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「夫婦の絆」の過去・現在・未来 : 〈生活の共同 〉と〈愛情〉の視点から

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(1)

〉と〈愛情〉の視点から

その他のタイトル The past, present and future of marital bonds in the post‑war Japan: with reference to

couples' emotional relationships and cooperation for livelihood"

著者 大和 礼子

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 43

号 1

ページ 1‑20

発行年 2011‑11‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/7994

(2)

「夫婦の絆」の過去・現在・未来

〈生活の共同〉と〈愛情〉の視点から

大 和 礼 子

The past, present, and future of marital bonds in the post-war Japan:

with reference to couples’ emotional relationships and cooperation for livelihood

Reiko   YAMATO

Abstract

This study explores how marital bonds are maintained during the low-economic growth period since the mid-1970s in Japan. The author conceptualizes marital bonds as shared responsibilities and outcomes of paid work (breadwinning) and unpaid work (housework and caring) for family members. Data obtained from the National Family Research of Japan conducted in 1999 are analyzed. Results are as follows. First, during the low-economic growth period, the wivesʼ responsibility and actual contribution to breadwinning for the family has increased while the husbandsʼ contribution in the housework and caring work has not.

The institutional support for facilitating men’s work-family balance has not developed either. Second, with husbandsʼ low contribution in  the housework on the one hand and poor institutional support for it on the other, wives with high-income husbands but no small children have the highest marital satisfaction, whereas the other wives such as those with small children or those with a low-income husband have lower marital satisfaction. Third, for the latter wives, it is only the husbandsʼ personal efforts of frequently expressing their affection to the wives that increase those wivesʼ marital satisfaction. In conclusion, it is discussed that in order to tackle the problem of youth low marriage rates and low fertility, public measures for facilitating work-family balance are needed.

Keywords: marital relationships, cooperation for livelihood, emotional bond, breadwinning, housework, life stage, low economic-growth period, Japan

抄  録

 本研究では日本における夫婦関係を、1970年代半ばの低成長期以降に焦点をあてて分析する。分析枠組 みとして「夫婦の絆」を、〈生活の共同〉と〈愛情〉(情緒的側面)の 2 側面に分け、さらに前者の〈生活 の共同〉は配偶者が稼ぐ〈お金〉を共有することと、配偶者が行う〈家事〉(育児・介護も含む)の成果を 共有することという 2 つの要素からなるという枠組みを採用する。

 まず第 2 次大戦後〜高度成長期において、〈生活の共同〉と〈愛情〉がどのようなものだったかについて 先行研究をもとに述べる。次に低成長期〜現在に焦点を当て、〈生活の共同〉と〈愛情〉、そして両者の関 係がどう変化したかについて、「家族についての全国調査」(NFRJ98)のデータを用いて分析する。その 結果、次のような知見を得た。①低成長期以降、男性 1 人の収入で生活できる家族と、妻による補助的就

(3)

労を必要とする家族の 2 つに分化した。②女性の家計収入への貢献は増したが、男性の家事への貢献はそ れほど増えていない。またそれを支援する制度も発達していない。つまり低成長期以降の〈生活の共同〉

とは、女性の家計収入への貢献が期待され実際に貢献が高まっているにもかかわらず、男性の家事への貢 献はそれほど進まずそれを支える制度もないというものである。③このような〈生活の共同〉の中で、結 婚満足感が高いのは「乳幼児なし、かつ、夫が高収入」という夫婦であり、「乳幼児あり」あるいは「夫の 収入があまり高くない」という夫婦の結婚満足感は高くない。④しかし夫からの〈愛情〉表現は妻の結婚 満足感を高める効果が高い。つまり男性の中で〈愛情〉表現を頻繁にする人は、家事分担が難しいという 現行制度の不備を、〈愛情〉を示すという個人的努力によって補っているといえる。

 最後に以上の結果をふまえて、若者の非正規化とその結果としての結婚難・出産難が進む中で、彼らの

〈生活の共同〉面を支える制度の必要性について論じる。

キーワード:夫婦関係、生活の共同、愛情、家計、家事、ライフステージ、低成長期

1 .〈生活の共同〉と〈愛情〉

「夫婦の絆」としての〈生活の共同〉と〈愛情〉

 現代日本人は「夫婦の絆」として何を求めているのか。表 1 は「結婚相手に希望する条 件」についての調査結果である。これによると、男女とも第 1 位は「性格が合う」である が、 2 位として男性は「家事ができる」を、一方、女性は「収入の安定」を求めている(山 田  1996)。家事能力や安定した経済力は、結婚という〈生活の共同〉が経済的・物質的に

表1   結婚相手に希望する条件(%)

男性からみた〈妻の条件〉 順位 女性からみた〈夫の条件〉

性格が合う (74.8) 第1位 性格が合う (77.9)

家事ができる (39.9) 2 収入の安定 (51.0)

家庭を第一に考える (35.7) 3 家庭を第一に考える (45.6)

自分にない性格をもっている (30.1) 4 共通の趣味をもっている (26.5)

共通の趣味をもっている (24.5) 5 自分を束縛しない (24.5)

自分を束縛しない (24.5) 6 金銭感覚が似ている (23.0)

容姿 (22.4) 7 自分にない性格をもっている (17.2)

金銭感覚が似ている (11.2) 8 容姿 (8.8)

収入の安定 (4.2) 9 収入が高い (8.3)

学歴 (2.8) 10 学歴 (7.8)

資産 (2.8) 11 資産 (2.9)

収入が高い (1.4) 12 家事ができる (1.4)

出典:湯沢雍彦,1995『図説  家族問題の現在』日本放送出版協会.p.87。

資料出所:「国民生活選好度調査」(1992)。

(4)

うまくいくための条件である。それに対して性格が合うことは、お互いに〈愛情〉を感じ られる関係を築くための基礎であり、結婚生活が精神的・情緒的にうまくいくための条件 であると考えられる。つまり図 1 にまとめたように、現代人が夫婦関係に求めているのは、

