はじめに
小林 和英 井 口修一郎
人は,どのような顔を美 しいと感 じるのであろうか。まず美 しい容貌の要件 についてまとめる。次に,美 しい容貌を作 り出すために,矯正科 としてどのよ なことが出来 るかを考えてみる。さらに,達成された治療結果をどのようにし て保持 ( 保定)すればよいのかについてまとめる。最後に,審美性が達成 され て も顎関節に顎関節音 (クリッキング)が生 じるようになって しまった症例を 示 し,顎口腔機能の重要性について考えてみる。
1
節 美 しい顔貌 とその要件
バランスのとれた産別ま美 しい。顔の審美性を評価するのに際 しては垂直的バ
ランス,左右対称性および前後的バランスを評価する。図 1に顔面の垂直的バ
ランスおよび左右対称性についての着 目点を示す。正面観 ( 図 1A)および側
面観 ( 図 1B)において上顔面 ( 髪の生え際か ら,眼高上隆起) ,中顔南 ( 眼
高上隆起か ら鼻下点)および下顔面 ( 鼻下点か らオ トガイ)の垂直高径が同 じ
長 さである場合,美 しい顔 に感 じられる。また口は鼻下点か らオ トガイの間
ABC
図
1:垂直的バ ラ ンスおよび左右対称性 についての着 目点
A:
正面観 ( 垂直的バ ラ ンス)
,B:側面観 ( 垂直的バラ ンス)
C:
正面観 ( 左右対称性)
1 96 ‑‑
図 2 :前後的バランスの着 目点
A :
美 しい顔貌
B :ELineより突出 した口唇 ( 実線) も鼻が発達 した人 ( 点線) で目立たない。
A)
となる。 しか し
,ELineは鼻尖 とオ トガイを結ぶ線であるか ら,その傾
きと前後的位置は鼻尖 とオ トガイの前後的位置に影響 される
。鼻尖 とオ トガイ
の発達 した人では目立たない口唇の突出が,鼻が低 く,オ トガイが発達 してい
ない人では目立っ場合 もある ( 図
2B)。
2 節 審美性回復及び改善のための矯正学的アプ ローチ
そこで,以上述べてきた美 しい容貌の要件を損な っている人の審美性回復お よび改善のために, どのよ うな矯正学的アプローチが可能であるかを以下 に考 えてみる。
1
.成長発育の コン トロール
図
3に体を構成す る各器官の成長発育の タイ ミングを示す。横軸 は年齢をあ らわす。各年齢 において,それぞれの器官が成長終了後の大 きさに対 して どの くらい成長 しているか,縦軸 に百分率で示す。神経組織 は早 い時期に,ほぼ成 長を終了す る。一方,上 下顎骨や,全身組織, リンパ組織,生殖組織 などの成 長 は,性的成熟 に伴 って,思春期 に生 じることが理解で きる。 また,各器官 で,成長発育が促進 され る時期やその量が異 なることがわか る。そこで,特定 の器官の成長発育を促進 した り抑制 した りす ることによ り,美 しい容貌を作 り 出す ことが出来 る.以下 に成長 コン トロールにより美 しい容貌を獲得できた症 例を示す。上顎骨の成長が旺盛で,上顎骨が突出 し,下顎骨が後退 している患 者では
,上顎骨の成長期 に合わせて,
EOA (ExtraOralApplience)を用い
大臼歯を介 して,上顎骨 に力が伝達 され上顎骨の成長が抑制 され る
。やがて前 下方へ向か う下顎骨の成長が生 じて,上下顎骨の前後的なア ンバ ランスが改善 された ( 図
4)。 また下顎骨が突 出 した患者 では
Chincapを用いて下顎骨 の 成長を抑制 した り,成長方向を変化 させ ることによ り美 しい容貌を獲得で きた ( 図
5) この装置で は, ゴムによる後上方への牽引力がオ トガイ部に作用 し, 下顎骨の前下方‑の成長が抑制 される
。ーーー98‑
00
成 人
の大 き さ に 対 す る 百 分 率
出 生 時 10歳 20歳
図
3 Scammonの成長曲線および上下顎骨の成長曲線
A
図
4:上顎骨の成長発育の抑制および下顎骨の成長促進 によ り審美性を獲得 した症例
A :矯正治療 前
B :矯正治療後
C :
上段 は
EOA( 顎外固定装 置)を装着 した患者 の口腔内写真 、 下段 は、その側 面 観
図
5:下顎骨の成長発育の方 向を変化することによ り審美性を獲得 した症例
A :矯正治療前
B :矯正治療後
C :chincap
を装着 した患者の 側 面観
2
.歯の配列
歯の配列が乱れていると,容貌に悪い影響を与える。審美性に悪影響を与え る歯の配列の乱れについて治療前後の写真を示す。図
6Aは,前歯か ら小臼歯 にかけて,上下顎の歯が全 く接触 していない開校の症例である。 このような症 例では,舌が上下顎の歯の問の空間に常に位置 し,発音なども不明瞭になるな ど,審美性の問題のみな らず機能的な問題 も生 じている。図
6Bは,いわゆる 八重歯の症例である。図
