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一― 相沢謙 吉 は真 の親友 で はない 一―

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一― 相沢謙 吉 は真 の親友 で はない 一―

張      *

On /1aihilne''Written byふ 江 ori― Ogai

― Aizawa― Kenkichi is not a true friend―

Zhang」 uN*

Abstract

/1aihil■ ■ e"is the virgin work ofふ ′ Iori Ogai  The author uses a romantic and elegant style to describe vividly the self― consciousness of the hero― ―――Oda― Toyotaro and the frustration in his internal、 vorld  About another character― ――― Ai2awa一 Kenkichi,the author doesn't talk so much,but he play an important role in the story  This essay is to illustrate this character― ―――

Aizawa― Kenkichi in the M/riter's opinion

r【 9E′   ψο rtrs: friendship,betray,feebleness,nintiness,bureaucratic apparatus

は じ め に

周知 の よ うに鴎外 の 「舞姫 」 は ,明 治二十三 年一 月 の「国民 之友 」 (第 六巻第 六九号付録 )誌

上 に発表 された ものだ。 それ は鴎外 の ドイ ツみ や げ二 部作 の代 表作 で あ り ,文 の処 女作 で もあ る。作 品が発表 されて以来今 まで あ くまで も文学評論家 の評論 の焦点 で,注 目されてい る。

人 々 はい ろい ろな角度 ,側 面 か ら「舞姫 」 をめ ぐって それ な りの観 点 ,評 価 ,批 評 な どを出 し た。私 もあ えて この作 品 に 自分 な りの考 えを述 べ よう とす る。 そ こで ,今 回 はその登場 人物 の 一人即 ち主人公太 田豊太郎 の親友一一 相沢謙吉 に焦点 を当てて 自分 な りの考察 を試 みてみたい

と思 うので あ る。

相 沢謙 吉 は果 た して太 田豊太郎 の真 の親友 で あ った か。 その疑 間 は今 で もまだ私 の心 の中 に 大 き く残 され て い る。

平成 14年 12月 26日 受理

*藩 陽工業大学外国語学部・講師

― .ま ず主人公の足 とりを追 うと 秀才の誉高い主人公太 田豊太郎 は ,某 省 より

「洋行 して一課の事務 を取 り調べ よとの命」を受 けて「模糊た る功名の念 と ,検 束 に慣れた る勉 強力」 を持 ってベル リンに着 く。 その大都の華 麗 な雰囲気 に目を奪われ る。 しか し ,持 ち前の 自制心 と勉学への熱意 によってそれに惑わされ ることはなかった。 しか しなが ら二年 ばか りた つ うちに豊太郎 は過去の自分の生 き方に疑間 を 覚 えるようになった。 「余 は父の遺言 を守 り ,母 の教 に従ひ ,人 の神童 な りな ど褒 むるが嬉 しさ に怠 らず学び し時 より ,官 長 の善 き働 き手 を得 た りと奨 ますが喜 ばしさにたゆみな く勤 めし時 まで ,た だ所動的 ,機 械的の人物 にな りて自ら 悟 らざ りしが ,今 二十五歳 にな りて ,既 に久 し くこの 自由な る大学 の風 に当た りたれ ばにや

,

心の中なに とな く妥な らず ,奥 深 く潜 みた りし

まことの我 は ,や うや う表 にあ らはれて ,  きの

ふ までの我 な らぬ我 を攻 むるに似た り」 と自覚

す る。いわゆる近代 自我 の覚醒である。 それは

(2)

近代都市ベル リンの大学 とい う自由なムー ドの 内に醸成 され ,日 本の官僚機構 と封建的な束縛 か ら切 り離 された この異郷 において初 めて可能 になった ものであった。彼 は今 までの自分 は真 の自己 を喪失 して他 に活用 されてばか りいる人 間だった とい うことを意識 し始 めた。た とえば