〈生活の共同〉という経済的・物質的な絆と、〈愛情〉という精神的・情緒的な絆である。

 前者の〈生活の共同〉は、配偶者の一方あるいは両方が稼ぐ〈お金〉を共有することと、

配偶者の一方あるいは両方が行う〈家事〉の成果を共有することという 2 つの要素からな っている(山田  1994)。ここで〈家事〉には、育児・介護などのケア労働も含むと考えら れるので、この論文では、家事をそのような意味に用いる。

 また夫婦間の〈生活の共同〉は、様々な方法で行うことができる。表 1 の回答者の多く が考えているように、「夫がお金を稼ぎ、妻が家事をする」という方法のほかに、「お金を 稼ぐのは夫と妻が共同で行うが、家事は妻だけが行う」というやり方もあれば、「夫婦が共 同でお金を稼ぐこと・家事をすることの両方を行う」というやり方もある。また最近の若 い女性にとっての理想とは、「夫はお金を稼ぐことと家事、妻は家事と趣味(的仕事)」だ と論じる人もいる1)

家族関係の法的・制度的保護

    もう 1 つ付け加えておきたいことは、〈生活の共同〉と〈愛情〉という絆が求められるの は夫婦に限らないし、「家族」にさえも限らないということである(ここで「家族」とは、

婚姻関係と血縁関係でつながった 2 〜 3 親等以内の少数の人々、つまり夫婦・親子・兄弟 姉妹などの近い親族という意味で使っている)。〈生活の共同〉と〈愛情〉は、日常生活を ともにするどのような人に対しても求められるものである。たとえば、友人とのルーム・

シェアリングであれ(久保田  2009)、学校や会社の寮であれ、それがある程度の長期にわ たって続くものであれば、程度の差はあれ、生活のためにお金を出しあうことや家事・雑用 を分担すること、そしてお互いに好意をもてるような関係を築くことは、絶対必要である。

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図 1  「夫婦の絆」の内容

(5)

 しかしながら近代社会には、〈生活の共同〉を「家族」の範囲内ですることを優遇し、そ れ以外の人々とすることを不利に扱うような、様々なしくみが存在する。まず〈家事〉の 共同について見ると、たとえば親子や夫婦の同居と相互協力は、その権利・義務として法 律で守られている。しかし親権のない人が他の人の子どもと同居生活をしようとしたり、

配偶者の一方が別の人と同居生活をしようとしたりすると、親権をもつ人や夫婦のもう一 方から、「誘拐」や「結婚生活の妨害」として訴えられる可能性がある。つまり親子や夫婦 の同居は、たとえそこに虐待の疑いがあっても、それ以外の人との同居より法的に優遇さ れるのである(ただし近年、児童虐待防止法やドメスティック・ヴァイオレンス防止法な どでこの優遇扱いが少し弱められてきてはいる。しかしまだ強力である)。また〈お金〉の 共有に関しても「家族」はそれ以外の人より優遇されている。たとえば、ある人が別の人 から財産を受け取ると贈与税を払わなければならないが、それが夫婦・親子などの関係で あれば、それ以外の関係に比べて、税の額はずっと少なく設定されている。また、ある人 の死後にその人の財産を相続する場合、日本では、相続できる人の範囲は法律によって決 められており、それは配偶者・子ども・親(場合によっては兄弟姉妹)などである。これ ら「家族」以外・・

の人に財産を譲ることは、遺留分の制度により制限されている。このよう に相続は「家族」間で行われるように定められており、しかも相続にかかる税金(相続税)

は、一般の贈与税よりずっと少なく設定されている(伊田  1993)。つまり現行の制度のも とでは、〈家事〉や〈お金〉を「家族」で共有することは容易だが、それ以外の人と共有す ることは、不可能ではないがかなり面倒になっている。

 また〈愛情〉についても、近代社会では、「家族」内で愛情を感じることは奨励し、それ 以外の人に愛情を感じることは抑制するようなイデオロギーが存在する(ここでイデオロ ギーとは、山田(1994:  65)にならって「多くの人が正しいと思い込んでいる信念体系」と いう意味で用いている)。たとえば「家族ならば(無条件に、本能的に)愛情を感じるはず だ」という通念や、家族以外の人に恋愛感情を抱くことを「遊び」とレッテル張りをする ような通念がその例である(山田  1994)。

 このような制度やイデオロギーが存在し、そして多くの人がそれをあたりまえのことと して受け入れているために、「家族」以外・・

の人と共同生活をすることには困難が多い。もち ろんこのことは、「家族」と共同生活することには困難がないといっているのではない。「家 族」との生活においても、〈生活の共同〉がうまくいかない、あるいは〈愛情〉の絆が結べ ないといったことは多く存在する。たとえば、お金を稼ぐべき人が稼がなかったり、家事 をすべき人がしなかったり、また価値観の違いによって相手に愛情を感じることが難しか

(6)

ったりなど。しかし多くの人は、「家族」以外・・

の人と〈生活の共同〉や〈愛情〉の絆を結ぶ という困難の方を選ぶのではなく、むしろ「家族」との間でそれらの絆をなんとか維持す るという困難の方を選び、そのために日々奮闘しているのである。

    しかし日本では近年、制度やイデオロギーによってこれほどに優遇されているにもかか わらず、「家族」を新たにつくること、つまり結婚や出産を遅らせる傾向が強まっている。

いわゆる晩婚化や少子化である。いったい結婚や子どもを生み育てることに、現在どのよ うな困難が生じているのだろうか。本研究では1999年に行われた「家族生活についての全 国調査」(NFRJ98)のデータを分析することによって、この問いに答えていこう。

2 .第 2 次大戦後〜高度経済成長期における〈生活の共同〉の変化

2 ‑ 1 .高度経済成長より前における〈生活の共同〉

 データの分析に入る前に、夫と妻の〈生活の共同〉が、第 2 次大戦後どのように変化し てきたのかを見ていこう(表 2 を参照)。

 まず図 2 を見よう。これは、戦後における女性の労働力率等の変化を示している。1975 年まで女性の労働力率(職業を持って働く女性の割合)は減少し続ける。その理由は、1950 年代終わりから1970年代の初めまで続いた高度経済成長によって自営業が減り、その結果、

