持たない人工国家アメリカが一種の国家神話を聖書 に求めたと言っていいかもしれません。彼らがインディアンを追い出すのは、

聖書によって正当化されます。それは、ユダヤ人たちが神に命ぜられて、既に 別の民族が住む土地へ行き、そこを彼らの居住地としたことが前例です。アメ リカン・ピューリタンたちは、神の意志とその実現を目指して、いわば、直線 的に進んでいきます。戻ってきません。彼らの前進は、神を求める者の前進な のです。大木英夫によれば、ピューリタンたちが好んで読んだ聖書の一節は、

次のものです。

主は、アブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて、わ たしが示す地に行きなさい。……」アブラムは主の言葉に従って旅立った。

ロトも共に行った。(新共同訳『聖書』「創世記」12:1-4)

この妻を伴うアブラムの旅立ちは、聖書に一貫して記憶され、たとえば、新約 の「ヘブル人への手紙」に受け継がれて、次のように言及されます。

信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地 に出ていくように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずにうけ つぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行き先も知 らずに出発したのです。(新共同訳『聖書』「ヘブル人への手紙」11:8)

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ですから、ある意味で、アブラハムが最初のピルグリムなのだと言えましょう。

タイポロジー(予型論)から言えば、アブラハムが予型であり、アメリカン・

ピューリタンたちが原型となる。

ところで、アブラハムが行けと言われた土地の名は、カナンなのですが、カ ナンとは、地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯の古代の地名です。

聖書で「乳と蜜の流れる場所」と描写され、神がアブラハムの子孫に与えると 約束した土地であることから、約束の地とも呼ばれる。ただし、実際にアブラ ムが移り住んで行ったカナンで何が起きたのかは、他の文献などにも頼りつつ、

推測するにすぎませんが、カナンは、イスラエル人到来前には民族的に多様な 土地であり、「申命記」によれば、カナン人とは、イスラエル人に追い払われ る 7 つの民の 1 つであった。

聖書には次のように書かれています。

その日、主はアブラムと契約を結んで言われた、「わたしはこの地(=カ ナン)をあなたの子孫に与える。エジプトの川から、かの大川ユフラテま で。すなわちケニびと、ケニジびと、カドモニびと、ヘテびと、ペリジび と、レパイムびと、アモリびと、カナンびと、ギルガシびと、エブスびと の地を与える。(「創世紀」15:1)

歴史上の事実から言えば、カナン人は実際にはイスラエル人と混住し通婚した と言われているが、聖書の言葉通りに取るなら、タイポロジー的解釈から言っ て、予型であるイスラエル人たちがカナン人をその居住地から追放したように、

原型であるアメリカン・ピューリタンたちは、インディアンを追放することと なる。そうして、北アメリカに移住してきたイギリス人たちピューリタンは、

海を渡ることで、アメリカン・ピューリタンたち、ひいては、アメリカ人に変 貌してゆくわけです。

次の引用では、神はイスラエルの民に、異民族との結婚を禁止し、異民族の 宗教を滅ぼすことを求めています。

あなたの神、主が、あなたの行って取る地にあなたを導き入れ、多くの国々 の民、ヘテびと、ギルガシびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、

(9)

ヒビびと、およびエブスびと、すなわちあなたよりも数多く、また力のあ る七つの民を、あなたの前から追いはらわれる時、すなわちあなたの神、

主が彼らをあなたに渡して、これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全 く滅ぼさなければならない。彼らとなんの契約をもしてはならない。彼ら に何のあわれみをも示してはならない。また彼らと婚姻をしてはならない。

あなたの娘を彼のむすこに与えてはならない。かれの娘をあなたのむすこ にめとってはならない。それは彼らがあなたのむすこを惑わしてわたしに 従わせず、ほかの神々に仕えさせ、そのため主はあなたがたにむかって怒 りを発し、すみやかにあなたがたを滅ぼされることとなるからである。む しろ、あなたがたはこのように彼らに行わなければならない。すなわち彼 らの祭壇をこぼち、その石の柱を撃ち砕き、そのアシラ像を切り倒し、そ の刻んだ像を火で焼かなければならない。(「申命記」7:1-5)

こうした他民族浄化といったことは今はもうない、現代社会ではどの民族も互 いに平等で互いに尊敬しあい、他民族との結婚も禁止していないと、現代を生 きるわれわれは、胸を張って言えるでしょうか。

