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中国農民工の労働・生活と差別・不平等

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(1)

中国農民工の労働・生活と差別・不平等

著者 劉 江橋

著者別表示 Liu Jiangqiao

雑誌名 博士論文本文Full

学位授与番号 13301甲第4223号

学位名 博士(社会環境学)

学位授与年月日 2015‑03‑23

URL http://hdl.handle.net/2297/42330

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止

(2)

中国農民工の労働・生活と差別・不平等

劉 江橋

平成26年 12 月

(3)

博 士 論 文

中国農民工の労働・生活と差別・不平等

金沢大学大学院人間社会環境研究科 人間社会環境学専攻

学 籍 番 号: 1121072713

氏 名: 劉 江橋

主任指導教員名: 横山 壽一

(4)

目 次

序 章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 一、問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 二、農民工に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 三、本論文の課題と構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4

第一章 農民工問題の由来と背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 一、農民工とその意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 二、特殊な制度変化による特殊な現象としての農民工・・・・・・・・・・・・・・・5 三、農民工問題の由来と背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7

(一)農民工問題が発生する経済的要因

(二)農民工問題の政治的および社会制度的要因

(三)農民の選択と農民工問題 (四)中国農民工問題の変遷過程

第二章、農民工の社会的地位と労働と生活の現状・・・・・・・・・・・・・・・・12 一、中国労働者階級の主要な力としての農民工・・・・・・・・・・・・・・・・・12 二、農民工は「周辺者」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 三、農民工は「弱者層」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 四、農民工は差別される群体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 五、農民工は権益の侵害される群体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17

第三章 農民工の市民的及び政治的地位と差別・不平等・・・・・・・・・・・・・19 一、市民生活における平等・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19

(一)平等に関する規定

(二)平等の実態

(三)平等の課題

二、政治参加・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21

(一)政治参加の規定

(二)政治参加の実態

(三)政治参加における平等の課題

三、結社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23

(一)結社の自由

(二)結社の自由の実態

(三)結社の自由の課題

四、移動と住居の自由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

(一)移動と住居の自由に関する規定

(二)移動と住居の自由の実態

(三)移動と住居の自由の課題

五、人身の自由と人格の尊厳・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30

(一)人身の自由と人格の尊厳の内容

(二)人身の自由と人格の尊厳の実態

(三)人身の自由と人格の尊厳の課題

六、教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32

(5)

(一)教育を受ける権利の規定

(二)教育の実態

(三)教育における平等の課題

第四章 農民工の労働と差別・不平等・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 一、就業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37

(一)就業する権利の規定

(二)就業の実態

(三)就業における平等の課題

二、報酬の取得・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44

(一)報酬の取得に関する規定

(二)報酬の取得の実態

(三)農民工給料延滞問題の根本的な解決

(四)農民工のための最低賃金保障

三、職業上の安全・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51

(一)職業上の安全に関する規定

(二)職業上の安全の実態

(三)職業上の安全に関する平等の課題

四、職業訓練・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53

(一)職業訓練に関する規定

(二)職業訓練の実態

(三)職業訓練における平等の課題

五、労働紛争の処理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58

(一)労働紛争の処理に関する規定

(二)労働紛争の実態

(三)労働紛争の処理に関する平等の課題

第五章 農民工の社会保障と差別・不平等・・・・・・・・・・・・・・・・・・63 一、社会保障の概説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63

(一)社会保障の概念

(二)社会保障の主要形式

(三)社会保障を受ける権利-現代社会の人権と公民の基本権利

二、農民工の社会保障の現状と問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66

(一)社会保障の欠落

(二)社会保険への加入問題

(三)社会保障構造の欠点

三、農民工の社会保障の欠陥とその要因・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70

(一)都市と農村の二次元社会構造

(二)立法における制度の障害

(三)観念と認識における誤解

四、農民工の社会保障を実現する重要な意義・・・・・・・・・・・・・・・・・72

(一)公民の基本人権の実現

(二)社会の安定

(三)全国統一の労働力市場の建設

(6)

(四)農村経済発展の促進と「三農(農業、農村、農民) 」問題の解決

(五)農民工の社会保障構築がもつ社会保障事業の発展への積極的な意義

五、中国農民工の社会保障立法とその問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75

(一)農民工社会保障立法の基本的状況

(二)農民工の社会保障立法に存在する問題

六、農民工社会保障制度体系の基本的な考え方と構築・・・・・・・・・・・・・82

(一)社会保障制度体系構築の基本的な考え方

(二)社会保障体系の構築

第六章 農民工の人権保障と差別解消・平等実現への展望・・・・・・・・・・・93 一、中国経済と社会発展への農民工の積極的な役割・・・・・・・・・・・・・・93

(一)農民工問題への誤った認識の解消

(二)農民工が経済と社会発展へ果たす積極的な役割

二、農民工の権利保障への課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96

(一)農民労働者問題の解決と「三農(農業、農村、農民) 」問題の解決との結合

(二)農民労働者の就職管理とサポートの実施

(三)正確な経済発展戦略

(四)教育と育成訓練

(五)農村の非農業化或いは農村の都市化の実現

終 章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 101

(7)

序 章

一、問題の所在

中国では、建国初期には農村住民を都市に自由に移動させる政策がとられたが、 1958 年 の「中華人民共和国戸籍登記条例」公布以後、農村人口の都市への移動を厳格に統制する 政策がとられるようになった。改革開放以後、郷鎮企業の勃興による農村過剰労働力の現 地就業、即ち「土地を離れても村を離れない」方式に始まり、1980 年代後半の都市改革 の進展と東部沿海地域経済の急速な発展の中で、「農民身分を変えない、都市の供給制度 を変えない」前提のもとで、「土地を離れ、村を離れ」都市に流出して就業する方式が出 現し、「農民工」の都市での就業が公認され、拡大した。1992 年の「鄧小平」の南巡講 話以降、経済の急速な成長と共に「農民工」の都市での就業は急激に増大した。しかし、

1990 年代後期の経済停滞期には、都市では、「農民工」の就業、新たに増加した都市の 労働力の就業、レイオフ失業者の再就業問題が重なり、「農民工」の処遇をめぐる経済、

社会、政治問題が顕在化し、「農民工」の都市での就業増加は一時的に緩慢になった。21 世紀に入り、急速な経済成長を遂げてきた中国社会では農村から都市への労働力移動過程 において、「農民工」と呼ばれる新しい社会集団が底辺から中国の経済発展を支え、都市 部の経済成長に大きく貢献しているにもかかわらず、長時間・低賃金の労働が日常化し、

非農業戸籍の都市住民が有している失業・医療・年金・労災等の社会保障が不足し、日常 生活の設備や居住環境が劣悪な状態に置かれてきた。とりわけ都市部で働く農民工には、