家族従業者として働く女性が減少したからである。家族従業者とは、自営業を営む人(自 営業主)の家族で、自営業主を手伝って働いている人である。一般に自営業主には男性が 多く、家族従業者には女性が多い。日本においては、戦前から戦後の高度経済成長が始ま る前まで、自営業を営む家族が多かった。そのような家族では、妻(あるいは娘、嫁、母)

である女性も、夫(あるいは父・義父・息子)が営む自営業で、家族従業者として働いて いた。

 このような自営業の家族では、家事は誰がしていたのか。たしかに、料理、洗濯、屋内 の掃除などは女性が行うことが多かった。しかしこの時代は、電気・ガス・水道などがあ まり発達していなかったので、家事のために使うまきを用意することなどは男性が行うこ とが多かった。また男性は家の周辺で働いていたので、家の外周りの掃除などもおもに男 性が行なっていたと考えられる。つまり表 2 に示したように、高度経済成長以前の自営業 が多い社会においては、〈お金〉を稼ぐ仕事は、男性だけが行っていたのではなく、家族の 男・女が共同して行っていたのである。また〈家事〉も女性だけがしていたのではなく、

男性もその重要な部分を担っていたのである。

 ただしこの時代の〈生活の共同〉は平等主義的なものではなかった。自営業で得た現金

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図 2  戦後における女子の労働力率・家事専業者率・雇用者率・

   自営業主率・家族従業者率(15歳以上人口に対する比率)

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表 2  第 2 次大戦後における〈生活の共同〉の実態と制度の想定する夫婦像等の変遷 高度成長より前  → 高度成長期  → 低成長期〜現在

〈生活の共同〉

の実態

12 3

 お金を稼ぐ

 家事(家の外) お金を稼ぐ お金を稼ぐ

12 3

 お金を稼ぐ

 家事(家の中) 家事 12

3

 お金を稼ぐ(家計補助)

 家事

制度的想定

夫婦像

自営業主(夫)

+ 家族従業者(妻)

サラリーマン(夫)

+ 専業主婦(妻)

みなし 専業主婦をもつ夫

+ みなし 専業主婦 男らしさ

妻や他の家族を上手に 働かせ、その労働を統 括する

自分ひとりの収入で家

族を養える 職業に専念する

女らしさ 従順で、家業のために よく働く

職業をもたず、

家事に専念する

職業をもっても、

家事については家族に迷惑 をかけない

(8)

収入は、そのほとんどを自営業主(夫、父、壮年の息子など)が握っており、家族従業者 はほとんど無収入で働いていた。だから表 2 にまとめたようにこの時代の「男らしさ」は、

後の時代のような「妻を働かせるようなことはせず、自分ひとりの収入で家族を養う」と いったものではなく、むしろ「妻や他の家族を上手に働かせ、その労働を統括する」こと だったといえよう。また「女らしさ」も、「家事に専念する」ことではなく、「従順で家業 のためによく働く」ことだったのではないか。

2 ‑ 2 .高度経済成長期における〈生活の共同〉

 しかし1950年代末から高度経済成長が始まると、大規模な重化学工業を重点的に発展さ せるという国家の政策もあって、自営業を営む男性は減り、彼らの多くはサラリーマンに なった。そして経済成長にともない、男性サラリーマンの収入は増えていった。それにつ れて図 2 のように、家族従業者である女性の割合も減り、そのかわりにサラリーマンの妻 である専業主婦(家事専業者)が増えていった。このサラリーマン化・専業主婦化によっ て、夫が〈お金〉を稼ぎ、妻が〈家事〉をするという形で〈生活の共同〉を行う家族が、

年々増えていった。

 さらに高度成長期には、公的医療保険や公的年金保険など、私たちの生活に大きな影響 を及ぼす制度が整えられた。しかしこれらの制度は、「サラリーマンの夫が、専業主婦の妻 と 2 人程度の子どもを養う」という家族を標準的世帯と考えて、それにあうような形で整 えられた。当時、貧困のおもな原因は、一家の稼ぎ手が病気や老齢で働くことができなく なることだったので、サラリーマンの夫に対しては公的保険に加入することを義務化し、

これらのリスクに備えさせた。しかし専業主婦には原則として、公的保険は必要ないと想 定された。なぜなら彼女らはその夫に養われるのだから、夫のリスクに備える公的制度が あればそれでよいと考えられたからである。

 またこの時期には、長期雇用・年功序列といった雇用システムが大企業を中心にして形 成されていったが、これらも「夫が家族を養う」ことを前提にしていた。そのため、女性 の賃金が男性より低いことや、女性にだけ結婚退職を強要する慣行があることなどは、あ まり問題視されなかった。たしかにこの頃には、タテマエとして男女平等をよしとする意 識は広がっていたが、「夫は仕事、妻は家事」という役割分業は、平等に反するとは考えら れなかった。

 つまり表 2 に示したように、高度成長期の社会保障や雇用の制度が前提にしていた夫婦 像とは、「サラリーマンの夫と、専業主婦の妻」というものであった2)。またこのような制

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度が想定していた「男らしさ」とは、自分ひとりの収入で家族を養えることであり、「女ら しさ」とは、職業をもたず家事に専念することであった。そして実際、このような男・女 からなる家族が1975年頃までは増加していった。

 しかしながらこの後、高度経済成長は終わり、日本は低成長期に入る。低成長期から現 在まで、〈生活の共同〉と〈愛情〉はどう変化したか。次の節からはこの点について、デー タをもとに分析しよう。

3 .データ

 分析に用いるデータは、日本家族社会学会全国家族調査委員会によって行われた「家族 生活についての全国調査」(NFRJ98)から得られたものである。この調査は1999年に、全 国の28〜77歳(1998年末現在)の男女計10500人(男性5163、女性5337)を対象に行われ た。有効回収票は6985票(男性3323、女性3662)で、有効回収率は66.5%である3)。本研 究の分析は「夫が65歳未満で子どもがいる女性」を対象に行った。分析に用いたおもな変 数の測定法は表 3 のとおりである。

