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①お茶の水画廊井川慢亮個展1991 修復及び破損オリジナル(アトリエにて)
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井川慢亮パフォーマンス (川崎市民ミューシアム)
のための作品吊り揚げ実 験。⑭,⑮,⑯
日時 10月24日 91
6 30〜7 30 場所 長崎大学教育学部新館 高さ 約22m
作品大きさ 全体の%
⑭
⑮ ⑯ 紙張り 着彩 (オリジナ均
⑱ ⑰
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長崎大学教育学部人文科学研究報告 第44号 27〜40(1992)
絵画 井川心残(つき放されたオリジナル,そしてコピー)
井 川 怪 冗古
はじめに
私の作品が誰れかに似ているとか,影響を受けているとか,時に言われる。画家である から「いや,そんなことはないよ」と意地を張ってみせるが,反面,似ていても,影響を 受けたりしても,少しもおかしくないと思う。このように両面性を持ち合わせた私の気持 ちを何とも主体性のない人間だろうと,自分のことながらあきれる。けれどもその差を知 ることが楽しい。
古来より日本の文化は大陸の影響を受けてきた。近代より現代まで以前の影響とは別の,
すなわち,ライフスタイルそのものが欧米化し,今や,ますますその傾向を濃くしながら,
そのような中で日本固有の文化とは何なのか,日頃,自然に関心を持つ人が増えている。
私がかつてフランスへ留学した時,日本ではあまり意識したり,考えもしなかったこと,
例えば,日本とフランスとの光や空気の違いなどを,あれこれと比較していた。
帰国後,この種の比較は殆どしなくなったが,フランス留学で学んだ美術教育の一つは,
私の仕事において常に現在進行形で現在の仕事とその前のとの比較のプロセスを踏みなが ら,絵画制作を展開,前進させることである。
この比較というプロセスは,絶えず,繰返される色やそこから派生,選択,決定される 形様をどう捕えて分析,考察をするかである。
前々号(Nα42)においてオルガン2体について述べたのと同様,今回も2体のモチーフ を登場させ,結果的に保証された絵画作品やそれらを通して,偶然に組み合わさった支え としての絵画について筆を進めることにしよう。最後に,来月から行われる川崎市民ミュー ジアムの『色相の詩学』展(註1)における〈井川怪亮パフォーマンス,色と遊ぼう〉 につ いての予告もする。パフォーマンスの,絵画における役割等,少し触れてみたい。
保証されない絵画,保証された絵画
自分で作った作品が保証されることを望むそのことは,作り手としてごく自然なことで ある。美術史上に,価値あるものとして残されることを誰しも心のどこかに願っているこ
とだろう。
次に時代の証人とも言うべき亡者(来客)や或いは評論家によって作品が評価されること も,すなわち,保証されることにつながる。そして,何よりも作品そのものを大切に保存・
管理されることが,重要な課題となる。
そこで,私が作品作りをしていて,私にとって保証される絵画と保証されない絵画との 各々の出会いがあったので,その実例を出してみよう。
長崎大学に就職して2〜3年が経過した頃,私が使用しているアトリエから作品40〜50 点以上が私の留守中に,ゴミと間違われて市の清掃車(註2)によって運び出され,焼却され てしまった。隣iりの事務員が私の嘆きを知って,5つの黄色いバラを現場に添えてくれた
36 井川怪亮
ことが強く印象に残っている。後日,この事件を聞いた友人たちから「国を相手取って訴 えろ!」と話題になったが,私の作品であることを知って故意に持ち出したのではないこ とを,その現場状況から判断した。それは,管理上のミスについても,直接の担当責任者 が証明書というタイトルで,役職名を含んだ個人名を書いてくれたからである。個展用と して出来上がったばかりの作品群であったので,発表の折り了解を得ていたその証明書を 作品の代わりに飾る予定であった。(註3)その方は,ここまで配慮してくれたのである。
それから何年が経過しただろう。私が制作した諌早駅前にある西友の外壁画が今年2月 に突然消えるという事件があった。私は直ちにこの壁画作りの直接の担当者である仲介者 に問い合わせた。電話で事情を伺ったが何の反省もなく無関心のままでいた。
私はいつも相手の立場になって考えるように努めているけれども,このような事件は,
しかる可き人,例えば画商或いは評論家等の仕事であると思っていたが,この現状では仲 介者が作者に対して手助けする立場であるべきなのに,そのような対応がなかった。また,
