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直説法記号素の不在とその非経験的論証

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(1)

直説法記号素の不在とその非経験的論証

川 島 浩 一 郎

0.はじめに

直説法記号素の存在については,それが存在すると考える伝統文法的な立場 と,その存在を認めない,たとえばMARTINET(19)やTOURATIER(16)の ような立場がある.現状にあっては,この二つの立場がおだやかに共存してい ると言える.しかし,ある言語において,直説法記号素のように(存在すると すれば)高頻度で出現することが見込まれる記号素が存在するかしないかは,

その言語の仕組みを理解するうえで避けて通ることのできない論点である.

(1)Tu as quatorze ans de plus que moi et je t’aime et je t’aimerai très longtemps.(Françoise Sagan, Aimez−vous Brahms..., Collection Pocket,, p.0)

(2)J’aimais qu’il ait la tête dans les étoiles.(Elle,13juin2, p.6)

(3)Il avait besoin de quelqu’un qui l’aime et qui lui fournisse aussi l’oc- casion de se sentir indispensable.(Dean Ray Koontz, Miroirs de sang, Collection Pocket,1, p.5)

(4)[...]: j’ai peur, j’ai peur,aimez−moi.(Aimez−vous Brahms..., p.7)

福岡大学人文学部教授

(2)

直説法記号素を表現する固有のシニフィアンが存在しないことは自明であ る.たとえば(1)のaimeaimeraiはそれぞれ,直説法現在形の動詞およ び直説法単純未来形の動詞と呼ばれることが多い.(2)のaimaisは直説法半 過去形と呼ばれる.しかし,これらの動詞形の間に,直説法記号素に相当する ような共通部分はない.確かにaime,aimerai,aimaisには/em/という共通 部分があるが,/em/という話線は(3)にお け る 接 続 法 現 在 形 のaime

(4)における命令法のaimezにも現れる.つまり,直説法記号素に対応する 固有のシニフィアンが/em/に含まれているわけではない.

したがって,直説法記号素が存在するとすれば,それを固有のシニフィアン を持たない記号素として考えざるをえない.このような記号素は,ゼロ記号素 と呼ばれる.ゼロ記号素は,固有のシニフィアンの欠如がシニフィアンになっ ている(いわばメタ・シニフィアン)記号素であると言い換えてもよい.直 説法記号素はゼロ記号素として存在すると主張する場合は,直説法記号素のシ ニフィアンは「あらゆる叙法記号素シニフィアンの欠如」であると解釈してい ることになる.

いずれにせよ,直説法記号素が存在するかしないかという問題を,この記号 素がどのような形態で実現するかという問題と混同してはならない.固有のシ ニフィアンを持つ記号素であるかゼロ記号素であるかという区別は,記号素が 実現する形態の問題であって,その記号素が存在するかしないかとはまったく 別の問題である.直説法記号素はゼロ記号素であると言う前に,まずは直説法 記号素が存在することを示す必要がある.

本稿では,実現形態を観察するのではなく,表意単位を抽出するための原理 と(1.1.を参照),表意単位と表意単位の間の境界を画定するための原理を用 いることによって(1.2.を参照),フランス語に直説法記号素そのものが存在

本稿では論じないが,このようなメタ・シニフィアンの存在を想定することには疑問 がある.少なくとも,それを通常のシニフィアンと同列に扱うことはできない.

(3)

しないことを論証する(2.を参照).観察可能な実現形態によらないという意 味で,この論証には非経験的な側面がある.これにより,直説法記号素はゼロ 記号素としてさえ存在しないことが明らかとなる.

1. 表意単位の抽出と境界画定

1.1.表意単位の抽出方法

ある話線(Xと記号化する)を表意単位(記号素あるいは連辞)として認定 することができるのは,それが次の二つの条件を満たしているときに限られる.

i)Xを他の話線と入れ換えることができる.ii)この入れ換えによって,文意 に知的な意味の変化が生じる.

