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ル ソ ー の 「自 己 革 命」 に つ い て

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(1)

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I .

ル ソ ー の 「自 己 革 命」 に つ い て

橋 本 三 太 郎

( ‑)

コバ ン ( A. C obba n) も指 摘す るよ うに,ル ソーはモラ 1 )ス トとして 出発 す る

.

( Rous s e a ・ da ndt heMode m St at e 1 934. p. 6) 事 実 彼 の初 期 の作品,就 中 「 学問芸術論」は,全編 ことごとく徳 の項歌であ る

この論説の中で 問 題 と な

るのは, 「形而上学的論議」ではな くて,人類の幸福に直接にかかわ るよ うな

「真理」の一つである。それが道徳の問題である。彼が,いかに学問をそ しり 無知をたたえた として も,それは 「知識を冷遇す るのではな く,有徳 な人 々を 前に して徳を弁護す る」ためであ った。人間が虚無 の中か ら脱け出 し,理性の 光に よって自己を 自己以上に高め,精神に よって天界に まで飛躍す ることは, た しかに停大 なことである。だが一層偉大に して美 しい情景が ある

それは,

「再び 自己の うちに帰 って,そ こに人間を研究 し,その本性 と義務 と目・ 的を知 らん とす ることである 。」

(

&i e nc e s ,Oe uvr e sI ,p. 4 64) 彼は文 化 と共 に 社 会 を除 こ うとしたのではないo社会に道徳を入れ よ うとす る。徳 の道以外に幸福 へ導 く道はないか らである。 こ うして彼の思想は,モ ラ リズ ムの土壌の上に成 長す る。

けだ し自己 自身に帰 ること‑ 自我への復帰は

,

ル ソーの哲学を根底づけ る 中核的契機である。彼が 「自然」に帰 ることを仰望す るのは, yユ7° ラyガ

の 「本源的な もの」へ の還帰 を求めるものであ り , (Kul t urundEI Z i e hung.1 925 , S.5 9) 本源的な ものは,彼に とっては純我に外な らない。彼の 自然主義は,い わば 「復帰の哲学」である。 自己に復帰す ることに よって , そ こに人間の本質を 見 る。人間に とって唯一のた しかな真理は,自己の内なる魂の声に耳を懐け る

‑3 1 ‑

(2)

鱗 譲警・ , ‑ ; し 聯F L

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L P n ∴ ‥二 : ‑ : t ・ t i 讐' ヽ

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ことに よってのみ見出され る。 自己の内なる魂の声,彼はそれを 「良心の声」

とも 「神の不死の声」 ともい う。 それは 「内心の光明」であ り,危急 の場合に もわれわれを見捨てることなき確実な 「道案内者」である

道徳の根拠はそ こ に求め られ る。「おお素朴な魂の崇高 な知識た る徳 よ, 汝を知 るには一体それ程 多 くの労苦 と道具だて とが必要 なのであるか。汝の原則は万人の心の内に刻 ま れてい るのではないか。そ して汝の錠を学ぶには 自己を省察 し情念を鎮めて, 良 Dの声に耳を傾け ることで十分ではないのか。 ここに真の哲学が存す る

わ れわれはそれを もって満 足 す ることを知ろ う。」 ( Sc i e nc e s ,Oe uvl e SI .P.47 6) 彼 のこの よ うな 自覚は,学問芸術論 と共には じまる。学問芸術論 の執筆は,徳 の魂に重大な転機 を与え る。 しか し 「魂の転 向」を決定的な ら しめた ものが彼 のいわゆ る 「自己革命」であった。

1 7 4 9 年の夏 ( 夏というのは実はルソー自身の記憶の誤りである)デ ィジ ョン のア カデ ミィか ら提 出された懸賞課題に接 した瞬間, 「この瞬間か ら私 の 身 は 破 滅 した」 と彼は告 白す る