ピューリタンたちは、聖書から外へ踏み出します。すなわち、実際のじぶん たちの行動や、じぶんたちのかかわる歴史上の出来事を、聖書中の事象に、タ イポロジー的に重ね合わせた。たとえば、彼らが北アメリカで行っている壮大 な事業もまた、神の意志であることを何度も確認しようとした。19 世紀の政 治的スローガンとして有名なManifest Destiny「明白なる運命」とは、神の意 思として、アメリカは、東海岸から西海岸までを支配するよう運命付けられて いるという確信でした。この「明白なる運命」とは、1845 年にJohn L. O’Sullivan が用いたのが初めてだと言われています。この時は、合衆国のテキサス共和国 の併合を支持する表現として用いられましたが、のちに合衆国の膨張を「文明 化」・「天命」とみなしてインディアン虐殺、西部侵略を正当化する標語となっ ていった。19 世紀末に、フロンティアが事実上消滅すると、米西戦争や米比 戦争、ハワイ諸島併合など、合衆国の帝国主義的な領土拡大や、覇権主義を正 当化するための言葉となる。

イギリスの帝国主義政治家で植民地大臣も務めたJoseph Chamberlainもま た、「マニフェスト・デスティニー」の語を使用し、「アングロ・サクソン民族

(10)

は最も植民地経営に適した民族であり、アフリカに文明をもたらす義務を負っ ている」と語っている。ちなみに、ナチスの頃に、宥和政策で後世批判されて いるチェンバレン首相は、彼の息子です。

聖書の中のユダヤ人たち同様、アメリカ人たちは、インディアンを追い出し て、何ら悔いるところがありません。神の命令であると正当化しています。聖 書の中の出来事が前例となって、現実にも起こると考えます。これが、アメリ カン・ピューリタンの特徴のひとつでした。ただ多分、内面では、やましさ、

というよりも、原罪意識があるのだと思います。ある人は、これを比喩的に語っ ていて、「アメリカ人は、じぶんたちが車で人をひき殺しながら、そのまま車 を運転し続けていることを知っているようなひとたちだ」と語っています。そ して、ここまでくれば、ユダヤ人とピューリタンたちとの親和性、仲の良さ、

は納得が行くのではないでしょうか。

シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の頃、ユダヤ人はイギリスに 300 人く らいしかいなかったと言われています。1290 年Edward Iのユダヤ人追放令が 生きていた。しかし、ピューリタン革命が成功した後、Oliver Cromwellが許 したので,次第にユダヤ人達がイギリスに戻ってきて、19 世紀には、ついに、

ユダヤ人がイギリスの首相となった。あのBenjamin Disraeliです。彼は、子 供の頃にアングリカンに改宗していました。このように、ピューリタンとユダ ヤ人との親和性は、非常に重要な話題なのですが、ここでは、指摘するだけに 留めます。

さて、アン・ブラドストリートの作品における具体的な聖書への言及を指摘 しましょう。まず、第一行目「もしも二つがひとつなら」は、有名なアダムと イヴの物語への言及です。

For this reason a man shall leave his father and his mother and cling to his wife and they shall become one fl esh. Both the man and his wife were naked and they felt no shame in each other’s presence. (Genesis 2:24-25)

この頃、夫婦は二人で一つ、といった考えが改めて強調され始めました。17 世紀前後から,プロテスタントの影響もあるのでしょうか,一夫一婦制の結婚 制度が確立し始めます。後で読む、同時代の詩人John Donneの作品でも確認

(11)

できますが、他にも例えば,ShakespeareのHamletにおける主人公ハムレッ トのセリフに、次のようなものがあります。そこで、国王に向かってお母さん と彼が呼び続けている場面ですが、これに怒った国王に対して、その理由を次 のように説明しています。

Hamlet

My mother: father and mother is man and wife; man and wife is one fl esh; and so, my mother. Come, for England! (Hamlet Act 4, Scene 3)

ハムレット

母ですよ。父と母は夫と妻だ、夫と妻は一つの肉体だ。だから母でしょう。

さあ、イングランド行きだ。

第7行目「私の愛は 大水でさえ消すことは出来ない」は、雅歌からの引用です。

愛は大水も消すことができない、洪水もおぼれさせることができない。も し人がその家の財産をことごとく与えて、愛に換えようとするならば、い たくいやしめられるでしょう。(Many waters cannot quench love; rivers cannot sweep it away. If one were to give all the wealth of one’s house for love, it would be utterly scorned.) (Psalm 8:7)

また、第 12 行目「私たち 永遠に生きられますように」とは、以下の引用に ある聖句が対応します。

I will not die but live, and will proclaim what the Lord has done. (Psalm 118:17)

Jesus said to her, “I am the resurrection and the life. The one who believes in me will live, even though they die;” (John 11:25)

「永遠に生きる」と言うのは、霊魂の不滅や、その救済を意味しますので、ク リスチャンにとってとても大切な概念でした。

さて、この作品に見られる第二のアメリカ的な特徴は、自己主張とその強さ

(12)

です。この作品では、夫婦愛の声高な強調です。第 4 行目にあるように、「あ なたがた ご婦人 比べるなら比べてみて」と、愛をいわば公にひけらかして 自慢します。

夫婦愛を歌った詩作品としては、先ほどちょっと名前を出しましたが、イギ リスの詩人ジョン・ダン(1572-1631)の“A Valediction: Forbidding Mourning”