(5)Je vaisà Cannes.(Sébastien Japrisot,La dame dans l’auto avec des lunettes et un fusil, Collection Folio,1, p.3)

(6)Je vais à Paris demain.(Anna Gavalda, Je voudrais que quelqu’un m’attende quelque part, Collection J’ai lu,1, p.8)

たとえば(5)と(6)においては,CannesParisを互いに入れ換える ことができ,その入れ換えによって文意に知的な意味の変化が生じる.この操 作によって(5)のCannesと(6)のParisが,それぞれの文脈において表 意単位(記号素)であることが了解される.同様に(5)のà Cannesと(6)

à Parisは,これらを入れ換えることによって文意に知的な意味の変化が生

じる.つまり(5)のà Cannesと(6)のà Parisは,それぞれの文脈におい て表意単位(連辞)であると言ってよい.

この基準に依拠しないかぎり,表意単位を明確に抽出する手段はない.X 他の話線と入れ換えることができるかできないかは,Xが「単位」であるか

(4)

「単位」でないかに対応する.そして入れ換えによって知的に意味が変化する かしないかは,Xに「表意」機能があるかないかに対応する.この二つの条件 が満たされることは,表意単位の定義そのものであると言ってよい.

1.2.表意単位と表意単位の境界画定

話線Xと発話の他の部分の間に表意単位としての「切れ目」があると言え るのは,その文脈でXを他の話線と入れ換えることができ,そのことによっ て文意に知的な意味の変化が生じる場合に限られる.Xと発話の他の部分の間 に表意単位としての「切れ目」があるとすれば,それはXが表意単位だから に他ならない(1.1.を参照).たとえばun bon voyageunbonの間に表 意単位としての「切れ目」があると言えるのは,le bon voyageun mauvais

voyageのように,unあるいはbonを(何も話線のない状態も含めて)他の話

線と入れ換えることができ,そこに知的な意味の変化が生じるからに他ならな い.もし仮にunの出現には必ずbonがともない,bonの出現には必ずun ともなうとすれば,un bonは連辞ではなく,単一の記号素と見なされるはず である.

この基準に依拠しないかぎり,表意単位と表意単位の間の「切れ目」がどこ にあるかを明確に判定する手段はない.Xが表意単位でなければ,Xの前後に 表意単位の「切れ目」があるはずがないからである.たとえばun bon voyage におけるbonが表意単位であることは,unbonの間そしてbonvoyage の間に表意単位の「切れ目」があることと同義であると言ってよい.

2.直説法記号素の不在の非経験的な論証

2.1.単純未来形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法単純未来と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当するよ

(5)

うな表意単位を抽出することはできない.単純未来形の動詞に,直説法記号素 は含まれないのである.

(7)Un jour, elle m’aimera comme je l’aime,[...].(Tonino Benacquista, Malavita encore, Collection Folio,2, p.3)

(8)直説法単純未来形{動詞記号素,直説法記号素,単純未来記号素,

能動態記号素,人称の標示}

たとえば(7)のaimeraのような動詞形は,直説法単純未来形と言われる ことが多い.つまり,以後ある動詞形に含まれる要素を{ }に入れて表すこ とにすれば,この動詞形を(8)のように解釈していることになる.しかし 実際には,aimeraのような動詞形に直説法記号素は含まれていない.

そのように判断できるのは(8)において,単純未来記号素が必ず直説法記 号素をともなうからである.そこでは,単純未来記号素はつねに直説法記号素 と共起する.(8)の直説法記号素は単純未来記号素から切り離すことができ ないのだから,この直説法記号素だけを(記号素が何もない状態も含めて)他 の表意単位と入れ換えることはできない(1.1.を参照).したがって,単純未 来記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」はないことになる

1.2.を参照).要するに「直説法記号素,単純未来記号素」と誤って解釈され た部分は,二つの記号素からなる連辞ではなく,単一の記号素なのである.

(9)単純未来形{動詞記号素,単純未来記号素,能動態記号素,人称の

冒頭に付したアステリスク()は,その解釈が誤っていることの標示である.

