東南アジアの産業立法
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志
津
田
氏
治
序
一般に︑ある国の経済の特質と構造は︑その国の置かれた自然的条件︑政治的組織︑社会制度︑民族的特性や
歴史的背景などの諸条件によって規定されるものであるということができよう︒かかる一国の経済上の特質と構
造は︑法の在り方にも影響をあたえ︑それ独自の法体制をもつようになる︒このようにみてくれば︑近代国家に
おいて︑法と経済とは同一の民族的規模のうえに︑国家という政治組織体の秩序︑および国民経済という経済組
織体の秩序として︑相互に独立性をもつと同時に密接な交渉をもつものである︒とりわけ東南アジア諸国におい
ては︑経済の基本的な特徴として﹁植民地経済性﹂あるいは﹁経済的後進性﹂がよく指摘されているが︑こうし
た経済構造の特異性に対応して︑東南アジアの産業立法は︑いかなる在り方を示めしているだろうか︒先進国の
産業立法を続々移植することにより︑自国の遅れた経済体制を克服しようとしているのではないか︒また従来か
らの外来資本を排除するために︑積極的な国民化法運動が展開されているのではないか︒本稿では︑東南アジア
諸国にみられるこれら産業立法の動きなり︑変化を素描することにしてみたい︒
東南アジアの産業立法 一五一
研究 年報一五二
一︑華僑と国民化法運動
東南アジアにおいて最もめを惹くのは︑華僑の経済力を抑圧し︑民族経済を確立するためにとられた一連の立
法政策の動きであろう︒
まずタイについてみると︑この国では元来自然的な好条件と︑仏教思想の影響のためか︑商業に無関心であっ
たために華僑のタイ商業への進出は著しく︑複合的社会を形成するまでに発展したのである︒ところが一九世紀
初葉以来︑ナショナリズムの拾頭とともに︑政府はタイ人の商業面における活躍を期待し︑華僑弾圧の政策をお ︵諒一︶こない︑タイ商業の助長策が国策会社︑協同組合の運動を通じてなされている実情である︒戦前政府のとった最
初の華僑対策は︑一九二七年の移民法であろう︒これは︑一般外国人入国者を適用の対象とするが︑入国外国人 ミ ヘ ヘ カ ヘ ヘ への八七%︵一九三七−一九三八︶までが華僑であるから︑ 事実上は華僑入国制限法であるといえよう︒本法では身
分証明証発給手数料として︑七バーツを必要としたので︑入国華僑には経済的に可成りの制約をかすものであっ
た︒まだ一九二七年には︑刑法および出版法の改正により︑外国人の過激文書の輸入︑宣伝をおこなうのを取締
り︑一九三六年には︑初等義務教育法の改正によって︑七才から一四才までの華僑に対して︑タイ人同様の義務
教育を修了すべきことを要求したのである︒さらに一九三八年には︑居住証明書発給手数料を二〇〇バーツに引
上げて︑入国制限を強化レ︑ことに一二才以上の者については︑タイ語または本国語を読み書きできない者の入
国を禁止したのである︒中国の︑しかも最下層に育ち︑デッキ客として入国する華僑の大部分が︑殆ど文盲であ
ったために︑この処置は彼等κとって極めて苛酷なものであったといわれている︒また一九三九年施行の才入法
によれば︑広告税を定め︑看板に外国語を使用するときは︑タイ語の場合よりも遙かに高率の課税がなされたこ
ともあったひ
戦後もタイ政府はこの政策を踏襲し︑ ﹁タイ経済をタイ人﹂にというタイ人優先政策の一環として︑一定の職
業および営業に関する外国人干与の制限を命ずる﹁タイ人職業留保令﹂を制定している︒これは一九四一年法で
始めて制度化されたものであるが︑その後数回の改正をうけて︑一九五二年には︑つぎの二二種となり︑その違
反者には罰則的制裁︵一〇年以下の懲役または一万バーツ以下の罰金︶をかしている︒
ω仏像の製作および鋳造 ⑧漆器の製造 ㈲ニエロ細工 ω営業用三輪車曳き ㈲営業用自動三輪車曳き
㈲営業用自動車運転曜Gδ米作 ㈹製塩 ⑧理髪 ⑳タイ文活字の植字工 ωパーマネント ⑫美容院 ⑱ド
レスメーカー
この法律は華僑労働者に深刻な影響をあたえているが︑そのほかに一九四八年には移民法を改めて︑華僑人口
割当の撤底的剥減を試み︑ ︵毎年一〇︑○○○名より二〇〇名に︶あるいは外国人土地所有の廃止などが実施され︑
戦前の政策をより一段と強化さえしているのである︒またタイ人による商権回復のために﹁産業奨励法﹂を一九
五四年一〇月に制定し︑国内産業の保護助成に努力していることも看過することができない︒しかし︑このよう
にタイの華僑には︑幾多の制限が加えられているにもかかわらず︑依然経済界を支配しているといわれている︒
︵註1︶タイの華僑の数は︑東南アジア諸国のなかで最も多く︑一九五五年現在で四〇〇万を数えている︒華僑のタイ国移入
の原因として対内的につぎの三点が指摘されている︒一つは仏教徒であるタイ人に営利心がないこと︑官尊民卑の思想
のために商業階級に勢力がないこと︑二つは産業の未開発のために華僑の活動部分が解放されていたこと︑三つは仏教
の寛容性に由来する華僑同化の思想である︒他方対外的には︑中国政府の海外移民容認をあげることができよう︒華僑
の経済的活動の最たるものは︑商業であって︑なかでも米に関しては︑戦前その集荷精米輸出業務を完全に掌握してい
