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『国富論』における輸出奨励金

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『国富論』における輸出奨励金

著者 榎並 洋介

雑誌名 星薬科大学一般教育論集

号 18

ページ 1‑28

発行年 2000

URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000209/

(2)

﹃ 国富論﹄における輸出奨励金

榎並  洋介

戻税の有効性

二︶ 工業製品の輸出奨励策

三︶ 農産物とくに穀物の輸出奨励金政策

四︶ 穀物輸出奨励金政策の効果

1 われわれは︑既に︑自国が相手国から製品を輸入する場合の種々の規制を徐々に撤廃していくことを主張するスミスの

考え方を考察してきたのであった︒しかしながら︑彼は︑国内産業を奨励し育成していく場合に︑輸入制限政策が有利に

能 する場合が二つあると明三口していた︒一つは資本蓄積を促進するたあの安全保障の条件として︑国防の観点から︑特

定の産業を保護する場合と︑もう一つは︑国内産業の生産物に若干の税がかけられている時には︑外国産業の類似生産物

も等額の税をかけるのが合理的だと主張していたのであった︒しかし︑基本的には︑スミスは﹁見えざる手﹂に導かれ

業を運営することが個人の利益にもなり︑社会全体の利益にもなるという発想であった︒保護貿易よりも自由貿易が

(3)

2 業の発展に貢献するという考え方なのであった︒

出についても︑スミスは同様に考えていた︒すなわち︑人為的な政治的制度である奨励金などによる保護政策は国内

業の奨励や育成の観点からみて有効ではないと考え︑特に﹃国富論﹄第四篇第五章﹁穀物貿易および穀物法にかんする

余論﹂においては︑﹁私は奨励金というものは不当盲宮8隅だと努めて証明してきたのだが︑果たして奨励金がかくも不

当なものであるならば︑その停止は早ければ早いほど︑また停止価格が低ければ低いほどますますよいわけである﹂と論      ②ることによって︑重商主義政策の変更を主張するのであった︒また︑当時︑首相であった小ピットでさえ︑﹃国富論﹄を       ③増補改訂した第三版を指して︑自由貿易が望ましいという世論の方向を導くことにスミスは成功したと信じていた︒

  しかしながら︑穀物の輸出に奨励金を付与することが︑農業生産を奨励することになるのか︑あるいはそれを阻害する

      ㈲ことになるのかについては︑現在まで諸見解が分かれるところである︒したがって︑この小論ではこのような課題を理解

するために奨励金︑とくに輸出奨励金が何故に不当であるのかというスミスの論説を考察しようとするものである︒

註︶

ω

  拙稿﹁アダム・スミスの輸入政策論﹂︵﹃星薬科大学一般教育論集﹄第十六輯︑一九九八年︶

②  >O餌日oっ∋︷日︑﹄ボSQミ這§SoきQさミさ§良○§g句ミき⑩きミSミきぱ§句︑日け宮oo<o一已日①ω︑↓冨日日a﹂江o見↑o白亀o巳

胃︷茸︒ユ甘﹁︾°°り汗夢①只③ロO↓°○置o=しコ日o︒︒茸①コρζOOOい×××一×﹄°P昏↑頁数に関しては特に断わらない限りキャナン版の

  頁を表記する︒以下︑§⇔§ミ≧艮§句と略す︒大河内一男監訳﹃国富論﹄一九七六年︑中央公論社版1〜皿巻本を使用する︒n︑

 二六三頁︒

 一§︒︒旨90ロヵoψ︒︒︒§㌻↑■ミ﹄§§句§§b×︹oa己邑くo区蔓勺器ωψ・二誤m℃.ω釧ω゜篠原久・只腰親和・松原慶子訳﹃アダム・

 スミス伝﹄シュプリンガー・フェアラーク東京︑二〇〇〇年︑四〇五頁参照︒

 奨励金政策に否定的評価を与える見解には︑例えば︑O戸ブ①ざ↓ぎひ︒さトや§§良句︒災ミ㎏R↑§やO餌日ひユOoq︒°品ωN°らo︒°

 ︾°・宮oP﹄さ㎏8§ミへ愚象oせミ㎏さ魁§合\巽心○§ミQ﹂8ρ 林達﹃重商主義と産業革命﹄学文社︑一九八九年︑等がある︒ま

 た︑奨励金政策を肯定的に評価する見解には︑例えば︑Pρ審日o°︒﹄ミ亀oQ黒き恥㎏さ鯉傍心Oo§↑⇔ミ句゜いoロ08∨一Φωρ国FG切o見

(4)

§鳴㎏へ§o§号S急oQミ㎏さ魁§やくo一﹄ §o﹄窓ミミ6ぶ§ミ訪§トoao戸一ΦmΦ゜小林昇﹃イギリス重商主義研究2﹄︵小林

史著作集W︶未来社︑一九七七年︑等がある︒

 戻税の有用性

ミスは﹃国富論﹄第四篇第四章において︑重商主義の輸出奨励策のなかで最も合理的なものはコ戻税﹂であると主張

  している︒すなわち次のようにいう︒﹁これらの奨励のなかで︑かの戻税●日乞亘①o冨とよばれるものは︑もっとも合理的

と思われる︒だが︑輸出に際して︑国内産業に課せられている内国消費税やその他あらゆる内国税の全部または一部を

商人に払い戻してやっても︑いっさいの課税がない場合に輸出される量と比べて︑いっそう多量の財貨の輸出をひき起こ

すということは︑けっしてありえない︒このような奨励は︑その国の資本が︑ある特定の事業におのずから向かう量を超

えて︑それ以上に大きな資本をそ・へ振り向けさせるというような傾向はなく︑ただ︑その資本のうち三部が︑税のた

峻  

に︑他の事業に転向してしまうのを防ぐ傾向があるだけである︒これらの奨励は︑その社会の各種の職業すべてのあいる だにおのずとでき上がっている均衡を乱す効果はなく︑かえって︑税によってこの均衡が崩れるのを防ぐ傾向がある︒奨お 励は︑その社会における労働の自然な分業および配分を打ちこわす効果はなく︑むしろそれを維持する傾向があり︑この