今回のこのような事件は,私個人だけの立場でなく,これから育っていく若い作り手の方々 のシチュエーションを保護保障するためにも,どうしても抗議i文を書かざるを得なかっ たのである。
この結果,誠意のない詑び状一通が送られて来たのみで,その作品がどこに持ち去られ たのか連絡がないま・今日に至っている。この壁画が出来上がった当時,企業側及び仲 介者は「広告板に代わって芸術作品がまちに繰り出した」といっていたがその割には,必 死で守るどころか企業が文化を担うなどとは,ほど遠いことをまざまざと見せつけられ
た。駐4)
ところで保証された絵画作品の例は,作品の運搬上に起こった破損事故に関しての保険 で『弁償しましょう』一と責任を持ってくれたことである。最初は面喰い,事故を起こした 当事者を相手にするのは面倒かなと思ったが応じることにした。
一般的に額縁に入った作品は丁重に扱い,本物の芸術作品として通用するのに対して,
現代美術のジャンルの取り扱いは不慣れの上に不充分であり,また,芸術作品として見る 認識(理解)も用意されてないようである。私個人としても自作に関して芸術作品であると プライドを持つべきだろう。
前述のように,事故に対して責任をとる補償として,社会的な制度が現代美術にもっと もっとあっていいと望んでいる。まず,このような補償から保証へとつながるように現代 美術を守ることが第一歩であろう。
かつて,印象派の画家たちは官展に抵抗し,落選展を開いたと聞く。今でこそ印象派は 現代において輝かしい作品と成り得て保証されているが,当時では,絵画上の大変革を行っ
た。例えば光(現象,時間,運動,解体等を含む)の問題等や平面性(テーマの日常性,
幾可学,構築,色班,面等を含む)の問題等を提示したが芸術作品として,即,認められな かった。もう一方で,権威ある美術に抗議し闘った。この2つのことは,現代美術の作り 手たちに大きな教訓を与え,その源を形作ったと私は見ている。特に後者において,作品 発表そのものの姿勢がインスタレーションやパフォーマンスの形成の発祥ではなかっただ ろうかと,私は注目している。つまり,壁面という会場を持たない場で,即興的に屋外に イーゼルをたてて,そこに作品を設置し,発言したこと等かち,そのことを伺うことが出 来るからである。
絵画 井川幌亮(つき放されたオリジナル,そしてコピー) 37
保証されるための修復について
人の目にはゴミ同然と見える作品でも,社会的な制度によって保証につながる例をあげ たが,その手続き進行中,オリジナルとは一体,何であったのだろうかと自問した。
私のテーマのうち,カラーコピーペインティング等でも述べたが,(註5)コピー作品対オ リジナル作品の差異の問題を持ち,この連続上に丁度この出来事が偶然にも重なったので
ある。
2体の作品の各々一部が破損し,そこを解体し,新しいものと入れ替え,元通りにする こと,すなわち,修復である。この修復にあたって,まず,作品の本体である箱形の解体,
及び新しい板の取り付けば大工専門の上野耕一氏にお願いし,その取り付けた新しい板の 表面上の着彩は,私自身に任され,手続き上その了解のもとで修復の作業が始まった。
表面,着彩について
修復について述べる前に,作品が出来上がる迄の経過などを述べてみよう。
修復することになった2体の作品は,もともと学校で使われていた下駄箱であり,これ が不用となり,捨てられた直後に偶然もらい,それに着古したものである。木製で,扉付
き4列7段の28個の箱を持った形状であるため,絵画作品になり得ると直感した。
着彩する前に,まず,物の表面に付着している塵等を払い落とし,油性等の塗装があれ ばサンダーなどで研磨をする。
私にとって,絵の具とはペイントフィルムであると同時に,接着材という教訓が常にあ る。描くべき素材(布,紙,板等)の表面に,腕を動かせて描く時,この教訓(意識)は 持続し,これによってイメージが助長され,更に描きたい衝動にはずみがっく。
防塵マスクをつけて下駄箱の表面全体を研磨するが,特に,扉の表面など枠が付いてい るので,1つ1つが,また,全体としても絵画作品の構造を持っているように見えて楽し
い。
オルガンをモチーフにしたように(註6),着面する,しないという対比ペインティングを 試みたが,それを通過した上で,今度は2体の下駄箱を全面的に雨乞すると,何が見えて
くるだろうか。この2体を各々,X対X と表示すると,形体構造はX=X であり,表面 着彩についても,同じ色,形,面積で塗るのでこれもX=Xノとなるが,但し,着彩する時 の感情や色のインスタレーション(配置)においてはXとXノは異る。従ってXとXノはそ れぞれ違った作品となる。しかも着彩がくり返えし塗られているため,2体合わせて1組 の作品として見ることも出来るし,また,量産されているようにも見える。