,

「活 きた る辞典」「生 きた る法律」な どにな らな くてはな らない ことへの重圧 な ど。 しか し ,彼

の内部 には独立 した思想がだんだん形成 されて いったのである。 したがって ,官 長 と豊太郎 と の関係 も次第 に変化 し ,自 らの意見 をはばか る ことな く出張す るようになったのを′ 1曽 まれ るよ うにさえなったのである。 また「かた くななる 心 と慾 を制する力」で留学生たち と遊興せず ,優 等生ぶっている との反感 を買い ,そ のためにか えって嘲笑 と誹訪 の対象 となって しまった こと もあった。そ して こんな時 に ,寺 門の扉 により かかって泣いている少女エ リスにあったのであ る。か くてよ く知 られてい るように逆境の身 を はかなむエ リスを助 けてか ら ,太 田 と彼女 との 淡い交情が始 まる。最初 は子供 っぽい無邪気な 恋の喜びにふ けっていた二人であったが

,「

事 を 好む人 Jの 中傷 によって免官 されて しまう。母 の死 の悲報 を受 けたの もち ょうどその頃であっ た。 ドイツに残 るかの返答 を公使 に約束 した 日 も近づいた。 この ような苦境 にあった時 に ,相

沢謙吉 とい う人物が初 めて登場 した。

二 .相 沢謙吉 はどんな人であろうか 彼 は東京の天方伯 の秘書官である。天方伯 は ある程度の大官僚である。友人 としての相沢謙 吉 は豊太郎が免官 になった ことを官報で知 り

,

ある新聞社の編輯長 を説いて豊太郎が新聞社 の 通信員 としてベル リンに留 まり ,政 治 ,学 芸 な どの ことを報道 す る仕事 に就 けるよ うに骨 を 折 って くれた。 これは困境 に陥っていった豊太 郎 に とってなん と言って もす ごい助 けで あっ た。 もし ,友 情 とは友たちが苦境 に立たされた ときに何か救 いの手 を伸べ るものだ とした ら

,

この ときの相沢 は確 か に良友 に違 いない。 しか し ,こ れ は この後 に発生 す る豊太郎 を義理 と人 情 の葛藤 に追 い込 む とい うひ どい仕打 ちが これ また彼 によって為 され るの はなん とも皮 肉 な こ とで あ る。

我 が学 問 は荒 みぬ ,屋 根裏 の一 灯 かす か に燃 えてエ リスが劇場 よ り帰 りて ,椅 子 に寄 りて 縫 ひ物 な どす るそばの机 にて ,余 は新 聞 の原 稿 を書 け リーー

我 が学 問 は荒 みぬ ,さ れ ど余 は別 に一種 の見 識 を長 じき。

ここには貧 しいなが らも豊太郎 が一心 にエ リ ス と一緒 に生活 しよ う とす るひたむ きさが うか が える。主人公太 田豊太郎 に とって ,官 を離 れ 民 間 に身 をおいて新 聞 な どの仕事 に携 わ る とい う こ とは決 して悪 い こ とで はな く ,む しろ生々 しい ,本 来 的 な人 間 にた ち帰 る とい う ことで あ ろ う。 つ ま り ,  この ときの豊太郎 には名誉 を挽 回す る とか帰 国す る とか い う観念 は薄 れていた よ うにさえ思 われ る。 しか し ,や が て届 いた良 友 の相沢謙吉 か らの手紙 は この束 の間 の幸福 を 打 破 す る こ とにな る。

とみの事 にて あ らか じめ知 らす るに由なか り しが ,昨 夜 ここに着せ られ し天方大 臣 に付 き て我 も来 た り ,伯 の なんぢ を見 まほ し とのた まふ に ,疾 く来 よ。 なんぢが名誉 を回復 す る もこの時 にあるべ きぞ。心 のみ急 がれて用事 をのみ言 ひや る ,  とな り。

豊 太 郎 は この相 沢 の手 紙 に内心 強 く動 か さ れ ,次 第 に元 の失 った世界 へ と引 き戻 され てい くので あ る。何年かぶ りの対 面 を前 に緊張 す る 豊 太郎。 そ こで なされた対談 は次 の ような もの で あった。

余 は少 し脚瞬 した り。 同 じ く大学 に在 りし 日に ,余 が 品行 の方正 なるを激賞 した る相沢 が,け ふ はいかな る面 もち して出迎 ぶ らん。室 に入 りて相対 して見 れ ば ,形 こそ旧 に比 ぶれ ば肥 えて退 し くな りたれ ,依 然 た る快活 の気 象,我 失行 を もさ まで意 に介せ ざ りき と見 ゆ。

別 後 の情 けを細叙 す るに も追 あ らず ,引 かれ

― ‑ 94 ‑―

(3)