東南アジアの産業立法 一五三
︑研 究 年報 . ﹂ 一五四
たが︑戦後はタイ政府資本による﹁タイ・ライス・カンパニー﹂を︑また屠殺業につ︑いても国策会社を創設して︑華僑
を次第に閉めだしつつある︒現在政府に 保される官営事業としては ω花火製造を除く武器弾薬および爆発物製造業
②タバコ製造業 團鉄道事業 ω港湾事業 ㈲民問航空業があり︑華僑の参加を排除している︒また政府の要許可事業
としては︑ ω酒ビール醸造業 ②旅客運送業 團電気事業 ω水道事業 ㈲通信事業 ㈲電話事業 ω鉱山および鉱
石の探査︑開発事業 ㈲鉱物性油の探査︑生産︑精製事業 働林業 ⑩銀行業 ⑳損害保険および生命保険業などで
.ある︵詳細は﹁産業奨励に関する工業省告示﹂一九五五年一〇月一=日づき告示参照︶︒
つぎにフイリッピンであるが︑ここでは戦前戦後を通じて華僑の正確な数を把握することは困難で︑戦前の一
九三六年には﹁在比華僑一〇万﹂といわれ︑戦後の一九五〇年には約一八万と推定されている︒しかし数のうえ
では︑全人口に対する約一%にすぎないが︑華僑のフイリッピンにおける商業上の重要性は著しく大で︑タイ国
と同様華僑資本が圧倒的な勢力をもっている︒そこで戦後のフイリッピン政府は︑華僑の経済的活動を制限して ︵註1︶フイリッピン人の商業活動を助長する方針をとりつつある︒一九四八年にはマニラの公設市場から︑華僑をしめ
出す措置をとってきたことのほかに︑一九五〇年の輸出入統制法なり一九五二年の外国人労務者の雇傭制限法案
︵不成立︶などは︑いずれも華僑の排除を目的とするものであった︒ しかし︑ここでとくに注目されることは︑
小売業の面に華僑の力が強いことである︒一九五二年の調査では︑商店数約一四万のうち︑ブイリッピン人の経
営する商店は︑八七%をしめているが︑販売額では一〇%内外の華僑とほゴ同額であるといわれ︑年間売上の約
半分が華僑の手に掌握されている︒ことにブイリッピンの華僑は︑卸段階で︑いわゆる中間取扱商として︑可成
りの実権を有しているから︑政府はこの勢力を産業部門から排熱するために︑一九五四年の五月に﹁小売業国民
化法﹂ ︵出9¢d・20・酌αDω●︾環︾簿8開①ぴq9冨$叶ず①開①荘川切qω冒①ωω︶を制定し︑商業のブイリッピン化をす
すめている︒この法律はつぎのような点を骨子としている︒
ωブイリッピン人でない者またはその資本の全部がブイリッピン入によって所有されていない会社・組合は
直接間接に小売業に従事できない︒
②上記の者で︑一九五四年五月現在に事実上小売業に従事している者は︑個人営業の場合その死亡または廃
業まで︑会社・組合の場合は一カ年間まで小売業に従事できる︒
㈲本法は米比通商協定によってあたえられた権利を侵害しない︒
ω上記ωの者は︑国民化法その他商業貿易関係の諸法令に違反した場合その営業許可を取消される︒またそ
の新規営業︑支店開設は認められない︒また毎年その名称︑住所︑国籍︑小売業の内容︑資産状態︑役員
名その他必要事項を商エ省に登録することを要する︒
㈲本法に違反する者は︑三年以上五年までの禁鋼刑および三〇〇〇ペソから五〇〇〇ペソの罰金をかされ︑
違反者が外国人の場合には︑刑期終了後国外に追放される︒
そのほかにこの国では︑産業国民化運動の一環として︑小売業を華僑その他の外国資本から守るために︑一九
五五年法律=二四五号でナマルコ︵2︾冨︾閑OO・ZΩ︒江8天蓋巽評葺ぎσqOo腕弓︒$江8・︶を設立したことであ
る︒これはいわばフイリッピン国内の主要商品の輸入販売をおこなう公社とも称されるもので︑とくに小売商の
不正競争︑投機の予防︑国内生産品の奨励︑必需品の価格安定と小売業の正常な発達を主な目的とするものであ
り︑ブイリッピン人小売商の商品銀行ともいわれている︒
︵註1︶一九五四年の議会には︑合計四二件の産業国民化法案が提出されている︒その主要なものを指摘してみるとω﹁労働 東南アジアの産業立法 ︑ 一五五
研究年報 一五六
国民化法案﹂で︑これはブイリッピソ労働界から外国人労働者の勢力を駆逐して︑ブイリッピン労働者の雇用を高める
ことを目的とする︒②﹁銀行国民化法案﹂で︑これは金融界から外国銀行の勢力を排除するため︑外国銀行の預金およ
び外国為替業務を禁止しよ5とするものである︒㈹﹁産金および輸出産業国民化法案﹂で︑外国人輸入業者に対する輸
入外貨割当を抑制して︑ブイリッピン人の産金および輸出生産業者に外貨を優先的にあたえようとするものである︒こ
れら一連の法案は︑国家主義的な傾向の具体化として異色をもつが︑華僑側の強烈な反対運動のために︑小売業国民化
法を除いて不成立に終っている︵詳細はアジア協会編コ泉南アジア政治経済総覧﹂上巻一二三頁参照︶︒
しかし︑ブイリッピンの国民化法運動は︑これだけに止まるものではなく︑さらに銀行︑漁業︑貿易等の多方 亀 ︵註1︶面にも具体化されている︒まず一九四八年の銀行管理法︵共和国法三三七号︶によれば︑国内銀行はその資本の六
〇%以上および重役会のメンバーの三分の二以上を︑ブイリッピン人がしめるのでなければ業務を運営できない
ことを明示する︒またブイリッピン国内法によって設立された銀行でなければ預金業務が認められない︒た団こ