後半生におけ る数 々の不幸 も,すべて この過ちの瞬 間か ら生 じた必然 の結果であ った, と回想す る

学問芸術論執筆の直接の動機 とな った この瞬間は,た しかに彼 の魂をその内奥か らゆ きぶ って魂の転向の重 大な契機 となる。 マルゼ/ レブに与えた手紙 の中では,その激動を 「突然の霊感

」 として伝えてい る。活麿な思想の大群が,幾千 とも知れぬ光だ となって彼の 脳裡 にきらめ く。その時 「私の感情は,お どろ くべ き速度で私の思想 と調子を 合せて高 まってい く。そ して私のあ らゆ るつ まらない情念は,真理 と自由 と徳 行 との熱情のために圧倒 され て しまった」 と語 る 。 (Co nf es s i o n s ,Oe uvr e sI ,P.

1 8 2 ) 晩年におけ る特 異 な作 品 「 対話。ル ソ‑, ジャン. ジャックを裁 く」に よれは, 「その時彼の魂に点 じられた焼,そ こか ら錯乱 と熱病の十年間彼の著 作 に光 り輝 いた天才の火花が生れた。」学問芸術論着想の瞬間は,明 らかに彼 の魂の遍歴 におけ る最初の重大な一つの転機 である。

しか し自己革命は,当時 まだ明確に彼の意識の上にはのぼ っていない。魂の 覚醒 と自己革命は同時に起 った ものではない。着想 の瞬間が 「突然の霊感」に よって魂を覚 醒 した ことは事実であった と して も, この瞬間か ら自己革命がは

‑3 2‑

(3)

・ 了‑ q t : : : : I 、 ・ P F・ 琴: ▲● 二 ・ ・ ‑' ' ' I I I ; : ! ‑ ・ 〜 珊 : t q ' y t 腎: L A ; 1 : 軒■ 「∴ ‑ 〜 ′ t ・ A:チ、 ̀ .: ・/. : 一 一 I̲ : I ‑ : : ・ J ト /一 一 ・ヽ

じまったのではない。彼が 自ら 「新 しい生活方法」 と名づけ る自己革命U )時期 は,学問芸術論 の当選 ( 1 7 5 0 年 7 月9 日当選決定)以後に求め られ る

端的 に 表 現す るな らは, 自己革命を決意 させた ものが学問芸術論 の当選通知であった。

このことは彼の次 の言葉に よって も推測す ることができる

.

「この通知は,父 と故 国 とプルタ ークとが,私の幼年時代に抱かせた勇気 と徳行の最 初 の 酵 母 を私の心の中に醗酵 させた。利欲や名聞を超越 し,ただ独立独行 し て 徳 行 を 守 ってい く程 ,立派な美 しい ものは また とあるまい と思 った 。」 ( Conf e s s i on s Oe uvr e sI .P.1 85) その時から自らかかげ る 「主義」に よって 自己の生活を律 し よ うと決意す るo Lか しつ まらぬ 「蓋恥 b」や 「世間の噸笑」に対す るおそれ な どに妨げ られ て,は じめか らこの主義に よって行動 し当時 の習俗に正面か ら 反抗す ることはできなか ったのである。

( 二)

自己革命は,学問芸術論 の着想の瞬間においてではな く,それが当選 した瞬 間において決意 され る

ところで学問芸術論の当選は,自己革命の決意を うな が した一つの動因にす ぎない。 その決意は末だ意識 の表層に止 っていて行動化 されない。やが てそれが行動に移 され る。それは きび しい生活の革命である。

きび しい生活の革命であれば こそ,決意は して も当時の習俗に正面か ら反抗す る、 ことがで きなか ったのである

しか し彼は今その決意を宣言 し遂行す るム そ こには複雑な経緯が ある。

第一にあげな くてはならない ことは ,彼の健康状態である。生れつ き陛朕 の 異状 に よって,少年時代はたえず尿閉になや まされてい る 。3 0 才の頃は小康を 保 っていたが . 1 7 4 3 年 ( 3 1 才) ヴ ェニス駐在 フランス大使モ ソテーグの秘書 と してヴ ェニスに着任 した時再発 し.特に 1 7 4 9 年入獄中のデー ドロを見舞 うため はげ しい暑 さの中を ヴ ァンサ ンヌへ往来す る うちに熱が 内攻 し,終に猛烈な腎 臓炎を併発す る