が先行しています。彼は、イングランドの詩人、作家、後半生はイングランド 国教会の司祭となりますが、元々は、カトリックの生れ。イングランド国教会 に改宗するまで、宗教的迫害を経験した。このため、優れた教養と詩の才能に もかかわらず、長く貧困の中で生き、富裕な友人たちに頼らざるを得なかった。

1615 年に国教会の司祭になり、1621 年にセント・ポール大聖堂の首席司祭に 任ぜられています。以下、原詩と日本語訳ですが、下線は、筆者によるものです。

“A Valediction: Forbidding Mourning”

As virtuous men pass mildly away, And whisper to their souls to go, Whilst some of their sad friends do say,

“Now his breath goes,” and some say, “No.”

So let us melt, and make no noise, 5

No tear-fl oods, nor sigh-tempests move;

’Twere profanation of our joys To tell the laity our love.

Moving of th’ earth brings harms and fears;

Men reckon what it did, and meant; 10

But trepidation of the spheres, Though greater far, is innocent.

Dull sublunary lovers’ love

(Whose soul is sense) cannot admit

Of absence, ’cause it doth remove 15

The thing which elemented it.

(13)

But we by a love so much refi ned, That ourselves know not what it is, Inter-assured of the mind,

Careless, eyes, lips and hands to miss. 20

Our two souls therefore, which are one, Though I must go, endure not yet A breach, but an expansion,

Like gold to aery thinness beat.

If they be two, they are two so 25

As stiff twin compasses are two;

Thy soul, the fi x’d foot, makes no show To move, but doth, if th’ other do.

And though it in the centre sit,

Yet, when the other far doth roam, 30

It leans, and hearkens after it,

And grows erect, as that comes home.

Such wilt thou be to me, who must, Like th’ other foot, obliquely run;

Thy fi rmness makes my circle just, 35

And makes me end where I begun.

別れ、嘆くのを禁じて

有徳の士は、穏やかにこの世を去り

(じぶんの)魂に行けと囁く 傍らでは悲しむ友が何人か

「今息絶えた」と言い、「まだだ」と別の者が言う まさにそのように 我らは 溶け合い決して騒がず

(14)

涙の洪水や溜息の嵐は起こさずにおこう 我らが喜びを汚すつもりなら

俗人たちに我らが愛を語っても良いが

大地の揺れが害と恐れを引き起こす

人は揺れが何をし、何を意味するか考える しかし天球(宇宙)の振動は

かなり遠くの出来事だが 無邪気なものだ(害を与えない)

鈍感な地上の恋人たちの愛は

(彼らの魂が感覚なので)認められないのだ いないということを だって いなければ

愛を構成する物が取り去られるためだ

けれど 我らは愛によって洗練されているから 不在とは何なのか ちっとも判らない 互いに互いの心を確信しているから

目や唇や手がそばに無くても気にしない

我らが二つの魂はしたがって ひとつであるが 私が行かねばならないとしても

裂け目を許すわけがない むしろ広がり

金箔のように空気のような薄さへ打ち広げる

もしも我らが二つの魂が二つであるとすれば 確かに硬いコンパスの脚のように二つだが おまえの魂が固定された脚であり、ちっとも

動く様子を見せず しかしもうひとつの脚が動けば動く

中心にしっかりと座り

でも もうひとつがずうっと遠くへ出掛けると それは傾き その声へ耳を傾ける

そして戻れば また 真直ぐになる(=ひとつになる)

(15)

そういうものなのだ 我らの関係は おれが

もうひとつの脚のように 斜めに走らねばならないが おまえがしっかりしているので おれの描く円が正しく美しく

おれは始まったところで閉じることが出来る

これは、1611 年、ダンが大陸へ渡る際に、妻へ与えたと言われている作品 ですが、第 2 連でわかる通り、ダンにとって、愛は秘めるべきもの、ふたりだ けの慎ましいものであって、決して、人前で自慢するようなものではありませ ん。第 6 連では、アン・ブラドストリートと同様に、「二つはひとつ」と指摘 するが、彼女ほどに単純ではなくて、第 7 連では、もしも二つが二つだとした ならの話を始めます。ただ、それでも結局は、二つでありながら、それはコン パスの 2 本の脚のようなもので最後は、一本になるのだとうたっています。

こうした感性、愛は秘め事,他人にひけらかしたり自慢したりするものでは ない、というのは、日本人の伝統的な感性と共鳴しますが、ではなぜ、アン・

ブラドストリートは、「我が愛する大切な夫へ」第 4 行目にあるように、じぶ んたちの愛をひけらかし、自慢するのでしょうか。勿論、これは、フィクショ ン、虚構であって、実際の日常生活の中でそう言った場面を想定するのは難し い、とは言えますが、おそらく、信仰と信念に基づいて大西洋を渡ることが、