都市住民との間にあらゆる面で格差が存在し、社会の安定、発展のために放置できない社 会問題となっており、社会的関心も高まってきている。

農民工に対する社会的関心が高まった背景には2つの要因がある。一つは農民工が急増 し続け、彼らが「世界の工場」と呼ばれる今日の中国を支えていること、もう一つは就職、

失業、医療、年金等の社会保障面における農民工への制度的差別が改善されず、それに起 因する労働力の供給不足が沿海部で発生していることである。そのような状況下で、特に 農民工の社会保障問題は、中国の農村余剰労働力の移動、工業化、都市化の順調な発展に 伴う中国の調和社会構築の成否にも関わっており、農民工の社会保障問題を如何に解決す るかが現中国社会保障の課題の一つとしても、注目されている。

農民工現象に対し数多くの学者が研究してきた。新聞や雑誌においても社会問題の焦点 としてクローズスアップされている。農民工という言葉は、本来は差別用語である。中国 社会がここまで発展して来ていながら、農民工という差別用語がいまだに使用されている ことは、中国市場経済と平等社会の建設がなお不十分であることが浮き彫りにしている。

時代の発展に伴い、農民工という差別用語を捨てる時期が来ている。そのためにも、農民 工が置かれている状態がどれほど多くの問題を持っているか、とりわけ深刻で広範な人権 侵害が生じているかを社会が正しく認識しなければならない。

農民の都市への流出と移転については、先進国においても発展途上国においても、ある 歴史の段階で生じてきた現象である。いくつかの国家では、都市と農村の間を行ったり来 たりする人、いわゆる「移動労働者」の存在がある。先進国においては、農村労働力は工 業化の進展とともに生じ、拡大してきた。総体から見れば、これらの国家では、非農業化 と都市化のプロセスは重なっている。しかし、それぞれの国の経済・歴史・文化・制度環 境などの違いによって、農村労働力が移転する具体的な時間・原因・背景と携帯はそれぞ れの特色を持っている。したがって、農村剰余労働力の移転については、多様なタイプが ある。これらのタイプは、各国および各地域の条件と緊密につながっている。

中国における農村余剰労働力の移転も、一様ではなく、地域の条件によって違いがある。

(8)

しかし、現在の「出稼ぎ農民人口の流動」という現象は、欧米先進諸国の初期に農村剰余 労働力が都市への移転した過程とも、発展途上国の農村剰余労働力の都市への移転過程と も異なり、独自の内容と特性を持っている。その独自性をもたらしている最大の要因は、

中国独自の戸籍制度による農村と都市の分離、都市と農村の二重の社会制度にある。この ことが、都市に流出して都市で労働し生活する農民工を、いわば非合法の状態におき、農 民工への様々な差別と貧困をもたらしてきた。したがって、農民工における人権の問題が、

特別に重要な意味を持っている。同時に、そのことは農民工問題が経済的側面だけではな く、政治的・社会的な側面を強く持っていることを示している。

二、農民工に関する先行研究

農民工問題が社会的な問題として認識され、本格的に研究されるようになったのは、

1980 年代以降である。農民工という表現は何時から使い始めたかについては色々な説が ある。1970 年代までは「民工」と呼ばれ、農業生産は忙しい時期は農業に従事し、忙し くない時期は都市部に出稼ぎに行く農民のことを表していた。1980 年代になると、中国 の改革開放深化するに伴って、中国経済飛躍的な発展を遂げ、特に沿海部にある経済特区 の建設に大量の労働力が必要とされる中で大量の民工は都市部に流れてきた。毎年春節の 時期になると出稼ぎ大量の「民工」は帰省することによって交通機関は混乱し、農民工は 各地政府の規制対象となり、一部の民工は強制収容までされてきた。

農民工という表現は、中国社会科学院と深く関わりがある。1983 年、中国社会科学院 社会学研究所初任所長費孝通氏

1

は、中国各地の小さな村町に対する研究調査を行った。

その研究チームの張雨林教授は、1984 年に提出された論文の中で初めて農民工という言 葉を使い、その後多くの文書で引用されるようになった

2

。ここ十数年来市場経済体制の 確立に従って、農民工に対する新たな認識が生まれ、市場経済発展にとって必要不可欠な 大きな役割を果していることが認識されるようになった。

こうした状況を反映して、近年、農民工に関する本格的な調査報告が行われ、その実態 が明らかにされるようになった。その代表が、国務院研究室課題組『中国農民工調研報 告』

3

と鄭功成・黄黎若蓮等著『中国農民工問題与社会保護』(上・下)

4

である。これ らはいずれも、農民工の規模、出身地、就業先、就業業種、賃金、労働時間等について実 態を詳細に分析し、特徴を明らかにしている。

その特徴をどうとらえるかについては、陳映芳氏の都市住民と農民と区別される「第三 身分」論

5

、藩立人氏の弱い立場に置かれた存在とみる「弱勢群体」論

6

、石暁紅氏の二重 社会が作り上げた「特殊な階層」論

7

などがある。これらはいずれも農民工に対する何ら かの差別的な扱いがもたらす特有の困難を問題にしている。于様と徐栄の両氏は、社会に 参加に平等な機会が得られないことで劣勢状況に陥り社会の支援を必要とする人々を「弱 者層」と定義し、そのなかに農民工を位置づけている

8

。また薛進軍らは、中国の「不平

1 費孝通は中華民国、中華人民共和国の社会学者、人類学者、民族学者、 社会学者,中国の社会学と人

類学の基礎を創った一人。第七、八回全国人民代表大会 常務委員会副委員長,中国人民政治協商会議第 六回全国委員会副主席を務めた。

2 張雨林『県属镇的農民工』江蘇人民出版社、1984年

3国務院研究室課題組『中国農民工調研報告』中国言実出版社、2006年

4鄭功成・黄黎若蓮等著『中国農民工問題と社会保護』人民出版社、2007年

5 陳映芳『制度設計と身分認定』中国社会科学院研究所『社会学研究』2005年

6 藩立人『弱勢群体』民主与出版社、2005年

7 石暁紅「都市労働市場の構造・変動と出稼ぎ労働者の就業『現代社会文化研究』第34号、2005年

8于様・徐栄「中国の弱者層と社会保障」埋橋孝文他『中国の弱者層と社会保障』明石書店、2012年

(9)

等」の問題として「都市・農村の分離」を取り上げそこで農民工を論じている

9

。 農民工が抱える諸問題は多様であるが、その中心は労働と生活、社会保障に関する格 差・貧困にある。農民工の社会保障に関しては、厳春鶴氏が就労と生活実態の分析を通し て考察している。厳氏は、農民工を対象にして、地方都市における農民工の就労・生活等 方面の実態を明らかにし、それに基づいた農民工の社会保障現状とその必要性を把握し、