フランス語に能動態記号素は存在しない.しかし本稿では,それがあたかも存在する かのように記述する.能動態記号素が存在することを仮定しても,本稿での論証は成立 するからである.

(6)

標示}

以上の論証により,単純未来形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素として さえ含まれないという結論になる.単純未来記号素の存在を否定すれば,それ が単純未来形の動詞であるという前提が崩れてしまうため,存在しないのは直 説法記号素の方であると考えざるをえない.よって,単純未来形の動詞の構成 要素は,(8)ではなく(9)であるということになる.

2.2.前未来形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法前未来と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表意 単位を抽出することはできない.したがって,前未来形の動詞に直説法記号素 は含まれない.

(10)Je vous promets de vous téléphoner dès qu’il m’aura contacté.

(Marc Levy,La première nuit, Collection Pocket,, p.5)

(11)直説法前未来形{動詞記号素,直説法記号素,単純未来記号素,複 合過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

たとえば(10)のaura contactéのような動詞形は,直説法前未来形と言わ れることが多い.つまり,aura contactéのような動詞形を(11)のように解 釈しているのである.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて 明らかに誤っている.

そのように言えるのは,(11)の単純未来記号素が必ず直説法記号素をとも なうため(単純未来記号素がつねに直説法記号素と共起する),これらの間に 表意単位の「切れ目」を認めることができないからである.(11)の直説法記 号素は単純未来記号素から切り離すことができないのだから(2.1.も参照)

(7)

この直説法記号素だけを(記号素が何もない状態も含めて)他の表意単位と入 れ換えることはできない(1.1.を参照).したがって,単純未来記号素と直説 法記号素の間に表意単位としての「切れ目」はないことになる(1.2.を参照) 要するに「直説法記号素,単純未来記号素」と誤って解釈された部分は,二つ の記号素からなる連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(12)前未来形{動詞記号素,単純未来記号素,複合過去記号素,能動態 記号素,人称の標示}

以上により,前未来形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含ま れないという結論になる.すなわち前未来形の動詞の構成要素は,(11)では なく(12)である.

2.3.単純過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法単純過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表 意単位を抽出することはできない.単純過去形の動詞に,直説法記号素は含ま れないのである.

(13)Eviefut la dernière à sortir.(Guillaume Musso, Parce que je t’aime, Collection Pocket,2, p.0)

(14)直説法単純過去形{動詞記号素,直説法記号素,単純過去記号素,

能動態記号素,人称の標示}

たとえば(13)のfutのような動詞形は,直説法単純過去形だと言われるこ とが多い.つまり,futのような動詞形に(14)のような解釈を与えているこ とになる.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らかに間

(8)

違っている.

そのように言えるのは,(14)の単純過去記号素が必ず直説法記号素をとも なうため(単純過去記号素がつねに直説法記号素と共起する),これらの間に 表意単位の「切れ目」を認めることができないからである.(14)の直説法記 号素は単純過去記号素から切り離すことができないのだから,この直説法記号 素だけを(記号素が何もない状態も含めて)他の表意単位と入れ換えることは できない(1.1.を参照).したがって,単純過去記号素と直説法記号素の間に 表意単位としての「切れ目」はないことになる(1.2.を参照).要するに「直 説法記号素,単純過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記号素から なる連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(15)単純過去形{動詞記号素,単純過去記号素,能動態記号素,人称の 標示}

以上の論証により,単純過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素として さえ含まれないという結論になる.すなわち単純過去形の動詞の構成要素は,

(14)ではなく(15)である.

2.4.前過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法前過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表意 単位を抽出することはできない.したがって,前過去形の動詞に直説法記号素 は含まれない.

(16)Lorsqu’ilfut arrivéà mi−chemin,il rencontra un lutin.(Internet)

(17)直説法前過去形{動詞記号素,直説法記号素,単純過去記号素,複 合過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

(9)

たとえば(16)のfut arrivéのような動詞形は,直説法前過去形と言われる ことが多い.つまり,fut arrivéのような動詞形を(17)のように解釈してい ることになる.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らか に誤っている.