労 働の自然な分業および配分を保つことは︑たいていの場合は利益のあるものである﹂︒スミスによれば︑戻税のような輸

出奨励策は・その社会で自然に形成される分業と労働の配分を破壊するのでなくて・むしろこれを保持する傾向があると

  して︑肯定的に評価しているのであるが︑そこにはどのような考え方が貫徹しているのであろうか︒

3    この場合には︑国内製造品に対する課税と外国製品の再輸出に対する課税の二つのケースを考察する必要があるだろ

(5)

4 う︒

国内製造品を輸出する産業の場合には︑国内の製造業に内国消費税やその他の租税が課せられると︑その製造業者は利

を獲得しなければ継続して事業を営むことができないから︑この課税分を自らの製造品価格に転嫁し︑利潤とともにそ

を回収するだろう︒そうであるならば︑国内製造品の輸出価格は騰貴するわけだから︑外国との価格競争の上では不利

になり︑輸出量が増加するということはありえない︒したがって︑スミスによれば︑この製造品の課税分を払い戻しても︑

内国消費税やその他の租税を課さない場合の製造品の輸出量よりも︑その数量が多くなるということは決してないという

ことである︒これは︑課税後に租税の払い戻しをすることによって︑輸出商品の価格を課税前の状態に戻して︑輸出の数

を考察していることになる︒しかも︑戻税のような輸出奨励策が︑諸産業間の平均利潤率を超えて︑特定の産業部門へ      ②多量に資本を移動させるという傾向もないと考えている︒課税後の税の払い戻しは︑せいぜい当該産業から他の産業への

移動を防止するぐらいであるという︒だから︑国内製造品の輸出を奨励する戻税はその社会の労働の自然な分業及び

配︑つまり産業社会の自然的均衡を維持するように機能しているのであって︑この均衡を撹乱するような負の効果はな

い︑とスミスは考えているのである︒

それでは輸入外国品を輸出する際の戻税について︑スミスはどのように理解しているのであろうか︒スミスは大ブリテ

メリカ植民地の煙草を独占していた頃を例に出して︑次のようにいう︒﹁われわれは約九万六千樽を輸入したが︑国

内消費量は一万四千樽を超えるとは思われなかった︒そこで︑その残りを売りさばくために必要な大々的輸出を促進する       ③ために︑三年以内に輸出することを条件に税金の全額が還付されたのである﹂︒輸入品が国内の必要消費量を大幅に超過す

ると予想される場合には︑余剰になる当該外国輸入品を輸出しなければならない︒それを促進するために課税した輸入税

部 または全額を払い戻すという政策がとられたわけである︒

(6)

もともと戻税という輸出奨励政策は中継貿易を奨励するたあに認あられたものである︑とスミスはいう︒すなわちコ戻

は︑そもそも仲継貿易を奨励するために認められたものであったろう︒仲継貿易は︑船の回漕料を外国人が現金で支払

うことがしばしばあるので︑金銀をわが国に持ち込むのに︑とくに適していると考えられた︒しかし仲継貿易は︑特別に

るには値しないことは明らかだとしても︑また︑この制度の動機が︑おそらく︑まったく愚劣なものだとしても︑

その制度自体は十分合理的だと思われる︒以上のごとき戻税は︑一国の資本のうち︑輸入に全然課税しない場合に︑ひと

りでに仲継貿易業に向かう資本の量に比べて︑より多量の資本をこの仕事に押し込むことはできない︒この制度は︑各種

税のたあに一国の資本が仲継貿易業からまったく排除されてしまうのを防ぐだけのものである︒仲継貿易は︑優先的取

扱を受けるには値しないとはいえ︑排除されるべきものではなく︑他のすべての事業と同じく︑自由に放任しておかれる        ㈲ きなのである﹂︒自由な競争市場の下で︑仲継貿易は維持すればよいのであって︑特別に奨励すべきものではない︒しか

しながら︑重商主義の貿易政策は貿易差額説に基づく金銀の獲得に最高の価値を求めるものであったから︑実際には貿易

を奨励する各種の条禦施行されていた︒例えば︑旧臨時税︑付加税︑新臨時税︑三分の一臨時税︑三分の二臨時税︑一

税︑葡萄酒に課した造幣税︑すべての関税︑毛七九年主七△年の輸入税・一七八〇年の葡萄酒輸入税

る などの条例がこれである︒

は    

こうして︑スミスは国内産業の産物と外国輸入品を外国に再輸出する場合に還付される戻税を有用であると捉える︒﹁国

内産業の産物にせよ外国品にせよ︑それに課した全税額を輸出に際してつねに還付するとしても︑やはり戻税を正当化す

るであろう︒この場合・内国消費税の収入はなるほど少々減少しようし・関税の収入はさらに大幅な減収となるだろう・

  しかし︑これらの諸税によっていつも多少とも撹乱されている産業の自然な均衡︑労働の自然な分業と配分は︑この調整

       ほよって多少とも回復されて︑その自然状態に近づくであろう﹂︒諸税が産業の自然的均衡をいつも多少とも撹乱するとい

(7)

6 うスミスの認識は︑基本的には重商主義の輸出奨励政策に対する批判を意味する︒戻税のような政策的措置が︑この産業

自然的均衡の撹乱を多少とも回復させる役割を果たし︑産業構造を自然状態に近づけるものだという︒戻税の調整機能       ⑥

業の不均衡を均衡化する︒これは︑諸税が課せられる前の状態を産業の自然状態として把握する認識である︒

註︶

ω

  §ミミミ≧ミ⇔§靭=も゜一゜訳n︑一九三〜一九四頁︒

 ﹁スミスの意見では︑戻税は自由競争原理に抵触する人為的な輸出奨励政策なのではなく︑その反対に︑課税によって引き起こされ

 る自由競争市場の機能の破損を修復する方策だったのである﹂︵羽鳥卓也﹁A・スミスにおける相殺関税と戻税﹂﹃熊本学園大学経済

  論集﹄第一巻第一・二号︑一九九四年︑一五頁︶︒

  き息S亀さ吟へ§♂戸O﹄°訳H︑︸九五頁︒

ω 合ミ゜も゜P訳H︑一九九〜二〇〇頁︒

㈲  さミ゜も゜O°訳n︑二〇〇頁︒

 ﹁スミスが推奨する戻税は相殺関税による輸入制限政策に対応する輸出奨励策であり︑これもまた︑自由貿易主義に抵触すること

 のない制度であるということができるであろう﹂︵羽鳥卓也﹁A・スミスにおける相殺関税と戻税﹂﹃熊本学園大学経済論集﹄第一巻

  第一・二号︑一九九四年︑一六頁︶︒

︵ 二︶ 工業製品の輸出奨励策

ミスは奨励金を不合理で無益な浪費であると批判するのであるが︑奨励金という名称がついてはいるが︑本質は戻税

すぎないものもあるので︑注意すべきであるという︒それは﹁たとえば︑輸出精製糖奨励金は︑精製糖をつくるもとに

なる赤砂糖と黒砂糖にたいする税の戻税とみてよいだろう︒輸出絹布にたいする奨励金は輸入生糸および絹撚糸にたいす

る税の戻税であり︑輸出火薬奨励金は輸入硫黄と硝石にたいする税の戻税であるとみてよかろう︒税関の用語では︑輸入

(8)

