解除権行使の基準について―
著者 黒田 美亜紀
雑誌名 明治学院大学法科大学院ローレビュー = Meiji
Gakuin University Graduate Law School law review
巻 18
ページ 31‑46
発行年 2013‑03‑31
その他のタイトル Die Auftrag nach dem Tod des Auftraggebers ― Uber den Kriterium fur die Ausubung des
Widerrufsrechts―
URL http://hdl.handle.net/10723/1772
■ はじめに
近時,超高齢社会・核家族化・少子化の進展,
また相続や葬儀に対する人々の考え方の変化など に対応して,自分の死亡前後の財産管理や葬儀・
法要等の事務処理(1)を,相続人ではなく敢えて 他人に委託したいと考える人,あるいは身寄りが ないために他人に委託せざるを得ない人が増えて いる。
これらの人のニーズを実現するための方法とし ては,成年後見制度や遺言を利用することが考え られる。しかし,成年後見制度にあっては,利用 者の死亡により後見等が終了して後見人等の権限 が消滅する(2)ため,利用者の死亡後に後見人等 が委託された事務処理を遂行することはできな い(3)。また,遺言にあっては遺言事項が法定され ていて,それ以外の事項について遺言してもその 実現は法的に保障されない(4)など,被相続人の 意思を実現するには限界がある。
そこで,成年後見制度や遺言では実現できない 死亡後の事項について,生前に自分が信頼する人 と取り決めておくための方法として,「死後事務 委任契約」を利用することが考えられるようにな ってきた。しかし,こうしたもっぱら死後の事務 を委託する委任類型については,民法典および従 来の学説が想定していなかったものであり,現行 法上の解釈として認められるのかも含め,委任者 の地位の相続性や相続人による解除権行使の可 否,委託可能な事務処理類型など,そこでの法律 関係が十分に解明されているとはいえないように 思われる。そのため,委託を受けた者(相続人で ない者)が委任者の死亡後に委任者の依頼に添っ
た事務処理を行い,故人(=被相続人)の財産か らその事務処理費用を出捐し,事前の合意があっ て報酬や事務処理後の残金の取得を行おうとする 場合に,それがいかなる法的根拠に基づき可能と なるのかは明確でなく,相続人との間で紛争が生 じる可能性がある。
本稿では,このようなわが国の現状に直面して,
相続の問題を,相続「する」人の側の問題(=相 続財産の承継)として捉えるだけではなく,相続
「される」人の側の問題(=被相続人の意思の尊 重)としても捉えなくてはならないとの問題意識 のもと(5),死後の事務処理において被相続人の意 思を尊重することがどこまで許されるのかを明ら かにしてみたい。
以下,次のような手順で叙述を進める。まず,
死後事務委任(もっぱら死後の事務を委託する委 任契約)を現行法上有効なものとして承認するこ とができるか否かを検討する(Ⅰ)。次に,死後 事務委任における当事者(委任者〔=被相続人・
被相続人死亡後の相続人〕および受任者)の解除 権についてその帰属を明らかにし,解除権行使の 可否を決する基準を探る(Ⅱ)。そして,Ⅱで導 き出した基準を具体的事例に当てはめ,検証する
(Ⅲ)。最後に,本稿をまとめ,近時の債権法改正 論議について言及するとともに,今後の検討課題 を示して,むすびとする。
Ⅰ 死後事務委任の有効性
1 委任者の死亡と委任の終了をめぐる従来の 議論
民法は,委任者の死亡を委任の終了事由として
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第18号 2013年 31−46頁
死後事務委任の可能性
——その有効性と委任の承継,解除権行使の基準について——
黒 田 美 亜 紀
規定する(民法653条1号。以下,特に断りのな い限り,民法については条文数のみで示すことと する)(6)。そのため,委任者が自分の死亡後の事 務処理を受任者に委託する委任契約を締結したと しても,委任者が死亡すると委任が終了して受任 者の権限(委託された事務処理を行うことができ る法的な根拠)が消滅してしまい,委任の意味が ないかのように思われる。もっとも,立法者は,
民法653条1号は任意規定であり,当事者が反対 の意思を表示した場合には,その意思が優先する と解していた(7)。学説もこれを任意規定と解し,
これと異なる合意,すなわち委任者死亡後も委任 が終了しないとの特約が可能であると解してき た(8)。したがって,このような特約がある場合な ど,委任者の死亡にも関わらず委任が終了せずに 存続する場合があることは認められている。さら に,明示の特約がなくても,委任事務の内容や性 質などから,委任者死亡後も委任が存続するもの として取り扱うべき場合があるとされている(9)。 そして,学説には,これらの場合に解除権が制限 される可能性があることを示唆するものが多 い(10)。なお,判例は,特約,契約の性質や契約 時の事情,慣習などに委任契約が終了しない根拠 を求めてきた(11)。
ただし,従来の学説がこれらを論じる際に前提 とし,また裁判で争われていた事案は,もっぱら 委任者生存中の事務処理を予定していたが,その 事務処理完了前に委任者が死亡してしまったケー スであった(12)。そこでは,当該委任をどの程度 の期間・範囲まで存続させるべきかについて検討 し,相続人を拘束することが適切でないと考えら れる事情の有無に応じて,委任を存続または終了 させることで足りた。ところが近時,超高齢社 会・核家族化・少子化の進展,また相続や葬儀に 対する人々の考え方の変化などを背景に,死亡前 後の事務処理を相続人ではない他人に委託したい と考える人が増え,もっぱら委任者死亡後の事務 処理を委託する委任契約(=死後事務委任契約)
