八郎潟干拓地における
地盤振動の基礎調査
(第三報)
(男鹿沖地震と1968年十勝沖地震の震害の比較について)
西 城 忠 泰
1 . 緒 言
筆者は,昭和40年より八郎潟干拓地の地盤振動の基礎
3),4),5),6)
調査を,主として常時微動の立場から行って居る。
昭和42年度分については未だ整理中のものもあるが,
これまでに得られた資料を基にして,男鹿沖地震と1968 年十勝沖地震による堤防等の震害を比較考察したので,
以下報告する。
1 . 1968年十勝沖地震の震害
昭和43年5月16日9時49分東北地方北部,北海道に大 きな被害を及ぼした十勝沖地震は,秋田地方気象台で震 度Ⅳ,秋田県下でも土砂くずれ,建物倒壊等多数の被害 を発生した。八郎潟干拓地においては,中央干拓正面堤 防が約500"(FD7+130〜PD7+670附近)にわたって 震害を受け,堤防の一部は沈下し,千陸地や道路には大
きな地割れを生じた。
写真1〜写真12に震害状況の一部を示した。
写真2 干陸地の地割れ
写真1 堤防の沈下したところ (FD+140附近)
写真3 堤防の亀裂
鍵 ;
篝
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…
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蕊
篝
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写真4 堤防の沈下と亀裂 (FD+140附近)
写真7 地震で列の乱された電柱
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函灘
写真5 堤防の沈下と亀裂 (FD+550附近)
鯛
写真8 地震で列の乱された電柱
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出品別 ベ令
虹
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写真9 道路の地割れ
(道路に直角方向の地割れ)
写真6 .破壊されたコンクリート溝
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写真10 道路の地割れと噴砂したところ
凝 ; 蕊
灘瀞 写真12 道路の地割れ
蝋§蕊 11 .男鹿沖地震と十勝沖地震との震害の比較 先ず,昭和39年5月7日から昭和43年5月16日までの 問に,秋田地方気象台が震度Ⅳ以上と発表した地震を列
記すると,次の表のようになる。
蕊
写真11 道路の地割れ
(道路に平行な方向の地割れ)
年月日 │静瀧│季ヱラ'緑地方気鼻) (縄地方気逃) │識溌 八郎潟で震害を受けた主なる場所
名 称
884688動X動X動X北M西M下M南東上
口 中央干拓西部承水路堤防中央干拓正面堤
防 八郎潟西北 西方 約140伽
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昭和39年 5月7日
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1000221動X動X動X
北M四M下M
南東上| 脱〃加加加加525
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昭和39年 6月16日
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男鹿半島
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昭和39年
12月11日 l
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ケト(40mm以上〕
動 X32.0脱加
八郎潟東北 東方 約370〃抑
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1968年 十勝沖
地 震
中央干拓正面堤 昭和43年 防
5月16日 7.8 Ⅳ
つた場所が異るので, これを第1図に示す。
これらの地震の内,八郎潟干拓地に震害を与えたのは
男鹿沖地震と十勝沖地震であるが,両者による震害の起
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第1図に震害場所の比較図
尚,男鹿沖地震の際の梢を詳細な震害状況を,西部承 水路堤防については第2図,第3図に,正面堤防につい
ては第4図〜第6図に示してある。
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−地震前断面
−−−−−−地震後断面
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第2図 西部承水路堤防横断図
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第3図 西部承水路縦断面
第4図 正面堤地震害図
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第5図 正面堤防横断図
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第6図 正面堤防縦断図