そのように言えるのは,(17)の単純過去記号素が必ず直説法記号素をとも なうため(単純過去記号素がつねに直説法記号素と共起する),これらの間に 表意単位の「切れ目」を認めることができないからである.(17)の直説法記 号素は単純過去記号素から切り離すことができないのだから(2.3.を参照) この直説法記号素だけを(記号素が何もない状態も含めて)他の表意単位と入 れ換えることはできない(1.1.を参照).したがって,単純過去記号素と直説 法記号素の間に表意単位としての「切れ目」はないことになる(1.2.を参照) 要するに「直説法記号素,単純過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つ の記号素からなる連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(18)前過去形{動詞記号素,単純過去記号素,複合過去記号素,能動態 記号素,人称の標示}

以上により,前過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含ま れないという結論になる.すなわち前過去形の動詞の構成要素は,(17)では なく(18)である.

2.5.大過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法大過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表意 単位を抽出することはできない.したがって,大過去形の動詞に直説法記号素 は含まれない.

(10)

(19)Mais tu m’avais promis !(Martine Dugowson,Mina Tannenbaum, Collection Le Livre de Poche,1, p.5)

(20)直説法大過去形{動詞記号素,直説法記号素,半過去記号素,複 合過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

(21)前過去形{動詞記号素,単純過去記号素,複合過去記号素,能動態 記号素,人称の標示}

たとえば(19)のavais promisのような動詞形は,直説法大過去形と言われ ることが多い.つまり,avais promisのような動詞形を(20)のように解釈し ていることになる.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明 らかに誤っている.

そのように判定できるのは「直説法大過去形の半過去記号素」を「前過去形 の単純過去記号素」と入れ換えるという操作において,半過去記号素と直説法 記号素を切り離すことができないからである.実際(20)の半過去記号素と

(21)の単純過去記号素の入れ換えは,(20)に直説法記号素があるため,ある いは(21)に直説法記号素がないため(2.4.を参照),不可能である.しかし ながら,直説法大過去形と前過去形の違いは,この入れ換えに帰着するはずで ある.したがって(20)と(21)の区別は「直説法記号素,半過去記号素」と

「単純過去記号素」の入れ換えに立脚すると考えざるをえない.この事実は

(20)において,半過去記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ 目」がないことを示している.(20)の半過去記号素は,それ単独では他の表 意単位と入れ換えることができないからである(1.2.を参照).要するに「直 説法記号素,半過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記号素からな

前未来形(

2. 2.

を参照)との記号素の入れ換えを検討することによっても,同じ結論 をえることができる.

(11)

る連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(22)大過去形{動詞記号素,半過去記号素,複合過去記号素,能動態記 号素,人称の標示}

以上により,大過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含ま れないという結論になる.すなわち大過去形の動詞の構成要素は,(20)では なく(22)である.

2.6.重複合過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法重複合過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する 表意単位を抽出することはできない.したがって,重複合過去形の動詞に直説 法記号素は含まれない.

(23)Quand ila eu fini, plusieurs membres ont demandé la parole ;[...].

(Internet)

(24)直説法重複合過去形{動詞記号素,直説法記号素,複合過去記号 素,複合過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

(25)前過去形{動詞記号素,単純過去記号素,複合過去記号素,能動態 記号素,人称の標示}

たとえば(23)のa eu finiのような動詞形は,直説法重複合過去と言われ ることが多い.つまり,a eu finiのような動詞形を(24)のように解釈してい るのである.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らかに 間違っている.

そのように言えるのは「直説法重複合過去形の複合過去記号素」を「前過去

(12)

形の単純過去記号素」と入れ換えるという操作において,複合過去記号素と直 説法記号素を切り離すことができないからである.実際(24)の複合過去記 号素と(25)の単純過去記号素の入れ換えは,(24)に直説法記号素があるた め,あるいは(25)に直説法記号素がないため(2.4.を参照),不可能である.