その問題のいくつかの課題について考察を行っている

10

。そして、新政策体制下でも改善 は見られる一方、農民工の都市部での生活の困難は、自身の心身や健康にも影響しており、

将来への不安をもたらす諸要因は解消されていないとし、その背景に農民工の現状と実際 的需要に基づく社会保障への対策、方針が欠如していることがあると指摘している。また 于様氏は、農民工の社会保障に関する全国及び地方の政策展開を分析し、「制度の不整合 性」「政府責任の欠如と高い保険料率」「任意加入と低い加入率」「低い保障水準と高い 脱退率」を問題点として明らかにした

11

。石暁紅氏は、二重の社会制度がもたらす社会保 障制度の二重化の問題点を分析している

12

農民工が抱える問題は社会保障にとどまらない。同様に深刻なのが教育問題である。陳 伊氏は中国における教育格差の問題を考察し、「農民工子女」 の教育の現状を中心に分 析している。農民工子女の教育問題には、都市と農村の格差と教育機会の均等という国家 の理念が交差している。陳氏は新自由主義的な教育政策を横軸に、 1950年以来の戸籍制度 の歴史を縦軸に置きながら整理・分析し、さらに、農民工子女の教育の実態について、教 育を受ける権利がどこまで保障されているかという観点から浙江省紹興市における現地 調査も交えながら分析した

13

。また劉綺莉氏は、農民工の基本的権利について考える際,

最も注目されている問題の一つが農民工の子どもの教育問題であると指摘し、農民工の行 動によって,単身出稼ぎ世帯から家族出稼ぎ世帯へと変化している中で、農民工の子ども たちがどのような教育を受けているのかを,親と一緒に出稼ぎ先の都市で生活している

「流動児童」と出身地に残って生活している「留守児童」をそれぞれ取り上げて分析し,

農民工の子どもの教育の問題点と対策を明らかにした

14

個別分野を包含した農民工全体にかかわる政策に関しては、 2005年4~8月の期間,中 国では温家宝国務院総理の指示によって,国務院牽頭組織が行った農民工問題に関する調 査研究を踏まえた劉懐廉

15

氏の「農民工政策に関するいくつかの問題」が、歴史と現状、

特徴及び趨勢を総括的に論じ全体像を明らかにしている。

農民工に関する研究は、以上のように多岐にわたっており、個別分野も含めると多くの 蓄積がある。そして、現状の深刻さと重要性を反映して、貧困や格差などの視点からの研 究も少なくない。とはいえ、農民工の問題を差別・不平等の視点から取り上げ、差別・不 平等がなぜ生じるのか、具体的にどのように現れているのか、そのことが農民工にどのよ うな困難をもたらしているのかを、労働と生活の全般にわたって分析した研究は極めて少 ない。しかも、その差別・不平等を本来適用されるべき法・制度、守られるべき権利に照 らし合わせて、どれほど実態が乖離しているのか、したがって、制度的に創りだされたも のであるかを、一貫して明らかにしようとした研究は、個別分野に限定した研究は幾つか

9薛進軍・荒山裕行・園田正編著『中国の不平等』日本評論社、2008年

10 厳春鶴「中国における農民工の社会保障問題に関する一考察」『海外社会保障研究』第179号、2012

11 于洋「農民工の社会保障」埋橋孝文他『中国の弱者層と社会保障』明石書店、2012年、所収

12 石暁紅、前掲論文

13 陳伊「中国における農民工子女に対する教育問題」千葉大学『人文研究』2010年

14 劉綺莉「中国の出稼ぎ労働者の歴史形成過程および特徴に関する分析」金沢大学『社会環境研究』第

11号、2006年

15 劉懐廉「農民工政策に関するいくつかの問題」『季刊北海学園大学経済論集』 55(3), 2007年12月

(10)

あるものの、この点に焦点を当てた本格的な研究はまだ始まったばかりであり、先行研究 も上で取り上げたもの以外は、ほとんど見られない。この視点からの包括的な研究となる と皆無といってよい。

そこで、本論文では農民工問題を差別・不平等の視点から分析し、農民工をめぐる差別・

不平等の実態をできるだけ包括的に明らかにし、差別・不平等を克服していくための政策 課題を検討することを課題とした。とはいえ、すべての領域を取り上げることはできない ので、農民工が抱える主要な問題である、市民生活と労働及び社会保障を主な対象とした。

三、本論文の課題と構成

農民工は中国独特な制度の変遷に齎された特殊な社会現象である。中国は既に二億人以 上の余剰労働力が都市部に流れている。農村の余剰労働力が都市部に出稼ぎに流れること は中国社会の工業化、都市化そして現代化の発展と中国全面小康社会の建設に欠かせない。

実践で証明されたように農民工の都市部への出稼ぎは農民の収入増加、都市と農村との無 差別化に繋がると同時に、都市と農村という二元社会の対立を打ち破り、新しい制度を作 り出す一種の原動力でもある。しかしながら、現在の農民工は廉価の労働力で都市の発展 と繁栄に汗を流し、中国全面小康社会の建設の主力軍でありながら中国労働者階級の中の 体化された集団であり、中国社会において軽視され、権益が侵害された労働者集団である。

上で述べたように、農民工の問題は、各国が経験してきた、あるいは今も経験している 農民の都市への流出、余剰農業労働力の移転という共通性とともに、中国に特有な特徴を 持っている。その特徴は中国社会に特有な社会制度、その典型としての戸籍制度による都 市と農村の分離と社会制度の二重化、そしてそのことがもたらす差別と貧困として捉える ことができる。そこで、本論文では農民工問題を人権保障の視点から分析し、農民工問題 に現れた人権侵害の実態と問題、課題をできるだけ包括的に明らかにする。とはいえ、す べての領域を取り上げることはできないので、農民工が抱える主要な問題である労働と社 会保障を主な対象としたい。

第一章では、農民工問題の由来と背景について分析し、特殊な現象としての農民工問題 の性格を明らかにする。第二章では、農民工の社会的地位と労働と生活の現状を分析し、

三章以下で取り上げる問題の全体状況と特徴を明らかにする。第三章では、農民工の市民 的及び政治的地位と差別・不平等について、平等、政治参加、結社、移動と住居の自由、

人身の自由、教育の各側面から分析し、守られるべき権利の内容とその実態、そして課題

をそれぞれ明らかにする。第四章では、農民工の労働に焦点を当て、就業、報酬取得、職

業安全、職業訓練、労働紛争処理の側面から差別・不平等を分析し、守られるべき権利の

内容とその実態、そして課題をそれぞれ明らかにする。第五章では、農民工の社会保障に

焦点を当て、社会保障における差別・不平等の実態とその要因、意義と課題を明らかにす

る。第六章では、農民工の人権保障への展望を取り上げ、改善へ向けた具体的な課題を提

起する。

(11)