て大臣に謁 し ,委 托せ られ しは独逸語 にて記 せ る文書 の急 を要す るを翻訳せ よ との事 な り。余 は文書 を受領 して大臣の室 を出で し時

,

相沢 は跡 よ り来て世 と年餐 を共 にせん といひ ぬ。食卓 にては彼 は多 く問ひて ,我 多 く答へ き。彼が生路 はおほむね平滑な りしに ,輔 刺 数奇 なるは我身の上 な りければな り。余が胸 臆 を開いて物語 りし不幸 な る閲歴 を聞 きて

,

かれはし

'ゴ

しば驚 きしが, なかなかに余 を譴 めん とはせず ,か へ りて他の凡庸 なる諸生輩 を罵 りき。 され ど物語 の畢 りしとき ,彼 は色 を正 して諌む るや う ,こ の一段 の ことは素 と 生 まれなが らな る弱 き心 よ り出で しなれ ば

,

今更 に言わん も甲斐 なし。 とはいへ ,学 識 あ り ,才 能 あるものがいつ までか一少女の情 に かかづ らひて ,目 的なき生活 をなすべ き。今 は天方伯 も唯独逸語 を利 用せ んの心 のみな り。 おのれ もまた伯が当時の免官の理 由を知 れ るが故 に ,強 てその成心 を動か さん とはせ ず ,伯

,い

中にて曲庇者 な りなん ど思 はれん は ,朋 友 に利 な く,お のれに損 あればな り。人 を薦むるはまづその能 を示す に若かず。 これ を示 して伯 の信用 を求 めよ。 またかの少女 と の関係 は ,よ しや彼 に誠 あ りとも ,よ しや情 交 は深 くな りぬ とも ,人 材 を知 りての こひに

あ らず ,慣 習 といふ一種 の惰性 よ り生 じたる 交 な り。意 を決 して断て と。 これその言のお

おほむねな りき。

豊太郎 の「不幸 なる閲歴 Jを 聞いて真の親友 な らば ,遠 慮 な く豊太郎 に どこが正 し くて ,  ど こが間違いか を知 らせ るはずだが ,相 沢 は豊太 郎 を庇 い ,か えって豊太郎 を陥れた同郷人達 を 罵 ってみせ る。 これは相沢の腕 の うまい ところ ではないか と思 う。先 に豊太郎 を喜 ばせておい てか ら自分 こそが真 に豊太郎 を理解で きる唯一 の味方であることを豊太郎 に示 している。 これ は相沢が豊太郎 に最後 の結論「意 を決 して断て」

を通告す るための布石である。 ここには相沢の 官僚 としての強 さが よ く出てい るで はないか。

これを通 して考 えると ,相 沢 はかつて豊太郎が

免官 になった直後 ,彼 にまず通信員の仕事 をさ せ ,折 を見て汚名 の挽回をさせ ようと図ったの で はないか と思 うようになった。確かに相沢謙 吉 は『舞姫』の中で は一人 の仕掛 け人 とい う役 を演 じている。す ごい人間だ。権謀術策の徒 と も言 うべ きだ。 「学識 あ り ,才 能 あるものが ,い つ までか一少女の情 にかかつ らひて ,目 的なき 生活 をなすべ き」 ,相 沢の言 う目的 とは国家有為 の人物 になることである。相沢 は功利立身出世 十 主義 を至上の もの としてお り ,こ れ も ,そ こか らの発想である。路傍 の花 の ような取 るに足 り ない少女への情 に引 きず られて ,国 家有為の人

物 になることを忘れ るな という警告である。 こ のように相沢 は功利的に物事 を割 り切 り合理化 しようとす る。豊太郎 は出身出世 のためにベル リンに来たのだが ,前 に述べた ようにその観念 は既 にこの頃には薄れていた ,し か し ,相 沢 は 再びその観念 をキ ゴ lき 立て ようとしているのであ

る。

もし彼が真の親友だった ら ,友 達 を助 けるた めには ,自 分が損 をして もか まわない と言 う情 け心があったはずである。 「おのれ もまた伯が当 時の免官の理 由を知れ るが故 に ,強 てその成心 を動か さん とはせず ,伯 が心中にて曲庇者 な り なん ど思われんは ,朋 友 に利 な く ,お のれに損 あればな り Jと い う言葉 に相沢の功利的な考 え 方が はっきり出ている。例 の豊太郎宛 の手紙 に も天方伯が豊太郎 をどう評価す るか を推薦者 と して気 にか けている様子が表 出されている。表 面的 には相沢 は寛大で明 るい人物 の ようだが