された時と同じ形状で輸出される財貨にたいして与えられる交付金のみが︑戻税と呼ばれる︒この形状がなんらかの種類

程 によって変えられ︑新しい名前がつけられると︑奨励金とよばれるのである﹂︒また︑国防上必要である製造品

を隣国に依存するわけにいかないので︑当該産業が国内で維持できなければ︑他の産業部門に課税して維持しても       ② とはいえない︑とスミスは考える︒例えば︑国産帆布及び火薬の輸出奨励金などがこれに相当するものである︒

しかしながら︑そのほかの奨励金については不合理で無駄な出費であると断言する︒すなわち彼は次のようにいうので

ある︒﹁製造業のある特定のものの活動を維持するたあに︑国民大衆が従事する産業に課税することは︑たいていの場合不

合理なことである︒もっとも国が処分にこまるほど多大の歳入を得て︑隆々たる繁栄に酔っているときには︑製造業を優

するたあに奨励金を交付することは︑こうした場合に︑国が︑えてして︑なにか他の無益は出費をしがちなのに比べれ

  ば︑それほど不自然なことではない︒個人が私的に金を費やす場合はもちろん︑国が公的に金を使う場合も︑金があり余っ

ることは︑しばしば︑とんでもない無駄づかいをしてしまうことにたいする弁解の辞となるだろう︒けれども︑社会

般が困難と窮乏に陥っている場合に︑・のような浪潰をつづけるならば︑そ・には︑たんに通例の不合理だと言・だけ

はすまされない問題が︑かならずやあるにちがいな㌦﹂︒社会が繁栄して金あまりの状態の場合には私的公的に無駄使い

る することは国家の危機にはつながらないが︑社会全般が困窮している場合の奨励金は浪費や不合理ということでは済まさ

ない重大な問題を含む︒このような認識がスミスの奨励金批判の基本姿勢といえるが︑それではそのような基本的な考

え方を彼は大ブリテンの輸出政策論においてどのように展開するのであろうか︒

国富論﹄は第四篇第四章の↓戻税につ?第五章が奨励金問題を展開している箇所である︒・ミ・はそ・で次のように書

  き出している︒﹁輸出奨励金は︑大ブリテンでは︑国内産業の特定部門の生産物について︑絶えず請願され︑ときとして授

7

与 されているものもある︒この奨励金によって︑わが国の商人と製造業者は︑外国市場において︑競争相手と同じ値段で︑

(9)

8 あるいはもっと安く︑自分たちの商品を売ることができるだろう︑と主張されている︒そしてその結果︑より多くの商品

出され︑したがって︑貿易収支はそれだけわが国に有利になるだろう︑と言われている︒われわれは︑国内市場にお

て︑わが国の職人に独占を与えているが︑外国市場で︑これと同じように︑独占を与えることはできない︒われわれは︑

同胞にわが国の職人の製品を強制してはいるが︑外国人にも同様にこれを強制するというわけにはいかない︒そこで次善

策として︑外国人がわが商品を買ってくれれば︑それにたいしてわれわれも相応のことをしてやるのがいい︑と考えら

れている︒こうしたやり方で︑重商主義は︑貿易差額によって国全体を富ませ︑われわれすべての懐中に貨幣をつめ込も         ゐうとしているのである﹂︒既にわれわれは重商主義の貿易差額説︑とくにその代表的学説であるトマス・マンの考え方を論      うじたのであるが︑そこにおけるマンの考え方は自国で産出する商品の生産を奨励しながら︑できるだけその国内消費を抑

制し輸出に多くを振り向け︑それが他国と競合する場合にはその輸出価格を廉価にし︑あるいは輸入品を中継して再輸出

して順なる貿易差額を得て︑金銀を多く手に入れることが国を富ます根源であると主張していた︒

  大ブリテンの商人や製造業者は外国品に種々の重い税を課す輸入制限政策を要請して国内市場の独占を確保し︑今度は

自分たちの商品を輸出したり輸入品を再輸出する場合にも外国市場で便宜を与えてほしいと要求し思いどおりにしてしま

う︒それを実現しているのが輸出奨励金制度だとスミスは考える︒商人や製造業者に対して特別に便宜を与えることに

よって輸出を促進するわけである︒商工業者が外国市場において競争相手よりも多く自分たちの商品を売るためには︑輸

出価格を相手よりも安価に設定すれば達成できることである︒輸出量の増大を達成するためには︑海外市場において国産

品を値引きすればよく︑それは奨励金を交付すれば可能になる︒商工業者は同じ値段かそれよりも安い価格で販売するこ

とで海外において優位になり︑国際競争力の優位が輸出量の増加を結果し︑かくして貿易収支は有利になり︑金銀は多量

自国に環流するから︑この考え方は国益に直接つながるというわけである︒しかしながら︑スミスはこのような商工業

(10)