しかしながら,直説法重複合過去形と前過去形の違いは明らかに,この入れ換 えに帰着する.したがって(24)と(25)の区別は「直説法記号素,複合過去 記号素」と「単純過去記号素」の入れ換えに立脚すると考えざるをえない.こ の事実は(24)において,複合過去記号素と直説法記号素の間に表意単位とし ての「切れ目」がないことを示している.(24)の複合過去記号素だけを単独 で他の表意単位と入れ換えることができないからである(1.2.を参照).要す るに「直説法記号素,複合過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記 号素からなる連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(26)重複合過去形{動詞記号素,複合過去記号素,複合過去記号素,能 動態記号素,人称の標示}

以上により,重複合過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ 含まれないという結論になる.すなわち重複合過去形の動詞の構成要素は,(24)

ではなく(26)である.

2.7.半過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法半過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表意 単位を抽出することはできない.半過去形の動詞に,直説法記号素は含まれな いのである.

前未来形(

2. 2.

を参照),大過去形(

2. 5.

を参照)との記号素の入れ換えを検討する ことによっても,同じ結論をえることができる.

(13)

(27)Elle venait moins souvent.(Sébastien Japrisot, Compartiment tueurs,Collection Folio,1, p.4)

(28)直説法半過去形{動詞記号素,直説法記号素,半過去記号素,能 動態記号素,人称の標示}

(29)単純未来形{動詞記号素,単純未来記号素,能動態記号素,人称の 標示}

たとえば(27)のvenaitのような動詞形は,直説法半過去と言われること が多い.つまり,venaitのような動詞形に(28)のような解釈を与えているこ とになる.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らかに誤っ ている.

そのように判断できるのは「直説法半過去形の半過去記号素」を「単純未来 形の単純未来記号素」と入れ換えるという操作において,半過去記号素と直説 法記号素を切り離すことができないからである.実際(28)の半過去記号素 と(29)の単純未来記号素の入れ換えは,(28)に直説法記号素があるため,あ るいは(29)に直説法記号素がないため(2.1.を参照),不可能である.しか し,直説法半過去形と単純未来形の違いは,この入れ換えに帰着するはずであ る.したがって(28)と(29)の相違は「直説法記号素,半過去記号素」と「単 純未来記号素」の入れ換えによると考えざるをえない.この事実は(28)にお いて,半過去記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」がない ことを示している.(28)の半過去記号素は,それだけを単独で他の表意単位 と入れ換えることができないからである(1.2.を参照).要するに「直説法記 号素,半過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記号素からなる連辞 ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

単純過去形(

2. 3.

を参照)との記号素の入れ換えを検討することによっても,同じ結 論をえることができる.

(14)

(30)半過去形{動詞記号素,半過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

以上により,半過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含ま れないという結論になる.すなわち半過去形の動詞の構成要素は,(28)では なく(30)である.

2.8.複合過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法複合過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表 意単位を抽出することはできない.したがって,複合過去形の動詞に直説法記 号素は含まれない.

(31)Elleest partie depuis combien de temps ?(Compartiment tueurs, p.

4)

(32)直説法複合過去形{動詞記号素,直説法記号素,複合過去記号素,

能動態記号素,人称の標示}

(33)半過去形{動詞記号素,半過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

たとえば(31)のest partieのような動詞形は,直説法複合過去と言われる ことが多い.つまり,est partieのような動詞形を(32)のように解釈してい るのである.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らかに 間違っている.

そのように判定できるのは「直説法複合過去形の複合過去記号素」を「半過 去形の半過去記号素」と入れ換えるという操作において,複合過去記号素と直 説法記号素を切り離すことができないからである.実際(32)の複合過去記

単純未来形(

2. 1.

を参照),単純過去形(

2. 3.

を参照)との記号素の入れ換えを検討 することによっても,同じ結論をえることができる.