,

異 には一物 あ りとい う人 間で あ る とは否 めな

ヤゝ。

三 .友 情 を裏切 る行動

相沢 は豊太郎 にエ リスを捨てて名誉 を挽回す

る機会 を与 えた。 また ,豊 田太郎の困窮 してい

た ときに金銭的な援助 もしたか ら ,豊 太郎の目

には彼が「大洋 に陀 を失ひ し舟人が はるかなる

山を望 む ごとき」存在 としては映 った。その結

(4)

果 「弱 き心 」 のせ いで ,相 沢 の要求 を拒否 す る こ とがで きな くなった。 これ は真 の親友 のや り 方 で あ ろ うか。天方伯 は豊太郎 の語学 の才能 を 認 めて彼 に豊太郎 を紹介 した相 沢 の信用 も増 し た はずで あ るが ,そ れ は相沢 の思惑通 りに進 ん で い る。

豊 太郎 は華麗 な るロシア宮廷 で通訳 として活 躍 しなが ら もエ リス の こ とは脳裏 を去 らなか っ た ,つ ま リエ リス との関係 を断てなか った。 こ の苦 しみ を相 沢 は知 って い た か もしれ な いが

,

彼 は完全 にそれ を無視 した。

一月ばか り過 ぎて ,あ る日伯 は突然われに向 ひて

,「

余 は明旦 ,露 西亜 に向ひて出発すべ し。

随ひて来べ きか

,」

と問ぶ。余 は数 日間 ,か

公務 に追 なき相沢 を見 ざ りしかば ,こ の間は 不意 に余 を驚 か しつ。「いかで命 に従 はざ ら む。」余 は我母さを表 はさん。 この答 はいち早 く 決断 して言ひ しにあ らず。余 はおのれが信 じ て頼 む心 を生 じたる人 に ,卒 然 ものを間はれ た るときは ,咄 嵯の間 ,そ の答の範囲を善 く

も量 らず ,直 ちにうべなふ ことあ り。 さてう べなひ し上 にて ,そ の為 し難 きに心づ きて も

,

強て当時の心虚 な りしを覆 ひ隠 し ,耐 忍 して これを実行す ることしばしばな り。一一。二 三 日の間は大臣をも ,た びの疲れやおはさん とてあへて訪 らはず ,家 にのみ籠 りをりしが

,

ある日の夕暮使 して招かれぬ。往 きて見れば 待遇殊 にめでた く ,露 西亜行 の労 を問ひ慰 め て後 ,わ れ と共 に東 にかへ る心 なきか ,君 が 学問 こそわが測 り知 るところな らね ,語 学の みにて世 の用 には足 りなむ ,滞 留のあまりに 久 しければ ,様 々の係累 もやあ らん と ,相 沢 に問ひ しに ,さ ることな しと聞 きて落居た り と宣ぶ。 その気色辞 むべ くもあ らず。 あなや と思ひ しが ,さ すがに相沢の言 を偽 な りとも いひ難 きに ,  もしこの手 にしも純 らずば ,本

国 をも失ひ ,名 誉 を挽 きかへ さん道 をも絶 ち

,

身 はこの広漠た る欧州大都 の人 の海 に葬 られ んか と思ふ念 ,心 頭 を衝 いて起れ り。ああ ,何

らの特操 なき心ぞ ,「 承 は り侍 り」と応へた る

は 。

以 上 に も明 らか な ように天方伯 に帰 国 を進 め られ る場面 と天方イ 白にロ シア につ いて来 るか と 誘 われ る場面 との小 説構造 は同 じで あ る。両場 面 とも相 沢 は直接 に全場 しないが ,後 の場面 で は間接 的 なが ら重要 な役割 を果 た してい る。相 沢 が天 方伯 に豊太郎 とエ リスの仲 はすべ て切 れ て い る と幸昆告 していた ことが ,天 方イ 白が豊 太郎 に帰 国 を進 め る理 由 になって い るか らで あ る。