  者の主張に誤りはないのであろうかと自問する︒

それでは︑奨励金政策はどのような場合に実行すればよいとスミスは考えているのであろうか︒本来︑奨励金は国際競

争 力の弱い部門を強化するたあに付与するものである︒すなわち彼は次のようにいう︒﹁奨励金は︑それなしではやってい

けないような貿易部門にのみ与えられるべきだ︑ということは人の認めるところである︒商人が︑商品をととのえて市場

出すのに用いた全資本を︑資本にたいする普通の利潤をふくめて回収しうる価格で︑自分の商品を販売できるなら︑そ

ような部門はすべて︑奨励金なしでやっていける︒そういう部門は︑奨励金なしでやっている他のすべての部門と明ら

同じ条件に立っているのだから︑他部門以上のものを要求することはできないわけである︒商人が︑普通の利潤をふ

くめて資本を回収することができない価格で自分の商品を売らねばならないような貿易︑または商品を市場へ出すのに

じっさいに要した費用よりも少ない価格で売らねばならないような貿易︑こうした貿易だけが奨励金を必要としている︒

励金は︑この損失を埋めあわせるたあに与えられるものであり︑そして︑費用のほうが売上げよりも多いと思われるよ

うな貿易︑取引ごとに投下資本の一部に食い込んでしまい︑もし他のすべての貿暴・れに似た・とになれば︑やがて国

内に竺銭の資本も残らなくな・てしまうような︑不利な性質の貿易を︑奨励して継続させ︑また・おそらくは新たに始輸       ⑥る めさせるために与えられるものなのである﹂︒ここには奨励金を必要としない産業部門と奨励金を必要とする産業部門と

お が峻別して整理されている︒すなわち︑スミスは商品の市場価格のうち通常利潤︑換言すれば平均利潤を含めた費用を回

収できる部門には奨励金を付与する理由も必要もないという︒この部門に奨励金を付与するとすれば︑それはそのまま

そ・くり商工業者の懐中に入る・とになる・それでは・後者の奨励金を必要としている産業とはどのような部門であろう

  か︒それは﹁費用のほうが売上げよりも多いと思われるような貿易﹂部門である︒同じことであるが︑平均利潤を含めて

9   資本を回収することができないような価格で販売しなければならないような部門である︒この場合には市場へ出す費用よ

(11)

10 りも市場での販売価格の方が小さくなり︑差額が発生する︒商工業者にとってその差額は損失になるから︑これを補填す

る必要が生じる︒この赤字穴埋あのために奨励金が必要となるのである︒スミスは自由競争が支配している経済社会を想

しているから︑平均利潤さえも獲得できないような部門に資本を投下すること自体合理的ではないと考えている︒そし

て︑このような部門は平均利潤さえも獲得できないから︑資本は利潤の多い他の部門へ流出することになる︒そうである

もかかわらず︑このような不利な部門を奨励し継続させ︑また新規に開始する事業のために奨励金を付与するのは一国

資本を蓄積することにはならない︒かくして︑商工業者が要求し重商主義国家が実行している奨励金政策とは︑利益の

ない産業部門に資本を向かわせるような政策だということになる︒こういうスミスの認識には︑自由市場を基本的な視

すえて︑資本というものは利潤率の高い方に移動していくのが自然な条理であるという考え方が底流にある︒

  そこで︑スミスはこのような奨励金政策は自由な資本の競争を阻害する効果があると考え︑次のようにいう︒﹁奨励金の

おかげで営まれる貿易は︑二国間で︑相当の長期間にわたって︑そのうちの一方がいつも規則的に損をしているような貿

易︑つまり︑財貨を市場へ出すのにじっさいに要した費用よりも安い価格で売っているような貿易だ︑ということは注意

すべきことである︒だが︑商人にたいして︑奨励金なしだとかれの商品の価格上こうむる損失も︑もしも奨励金が償うの

なければ︑商人は自分の利害を考えて︑やがて︑かれの資本を別の方法で用いるように︑つまり︑商品の価格が︑普通

をともなって︑この商品を市場に出すのに用いられた資本が回収できるような取引をさがしだすように︑せざるを

ないだろう︒したがって︑奨励金の効果は︑重商主義の他のすべての方策の効果と同じで︑一国の貿易を︑それが自然      ω

向かっていく方面に比べてはるかに利益の少ない方面に︑強いて向かわせることにしかならないのである﹂︒ここには︑

商主義の奨励金政策は普通の利潤つまり平均利潤を求めて諸産業部門を移動する資本の自由な投下を人為的に歪めてし

まうものであるという趣旨が良く表明されている︒すなわち︑商工業者は︑もし奨励金がなければ︑平均利潤とともに要

(12)

した費用を回収できないような産業部門には決して資本を投下しない︒これが自然な経済合理性というものであり︑自由

な市場の基本原則である︒ところが︑長期にわたって二国間の貿易関係をみると︑いつも一方の国が実際に要した費用よ

りも安い価格で販売している︒国際市場においてはそれだけ競争力は強力であるが︑国内におけるこの部門の損失は奨励

補償する︒このような人為政策によって︑資本がこの部門から利潤率の高い他の部門に流出するのを防こうとする︒

的に輸出を拡大し︑金銀という富をより多く獲得するのが国益に叶うという重商主義国家の基本的考えである︒スミ

はこの政策が国益になるとは考えない︒資本の自由な移動がもっとも自然で合理的なことだと認識しているからであ

る︒国家が人為的強制的に資本を特定の部門に継続して誘導するのはこの原則に反するということになる︒      ⑧論じたように︑大ブリテンの商工業者たちは外国品に高率の輸入税を課すことによって国内市場を独占し︑また国

内市場が彼等の商品で在荷過剰になるのを防止するために輸出奨励金制度を活用した︒このような人為的な政策は特定の

造 業を人為的に振興することにほかならない︒かくしてスミスは次のようにいう︒﹁およそ国産品にたいする輸出奨励金

は︑第三︑重商主義のあらゆる方策にたいして向けられ三般的批判を受けねばならない︒すなわち︑国の産業の一部

を︑畠に放任しておく場合よりも利益の少ない方面に・強いて向かわせるものだという批判を受けるのが当然である・る 第二に︑この産業を利益の少ない方面に強いて向かわせるだけでなく︑じっさいに損な方面に強いて向かわせるという︑お 特殊な批判をうけねばならない︒なぜなら︑奨励金なしでは行えないような貿易は︑かならず損になる貿易に決まりきっ

         ゆるからである﹂︒スミスは︑特に国産の毛織物や亜麻布の製造業を念頭において批判していた︒しかしながら︑彼は︑

・れらの商品は他のすべての商品の真の価値を究極的に測定し決定する規制的商・叩ではないと考える・すなわち・工糞

品の価格が奨励金の分だけ吊り上がったとしても︑他の製品価格や穀物価格を引き上げるわけではない︒穀物価格に対す

11 る相対価格を引き上げただけのことである︒つまり︑彼は︑穀物こそが他の商品の真の価値を測定し決定する規制商品で

(13)