もともとイギリス人であった者を新しいタイプの人間、今から言えば、アメリ カ人、に変えたのでしょう。

当時、大西洋を渡る事は、月に行くような、命がけの話でした。こうした時、

じぶんたちの行為や目的を言語化すること、死者を出しながら数ヶ月かけて大 西洋を渡ってきたじぶんたちの決意と苦労を言語化することは、おそらく、決 して自慢ではなくて、事実として神の偉業達成の一助となるとの確信でしょう。

いわば、言語化することが現実化することであり、現実化されるものは、須ら く言語化されるというアメリカ的な特徴の表れです。その初期の例として、こ のブラドストリートの愛の公言、愛の自慢を捉えることができます。

そしてここで強調されている、愛に基づく夫婦関係ですが、先のハムレット への言及のときにも言いましたが、ピューリタンを中心に、一夫一婦制と言う 結婚制度が広がっていきました。北米植民地から、とは俄かには断定できない のですが、はっきりしているのは、「結婚」という概念が重視され始めたとい う点です。それまでは、カトリックの修道院が象徴的に示す様に、独身主義が 理想でした。しかし、ピューリタンたちは、神との契約を結婚の例えで説明し

(16)

ました。彼らにとって、結婚は、神の恩寵の表れでした。

ええ、この作品だけを見ると、結婚制度の確立とその制度の中での夫婦愛の 確かさ、男女の平等といった姿が伺えます。確かに、彼女たちの結婚生活が非 常に特徴的で象徴的だとは言えますが、身も蓋もない言い方をすれば,植民地 やアメリカ全体からみると、これは、特権階級の例外的な家庭の姿であり、大 多数の結婚生活の実態とはかけ離れていたはずです。

女性は、あの頃、男と対等に愛を交わし合う者ではなくて、欲望の対象であり,

結婚すれば、妻とは言いつつ、家庭内労働者として、あるいはもっと酷い言い 方をすれば、一種の性的奴隷として見なされていました。19 世紀になっても、

女性作家たちは、その小説の中で、夫の家庭内暴力からいかにして女性が逃れ るかを小説の主題として何度も取り上げていました。そうした現実があるから こそ,19 世紀の小説家ホーソンの有名な小説『緋文字』は、男女の対等な愛 が成立するのかどうかをテーマの一つとしました。少なくとも,ヘスター・プ リンは、不倫の相手であり恋人であるディムズデイルを「友人」とみなしてい ました。

なお、ここでひとつ断っておきたいのですが,ブラドストリートの詩とダン の詩がともに夫婦愛をうたっているので、英米詩をあまり読まない方々は、詩 の主要な主題の一つが夫婦愛なのかと思われるかもしれませんが、それは誤解 ですので。ここでのぼくの紹介でそう思わせたのなら、ごめんなさい。

夫婦愛を含むジャンルは、大きく言えば,恋愛詩と言って良いでしょうが、

恋愛詩のほとんどは、男が若くて美しい女性を讃えつつ近づこうとする作品、

それもほとんどは,結婚前の女性を口説こうとする作品、ですので、ここで紹 介した作品は非常に珍しい方だと言えます。特に結婚した女性が、結婚相手を 尚慕うと言うのは,稀だったと思います。日本だと、先頃亡くなった茨木のり 子さんが夫を慕う作品を遺稿集で残していますが。

さて、この詩からうかがえる第三のアメリカ的な特徴は、金銭感覚です。第 5 行目、第 6 行目、「私はあなたの愛を世界中の金鉱よりも/東洋にあるすべ ての富よりも尊びます」とあります。いかがでしょう、愛や結婚と比較すべき 対象は、お金なのでしょうか。確かに、当時は、多くの船が一獲千金を求めて 黄金の国ジパングを目指した大航海時代であり、かつ、それが収束する頃です けれど、でも、どうでしょう、信仰第一主義にいたはずのピューリタンたちが、

どうして、愛を金鉱や富と比べるでしょうか。せめて「あなたの愛は、百万本

(17)

のバラよりも尊い」とか言うべきではないでしょうか。彼女は何故、こういう 表現を選んだのでしょうか。

おそらく、彼女の日常生活の中で、金銭や財政のことが常日頃から話題になっ ていたのだろうと、まずは、推測します。こんなことを言うとびっくりされる 方も、いやいや、そうだろうなと思う方もいらっしゃるでしょうが、実は、北 米植民地は、全て、株式会社の経営でした。理念的には、信仰者を中心とした エリート民主主義、信教の自由と平等を掲げる市民精神がこの北米の地に根付 き、のちのアメリカ合衆国建国の民主主義的な理念へ繋がったと言われていま すが、まさしく、財政も理念の内でした。

