叙法としての単純未来
川
島
浩 一 郎
*1.はじめに
単純未来記号素には(2.2を参照),大きく分類して,叙法的な用法と時制
的な用法があると言われる.
(1)Bon, tu te feras hara−kiri un autre jour,[...].(Guillaume Musso,
L’appel de l’ange, Collection Pocket,2011, p.61)
(2)Le XXIIe siècle sera spirituel ou ne sera pas.(Bernard Werber, Les
fourmis, Collection Le Livre de Poche,1991, p.56)
(3)Quand on sera grands, on achètera une télé,[...].(Fred Vargas,
De-bout les morts, Collection J’ai lu,1995, p.181)
(4)Mais je ne sais pas si elle verra le film.(Elle, 30mai2005, p.85)
た と え ば(1)の feras や(2)の sera そ し て(3)の achètera は,事 態
に対する話者の心的な態度を表現する叙法的な用法と考えてよい(3.4.を参
照).一方(3)の sera や(4)の verra は,事態を未来時間に位置づける時
制的な用法であると思われる.
*
本稿の主要な目的は,単純未来記号素が叙法クラスの表意単位であることを 具体的なデータに基づいて論証することである.
(5)Si tu as un problème, passe un coup de fil.(Serge Brussolo, La
fenêtre jaune, Collection Le Livre de Poche,2007, p.170)
論述の手順は次の通りである.まず 2.では,本稿の分析にとって必要な事 実や概念を確認する.3.では「相互排除」という考え方を用いて,単純未来 記号素が時制クラスではなく叙法クラスの表意単位であることを明らかにす る1.4.では,(5)の si tu as un problème のような Si をともなう条件・仮定 節に単純未来記号素が現れないという現象を利用して,単純未来記号素が叙法 記号素であることの論証を試みる2.
2.事実および概念・用語の確認
2.1.表意単位,連辞,記号素の認定方法 表意単位,連辞,記号素という三つの概念は,次のように操作的に定義され る3. ある話線(X と記号化する)を表意単位として認定することができるのは, それが次の二つの条件を満たしているときである.i)X を他の話線と入れ換 えることができる.ii)この入れ換えによって,文意に知的な意味の変化が生 1 単純未来記号素が叙法記号素であることについては従来から,たとえば TOURATIER (1996)にも言及がある. 2 規範から逸脱して,Si をともなう条件・仮定節に単純未来記号素が現れることがある かもしれない.しかし,その場合も,この文脈に単純未来記号素が現れにくいという強 い傾向があることに変わりはない. 3 M ARTINET(1985)を参照.じる.
(6)J’aime la bière.(Ernest Hemingway, Paris est une fête, Collection Folio,1964, p.119)
(7)J’aime la montagne.(Sylvie Testud, Le Ciel t’aidera, Collection Le Livre de Poche,2005, p.46) たとえば(6)と(7)においては,bière と montagne を互いに入れ換え ることができ,その入れ換えによって文意に知的な意味の変化が生じる.この 操作によって(6)の bière と(7)の montagne が,それぞれの文脈におい て表意単位であることが了解される.同様に(6)の la bière と(7)の la montagne は,これらを入れ換えることによって文意に知的な意味の変化が生 じる.つまり(6)の la bière と(7)の la montagne は,それぞれの文脈に おいて表意単位であると言ってよい. 次の二つの条件を満たす表意単位を,連辞と呼ぶ.i)その一部分を他の表 意単位と入れ換えることができる.ii)この入れ換えによって,文意に知的な 意味の変化が生じる. (6)の la bière と(7)の la montagne は,その一部分を他の表意単位に (たとえば bière を montagne に,montagne を bière に)入れ換えることで文
意に知的な意味の変化が生じる.したがって(6)の la bière と(7)の la montagne は,それぞれの文脈において連辞として機能すると言ってよい. その一部分を他の表意単位と入れ換えることのできない表意単位を,記号素 と呼ぶ.言い換えれば,記号素は最小の表意単位である. たとえば(6)の bière と(7)の montagne は,その一部分を他の表意単 位と入れ換えることができない.したがって,これらは最小の表意単位つまり 記号素である.