(15)

号素と(33)の半過去記号素の入れ換えは,(32)に直説法記号素があるため,

あるいは(33)に直説法記号素がないため(2.7.を参照),不可能である.し かし,直説法複合過去形と半過去形の違いは明らかに,この入れ換えに帰着す る.したがって(32)と(33)の区別は「直説法記号素,複合過去記号素」と

「半過去記号素」の入れ換えによると考えざるをえない.この事実は(32)に おいて,複合過去記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」が ないことを示している.(32)の複合過去記号素は,それだけを単独で他の表 意単位と入れ換えることができないからである(1.2.を参照).要するに「直 説法記号素,複合過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記号素から なる連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(34)複合過去形{動詞記号素,複合過去記号素,能動態記号素,人称の 標示}

以上の論証により,複合過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素として さえ含まれないという結論になる.すなわち複合過去形の動詞の構成要素は,

(32)ではなく(34)である.

2.9.現在形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法現在と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表意単 位を抽出することはできない.現在形の動詞に,直説法記号素は含まれないの である.

(35)La Terre est ronde,[...].(Marc Levy, Le premier jour, Collection Pocket,, p.2)

(36)直説法現在形{動詞記号素,直説法記号素,現在記号素,能動態

(16)

記号素,人称の標示}

(37)半過去形{動詞記号素,半過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

たとえば(35)のestのような動詞形は,直説法現在と言われることが多い.

つまり,estのような動詞形に(36)のような解釈を与えていることになる しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らかに誤っている.

そのように言えるのは「直説法現在形の現在記号素」を「半過去形の半過去 記号素」と入れ換えるという操作において,現在記号素と直説法記号素を切り 離すことができないからである.実際(36)の現在記号素と(37)の半過去 記号素の入れ換えは,(36)に直説法記号素があるため,あるいは(37)に直 説法記号素がないため(2.7.を参照),不可能である.しかし,直説法現在形 と半過去形の違いが,この入れ換えに帰着することは明らかである.したがっ て(36)と(37)の相違は「直説法記号素,現在記号素」と「半過去記号素」

の入れ換えによると考えざるをえない.この事実は(36)において,現在記号 素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」がないことを示してい る.(36)の現在記号素は,それだけを単独で他の表意単位と入れ換えること ができないからである(1.2.を参照).要するに「直説法記号素,現在記号素」

と誤って解釈された部分は,二つの記号素からなる連辞ではなく,単一の記号 素であると考えざるをえない.

(38)現在形{動詞記号素,現在記号素,能動態記号素,人称の標示}

フランス語に現在記号素は存在しない.

M

ARTINET(19)

T

OURATIER(16),川島

(25),渡辺(29)などを参照.しかし本稿では,それがあたかも存在するかのよう に記述する.現在記号素が存在することを仮定しても,本稿での論証は成立つからであ る.現在記号素との入れ換えは,記号素が何もない状態との入れ換えだと考えればよい.

単純未来形(

2. 1を参照)

,単純過去形(

2. 3.

を参照),複合過去形(

2. 8.

を参照)と の記号素の入れ換えを検討することによっても,同じ結論をえることができる.

(17)

以上の論証により,現在形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ 含まれないという結論になる.すなわち現在形の動詞の構成要素は,(36)で はなく(38)である.

2.10.近接未来形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法近接未来と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表 意単位を抽出することはできない.したがって,近接未来形の動詞に直説法記 号素は含まれない.

(39)Cette femme va avoir quarante ans !(Tonino Benacquista, Saga, Collection Folio,1, p.0)

(40)直説法近接未来形{動詞記号素,直説法記号素,近接未来記号素,

能動態記号素,人称の標示}

(41)現在形{動詞記号素,現在記号素,能動態記号素,人称の標示}

たとえば(39)のva avoirのような動詞形は,直説法近接未来と言われるこ とが多い.つまり,va avoirのような動詞形を(40)のように解釈しているの である.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観点からみて明らかに誤っ ている.