大学入試のための世界史の暗記事項として、1600 年イギリス東インド会社 設立というのがありましたが、これを嚆矢として、イギリスは勿論,オランダ、

フランスなどでも次々に株式会社が設立されました。西インド会社と言うのも あります。誕生の時から、株式会社にはグローバル化の遺伝子が組み込まれて いたわけです。マサチューセツ湾岸植民地でも、総督とは、湾岸植民地株式会 社の社長であり、その経営に携わる人たちは、総督も含めて、株主でもありま した。そして、ブラドストリートの父や夫は、その経営に深く関わっています。

ですので、彼らは,ロンドンの株主にどう配当金を払うのかに頭を悩ましたで しょう。言い換えるなら、アメリカという国は、その植民地時代から株式会社 によって経営され、支えられてきました。ポカホンタスで有名なヴァージニア 植民地や、メイフラワー号で歴史に名を留めるプリマス植民地も、全て株式会 社の経営でした。株式会社がアメリカを作ったといっても過言ではありません。

ですので、アメリカ人には,金銭感覚が身に染み付いていると言ってもよいの ではないでしょうか。

以下の引用は、有名なマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の演説 です。1963 年 8 月 28 日ワシントン大行進の際に、キング牧師の行った「わた しには夢がある」という非常に有名な演説ですので、読んだことも聞いたこと もある方が多いと思います。彼は、この演説の中で,自由を手に入れようとす る黒人運動を、やはり、お金の比喩で語っています。以下に、その箇所を引用 し、訳も借用したものを示しておきます。

マーティン・キング・ジュニア牧師の演説。【原文】

In a sense we’ve come to our nation’s capital to cash a check. When the architects of our republic wrote the magnifi cent words of the Constitution

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and the Declaration of Independence, they were signing a promissory note to which every American was to fall heir. This note was a promise that all men, yes, black men as well as white men, would be guaranteed the “unalienable Rights” of “Life, Liberty and the pursuit of Happiness.” It is obvious today that America has defaulted on this promissory note, insofar as her citizens of color are concerned. Instead of honoring this sacred obligation, America has given the Negro people a bad check, a check which has come back marked

“insuffi cient funds.”

But we refuse to believe that the bank of justice is bankrupt. We refuse to believe that there are insuffi cient funds in the great vaults of opportunity of this nation. And so, we’ve come to cash this check, a check that will give us upon demand the riches of freedom and the security of justice.

【日本語訳】「私には夢がある」1963 年 8 月 28 日

ある意味で、われわれは、小切手を換金するためにわが国の首都に来て いる。われわれの共和国の建築家たちが合衆国憲法と独立宣言に崇高な言 葉を書き記した時、彼らは、あらゆる米国民が継承することになる約束手 形に署名したのである。この手形は、すべての人々は、白人と同じく黒人 も、生命、自由、そして幸福の追求という不可侵の権利を保証される、と いう約束だった。

今日米国が、黒人の市民に関する限り、この約束手形を不渡りにしてい ることは明らかである。米国はこの神聖な義務を果たす代わりに、黒人に 対して不良小切手を渡した。その小切手は「残高不足」の印をつけられて 戻ってきた。

だがわれわれは、正義の銀行が破産しているなどと思いたくない。この 国の可能性を納めた大きな金庫が資金不足であるなどと信じたくない。だ からわれわれは、この小切手を換金するために来ているのである。自由と いう財産と正義という保障を、請求に応じて受け取ることができるこの小 切手を換金するために、ここにやって来たのだ。

キング牧師は、お金の比喩を使って、現在のアメリカの差別の状態に抗議し ています。リンカーンの奴隷解放宣言が不渡り小切手になったと表現してい ます。

(19)

いわゆるアメリカンジョークといわれるものに接したかたは分かっていると 思いますが、アメリカのジョークは、セクシャルなものと同じくらい、お金に まつわるものが多いのです。

この視点から翻って、アン・ブラドストリートを読み直せば、第 8 行目から 10 行目に掛けてのあたりなど、どうでしょうか。これは、夫の愛への感謝と 高い評価がうかがわれるのですが、でも、愛が無償ではないように読めます。

じぶんの愛に対して、報いがある、それは、「あなたからの愛」であり、その「あ なたの愛」に対して、じぶんは「お返しできない」ので、天が代わって何倍に も「報いる」ことを求めています。この発想は、ひょっとして、株主に対して 配当で報いる株式会社的な発想が反映しているのかもしれません。

では、この詩には、プロテスト精神がうかがえるのでしょうか。

ブラドストリートは、社会的には、女性への差別があるのを知っていました。

ボストンから追放された女性アン・ハチンソンのことをもちろん知っていたで しょう。ある意味、彼女自身も、社会的な差別を受けているといえます。例え ば、生まれた年が正確には分かっていません。また、彼女のお墓がどこにある のか、まだ分かっていませんので、多分、もう分からないでしょう。最後に過 ごしたアンドーヴァーには、記念碑は建っていますが。