2.2.記号素としての動詞カテゴリ
動詞記号素にしか従属しない記号素のクラスを(2.10.を参照),動詞カテゴ
リと総称する.動詞カテゴリ(時制,アスペクト,叙法,態など)の構成要素 は,それぞれを個別の表意単位(記号素あるいは連辞)として認定することが できる4.
(8)Tu es en retard !(Nicole de Buron, Qui c’est, ce garçon ?, Collection J’ai lu,1985, p.27)
(9)[...], tu étais en avance !(Katherine Pancol, Les yeux jaunes des
crocodiles, Collection Le Livre de Poche,2006, p.408)
(10)Tu as été marié ?(Jean−Christophe Grangé, La ligne noire, Collec-tion Le Livre de Poche,2004, p.313)
(11)Tu seras bien gentil avec Louisette,[...].(Sempé−Goscinny, Le petit
Nicolas, Collection Folio,1960, p.82)
(12)Sois un peu sérieuse,[...].(Guillaume Musso, Que serais−je sans
toi ?, Collection Pocket,2009, p.144)
(13)Sans lui, tu serais morte !(Amélie Nothomb, Métaphisique des tubes, Le Livre de Poche,2000, p.70)
たとえば(8)の es,(9)の étais,(10)の as été,(11)の seras,(12)
の sois,(13)の serais はどれも,同一の動詞記号素を含んでいる.したがっ てこれらは,動詞記号素が他の表意単位と結び付いた連辞であると考えざるを えない.実際,これらの表意単位は互いに入れ換えが可能であり,またその入 れ換えによって文意に知的な意味の変化が生じると考えてよい(2.1.を参照). 4 M ARTINET(1979),MARTINET(1985)を参照.
(14)Elle est conne, ta copine,[...].(Brigitte Aubert, Transfixions, Collec-tion Points,1998, p.125)
(15)Elle fut longue la route vers cette autre liberté.(Marc Levy, Toutes
ces choses qu’on ne s’est pas dites, Collection Pocket,2008, p.277) (16)Il y a aussi la Rodenbach, qui est une bière rouge.(Amélie
Not-homb, Ni d’Ève ni d’Adam, Collection Le Livre de Poche, 2007, p. 107)
(17)[...], on pourrait trouver une sage−femme qui soit d’accord, non ? (Les yeux jaunes des crocodiles, p.321)
(18)J’attends Johnny.(Transfixions, p.145)
(19)Je suis attendu par le Dr Morales,[...].(L’appel de l’ange, p.206)
同様に(14)の elle est と(15)の elle fut をつき合わせることによって,い
わゆる単純過去が表意単位であることが分かる(単純過去記号素).(16)の
qui est と(17)の qui soit の対比からは,いわゆる接続法が表意単位であるこ
とが分かる(接続法記号素).(18)の j’attends と(19)の je suis attendu の相
違は,受動態が表意単位であることを示している(受動態記号素). 直説法記号素,現在時制記号素,能動態記号素は(フランス語には)存在し ない5.ただし,これらが存在するとしても存在しないとしても,本稿での論 証では同じ結論をえることができる.このことを明瞭にするために,本稿では これらの記号素があたかも存在するかのような前提で記述を行うこととする. 一種のレトリックだと考えてもらえばよい. 5 直説法, 現在時制, 能動態には, それに対応する記号素が存在しない(2.1.を参照). 詳しくは MARTINET(1979),TOURATIER(1996),川島(2005)を参照.