が散見されるようになった。後掲の平成4年の最 高裁判決などはこうしたニーズの現れといえ,従 来とは異なる法的処理が必要になってきている。
2 基礎づけ
⑴ 学説
学説においては,死後の財産処分は遺言によっ てなされるべきとするのが民法の態度であるとし て,このような無方式で成立する死後事務委任を 無制限に認めることに対しては批判的な見解が多 い(13)。この点に関して,相続法秩序・遺言制度 との関係で,これを無制限に認めるべきではない と考える。しかし,財産処分は,民法上,遺言事 項であるが,そのうちの遺言でしかできないと規 定されている事項(14)には該当せず,遺言によっ ても遺言でなくてもすることができるとされてい る(この場合の財産処分は遺贈となる。964条参 照)。したがって,死後事務委任による財産処分 に対し,厳格な方式を要求している遺言制度を潜 脱するものであって許されないとの批判(15)は当 たらず,遺言によってのみなし得ることを他の形 で行っているという問題(16)も生じないと思われ る。また,この問題を考えるにあたっては,被相 続人は,その生存中は自己の財産を自由に処分す ることが認められている(被相続人の財産処分の 自由。ただし,遺留分を侵害することは許されな い)ことにも留意する必要があるであろう。
⑵ 判例・裁判例の動向
最高裁は,死期を悟った高齢者が死亡間際およ び死後の事務処理を委託して死亡した事案で,委 任契約の内容・性質・契約締結時の諸事情から,
委任者の死亡後も委任が終了しない旨の当事者の 合意を推認して黙示の特約を認定し,このような 合意は民法653条に反するものではなく,委任は 終了しないと判示した(最三小判平成4・9・22金法 1358号55頁(17)。以下,この判決を「平成4年最 判」とする)。平成4年最判の事案は,死期を悟 った高齢の委任者が受任者に対し,委任者名義の 預金通帳,印章,および引き出した金員を交付し て,①入院中の諸費用の支払い,②葬式を含む法 要の施行とその費用の支払い,③入院中に世話に なった知人に対する応分の謝金の支払いなどを依 頼して死亡し,受任者が委任者の死亡後にその依 頼に添って行動したところ,相続人が委任者(=
被相続人)と受任者の間の契約の不存在を争った
というものである。ここでの委任契約は,委任者 死亡後の事務処理を主たる内容とし,委任者の死 亡によっても契約を終了させない旨の合意を当然 に包含する趣旨のものであった。従来想定されて きたケース(委任者の生存中の事務処理を予定し ていたが事務処理完了前に委任者が死亡してしま ったケース)にあてはまらないものといえよう。
この平成4年最判以降,もっぱら委任者死亡後 の事務処理を委託する新しいタイプの委任契約を 承認する裁判例が散見されるようになった(18)。
⑶ 有効性の承認
すでに述べたとおり,民法653条1号は任意規 定であって,特約がある場合には,委任者死亡後 も委任は存続する。そして,死後事務委任では,
委任者死亡後の事務処理がその内容となってい て,委任者が死亡した後に当事者の合意どおりに 委任事務が処理されることが委任の目的である。
また,私的自治の原則・契約自由の原則のもと,
委任契約の内容をどのように定めるかは,当事者 の自由に委ねられており,委任者死亡後の事務を 内容とする委任契約を締結することは自由であ る。さらに,死後事務委任では,委任者・受任者 双方とも,委任者死亡後の事務処理が契約の目的
(葬儀や供養は委任者死亡後でないとできない)
であることを認識した上で契約を締結しており,
委任者が死亡しても委任は終了しないとの当事者 の合意(特約)の存在が当然の前提となっている。
したがって,死後事務委任契約は有効であると考 えるべきであろう。
ただし,委任者の死亡にも関わらず委任が終了 しないとする当事者の合意を尊重することにつ き,相続人の利益との関係でこれがどこまで認め られるかは問われるべきであろう。なぜなら,委 任者が死亡すると,委任者(=被相続人)に属し ていた一切の権利義務は相続人に承継されるため
(882条,896条),被相続人の財産について,相続 人の意思ではなく,被相続人の生前の意思を反 映・優先させることが許されるかが問題となるか らである。特に,死後事務に要した費用を受任者 が相続財産に求めようとするケースや死後事務が 長期にわたるケース,さらには死後事務として財
産処分が委託されているようなケースでは,相続 人の利益と抵触する可能性が大きいことから,慎 重な考慮が必要となる。
思うに,これまでの議論には,相続,すなわち 被相続人が死亡した際の財産の取扱いを考える際 に,被相続人(=委任者)の意思を尊重するとい う視点がいささか欠落していたように見受けられ る。民法典が制定された当時には,今日のような 超高齢社会,核家族化・少子化といった事態を迎 えることは想定されていなかった(19)。しかし,
時代の進展に伴い,家族形態が変容し,死後事務 を家族や親族ではなく,信頼する第三者(相続人 ではない者が想定される)に委ねることを欲する,
または委ねざるを得ない人が増加している。確か に,死後事務委任を承認することで,相続法秩 序・遺言制度とぶつかり合う場面が生じることは 否めない。そうではあっても,現行法のもとでも,