12       o⑪あると認識しているわけである︒換言すれば︑穀物の真の価値はこの穀物が養うことのできる労働の量に等しいと考える︒

したがって︑穀物の輸出奨励金政策が穀物の真の価値を高め︑穀物の生産を振興するのか否かということが︑重要な論点

なってくるわけである︒

註︶

ω き☆§ミさ篭§φ戸PN戸訳皿︑二三一頁︒﹁外国市場は︑毛織物のような莫大な輸出量とある程度の競争力とをもつ商人以外の

  ばあいには︑しばしば輸出奨励︵●o已巳昌︶によって開拓が求められた︒それは時には︑イギリスの経済的自立という目的とも結合し

た﹂︵小林昇﹁イギリス重商主義研究2﹂﹃小林昇経済学史著作集W﹄未来社︑一九七七年︑三九〇頁︶︒

忠や゜戸Nω゜訳二三〇頁︒

  §S戸ト⊃↑訳二三〇〜二三一頁︒スミスが﹁社会全般が困難と窮乏に陥っている場合﹂というのは︑﹁アメリカ独立戦争の終結と   その余波に苦しむ危機の時代﹂を指すもので︑具体的には東インド会社の問題を含めた財政・外交などを意味する︒ロスの﹃アダ

 ム・スミス伝﹄は第二一章を﹁困難と窮乏の時﹂という見出しをつけている⌒討白gり目Omoロカ8の︑§恥卜慧ミ﹄合§句§§°O×甘a

 d巳くo目﹂蔓零o°りψ−w一ΦO叡゜廿ωふ︒︒°篠原久・ロバ腰親和・松原慶子訳﹃アダム・スミス伝﹄シュプリンガー・フェアラーク東京︑二〇〇

〇 年︑四〇一頁︑参照︶︒

ω 合ミこ廿べ゜訳二〇二頁︒

  拙稿 ﹁アダム・スミスの輸入政策論﹂﹃星薬科大学一般教育論集﹂ 第十六輯︑一九九八年︑六五〜六八頁参看︒

§呂§ミ≧w篭§句もP〒◎︒°訳二〇三頁︒

m

§良℃㈱訳二〇三〜二〇四頁︒なお︑スミスの産業諸部門間の投資効率の問題に関しては︑︒D餌日ロo一=o一一①ロαo□§Q災o§§霧ミ

 ﹄合§句さき゜ご邑く雪切一蔓oh↓08日o写o°・ω声Φべωも戸︾︒ベベーωOふ 小林昇監修﹃アダム・スミスの経済学﹄東洋経済新報社︑昭和五

  十一年︑第十章︑及び羽鳥卓也﹃﹁国富論﹂研究﹄未来社︑一九九〇年︑第五章︑並びに大森郁夫﹃スチュアートとスミスー﹁巧妙な   手﹂と﹁見えざる手﹂の経済理論ー﹄ミネルヴァ書房︑一九九六年︑第七章︑をそれぞれ参照︒

拙稿前掲論文︒

§ミきミさ§嵩゜戸一S訳二二〇頁︒

oo  きミ゜°訳二一九頁︒

(14)

三︶ 農産物とくに穀物の輸出奨励金政策

それでは︑スミスは重商主義国家による穀物の輸出奨励金政策が穀物の生産を振興させるものと理解するのであろう

か︒それともこの政策は穀物生産を衰退させると分析するのであろうか︒あるいは︑この国家政策が穀物の生産価格にど

ような影響を及ぼすというのであろうか︒

村の大地主が外国の農産物の輸入に対して規制を要求する行動に出るのは︑商工業者が国内市場を独占するために外

国の産物に対して高率の関税を課したり︑国内の生産物に対して奨励金を設けたりする行動を真似たものだ︑とスミスは

論断している︒すなわち﹁わが農村の大地主が︑外国産穀物の輸入にたいして︑平年作の年には輸入禁止にも等しい高率

をかけ︑また奨励金を設けているのは︑製造業者の行動をまねしたのだと思う︒かれらは︑輸入税の制度によって国

内市場の独占を確保し︑奨励金の制度によ・て︑国内市場がかれらの商品で在荷過剰になるのを防止しようと努力しね﹂︒

商工業者は国内市場を独占するために外国品に対しては高率の輸入税を課す・他方において・彼等は国内の商工業生産物る を国内市場において捌くことができなければ在庫過剰になり︑自らの経営を圧迫するので︑これを防止するために輸出奨

制度を設けたというわけである︒この両方の方策を実施することによって︑製造業者は種々の工業製品の実質価値を

高あようとしたのである︒スミスは︑この方法を農村の大地主がまねたのだが︑しかしながら︑穀物とそれ以外の財貨と

あいだには本質的な差異があるにもかかわらず︑農村の大地主はその差異を認識していなか・たとい元・ミ・はい膓

   村の大地主は﹁これと同じような制度で︑さまざまな種類の工業製品の真の価値を高めたのとまったく同じやり方で︑

13 物の真の価値を高めようと努力したのである︒だが︑この場合︑かれらはたぶん︑穀物とその他のほとんどあらゆる種

(15)

