ルディアーナーの地場鉄鋼工場とビハーリー労働者
(特集 インドにおける農工連関)
著者
石上 悦朗
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
212
ページ
27-30
発行年
2013-05
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003711
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インド鉄鋼業とリローラー
(二次圧延業者)
、誘導炉
コントラクター(請負人)に率 いられたコントラクト(請負)労 働者を含め、労働者のの八割をビ ハール州出身の労働者が占める工 場の話に入る前に、インドの鉄鋼 業とパンジャーブ州について少し 長い導入を述べることをご容赦い ただきたい。 インドの粗鋼生産量は二〇一一 年に七〇〇〇万トンを超え(七二 二 〇 万 ト ン )、 鉄 鋼 超 大 国 の 中 国 (六億八三二七万トン) 、日本(一 億 七 六 〇 万 ト ン )、 ア メ リ カ( 八 六二五万トン)に続き世界第四位 にランクされる。近年では概ね経 済成長率と同じペースで生産量を 拡大してきた。しかし、インドの 鉄鋼業は製法・使用技術、生産者 の企業規模などで他の主要鉄鋼国 と大きく異なる特徴をもつ。それ は粗鋼生産(製鋼)において中小 規 模 の 誘 導 炉( Induction Fur -nace ) が 生 産 量 の 約 三 割 を 占 め ていることである。同時に製鋼の 次 工 程 で あ る 鋼 塊( イ ン ゴ ッ ト ) を圧延する加工段階において、棒 鋼および形鋼などの条鋼類生産に お い て や は り 中 小 の リ ロ ー ラ ー ( 二 次 圧 延 業 者 ) が 主 力 と な っ て いる点を指摘できる。 棒鋼、 形鋼などの鋼材の生産は、 独 立 以 前 か ら そ の 一 部 を リ ロ ー ラーが担ってきた。独立後におい ても条鋼類の鋼材供給におけるリ ローラーの地位は常に不可欠の構 成部分であった。その理由は大き く二つある。まず、一九九一年の 経済自由化以前までの政府の鉄鋼 業政策は、小規模工業保護政策と 相俟って、一貫製鉄所に対してビ レット、ブルームなど中小規模リ ローラーの原料となる半成品を比 較的低価格で供給することを義務 付け、それらを製品構成の一部と したことである。さらに、鉄鋼運 賃平衡基金制度 (一九九二年廃止) は国内のどの地域でも一貫製鉄所 所在地域(東部諸州)とほぼ同等 の価格で購買できるようにする助 成制度であり、一貫製鉄所から遠 隔地にある地方のリローラーの創 業 を 促 進 す る 要 因 と な っ た。 リ ローラーは一貫製鉄所製のビレッ トに加え、スクラップおよび小規 模電炉 (およそ能力二〇トン未満、 一九八〇年前半まで)が供給する 小 型 の ビ レ ッ ト( ペ ン シ ル イ ン ゴットと呼ばれる)を圧延の原料 としてきた。二番目の理由は、経 済自由化以降も基本的に該当する ことであるが、インド国内の地方 市 場 に お け る 地 場 の 鋼 材 需 要 は、 各地方の商人・ブローカーを需要 搬入役として、小口注文が多くか つ 品 質 よ り も 価 格 に 敏 感 な 地 方・ 国内市場をマーケットとする建設 や 機 械 製 造 な ど を 中 心 と し て お り、一貫製鉄所の鋼材が参入しに くい分野であった。さらに、イン ドにおける国内の貨物輸送のネッ トワークと効率化の遅れは、地方 における鋼材生産者の存在を不可 欠にしたともいえよう。 ちなみに、 パ ン ジ ャ ー ブ 州 の 工 業 都 市・ ル ディアーナーと鉄道距離で一番近 い国営SAIL傘下ボカロ製鉄所 は一五三六キロもある。●パンジャーブ州の鉄鋼業
パンジャーブ州は国内有数のリ ローラーの集積地である。二〇〇 九年度には三八五工場、三一一万 トンの鋼材を生産した。インド全 体では一七九四工場、二三四六万 ト ン で あ っ た( 同 年 度 )。 パ ン ジャーブ州のリローラーは国内生 産量の一三・二%を占めるが、一 見して全国平均よりも小規模であ る(一工場平均生産量、約八一〇 〇 ト ン )。 リ ロ ー ラ ー の 原 材 料 の ひとつであるペンシルインゴット を供給する誘導炉は同州に一三一 工場、一四三万トン(同年度)で あった。パンジャーブ州の地場鉄 鋼 業 の 集 積 地 は 二 つ あ る。 マ ン デ ィ・ ゴ ビ ン ド ガ ル( Mandi Gobindgarh ) と ル デ ィ ア ー ナ ー である。このうち前者はインドお よ び 鉄 鋼 業 に 関 心 の あ る 読 者 に とってもおそらく馴染みのない地 名と思われるが、両地域における 企業家、生産方式、労働者の出自 お よ び 労 働 者 管 理( コ ン ト ラ ク ターを含め)などには共通する特石