社会のニーズを民法の解釈に取り込み,場合によ っては相続法秩序を超克し,被相続人の意思を尊 重し,優先させることが許されるべき局面もある ように思われる(20)。そうだとすれば,被相続人 が生前に自己の財産(=相続財産)の範囲内で,
財産処分の意思を明確に表明していた場合には,
敢えて相続人ではない他人に死亡後の事務処理を 委託した故人(=被相続人)の意思を尊重し,相 続法秩序・遺言制度との関係で一定の限界を付し た上で,その意思の実現を許容してもよい場合が あると考えられよう。
以上より,契約自由の原則のもと,財産処分を 内容とする死後事務委任も有効であると解する。
Ⅱ 死後事務委任と当事者の解除権
1 原則
前提として,死後事務委任が委任者死亡後も存 続するとした場合,委任者の死亡により,委任者
(=被相続人)の地位は相続人に承継されること を確認しなければならない(882条,896条)(21)。 また,委任では当事者双方に任意解除権が認めら れているので(651条),委任者が死亡すると,委 任者の解除権は相続人が承継し,受任者は契約締
結時から引き続き解除権を有していることにな る。そのため,死後事務委任では,委任者死亡後 も存続する委任と,相続人・受任者の有する解除 権行使が衝突するという問題が生じる。すなわち,
相続人には解除権が帰属しているが,受任者が事 務処理を完了する前の段階でその自由な(特に被 相続人死亡直後の)行使を認めると死後事務委任 を認めた意味が減殺され,他方で,死後事務委任 を絶対に解除できないとすると相続人・受任者が 有する解除権の意味が没却され,場合によっては 相続法秩序と真っ向から対立する事態が生じかね ないというわけである。
そこで,死後事務委任は解除権不行使の特約を 盛り込んだ契約であり,当事者は原則として解除 することができないと解した上で,どのような場 合に,例外的に解除できるのかを考える必要がある。
まず,死後事務委任では,当事者が委任者死亡 後の事務処理遂行を予定して,つまり委任者死亡 後の解除権行使はないものとして契約を締結して いることから,当事者間には解除権を行使しない との合意が存在していると推認すべき(解除権不 行使の特約が契約に盛り込まれている)ものと考 える。したがって,相続人は不行使の特約付き解 除権を承継し,また受任者の解除権は元来不行使 の特約が付されたものであり,結果として相続 人・受任者とも解除権不行使の特約に拘束され,
原則として死後事務委任を解除できないものと解 されよう。
裁判例においても(22),委任者が自己の死亡後 における葬儀,永代供養も含めた一切の供養など を委託して死亡し,委任者の地位の承継者がその 契約の終了ないしは解除を争った事案で,以下の ような判断を示して,原則として解除権行使を認 めないとしたものがある(東京高判平成21・12・
21判時2073号32頁(23)。以下,この判決を「平成 21年東京高判」とする)。すなわち,平成21年東 京高判は,前掲平成4年最判に依拠して,委任者 の死亡後における事務処理を依頼する旨の委任契 約は,委任者の死亡によっても当然に契約を終了 させない旨の合意を包含する趣旨とする。その上 で,契約の内容に不明確性や実現困難性があって
履行負担が過重であるなど契約の履行が不合理と 認められる特段の事情がない限り,委任者の遺言 により指定された祭祀主宰者が当該委任契約を解 除して終了させることを許さない合意をも包含す る趣旨と解するのが相当として,当事者の合意を 根拠に委任契約の終了および委任者の地位の承継 者からの解除を認めないとした。これは,当事者 の特約を根拠に,委任者の地位の承継者からの解 除を原則として認めないとしたものと評価できる。
もっとも,死後事務委任にあっては,いかなる 場合にも相続人に解除権行使が認められないとい うのは適切でなく,相続人等の保護(相続法秩 序・遺言制度との調和)という見地から,例外とし て解除権行使が許容される場合も承認しなければ ならないであろう。そこで,この解除権行使の可 否を決する基準をどうすべきかが次に問題となる。
2 例外
⑴ 学説
学説においては,死後事務委任存続の根拠が当 事者の合意に求められる場合に,自らその委任契 約を締結したのではない相続人を全面的にこれに 拘束することはできないとして,どのような場合 に相続人が死後事務委任を解除できるかが論じら れている。
まず,死後事務委任ではない従来型のケースを 前提として,A説(24)は,委任は信任関係に基づ くものであることにより自由な解約が認められて いるのであるから原則として解除権の放棄は無効 であるが,受任者の利益のためにする委任につい ては例外とする。死後事務委任は受任者のために する委任とはいえないと考えられるので,この見 解に従うと相続人は死後事務委任を解除できるこ とになると考えられる。またB説(25)は,民法 651条を強行規定とみることはできないから,契 約自由の原則上,特約による解除権放棄は原則と して有効であるとする。そして,解除権の放棄が 公序良俗に反したり,脱法行為となる場合はその 解除権放棄は許されず解除できると解する。さら にその上でC説(26)は,委任は継続的でしかも信 任的関係であるから,放棄の特約があっても,や
むを得ない理由があるときは,委任の本質上解除 が認められなくてはならず,解除できるとする。
ただし,これらの説では,解除権放棄の特約が委 任者の死亡により委任が終了しないとの特約と結 びついた場合にこれをどのように解するのか,そ の点については明らかでない。