4 .低成長期から現在における〈生活の共同〉

4 ‑ 1 .〈お金〉を稼ぐことの分担 家族の二分化

 この節では〈生活の共同〉について、〈お金〉を稼ぐことと〈家事〉に分けて述べる。ま

表 3  分析に用いるおもな変数の測定法

妻の結婚満足感 「結婚生活全体」について、〔かなり満足= 4 、どちらかといえば満足=

3 、どちらかといえば不満= 2 、かなり不満= 1 〕。

夫・妻の家事回数   〈小さい子どもあり〉

「食事の用意」「洗濯」「風呂のそうじ」「育児や孫・子どもの世話」のそ れぞれについて、〔ほぼ毎日= 7 、週 4 〜 5 回=4.5、週 2 〜 3 回=2.5、

週 1 回= 1 、ほとんどしない= 0 〕という選択肢からの回答の合計。

  〈   〃  なし〉 上と同じ(ただし、「育児や孫・子どもの世話」を除く)。

夫の愛情表現の頻度 「配偶者は、私の心配ごとや悩みごとを聞いてくれる」「私の能力や努力 を高く評価してくれる」「私に助言やアドバイスをしてくれる」のそれ ぞれについて、〔あてはまる= 4 、どちらかといえばあてはまる= 3 、 どちらかといえばあてはまらない= 2 、あてはまらない= 1 〕という選 択肢からの回答の合計。

妻の伝統的性役割意識 「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」について、

〔そう思う= 4 、どちらかといえばそう思う= 3 、どちらかといえばそ う思わない= 2 、そう思わない= 1 〕。

(10)

ず〈お金〉を稼ぐことについて分析結果を見ていこう。

 図 2 に示したように1975年頃を境に、家事専業者率(専業主婦)の増加は止まり、逆に、

労働力率(職業を持って働く女性の割合)が増加し始める。この背景には、高度経済成長 の終わりという社会・経済環境の変化がある。経済成長の鈍化によって、世帯主の収入は それほど伸びなくなった。しかし、人々が送りたいと思う生活の水準は上昇した。たとえ ば高度成長より前ならば、子どもを高校まで卒業させれば、あるいは子連れで日帰りの海 水浴に年 1 回でも行くことができれば、それは「豊かな生活」だった。しかし高度成長を 経験してしまった多くの人々にとっては、子どもを大学や短大に行かせることができなけ れば、あるいは年に何回か子どもを泊りがけの旅行(時には海外旅行)に連れて行くこと ができなければ、それは「豊かな生活」とは感じられなくなった。この生活期待の高まり と、現実の収入との間のギャップを埋めるために、妻が〈お金〉を稼ぐことが必要になっ たのである。

    しかしすべての家族が妻の収入を必要としているわけではない。妻は就業せず夫の収入 だけで「豊かな生活」を実現できる家族も存在する。図 3 は「家族生活についての全国調 査」のデータによって、夫の年収と妻の年収の関係を見たものである。夫の収入が多いほ ど、その妻は収入なし(専業主婦)である割合が高い。逆に夫の収入があまり多くないと、

相対的に低収入(年収400万円未満)で働いている妻が多い。また年収400万円以上という 自活可能な収入を自分で稼ぐことのできる妻は、全体の 1 割に満たない。このデータから、

妻の就業はおもに、夫の収入があまり多くない場合に、それを補うために行われているこ

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図 3  夫の収入と妻の収入の関係

(11)

とがわかる。つまり低成長期以後においては、夫ひとりの収入で「豊かな生活」を実現で きる家族と、夫婦 2 人が働くことではじめてそれを実現できる家族の、二分化が進んだの である。

「みなし専業主婦」という仕組み

    ではこの時期、制度が前提とする家族像はどのように変わったか。先に見たように実態 としては、「夫ひとりの収入で家族を養う」という家族は少数派になり、「夫の収入を補う ために妻も働く」という家族が多数派になっていった。しかしこの時期につくられた制度 は、「夫ひとりが家族を養う」という家族を多数派に見せかけるような巧妙な仕掛けをもっ ていた。それは税金や公的年金における「みなし専業主婦」というしくみである。これは、

サラリーマンの妻が働いて収入を得ていても、それがある基準額以下ならば、それを専業 主婦、つまり夫に養われているとみなす・・・

という制度である(基準額は2011年現在、所得税 の場合は年収103万円、公的年金の場合は130万円)。この制度によって、年収103万円未満 のパートタイムで働く妻は、制度上は「専業主婦」として分類されるようになった。そし てその夫も、実際には妻が働いて収入を得ている(多くの場合家計補助に使われている)

にもかかわらず、「妻を養っている」つまり「専業主婦をもつ夫」とみなされる・・・・・

ようになっ た。つまりこの制度が前提とする家族像は、「みなし 専業主婦 (実は専業主婦ではない)

+みなし 専業主婦をもつ夫 (実は妻は働いている)」というものである4)。  図 4 を見よう。Ⅰのように「みなし専業主婦」という制度がない・・

場合は、(b)の「年収 はあるが基準額未満」の妻とその夫は「働く妻+働く妻をもつ夫」と分類される。しかし

Ⅱのようにこの制度がある・・

場合は、同じ(b)タイプの夫婦が「専業主婦+専業主婦をも つ夫」と分類されるのである。これによって、「専業主婦+専業主婦をもつ夫」という家族 は、実際(つまりⅠの場合)は少数派(c)なのに、制度上(つまりⅡの場合)では多数派

(b + c)であるかのようによそおわれた。そしておそらくこの定義は、人々の自己意識に も影響を及ぼしたのではないか。つまり「みなし 専業主婦 」は、専業主婦に近い意識を もち(上野  1994)、また「みなし 専業主婦をもつ夫 」も「自分ひとりの収入で家族を養 っている」という意識を持ったのではないか。