第一章 農民工問題の由来と背景

一、農民工とその意味

農民工(農村から都市への出稼ぎ労働者ともいう)とは、簡単に言えば、農村の戸籍身 分を有しながら、都市に出稼ぎに出て各種労働に従事する労働者のことである。具体的に は、戸籍が農村に有りながら、伝統的な農業生産経営活動と完全に又は基本的にかけ離れ、

主に都市部で各種類の企業で働き、商売及びその他サービス業に従事して生活する人たち のことである。

農民工は中国で特殊な制度変遷と社会変化の時代に現れた特殊な群体である。 「農民」

はその群体の身分マークであり、都市部で働いているといっても農村戸籍であり、農村の 住民であることを示す。 「工」はその群体の職業マークであり、従事しているのは農業生 産ではなく、非農業生産で、従業員であることを示す。農民工は第二次、第三次産業に長 く従事して主要な収入を得てはいるが、戸籍が農村にあり、戸籍身分が農民である労働者 のこととも言える。

その群体は一般的に四種類に分けられる。 (1) 、国営企業、事業単位、集団的企業、三 資企業、私営企業、個人経営者など中、大都市の各種類企業より雇われた農民工(契約労 働者と長期臨時雇いも含む) (2) 、雇い主はなく、個人経営や自家経営を営む都市にいる 農民、都市での仕事、生活に一定年数がある者。 (3) 、中、大都市の周辺又は衛星都市に いる農村戸籍の者、そのうち雇い主ありとなしの二種類がある。 (4) 、一定の規模と年数 で中小都市の郷鎮企業に集まる従業員

16

その労働者群体の特徴として以下の点を挙げることができる。 (1) 、労働者本人は長年

都市又は企業で非農業労働生産に従事し、殆ど又は完全に農業生産から離脱し、労働者の 主要な生活収入は給料収入である。 (2) 、労働者本人が農村戸籍である。 (3) 、労働者本 人は農村で土地(請負)使用権を持ち、且つ関係義務を負う。 (4) 、労働者は戸籍が原因 で就職以来労働と社会保障体制にずっと入っていない又は完全に入っていないため、 「職 員」待遇が受けられず、都市の職員と同一の労働、同一の賃金も受けられない。 (5) 、労 働者は戸籍が原因で労働している都市で選挙権と被選挙権を持たない。 (6) 、労働者は戸 籍の原因で労働している都市で「外来人口」または「流動人口」として社会管理されてい る。 (7) 、労働者は戸籍が原因で多数が雇主と労働契約を結んでいない。

上記の特徴により、農民工の労働、職業及びその収入の性質は「職員階級の一部」であ ると分かる。しかし、戸籍が原因で、彼らは都市の職員と同等な労働待遇、政治待遇と福 祉待遇を持つことができない。

二、特殊な制度変化による特殊な現象としての農民工

1954 年、ノーベル経済学賞受賞者であり、発展経済学の主導者である W.Arthur Lewis 氏

17

は「労働の無限供給による経済発展」を発表し、 「二元経済」発展モードを提起した。

発展途上国では経済発展の初期に、弱い現代工業部門と強い伝統農業部門が存在すること により、二元構造が形成したと Lewis 氏は考える。これら国の経済発展は、都市化と工業 化の過程、つまり、現代都市工業部門の拡大と伝統農業部門の縮小の過程にある。この過 程において、発展途上国は伝統農業の豊富な労働力資源を利用して経済発展を加速させる。

Lewis 氏はこの過程を詳しく分析し、現代都市工業の拡大と伝統農業の縮小により、農村

16張啓春「从農村到都市就业人员的社会保障問題」『江漢論壇』、2003年第3号

17 W.Arthur Lewis:Economic development with unlimited supplies of labour,Manchester School of Economics,Vol.22 No.2,1954

(12)

労働力が大量に余り、これらの労働力により都市工業への供給価格は非常に安いことを明 らかにした。また、二元経済の展開について以下のプロセスを明らかにした。工業生産の 限界労働生産率が農業の余剰労働力の給料よりかなり高いため、工業生産は農業から労働 力を無限に供給される。農業の一人当たり生産レベルは低いため、農業から転移してきた 労働力の給料レベルも工業限界労働生産率よりかなり低いことにより、工業は労働力の供 給価格と限界労働生産率の差額から巨額利潤が取られる。同時に、工業利潤の貯蓄傾向が 高いため、都市工業生産の農業の余剰労働力に対する吸引力がさらに高くなり、これで蓄 積効果が生まれる。即ち、農村労働力が都市工業に転移するにつれ、農村労働力の限界生 産率は上がりつつあり、工業労働力の限界生産率は下がる。工業と農業労働力の限界生産 率が同じくなるまでこの効果は止ならない。同じくなった時、都市と農村の二元経済構造 は一元経済構造になり、工業農業経済はバランスよく発展するようになる。

Lewis 氏の理論によれば、経済発展過程は現代工業部門の伝統農業部門への拡張過程

であり、この拡張過程は伝統農業部門に累積した余剰労働力が全部転移され、都市と農村 が一体化した労働力市場が生まれるまで続く。ほとんどの発展途上国は「二元経済」の発 展過程を経験する。その著しい特徴として、農村労働力の余剰が工業化に低価の労働力供 給を提供することにより、雇用関係は労働者に不利に働き、都市と農村との収入差は絶え ず発生する。労働力が無限供給から不足に転じると、経済成長方式は質的な飛躍が生まれ、

現代経済成長段階に入る、この変化するポイントは「W.Arthur Lewis の転換点」

18

と呼ば れる。

Lewis 氏の理論は、多くの発展途上国の経済発展の経験を纏めたうえで提起されている

ので、中国農村労働力が都市と工業へ転移していく過程を理解するのに参考となる。

農民工と農民工問題の出現は、1980 年代初頭以来の農村余剰労働力の都市への転移に よるものであり、農民工は中国経済社会の持続発展の非常に重要な指標になるものである。

また、中国工業化過程の加速と伝統戸籍制度との大きな衝突による結果でもある。

世界を見れば、西洋先進国では農業社会が工業社会に変化した経験はあるが、計画経済 から市場経済へ変化した経験はない。工業化過程と都市化過程はほとんど同期であるため、

農民は職員に変化するのに伴い、農村居民が都市居民になる。したがって、西洋先進国で は中国の「農民工」現象に類似するものはなかった。大規模な農民工ブームにより、中国 大陸では、工業化と農村余剰労働力が都市に転移する過程は実際に始っている。ただ、こ の転移は西洋先進国及びほかの基本的に都市化の実現した国家で発生した農村から都市 への移民過程とは、後に見るように異なる。ただし、表面の現象から見れば、それらの国 の移民過程は農村の居民が都市で仕事し、定住する過程である。この過程は中国ではいわ ゆる「農民工」の形で現れている。