14       ②類の財貨とのあいだには︑そもそも︑大きな︑しかも本質的な差異があることに気づかなかったのである﹂と︒それでは︑

穀 物とそれ以外の財貨との本質的な違いとは何なのであろうか︒

この問題を解こうとする時︑スミスは名目価格と実質価格という分析用語をうまく使い分けて説明する︒独占または輸

出奨励金の両制度によって︑その製品の名目価格が上昇すればその実質価格も騰貴するから︑製造業者の利潤や所得も増

し︑その雇用労働者も増え︑この部門へ労働が移動してくるという人為的な振興策としての効果を︑自由放任の制度と

較 して指摘するのである︒すなわち︑﹁国内市場の独占によるか︑それとも輸出奨励金によるかして︑わが国産の毛織物

または亜麻布製造業者が︑独占も奨励金もない場合に比べて︑いくぶん高い値で製品を売れるようにすれば︑これらの品

物の名目上の価格だけでなく︑真の価格も騰貴させることになる︒つまり︑この財貨を︑独占も奨励金もない場合に比べ

て︑より多量の労働および生活資料と等価にし︑これらの製造業者の利潤︑富︑所得を︑単に名目的にだけでなく︑実質

的にも増大させ︑かくてかれらがよりよい生活ができ︑あるいは︑この特定の製造業において︑より多くの労働を使うこ

とが︑できるようにする︒これは要するに︑この製造業をじっさいに人為的に振興しようとすることにほかならず︑自然      ③

任 しておく場合に比べて︑この国の勤労をより多量にこの製造業に向かわしあるわけである﹂と︒ だが︑このような

物以外の財貨に対する人為的振興策の効果は︑同じ制度を穀物にあてはめることによって同様の効果を期待できるので

あろうか︒答えは否である︒

 スミスはこの問題について名目価格と実質価格との乖離を判断の基準にし︑穀物の名目価格がいくら騰貴しても︑それ

は貨幣価格の変化であって︑一定量の穀物が支配する労働の量︑つまり一定量の穀物が人間を扶養する量︑換言すればそ

穀物の真の価値︑同じことであるが︑その実質価格は変わらないものであると考えている︒本質的には穀物の実質価格

は他の諸商品を規制する基準価格となるものであるから︑いかなる人為的な制度によってもそれは変更できないという認

(16)

ある︒すなわち﹁同様の制度によって︑穀物の名目上の価格︑つまり︑貨幣価格を引き上げても︑穀物の真の価値を

高めることにはならない︒また︑わが国の農業者や農村の大地主の富なり所得なりを実質的に増加させるわけではない︒

さらにまた︑穀物栽培を振興するものでもない︒なぜなら︑かれらは︑穀物をつくるのに︑より多数の労働者を維持して

働かせるというわけにはいかないのだから︒そもそも事物の本性上︑穀物には︑単にその貨幣価格を変えただけでは変更

されえない真の価値が刻印されているのであるから︑どんな輸出奨励金といえども︑またどんな国内市場の独占といえど

も︑この真の価値を高めることはできないし︑またもっとも自由な競争が行われても︑この価値を低めることはできな

い︒世界を通じて一般に︑穀物の真の価値は︑この穀物が養うことのできる労働の量に等しく︑また特定の場所において

は︑この価値は︑その場所で労働が十分にか︑まあまあの程度にか︑不十分にか︑ともかく普通のやり方で︑その穀物で

養うことができる労働の量に等しいのである︒毛織物や亜麻布は︑他のすべての商品の真の価値を究極的に測定し決定す

る規制的商品ではないのにたいして︑穀物は︑そうした規制的商品なのである︒他のあらゆる商品の真の価値は︑その平

均の貨幣価格が穀物の平均貨幣価格にたいして保つ比率によ・て︑究極的に決定される︒穀物の真の価値は︑いつの時代

にも往・起る穀物の平均貨幣価格の変動とともに変化するのではな\・の変動とともに変化するのは銀の価値なのであ

輸  ωる る﹂︒かくして︑一定量の穀物の支配労働量は穀物の名目価格が上昇しても増加するものではない︒穀物の真の価値︑つま

疏  

り穀物の実質価格が変動するのは銀の価値だけであって︑穀物以外の財貨とは連動しないのである︒だから︑穀物の輸出

励金を与える政策や外国品の輸入に高率の関税を課すことによって国内市場を独占してみても︑穀物の名目価格は上

昇するが︑穀物の真の価値は高まらないのである︒それど・うか・・ミ・は・の政策が穀物の栽培をも振興するものでは  ないとさえいうのである︒

15 物の輸出奨励金政策は資本の一部を不利な産業部門に向かわせるだけでなく︑穀物の生産を振興せず︑ただ土地の改

(17)

16 良を遅らせるだけだとして︑彼はこの政策の不当性を証明していく︒

 スミスは輸出奨励金に関する重商主義の考え方を次のように紹介していた︒輸出奨励金は︑大ブリテンの国内産業の特

門の生産物について授与され︑これによって︑大ブリテンの商人と製造業者は︑外国市場において︑競争相手と同じ

値段で︑あるいはもっと安く︑自分たちの商品を売ることが可能となり︑その結果︑大ブリテンの貿易収支は輸出超過と

なるから︑この貿易差額によって︑大ブリテンの金銀が増加し︑国富が増加するという考え方が重商主義の思想であると︒

すなわち﹁輸出奨励金は︑大ブリテンでは︑国内産業の特定部門の生産物について︑絶えず請願され︑ときとして授与さ

るものである︒この奨励金によって︑わが国の商人と製造業者は︑外国市場において︑競争相手と同じ値段で︑あ

るいはもっと安く︑自分たちの商品を売ることができるだろう︑と主張されている︒そしてその結果︑より多くの商品が       ⑤

輸 出され︑したがって︑貿易収支はそれだけわが国に有利になるだろう︑と言われている﹂︒国家が特定部門の国内産業の

物に奨励金を付与する目的は︑外国市場における自国生産物の国際競争力を強化することにある︒特定の商人及び特

製造業者が経営する企業を保護することが︑国家による特定産業の育成を意味することになるのであろう︒しからば︑

このような国家による特定産業の保護育成策は︑産業の自然な発展を歪めるものなのであろうか︒

節において論じたように︑スミスは︑産業を投下資本の回収が可能な部門とそれが不可能な部門とに分けて︑こ

問題を議論していたのであった︒すなわち︑回収可能な販売価格が投下資本に平均利潤を加えた価格であるならば︑自

由に産業活動ができるわけであるから︑奨励金は必要ないというものであった︒しかしながら︑投下資本と平均利潤を加

た輸出価格が貿易の取引において回収できない場合には︑その産業部門は当該商品を生産し販売するのに要した費用と

均利潤とを含んだ市場価格よりも少ない価格でしか販売できないから︑その場合には損失が発生してしまう︒したがっ

て︑このような場合の産業部門にこそ奨励金は必要であるというものであった︒つまり︑売上げが費用よりも少ない取引

(18)