次に,死後事務委任について展開される学説の うち,D説(27)は,委任の存続する根拠が合意に 求められる場合,相続人は原則として死後事務委 任を解除できるとするが,これが迅速な債務の支 払いを目的とする委任で,被相続人の生前におけ る法律関係の成就を死亡によって中断させないよ うにする目的から出たものであり,しかもその法 律関係の成就が相続人の意思で左右されてはなら ないものであるときには,例外的に解除できない 可能性があるとする。そしてE説(28)は,原則と して相続人は解除できるとするが,委任事務の内 容,受任者と死亡した委任者との関係,受任者の 立場などを考慮して,委任者自身が解除できない と判断される場合には,その相続人も解除できな いことがあり得るとする。またF説(29)は,当事 者の合理的意思,特に委任者の意思を尊重しつつ も,その合意のみで委任者死亡後に相続人を拘束 すべきでないとして,死後事務委任の事務内容が
「社会的にみて典型的かつ相当であって,人の死 に際して何らかの形で最低限保障されるべきも の」で,当該委任の事務処理が相当の期間内に終 了し,相続人が不当に拘束されたり不利益を受け るわけではない場合には,相続人からは正当事由 ないし受任者の債務不履行がなければ解除できな いとする。したがって,この説によると,委任の 内容が「社会的に典型的かつ相当であって,人の 死に際し最低限保障されるべきもの」,たとえば 死亡関連の事務処理(葬儀・法要の施行)や諸費 用(入院費,謝金,葬儀・法要代)の支払いなど に該当しない場合には,相続人は解除できること になる。さらにG説(30)は,私的自治の原則も,
被相続人が生前に有していた財産の処分を超え て,自らの地位を承継する相続人にのみ義務を負 わせる契約を締結する,あるいは同様の状態をも たらす遺言をする権限まで与えるものではないと
する。したがって,この説によると,死後事務委 任にあっては,契約を締結した者が生前に義務の 履行を終えており,相続人がさらなる義務を負担 することがない等の事情がある場合を除き相続人 を拘束することは認められない,つまり解除でき るということになる。最後にH説(31)は,受任者 には相続人の意向に従って行動する義務があり,
事務処理前に相続人の意向を確認する必要がある とする。それゆえ,事務処理に同意しない相続人 は解除できることになる。
いずれにしても,これらの学説は,当該委任契 約ないしその事務処理の内容を基準に,解除権行 使の可否を決しているといえよう。
⑵ 裁判例
前掲平成21年東京高判は,契約の履行が不合理 と認められる特段の事情がない限り委任者の地位 の承継者による解除を認めないとして,契約内容 の合理性の有無を解除権行使の可否を決する基準 にしており,学説と基本的に同様の判断枠組を採 用しているといえる。なお,前掲平成4年最判や 後掲平成22年高松高判は,解除権行使可否の基準 については直接の判断を示していない。
Ⅲ 検討
1 解除権行使の基準
⑴ 視点
上で採り上げた学説は,死後事務委任の存在
(委任の存続)と遺言制度との対立を常に意識し ているが,遺言以外では相続人の意思を制限でき ないという視点,被相続人に解除可能性があった か否かという視点,相続人の意思の自由を合理的 範囲で制限するという視点,相続人に新たな義務 を負わせることはできないという視点,財産処分 ではない家族の世話等の事務処理を想定しての視 点など,論者によりその視点や立脚点が異なって いる。そのため,死後事務委任の内容として考え られる様々な事務処理のうちで,論者が対象とす る特定の事務処理の内容や形式について,委任者 の死亡後に受任者がそのような事務処理を行うこ とができるかが論じられており,そこでの論理が
他の事務処理類型にも及ぶのかは今ひとつ判然と していないように見受けられる。また,これらの 学説は,相続法秩序・遺言制度に配慮するあまり,
相続人の意思を被相続人の意思に優先させ,解除 権行使の可否に関する明確な基準を定立してそれ による限界画定をすることなく,相続人による解 除権行使を認めるとの判断に傾きがちであるとい う点で共通していると思われる。具体的なケース での解除権行使の可否は,当該委任ないし事務処 理の内容を基準に判断されているが,このような 基準では,解除権行使の可否が個々の委任契約の 内容に左右され,法的安定性を欠くことになって しまう。同時に,明確な基準をもって死後事務委 任契約における解除権行使の可否を論ずることが できないという問題点も指摘することができる。
もちろん,これらの学説は,具体的な裁判例にお ける評釈の中で展開されたものであり,個別の事 件解決に対するコメントであるという性質上,そ うしたアプローチにならざるを得ないのかもしれ ない。しかし,ここに,これまでの議論の不透明 さの原因があるということができよう。
思うに相続は,被相続人の財産を承継させるこ とであるが,被相続人自身が生前に有していた自 らの財産(=相続財産)の行方について明確な意 思を表示している場合に,これを尊重することに は合理性があると考えられる。また,直接の財産 処分でない事項についても,被相続人の意思が明 確に表明されている場合にはできる限りそれを尊 重すべきであるといえよう。相続法秩序・遺言制 度に配慮するとしても,民法の体系上,委任も含 めて他の制度との関係でそこには自ずと限界があ るはずであるところ,これらの学説には,この点 を明確に意識した上で被相続人の意思の尊重と相 続法秩序・遺言制度との調和を図ろうとする視点 が欠落しているように思われる。
そこで,学説が死後事務委任における相続人の 解除権行使を広く認める根拠として相続法秩序・
遺言制度との対立をしばしば指摘していることを 踏まえ,死後の事務処理類型全般を射程として,
死後事務委任の委任者の地位および解除権は相続 人に承継されるということを前提に,民法典にお