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インドに お ける
農 工 連 関
特 集
徴がみられる。大きな違いは二つ ある。ひとつは集積地としては生 産 規 模、 企 業 数 な ど で み て マ ン ディ・ゴビンドガルの方が大きい ことである。二つ目は次の点であ る。すなわち、ルディアーナーが 当地の自転車製造およびその他機 械工業向けの棒鋼類生産に特化し ているのに対して、マンディ・ゴ ビンドガルは棒鋼類を筆頭に形鋼 およびパトラとよばれる細幅鋼板 など主に建設用途を中心とし、一 部を家具・機械などの製造業向け の製品構成であり、マーケットは パンジャーブ州のみならず広く北 インドに及んでいることである。 リローラーは前述のとおり圧延 の原材料として、一貫製鉄所製の ビレット (規格外を含む) 、ペンシ ルインゴットおよびスクラップを 用いる。リローラーの中には誘導 炉をもち自前でペンシルインゴッ トを製造し、これを圧延原材料と する 「一貫」 メーカーも存在する。 本 稿 で 検 討 す る の は ル デ ィ ア ー ナー所在のこのタイプの工場であ る ⑴ 。 こ こ で は 主 に 誘 導 炉 に お け る生産と労働について検討する。
●誘導炉とは
誘 導 炉 は 電 気 炉 の 一 種 で あ る。 誘導炉は炉の周囲にあるコイルに 電気を通し、電磁誘導作用により 電気的導体(金属)の中に誘導電 流を生じさせ、電気的導体のもつ 抵抗により発熱 ・ 誘導加熱させる。 IHクッキングの原理と同じであ る。インドの誘導炉は初期(一九 八〇年代半ば)には炉能力〇・五 〜一トン程度の極小規模であった が、今日では五〜六トン規模が大 勢であり、一五〜二五トンを超え る規模もある。誘導炉の設備一式 は 国 産 メ ー カ ー 数 社 が 供 給 す る。 誘導炉はこのように現代の製鋼法 として普及している電気アーク炉 に比べ小規模であり、製品の品質 も 劣 る ⑵ 。 だ が、 ト ン 当 た り 建 設 コストが電気アーク炉に比べ低廉 であり、建設期間が短く参入が容 易な点がインド地方市場で普及し ている要因である。誘導炉は前述 のように地方市場の求める品質よ り価格の低廉性という要求、さら に小口の注文に対して柔軟・迅速 に 対 応 で き る と い う 優 位 を も つ。 加えて、誘導炉の操業に求められ る技術が全般的に低位であり、高 度な技術者や熟練労働者を最小限 に抑えることができる。●
誘導炉工場の生産工程と労働 本誘導炉工場におけるペンシル インゴットの生産工程を簡単に説 明しておこう(図 1参照) 。 本工場は二シフト、計二一時間 操業(労働者は基準八時間プラス 超 過 三 時 間 労 働 ) で あ る。 ま ず、 搬入・搬出3 ヘルパー 1 自走クレーン オペレーター 1 クレーン オペレーター 3 電気フォアマン1 ヘルパー 3 溶接工3 メカニカル フォアマン1 ヘルパー 2 ケミスト1 鋳型 ウォッシャー 1 メイソン・ ヘルパー 2 メイソン1 鋳型ヘルパー 3 鋳型セッター 1 ヘルパー 5 バリマン (炉改修)4 誘導炉 オペレーター 1 [フォアマン] メルター (炉技師)1 資材担当者1 スクラップ・ スーパー バイザー 1 マネージャー ダイレクター 下請け。(コントラクター とは別業者) 図1 誘導炉工場の組織図 (出所)聴き取りから筆者作成。 (注)数字は1シフト当たりの人員数。破線枠はコントラクター(Thekedar)請負分。①スクラップ管理である。本工場 では、パンジャーブ州の他の工場 も 同 様 で あ る が、 原 材 料 に ス ク ラップを八〇〜九〇%を用い、残 り は 海 綿 鉄 等 ⑶ を 使 う。 ス ク ラ ッ プの化学組成の測定およびるつぼ に入れるための下準備(スクラッ プのより分け、圧縮、溶接工によ る切断など)が必要となる。 ②誘導炉での溶解作業。