中国に現れた「農民工」という特殊な社会群体は、中国が二元経済から現代一元経済、

計画経済から市場経済への変化において、各改革がアンバランスに推進された結果である。

具体的に言えば、都市と農村の二元戸籍管理制度が根本的に改革されない前提で、農村労 働力市場は先に開放され、農村労働力の自由な流動が許可された。そのため、農村労働力 は労働力市場の競争で比較的に自由に職業を選択でき、そこには都市での就職も含まれた。

その結果、戸籍を自由に選択できない、永久住居地を自由に選択できない、社会身分も自 由に変えられない、農民工が生まれたのである。

したがって、農民工は中国社会主義現代化建設の途中に現れた特殊な群体である。すで に述べたように、身分から言うと、彼らは農村から来て、農村戸籍を持ち、戸籍身分は農 民、故郷で土地を請け負い、家族が一定の程度で直接又は間接で農業労働をし、農業生産

18 蘇勇「W.Arthur Lewis転換点」『文滙報』2010年3月2日

(13)

から一部収入を得る人もいる。他方、職業から言うと、彼らは職員である。彼らは一年の 殆どの時間を都市で過ごし、各種企業、事業単位、工場で第二次、第三次産業の労働に従 事する。たとえば体力労働又はサービス業などで得る労働報酬が収入源になる。

都市では農民工の労働力市場での受取と社会身分面での排斥が共存する。中国では現在 の都市化過程と工業化過程は同期ではなく、社会管理制度面の改革が経済体制面の改革よ り遅れている。農業労働力転移、農民が非農民に変化することは人類の社会経済発展の必 然的な趨勢であり、世界各国にも必ず現れる一般法則と一般現象であるが、農民工は中国 に特殊な制度変化による特殊な現象である。

三、農民工問題の由来と背景

(一)農民工問題が発生する経済的要因

経済の角度から見れば、農民工は工業化、都市化による避けられない結果であり、農村 余剰労働力の避けられない表現形式である。大規模な農民工ブームは農村の大量の余剰労 働力の存在があるからであり、農民工ブームは農村余剰労働力が都市へ移転する過程を具 現したものである。

一般的に、工業化の発展により、国民経済が一定の段階まで発展すれば、生産力レベル が高まり、労働手段の改善につれ、農業生産に必要な労働力は減少し、その結果、農村余 剰労働力が現れるようになる。中国も例外ではない。しかし中国の特殊な事情もある。中 国農村人口は非常に多く、経済成長も速く、しかも耕地面積の減少が見られた。これらが 大規模農村労働力余剰を生み出す重要な要素になった。歴史上では、中国は人口の多い国 であり、人口の基数も大きい。計画出産制度を実施したが、およそ 60 年で人口は建国初 期と比べ 2 倍となり、13 億人になった。そのうちの多くが農民であり、農村に集中して いる。しかし、現在の農村の生産力ではこれほど多くの労働力は必要としない上に、人々 の物質的な生活レベルも大幅に高められた。特に目立つのは農民の住宅の建設で、これに より大量の耕地が占用された。さらにインフラの建設による政府の土地徴用、また土地砂 漠化などによって、中国の耕地面積は以前より大幅に減少した。現在、中国の総耕地面積 は少ないが、一人当たりの耕地面積はさらに少ない。土地がないため、農村の余剰労働力 も日々増え、2000 年頃には、中国農村には少なくとも 1.2 億人の労働力の余剰が存在し ていた

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。このような状況で、都市、郷鎮への農村労働者は増加した。

農村における余剰労働力の増加には、中国に特有な 2 種類の原因が存在している。第一 は、先ほど述べた一人当たりの平均耕地資源が比較的乏しいこと、つまり、大量の農業労 働力と有限の耕地面積が結合していることである。第二は、平均分配の土地制度である。

現在の土地請負制度は基本的に平均分配を特徴としている。この二つの原因が合わされる と、一人の農業労働力が有する耕地面積は僅かになる。これにより、極めて小さくて、分 散、且つ平均した経営方式が形成され、規模の大きい経営は根本的に不可能になる。この 状況では、小さな規模の農業生産をする農民は他の収入源がなければ、収入は相当低いレ ベルになる。西洋先進国において、農業人口は基本的に 10%以下であり、一人の農業労 働力が生産する食糧は何十人分ひいては百人分にもなる。しかも、国家からの保護に頼る ことにより、工業部門の従業員に相当する収入が得られる。ところが、中国では、三分の 二の労働力は農業に従事しているにもかかわらず、農業が生産する食糧は国内の消費を満 足させるぎりぎりの水準でしかない。農民が生産する食糧は自分の消費の分だけとも言え る。例えば、中国大陸の食糧の総生産量は 1994 年に 8900 億斤、1995 年に 9200 億斤であ った。現在約 9 億の人口は農村にいるため、一人当たり消費量を 500 斤で計算すれば、 4500

19朱啓臻『農村社会学』中国農業大学出版社、 2002年、291ページ

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億斤が必要であり、農民が自分で豚の飼育及びほかの利用に回す分を差し引けば、毎年市 場流通に入る商品食糧は実際には約 1200 億斤ぐらいしかない。この市場に入る 1200 億斤 の食糧の中に、国が定量購入するものと国家市場が購入するものが合わせて約 800 億斤あ る。このような状態では、農業はほとんどもうからない産業となり、結果として、農業を 主とする農村において貧乏化が普遍的となる。 「耕作はもうからない」は大量の農民が都 市に行く主な理由である。

農民が大量に都市に行くことはこうした状況への直接の対応である。中国の人口は増え つつあり、農村土地の限界生産効果は減りつつある。そのことが余剰労働力の出現をプッ シュしている。中国の工業化と都市化の進度が加速したため、都市は経済発展が比較的有 利である。それが余剰労働力を「引く力」になっている。これら二つの力によって、農村 余剰労働力が都市に殺到する事態をもたらした。

20

(二)農民工問題の政治的および社会制度的要因

政治と社会制度から見れば、二元構造のもとでの中国の社会政治経済制度のアンバラン スが農民が都市部に殺到する重要な要因である。

新中国が成立した後、まずは土地革命を行い、土地を農民に分配した。次に三大改造

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を行い、個人で占有している商工業を公私共営に変えた。その時では、産業労働者と農民 は同じ階層であり、平等に社会資源を占有すべきとされた。しかし、当時の条件において は、実際には平等に占有することができなかった。そこで、1958 年、全国人民代表大会 常務委員会は会議を行い、 「中華人民共和国戸籍登録条例」を採決した。そして農村人口 が都市に移動することに対して厳しく制限した。だが、これで農村と都市との関係が根本 的に切り離され、都市住民と農村とは完全に違う身分となり、 「二元社会構造」の形成へ と導いた。経済上では都市住民はほとんど給料があり、享有する生活手段も農村の農民よ り随分多く、就職などでも優遇政策を享有するが、農村の農民は享有しない。このような 体制の下で、社会心理として、 「都市人」と「田舎人」との二種類の心理要素が現れた。