そのように判断できるのは「直説法近接未来形の近接未来記号素」を「現在 形の現在記号素」と入れ換えるという操作において,近接未来記号素と直説法 記号素を切り離すことができないからである.実際(40)の近接未来記号素 と(41)の現在記号素の入れ換えは,(40)に直説法記号素があるため,ある

単純未来形(

2. 1を参照)

,単純過去形(

2. 3.

を参照),半過去形(

2. 7.

を参照),複合 過去形(

2. 8.

を参照)との記号素の入れ換えを検討することによっても,同じ結論をえ ることができる.

(18)

いは(41)に直説法記号素がないため(2.9.を参照),不可能である.しかし ながら,直説法近接未来形と現在形の違いは,この入れ換えに帰着するはずで ある.したがって(40)と(41)の区別は「直説法記号素,近接未来記号素」

と「現在記号素」の入れ換えに立脚していると考えざるをえない.この事実は

(40)において,近接未来記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切 れ目」がないことを示している.(40)の近接未来記号素は,それだけを単独 で他の表意単位と入れ換えることができないからである(1.2.を参照).要す るに「直説法記号素,近接未来記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記 号素からなる連辞ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(42)近接未来形{動詞記号素,近接未来記号素,能動態記号素,人称の 標示}

以上により,近接未来形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含 まれないという結論になる.すなわち近接未来形の動詞の構成要素は,(40)で はなく(42)である.

2.11.近接過去形における直説法記号素の不在

伝統的に直説法近接過去と呼ばれる動詞形から,直説法記号素に相当する表 意単位を抽出することはできない.したがって,近接過去形の動詞に直説法記 号素は含まれない.

(43)Il vient d’emménager.(Brigitte Aubert, Transfixions, Collection Points,1, p.2)

(44)直説法近接過去形{動詞記号素,直説法記号素,近接過去記号素,

能動態記号素,人称の標示}

(19)

(45)現在形{動詞記号素,現在記号素,能動態記号素,人称の標示}

たとえば(43)のvient d’emménagerのような動詞形は,直説法近接過去と 言われることが多い.つまり,vient d’emménagerのような動詞形を(44)の ように解釈していることになる.しかしこの解釈は,表意単位の抽出という観 点からみて明らかに間違っている.

そのように言えるのは「直説法近接過去形の近接過去記号素」を「現在形の 現在記号素」と入れ換えるという操作において,近接過去記号素と直説法記号 素を切り離すことができないからである.実際(44)の近接過去記号素と

(45)の現在記号素の入れ換えは,(44)に直説法記号素があるため,あるいは

(45)に直説法記号素がないため(2.9.を参照),不可能である.しかし,直説 法近接過去形と現在形の違いは明らかに,この入れ換えに帰着する.したがっ て(44)と(45)の区別は「直説法記号素,近接過去記号素」と「現在記号素」

の入れ換えに立脚していると考えざるをえない.この事実は(44)において,

近接過去記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」がないこと を示している.(44)の近接過去記号素は,それだけを単独で他の表意単位と 入れ換えることができないからである(1.2.を参照).要するに「直説法記号 素,近接過去記号素」と誤って解釈された部分は,二つの記号素からなる連辞 ではなく,単一の記号素であると考えざるをえない.

(46)近接過去形{動詞記号素,近接過去記号素,能動態記号素,人称の 標示}

以上により,近接過去形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含

単純未来形(

2. 1を参照)

,単純過去形(

2. 3.

を参照),半過去形(

2. 7.

を参照),複合 過去形(

2. 8.

を参照),近接未来形(

2. 0.

を参照)との記号素の入れ換えを検討するこ とによっても,同じ結論をえることができる.

(20)

まれないという結論になる.すなわち近接過去形の動詞の構成要素は,(44)で はなく(46)である.

2.12.X 形における直説法記号素の不在

一般化して,ある動詞形が(47)のように解釈されたとしよう.動詞形から 動詞記号素,直説法記号素,態記号素,人称の標示を除いた残りの記号素を,

X記号素と呼ぶことにする.このとき,(47)のX形から直説法記号素に相当 する表意単位を抽出することはできない.したがって,このX形の動詞に直 説法記号素は含まれない.