 表 2 の低成長期〜現在の欄に示したように、この「みなし 専業主婦 +みなし 専業 主婦をもつ夫 」という夫婦像において、夫の役割は〈お金〉を稼ぐことであり、妻の役割 は、〈家事〉をしつつ時間に余裕があれば家計補助のために〈お金〉を稼ぐというものであ る。またこの制度が想定する「男らしさ」とは、(家計を自分ひとりで支えているか否かに 関わらず)職業に専念することであり、一方「女らしさ」とは、たとえ職業をもっていて

(12)

も家事に責任をもち、家族に迷惑をかけないというものであった。

 したがってこの低成長期、特に1990年代の前半までは、夫の家事分担を支援する制度は ほとんど整備されなかった。また企業は、利益をあげることが難しい環境の中で成長を続 けるため、人員を抑制し、その限られた人員の労働時間や仕事の密度を増やした。その結 果、夫たちは高度経済成長期以上に、家庭を顧みることが難しくなった。過労死や単身赴 任が人々の注目を引いたのも、低成長期以後である。

 ただし1990年代の後半になると、少子・高齢化の問題が社会的に注目を集め、育児・介 護休暇制度など、男性が家事をしやすくするための制度が整備され始めた。しかし休暇中 の所得保障や、職場復帰後の差別的待遇を禁止する制度が不十分なこともあり、これらの 休暇制度を利用する人は、おもに女性である。たとえば厚生労働省の「平成21年度雇用均 等基本調査」によると、育児休暇を実際に取得した男性の割合は1.72%である(厚生労働 省「平成21年度雇用均等基本調査」結果概要)。

4 ‑ 2 .〈家事〉の分担

 次に〈生活の共同〉のもう 1 つの柱である〈家事〉について見よう。先に述べたように 低成長期になると、妻も職業を持って働き家計に貢献するという家族が増加した。しかし

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(13)

夫の家事への貢献はそれほど増えていない。夫と妻の〈お金〉と〈家事〉による貢献度を

「家族生活についての全国調査」の分析によって見てみよう。表 4 の「夫の収入貢献度」と は、夫と妻の収入の合計に対する夫の収入の割合である。また「夫の家事貢献度」とは、

夫と妻の家事回数の合計に対する夫の家事回数の割合である。つまり次のとおりである。

夫の収入貢献度=夫の収入÷(夫の収入+妻の収入)

夫の家事貢献度=夫の家事回数÷(夫の家事回数+妻の家事回数)

 表 4 は、夫の収入貢献度が〈100%〉、〈99〜71%〉、〈70%以下〉という 3 タイプの夫婦ご とに、夫・妻の年収、夫・妻の家事回数、そして夫の家事貢献度がそれぞれどれくらいか を見たものである。家事回数については、小さい子ども(12歳以下とする)がいるライフ ステージでは育児回数も家事回数に含め、いないライフステージでは家事回数だけを見た。

 表 4 によると、どちらのライフステージにも共通して、次のことがわかる。

① 3 つのタイプのうち一番多いのは、夫の収入貢献度が〈99〜71%〉の夫婦である。逆に 夫の収入貢献度が〈100%〉、つまり妻が専業主婦という夫婦は、小さい子どもありのラ イフステージにおいてさえも一番多いわけではなく、小さな子どもなしのライフステー ジでは一番少ない。

表4    夫と妻の年収・家事回数・夫の家事貢献度の平均(ライフステージ・夫の収入貢献度別)

( ) 構成比 年収(万円) 家事回数 / 週 夫の家事貢 献度(%)

(%)  (夫) (妻)  (夫) (妻)

〈小さい子ども  あり〉

夫の収入貢献度〈100%〉 (251) 35.9 600 0 3.2 25.9 10.1   〈99〜71%〉 (260) 40.9 596 79 3.5 24.6 11.4   〈70% 以下〉 (124) 19.5 437 349 5.3 22.8 17.5

計 (635) 100

17.8** 563.3** 11.3** 26.4** 15.5**

〈小さい子ども  なし〉

夫の収入貢献度〈100%〉 (339) 24.0 647 0 0.7 18.6 3.7   〈99〜71%〉 (644) 45.5 648 90 1.1 18.1 5.1   〈70% 以下〉 (432) 30.5 454 361 1.7 16.3 8.7

計 (1538) 100

54.9** 711.9** 13.2** 34.8** 18.3**

(注)〈小さい子ども  あり〉では「家事回数」に育児回数を含む。       **  p<.01,    *  p<.05.

(14)

②夫の年収について見ると、夫の収入貢献度が〈70%以下〉(つまり妻の貢献度が30%以 上)の夫婦では、夫の収入は、他の 2 つのタイプに比べて約100万〜150万円も少ない。

このような家族では妻の収入は、夫の収入の不足を補って家計を維持するために重要な 貢献をしている。

③妻の年収をみると、夫の収入貢献度が〈70%以下〉の夫婦では、妻の年収が平均で349〜

361万円以上あることから、このタイプの妻はフルタイムで働き自分の収入で自活可能な 人が多いと考えられる。それに対して夫の収入貢献度が〈99〜71%〉、つまり妻の貢献度 が30%に満たない妻では、同じく収入があってもその平均額は年収で79〜90万円であり、

103万円を超えないよう雇用調整して働くパートタイマーが多いと考えられる。彼女らの 収入では自活は不可能であり、あくまでも家計補助としての収入である。

④家事回数について見ると、夫の収入貢献度が少ない(妻の貢献度が多い)ほど、夫の家 事回数は増え、逆に妻の家事回数は減る。つまり、妻がお金を稼ぐという役割を果たし ているほど、夫が家事をする割合も増えるのである。