今でも、この心理要素は依然として存在している。この心理があるからこそ、農村の余剰 人口が都市に移転した後、都市住民との明らかな格差が現れた。

この社会体制では、農業資源は絶えずに都市へ移転した。工業化、特に重工業の発展が 資金及び技術などの不足をもたらした。技術は、外国からの導入で解決できるが、資金の 問題は農業から補償する、つまり農民から得るしかない。これらのことが原因で、中国の 農村は長期にわたって貧乏の状態に置かれ、農村と都市との矛盾が明らかに現れるように なった。農村改革を行い、土地に対して農家生産請負責任制を実施して以後も、農村への 残留を実現できていない。

1984 年、国家は農民が都市に行き、仕事し、商売を行うことを許可したが、戸籍問題 は解決していない。農民は都市に行っても、自分の食糧は自分で確保しなければならず、

社会保障措置も完全ではない。それゆえに、農民が都市に行った場合生活はさらに苦しい。

しかも、その後の都市改革と発展の計画によって、各都市はその都市へ行った住民に厳し い条件、制限を設けた。農民が都市へ行く道は、相変わらず厳しい。

社会政治経済政策のアンバランスのもう一つの面は農村と都市への資源配置に現れて いる。改革前には、中国の社会資源は基本的には行政的な分配体制で、時に市場で配置を 調節してきた。この状況において、都市と農村は完全に違う制度を実施していた。たとえ ば、教育と公共施設の投入について、都市の教育とインフラはほとんど完全に国家より投

20孫立平 对農民工問題的几个基本看法 http://www.chinaelections.org(2009-8-7)

21 厳善平『農民国家の課題』名古屋大学出版会、2002年

(15)

入されるが、農村に対しては、国家の投入はわずかであり、相当な部分は農民が自分で負 担した。国家は毎年億元もの財政支出を都市インフラの建設に充てるが、農村に充てられ る額はきわめて少ない。農村のインフラはほとんど農民が自分でお金を出して、自分の力 で作ってきた。このアンバランスな状況のため、農民が都市に行った後でも都市人になれ ず、また農村の完全な農民にもなれず、結果的に中国社会の周辺人になった。行政による 農村管理が村の経済資源を取りすぎたため、農民は村以外の場で生存を求めなければなら なくなった。なかでも都市は一番いい選択肢となった

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(三)農民の選択と農民工問題

「水が自然に低い所に流れるように,人は高い所を目ざす」との諺があるが、都市と農 村の間の格差が都市の発展によってさらに大きくなった時、多くの農民が農村から都市へ 移動しはじめた。1980 年代後半以後は、土地から完全に離れ、都市に移住する農民が次 第に多くなった。その直接の理由は、農業生産利潤が低くなり、農民の収入が減少したた めである。もう一つは、都市生活の先進文明への憧れである。農村にはない先進な生活様 式と生活レベルに憧れ、農民は都市に行くことを望むようになった。都市の最下層にあっ ても、都市住民が嫌がる「下等な仕事」をやっても、惜しくはないと考えるようになった。

この現象は社会学的には、Abraham Harold Maslow

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の欲求理論で説明できる。 Maslow は欲求を五段階に分けている。具体的には生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳(承 認)欲求、自己実現である。すべての欲求を同時に全部満足させることができない場合、

一番重要な欲求を満足させようとする Maslow は言う。一番前にある欲求が満足されたら さらに高い需要の充足が可能になる。農民が農村で衣食住の問題を基本的に解決するにつ れ、彼らは必ずさらにいいところに行っていい発展を求めるようになる。このいいところ として、一番理想的な選択は都市である。

2004 年 4 月に北京、上海、広州、武漢の 4 つの都市の 979 名(農村戸籍を持つ 16~40 歳で、高等教育を受けていない農民工)を対象者にして調査した結果、 69%の人は「この 都市の一員になりたい」 、 72%の人は「ローカル都市住民と付き合いたい」 、 82%の人は「都 市の生活が好きだ」、90%の人は「そこの都市住民から尊重を受けたい」

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と回答した。

経済学者の T.Sehultze は 1960 年代に農民も理性的な「経済人」だと指摘した。貧乏な状 況にある農民(農民工も含め)は選択行為毎に綿密に考える。貧しいからこそ、彼らは「一 分のお金でも二回に分けて使う」 。つまり、農民は「経済人」の理性に従って自分の行為 を綿密に考えて選択する。その結果として、彼らは都市への移動を選択した。

(四)中国農民工問題の変遷過程

国家は工業化、都市化を実現する過程において、大量の農民、農村労働力が都市へ移転 し、都市の従業員又は職員になり、都市住民になる。すべての先進国はそのように歩んで きた。

中国は 1949 年から工業化を進め、1957 年までに、基本的に工業化への道を歩み始め、

工業建設を大量に行ってきた。農民はその段階において大量に都市に行った。その結果、

毎年都市化が1パーセントずつ広がっていった。1958 年に、この状況に大きな変化があ った。1958 年から、中国は人民公社化を実行した。人民公社化は「政社合一」

25

、 「工農

22李培林『農民工――在中国都市的農民工的経済社会现状分析』社会科学文献出版社2003年150ページ

23 Abraham Harold Maslow 小口忠彦訳『人間性の心理学(改定新版)』産能大出版部、1987年

24鄧理峰・曾慧超「4都市農民工調査:希望和都市融为一体」『中国青年報』2004年

25「 政社合一」:農村人民公社が農業経済運営の主体であるばかりでなく郷・鎮の行政事務を合わせ管理

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商学兵一体化」を行い、農業だけではなく、工業もう行うようになった。そのため、当時 公社には数多くの農業機械修理工場、小さな化学肥料工場などが設けられた。生産大隊も 米、小麦粉の加工工場などを設立した。その当時、人民公社は「政社合一」で、人々を強 く引きつけた。公社の工場で働く人は職員になった。だが、身分は農民であり、ほかの公 社員と同じように労働点数で分配されるが、仕事は工業労働であった。

農村には工業生産の長い歴史を持っている。工業品を沢山必要とするため、農村におい ても、農業と関係なく製品を生産した。例えば、服装、靴、機械部品等である。ある時期 から、企業を作る公社も現れた。文化大革命が終わる時期には、江蘇省南部などの地区に おいて、農村工場は数多く存在しており、これらは「社隊企業」と呼ばれた。これら社隊 企業の従業員は現在で言う農民工のことであるが、当時は「社員」と呼ばれた。工業生産 を行うが、生産隊で労働点数を記録し、農民の分配と同じであり、身分は依然として社員、