の法律制定の当時︑現に預金業務を取り扱っていた外国銀行支店は︑その預金をブイリッピン以外に投資しない
という条件で︑預金業務が許可されていることは注目に値いしよう︵同法一一︒一二・一三条参照︶︒
︵註1︶この法律の正式の名称は﹀β︾9幻Φσq巳蜂︒江ロαqロd碧南ω帥巳ゆ︒︒β逃口αq討ω江ε二︒pωである︒国内銀行はこれによっ
て管理されるほかに︑共和国法二六五号︵中央銀行設置法︶による中央銀行の監督検査をうけている︒
またブイリッピン漁業法によると︑ ︵コモンウエルス法四七一号︑共和国法四六二号六五九号により改正︶ブイリッピ
ン領海の漁業をブイリッピン人・アメリカ人またはブイリッピンもしくはアメリカの法人にして︑その資本のす
くなくとも六一%が︑ブイリッピン人またはアメリカ人に属するか︑あるいは当該国の法令によって︑ブイリッ
ピン人に同様の権利をあたえる国民にのみ許可する万針をとっている︒これと同様のことは︑公有林の商業的利
用および開発の許可にもあらわれている︒そのほかに︑めを惹くのは最近の行政法のなかに︑わが国の船舶法三 ︵註←条と同趣旨のことを明示していることであろう︒すなわち専心貿易に従事する権利を︑フイリッピンの登録証を
有する船舶に限定し︑しかもその登録証の受有資格をブイリッピン人に限っていることである︒
︵註1︶外国船の沿岸貿易については︑各国ともその立法態様を異にしている︒多数の中小海商国では︑外国船の沿⁝岸貿易を
禁止する︵デンマーク・スウェーデン・ドイツ・イタリーなどは原則上外国船の就航を許可している︶︒これに対して
イギリス・オランダ・ベルギー・ノールウエーなどでは外国船にも無制限に解放している︒
つぎにブイリッピンにつづいて︑ヴェトナム︑ラオスの国民法化運動を素描してみよう︒まずヴエ.トナムにお
ける華僑人口は︑一九五〇年現在で約七二万を数え︑産業界の多方面に活躍している︒ことにこの国の商業上み
のがすことのできないのは︑輸出入貿易︑国内商取引ともに華僑の手に掌握されて︑事実商取引額の五〇%乃至
六〇%がフランス人で︑二〇%乃至三〇%は華僑︑一〇%乃至一五%をインド人その他の外国人がしめ︑ヴェト
ナム人のしめる割合は︑わずかに一〇%乃至一五%にすぎないとされている︒そこで南ヴェトナム政府ば︑民族
資本擁護のために︑可成り徹底した華僑対策を打出している︒すなわち一九五六年の九月には︑外国人に対して
左記職業への就業を禁止する大統預を公布している︒その内容は︑ほゴ﹁タイ人職業留保令﹂と異らない︒いま
その指定職業を列挙してみるとつぎのとおりである︒
ω魚商・網羅−ω小間物商・食料品商 ㈲石炭︒薪炭商 ω石油製品商 ㈲古物商 ㈲織物商 ①スクラッ
プ商 ㈲脱穀商 ⑧穀商 ㎝運輸商 ⑪伸介商
これら職業に現在従事する者は︑ωよりωまでは六ヶ月以内︑㈹からωまでは一ケ年以内に転職することを命
ぜられ︑違反者には五乃至五〇〇万ピアストルの罰金のほかに︑国外追放その他の行政処分をかせられることに
東南アジプの産業立法 一五七
研究年報 一五入
なり︑華僑にあたえる影響は大きい︒なおこの職業制限令とは別に︑同年の四月﹁外国人の不動産所有を制限す
る大統領令﹂が公布されていることも付記しなければならない︒この命令はひろく外国人を対象とするものでは
あったが︑その狙いは華僑を取締るためのものであり︑これによって外国人の不動産の所有権移転または一〇年
以上の賃貸借に︑大統領の事前許可を必要とするようになったのである︒また南ヴェトナム政府は︑海運の領域 ︵註1︶においても積極的に国民化法運動を試みている︒すなわち一九五六年の四月海上運送法を改めて︑船舶の国有化
とその保有船腹の増強をはかり︑ヴェトナム海運資本の確立を急いでいることも特筆すべきであろう︒
も も ︵註1︶﹁海上運送法改正の要旨として︑ω船舶所有はすくなくともその半数がヴエトナム人に所属することとする︵ベルギー
ギリシャ・オランダはこの態度をとるも︑但しスウェーデン・デンマークは三分の二以上の所有権を必要とする︶︒
も も ヘ カ ヘ へ い ②船舶会社に関しては︑その本馬がヴェトナムにあり︑その社長はヴェトナム人とする︒経営者の過半数はヴェトナム
人とする︵ドイツ・イタリー・オランダ・デンマークなどの諸国はこれに近いが︑但しアメリカ・ノルウェーでは出資
者の一定数が自国民であることを 保する︶︒ ㈹資本金のすくなくとも五〇%はヴェトナム人の所属とする︒ω船長︑
高級海員はヴェトナム人とする︵アメリカでは船長と船員の四分の三がアメリカ国民であることを要する︶︒
つぎに観点をラオスに転じてみよう︒ここでも約一万の華僑が在留し︑とりわけ南ラオスに密集しているとい
われている︒ラオスもヴェトナムとおなじように︑華僑が商権を掌握しているために︑近時政府はその経済力の ︵註1︶集中排除政策をとっている︒すなわち外国人は︵法人を含む︶︑税関吏︑船舶代理業︑私立探偵︑移民官︑ホテル
の所有者︑ ︵ただし五年以上ラオスに居住している者を除く︶︑武器弾薬取扱商︑私設無電機またはその部分品の製造
業または販売業︑印刷業には就業することを許さない︒
︵註/︶ここでいう外国法人とは︑取締役会長︑専務取締役︑理專︑代表取締役︑監査役が︑ラオス国籍またはフランス国籍