ただし、夫の方は、正確な生年月日や、正確なお墓の位置が知られています。

これを見ても、社会的な扱われ方が男女で違うことが分かりますけれど、ただ、

少なくともプライヴェートな家庭生活の中では、この作品にあるような愛に溢 れた、男女平等と言える結婚生活を送っていたのでしょうし、またそれを言語 化し詩作品とすることで、女性の地位向上へ資するところがあるのではないで しょうか。ここで詳しく触れることはできませんが、彼女の別の作品で、配偶 者同士の関係を「友人」と位置付けている作品があります。以下の引用です。

元々、病弱であったのに、8 回の妊娠出産を経験するのですから、彼女の場合は、

それぞれで死の恐怖と戦ったのではないでしょうか。この「出産の前に」がい つ、どの子どもの出産を前にして書かれたのかは、正確にはまだ分かっていま せんが、もしも死んだなら、と仮定して、遺書代わりにこの作品を残してゆく、

と言う想定で書かれています。そこには、愛によって命令されてこの遺書をか いていること、死ぬことを運命として受け入れながらも,自分が死んだ後の夫 の姿を想像し、この世に思いを残していることなどが分かります。とくに、子 どもことや、じぶんの死後に再婚して入ってくる女性への嫉妬などがあからさ

(20)

まに読み取れます。

“Before the Birth of One of Her Children”

All things within this fading world hath end, Adversity doth still our joys atttend;

No ties so strong, no friends so dear and sweet, But with death's parting blow is sure to meet.

The sentence past is most irrevocable, A common thing, yet oh, inevitable.

How soon, my Dear, death may my steps attend, How soon’t may be thy lot to lose thy friend , We both are ignorant, yet love bids me These farewell lines to recommend to thee, That when that knot’s untied that made us one , I may seem thine, who am none.

And if I see not half my days that’s due,

What nature would, God grant to yours and you;

The many faults that well you know I ahve Let be interred in my oblivious grave;

If any worth or virtue were in me, Let that live freshly in thy memory

And when thee feel’st no grief, as I no harms, And when thy loss shall be repaid with gains Look to my little babes, my dear remains.

And if thou love thyself, or love’st me, These O protect from step-dame’s injury.

And if chance to thine eyes shall bring this verse, With some sad sighs honour my absent hearse;

And kiss this paper for thy love’s dear sake, Who with salt tears this last farewell did take.

A.B.

(21)

「出産の前に」

この虚ろいやすい世の中のすべてに終りがあり 苦しみはなお わたしたちの喜びにつきまとう どんなに強い絆でも どんなに大切で優しい友でも 必ず 死という別れの一撃が やってくるのです 過去の判決は 覆せません

普通のことですけれど でも ああ 避けられません

どんなにすばやく ねえあなた わたしの足下に 死がまとわりついて どんなにすばやく  あなたの友人 を失う運命に あなたは あるので しょうか

わたしたち二人とも知りませんけれど  愛が わたしに こうしたさよならの手紙をあなたへと 命じます

わたしたちを一つにしていた絆 がほどけても

ほんとうは何ものでもないわたしが あなたのものに見えますようにと もしも わたしが残されるべき日々の半分も 見ることができないのなら 自然が許すものを 神が あなたの日々とあなWたに許しますように あなたならよく知っているわたしの多くの欠点は

忘れてくれるお墓の中に わたしと一緒に埋めてください 何か優れたところや良い点がわたしにあるなら

どうか あなたの思い出に鮮やかに残してください

わたしに何の不都合もありませんから あなたが悲しみを感じず あなたの損失が別の獲得で補填されるのでしたら

わたしのかわいい子ども わたしの大切な忘れ形見の面倒は見てください あなたがあなた自身を愛していようと わたしを愛していようと

こどもたちは お願いですから 継母の仕打ちから守ってください そして もしも偶然 この詩があなたの目に触れるなら

せめて悲しいため息をついて わたしのいない棺を大切にしてください あなたを愛した者を大切に思うなら この紙に口づけしてください その者は 塩辛い涙で この最後のさよならを言うのですから A.B.

彼女たちの結婚生活は、一夫一婦制の下、男女分業、すなわち、男が外で働

(22)

き女が家事育児をする、という制約はあったにしろ、対等な関係であったと推 測できます。そして、男尊女卑の時代、女性が家庭内の奴隷であることが普通 であった時代、において、男女の対等な夫婦関係を表現すること自体が、プロ テストであったと考えられます。

では、宗教的なプロテストは、見られるのでしょうか。

もとの作品「私の愛するやさしい夫に」に戻ってください。その最後の 12 行目「いのちの終わる時 私たちが永遠に生きられますように」ですが、日本 的な感覚では、なんの不思議もないでしょう。日本には、この世で一緒になれ ない男女が、あの世で一緒になろうという心中の話まであります。でも実は、