はその差額分の損失が生じるから︑この部分を国は奨励金で埋め合わせる︒取引価格が利潤を含む必要費用を賄えない

  とすれば︑取引が行われるごとにその部門の投下資本の蚕食が進むことになる︒このような損失を生じる特定の取引が他

すべての貿易に拡大すれば︑国内資本は底をついてしまう︒したがって︑かかる政策は一国の資本の使用方法としては

も不合理である︒売上げが費用よりも少ない取引に奨励金を付与することは︑海外市場において外国と競争した時︑

  格を下げることによってしか購買されず︑この取引は不採算部門ということになる︒国家がこのような部門に奨励金を

  

与 することは利益の出ない産業に資本を向かわせるということになる︒﹁奨励金のおかげで営まれる貿易は︑二国間で︑

  相当の長期間にわたって︑そのうちの一方がいつも規則的に損をしているような貿易︑つまり︑財貨を市場に出すのに

      ⑥

  じっさい要した費用よりも安い価格で売っているような貿易だ︑ということは注意すべきである﹂︒

ミスが注意すべきであるというのは︑国家が権力によって︑採算のあわない産業部門に国費である奨励金を授与し︑

資本の自然な流れを強制的に歪めていると考えるからである︒国際競争力のない部門に奨励金を与えることによって︑当

該産業部門を保護し︑投下資本に対する普通の利潤も回収できないような利潤率の少ない部門に資本を強制的に誘導する

 のは︑一国の資本の使用方法としては不合理であるとするのである︒しからば︑自然な資本の使用とはどのようなもので

る あろうか︒スミスはいう︒﹁商人にたいして︑奨励金なしだとかれの商品の価格上こうむる損失を︑もしも奨励金が償うのお でなければ︑商人は自分の利益を考えて︑やがて︑かれの資本を別の方法で用いるように︑つまり︑商品の価格が︑普通

潤をともなって︑この商品を市場に出すのに用いられた資本が回収できるような取引をさがしだすように︑せざるを

ロ       

えないだろ垣︒つまり︑商品の生産と販売に要した費用に平均利潤を加えた部分を商品の価格とし・・の価格を市場の取

引によって全部回収することが可能になるような元本として資本を使用することである︒換言すれば︑資本の自然な使用

17 は投下した資本に対する利潤の大きさによって決まるものなのである︒したがって︑このような観点からいえば︑﹁奨励金

(19)

 の効果は︑重商主義の他のすべての方策の効果と同じで︑一国の貿易を︑それが自然に向かっていく方面に比べてはるか81       ⑧利益の少ない方面に︑強いて向かわせることにしかならないのである﹂︒これが奨励金の効果に関するスミスの評価であ

  る︒

   ところで︑スミスは︑﹃国富論﹄で︑当時の重商主義の真の原理に基づいた著者として︑一七六六年にイングランドの富

裕な製粉業者であるチャールズ・スミスが一冊に纏めた﹃穀物貿易と穀物法についての三論説﹄を紹介し︑それを批判し

る︒この批判は穀物の輸出奨励金政策に関するスミスの考えを知るうえで極めて重要である︒アダム・スミスが

チャールズ・スミスの論説を紹介している内容は次のようである︒すなわち︑穀物の輸出奨励金政策は創設以来︑大ブリ

輸出穀物価額が輸入穀物価額をはるかに超過し︑その超過額はこの期間に支払われた全奨励金額よりも多いので︑

物を輸出するために国家が負担した特別の費用は少なくて済み︑国民にとって︑この強制的な政策は事実として有利で

あることは明らかなことであり︑したがって国家が穀物輸出奨励金を特定の商人と製造業者に付与しても︑国の損失には

 ならないというものである︒このようにチャールズ・スミスの論点をまとめた上で︑アダム・スミスはこの考え方を次の

 ように批判する︒﹁だが︑この特別の費用︑すなわち奨励金は︑穀物輸出がじっさいに負担をかける費用のほんの一部分に

ぎないということを︑この著者は考慮をしていない︒この穀物をつくるために農業者が用いた資本も︑同様に計算に入

   れなければならない︒外国市場で売るとき︑穀物価格が︑奨励金のみでなく︑この元本を︑投下資本にたいする普通の利

       ⑨

  潤をふくあて回収できなければ︑社会はその差額だけ損をするわけであり︑国民の資本はそれだけ減少するのである﹂︒ス    ミスは︑穀物商品の取引を単に流通過程においてだけみているのではなく︑農業者が穀物を生産する過程にまで入って分

する︒すなわち︑穀物の輸出価格は穀物生産に要した投下資本に平均利潤を加えた要素価格を回収しなければ︑国家が

与した奨励金だけを部分的に回収しても︑国民の資本はその未回収の要素価格分だけ減少してしまうから︑社会にとっ

(20)

は損失になると考える︒穀物価格は穀物生産のために投下した資本とその投下資本にたいするその社会の平均的な利潤       oo を合わせた金額から成るもので︑これは穀物の生産価格である︒

   述べたように奨励金は平均利潤を含めた投下資本を回収することができない価格で︑自分の商品を販売しなければ

ならない貿易︑つまり費用の方が売上より多い取引に授与するものであるから︑投下資本に平均利潤を加え︑さらに奨励

を上乗せした要素を輸出価格だとすれば︑奨励金の部分だけ価格が上昇するから︑これでは外国市場において︑自国の

を安く売ることによって︑外国の競争に打ち勝つということにはならない︒そうではなく︑競争相手と同じ値段か︑

あるいは安価にするとすれば︑投下資本と平均利潤の要素価格の合計の一定部分を競争上有利になるように削減し︑その

部分を奨励金という補助金に代替させることによってしか︑穀物の輸出価格は安価にできない︒つまり投下資本に平均利

を加え︑奨励金額を控除した残額が外国市場における穀物の輸出価格になる︒この場合には奨励金の大きさが問題であ   ⑪ るが︑奨励金だけを回収できなくても︑その奨励金が農業者の使用した投下資本と平均利潤とを回収できるような金額で