いて,被相続人の意思の尊重と相続法秩序・遺言 制度との調和点がどこにあるのかという視点か ら,解除権行使の可否に関する基準を探ることと する(32)。ここでは,検討素材として,わが国に おいて死後事務委任と類似の機能ないし帰結をも たらす生前の贈与(529条以下)および負担付贈 与(553条)を採り上げ,その類比を試みること とする。
まず,贈与に関しては,本来,被相続人は,自 分の財産を自由に処分できる権利を有しており,
それゆえ,その財産を自由に特定の人に生前贈与 によって与えることが可能である。しかし,これ を無制約に認めると,場合によっては,遺族の生 活を脅かしたり,相続人の潜在的持分に対する正 当な期待を裏切るおそれがある。そこで民法は,
被相続人の財産処分の自由(=贈与者の意思の尊 重)と相続人の保護(相続法秩序・遺言制度)と の調和を図るため,相続人の遺留分を侵害しない 範囲での財産処分を認めるとする遺留分制度
(1028条以下)を置いている。そして,相続財産 のうちの一定割合を遺留分として一定の範囲の相 続人に留保し,これを侵害するような贈与が行わ れた場合に,相続人は遺留分の範囲内でこれを取 り戻せることとしている。同時にこの制度が,被 相続人が相続人に遺さずに自由に処分できる財産 の限界を画している(33)という点にも鑑みれば,
民法典は,贈与制度と相続法秩序・遺言制度との 対立の調和点を,遺留分侵害の有無に求めている といえよう(1029条1項参照)。そうだとすれば,
被相続人の生前の贈与と類似の結果をもたらす,
委任者死亡後の財産処分を委託する死後事務委任 においても,委任者=被相続人の意思の尊重と相 続法秩序・遺言制度との調和点を,遺留分侵害の 有無に求めても,あながち不当とはいえないよう に思われる。
また,負担付贈与についても,被相続人が生存 中に,死後事務を負担として受任者に財産を贈与 するケースが想定されるが,負担付贈与も贈与の 一類型であり,その限界については贈与と同様に 考えることができよう。したがって,負担付贈与 の場合も,相続法秩序・遺言制度との対立の調和
点は,遺留分侵害の有無に求められているといえ よう。負担付贈与は単なる贈与と比べて死後事務 委任による財産処分により近いといえ(34),その ことを前提にするならば,死後事務委任でも,委 任者=被相続人の意思の尊重と相続法秩序・遺言 制度との調和点は,遺留分侵害の有無に求めるこ とができると考える。
ところで,死後事務委任の事務処理は,被相続 人の死亡後に行われるが,被相続人の死亡により,
被相続人の財産は相続人に帰属する。したがって,
たとえば受任者が委託された財産処分を行う場 合,受任者は被相続人から相続人に承継された相 続人の財産を処分しているに他ならず,本来的に は,相続財産に関する遺留分の問題は生じないか のようにみえる。また,葬儀・法要の費用や報酬 なども,被相続人のもとではなく,相続人のもと で発生する債務であることから(35),本来的には 相続財産(相続債務)に該当せず,遺留分侵害の 問題は生じないと思われる。ただし,被相続人が 締結した死後事務委任の事務処理遂行と事務処理 費用・報酬の支払いは相続財産の中から行われる わけで(36),それにより,相続人が取得すること ができたであろう相続財産が事実上減少している とみることができよう。換言すると,相続人にし てみれば,仮に死後事務委任がなかったならば相 続人が得られたであろう相続財産が,死後事務委 任により目減りしているという感覚を抱くのでは ないかということである。相続人がこのような感 覚を抱くケースでは,死後事務委任も被相続人に よる死後の財産処分ともいうべき側面を多分に有 しているとみうることから,死後事務委任による 出捐が被相続人の財産処分の自由が認められる範 囲,すなわち相続人の遺留分を侵害しない範囲に ある場合には,相続人はそれを甘受しなくてはな らないといえよう。他方,そのような範囲を超え る場合には,死後事務委任が実質的に遺留分を侵 害しているとみることができ,そのような委任の 事務処理は許されないように思われる。つまり,
視野を広げてみると,このような場合は,被相続 人が生存中に締結した死後事務委任それ自体が遺 留分を侵害していると捉えられ,相続人に解除権
を行使させる余地があると考えるわけである。
したがって,死後事務委任の事務処理が相続人 の遺留分を侵害する,あるいはそのおそれを実質 的に生じさせている場合には,そのような事務処 理はもはや許容され得ず,委任者の地位を承継し た相続人からの解除が認められると解する。
⑵ 基準の定立
このように,死後事務委任による財産処分には,
相続人の遺留分を実質的に侵害しないことが求め られると考えられる。要するに,死後事務委任で は,相続人の解除権行使は,事務処理が実質的に 遺留分を侵害する,あるいはそのおそれがあると いえない限りは制限される,すなわち死後事務委 任を解除できないと解すべきである。逆にいうと,
実質的に遺留分を侵害する,あるいはそのおそれ がある場合には,そのような事務処理は許されず,
相続人は死後事務委任を解除(場合によっては一 部解除)することができる。
他方,受任者による解除については,自ら当事 者となった受任者が当該委任に拘束されることに は,一定の合理性があると考えられる。しかし,
受任者が事故や病気で事務処理が不可能な場合に まで,これに拘束されるのは妥当でないことから,
やむを得ない事情があれば,受任者側からの解除 が認められると解する。