⑤しかし、増えるとはいえ、家事の大部分は妻が行っている。たとえ妻が家計収入の30%

以上を稼いでいる夫婦(つまり夫の収入貢献度は〈70%以下〉)でも、夫の家事貢献度 は、17.5%(小さい子どもあり)と8.7%(小さい子どもなし)に過ぎない。

 以上の結果から現在、〈お金〉を稼ぐことへの妻の貢献は大きくなっているが、〈家事〉

への夫の貢献は大きくないことがわかる。夫の〈家事〉分担を難しくしている要因の 1 つ に、低成長期以後の社会保障、税、雇用の制度がある。先に見たように現在では、「働く妻 とその夫」という家族が多数派だが、税や社会保障の制度はその大部分を「専業主婦とそ れを養う夫」とみなし・・・

ている。つまり「専業主婦とそれを養う夫」が社会の多数派だと想 定されているのである。そのために、夫が家事を分担することが必要だとは切実に考えら れず、それを実質的に支援するしくみもあまり整備されていない。また公的制度によるこ のような定義は、人々の自己意識にも影響を及ぼしていると考えられる。夫の多くは、「妻 も少しはお金を稼いでいるが、家族を養っているのは自分だ。だから家事は妻の役割だ」

と思っているのかもしれない。

5 .現在の結婚は魅力的か?

5 1 .〈生活の共同〉は魅力的か?

    それでは低成長期以降におけるこのような〈生活の共同〉のあり方、つまり〈お金〉を 稼ぐことにおける妻の責任は増えているが、夫の〈家事〉分担はほとんど期待できないと

(15)

いう結婚生活は、人々にとって魅力的なのか。以下では、「家族生活についての全国調査」

の分析により、夫の家事分担と、妻の結婚生活に対する満足感の関連を見よう。ここで妻 の満足感を取り上げるのは、多くの調査で、女性は男性より結婚に対して不満をもちやす く、離婚を考えることが多いということが知られているからである。そして妻が結婚生活 に不満を持っていること自体が、多くの場合、その夫の結婚生活に対する満足感も低下さ せると考えられるからである(もちろん逆も同様である)。

 表 5 は、夫の家事回数と妻の結婚満足感の関連を分析した結果である。

〈小さい子どもあり〉のライフステージ

 まず〈小さい子どもあり〉の場合であるが、夫の収入貢献度が〈100%〉と〈99〜71%〉

の妻では、夫の家事回数が多いと妻の結婚満足感は高く、逆に家事回数が少ないと結婚満

表 5  妻の結婚満足感に対する重回帰分析(ライフステージ・夫の収入貢献度別)

夫の収入貢献度

〈100%〉 〈99〜71%〉 〈70% 以下〉

β β β

〈小さい子ども あり〉

家事回数(夫) .126 * .118 * .075

愛情表現の頻度(夫) .567 ** .549 ** .653 **

年齢(妻) .038 ‑ .062 ‑ .067

年収(夫) .163 ** .040 .090

教育年数(夫) .070 .060 ‑ .094

     (妻) ‑ .080 .024 .165

伝統的性役割意識(妻) ‑ .013 .013 .054 調整済     .361 .363 .463

( ) (220) (247) (119)

〈小さい子ども なし〉

家事回数(夫) ‑.041 .060 .105 *

愛情表現の頻度(夫) .564 ** .489 ** .554 **

年齢(妻) .075 ‑ .011 .034

年収(夫) .080 .085 * .048

教育年数(夫) ‑ .012 ‑ .007 .009

     (妻) .097 .030 .040

伝統的性役割意識(妻) .100 * .127 ** ‑ .030 調整済     .350 .268 .320

( ) (278) (582) (367)

(注)〈小さい子どもあり〉では「家事回数」に育児回数を含む。    **  p<.01,    *  p<.05.

(16)

足感は低い。これらの妻は先に表 4 で見たように、相対的に高収入の夫を持ち、妻自身は 専業主婦(あるいはみなし・・・

専業主婦=年収を基準額未満に調整して働くパートタイマー)

で、家事に十分時間をかけることができる立場にある。しかしそうであっても、手のかか る子どもを抱える彼女らにとって、夫の家事分担は「必要なもの」であり、それがあるこ とは結婚満足感を高め、ない場合は低下させる。

 しかし同じライフステージでも夫の収入貢献度が〈70%以下〉(つまり妻の貢献度が30%

以上)の妻では、夫の家事回数と妻の結婚満足感の間には有意な関連がない。この妻たち は、夫の収入が少なく、彼女たちの多くはフルタイムで働いていると考えられる。他の調 査によると、小さい子どもがいるのにフルタイムで働ける妻の多くは、自分に代わって家 事育児をしてくれる人(特に自分や夫の母)が手近にいる(千田  2002)。彼女らにとって、

このような人こそが家事を頼みにする相手なのであり、夫には日常の家事はあまり期待し ない。ただしこのような妻も、家事をしてくれる人が何らかの事情で都合が悪くなれば、

夫の家事分担を期待するであろう。つまりこれらの妻も潜在的には、夫の家事分担を必要 としていると考えられる。

〈小さい子どもなし〉のライフステージ

 次に〈小さい子どもなし〉の場合について見よう。夫の収入貢献度が〈100%〉と〈99〜

71%〉の妻では、夫の家事回数は妻の結婚満足感に影響しない。これらの妻の多くは、高 収入の夫をもち、自分自身は専業主婦かパートタイマーである。小さな子どもがいないの で、家事の負担はずいぶん軽い。少ない家事を、時間をかけて行える専業主婦やパートタ イマーにとって、夫の家事分担はそれほど「必要なもの」ではない。これらの妻にとって 夫が家事をしてくれることは、「プレゼントをもらったが、そのプレゼントは実はそれほど 欲しいものではなかった」という状況に似ている。つまり夫が家事をしてくれるというな らしてもらうが、特にして欲しいわけではないので、結婚満足感に変化はない。したがっ てたとえ夫が家事をしてくれなくても、満足感が低下するわけではない。