医師か ら 6 ケ月は もた ない と宣言 されたのは この年の 1 1 月で ある。生命 の危機にさらされて.彼は生 き方の選択を迫 られ る

しか し絶望の 深酬 このぞんで. 「あれか これか」 とい う皮相な二者択一は許 されない.彼は

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(4)

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自己革命 の遠を進む

当時彼は大蔵省収入局長 フラ ンク ィーユの秘書 として出納係の地 位 に あ っ た。 この地位が彼 の主義 と両立す るはずはない。「自分が きめた あの厳 粛な主義 がそれ と何の関係 もない よ うな地位 とど うして一致す ることができ るか. 金庫 番人た る私が , 無欲 と貧困を説 くこ とは馬鹿 げた こ とではなか ろ うか 。 」(Oe uvr ‑ e sI .P.1 88) こ うい う考えが ,彼 の頭 の中で病気 と共に醗酵 し,その後は何者

といえ ども抜 きさることので きない強大 な力 となる

病気 が治 りかか って も, 熱 に うか され ていた間に きめた この決心を冷静に固持す る

こ うして 「私は利 欲 とか出世 とかい う考えを永久に捨 てて しまった。僅かばか りの余生杏,独立 と貧困の うちに暮 そ うと決意 した。世評 の鉄鎖をた ち切 って,何 ら他人 の判 断 にわず らわされ ることもな く,ただ 自分が善 と認め る万事に猛進す ることに私 の精神 の全力を傾注 した 。」 ( Oe uvr e s I. p. 1 8 8) 彼は出納係の地位を放棄す る。

人に使われ ないで 日々のパ ンを得 る道 として禁譜写 しをは じめ る。

第二に あげな くてはな らない ことは,彼 の友人 フ ィロゾ‑フた ち との 軌 味 で あ る。懐悔録の後編 には,その幕末が くどい程 に細かに書 きたて られ てい る。

彼が 「友人 の陰謀」 と自称す るのがそれ である。 シ' ユプ ランガ ーも 批 判 す る よ うに,懐悔録は, 自己の中なる最 も内面的な人間の 肖像を描 き出そ うとす る 最初の意図 と相違 して, ここでは反対者に対す る巧み な弁明書 とな る 。 ( Kul t u‑

rundEr 2 j e hungS.42) それは ともか くと して ,フ ィロゾ ーフとの間に亀裂 を生 じさせ るきっかけ とな った ものは,ル ソ‑の文名であ る と一応考え られ る。名 もな き人が懸賞論文をひ っさげて論壇 にデ ビュ‑ した ことは,いわば青天の弄 れ きに も等 しい.一躍彼は社 交 界 の花 形 とな る.特 に 「村 の 卜者 」 ( 1 7 5 2 年) 以後は,名実共にパ リ‑社交界 の流行児 として,話題 の中心人物 に まつ り上げ られ る。 「村の 卜者が出 ると私は全 くはや りっ児にな って しまって,やが てバ リーで も私程に もてはや され る 者が ない位にな った 。」 ( Oeuvr e sI .1 92 ) しか し この作 品は,友人た ちの胸に 「しっと」 の芽を植えつけ る。 「この作品の成功 以来 ,私はグ リムに もデ ィー. ドロに も,その他知 り合いのほ とん どの文学者に も.今までの よ うな親密 さ と卒直 さ と私に会 う喜び とを認め ることがで きな く

‑3 4 ‑

(5)

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な っ

。」 ( O e uvr e s I .P.2 01 )

ところが懐悔録の中では,友人た ちの しっとの的 にな った のは, 「私の文名

」 ではな くてむ しろ 「私 の 自己改革」 であ った と述 べ る

文学で有名になる位 は彼等 も許 して くれ るであろ う。 けれ ども自分 の行為 を もって彼等を責 め るよ うな実例 を示す こ とは,彼等に とっては ど うして も許 しておけない ことであ っ た と考え る。 この反榛がい よい よ彼を 自己革命にか り立 てる