ピューリタンの正統派は、先の作品でも「わたしたちを一つにしていた絆」が 死後は解ける,つまりは、解消されると書いてある通り、結婚をこの世のもの と位置付けています。来世にこの世のことを持越すことは出来ません。ですの で、「私たちが永遠に生きる」という表現は、誤解を招く言い方であるばかりか、

反正統派の読み方をすることができます。

これに関して先ほど紹介した聖書の引用箇所に戻って確かめてみれば、たし かに、永遠に生きる者は、すべて、主語が単数でした。あるいは、一般論で、

言われています。夫婦二人を特権的に、かつ、ともに救済するという考え方は、

おそらくキリスト教には無いのではないでしょうか。キリスト教では、すべか らく、個々の霊魂が救済される話でしょうから、アン・ブラドストリートのこ の作品で、夫婦をさす一人称複数形が主語となって「永遠に生きる」ことを願 うのは、正統派への挑戦と読むことが可能です。

そもそも、アン・ブラドストリートは、必ずしもピューリタンの教えを 信じていた訳ではないと断言する批評家もいます。(Samuel Eliot Morrison, Builders of the Bay Colony)確かに、アン・ブラドストリートの残したエッセイ の中には、三位一体の神がいるのだろうかとか、信頼の置ける救済者がいるの だろうかという疑いが見出せます。この程度の疑いは、実は、ピューリタンに とっては信仰を深めるためには、逆説的に必要な疑いであるとも言えるのです が、でも、たとえば、じぶんたちのピューリタンの神も正しいかもしれないが、

でも、カトリックの神が正しくないということがあるのだろうか、彼らも私た ちと同じ神、同じキリスト、同じ言葉を持っていて、ただ、解釈が違うだけで はないのか、といったコメントは、かなり際どいのではないでしょうか。ピュー リタンだけでなく、プロテスタントそのものへの疑問となっていますのです ので。

(23)

アン・ブラドストリートの作品には、他の形でも、プロテスト精神が見いだ されます。彼女は、他の作品でも「夫婦は二人で一つ」という同じコンセプト で、夫婦愛を歌っていますが、その中で、あからさまに、身体的で性的な言及 を含む作品があります。それは、次の引用です。現代のどぎついセクシャルな 表現から比べれば、穏やかなものですが、あからさまに、現世的・世俗的でセ クシャルであり、とてもピューリタンとは思えませんし、こうした表現がピュー リタン世界で許されたとも思えません。ピューリタンたちは、セクシャルで時 には卑猥な表現もあるシェイクスピアを憎み,劇場を閉鎖し、文学を読むこと、

書くことを禁止した人たちです。

“A Letter to Her Husband, Absent upon Publick Employment”

My head, my heart, mine eyes, my life, nay more, My joy, my magazine of earthly store,

If two be one, as surely thou and I,

How stayest thou there, whilst I at Ipswich lie?

So many steps, head from the heart to sever, If but a neck, soon should we be together.

I, like the Earth this season, mourn in black, My Sun is gone so far in's zodiac,

Whom whilst I ’joyed, nor storms, nor frost I felt, His warmth such frigid colds did cause to melt.

My chilled limbs now numbed lie forlorn ; Return; return, sweet Sol, from Capricorn;

In this dead time, alas, what can I more

than view those fruits which through thy heart I bore?

Which sweet contentment yield me for a space, True living pictures of their father’s face.

O strange effect! now thou art southward gone, I weary grow the tedious day so long;

But when thou northward to me shalt return, I wish my Sun may never set, but burn Within the Cancer of my glowing breast,

(24)

The welcome house of him my dearest guest.

Where ever, ever stay, and go not thence, Till nature’s sad decree shall call thee hence;

Flesh of thy fl esh, bone of thy bone, I here, thou there, yet both but one.

私の頭、私の心、私の眼、私の命、いえ、更に、

私の喜び、私のこの世の貯えよ、

もしも 2 人がひとつなら、確かに 私たちがそうでしょう

そちらでいかがお暮らしでしょうか、私がイプスウィッチにいるのに?

心から頭を引き離すには 多くの段階が必要でしょうが

でも首だけならば(首が無くても?)すぐ私たち 一緒になれるでしょう 私は この季節の大地のようです 黒い服を着て悲しみ

私の太陽が黄道遠く行ってしまったので

太陽が側にいた時は 嵐も 霜も 私は感じなかった 太陽の温かみは どんな厳しい冷たさも 解かしてしまった 今 私の冷えた足が マヒして 途方に暮れて 横になる 戻って、私の素敵な太陽よ、山羊座のほうから戻ってきて

この死んだ時間の中で 悲しいかな あなたの熱で私が保っていた これらの果実を見る以上の何が 私に出来るでしょうか?