2.3.表意単位と表意単位の「切れ目」 表意単位の抽出には換入という操作が必要不可欠である.つまり,二つの異 なる話線(X,Y と記号化する)を互いに異なる表意単位の実現形として認定 できるのは,X と Y をある文脈で入れ換えて,そこに知的な意味の変化が生じ たときに限られる(2.1.を参照). 言い換えれば,話線 X と発話の他の部分の間に表意単位としての「切れ目」 があると言えるのは,その文脈で X を他の話線と入れ換えることができ,そ のことによって文意に知的な意味の変化が生じるからである.この基準に依拠 しないかぎり,表意単位と表意単位の間の「切れ目」がどこにあるかを明確に 判定する手段はない.
たとえば un petit appartement の un と petit の間に表意単位としての「切れ 目」があると言えるのは,le petit appartement や un grand appartement のよ うに,un あるいは petit を(方便としてのゼロ記号も含めて)他の話線と入れ 換えることができ,そこに知的な意味の変化が生じるからに他ならない.もし 仮に un の出現には必ず petit がともない,petit の出現には必ず un がともなう とすれば,un petit は連辞ではなく,単一の記号素と見なされるはずである.
(20)Je passerai prendre ça tout à l’heure. (Philippe Djian, 37°2 le
matin, Collection J’ai lu,1985, p.12)
(20)の passerai は,直説法単純未来形の動詞と言われることが多い.つま り passerai という動詞形を「動詞記号素+直説法記号素+単純未来記号素+ 能動態記号素+人称の標示」として解釈していることになる(2.2.を参照). この解釈においては,単純未来記号素が必ず直説法記号素をともなうことに 着目しよう.言い換えれば「動詞記号素+直説法記号素+単純未来記号素+能 動態記号素+人称の標示」において,直説法記号素を(方便としてのゼロ記号
も含めて)他の表意単位と入れ換えることはできない.したがって,単純未来 記号素と直説法記号素の間に表意単位としての「切れ目」はないことになる. 要するに「直説法記号素+単純未来記号素」に相当する部分は二つの記号素か らなる連辞ではなく,単一の記号素なのである. 本稿では以後,直説法単純未来形といわれる動詞形から動詞記号素,能動態 記号素,人称の標示を除いた残りの部分全体を,単純未来記号素と見なすこと にする.つまり,いわゆる直説法単純未来形の動詞は「動詞記号素+直説法記 号素+単純未来記号素+能動態記号素+人称の標示」ではなく「動詞記号素+ 単純未来記号素+能動態記号素+人称の標示」である.単純未来の動詞形に直 説法記号素に相当するような意味概念がもし含まれているとすれば,それは直 説法記号素以外の記号素のシニフィエの一部分であると考えなければなら ない. 2.4.完了アスペクトとしての複合過去;過去時制としての半過去 複合過去記号素は完了アスペクトであり, 半過去記号素は過去時制である6. 複合過去記号素と半過去記号素は,所属する表意単位のクラスが同一ではない (2.9.を参照).
(21)— Vous êtes mariée ? — Je l’ai été.(Sébastien Japrisot,
Comparti-ment tueurs, Collection Folio,1962, p.102)
(22)Elle est partie depuis combien de temps ?(Compartiment tueurs, p. 144)
(23)Tu es déjà allée en Thaïlande ?(Maxime Chattam, L’âme du mal, Collection Pocket,2002, p.343)
6 M
(24)[...], vous m’appelez dès que vous avez fini. (Brigitte Aubert,
Descentes d’organes, Collection Points,2001, p.19)
(25)Longtemps je me suis couché débonnaire. (Frédéric Beigbeder,
L’Égoïste romantique, Collection Folio,2005, p.31)
(26)Il transpirait comme un acteur qui a oublié son texte et qui voit se lever le rideau.(Boileau−Narcejac, Terminus, Collection Folio, 1980, p.203)
たとえば(21)の ai été,(22)の est partie,(23)の es[...]allée,(24)の avez fini,(25)の suis couché,(26)の a oublié などに含まれる複合過去記号 素の使用は,いずれの場合も「事態の完了」に対応していると考えてよい.
(21)から(26)に見られるように,複合過去記号素の出現は時間による制約
を受けない.複合過去記号素は時制ではないのである.