修復,潮凪について
XとXノのそれぞれ破損した箇所は,Xでは正面向って右側の側面板である。 X の方は 後面から見て左端の板で,上野氏によってそれぞれ新しい板ととり替えられた。(写真⑥
⑦⑧⑨⑬)もうこの状態で各々は,作品として見ることが出来,非常に緊張感の高いもの となった。つまり,全面彩色している中で全くの異物が張り付いたので,この両者の関係 が激しく対立している状況を生み出している。(写真⑫)
これ自体で完成作品として完結させてもよいと,芸術家はたとえ修復の途中であれ,決 断をしてしまうものだ。しかし,私には破損した板面は新しい板と取り替えてもよいとい
38 井川怪亮
う条件を聞いた段階で,ある1つの絵画的なインスピレーションを得ていた。このインス ピレーションと今の決断のどちらを選ぶかに迫られた。半ばこの決断を断念してしまうの には誠に惜しい!と思いながら,今,新たなる勇気を持って,この真新しい板の表面に,
破損し取っ外された板の表面の表情を写し採る作業が始まった。(写真⑩⑪)上野氏がほ ぞとか組木などの難所を克服して組み込んだこの真新しい板に,着彩することはさぞかし 快適だろう。もう仕上がった気分にもなってしまうほどだ。
それが,この新しい鉋がけの板の表面は,絵の具の付着を私の思っているようには受け つけてくれなかった。破損された木材の各々の素材,ラワン(Xの方),杉板(X の方)
を交換した新しい素材はあまりにも新品すぎて,絵の具の水分の吸収が早すぎ,特に,着 色後に乾燥した様相はひからびた表情となってしまい本当にがっかりした。
もともとあった素材そのものを,つまり同じ素材を交換張り替えたのだが,この両者に は,その表面の表情には,経年という差があったことを見せつけられた。もともとの素材 にはラッカーが塗られていたのだろう。それにホコリや油鼠が付着したりして,古びた味 となっていた。着膨しゃすいようにサンダーがけをして,ある程度,汚れを落したりした。
それでも,その経年した蓄積したホコリやラッカーがところどころに残ったりしている。
そんな表情の上に着心したのだから,このようにオリジナルは筆さばきのピッチがよく,
絵の具ののりもよい。そのため生き生きとして見えるのに対して,今,コピーしている様 は,モタモタして本来のタッチとはほど遠いものとなっている。初めからやり直しである。
思い切ってサンダーがけを今,着彩した部分をつぶす。絵の具をそこに指でこすりつけ る。いわゆる下地ごしらえをすることの義務感をつくづく味わった。自作の模写は一見や さしいように思われがちだが,実は,知っている自分であるから困難な作業となったので
ある。
ここであらためて何故,模写せねばならないのかを,原因と結果でまとめておこう。ま ず,保証される絵画作品となるためである。大工職人は,難しい組木を解体し,新 しい板
と交換張り替えし組み込む。そして,作者私はその新しい板の表面に模写(再現描写)を する。それも義務として。次に,自作をコピーすることほどつまらなくて意味のないもの はないとつくづく思う。このような状況の中で,木材という素材に対して,本来,私の感 性面から来るものと,模写をするという技術面から来るものとの差があまりにもありすぎ て,生き生きと楽しく描くどころか,オリジナルにただ近づくようにひたすら努力した。
以上,これを通して気付いたことは,私が何故,古道具をモチーフとして,その表面に 直接(即物)的に着彩していたのか,その理由が鮮明になってきたことである。それは,
私のこのような直接描法は,実は,古典的なテクニック,特に,構造的な側面で出来てい た上で私の着彩が行われていたということの発見だった。ここには,古びたアカとか,時 の空気の流れとその層。更には当時の職人さんたちのもの(素材)に対する塗装感覚(角 をとったり,研磨したりして表面へのやさしさを定着)を自然との調和を見出した故の技 術であることを教えられた。
「コピーをする。模写をする。自作を模写する。勢いを写す。マチエールを写す。時の 刻みを写しとることまで要求される。しかし,すぐに思い通りにならない。半ば義務感に かられて模写をする」
絵画井川怪亮(つき放されたオリジナル,そしてコピー) 39
やがて,何事もなかったように元の状態に戻す。 (写真①)
つき放されたオリジナル,そしてコピー
さて,こうして修復した作品は,私が得ていたインスピレーションに従って,修復とい うプロセスを作品化させ,その成果を今春,お茶の水画廊での個展で発表した。(註7)ここ では,破損したXとX の板を画廊壁画のメインのところにインスタレーションをし,ま た,これらの板と修復した作品とをクロスするように床に各々配置した。こうしてみると,