を有していない法人および株主︑支配人︑取締役会または理事会の過半数が︑ラオス国籍を有していない法人を指すの
である︒
最後にビルマにおける華僑対策を取り上げてみよう︒従来ビルマ経済の実権を握っていたのは︑インド入であ
ったが︑戦後はこれに代り華僑が外国資本の主力となっているのが大きな特色である︒しかしビルマ.政府は︑タ
イ︑ブイリッピン︑ヴェトナムのような徹底した圧追や排斥をくわえていないが︑最近では民族主義の機運に促
されて︑新しい華僑対策を考慮しつつある︒すなわち経済面では︑輸入許可証の交付をビルマ人に六〇%︑イン
ド人二五%︑華僑その他外国人に一五%の割当としているほがに︑さらにビルマ人労働者保護のための民族的施
策がなされていることも指摘しなければならない︒不熟練労働者の入国を抑制することは︑ビルマ政府の基本方
針の一つであり︑これによって中国人︑インド人の入国は全面的な禁止をうけたのである︒そのほかにビルマで ︵註1︶は︑外来資本ことに華僑資本に対抗するうえから︑国営事業の強化︑協同組合組織の育成を通じて︑華僑をしめ
出しつつあることもみのがしえない︒
︵註1︶社会主義憲法をもつぜルマでは︑天然資源の開発︑公益事業の運営に対する外来資本の参加が制限されている︵憲法
四四条参照︑連邦の公民か︑連邦において有効な法律にもとづき設立された会社その他の組織であって︑その資本の六
〇%以上が︑連邦︑州もしくは地方機関または連邦国民の公有しているものである︶︒
二︑鉱業法と自国鉱業権の保護
鉱物資源の多寡は︑一国の産業発展のうえにきわめて重要な影響をあたえるものである︒従来東南アジアの鉱
産物の開発は︑主として外国資本の手で︑おこなわれてきたものであるが︑しかし近時は鉱物資源開発の国家的
東南アジアの産業立法 一五九
研究年報 =ハ○
重要性が強調されるようになり︑憲法その他の鉱業法令によって自国鉱業権保護のための詳細な監督統制を試み ︵註1︶ている︒
︵註1︶鉱業権者の範囲については︑国により時代によってその在り方を異にするが︑わが国の現行鉱業法では民法︵二条︶
の内外人平等主義によらず︑原則として日本国民または日本法人に限り︑外国人または外国法人については相互主義の
立前をとっている︵一七条︶︒外国人を鉱業権者から除外することについては明治﹁初年以来の一貫した態度である︵明
治五年の﹁鉱山心得﹂︑明治六年の﹁日本抗法﹂ ︵布達二五九︶︑明治二三年の﹁鉱業条例﹂ ︵法八七︶参照︶︒
まずタイ国であるが︑ここでは錫が主要な産物であり︑全輸出品のなかで米につぐ重要商品であるが︑本来タ
イの錫鉱業は︑マラ毛の錫鉱業とおなじように華僑の手によって開発され︑その後ヨーロッパ資本によつで発展
したものである︒一九一〇年には﹁鉱業法﹂が制定され二九一九年改正︶︑土地および鉱物は国家の所有となし
採鉱の許可制を制度化したのである︒従って︑たとい自己の私有地でも許可をえなければ︑探鉱または採鉱をな
すことができない︒しかも︑これら権利の外国人への譲渡をも禁止したのである︒一九五三年現在︑タイでは鉱
山数が三五八となっており︑そのうち凌諜機を使用する近代的鉱山は︑わずかに二五を数え︑その殆んどが英濠
人に握られ︑その他は華僑が経営しているといわれている︒そこで政府は︑自国の鉱業権を擁護するうえから︑
一九五三年三月天然資源の開発に対して︑その開発権をタイ国民に留保することを決め︑鉱物採取権の許可に三
つの原則を明示している︒
ω 開発されるべき鉱物資源所在地に居住するタイ国人に最優先権をあたえること
② 同地域以外のタイ国人の採掘申請を許可すること
梱 タイ国入がその開発能力を有しない場令︑はじめて外国人の採掘申請を考慮すること
このようにタイでは︑自国の鉱業権を保護するために︑タイ人優先主義の政策がとられていることは特筆に値
いしよう︒
つぎにフイリッピンを捉えてみよう︒鉱山資源が豊富であり︑今後の発展が期待されているが︑この国でもタイ︑ ︐ ︵註1︶と同様国内天然資源の開発利用について︑国内資本を擁護し︑外国資本の参加を制限している︒従って﹁鉱業法
﹂ ︵コモ・ウェルス法一三七号・一九四九改正︶によれば︑ 鉱業権の出願者は︑個人の場合はブイリッピン人︑法人
の場合はすくなくとも資本金の六〇%が︑ブイリッピン人の所有するものでなければ出願できないことになって
いる︒たゴしアメリカ人は︑憲法の規定によりブイリッピン人と同様の権利がある︒そのほかにこの一九三六年
の鉱業法によれば︑鉱物の発見者は三〇日以内にその土地に鉱区の設定ができ︑この鉱区設定後蚊〇日以内に登
録官に登録しなければならない︒登録者は鉱区借地︵日ぎぎσq一8ωΦ︶の出願をなしうるが︑鉱区借地を許可さ
れた者は鉱物を採掘取得できる︒借地の有効期間はこ五年︵さらに二五年更新できる︶である︒ なお鉱区の設定者
は︑借地許可前に鉱物を商業用の目的をもって採掘するため臨時許可証︵審ヨbo冨身b忠ヨヰ︶を申請できる旨
を明示する︒この臨時許可証は通常六ヶ月間有効であるとされている︒この国では︑鉱業関係の監督官庁として
﹁鉱山局﹂ ︵ゆ瑳8βoh冨ぎΦ90Φb錠け日①暮oh>σqユ︒巳εお9pq乞讐霞巴閑︒︒︒oロ①ω∀があるが︑なお鉱業
関係の法令として︑つぎのようなものが指摘される︒一つは一九四二年の﹁石炭土地法﹂ ︵OO薗一 目㌧O昌α bO↓︶