農民であった。人民公社が解体した後、また変化した。1970 年代末から 80 年代初めに、

全国では戸別生産請負制、世代生産請負責任制が実行された。80 年代には、生産責任制 が普及した後、体制は変化し、数年間で、農業生産は大きく発展した。1984 年、農民が 食糧を売ることが難しくなるという事態が初めて発生した。農民には余った食糧、余った お金があり、労働力も余っていた。 1984 年、 1985 年以後、大量の農村工場が現れた。 1984 年、農業部の書類により、社隊企業は全て郷鎮企業へと名前が変更された。

郷鎮企業は発展したが、郷鎮企業の従業員は実際には農民である。張雨林教授により「農 民工」との用語が提示された後、 「農民工」という言い方が大量に使われるようになった。

はじめは中国社会学界、その後は経済学界、社会科学界全体も「農民工」に対して高く評 価した。 「農民工」は「土地を離れるが郷を離れず、工場に入るが都市に入らない」と纏 め、郷鎮企業は中国独自の工業化の道であり、都市と農村の差を小さくでき、中国独自の 社会主義を推進できると評価した。その時、大都市は「欠点」があると皆に思われ、郷鎮 企業はその欠点を避けることができると認められた。それゆえに、政府は「郷鎮企業は中 国農民が共産党のリードで行った 2 番目の偉大な創造である」とまで評価した。このよう に農民工に対して、当時は高く評価し、支持した。そして、農民工はその後急速に発展し た。

1980 年代初期には、深センが大きく発展した。珠江デルタは大量の香港資本を受けま

した、台湾からの資本も流入した。上海には外国からの資本も流入した。まず、広東の珠 江デルタで大量の外資系企業が発展した。深センの農民工は土地だけではなく、郷も離れ た。その後、土地も郷も離れる職員が大量に現れた。そして農民は二種類に分けられるに ようになった。一種類は土地も郷も離れる農民、もう一種類は土地を離れるが郷を離れな い農民である。1988 年までに全国の農民工は、約 3000 万人に達した。

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1992 年、鄧小平の南方視察講話後、経済はさらに大発展した。その後の数年間、基本

的に毎年一千万人ずつ農民工が増え、1996-1997 年になると、農民工は既に 8000 万人に 達した。2002 年末には、農業部の統計によると、農民工は 9460 万人にのぼった。

国家統計局の農民工統計監視調査によれば、2008 年 12 月 31 日に至るまで、全国の農 民工総数は 22542 万人であった

27

。そのうち、ローカル郷鎮企業以外の企業に就職してい る出稼ぎ農民工は 1 億 4041 万人、農民工総数の 62.3%である。ローカル郷鎮以内のロー カル農民工は 8501 万人、農民工総数の 37.7%である。出稼ぎの 1 億 4041 万人の農民工 を出身地で分ければ、中部、西部と東部地区からの農民工の割合はそれぞれ 37.6%、

すること。

26 厳善平『農村から都市へ―1億3000万人の農民大移動』岩波書店、2009年

27 中国国家統計局『中国統計年鑑』

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32.7%、 29.7%である。移転先で分ければ、東部地区が 71%、中部は 13.2%、西部は 15.4%

である。また、ローカルで就職する 8501 万人の農民工は主に東部に集中し、その比率は

62.1%であり、中部地区は 22.8%、西部地区は 15.1%である。

1990 年代の初めに農民工ブームが現れた時から現在まで、農村から 3 世帯の農民工が

生まれた。 1 世帯目は 1960~1969 年ごろの生まれである。この世帯は 25 歳までは基本的 に農村で過ごし、文化のレベルは高くなく、仕事への要求もそれほど高くなく、工賃が彼 らの最低限の目標値に達成すればそれでよいと考えた。彼らは勤勉であり、都市で淘汰さ れた時、農業のスキルを持つため、農村に戻って農業に従事してもうまくやっていけた。

2世帯目は 1970~1979 年ごろの生まれである。彼らと前の世代との相違点は二つある。

①文化レベルは高くなった。②畑仕事のスキルは前の世帯より弱い。また家庭の特徴とし て、前の世代と違って、殆ど子どもがいるため、子どもの教育と生活のために、一般的に 2 カ所に分かれて住んだ。奥さんは家で子どもを育て、主人は外で働いてお金を稼ぐスタ イルである。

3世帯目は 1980 年代の生まれである。前の 2 世代と比べ、この世代は文化のレベルは 高くなり、殆どは高校卒業又は職業高校を卒業し、仕事への目標値も一番高い。学校から 社会に直接入るため、多数の人は畑仕事の経験及び勤勉の精神は乏しい。しかし、彼らが 受けた教育は都市と同じレベルになっていないため、従事できる仕事は彼らの目標値より 低い。しかし、彼らの合法的権利を守る意識は前の世帯より高いし、法律と人権に対する 考えも持ってあり、社会から注目されつつある。

農民工は新時代のチャレンジャーであるが、旧制度の残留物でもある。改革の風は都市

と農村との隔離の壁を吹き飛ばした。自由を憧れ、幸せな新生活を求める億万の農民は潮

のように農村から脱出して自由で幅広いこの空に出て、青春を捧げる。農民工は市場経済

のチャレンジャーであり、全国各地に分布し、黙々として汗を流して、中国のGDPの持

続的な成長に大きな貢献をし、中国の発展に偉大な功績を残した。農民工は新しい社会階

層として中国で興起している。農民工は 2 億人もおり、 「新労働者階層」と呼ばれる。農

民工の集団意識は増え、合法的な権益を守る意識は強くなり、社会参加意識も徐々に強く

なり、彼らの組織化も上昇している。農民工はすでに中国の特定な社会群体となっている。

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第二章、農民工の社会的地位と労働と生活の現状

一、中国労働者階級の主要な力としての農民工

全国総工会は国家統計局と一年間をかけて、新中国の成立以来最大規模の「第五回全国 職員集団状況調査」を行った。調査データによれば、2003 年末までに、中国の就職人数 は 7 億 4423 万人であり、そのうち第一次から第三次の三つの産業の構成はそれぞれ 49.1%、 21.6%と 29.3%である。第二次、第三次産業が受け入れた労働力は 3 億 7886 万 人である。農民工は主に第二次産業に集中し、その割合は 82.7%にも達している。その うち、製造業、建築業と採鉱業はそれぞれ 66.2%、 13.0%と 3.5%である

28

。中国は今な お農民工統計の指標と体系を立てていないため、農民工は何人いるか、どのように分布し ているか、どんな状況なのかに関して、正しい統計はないが、農民工が現在中国労働者階 級集団の重要な構成部分となったことは確実である。