 一方、同じライフステージでも夫の収入貢献度が〈70%以下〉(つまり妻の貢献度は30%

以上)の妻の場合は、夫の家事回数が多いと妻の結婚満足感は有意に高まる。彼女らの夫 は収入があまり多くなく、そのために彼女ら自身はフルタイムで働いている。これらの妻 にとって、いくら小さな子どもがおらず家事量が少ないとはいえ、自分ひとりでフルタイ ムの仕事と家事の両方をするのは大変なことである。だから彼女らにとっては、夫の家事 分担は「必要なもの」であり、いわば「欲しいプレゼント」である。したがって夫が家事 をしてくれれば満足感は高まるし、してくれなければ低下する。

(17)

 以上の分析結果から妻にとって、夫の家事分担の意味は、小さい子どもがいる/いない

(つまり家事量が多い/少ない)と、夫の収入貢献度が多い/少ないによって異なることが わかった。表 6 にまとめたように、まず〈小さい子どもあり〉のライフステージでは、夫 の収入に関わらず、夫の家事分担に対する妻の必要度は高い(祖母など他に家事をしてく れる人がいる場合は、そうでないかもしれないが、これらの人にとっても、そのような人 に助けてもらえない場合のリスクに備えて、潜在的には夫の手助けは必要である)。

 それに対して〈小さい子どもなし〉のライフステージでは、家事量自体があまり多くな い。その上に、夫の収入が多い・・

妻の場合は、妻自身がそれほど家計収入のために働く必要 がなくしかも時間の余裕があるので、夫の家事分担はそれほど必要でない。しかし同じ〈小 さい子どもなし〉でも夫の収入があまり多くない・・・・

妻の場合は、妻自身が家計収入のために 働く必要があるので、夫の家事分担は必要である。

    このように家事分担の必要度は夫婦によって異なる。しかし先に述べたように、夫の家 事分担を支援する有効な制度がなく「夫が家事をしにくい」という社会構造的条件は、ど の夫婦にとっても同じである。

夫が家事をしにくい構造下での〈生活の共同〉の魅力

 ではこのような制度のあり方は、結婚という〈生活の共同〉の魅力にどう影響するか。

ここでは、妻がその結婚に不満な(魅力的だと思わない)場合には、夫にとってもそのよ うな結婚は楽しくない(魅力的でない)と想定する。表 6 にまとめたように、まず〈小さ い子どもあり〉のライフステージでは、夫の家事分担が必要なのにもかかわらずそれをし にくい現行の制度は、結婚の魅力を低下させる(表 6 のⅠ)。次に〈小さい子どもなし〉の ライフステージではどうか。まず夫の収入貢献度が〈100%〉〈99〜71%〉と高い場合、妻 が収入のために働く必要があまりないので、夫が家事をしなくても妻は不満ではない。し

表 6  夫の家事分担の必要性と夫が家事をしにくい構造下での結婚の魅力

(ライフステージ・夫の収入貢献度別)

ライフステージ

夫の収入貢献度

〈100%〉 〈99〜71%〉 〈70%以下〉

Ⅰ.小さい子ども  あり 夫の家事分担は必要

(分担しない場合)結婚の魅力は低下 

Ⅱ.小さい子ども  なし 夫の家事分担は必要なし

(分担しない場合)結婚の魅力は低下せず

(18)

たがって結婚に対してマイナスの影響はない(Ⅱの網かけ部分)。しかし夫の収入貢献度が

〈70%以下〉とあまり高くなく、妻が家計収入の多くを稼がなければならない場合は、夫が 家事をしにくい今の制度は、結婚の魅力を低下させる(Ⅱの白い部分)。

    つまり「夫が家事をしにくい」という現行の制度は、「小さい子どもなし、かつ夫が高収 入」という夫婦(表 6 の網かけの部分)にとってのみ、都合がいいのである。逆に、小さ い子どもがいる夫婦、あるいは夫の収入があまり多くない夫婦(表 6 の白い部分)にとっ ては、今の制度は、結婚の魅力を損ねるものである。

5 2 .〈愛情〉の役割

〈愛情〉の絆の多様性と歴史的変化

 では、夫の家事分担が難しいために結婚に魅力を感じられない夫婦は、離婚するしかな いのか。実はそうではない。結婚に求められるもう 1 つの絆、つまり〈愛情〉がここで重 要な役割を果たしている。〈愛情〉という絆は目に見えないので、それを何らかの形で表現 しなければならない。第 1 の方法は、直接的・・・

に言葉や行動で相手を大切に思っていること を表現する方法で、たとえば「愛している」と言う、相手をほめる、心配事があるときは 優しく聞いてあげ、どうしたらよいか一緒に考えてあげるなどである。しかし〈愛情〉の 表現には第 2 の方法がある。それは、一生懸命〈お金〉を稼ぐ、〈家事〉をするなどによっ て、相手の生活を物質的に豊かにし、そのことによって間接的・・・

に、相手を大切に思ってい ることを表現する方法である。

 〈愛情〉の絆を表現する方法も、高度経済成長の前後で変化した。1950年代の終わりから 1960年代のはじめにかけて、つまり高度成長が始まったばかりの頃に、日本のサラリーマ ン夫婦について調査した研究によると、夫婦(特に子どものいる夫婦)の間では直接的愛 情表現はあまり行われていなかった(ヴォーゲル  1979[1968])。しかしその夫/妻たちが 結婚に強い不満をもっていたわけではない。なぜなら当時は、夫は〈お金〉を稼ぎ、妻は

〈家事〉をするという〈生活の共同〉を忠実に行い、相手の生活を物質的に豊かにすること が、〈愛情〉の表現として十分意味をもったからである。しかし、高度成長を経た現在、物 質的な豊かさを手にした人々は、モノの豊かさの上に「心の豊かさ」を求めるようになっ た。つまり家族に豊かな生活を与えることは当然のこととして、さらにその上に、より直 接的な方法で〈愛情〉を表現することが求められるようになったのである。

現代の結婚における〈愛情〉表現の役割

    再び表 5 で、今度は「愛情表現の頻度(夫)」という欄を見よう。これは、夫が直接的

(19)