なお,遺留分権利者である相続人の遺留分がな いケースや,遺留分権利者がいない場合で相続財 産が明らかに事務処理費用に不足するようなケー スでは,相続財産がプラスである場合でさえ実質 的に遺留分を侵害される,あるいはそのおそれが あるときは解除できるとすることから,相続人は 当該委任契約を解除できると考える。
⑶ 相続人の不存在
死後事務委任の委任者に相続人がいない場合,
委任者が死亡すると,委任者の地位を承継する者 がいなくなってしまうため,委任が終了するかの ように思われる。しかし,このようなケースでは,
委任を終了させず,死亡した委任者の意思を尊重 して,受任者による事務処理遂行を認めてもよい と考える。なぜなら,死後事務委任では,委任者 は積極的に果たすべき義務を負っておらず,受任
者は,相続人不存在の場合に成立する相続財産法 人に対し費用・報酬を請求することができるから である。したがって,受任者は委託された事務処 理を行うことができると解される。なお,相続人 不存在のケースでは,相続人が存在しないため相 続人による解除権行使の問題は生じないが,委任 は継続しており,受任者は引き続き善管注意義務 を負っているといえよう。
2 基準の適用―遺留分侵害が問題となりうる 具体的事例
ここでは,裁判例で問題となった事務処理を採 り上げ,先ほど検討した基準によると,いかなる 帰結が導かれるのかを検証する。なぜなら,ここ で採り上げた事務処理は,裁判例において問題と なったものであるが,その内容はさまざまであり,
個別具体的にその法律的取扱いが妥当であるかを 確認しなくてはならないからである。
⑴ 未払い債務の支払い
公共料金や光熱水道費,施設利用料,医療費,
家賃・地代など被相続人の生存中に発生した未払 い債務は,相続財産の一部であり,それらの支払 いを行うかどうかは原則として相続人に判断が委 ねられるべきである。もっとも,これらは,債務 者である被相続人の死亡により,相続人自身の債 務となっており,相続人はこれを清算すべき義務 を負うことになる。また,被相続人の死亡後,契 約関係を解消するまでの間にこれらの債務が発生 した場合,その未払い債務は被相続人の死亡後に 生じた債務であり,発生時から相続人自身の債務 である。したがって未払い債務の支払いについて は,そもそも遺留分侵害の問題は生じない。それ ゆえ,こうした死後事務委任に相続人は拘束され,
解除権を行使できないということになる。
⑵ 葬儀・法要
葬儀・法要の委託は,遺言事項には該当しない ため,死後事務委任の内容とすることができると 解される。しかも,これらは被相続人の人生に幕 を引く社会的儀式であり,その性質上,被相続人 の意思が最大限尊重されるべきといえよう。もっ とも,葬儀・法要の施行自体については,相続法
秩序・遺言制度との直接の摩擦は生じないとも見 受けられる。しかし,これらの事務処理には必ず 相当額の出費を伴うため,葬儀・法要のための費 用や報酬(合意があるとき)の出捐が相続人の遺 留分を実質的に侵害するおそれが多分にあると思 われる。そこで,本来的には遺留分侵害の問題は 生じないが,実質的に遺留分を侵害するおそれが あるときには,相続人は当該委任を解除できると 解する。
⑶ 財産処分
財産処分については,他の事務処理と比べ,相 続人の利益との対立が鮮明になる。ここでは,す でに述べたとおり,死後事務委任により,相続人 に法律上保障された遺留分を実質的に侵害,また は侵害するおそれがない限り,財産処分も許され ると解する。なぜなら,委任者の財産処分は,遺 言や相続によらなくとも,遺留分を侵害しない限 度で,生前は認められている行為であり,被相続 人が生前に自らの意思を明確に表明している場合 には,遺留分を侵害しない範囲での財産処分は許 されるべきものだからである。
なお,応分の謝金支払いについては,それを委 託した被相続人の意思としては,自分が生きてい るときになされた世話に見合う額であると受任者 が判断する金銭を支払うよう委託していると解す ることができよう。この場合,被相続人の生存中 に行われた世話と,委託された財産処分(応分の 謝金支払い)の間には,それらが対価関係に立つ 限りで清算的な関係があると捉えることができ る。したがって,委託された財産処分を,被相続 人自身が生存中に負担していた債務の支払いと同 視することができ,未払い金の支払いと同様に処 理することができると考える。ここでは,相続人 が死後事務委任を解除することは許されないとい えよう。
⑷ 配偶者や子(37)の世話
高松高裁は,被相続人が自身の葬儀などのほか に,精神病で入退院を繰り返していた子の将来に わたる世話を委託していた事案で,死後事務委任 の成立を認めた(高松高判平成22・8・30判時2106 号52頁(38)。以下,この判決を「平成22年高松高
判」とする)。この事案のような家族の世話のケ ースにおいても,死後事務委任により一定程度対 応することができよう。そして,この場合は,被 相続人の財産処分が前面に出てこないという点 で,相続法秩序・遺言制度と真っ向から衝突する ものではなく(39),被相続人の意思が最大限尊重 されるべきものと思われる。そうはいうものの,
世話にも費用や報酬を必要とすることから,相続 人の利益に一定程度配慮しなくてはならないであ ろう。
平成22年高松高判の事案では,世話を受ける者 が死亡し,受任者による事務処理が既に終了して いたために相続人による解除権行使が認められる か否かは問題とならなかったが,仮に世話が継続 中(世話を受ける者が生存中)であったとしても,