第7図は今回の十勝沖地震による正面堤防の震害状況 である。
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第8図軟弱層深度及び常時微動の測定場所
Ⅳ. 男鹿沖地震と十勝沖地震との 震害の相違に対する考察
が大きかったものと考えられる。
ここで当然,地震動の卓越周期が問題になるが(気象 台では両地震の周期も発表しているが, これは最大振巾 のところの周期であるから,震害の比較の考慮には入れ なかった。),両者の震央距離が一方は約140伽で他方は 約370伽であることから,十勝沖地震の卓越周期が長い
ことが推定される。
つまりおおまかに,八郎潟における地震動は男鹿沖地 震に比較して十勝沖地震の方が振巾も大きく,卓越周期
も長かったと云えよう。
以上のような地震動の挙動の特徴から,両地震の震害 の相違を比較考察するのであるが,Kanai,Tanakaand Others(1966)は,東南海,福井,新潟の震害をうけた 地区で行なった観測結果と震害との関係を調べ,震害が 不同沈下,共振で説明できること,あらゆる震害で,常 時微動の卓越周期が0.4秒ぐらいの区域で最大となって いること,そして頻度曲線が非常に鋭い区域で震害率が 非常に小さいことなどをたしかめているが, この点をも 参考にしながら議論を進めることにする。
今回震害の甚しかったFD+130からFD+670附近は第 8図の軟弱層深度図からも解るように,堤防が作られて いる場所としては,軟弱層が最も厚い(約25"〜30加位)
ところであり,叉第6, 7図に示されているように地下 構造も極めて複雑な部分である。
軟弱層が厚く,地下構造の複雑なところが震害を受け やすいことは,男鹿沖地震の際の西部承水路堤防の場合 一般に知られるように,構造物に対する地震力の作用
は,鉛直(重力)方向にはそれほど大きくはない。堤防 などの構造物もこの方向の地震力は,その見掛けの重量 が増減したということになるだけと,考えて良いであろ う。多く耐震規定に承られるように,主なる関心は, も っぱら水平方向の地震力について払われている。
震源から放出された地震波は,その伝播の途中の媒質 に従って本来の形をかえながら伝わってくるが,一般に 地表から深いほど速度が大きくなっているため地表附近 でばP波は上下方向に, S波は水平方向に近くなってい る。事実,従来の震害の多くは, S波を考えることによ って説明されると云われている。
われわれにとって重大な関心事である地震波の地表附 近における挙動は,そこの地盤構造によって著しく相違 するものであるから,秋田地方気象台における地震記録 をもって,八郎潟干拓地の地震動を推定することはあま
り適当ではないが,二つの地震の震害を比較する目安と して, この記録を考慮しても良からうと思われる。
気象台における1倍強震計の記録は表から知れるよう に,同じく震度Ⅳでもその最大振巾としては水平動,上 下動共十勝沖地震の方が男鹿沖地震の約3倍程度になっ ていることを示している。このことから考えて八郎潟干 拓地においても,十勝沖地震の場合はその地震動の振巾
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第9図 常時微動の卓越周期と平均周期の関係
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第10図 常時微動の平均周期と最大周期の関係 (I〜Ⅳの記号は建築基準法関係の地盤種別)
第12図 八郎潟干拓地の地盤種別
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第11図 常時微動の平均周期と最大周期の関係 (I〜Ⅳの記号は建築基準法関係の地盤種別)
第13国 八郎潟干拓地の地盤種別
構造も非常に複雑であり,地盤としても最も悪いから,
ここに作られた堤防に震害が生じたことは当然のようで あるが,それでは男鹿沖地震の際震害の甚しかった軟弱 層が厚く,地下構造も複雑な西部承水路堤防Wc11,w C14,WC20附近は何故今回は震害を受けず,叉昭和42 年の地盤種別からは第1〜2種と判定されているのかと いうことが問題になる。
先ず震害の点であるが,共に軟弱層が厚いと云っても FD7附近は約25郷〜30"位,西部承水路堤防では約8
〜10郷位とその厚さの程度が異る。
この軟弱層の厚さと地震動の卓越周期の長さとの関係 が,その地盤での震害に影響を及ぼすものと考えられ る。
つまり十勝沖地震では卓越周期が長いので,厚い軟弱 層をもつFD7附近にのぷ震害を及ぼしたのであろう。
前記のように,干拓地には地震計がなく気象台の地震 計から干拓地の地震動を推定するので,定量的な議論が 出来ないのが残念である。
さて,地盤種別で注目すべき点は,昭和39年の男鹿沖 地震の際,震害の大きかった西部承水路堤防附近の地盤 が,昭和42年の常時微動測定からの地盤測定では,第1 にも同様であることが云える。
不同沈下という現象は,そこの地盤の良さの程度に関 係すると思われるが,金井らの提案した,常時微動の周 期頻度曲線によって表明されている地盤の振動性状を地
1ノ
盤種別判定にとり入れた方法によって,八郎潟干拓地の 地盤の良さを第1種から第4種まで分類するために,第
8図に示される測定場所で常時微動の測定を行った。