であるが︑本法によれば石炭土地の借地権は︑五〇ヘクタール以上一二〇〇ヘクタール以下の土地を二五年をこ
えない期間借地することができる旨を明示している︒ ︵上記の期間は二五年更新できる︶二つは一九四九年の﹁石油
法﹂ ︵℃⑦けHO一Φd﹇巳P ㌧rO叶︶ である︒本法では石油︑炭化水素︑ガス︑レキ青︑アスファルト等に対する権利を規
定するが︑なかでも石油の探査︑開発︑採取のための権利として踏査権・採掘権・精製権・パイプライン敷設権
東南アジアの産業立法 一六一
研究年報 ︐ 覧 一六二
などを制度化しているこどは注目に値いする︒ 三つは最近成立した ﹁緊急金援助法﹂ ︵国日Φ同σq窪︒畷 O︒匡
︾ωω一ω田口8︾9︶がある︒これは一九五四年六月法律=六四号によって制定されたもので︑採算のとれてい
る金鉱は︑中央銀行に一オンス一〇五・四〇ペソ︵公定影回〇ペソ+補助金三五.四〇ペソ︶ で︑採算のよくない金
鉱は︑一オンス一一一・七ニペソ︵公定価+補助金四一・七二ペソ︶で売却することを規定し︑金鉱業を援助してい
ることも看過することができない︒
︵註1︶フイリッピソ憲法一三章天然資源の保存および利用︑第一条﹁ブイリッピンにおけるすべての公有の農耕地︑森林お
よび鉱山︑水流・鉱泉水・石炭・石油そのほかの鉱油︑いっさいの潜在的動力ならびにそのほかの天然資源は国有とす
る︒その処分・採掘・開発および利用は︑この憲法のもとに設立された政府の始政のさい︑現に有する権利・認可・賃
貸借または特許による場合を除きふフイリッピン国籍人またはその資本の六〇%以上がフイリッピソ国籍人によって所
有される会社または組合に限りすることができる﹂ ︵以下略︶︒
つぎにインドネシアであるが︑この国では植民地経済の国有化︑すなわち自給産業計画に追われているためか ︐ ︵註1︶まだ鉱業政策に確立したものをもたない︒鉱業法も蘭印鉱業法をそのまま使用している状態である︒しかし憲法
なり︑産業計画の基本方針によれば︑基幹産業のインドネシア化を志向しているといわれている︒
︵註1︶鉱業に関する根本事項は︑ ﹁蘭領印度鉱業法﹂に規定されているが︑本法は一八九七年蘭領印度官報一=四号で公布
されたものである︒この法律の骨子は以下のとおりである︒
ω 鉱物の分類︑鉱業法一条一項は︑鉱物をAB二種にわかち︑土地所有者といえども︑これを自由に処分することが
できない︒
② 探鉱ならびに採鉱許可証所有資格︑鉱業法四条は︑つぎのように規定する︒ ωオランダ人回オランダまたは蘭
領印度住民@オランダまたは蘭慣印度に設立された会杜︵蘭傾印度住民とは︑蘭煩印度において永住権を有ずる者を
いい︑永住権は蘭領印度に引続き一〇年間居住したる外国人にあたえられる︒会社については︑管理者または取締役が
一名もしくは二名のときはその全部が︑三蓋以上のときはその多数がオランダ人か︑民習印度住民であることを要し︑
会社はオランダ商法により設立された会社であることを要する︶
㈹ 探鉱権︑探鉱権は政府の許可証によって取得される︒政府の保W田地および公益のため︑不許可を公告された土地︵封
鎖地帯︶の探鉱は許可されない︒
ω 採掘権︑採掘権は最高七五年をこえない期間︑鉱業許可証中に明記された地域に対して︑総督によりあたえられる︒
さらに視点をかえてヴェトナムでは︑鉱業が最も重要な産業であり︑一八世紀以来フランス人によって開発さ
れてきたが︑この国の鉱業政策はいまだ明瞭でなく︑一九一二年の仏印鉱業法をそのま㌧踏襲しているようであ
る︒従って︑この国でも他の国とおなじように︑外国人の参加が厳格に制限され︑諸産業中最も強く外来資本を
排除している︒すなわち鉱区の所有者︒占有者または使用牧益者が個人の場合は︑フランス国民または保護国民
に限り︑会社の場合はフランスまたはその植民地に本社を有し︑かっ重役の過半数がフランス国民または保護国
民であることを条件としている︒
つぎにビルマであるが︑この国の鉱業は農業についでビルマ経済に重要な地位をしめ︑その年産額は一億四〇
〇〇万ルビーに達し︑外国貿易における比率は全輸出高の三六%乃至四〇%をしめているといわれている︒ビル
マでは天然資源の開発に対して︑公益事業の経営と同様に︑ビルマ国民かまたはビルマ国民の出資分が六〇%以
上の会社︒組合でなければならないと憲法で明記し︑極力外国資本の参加を制限している︵憲法四四条参照︶︒
そのほかインドでも一九四八年に﹁鉱山鉱物︵調整︶法﹂を制定し︑原子力鉱物や稀少鉱物の採掘許可には政
東南アジアの産業立法 一六三
研 究 年報 府の同意を必要としていることもみのがすことができない︒ 一六四
三︑労仇法と︑企業労仇者の保護
東南アジア諸国の大部分は︑その植民地性ないし従属性のために︑いまだ外国資本が優位をしめ︑民族資本の
発展がはゴまれている︒従って大工業や技術構成の高い企業は少数で︑小規模企業と軽工業が支配的である︒ゆ
えに近代的労働者もすくなく︑中小企業労働者ないし農園労働者の比重が高いので︑労働階級としての意識もき
わめて低い︒当然また労働組合の運動も活濃でないといわれている︒以下東南アジアにおける労働者保護の実態