あれば︑社会の資本は減少した・とにはならないであろ元しかし︑穀物の生産金額よりもその輸出販売価格が小さい場

雌  

は︑貿易取引がおこなわれるたびに穀物生産の投下資本の一部は蚕食されてくる︒この食い込み部分を人為的に埋め

る 合わせるのが奨励金であるが︑この場合には奨励金を付与されても最初に投下した資本の減少は避けられないのである︒

㈱    

このような問題を考察する場合には︑穀物価格が長期的に騰貴しているのか︑あるいは下落しているのかによって︑奨

励金のもつ意義も異なってくる︒スミスは︑穀物の平均価格は奨励金政策が施行されて以来︑一貫して低下しているとい

互しかも︑・の価格低下は・奨励金が付与されていたにもかかわらず起・た現象なのであ・て・決して奨励金政策の結

果として起きたことではない︒奨励金に穀物価格を低下させる効果があるなどとはどう考えてもおかしい︒穀物の平均価

19 格の低落は奨励金規定や輸出禁止規定が原因ではなくて︑銀の真の価値が漸次的に上昇したからだと強調する︒むしろ︑

(21)

20 励金制度は︑穀物価格を高くつり上げることが目的であると断定するのである︒すなわち﹁奨励金は︑豊年には︑異常

な輸出をひき起こし︑国内市場における穀物の価格を︑ほんらいならば自然に低落するはずの水準よりも︑かならず高く

り上げるものである︒また︑そうすることが︑この制度の公然たる目的であった︒不作の年には奨励金はしばしば中止

されるけれども︑豊年に大量の輸出をさせてしまうから︑ある年に豊作であっても︑その余剰で他の年の不作を緩和する

ことは多かれ少なかれ妨げられることが多い︒それゆえ︑豊作の年にも不作の年にも︑奨励金は必然的に︑国内市場にお      02ける穀物の貨幣価格を︑奨励金がない場合よりもいくぶん高くする傾向があるのである﹂︒豊作と不作とに関係なく︑穀物

格は輸出奨励金制度がある限り︑国内穀物価格を押し上げるという︒穀物の収穫物が豊作の年には︑輸出奨励金によっ

て︑異常なほど大量に輸出が行われ︑国内の穀物が不足してくるので︑穀物の供給量が需要量を満たせず︑価格が上昇し

くる︒反対に穀物の生産が不作の年には︑奨励金の付与は中止されるが︑それでも︑豊作の年に大量に穀物を輸出した

ために︑国内においては余剰穀物が減少し︑不作時の不足分を賄いきれない︒したがって︑穀物市場においては供給不足

き︑穀物価格は上昇の傾向をたどる︒奨励金がない場合︑豊作の年には︑国内の穀物価格は低下し︑余剰分が海外に

出されるので︑一般的にいえば︑穀物価格は低下の傾向をたどるであろう︒他方︑不作の年には︑供給不足を引き起こ

すので︑穀物の市場価格は︑収穫年の穀物価格は騰貴するし︑過年度に収穫した穀物価格も上昇するであろう︒このよう

ない場合には︑市場原理がはたらいて穀物価格は変動するのが普通である︒しかし︑奨励金制度があると︑穀

価 格は上昇傾向をたどる︑とスミスはいっているのである︒

 一般的に言えば︑重商主義国家においては奨励金政策を推進する根拠に農耕の振興を挙げる人々が多い︒スミスによれ

ば︑その理由は二つある︒一つには︑奨励金には穀物の外国市場を拡大させる効果があり︑この市場の拡大によって穀物

し︑穀物の生産を増大させていく傾向があるということである︒二つには︑穀物価格に対する奨励金がない

(22)

合よりも︑高い価格を農業者に保障することによって︑農耕を振興させる傾向があるということである︒奨励金推奨者

ちは︑この二つの理由によって︑穀物の生産は長年のあいだ増大し︑その結果︑奨励金によって穀物価格が騰貴する程

度よりも︑国内市場における穀物価格はもっと大きな程度で低下するにちがいない︑と想像していた︒しかしながら︑こ

ように位置づけた奨励金に農耕を振興させる効果があるとする考え方は身勝手な想像である︑とスミスは強く反駁する   03

ある︒

 ︵註︶

ω

  きミSミ≧沁☆§夕■P一Φ゜訳H︑二一八頁︒

   鋤 きミ゜

③  ヘミぶ﹁工業品に対する輸出奨励金は生産を奨励するが︑穀物の輸出奨励金はむしろそれを阻害するから︑工業品に対するものより

もたちが悪いことになる﹂︵横山照樹﹁スミスと初期マルサス﹂﹃名古屋学院大学論集 社会科学篇﹄第三四巻第三号︑一九九八年︑

頁︶︒

ω  S守ミ゜も﹂S訳二一九〜二二〇頁︒ロスは︑スミスが﹃国富論﹄初版に対するジェイムズ・アンダスンの批判に応じて同書第二版を

 次のよう・訂正したといえすなわち︑﹃国富論﹄初版ではぺ・の勢・でスミ・は﹁事物の本性上穀物には人間の制度で・変え・・︑奨   とのできない真実の価値が刻印されている﹂と断言したけれども︑アンダスンが自著である﹃国民的勤労精神を高揚させる手段に関

 す・蓼墾︵一七七七年︶・おいて︑・ミス三国昌論﹄のど・︑か三製造︒叩の実質価格を下落させ・ものはなんであれ︑原生産物る   の価格をしたがって穀物の価格を上昇させるLと認めていると主張したことに対して︑スミスが﹃国富論﹄第二版で本文の引用のよ

 うに訂正したと・ス︵9・︐§・;︒・・§§ξ§句§§・旨・・d巳ζ・25ごξ篠原久.只腰親和.松原慶

訳﹃アダム・スミス伝﹄シュプリンガー・ファアラーク東京︑二〇〇〇年︑三九九頁︑参照︒

       

また︑穀物奨励金に関するスミスの反対論者としてのアンダスンの見解については︑野沢敏治﹁﹃国富論﹄の改訂をめぐる問題圏i

    第二版研究ー﹂︵﹃千葉大学法経研究﹄第一四号︑一九八三年︶︑及び菊池壮蔵﹁アンダソン﹃考察﹄のスミス批判と﹃国富論﹄増訂問

掴    題﹂︵早坂忠編﹃古典派経済学研究皿﹄雄松堂出版︑一九八六年︑所収︶参照︒

⑤  心忠⇔スpべ゜訳二〇二頁︒なお︑この﹁商人と製造業者﹂が問屋制商業資本家であったことについては︑酒井進﹁イギリス重商主義

21

経 済‖政治構造ースミスの経済学と政治認識﹂﹃専修経済学論集﹄第三四巻第三号︑二〇〇〇年︑参照︒

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