本体である程度修復した作品がオリジナルの中に溶け込んで,オリジナルになってしまい,
本来オリジナルであったXとX の板が本体から分離されたため,逆に断片として,オリ ジナルからくり返し写されたように見えてくる。しかも,このくり返し写されたように見 える作品たちは,本体オリジナルの正面に対して,Xは側面(右), X は後面(後面より 左端)となり,それが連続して偶然にも隣り合わせで組み合わすことが可能となったので
ある。いいかえるならば,オリジナルから一部が解体され,つき放すことによって,その 空白をオリジナルに近づける。その結果,つき放されたオリジナルは断片,即,コピーさ れたかのようになってしまう。けれども,つき放されたものは,もともと本体のオリジナ ルであって,XとXノはお互い同じものを持ち合わせている。こうして断片は1つ1つで はバラバラで部分でしかないが,この断片を2つ合わせのインスタレーションすることで,
絵画の構造を読みとろうと試みた。(写真②③④⑤)
偶然,起きた運搬上の出来事から保証される絵画作品として修復というプロセスを経て,
それを作品化し,発表し,ついには,フィニッシュとして絵画の正面性から,絵画の側面 と後面とをインスタレーションによって,クローズアップさせ,絵画としての構造の成立 を提示したのである。
パフォーマンスの予告について
これまでオリジナルとコピーとの関連性やその比較など自作を通して述べてみた。
ところで,川崎市民ミュージアムの企画による「色相の詩学」展において井川怪亮パフォー マンスが11月23日,24日の連休に行われることになった。これについて簡単に紹介してみ
よう。
パフォーマンス(註8)という言葉は,私自身の表現活動において,まだビーンと来ないで いるが,それでも,1つの方法としての自己表現(演技)であるという意味において捉え るなら,幾分気が楽になる。
内容設定については,昨秋,横浜美術館で行った〈ワークショップ〉(註9)と比べると市 民参加の形式で,皆と一緒になって描くところは,ほぼ同様であるが,素材の基底材選び とインスタレーション(セッティング)の段階及びその効果(成果)において,大きく異っ たものを考えている。
横浜美術館では広い庭が周辺の風景,観覧車,港まで関連しているその空間を利用して,
その床面に作品を広げ水平面を強調したのに対して,川崎市民ミュージアムは迫遥空間25 mという吹き抜けを絵画作品によって活用させ,垂直面を面からのメッセージとして,も
う一つ長崎で試みている透過する色光を参加者や観者に共感してもらうかである。
特に,素材については,参加者が行う画面の大きさ25m×18mを前以て作者も原寸大で
40 井川慢亮
用意しておいて,参加者が着彩したものと2つの大画面を重ね合わせて,吊りバンドで引 き揚げようというものである。尚,素材が薄い紙をつなぎ合わせたため(写真⑱⑲⑳),
巨大な面状の故,重量の問題を考えて,予め,吊り揚げ実験を行った。(写真⑭⑮⑯)
作者自身の手によるオリジナル作品と参加者による作品(作者の追体験によって着彩す るため,コピーといえるだろうし,また,当然オリジナルともいえる)とが溶け込んだ透 過される光の色は,このような1つの方法としてパフォーマンス(参加者と作者との共演)
を通して,平面絵画では味えない垂直面から,初めて絵の具の層(ペイントフィルム)の 透明性を獲得するのではないだろうか。
註1 註2 註3
註4 註5 註6 註7 註8
註9
註
川崎市民ミュージアム企画展 会期 ll月2日〜12月15日 91 長崎大学が外部に委託している塵芥処理業者の車 註3を参照。
フランスマルセイユで個展が企画されていたが,偶然にも延期となり新たに作品を作り上げて 渡仏する。この証明書は, 抗議 に関して今春,お茶の水画廊での個展で作品の資料の一部
として並べる。
尚,証明書によると,ゴミは不要可燃物,清掃車については註2の通りとなっている。
絵とおしゃべり 山下画廊発行 1988年8月号及び1989年3月号を参照。
長崎大学教育学部人文科学研究報告 No.42拙文参照。
お茶の水画廊での個展 会期 4月17日〜28日 90 お茶の水画廊での個展 会期 4月16日〜27日 91
Performanceについて,新英和中辞典研究社によると1・実行,履行,成就,2 仕事,作 業,運転,性能,3 善行,功績4 公演,演奏,演技,その手際,余興,芸当等々が書かれ
ている。
横浜美術館企画 井川 i星亮ワークショップPeinture会期 ll月23日,24日,25日 91 尚,
これについて長崎大学教育学部人文科学研究報告 No 43に執筆したので参照のこと。
尚,写真①の写真はお茶の永画廊に出品したものである。(photo Aiichiro FUJIMOTO)