相 沢 は二人 の関係 は切 れ て いない とい うことを 知 りなが ら天 方伯 に は切 れた と報 告 して い る。

これ は何 といって も友達 を裏切 るや り方 で はな いか。 これ によって豊太郎 は もはや天方イ白の勧 め を拒 否 で きな い窮 地 に追 い込 まれ るの で あ る。 これ は真 の良友 のや り方 で あ るか ,こ れ も 相 沢 が 自分 の意 志 で豊太郎 を自分 の世界 に引 き 戻 そ う とす る重 要 な一歩 なので あ る。

天 方伯 は相沢 の言葉 を信 じて ,今 や 自分 の 目 で確 か めた豊太郎 の人物及 びその才能 を信頼 し て い る。天方伯 の信頼 と厚意 を前 に ,ま た ,自

分 の失 った世界 を戻 す とい う意識 が蘇 られ て

,

「弱 きこころ」の持 ち主一一 豊太郎 は もう身動 き も出来 な い状態 とな る。

黒 が ね の額 はあ りとも ,帰 りてエ リス に何 と か言 はん。「 ホテルJを 出で しときの我心 の錯 苦しは ,讐 へ んに ものなか りき。余 は道 の東西 を も分 かず ,思 に沈 みて行 くほ どに ,往 きあ ふ馬車 の駅丁 に幾度 か叱せ られ ,驚 きて飛 び の きつ。

豊太郎 は帰宅 す る と同時 に意識 を失 い昏睡 の 状 態 の ま ま数週 が経過 した。 もし相沢 が真 の親 友 で あ った ら ,豊 太 郎が この ような昏 睡状 態 に 陥 って い る間 にわ ざわ ざエ リス に豊太郎 は彼女

との縁 を切 り ,帰 国 す る こ とにな った な ど と告 げ られた だ ろ うか。 その結果 ,豊 太郎 はエ リス か ら裏切 りを罵倒 され る結果 にな った。相 沢 は エ リス を精神 的 に殺 した とい えよ う。

なぜ ,相 沢謙吉 は友情 を裏切 る ことを惜 しま

―‑ 96 ‑―

(5)

ないで豊太郎 を官僚世 界 に引 き戻 そ う とす る か。

相沢 とい う人間はある意味 においては日本官 僚機構 の番犬だ といつて もいい と思 う。 なぜか というと ,相 沢謙吉の太 田豊太郎 とエ リス恋愛 に対 して取 った態度及び行動 はすべて官僚機構 の利益 を守 るための物 としか受 け取れないか ら である。近代国家の体制下お よびその機構下 に おいて働 く人間すなわち官僚 な どに対 して は

,

有機 な人間性 より無機 な器械的な器械性が当然 要求 され る。国家 とい う全的器械 に とって ,な

によ りも器械 を動かす歯車の部分部分が必要 と され るのであって 自由意志 を持つ人間 は ,体 制 とい う器械 をばぶち壊 して しまう危険性す らあ るゆえに ,い ち早 く排除 されて しまうのだ ,そ

のため ,豊 太郎の 自我 の覚醒が官僚機構 の要求 と反対 の方向へ向かつてい くので ,挫 折 にあっ たわけだ と思われ る。だが ,豊 太郎 は国家のエ リー トとしてベル リンに行 ったのだか ら ,そ

才能 はある程度で官僚機構 に認 められ ると言 え る。官僚機構が彼 を国家 の有用の人材 に養 うた めに苦心 さんたん した。 このような人材 を失 っ た ら ,官 僚機構 に とってなん といって も損失で ある。従 って ,豊 太郎 を官僚 の世界 に引 き戻 し て国のた めにその才能 を利用す るた めで あ る。

相沢謙吉 は豊太郎 の信頼す る友人 として よ く豊 太良日の性格 (弱 き心 )分 か るか ら ,友 情 を利用

して彼 を引 き戻す役割 をうま く果たせ る。

お わ り に

さて ,  この論 のテーマ とな る ,相 沢謙 吉 は果 た して太 田豊太郎 の真 の親友 で あったか ,脇 役 人物 として このイヽ 説 の 中 どうい う役割 を して い るか ,つ ま り森鴎外 はなぜ この人物 を描 き出す か につ い て 自分 な りの結論 を出 さな くて はな ら ない ところ まで来 たが ,  この 『舞姫 』 の最後 の 部 分