(27)Il faut que je dorme !(Philippe Djian, Zone érogène, Collection J’ai lu,1984, p.49)
(28)Il fallait que je dorme.(Guillaume Musso, La fille de papier, Collec-tion Pocket,2010, p.68) 半過去記号素の本質的な機能は,事態に過去性を加えることである.半過去 記号素は過去時制であると言ってよい.たとえば,現在形の動詞を用いた(27) の il faut...は「現在における必要性」を表している.一方,半過去記号素を用 いた(28)の il fallait...は「過去における必要性」を表現したものである.(27) の il faut...と(28)の il fallait...の間にある相違は,事態の時間的な位置づけが 「現在」にあるか「過去」にあるかだけである.(28)における半過去記号素 の存在意義は,文が表す事態に過去性を加えることであって,それ以上でも以
下でもない7.
2.5.条件法現在形における単純未来記号素と半過去記号素
いわゆる条件法現在の動詞形においては,単純未来記号素と半過去記号素が
共起していると考えられる8.
(29)Gaëlle a dit qu’elle passerait te voir ce soir. (Brigitte Aubert,
Funérarium, Collection Points,2002, p.338)
(30)Il m’a promis qu’il me téléphonerait très bientôt.(Cécile Krug,
De-main matin si tout va bien, Collection J’ai lu,2004, p.20)
(31)Il était9heures ce matin−là, l’avion de Miami se poserait dans deux heures.(Marc Levy, Où es−tu ?, Collection Pocket,2001, p.62)
たとえば(29)の passerait における−r−と−ait はそれぞれ,単純未来記号素 と半過去記号素の実現形である(後者の実現形には人称の標示が含まれる). 同様 に(30)の téléphonerait や(31)の poserait は「動 詞 記 号 素+単 純 未 来 記号素+半過去記号素+能動態記号素+人称の標示」と見なすことができる. 2.6.単純未来記号素と半過去記号素・複合過去記号素 単純未来記号素は,半過去記号素および複合過去記号素と共起することがあ る9.
(32)Je savais bien qu’il reviendrait.(Tonino Benacquista, La commedia
7 川島(2006),川島(2012a),川島(2012c)を参照. 8 M ARTINET(1979)を参照. 9 M ARTINET(1979)を参照.
des ratés, Collection Folio,1991, p.105)
(33)Il ne comprenait pas, il ne comprendrait jamais.(Que serais−je sans
toi ?, p.252)
(34)Elle était mariée, elle resterait mariée !(Les yeux jaunes des
croco-diles, p.78)
た と え ば(32)の reviendrait,(33)の comprendrait,(34)の resterait に は,
単純未来記号素と半過去記号素が共存していると考えられる(2.5.を参照).
これらの reviendr−,comprendr−,rester−は単純未来形の動詞を特徴づけるか
たちであり(単純未来記号素の実現形は−r−の部分),語末の−ait は半過去記号
素の(人称の標示をともなう)実現形である.
(35)Je te croirai quand tu auras appuyé sur la touche d’envoi !(Toutes
ces choses qu’on ne s’est pas dites, p.247)
(36)Dans trente secondes exactement, votre fiancée se retournera, mais vous aurez disparu.(Guillaume Musso, Je reviens te chercher, Col-lection Pocket,2008, p.13)
(37)Je vous promets de vous téléphoner dès qu’il m’aura contacté. (Marc Levy, La première nuit, Collection Pocket,2009, p.135)
(35)の auras appuyé,(36)の aurez disparu,(37)の aura contacté におい ては,単純未来記号素が複合過去記号素と共存している.実際,これらから単
純未来記号素を除去すれば,いわゆる複合過去形の動詞形(as appuyé,avez
2.7.非動詞化記号素(現在分詞記号素,過去分詞記号素,不定詞記号素,ジェ ロンディフ記号素) 動詞記号素から次の二つの特性を奪う記号素を,非動詞化記号素と呼ぶ. i)述辞に特化するという特性.ii)主辞機能を要請できるという特性. 非動詞化された動詞記号素は,述辞としてしか使えないわけではなく,また 主辞機能を持つことはできない. 非動詞化記号素としては,現在分詞記号素,過去分詞記号素,不定詞記号素, ジェロンディフ記号素の四つがある10.