先ず身の まわ り か ら改革をは じめ る。金ぴか の服や 白の靴下を廃 した。剣 も棄 てた。時計 も売

った。 そ して も う時 間な ど知 る必要 はない と叫ぶ。友人たちは 「 気 が ち が っ た」 とふれ まわ る。だ がその よ うな世評 に屈服す るには余 りに も彼 の決意がか たか った。世評をおそれて本来至当 な もの まで避 け よ うとす る一切 の ものを 自 分 の心の中か ら板 こぎに して しまお うとす る。大腰にな るた めに何 もか もふみ に じって しま う

彼 は皮肉な罵倒屋 とな る。 しか し新 しい主義 と一致す るこ と の きび しい態度は,心の中では 「高 尚」 な もの とな り, 「勇敢 な道義」 とな っ た 。1 7 5 2 年 1 0 月 1 8 日 「村 の 卜者」が / レイ 1 5 世の前で公演 された時 ,王は年金を 下賜 しよ うとす る。 しか しこの 「輝 か しい夜」は ,ル ソーに とって 「困惑 と

脳 の一夜」であ った。 彼は年金を辞退す る

年金を失 うことに よ って,身にふ

りかか って くる束縛 を逃れ ることがで きる と信 じたか らであ る

そ うす ること が 自己の主義 を貫 く道であ り,虚栄を棄 てて実質を得 るこ とだ と考え る。人 々 は倣鰻 な馬鹿者だ と非難す る。

第三にあげ な くてはな らない ことは,学問芸術論をめ ぐる論争で ある。学問 芸術論が公表 され る と,文壇 の批評家た ちは,申 し合せた よ うに集 中攻撃 を加 え る。彼は これに対 して精力的 な応酬を こころみ る

この論争が累をな して,

「永久に関係を絶つつ も りであ った文壇」へ再び投げ込 まれ る。 この新 しい遥

‑ふみ込む と,彼 の眼前には一つの知識的 な世界が開け る. 「私はその世界 の 簡易 な しか も高 尚な組織 を熟 bに研究せ ざ るを得 ない よ うにな った.そ してそ の研究 に耽 ってい る間に,世間の学者た ちの学説の誤謬 と蒙昧 と,われわれ の 社会組織 の圧制 と悲惨 とのみが私の 目につ いて きた。( Oe uvr e sI .P.21 7 )彼は これ らのすべての虚偽を打破す ることが 自己の天職だ と信ず るよ うにな る。そ

‑3 5 ‑

(6)

㍗ ?' : ' T ; ・ f ‑ p ‑ W

の主張を傾聴 させるためには,自己の行為を主義 と一致 させなければならない

‑ その時 まで彼はただの 「お人好 し」であ ったOだがその時以来 「道徳的」

とな る

.

少な くとも道徳に心酔 した. この心酔状態は . 先ず彼 の頭脚 こ起 って , 次いで心にお よぶ。最 も高尚な 自尊心が,虚栄心の板 こぎにされた荒地へ芽を ふ き出す

「私はただ あ りのままの人間にな った。そ して少な くとも 4 年間 こ の感激が最高潮 に達 していた時,お よそ天地の間に人間の心に起 り得 るいかな る偉大な もの も,善美な もの も,私のすることのできない ものは一つ もなか っ た。か くして私は突然雄弁になる

私の初期の著作には,天来の霊火が下 って 私の心を燃 した 。」 ( Oeuvr esI .p.21 7)

自己革命は,以上のよ うに して遂行され る

.

他人の前† こ出るとロをき くこと もで きなか った臆病な人間が,大勝で,尊大な,勇敢な男 となる

もしも世に 人格の転換 とい う事実があるとすれば

,

/

I

,ソ‑こそ典型的な人格転換者の一人 であろ う。彼の場合 この人格転換はほぼ 6 年間続 いている

特殊な事情が起 っ てそれ を中絶 させなか った ら, もっと長 く継続 したにちがいない。 こ の 変 化 紘 ,7 7 5 6 年 4 月バ リーを去 る ( エル ミタージュに移る) と同 時には じまる

o

大 都 会 の悪徳 もそれを 目撃 しない t憤慨の念 も起 らな くなる

.