(47)X形{動詞記号素,直説法記号素,X 記号素,能動態記号素,人 称の標示}

(48)現在形{動詞記号素,現在記号素,能動態記号素,人称の標示}

「X形のX記号素」を「現在形の現在記号素」と入れ換えるという操作にお いて,X記号素と直説法記号素を切り離すことはできない(47)のX記号素 と(48)の現在記号素の入れ換えは,(47)に直説法記号素があるため,ある いは(48)に直説法記号素がないため(2.9.を参照),不可能である.しかし,

X形と現在形の違いが,この入れ換えに帰着することは明らかである.したがっ て(47)と(48)の区別は「直説法記号素,X記号素」と「現在記号素」の入 れ換えに立脚していると考えざるをえない.この事実は(47)において,X 号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」がないことを示してい る.(47)のX記号素は,それだけを単独で他の表意単位と入れ換えることが

単純未来形(

2. 1を参照)

,単純過去形(

2. 3.

を参照),半過去形(

2. 7.

を参照),複合 過去形(

2. 8.

を参照),近接未来形(

2. 0.

を参照),近接過去形(

2. 1.

を参照)との記 号素の入れ換えを検討することによっても,同じ結論をえることができる.

(21)

できないからである(1.2.を参照).要するに「直説法記号素,X記号素」と 誤って解釈された部分は,二つの記号素からなる連辞ではなく,単一の記号素 であると考えざるをえない.

(49)X形{動詞記号素,X 記号素,能動態記号素,人称の標示}

以上の論証により,X形の動詞に直説法記号素は,ゼロ記号素としてさえ含 まれないという結論になる.すなわちX形の動詞の構成要素は,(47)ではな く(49)である.

3.まとめ

本稿では,表意単位を抽出するための原理と,表意単位と表意単位の間の境 界を画定するための原理を忠実に適用することによって,直説法記号素を抽出 することのできるような動詞形が存在しないことを論証した.つまり直説法記 号素は,ゼロ記号素としてさえも存在しえないということになる.

伝統的に直説法と言われる動詞形はいずれも,以下に示したように,直説法 記号素を含んではいない

単純未来形{動詞記号素,単純未来記号素,能動態記号素,人称の標示}

前未来形{動詞記号素,単純未来記号素,複合過去記号素,能動態記号素,

人称の標示}

単純過去形{動詞記号素,単純過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

前過去形{動詞記号素,単純過去記号素,複合過去記号素,能動態記号素,

註においてすでに述べたように,能動態記号素と現在記号素は,直説法記号素と同じ く存在しない.

(22)

人称の標示}

大過去形{動詞記号素,半過去記号素,複合過去記号素,能動態記号素,

人称の標示}

重複合過去形{動詞記号素,複合過去記号素,複合過去記号素,能動態記 号素,人称の標示}

半過去形{動詞記号素,半過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

複合過去形{動詞記号素,複合過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

現在形{動詞記号素,現在記号素,能動態記号素,人称の標示}

近接未来形{動詞記号素,近接未来記号素,能動態記号素,人称の標示}

近接過去形{動詞記号素,近接過去記号素,能動態記号素,人称の標示}

したがって,いわゆる直説法は叙法記号素ではなく,あらゆる叙法記号素が 欠如した状態に他ならないのである.

[参考文献]

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川 島 浩 一 郎(23)「叙 法 と し て の 単 純 未 来」『福 岡 大 学 人 文 論 叢』45−

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MARTINET, André(19),Grammaire fonctionnelle du français, Paris, Didier.

TOURATIER, Christian(16),Le système verbal français,Paris, Armand Colin.

渡辺佳奈(29)「フランス語における「現在形」のステイタス ─ 有標の項 の結束点としての無標の現在形 ─」『フランス文学論集』44,日本フランス 語フランス文学会九州支部,1−17.

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参照

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