以下のような理由から,相続人による解除は事実 上不可能であったと思われる。すなわち,先ほど の基準を世話のケースに適用すると,世話の費 用・報酬の出捐により実質的に遺留分を侵害,あ るいはそのおそれがある場合には,相続人は解除 権を行使して死後事務委任を解除できるかのよう にみえる。しかし,世話を受ける者(判断能力が 減退していることが多いと思われる)が被相続人 を単独で相続する場合には,そもそも他の相続人 が存在しないため,相続人による解除権行使可否 の問題は生じない。他方,世話を受ける者以外に その兄弟姉妹などの相続人が存在する共同相続の 場合には,解除権の不可分性(544条)および法 律関係の複雑化回避の観点から,解除は全員での みなし得ると解されることから,世話を受ける者 も含めた相続人全員が共同で解除権を行使しない 限り被相続人が締結した死後事務委任契約を解除 することができないため,相続人による解除権の 行使は事実上制限されることになろう。これを平 成22年高松高判の事案にあてはめてみると,世話 を受ける者には自己の財産管理について有効な意 思表示をする能力がなく,解除の意思表示をする ことは困難である。したがって,相続人が当該委 任を解除することは難しいと思われる。このよう に解することにより,多くの場合最終的に被相続 人の意思を尊重しつつ,妥当な解決が導かれよ
う(40)。なお,世話を受ける者自身が受任者によ る世話に不満や問題を感じた場合(41),あるいは 世話が不要になったような場合(平成22年高松高 判の事案で世話を受ける者の精神病が回復したよ うなケースなど)には,相続人は解除権を行使で きると解する。
ところで,被相続人が生前に受任者に世話のた めの財産を託した場合,それを贈与と認定するこ とができるのであれば,受贈者に世話をすべき義 務を負担させる負担付贈与として構成することも 可能であると思われる。その性質決定に際しては,
当事者の意思解釈が問題となるが,贈与であると されれば,贈与された財産は受贈者(=受任者)
に帰属することになるため,贈与されたものの返 還の問題は生じない。しかし,世話はその性質上,
それに要する期間や費用等を事前に正確に予想す ることが困難であるということに鑑みれば,受贈 者に財産権が移転してしまう贈与構成よりも,死 後事務委任と構成して当該財産を死後事務委任の 事務処理費用として確保し,必要に応じて事務処 理の費用償還や受任者の報酬請求による方が,簡 潔かつ明快であり,被相続人の意思や現実の必要 性に合致するものと考える。すなわち,委任者
(贈与者)の死亡直後に世話を受ける者が死亡し てしまったケースや世話のための財産(贈与財産)
を受任者(受贈者)の債権者が差し押さえたケー ス,世話のための費用・報酬が予想以上にふくら んだケース(このとき,受贈者は贈与の価額を超 えない限度においてのみ負担した義務を履行する 責任を負う)などにおいては,死後事務委任によ る処理の方が,妥当な結論を導きやすいであろう。
また,受任者の合理的かつ適正な報酬額を確定す るにあたっては,受任者による事務処理の期間や 内容を事後的に評価して,実際に行った事務処理 に対して,諸般の事情を考慮して報酬付与の是非 および報酬額を決定することができる委任構成の 方が優れているということができる(42)。
このように,死後事務委任により,現在大きな 問題として意識されているいわゆる「親なき後」
の子の世話の問題に,一定程度は解釈論的に対応 できる可能性があると思われる(43)。もっとも,
この問題に対して全面的に死後事務委任によって 対処することには法的に限界があり,また,障害 ある家族の世話を死後事務委任という方式で手配 することが常態化すると,個人あるいは家族の責 任で障害者を一生にわたり世話すべきと考える風 潮が蔓延する原因にもなりかねないことが危惧さ れる。したがって,この問題の根本的解決は,立 法によることが望まれよう。
3 残余金の帰属
死後事務委任の委任者(=被相続人)が死後の 事務処理のため生存中に受任者に預けていた金銭 がある場合,受任者は,委任の趣旨に従い善良な 管理者としての注意義務をもってそれを管理すべ き義務を負う(644条)。そして,事務処理完了後 に残余金がある場合,これは委任の事務処理費用 の残余金であり,原則として相続人に帰属するも のである(44)。したがって,受任者は事務処理完 了後,遅滞なく相続人にそれを報告し,残余金を 返還しなくてはならないことになる(645条,646 条)。この点,平成22年高松高判は,受任者が預 かっていた預金口座からの払戻金につき,預金口 座の取引履歴や収支明細その他の証拠を精査し,
それをもとにその使途や金額,支出の時期等に照 らし合わせて正当な支出と認められる額を認定 し,受任者に対してそれを控除した残額の損害賠 償を命じたが,本件の委任で世話を委託された受 任者が世話を受ける者を監護すべき立場にあった ことに鑑みれば,一般論として,その結論は妥当 であると考える。もっとも,被相続人と受任者と の合意内容がいかなる委託の趣旨であるかを探求 することが重要であるが,受任者が被相続人と生 前に報酬につき合意していた等の事情が窺われる 場合には,それを取得できる可能性もあったよう に思われる。
なお,相続人が存在しないケースでは,残余金 は最終的には国庫に帰属することになろう(959 条)。
■むすび
最後に,本稿を総括し,近時の債権法改正論議 について言及するとともに,この問題に対する別 のアプローチの可能性を示唆して,むすびとする。
1 本稿の要約