人間を見ない と侮蔑 の情 も休息す る

こ うして 自らも気付かぬ うちに,彼は元の ものお じのす る素 直で臆病な男‑ 一言に していえは元通 りのジャン, ジャックになる

O

( ≡)

自己革命は ,「 錯乱 と熱病」の異常な精神的発作であった とも見 られ る。 メビ ゥス ( Moe bi us ) の叙述に よると./ レソーは既に若い頃か ら精神的 変 質 に な や まされ,この変質は後に強迫観念を伴 う精神錯乱 とな って現われ. る 。( Spr ange r Ku lt uru n dEr 2 ; i e hu ngS.41 ) だか らハ ‑ンシ ョウが彼 の生涯を五つの時期 に 分 けた時, この頃の時期を 「霊感を感 じた狂人」 の時代 と名づけているの も不恩 義ではない。 ( … Rous s e a uH,i nF.He a r ns ha w,e d ・ ,TheSoc i a lar x IPo l i t i c a lI de ぉ of s omeGr e a tThi nke r soft heAg eofRe as on,1 93 0 ,p. 1 7 3 ) したが って

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ユプ ラ

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ガ ーも説 くよ うに,われわれは彼の行為に道徳的尺度をあてはめ る前に,医学

(7)

的判断をすべての点に認めな くてほな らないか も知れ ない。 しか し今われわれ に とって重要な ことは,彼 の 自己革命が どの よ うな病根に起因す る精神的発作 であ ったか とい う医学的診断にあるのではな くて,それが彼の魂の遍歴 ない し は思想の発展において, どの よ うな意義を持つ ものであるか とい うことでなけ ればな らない。

既 にふれた よ うに,彼はデ ィージ ョンの アカデ ミィの懸賞課題に接 して 「突 然 の霊感」を うけ る

その時彼 の魂に点火 された悟の中か ら 「天才の火花」が 輝 き,彼 の思想が覚醒す る

それはいわば 「回心」 の瞬間である

.

「これを読 む とす ぐに新 しい世界が 目の前に開けて,私は別な人間にな って しまった。」

( C onf e s s i o ns ,Oe uvr e sI .P,1 81 ) 「その時 まではそんな天才 の徴候は何一つ 見 え′ I なか った し,また この発作が過 ぎ去 って しまった らおそ らく天才はその後再び 輝 きは しなか ったであろ う

」 .

( Rous s e auj ugedeJe a n ‑ J a c ques ,di a lQ gueⅡ, ) こ の異常な興奮は,俄悔録に よると,おそ ら く他 の何人の心に も起 った ことがな か ったであろ うと思われ る程の高 さで, 4 , 5 年余 りも彼 の山の中に維持 され てい る

ところ̀ で もしもこれが事実であるとすれば,その翌年すなわ ち 1 7 5 0 年論文入 選の通知を受頼 った時,何故 「その論文のことな どは も う忘れていた 」 ( Oe uv‑

r esI ,P.1 84 ) と語 るのであろ う 。 ここで彼はあらためて, 「この 通 知 は 私 に この論文を書かせた一切 の思想を覚醒 させた」 と述べ る。懸賞課題に直面 して

「私のあ らゆ るつ まらない情念は真理 と自由 と徳行 との熱 帯のために圧倒 され て しまった」 と語 りなが ら,今は何故 「 父 と故国 とプル タークとが,私の幼年 時代に抱かせた勇気 と徳行 の最初の酵母を私の心の中に醗酵 させた」 と述べ る のであるか。思 うに俄悔録には しば しは彼 の記憶の誤 りが指摘 され る