ああ ,相 沢謙吉が ごとき良友 は世 にまた得が

た か るべ し。 され ど我脳 裏 に一点 の彼 を憎 む こころ今 日まで も残 れ り↓ )り 。

を見 る限 り ,全 面的に否 とは言 えぬ まで も五分 五分の ところの ように受 け止 められ る。確かに 相沢 は「弱 き心」の持 ち主一一豊太郎 をよ く補 佐 し ,暖 かい友情 を示 しているといえるであろ う。だか ら ,結 果的にはエ リスを「精神的に殺 し」て しまう原因 を作 つたのに もかかわ らず ,彼 がいわゆる「悪人」ではない ことは明 らかであ

る。

この二人 を極端 に分 ければ強 と弱 という関係 になるであろうか。男」 な言い方 をすれば ,豊 太 郎 は恋愛 を契機 とす る人間内面の自由や美への ロマ ン的 コースを歩 みたが る人間であ り ,相 沢 は ,政 治的権力 に依存 して ,外 的行動 に活路 を 求 めるリアルなコースを歩 みたが る人間 という ことになるか もしれない。 その強 と弱が互いと こ 補 い合 う場 合 には全 く問題 が起 こ らな いが

,

いったん分裂が生 じた場合 は ,強 が弱 を押 しつ ぶす というのは当然 な現象であろう。相沢謙吉 とい う登場人物が小説の主人公豊太郎の性格 を 表現す るには大 きな働 きをしている。作家 はこ の脇役の人物 を利用 してさらに主人公の「弱 き 心」及び他律的で受動的な性格 をうま く浮 き上 が らせ る。生 き生 きと主人公 の心の動 きと動揺 の過程 を描 き出 した。

作者森鴎外 は近代作家 として ,主 人公豊太郎 を通 しての近代 自我 の覚醒 もしくは近代意識の 芽生 えを表現 しようとす るが ,自 分 の認識の局 限によって近代 自我の覚醒 の仕方やあ り方 を中 途半端 の近代的人間像 を描 いたのみで鴎外の筆 が留 まって しまったのである。言い換 えれば ,作 者 はその当時の社会体制 に反抗 しようとも自律 的 に反抗す る力 を持 っていない。だか ら ,相 沢 謙吉 とい う人物 を利用 して作者の無力感 を隠す のではないか と思 う。特 に ,「 舞姫 Jの 末尾で

,

発 した声 は暗い詠嘆であ り ,人 間喪失の沈痛な

叫びである。 さらにこの一言 はまた ,案 外作者

鴎外の心奥か ら発せ られた真実の響 きであつた

(6)

か もしれない。

また ,周 知の ように ,  この小説 は自伝的な色 彩が濃 くて作者 自分 自身の ことをモデルにして 書 いたのであるか ら ,相 沢謙吉 とい う人物 を描 き出 して自分のエ リスを捨 てる行為 を自分 の説 のつ じつ まを合わせ る理屈 を設 けるのではない か と思 う。

エ リス と豊太郎 の恋愛 に満 ち浴 れ る この情感 が ,当 時 の文壇 に新鮮 な息吹 を与 え ,今 日 もこ の作 品の愛好 され る一 つの理 由 となって い るこ とを思 えば ,や は り相 沢謙吉 は この作 品の中の 大 きな脇役 とい うことにな るで あろ う。

謝    辞

本稿 に執筆 にあたっては ,八 戸工業大学総合 教育セ ンターの竹園洋子教授 ,渡 辺武秀助教授

,

山本忠助教授 ,川 守田礼子講師のご指導 を頂い た。 ここに記 して心 より感謝 を申 し上 げる。

*注 :本 稿では引用 した原文 としては「 ち く ま日本文学全集 J(筑 摩書房  2000年 12月 )に 収録 されている『森鴎外』の中の「舞姫」 の内 容 を使 った。

参 考 文 献

『現代 日本文学』―新研究資料―第一巻   小説 I・ 劇 曲 明治書院  2000年 3月   初版発行

長谷川     『森鴎外論考』 (増 補 )明 治書院  1972 年 1月   増補再版

稲垣   達郎   『森鴎外必携』 学燈社  1969年 10月

― ‑ 98 ‑―

参照

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