6Cは,上顎前突で,上顎前歯が著 しく唇側に傾斜 し た症例である。矯正治療前には,突出 した前歯のために,口唇を閉 じることが 出来ず,オ トガイ部の筋肉が緊張 している。矯正治療後 は,上顎前歯の唇側傾 斜が改善 し,楽に口唇を閉鎖す ることが可能 とな り,美 しい容貌が獲得されて いる。以上のような歯の配列位置の異常は図
7に示すエ ッジワイズ装置により 治療可能である。すなわち,装置内に断面が長方形のスロッ トが切 り込まれた
ブラケ ッ トを歯に接着 し,断面が円形の弾性 ワイヤーや断面が長方形の ワイ
ヤーをね じってブラケ ッ トのスロッ トに挿入する。ワイヤーの弾性で,歯の位
置が 3次元的に精密に調整される。
A
図
6:菌の配列の乱れの矯正治療によ り審美性を獲得 した症例
A :開唆症例
B :叢生症例
C:上顎前突症例
‑ 102‑
図
7:エッジワイズ装置を装着 した患者の口腔内写真
3
.外科矯正
成長が終了 して しまった成人症例では,今まで述べてきたような,成長発育
のコン トロールや,歯の配列などの矯正治療だけでは,美 しい容貌の獲得 は不
可能である
。また,外科的に下顎あるいは上顎を手術 しただけで も,上下顎の
歯が緊密に唆合す ることは不可能である。そ こで,手術前に一定期間をかけ
て,手術後に,緊密な岐合が得 られるように,エ ッジワイズ装置にて,いわゆ
る術前矯正を行 う
。その後,外科手術を行い,上下顎のアンバランスを改善す
る。 このように成長が終了 して しまった成人症例では,矯正治療に外科手術を
併用 してはじめて,美 しい容貌が獲得できる。下顎骨の外科手術により容貌を
改善 した症例を図
8に示す。
A
図
8:矯正治療 に下顎骨骨切 り術を併用 して審美性を獲得 した症例
A :治療 前
B :治療後
川 1
3
節 治療結果の維持 ( 保定)
矯正治療で審美性を回復 した場合にも,少なか らず,元の状態に戻ろうとす
る傾向が認め られる。 この現象は骨等の硬組織あるいは,歯周組織,顎関節及
び筋肉などの軟組織が治療前の状態に戻 ろうとす る傾向に起因 している。ま
た,矯正治療後に,治療結果を維持するためには好ましくない方向に顎骨の成
長が生 じた場合,後戻 りを引き起 こす こととなる。反対唆合治療後,下顎の著
しい成長が生 じたため
overbiteが減少 し反対唆合傾向が再び生 じた症例を図
9A,
Bに示す。矯正治療終了後 も治療結果を維持するために必ず保定装置が
必要 となる ( 図
9C)。 また,次項で述べ るよ うに,審美性の獲得のみな ら
ず,機能的な安定の獲得が治療結果の維持のための重要な鍵 と考え られる。
4
節 顎機能を考慮 した矯正治療
矯正治療 により,緊密な唆合が獲得できたが,下顎頭が関節窟内の後方 に位 置 し,開口初期及び,閉口後期に関節雑音が認め られた症例を図
10に示す。た とえ緊密な唆合を獲得で き,審美性が回復 された と して も, この症例のよ う に,下顎を後退 させた状態で,矯正治療を終了 させた場合 には,関節円板前方 転位を引き起 こして しまう
。その結果,開口時に前方転位 した関節円板が関節 頭の上に戻 る際,また閉口時には,関節頑の上 に復位 した関節円板が再び前方 転位する際,関節円板 と関節頑が接触す るため,関節雑音が発生す る。 この症 例では,中心唆合位では,
MR画像 によると,下顎頭 は下顎商内のやや後方 に 位置 し,関節円板が前方 に転位 している ( 図1
0A)。 しか し下顎を中心唆合位 のやや前方 に保持 した状態か ら,開口させ ると,関節雑音が発生 しない。 この 状態では,図1
0Bに示すように,関節円板が下顎頭の上に復位 している。すな わち,図1
0Bで示 された位置で,校合を完成させ矯正治療を終了すべ きであっ たと考え られる
。この症例が示すように,矯正治療を行 う際には,審美性の回 復のみをめざすのではな く,正常な機能を獲得するように留意す る事が大切で ある. ・ 安定 した機能を獲得す ることが出来れば,矯正治療 により回復 した審美 的な,美 しい容貌 も長 く維持 され ることとなる。
‑ 106‑
図
10:矯正治療により緊密な噴合が獲得されたが関節雑音が認められた症例
A :中心唆合位
B :
下顎をやや前方に保持 した状態いづれも、左が口腔内写真、右は
、MR画像の
トレース
。Dは関節円板
、Hは下顎頭を示す。
参考文献{
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,
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0
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