彼 自身 その証人である。だが今の場合,それは単なる記憶の誤 りであるとは考え られ ない。 よしんばそれが記憶の混乱に もとづ く表現の誤謬であった と して も,徳 は 「信頼 し得べ き唯一の忠実 な指導者」を持 っていた。それが「 感情の連鎖」で ある。 この感情の連鎖をた どる時,一見矛盾す るかの如 き右の事実は,かえ っ てわれわれに論文の入選がいかに彼 の魂に決定的な転機を与えた ものであ った

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(8)

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かを示す ものではなか ろ うか。それを立証す る何 よ りの証拠が 自己革命の決意 であ る

しか しなが ら自己革命 の決意は,魂の転向に伴 う必然 の結果であ った のでは ない。魂 の転 向に よって 自己革命が決意 された のでは な く, 自己革命 の決意は 即時的に魂 の転 向を伴 ってい る。す なわち 自己革命を決意 した とい う事実が魂 の転 向を 自証す る ものであ った。 ここで/ レソーは徹底 した モ ラ リス トと して舞 台の正面 に登場す る。学問芸術論は道徳 を堕落 させた文化 と,その文化を腫胎 させた社会 に対す るプロテス トである. 彼はモ ラ リス トと して出発す る。カ ッシ \ ラ ‑ ( E. Cas s i r e r ) やヘ ンデル ( C.He nde l ) はJ t ,ソ‑を 本質的にモ ラ リス 1 ‑と して とらえ ることに よって,彼 の思想 におけ る 「見かけ上の矛盾」 を克服 しよ うとす る。へ yデ/ レに よれば,/ レソ‑がデ ィファインしよ うと した基本的問題 紘,人 々をその圧制 ‑ ‑ 外か らの圧制 と共 に内か らの圧制‑ か ら自由にす る ことであ った o その見地か らへ ンデ/ レほJ t ,ソ‑の著作 に‑貫す る統一を認 め る

.

( J e a nJa c que sRous s e auMor a l i s t , 1 9 34, Ⅱ , P. 323) 人 々は今 もろ もろの悪徳に よっ てその本質を くもらされ ,生得 の 自由の感情 さえ鎮圧 されてい る

/ レソーは先 ず 「内か らの圧制」に対す る挑戦 者 と して立現われ る

その矛先を 自らに向け た ものが 自己革命である。 自己革命に よって 自己のモ ラ リズ ムの真実を実証 し

よ うとす る

その時以来彼の思想は,彼 自身の生活の相場の中か ら流 出す る

一体

J

t ,ソ‑のモラ 1 )ズムの根拠には ,自我に対す る絶対の信頼 と確信が あるO それを 自己の内省を通 して確立す る。 「私の知 ってい るあ らゆ る人 々の中で, その性格が全然 その気質か ら出て きてい る人間 といえは,それは ジ ャン, ジャ ック だ. 彼は 自然が作 った ままの人間であ る .」 ( di a logue 刃)自己 省 察 の結 果 自らの中に 自然人を認 め,人間の本質を直観す る。だか ら人間の本性や義務 を知 るためには,それを人間以外に求め る必要 はない。それ は人間の最 も内な る魂に 自然 の不滅 の文字を もって刻 まれ てい る。 それを読頼 らなければな らな い。 自我へ の復帰を説 くのは このためである

自我に復帰す る とは 自己の最 も 内な る声に耳を傾け ることで ある。 自我 の深奥 にひそむ この内な る魂が良心で ある。彼 に よる と,われわれ の心 の奥底には正義 と徳の固有 な原理が ある。 こ

‑ 鍾 ‑

(9)

ー‑I . :: ・ 、r・● √L ・ / t 〜 . 1 i 4 ÷ " : ∴: ∴■ ′t . l 一 十・ i ・ . / ‑ T TF 息治. : : 二 や. } 空 手 . ▲ ・ L 十、

の原理に よってわれわれは 自己の行為 と他人 の行為 の善悪を判断す る。 この原 理が良心 と呼ぶ ところの ものであ る。彼は良心に限 りな き信頼をかけ る。 良心 の声は神 の声に まで高 め られ る。 それをわれわれは 「信仰告 白」 の美 しい章句 の中で聞 くことがで きる。 「良心 . /良心 . /神聖な る本能,不滅 の神 の声 よ。無 知 に して限 られた る, しか も聡明に して 自由な る存在 の確 固た る指導 者 よ