近時,死亡前後の事務処理を他人に委託したい と考える人,あるいは委託せざるを得ない人が増 え,もっぱら委任者死亡後の事務処理を委託する 死後事務委任に対するニーズが高まっている。こ のような委任契約は,委任の目的である事務が委 任者の死後にのみ処理されうる性質のものであ り,従来の議論とは異なる,新たな考慮が必要に なってきている。もっとも,こうしたニーズの高 まりに対応してこれを何らの限定も付さずに認め ると,実際には相続人の利益を害しかねない。ま た判例(裁判例)・学説ともに死後事務委任の効 力を一定の場合に認める傾向にあるが,その理論 的根拠は現段階ではあまり明確ではなく,一貫し ているとはいえない状況にある。
ここでの問題の核心は,相続人が委任者の地位 と解除権も承継するが,同時に解除権不行使の特 約も承継する(またはそれが推認される)ため,
原則として解除権を行使できないことを前提に,
各個別的な事案において,被相続人の意思の尊重 および他の制度との権衡から,解除権行使が許さ れない,または事実上解除権を行使することがで きない場合があるということである。そこで,民 法典における被相続人の意思の尊重と相続法秩 序・遺言制度との調和点がどこにあるのかという 視点から,死後事務委任では本来的には相続財産 や遺留分の問題は生じないが,死後事務委任がも たらす結果の特殊性に鑑みて実質的な判断を組み 込むべきであると考えた。その上で,死後事務委 任において被相続人の意思を尊重することができ る限界は,委任の事務処理が相続人の遺留分を実 質的に侵害する,あるいは侵害のおそれを生じさ せるか否かにあると考えた。すなわち,①被相続 人の生前における事務処理の清算的な局面では遺
留分を侵害するおそれがなく相続人に解除権行使 を認める必要がないこと,②「親なき後」の子の 世話などの局面においては事実上相続人の解除権 行使が認められないこと,そして③死後の財産処 分など相続法秩序・遺言制度等との対立が顕在化 する局面では他の財産処分制度との類比から,相 続人の遺留分を実質的に侵害する,あるいはその おそれがない限り,被相続人の財産処分の自由が 認められるべきこと,などを明らかにした。この ような処理をすることで,法的安定性が確保され るとともに,相続法秩序,ひいては遺言制度との 調整も可能となり,相続人を不当に拘束すること なく被相続人の意思を尊重することができるので はないかという結論に達した。
2 債権法改正論議
民法(債権法)改正検討委員会は,委任の終了 事由について現行民法653条を基本的に維持する としながら,死後の委任を認める要件について二 案を併記した提案を行っている(45)。このうち乙 案は,委任者の地位を承継した相続人には任意解 除権が認められていることを重視して,何らの限 定も付さずに,当事者の合意の自由に委ねればよ いとするものである。これに対して甲案は,死後 の委任を無制約に認めることが相続財産に関する 相続人の利益を不当に制約するおそれがあること に配慮して,当事者の合意に関する新たな規律を 定めようとするものである。具体的には,委任者 の死亡によっても委任が終了しない旨の合意があ ったときに,「死後事務の内容があらかじめ合理 的な範囲に特定されていること」を要件として,
死後事務委任を認めようとするものである。しか し,この甲案にあっても,「死後事務の内容があ らかじめ合理的な範囲に特定されていること」を 要件とする場合,その範囲はどこまでか,いかな る基準によりこれを画するか,具体的な判断がか なり難しい問題を惹起するように思われる。
また,中間的な論点整理においては,死後事務 委任に関する規律を明確にするために新たな規定 を設けるか否か,その場合の規定内容として,遺 言制度との整合性を図る観点から委任事務の内容
が特定されていることを要件として認めることの 当否についての更なる検討が促されている(46)。
そして,その後の中間試案作成に向けての第2 ステージの審議の中では,現行の民法653条1号 を維持し,委任者死亡後の事務の委任に関する新 たな規定を設けず,同条同号が任意規定であるこ とを前提として,委任者死亡後も委任が存続する 旨の特約が相続法秩序等に反する場合にはその効 力を民法90条に委ねることが示唆されている(47)。 その理由として,以下のことが挙げられている。
すなわち,第一に,民法653条1号は任意規定で あり,委任者死亡後も委任が継続するかについて は,当事者の意思,委任事務の内容その他の諸事 情を考慮して契約を解釈することによって妥当な 結論を導くことができることが多いと考えられる こと,第二に,契約の内容に関し,これまでの議 論のように特定されていることを要求するだけで は,相続に関連する法体系との抵触を避けるには 十分ではないと考えられることが指摘されてい る。その上で,死後事務委任契約が有効であるか 否かは,委任の内容,遺言制度が方式や内容を法 定した趣旨などを考慮して判断する必要があると 考えられ,どのような内容の委任契約であれば委 任者の死亡後も有効とすることができるかについ ての一律の合理的な基準を設けるのは困難である と結論づけている。しかし,いかなる場合に相続 法秩序に反するとして民法90条に基づき契約が無 効となるのか,その具体的な判断はやはり難しい ように思われる。
私見としては当初の提案の甲案を評価すべきと 考えるが,その「合理的な範囲」の具体的判断は これまでの判例・学説と同様に困難であり,また,
仮に委任が終了しない場合に,委任者の地位は相 続人に承継されると考えられるが,そのときに相 続人が解除権も承継するか否かがはっきししない ように思われる。そこで,甲案の方向性を一歩進 めて,相続人は死後事務委任における委任者の地 位,および不行使の特約付き解除権をも承継する ことを正面から認めた上で,被相続人の意思を尊 重しつつ,他方で相続人の利益を不当に侵害しな い—相続人の実質的な遺留分を侵害しない,ある