その甘い実が 私に ある余裕を与え 彼らの父の顔を 真に 生き写しに見る

おお、奇妙な話だ! いま あなたは 南へ行ってしまい 私は そんなにも長い退屈な日々に飽き飽きします

でも いつ あなたは 北にいる私の方へ戻るのでしょうか 私の望むのは 私の太陽が 決して 沈まず

私の輝く胸のうち 蟹座のなかに 燃える ことです

その歓迎する家での もっとも大切なお客様

そこにずっと ずっと とどまって でかけないでください ええ 少なくとも 自然の悲しい定めが来るまでは

あなたの肉の肉 あなたの骨の骨

私はここに あなたはそこに でも 2 人はひとつです

(25)

繰り返しますが、アン・ブラドストリートは、権力者側の人間です。父だけ でなく、夫も植民地の高官であるので、男女平等をあからさまに唱えたり、女 だてらにお説教をするとか、父権社会へ公然とプロテストすることは、ありま せんでした。実際、プロテスタント精神が垣間見られる、これらの作品はすべて、

死後出版(1676 年)です。しかし、当時の正統派に寄り添いながらも、女と して妻として信仰者として、時の風潮へプロテストしていることは確かでしょ う。ですから、第四のアメリカ的特徴として、プロテスト精神、すなわち、男 尊女卑の現状のなかで男女平等をうたう、正統派ピューリタニズムの教えへ異 議を申し立てる、性的な抑制が強い社会であからさまに性的表現を行う、とい う三点を指摘できます。

繰り返しになりますが、アメリカは、ピューリタンたちを主とするプロテス タントの作った国です。

プロテスタントとは、プロテストする人たちという意味です。

このプロテストは、権力者たちや、決定権を持った人たちに対して行われま す。当たり前のことですが、学生が教員にプロテストすることはありますが、

教員が学生にプロテストすることはありません。社員が社長にプロテストする ことはありますが、社長が社員にプロテストすることはありません。

ですので、プロテストする人たちが権力を握り、強権を行使するようになる 時、アメリカは一体どうなるのでしょうか。また、本来のプロテスト精神はど うなるのでしょうか。

現在のトランプ政権。あれほど、女性蔑視、異民族排除、反民主主義である 政権なのに何故倒れないのか、一種、不思議な感じがしますが、でも、倒れま せん。依然として 40%近い支持率を誇ります。この支持率は、岩盤の数字であり、

しかも、女性の支持者が多いので、とても侮ることができません。

アン・ブラドストリートが生きた植民地時代から見れば、トランプ政権は、

アメリカ建国の際の本質そのものではないにしろ、その一端を体現していると 言えます。アメリカ・ファーストと言っていますが、実際には白人ファースト、

とりわけ、白人男性ファーストであり、父権主義、男性中心主義への回帰です。

そして、お金への執着が見えます。

したがって、言い過ぎる言い方を許してもらえば、トランプ大統領が代表 する動きは、17 世紀に北米へ植民した時代への回帰運動であるともいえます。

(26)

アメリカ建国の際の非常に悪い面なのですが、だからこそ、意外としぶとく根 強いのでしょう。しかし、トランプ大統領を許すようなアメリカこそ、プロテ ストされるべきではないでしょうか。

アメリカの歴史のなかで、このプロテストの精神を主として担って来たのが、

ご存知の通り、アメリカ文学です。ソロー、ディキンソン、メルヴィル、パウ ンド、カミングズ、フォークナー、サリンジャーと続くアメリカ文学は、常に 主流派への異議申し立てを行う中で、人間の尊厳、人間の自由を守ろうとして きました。そして、その嚆矢を、アン・ブラドストリートに見ることができる のではないでしょうか。

なお、プロテスト精神を体現する人たちが必ず現れるのが、アメリカの凄さ です。ご存知の通り、アメリカン・フットボールNFLから始まりプロ野球の MLBに広がったプロテスト「国歌斉唱の際に立ち上がらずに片膝をつく抗議 行動」や、ハッシュタッグ#MeTooというプロテスト活動があります。前者は、

アメリカの警察官がアフリカ系アメリカ人に対して行った人種差別的行為への 抗議を示すものですし、後者は、男たちからセクハラを受けた女性たちが次々 に名乗りを上げる抗議行動を示しています。

トランプ大統領は、今、下院での弾劾対象となっています。

また、ニューヨークタイムズによれば、同社の女性記者E. Jean Carrollさん が、20 数年まえに彼女に性的暴力をふるったとされるトランプ大統領を、現 在、名誉毀損で訴えているということです。この 11 月 4 日の記事です。他にも、

テレビ番組で共演していたSummer Zervosという女性からも同様の訴状が出 ていて、現在係争中だということです。

こうした、人権意識の高さ、徹底した平等意識、自由の感覚が、トランプ政 権が再現しようとする男性優位社会、白人優位社会へのプロテストを促すので しょう。

(本稿は、2019 年 12 月 21 日に開催された立教英米文学会講演会の口頭発表 にもとづくものである。)

参照

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