善 意について誤 ることな き審判 者,人間を して神に似通わせ る者 よ。汝か らこそ 人間の本性 の優越 とその行為 の道徳性が成立す る 。 」 ( Em i l e,Oe uvr e sⅡ. P. 5 8 4 ) ここには,良心 こそわれ われを道徳に導 く自然 の声である とい う確信が語 られ てい るo 自我 に対す る確信は良心に対す る確信であ り.それ は同時に 自然 の声 に対す る確信である。 ル ソーにおいては 自我 に復帰す ることは,良心に復帰す ることであ り, 良心に復帰す ることは結局 自然 にかえ ることに外な らなか った。

こ うして彼 の 自然は倫理的意味を付与 され ,モ ラ リズムに よって貫かれ る

この ことをわれ われ は エ ミールの中で も確認す ることがで きる。彼 は エ ミー ルを 自然人 ( 1 ' hommenat ur e l ) と して仕立 て る。 自然人は彼 の描 く理想的人間 タ イ70 である。い うまで もな くそれ は砂漠に追放 された野蛮人 ではない。社会に 住 まねばな らない 自然人である。 この矛盾概念に も等 しい 自然人は,彼に よれ ば社会 の渦の中にあ って も人 々の感情 や偏見に よって束縛 され ない人間‑ 自 分 の 目で見 ,自分 の感情 で感 じ,自己の理性以外には何等の権威 に も支酎 され な い人間 として描かれ る 。 (Emi l e,Oe uvr e sI. p ,5 58 ) 彼はそれ を社会人 ( 1 ' homme c i vi l ) と対比す る。社会人は分母に支配せ られ る分数的 単 位にす ぎない。社 会

とい う全体 との関係においてのみその価値を有す る存在 であ る。 これに対 して 自然人は数 の単位 であ り, 彼 自身のために生存す る絶対完全体 である

( Emi l e , Oe uvr e s Ⅱ. P.4 01 ) それ は良心の声に導かれ て自我を回復 した 人 間に外な らな い。 そ して実はその 自然人 のモデル こそ彼 自身であ った。 「 彼 は著作 の中で 自 然人を描いて見せたが ,その 自然人は彼 の中に見 出 され る 。」 ( di a l ogue Ⅱ)

自己革命は この 自覚 と確信 の具体的表現である

む しろ 自己革命に よって この 自覚 と確信は深化徹底 された と見 られ る

自己革命は

,

ル ソーの魂をはげ しく襲 うて通 り過 ぎた嵐に も似 てい る・ ‑ 徳

‑E E‑

(10)

∴: ・ , b モ ‑ i ∴ P 、 ‑ : ' ' T l 等野 里 ' j

の生涯におけ る 「疾風怒涛」 の時代。馬鹿者 とのの しられ ,気 ちがい と噺笑 さ

れ なが らも,忍苦 に耐 えて彼の魂は開眼す る。 そ して 「内なる圧制」 に対す る

自己革命はやがて 「外な る圧制」 に対す る社会の変革を準備す る。道徳に よっ

て政治 に導かれ る。彼 自身のために生存す る絶対完全体 としての 自然人は,社

会契約に よる新 しい社会 の実現に よって保障 され るべ きであ った。契約に よっ

て獲得 され る市民的 自由は,人間を真に 自己の主人た ら しめる道徳的 自由の不

可欠の制約なでのあ る。

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そしてマズローは、人はどのようにすれば自己実現を成すことができるかについて、自

と呼んでいる。自己実現については、ゴールドシュタイン、マズロー、ロジャース、ユン

る。 正確に言えば, 株式会社が, 利益を資本調達のために留保し, 自己の支払手段ではな

 第 3 章では,自己概念に関する概念について,James による「自己の二重性」,Cooley の鏡映 自己,Mead による自己,Neisser

周知のように,産業革命という用語は,