清華大学の李強教授などが行った第 5 回人口調査の結果のサンプリングデータ分析に よれば、都市に入る外来人口が従事する業界は製造業(都市外来人口の 37.7%) 、卸と小 売り貿易及び飲食業(28.6%)に集中し、次は社会サービス業(8.3%) 、建築業(10%)

であり、ほかの業界の割合は少ない。また、都市外来人口の職業から見れば、生産、運輸 設備操作者及び関係従業員(47.5%)と商業、サービス業従業員(36.1%)が外来人口の 主要な職業である

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。これらの業界と職業は都市ではレベルが低い。

もちろん地区によって状況は違う。たとえば大都会の北京市では、1997 年外来人口全 面調査によれば、商業サービス業に従事する人は 50%近い。建築業は 27.6%、製造業は 13.8%でしかない。広東珠江デルタは「世界の工場」になり、工業開発区は都市と農村に 分布している。製造業で就職する外来人口は割合が 70%以上、外来労働者の総数はおお よそ 1100 万人(ローカルに来て半年以下の人は算入していない)にのぼる

30

。農民工は 中国ひいては世界で一番大きな出稼ぎ群となった。

都市農民工は都市の周辺にいる「周辺者」であるが、実際は労働者階級の一部であり、

労働者階級に属する。ただし、現在の都市の政策により労働者階級から排除され、 「周辺 者」になっただけである。労働者階級の一部というのは以下のような彼らの仕事と生活か ら明らかである。

1、土地に依存する生存方式から離脱した。彼らの殆どは長年都市で生活し、土地から 離れた。ある人は農繁期だけしばらく手伝いに帰る。ある人は土地を捨てて、家族全員で 都市で仕事し、生計の道を図る。土地を保留するのは、都市が彼らを受け入れてくれなく て、都市の社会保障から排除されるからである。土地は将来の生活保障の印になる。

2、都市での仕事による収入が家庭収入の主要な収入源になった。近年、農産品の価格 が下がりつつあるため、農業収入も下がり、農業の利益は低い。一方、都市での仕事によ る収入は家族の農業収入よりずいぶん高い。多くの農民の仕事による収入は家庭収入の主 要な収入源になっている。

3、都市労働者の代替役になっている。都市の農民工はある面で都市の労働力にはでき ないプラスの役割をする。たとえば、建設工事、企業の重労働又は手仕事の従業員はほと んど農民工である。また多数の農民工は都市で露店、店を営み、古いものの修理サービス 業、加工業、商業、飲食業などに従事し、都市の住民に特色のあるサービスを提供し、都 市に必要であるが欠けている業界を埋めている。また、都市の汚い、疲れる、苦しい、危

28 中国国家統計局『中国統計年鑑』

29 李強「労働力供給『拐点』と中国二元経済転換」『中国人口科学』2005年、第6期

30 魏城『中国農民工調査』法律出版社、2008年

(19)

ない仕事の多くは農民工が担当している。

4、都市の発展に巨大な貢献をしている。都市の発展には彼らは欠かせない。彼らは社 会的分業の一番下から都市経済の発展と都市生活の正常な営みをサポートしている。

新しい社会階層として中国に現れた農民工は、集団意識が高まり、合法的に権益を守る 意識も高くなり、社会参与意識もだんだん強くなり、組織化レベルも高くなり、中国特有 の社会群となっている。農民工は他の階層と違う明確な特徴をもっている。職業から言え ば、彼らは労働者、身分から言えば、彼らは農民である。しかし、彼らは工業労働者と農 民とはまた違う。生活は、殆ど 2 カ所に別れて住んでおり、文化生活は乏しい。組織行為 は、小さな団体行為を主としている、また自分の組織の潜在的なルールがある。改革開放 後、社会の解放、思想の活躍、人権尊重、民主権利尊重などの概念は次第に普及している。

グローバル化運動、西洋国家との情報交流も農民工階層が形成する社会環境である。

一定の階層になれば、一定の階層力があり、社会各階層と政府に圧力をかけ、制度上、

政策上、待遇上の改善を求める。政府は新階層の出現を正視しなければならない。未来の 労働力の供給は都市の新しく増加する労働力ではなく、主に農村労働力の移転に頼るほか ない。彼らは中国労働力供給の主流となった。この事実を見定めるのは非常に重要である。

農民工現象を周辺問題とする政策から主流現象にする政策に変えることが求められてい る。都市農民工が本当の労働者階級になるために必要なことはただ社会的承認だけである。

二、農民工は「周辺者」

現行政策制度の制限により、彼らは都市の一員になれないため、都市農民工と呼ぶ。こ の呼び方は都市で仕事する人が苦しい立場に置かれている社会的地位をはっきり示して いる。都市農民工は長い間戸籍制度、社会保障、就職制度などに制限され、土地から離れ ても、都市に入れない。彼らは農民とも市民とも違う群体、つまり、伝統的な意味の都市 居民でもなく、伝統的な意味の農村住民でもない、社会構造の第三の存在になっている。

現在、都市人事管理体制は今までのやり方をそのまま使っている。都市の人は単位を持 つ場合、人事記録関係の帰属でその管理上の帰属を決める。人は「単位人」となり、単位 によって管理される。しかし、農民は「単位」を持たない。人事記録もないため、彼らの 管理帰属は戸籍の所在地によって決まる。その戸籍所在地の関係部門が彼らの管理者とな る。農民工が都市に行った後、戸籍と分離する状態になり、戸籍所在地は戸籍を管理する が、人を管理できない。農民工は都市にいるが、都市戸籍を持たないため、都市管理体系 に入るのも難しい。そのため、農民は都市と農村の二種類の管理体系の隙間や周辺におか れ、周辺状態にいる「周辺者」になった。農民工を周辺化にさせるのは一連の不合理な制 度であり、戸籍制度、社会保障と福祉制度、労働就職制度、教育制度、財政制度等である。

これらの具体的な制度は全体として農民工と都市住民を区別して分離させ、農民工を都市 社会の周辺者にさせた。

都市制度から見ても、農民工は排除されている。中国の都市制度は彼らを都市社会に打 ち解けさせない。具体的には、①各地都市の計画は戸籍人口を基数とする。このような計 画は農民工に不利であることは明らかである。②都市販売用住宅制度は、農民工に彼らの 経済条件に適合する低価住宅を提供することを考慮していない。③都市教育は農民工の子 どもにオープンになっていない。教育は外来人口が都市社会に打ち解ける一番重要な方法 である。だが、現在の教育制度は農民工を都市社会でさらに周辺化させ、社会の公平を大 きく損害している。

農民工は流入地の納税者、国内総生産の創造者の一員として、政府より提供される公共

商品とサービスを享有すべく存在である。しかし、中国の財政体制と社会保障及び福祉体

参照

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