第9図はHEw(東西水平動)とHNS(南北水平動)と の卓越周期と平均周期との関係を示すものであるが, こ の図からこれらの値は非常に近く, よく知られるように 平均周期を卓越周期の意味で使う事が出来る事が解る。
第10図,第11図はHNs,HEwの平均周期と最大周期の 関係,つまり地盤種別を判定する図であり,第'2図,第 '3図は八郎潟の地盤種別を示したものである。
第12図,第13図の比較から解るように, HNSによる 地盤種別判定とHEwによるそれとは, ほとんど同じで ある。
この地盤種別を判定した図からも知れるように, FD7 附近は第3〜4種であるから,堤防を作った場所として は最も悪い地盤である。
以上のことから, FD7附近は軟弱層が最も厚く,地下
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F壺一可J‑Wg溌一 ③ 零吋 OBTB
TceQ c)A3地区堤防上 ; ; 『 曲線
b)A4地区堤防上
G,A4,A3地区堤防上の周期頻度 a)G地区堤防上
第14図
これらの現象の解明は,媒質の弾性はもとより,非弾 性領域の動的挙動研究を基礎として始めて可能となるも のであろうが,強度低下の原因として地震動の加速度の 大きさが挙げられている。
前記の軟弱層の厚さと卓越周期の長さとの定量的な考 察,流砂現象の場合の加速度の大きさの問題等を考える と,八郎潟干拓地での地震の常時観測の必要性があらた めて痛感される。
以上ではほとんど堤防体の震害についてのみ記した が,堤防体という構造物の特殊性(八郎潟の場合,干陸 側が高く承水路側が低いことや,曲点があることなど)
をも,その震害を考える時考盧すべきであろうと思われ
る。
43年夏も調査を行う予定であるが,以上の点をよく検 討の上実施する積りである。
本論文は秋田大学鉱山学部乗富一雄助教授,教育学部 野越三雄講師らとの共同研究によって得られた資料に基 づくものであり,本稿は筆者の責任で纒めた。
終りに,地震の資料を提供された秋田地方気象台の方 々にお礼を申し上げると共に,図面作製に協力してもら った本校技術員長坂氏に謝意を表します。
〜2種の割合良い地盤と判定されたかということである が, これは次のように考えられる。
2)
委員会報告書に記されてあるように,西部承水路堤防 の復旧は地盤強度の点,水平スベリの点,堤防体の形態 の点,砂の流動現象の点など十分検討の上,工事が行わ れたものと思われる。少くとも表層2〜3郷位には以上 の点の考慮の上,復旧工事が施行されたとすれば,地盤 種別で第1〜2種と判定されるのも頷かれると思う。こ のことは逆に,表層2〜3 程度の地盤の物理的性質が 地盤種別に大きく影響することを意味するものではなか ろうか。
今度は共振の点から震害を考察するために,昭和41年
6)
に行った常時微動測定の結果からG, A4, A3地区(G は正面堤防附近, A4, A3は西部承水路堤防附近)の堤 防上の周期頻度曲線を再記したものが第14図である。
これは明らかに西部承水路堤防に比して,正面堤防が 卓越周期の長い地震動に共振する傾向にあることを示し ている。
最後に,同じ正面堤防でも震害の大きかった場所は,
第1図に示されるように男鹿沖地震の時はFD6〜FD7, 十勝沖地震の際はFD7〜FD8の間と相違する。
2)
委員会報告書によればFD6附近には試験堤防があり,
男鹿沖地震の際も試験堤防を除けばほとんど損傷を受け ていないとのことである。もともとこの試験堤防は,昭 和39年1月にスベリ破壊等を発生して居り,地盤の不安 定な部分であった。この部分の震害後の復旧工事も種々 の点検討の上施行されたことであろうし,第6図の正面 堤防縦断図からFD6〜FD7, FD7〜FD8の間を比較する と,地下構造の複雑さの程度において,大いに差のある ことが明確である。
参 考 文 献
1)K,Kanai,T・ TanakaandK・Osada:
MeasurementofMicro‑tremor (I〜X), B.E、R.I. , 32, (1954)〜B.E.R.I. ,44, (1966).
2)社団法人土質工学会: 八郎潟新農村建設計画調 査委員会報告書,昭和39年。
3)拙稿: 八郎潟干拓地における地盤振動の基礎調査
(第一報) ,秋田高専研究紀要(第1号) ,昭和41 年3月。
4)拙稿: 八郎潟干拓地における地盤振動の基礎調査
(第二報) ,秋田高専研究紀要(第2号) ,昭和42 年3月。
5)野越三雄,西城忠泰: 八郎潟に於ける地盤振動の 基礎調査(その2) ,東北地域災害科学研究報告,
昭和42年3月。
6)野越三雄,西城忠泰,乗富一雄: 地盤振動の基礎 調査(第2報) ,秋田大学教育学部研究紀要,昭和 43年2月。
7)地震学会: 地震第2輯,第20巻,第4号,昭和 42年。
雲明
V.結
昭和40年から始まり42年までに得られた常時微動の資 料から,男鹿沖地震と1968年十勝沖地震の八郎潟干拓地 における震害の比較考察を行ったのであるが,地盤の固 有周期,地盤の良否,軟弱層の厚さ等が震害に大きく影 響することが解る。
尚,堤防体下は砂置換をした部分も多く,砂の流動化 にともなう震害をも検討する必要もあろうが,流動化の 現象を強度低下のそれとふれば,必らずしも砂層に固有 のものでなく,粘性土の強度も振動によって攪乱を受け ると一般に低下することが知られているから,軟弱層で あるヘドロ層の厚さというものが当然考慮さるべきであ ろう。