を鳥鰍してみよう︒ ︵註1︶ まずイン下であるが︑この国の初期の労働法規は︑農園と密接な関係があり︑それは多数の植民地に指摘され
るように︑茶園やコーヒー園に常に労働力を準備することが主な狙いで︑労働者の保護法というよりも︑むしろ
ヘ ヘ へ取締的性格のものであったといえよう︒労働者契約違反法令︵一八五九年︶︑雇主︑労働者︵争議︶法︵一八六〇年︶ コ ノインド刑法︵一八六〇年︶などは︑いずれも労働契約の違反を刑事上の犯罪としており︑一九世紀初葉までは︑す
くなくともかかる態度が是認されてきたのである︒ところで︑このインドにおいて︑とくにめを惹くのは︑わが
国とおなじく労働者保護法が︑まず幼少年婦人の労働制限から始まり︑次第にその範囲を他の産業部門の労働者
に拡げていったことであろう︒
︵註1︶インドでは︑総労働人口のうち七一・八%が農業人口であると称され︑とくにこの国の農園労働者の特徴は︑一般工
場と異り︑相当数の幼少年と疏註とを雇傭していることである︵茶園では約四五%が婦人・コーヒー・ゴム園では二〇
%乃至四〇%が婦人である︶︒農園労働者保護の先駆的立法としては︑一九〇一年の﹁アッサム労働・移民法﹂が指摘 〆
されているが︑この法律は農園における労働条件自体の規整を試みるものではなく︑労働者募集の方法なり︑宿泊施設
・等を若干規整しているにすぎない︒
現在︑インドの工場労働者は︑幾多の修正をへて成立した一九三四年の﹁工場法﹂ ︵初期の工場法は一入八一年︶
によって保護されている︒この法律の適用範囲は︑動力を使用し︑かつ労働者二〇人以上を雇傭する工場に限定
していて︑しかもその中味は ω常時工場における成人の労働時間を週五四時間︑ 一〇時間労働日︵季節工場で
は労働時十六〇時間.二時間労働日︶ω工場.労働者に週休︑休憩︑超過手当をあたえること ③一二才以下の児
童の雇傭禁止ω一五才以上一七才以下の青年の適格証明書の必要 二九三九年の工場労働者一七五万のうち約三方
が一五才以上一七才以下の青年であるといわれたが第二次大戦後は次第に減少している︶㈲幼少年婦人の深夜業の禁止など
である︒そのほか安全衛生に関する規定を含めていたが︑その後は数回修正され︑一九四五年の修正法では︑一
二ヶ月継続勤務した成人労働者に対しては一〇日︑児童については一四日の連続休暇をあたえることを認め︑ま
た一九四六年法では︑成人労働時間を週五四時間から四八時間に︑一日一〇時間から九時間に短縮し︑季節工場
でも週六〇時間から五〇時間︑一日一一時間から一〇時間労働日に縮めている︒また工場の雇主には︑雇傭条件
を明示する服務規律を定め︑政府の認可をうけることを要求している︒ ︵註1︶ そのほかに︑この国の工場労働者については︑広範な労働立法があ︑ることもめを惹く︒まず一九二六年の﹁労
働組合法﹂がある︒これは非常に沈滞している労働組合運動を始めて成文化したもので︑登録労働組合に法人団
体としての身分をあたえ︑その登録組合と組合員とには民法刑法上の責任を免除している︒また一九二九年の﹁
労働争議法﹂ ︵一九五三年修正︶によれば︑雇主は遮当な職業補償をあたえられていない各労働者に一定額 ︵その
賃銀の五〇%および年四五日間︶の物価手当を支払うことを明示し︑また一年以上継続勤務した労働者に対して一ケ
東南アジアの産業立法 − ︑ 一六五
研究年報 ㌧ 一六六
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月産の通告あるいは所定の退職手当を支給せずに︑解雇してはならない旨を定めている︒なお近時この国で特記
されることは︑ビルマ・ヴェトナム・ブイリッビンの諸国におけるとおなじように︑一九四八年﹁最低賃銀法﹂
が制定されていることである︒これにより全産業部門の労働者の最低賃銀を定め︑組織力のない賃銀労働者を保
護しようとしている︒
既述のように︑最近のインドでは︑一応法制度のうえで先進国なみの保護法規をもち︑近代的な視野から労働
関係を規整しつつあるが︑しかし一面東南アジア労働の特質ともいわれる植民地性ないしは封建性が根強く温存
しており︑とくに農園労働者や動力のない無数の零細工場に雇傭されている労働者の多数が︑依然法的保護の外
におかれているといわれている︒
︵註1︶インドで多少とも法律上の保護をうけている企業労働者を指摘してみよ5︒ ω鉱山労働者は一九二三年の鉱山法お
よびその修正法で保護され︑一五才以下の児童の使用禁止︑婦人の坑内労働の禁止︑そのほかに労働時間を制限する︵
週五四時闘︑一日坑外一〇時間︑坑内九時間︶︒ ②自動車運転士については︑ 一九三九年の自動車法により︑ 一八才
以下の者を自動車運転士として︑またこ〇才以下の者を運送用自動車の運転士として雇傭することを禁止する︒ ㈹鉄
道労働者は︑一九三〇年の鉄道法によって労働時間︑週休について保護をうけている︒ ωドック労働者は︑ 一九三八
年のインドドック労働者法により︑積荷荷卸の労働災害に関し保護を享受する︒ ㈲海上労働者は︑ 一九三一年のイン
ド商船条例によって保護をうけている︵商船条例では︑幼少年の海上雇傭とその最低年令を定め︑かつ体格検査を命じ
ている︶︒
つぎにビルマの労働問題を取り上げてみよう︒この国では労働力の不足が今日的特徴であり︑一九四〇年現在