顧客の 注文に応じた化学組成要件を満た すためのスクラップの選定は第一 義的にはマネージャーが行う。本 工場のマネージャーは大学で冶金 工学を学び、電気アーク炉のエン ジニアから誘導炉に転じ、計三〇 年以上の経験を有する。誘導炉で は長年の経験による勘も必要との ことである。本工場には容量六ト ン の 炉 が 二 基 据 え つ け ら れ て い る。通常、一日二一時間の操業中 に一基を用い、一タップ(溶鋼の 湯出し、取鍋への注入、鋳型への 流し込みなど一連の作業)二時間 程度計一〇タップ操業する。使用 した炉を翌日は休ませ、バリマン ( Bari man )と呼ばれるコントラ クト労働者が炉壁の改修作業に当 たる。別のもう一基が代わって操 業に入ることになる。炉の作業は メルターの指示の下、経験あるコ ントラクト労働者である誘導炉オ ペレーター(フォアマン格)とヘ ルパーが担当する。前のタップで すでに高温になっているるつぼに 労働者がスクラップを入れるとこ ろから作業が始まり、次第に高温 になり溶融が始まるとさらにスク ラップを投げ入れ続ける(写真 1 参照) 。炉の温度は最高一六五〇℃ まで上げられる。タッピング(溶 鋼の湯出し)までの間に、長い鉄 棒で浮き上がったスラグを取り出 す、溶鋼のサンプルを取り化学組 成をチェックする、温度を測るな どの作業も行われる。スクラップ の選定、投げ入れ方を誤るとるつ ぼが爆発状態になり、高熱の溶鋼 が飛び散る可能性もある、大変危 険な作業である。 ③取鍋から鋳型へ。灼熱の溶鋼 は 一 六 〇 〇 ℃ ま で 少 し 温 度 を 下 げ、鋳型に流し込むためにクレー ン に 吊 り 下 げ ら れ た 取 鍋 に 注 入、 移される。ここからはクレーンオ ペ レ ー タ ー の 腕 の 見 せ 所 で あ る。 取鍋には六トン強の溶鋼が入って いる。取鍋は二〇メートル余り移 動し、工場の土間に立てられた鋳 型へと向かう。工場が生産するペ ン シ ル イ ン ゴ ッ ト は 四 規 格 あ る が、最も生産量の多いのは四イン チ×五インチ×五四インチ(一七 五 キ ロ グ ラ ム ) の タ イ プ で あ る。 上が少し細い面取りをした正方形 の 一 四 〇 セ ン チ 弱 の 四 角 柱 で あ る。鋳型はデュプレックス・モウ ルドと呼ばれる二個組のものであ る。この規格の場合は二個組を一 六セット、計三二本並べる。鋳型 には一本の注入管がある。溶 鋼 は こ れ に 上 か ら 注 入 さ れ、 鋳型下部に配管されたパイプ の役割を果たす耐火煉瓦を通 して、鋳型内部を下部から上 部へと満たす(写真 2参照) 。 溶鋼が固化した後、ペンシル インゴットを取り出す。その 際、型からあふれ出した部分 は 溶 接 工 が こ れ を 除 去 す る。 これらの作業はやはり熟練の コントラクト労働者である鋳 型セッターと耐火煉瓦工であ るメイソンおよびヘルパーが 担う。 ④炉の維持・補修。前述の ように、一〇タップを行ったるつ ぼはバリマンが炉の改修作業にあ た る。 炉 壁 は 耐 火 煉 瓦 で は な く、 底の抜けたバケツ状のものをるつ ぼにいれ、 この周囲に硅砂( SiO 2 を主成分とする)を突き固め、誘 導炉自体の高熱で圧着、固化させ たものである。これはシリカライ ニングと呼ばれる。バリマンは電 気回路を損傷しないように炉壁を 取り除き、上記の作業により炉壁 を再建する。誘導炉によっては硅 砂 よ り か な り 高 価 な マ グ ネ シ ア ( 酸 化 マ グ ネ シ ゥ ム、 主 成 分 MgO ) を 用 い る 工 場 も あ る が、 本 工 場 は 労 働 者 の 手 作 業 と 併 せ、 徹底して低コストを追求している ことがうかがわれる。るつぼの底 写真1 誘導炉のるつぼにスクラップを投入する労働者。 ルディアーナーの誘導炉工場にて(2012年10月23日筆者撮影) 写真2 ペンシルインゴットの鋳型に溶鋼を注入する作業。 ルディアーナーの誘導炉工場にて(2012年10月23日筆者撮影)
ルディアーナーの地場鉄鋼工場とビハーリー労働者
は同様に七〇タップごとに改修さ れる。るつぼの底のさらに下部は 耐火煉瓦でおおわれており、これ は ほ ぼ 一 年 毎 に 張 り 替 え ら れ る。 このような維持・改修作業により 炉の寿命は一五年程度である。た だ、電気回路を取り換えれば、炉 の寿命はさらに延びるということ である。