〈愛情〉表現をすることが、妻の結婚満足感にどう影響するかを見たものである。この分析 結果は非常にはっきりしている。つまり小さい子どもの有無や夫の収入貢献度の多少にか かわらず、とにかくどのタイプの夫婦でも、夫が直接的〈愛情〉表現を頻繁にすればする ほど、妻の結婚満足感は高まる。そしてβ係数の値の大きさから、夫の〈家事〉分担よ り、夫からの直接的〈愛情〉表現の方が、妻の結婚満足感を高める効果がずっと大きいこ とがわかる。

 この分析結果はさまざまに解釈可能である。たとえば、妻にとっては夫の〈愛情〉表現 の方がより重要で、夫の〈家事〉分担はそれほど必要としていないのだと見ることもでき る。また妻が職業と家事の二重負担をしている場合でも、夫が〈愛情〉表現をすると妻の 結婚満足感が高まることから、夫の〈愛情〉表現は、二重負担をしている妻の不満をそら す、いわば妻の二重負担を隠蔽するという機能を果たしていると見ることもできる。しか し、夫が家事をすることは容易ではないという現行の社会制度を考えると、別の解釈も可 能ではないか。つまり妻は、夫の〈家事〉分担が容易ではないという現行制度の不備をよ くわかっており、そのために夫に無理やり家事分担を求めるのではなく、夫からの〈愛情〉

表現があればそれで満足するしかないと思っているのではないだろうか。そして夫たちの 中で〈愛情〉表現を頻繁にする人は、〈家事〉分担が難しいという現行制度の不備を、〈愛 情〉を示すという個人的な努力によって補っているといえるのではないか。だとすれば、

〈生活の共同〉という点ではあまり魅力的でない現在の結婚は、〈愛情〉表現という個人的 努力によって、かろうじてその魅力が保たれているともいえるのではないか。

6 .これからの結婚〈生活の共同〉と〈愛情〉がともに魅力的であること

 もちろん〈愛情〉を示す努力を個人がし続けることはまったく悪いことではない。しか し分析結果が示すように、「夫が家事をしない」ことを前提にした今の制度は、〈生活の共 同〉という面では、「小さい子どもなし、かつ、夫が高収入」という夫婦にとってのみ好都 合なものである(表 6 を参照)。収入があまり多くない若者たち(特に非正規雇用の若者た ち)が、結婚や子どもを持つことを躊躇するのは(永瀬  2002)、このような制度のためで はないか。だとするならば、このような制度を今後も維持していくことに意味があるのだ ろうか。

 むしろ、社会保障、税、雇用など様々な制度が前提とする〈生活の共同〉のあり方や夫 婦像を、現行の「みなし 専業主婦 +みなし 専業主婦をもつ夫 」から、「夫と妻がと もにお金を稼ぎ、ともに家事をする」というものへと変えていくことが必要なのではない

(20)

か。もちろんそのためには、人々の社会的合意が必要である。そしてその合意のためには、

「男らしさ=職業に専念し自分の収入で家族を養うこと」「女らしさ=家事で家族に迷惑を かけないこと」という、現行制度のもとでのジェンダー・アイデンティティから、人々自 身が決別することが求められる。そしてもし、「夫と妻がともにお金を稼ぎ、ともに家事を する」という形での〈生活の共同〉を、人々がゆとりをもってできるような社会が実現す れば、「家族」との〈生活の共同〉だけでなく、「家族」以外・・

の人との〈生活の共同〉や、

さらにはシングルで生きるという選択をすることも、現在よりもっと容易になるのではな いか。つまり、家族も家族以外の人も含めた多様な絆の中で生きることができるのではな いか。

 〈愛情〉と〈生活の共同〉という 2 つの絆がともに魅力的であるような関係、そしてそれ を支える制度が、今、求められている。

付記 本稿で用いたデータは、日本家族社会学会全国家族調査委員会によって行われた全国家族調査

(NFRJ98)のデータを、許可を得て使用した。なお、同データの収集は平成10年度文部省科学研究費 補助金(課題番号10301010)による資金援助を受けた。

 1)小倉千加子氏による議論。厚生省(1998:33)の紹介による。

 2)高度成長期より前、高度成長期、低成長期以降という 3 つの時期における社会保障、税、雇用などの 制度については、大沢(1993)、渡辺(1992)、塩田(1993)を参照。

 3)この調査についての詳しい説明は日本家族社会学会・全国家族調査(NFR)研究会(2000)を参照。

また表 4 、表 5 に関連する別の議論については、大和(2001)を参照。

 4)「専業主婦をもつ夫」という表現は、原田(2000)の「専業主婦の夫」という表現を参考にした。

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(21)

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図 2  戦後における女子の労働力率・家事専業者率・雇用者率・    自営業主率・家族従業者率(15歳以上人口に対する比率)㪇㩼㪈㪇㩼㪉㪇㩼㪊㪇㩼㪋㪇㩼㪌㪇㩼㪍㪇㩼ഭ௛ജ₸ኅ੐ኾᬺ⠪₸㓹↪⠪₸ኅᣖᓥᬺ⠪₸⥄༡ᬺਥ₸㪈㪐㪌㪊㪈㪐㪌㪌㪈㪐㪌㪎㪈㪐㪌㪐㪈㪐㪍㪈㪈㪐㪍㪊㪈㪐㪍㪌㪈㪐㪍㪎㪈㪐㪍㪐㪈㪐㪎㪈㪈㪐㪎㪊㪈㪐㪎㪋㩷㪈㪐㪎㪍㩷㪈㪐㪎㪏㩷㪈㪐㪏㪇㩷㪈㪐㪏㪉㩷㪈㪐㪏㪋㩷㪈㪐㪏㪍㩷㪈㪐㪏㪏㩷㪈㪐㪐㪇㩷㪈㪐㪐㪉㩷㪈㪐㪐㪋㩷㪈㪐㪐㪍㩷㪈㪐㪐㪏㩷㪉㪇㪇㪇㩷㪉㪇㪇㪉㩷㪉㪇㪇㪋㩷 㪉㪇㪇㪍㩷 㪉㪇㪇㪏㩷 㪉㪇㪈㪇㩷⾗ᢱ಴ᚲ㧦✚ോ

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