の工場労働者数は約九万︑その八五%がインドからの移民であるといわれている︒戦前の労働運動はきわめて微
力で︑労働法規自体もイギリス法をそのまま承継するに過ぎず︑そのうえ農業国ビルマの労働問題は︑農園労働
者に関するものが多く︑その解決も地方的な慣行なり顔役の仲裁に一任されていたようである︒では戦後の企業
労働者はいかなる保護をうけているだろうか︒まず労働問題を管掌する行政機関として﹁労働省﹂が設置されて
いるが︑この労働省は労働条件の向上をはかるために︑従来の労働法規を改め︑諸種の新しい法令を制定してい
る︒その主なものは左記のとおりである︒
最低賃銀法︵目げ①竃配陣ヨq日≦薗σq①ω︾9︶︑工場法︵守90Q︾9︶︑休暇および休日働くピ$<Φ9︒巳
国︒一箆9︒団︾g︶︑商店法︵ωずobω帥民国ω雷三一昌旨①昌房︾︒什︶︑農業労働者最低賃銀法︵︾ひq二︒巳ε円巴
ピ菩︒霞ω竃一三ヨニ8謡鋤αq①ω︾6け︶︑ 労賃支払法︵℃昌吉⑦三〇臨薫9︒αq①ω諺9︶︑油田11労働・厚生H法
︵A︶一一h一①一αH ﹇9び09目 9br傷 ぐく①一h畳目①H㌧rOけ︶︑労働者補償法︵白三島旨①ロωOo日b①ロω9江︒口諺︒け︶︑雇用お
よび訓練法︵国日b一〇畷日①暮9昌像↓H巴臨写αqb︒↓︶︑ 労働争議法︵日量自ΦU冨b暮①︾9︶︑労働組合法
︵↓慈α①d三8︾g︶︑労働調停裁判所法︵Ooq答立退含ω#富一︾Hげ一丁目菖︒口>9︶
ここでは一九五一年半工場法と休暇および休日法による雇傭条件を指摘することにしてみたい︒まず労働者の
採用と解雇の点で︑=二才未満の者は︑その就労を禁じられ︑一三才以上一八才未満の者も︑就労可能を証明す
る旨の健康診断書を有することを条件に許可される︒また一五才未満の者は︑一臼四時間以上︑午後六時から午
前六時までの労働を禁止される︵女子労働者も同様深夜業の就職を禁止される︶︒解雇にさいしては︑一ケ月前に予
告をあたえ︑かつ三ヶ月分の給与を支払ねなければならない︒つぎに工場法によれば︑一八才以上の成人の労働
時間を一週四四時間以内とし︵技術的理由で連続作業が必要とされる成人男子労働者に限り四八時間を許可︶︑一日の労
働時間は八時間をこえてはならない︒なお鉱山労働の最低年令は一︑八才に限定し︑労働時間も一週四〇時間に限
東南アジアの産業立法 一六七
研 描九 年 報 一ムハ入
られている︒そめほか休暇および休日法によれば︑休暇を有給休暇︑臨時休暇および医師の診断書で証明する医
療休暇の三種を掲げ︑企業労働者の無制限な酷使を予防している︒
つぎにタイ国を眺めてみよう︒この国では︑人口の八五%が農業労働者でしめられ︑それ以外の労働力は外国
人とりわけ華僑によってまかなわれている︒近来自立経済を目標とする政府は︑外国人に弾圧を加え︑タイ労働
力を極力産業面に吸牧しょうとしている︒その顕著な例として工場労働者の半数をタイ人雇傭強制としたり︑外
国人の就業制限︑タイ人の技術訓練等をあげることができる︒しかし︑この国の労働運動は低調であるためか︑ ︵註1︶インドと異り明確な労働政策がなく︑労働者保護の立法も非常に遅れている実情にある︒
︵註1︶タイでは︑反共法の施行が︑労働運動の正常な発展を阻碍しているといわれているが︑ 一九五六年三月政府は罷業権
と組合組織権をあたえることを中心とする労働保護法︑労働組合法︑労働争議法の三法案を起草している︒
さらにヴェトナムも農業労働者が全就業労働者の約七割をしめている点では︑タイ国と同様である︒一九四五 ︵註1︶年までは︑フランス本国の労働法が適用されていたが︑一九四五年三月フランスの主権がヴェトナムに移譲され
ることとなり︑その結果労働行政に関する権限もヴェトナム側に移され︑南ヴェトナム政府は一九五〇年一月﹁
労働管理局﹂を設立するとともに︑画期的な労働者保護法たとえば労働組合制度に関する政令︵一九五〇年八月︶
最低賃銀制度に関する政令︵一九五一年八月︶︑労働法︑︵一九五一年八月︶などを制定している︒また北ヴェトナ
ムでも︑これにならい一九五三年五月労働者に対する法定最低賃銀制が施行されている︒
︵註1︶この国における労働者保護法の沿革的大要を指摘してみよ5︒まず本国人雇主と土人労働者間の契約条件の規定二
八九九年八月総督令︶︑交趾麦那土人農業労働に関する規定︵一九〇九年四月総督令︶︑インド支那鉱業管理法の制定
︵一九一二年一月大統領令・従業員に関する一切の事項︑危険防止に関する監督法︶︑総督府に労働検閲部の設置およ
びインド支那労働法の公布 ︵一九二七年一〇月総督令︑農工鉱企業における契約傭土人およびアジア外人労働者の保
護︑労働力募集の便法︑契約労働者の労働条件︑給料および前渡手当金の支払方法などを規定する︶︑争議に関し簡易
な裁判権を労働監督官にふよする規定︵一九二九年一月大統領令︶︑労使調停委員会の編成︵一九二九年四月大統領令︶
労働貯金金庫の創設︵一九二九年五月大統領令︶などがある︒
つぎにインドネシアの労働者保護の実態を眺めてみよう︒ここでは外国人企業の進出とともに︑労働問題が可
成り重要視されているが︑しかし奴隷労働や強制労働を過去にもち︑現在も低所得︑低賃銀から三脚できず︑苦 ︵註1︶境にあえいでいるといわれている︒この国では﹁労働省﹂が一九四七年七月に創設され︑また同年には労働保護
法の先駆として﹁労働者補償法﹂を定め︑労働災害に対する補償を制度化している︒なお翌一九四八年には﹁労
働法﹂が成立しており︑その実施を監督する﹁労働監督法﹂も公布をみている︒後者は︑婦人少年労働者や労働
時間二週四〇時問︑七時間労働日︶︑休暇などに関するもので︑わが国の労働基準法に相当する︒一九五一年に
は﹁労働非常法﹂がでて︑主要産業の労働紛争を取締るほかに︑労使間の協約を規整した﹁労働協約法﹂が一九
五四年に制定されていることも特筆に値いしよう︒
︵註1︶従来から契約苦力に関しては︑﹁苦力獲得条例﹈および﹁苦力条例﹂が適用されてきた︒前者はジャワ土人との労働
移民契約の締結にさいして生ずる各種の弊害を予防することを狙いとし︑後者は雇主と契約苦力の権利義務を厳重に規
定しているものである︒苦力条例の先駆は︑一八八○年に制定された﹁スマトラ東海岸苦力条例﹂であるが︑その後各
州の苦力条例を統合して︑一九三一年官報九四号により新苦力条例の成立をみたのである︒との苦力条例は蘭領印度の
労働法規中最も重要性をもち︑外国企業の死活の鍵とも称されていた︵詳細は﹁南洋年鑑﹂昭七︑一=八頁以下参照︶︒
最後にフイリッピンの労働関係法規を一瞥してみよう︒一九五一年の推定によると︑労働人口のうち約六六%
東南アジアの産業立法 . 一六九
研究年報 一七〇 ︑
が農業となρているが︑この国の顕著な特徴は︑日本を除いて︑最も熟練労働者が多く︑労働者の質が高いことで
あろう︒しかし戦後は︑労働賃銀が極端に低下し︑戦前の水準をはるかに下廻っているといわれている︒この国
では戦後︑先進国なみに多数の近代的労働立法を生み出しているが︑いまその主要なものを列挙してみると︑ま
ず労働憲章ともいわれる﹁産業平和推進法﹂ ︵共和国法八七五号︶が一九五三年六月に制定されたことである︒こ
れは労働者の組合の結成︑団体交渉権および罷業権を認めている︒一九五二年の四月には婦人︒年少者の雇用を
規整する﹁婦人・年少者雇用調整法﹂︵共和国法六七九号︶が︑また同年の六月には︑国家職業安定機関︵2追駆︒口勇︒一
国日覧︒矯ヨ①三ω霞くご①︶の設置を定める﹁職業安定法﹂ ︵共和国法七六一号︶が成立している︒さらに一九五四
年の六月には︑二つの法律が制定されている︒一つは共和国法=六一号の﹁社会保障法﹂ ︵ω06冨一ω①︒霞一な
︾9︶である︒これは労働者の病気︒失業・退職・不具・死亡などのさいの社会保障機構︵社会保障委員会ω09巴
ω①o霞口器O︒巳日δ玖8︶ の設立を目的とする︒二つは共和国法一〇五二号の コ雇止支給法﹂ ︵目塞日ぼ春江︒口
勺ミピ鋤類︶ である︒ これは期限の定めのない雇傭契約において︑当事者が契約の終了について少くとも一ケ
月前に相手方に通知しなければならないことを規定する︒ また 一九五一年の四月には︑注目の﹁最低賃銀法﹂
︵竃一巳日ロ日露鋤αqΦピ潜窯︶が議会を通過している︒この法律によれば︑農業以外の企業に雇傭される労働者の
最低賃金は︑一日四ペソ︑農業企業では一日二・五ぺを下らないこととしている︒尤も本法は︑農業小作または
家事使用人に適用されないことを注意すべきである︒
なおブイリッピンでは︑以上の労働関係法規のほかに︑戦前においても︑二︑三のめを惹く立法があることを
忘れてはならない︒その一つは一九二六年法律三四二八号で制定された﹁労働者補償法﹂ ︵≦o跨8①口︒・Oo日や
obω画一〇口b餌差︶である︒この法律は一九五二年︵濫七七二号︶に改正されており︑被用者の就労を疸接原因とす
る負傷・疾病・不具・死亡に対する雇傭者の補償を定めたものに外からない︒本法の実行機関として労働省の労
働者補償委員会︵妻︒爵日①昌︑ωOoヨ冒Φ昌軽四︒口Oo日日すω一〇口︶がある︒ つぎに一九三九年のコモンウエルス法
四四四号の八時間労働法L ︵田αq準国︒霞ピ曽げ︒同い凶≦︶をあげることができる︒これは一週四八時間︑ ↓日八 − ︵註1︶時間を最大労働時間とする旨を明示するが︑ある特定の労働者︵農業労働者・出来高払労働者・家事使用人︒雇用家族︶
には本法の適用がない︒
そのほかに︑この国で見落すことのできないものとして︑一九三六年に設置された﹁産業関係裁判所﹂︵Oo霞け
oh一口山βの#冨一男①一9︒菖8ω︶がある︒この裁判所には︑資本家と労働者︑地主と小作人または農園労働者間の紛
争を解決するために︑これらの紛争に関する研究︒調査・調停・判決の権限があたえられている︒
︵註1︶特定の職業については︑日曜その他祝祭日における労働を禁止する﹁ブルー・サンデー法﹂ ︵切旨Φω自生皇︒団い四≦︶
が︑共和国法九四六号で公布されている︒
結
言
以上︑東南アジアにおける産業立法を概観してきたが︑そこには多様な分野にわたり︑一貫して植民地勢力の
残津を払拭しようとする努力が︑国民化法運動の姿で急速に展開されてきている︒恐らく今後も︑この方向へ向
って着々と前進することであろう︒しかし︑そこには︑まだまだアジアの経済的停滞性に由来する法意識なり資
本的障害が︑横わっていることを指摘しなければならない︒ ︑
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