(38)Il était d’accord pour faire un effort concernant notre dette, mais à condition...(L’appel de l’ange, p.341)
(39)Je voudrais faire une interview vivante... décontractée...(Martine Du-gowson, Mina Tannenbaum, Collection Le Livre de Poche, 1994, p. 72)
(40)Frapper une femme est un acte indigne.(La première nuit, p.314) (41)Tout en conduisant, Brolin pensait à ce film qu’il avait vu étant
ado-lescent,[...].(L’âme du mal, p.190)
たとえば(38)の concernant は動詞記号素と現在分詞記号素の連辞,(39) の décontractée は動詞記号素と過去分詞記号素の連辞,(40)の frapper は動 詞記号素と不定詞記号素の連辞そして(41)の en conduisant は動詞記号素と ジェロンディフ記号素の連辞である.これら(concernant,décontractée,frap-per,en conduisant)は述辞に特化しているわけではなく,いずれも主辞機能 を要請することができない. 10 川島(2013a),川島(2013b)を参照.
非動詞化記号素と結びついた動詞記号素は,動詞記号素としての機能の大部 分を喪失している.実際「動詞記号素+現在分詞記号素」や「動詞記号素+過 去分詞記号素」は形容詞的と言われ,また「動詞記号素+ジェロンディフ記号 素」は副詞的であると言われる.「動詞記号素+不定詞記号素」は(40)での ように,名詞句に相当することが少なくない.「動詞記号素+非動詞化記号素」 は,もはや動詞形であるとは言えない連辞なのである. したがって非動詞化記号素は,時制・アスペクト・叙法・態のような動詞記 号素を非動詞化しない動詞カテゴリとは,別物であると考えたほうがよい. 2.8.表意単位とその実現形 表意単位とその実現形は,必ずしも一対一に対応するとは限らない.一つの 表意単位が複数の実現形を持つこともあれば(自由変異体および条件変異 体),一つの実現形が複数の表意単位に対応することもある(同音異義や同形 異義).
(42)Cécile tourne le robinet et boit abondamment.(Serge Brussolo, La
nuit du venin, Vauvenargues,2006, p.136)
(43)En Belgique, nous buvons beaucoup de bière aussi.(Ni d’Ève ni
d’Adam, p.107)
(44)Les filles fument et boivent.(La fenêtre jaune, p.130)
(45)Et je n’aime pas les chiens.(Fred Vargas, Coule la Seine, Collection J’ai lu,2002, p.43)
(46)L’avocat recula d’un pas.(Guillaume Musso, Et après..., Collection Pocket,2004, p.160)
一の表意単位の実現形である.一方(45)の pas と(46)の pas はそれぞれ, 異なる表意単位の実現形である.
(47)Si l’orage éclate et qu’il pleut toute la nuit, ce sera bon pour nous, [...].(La nuit du venin, p.156)
(48)Si on prévoit de la pluie et qu’il pleuve, alors on est en équilibre. (Internet)
(47)の pleut と(48)の pleuve は,同一の表意単位の実現形である.(47)
の et qu’il pleut や(48)の et qu’il pleuve のような文脈(si による条件・仮定 節の反復)においては,pleut と pleuve を入れ換えてもそこに知的な意味の変 化は生じない(2.1.を参照).少なくとも(いわゆる直説法と接続法の意味の 区別に相当するような)叙法的な意味の区別を,そこに認めることはできない. 2.9.相互排除と表意単位のクラス X と Y を表意単位であるとしよう.X と Y が同一のクラスに属すると言う ためには,次の二つの条件が満たされることが必要である.i)X と Y が同一 の両立可能性を持つ(出現の分布が等しい).ii)等位関係にないかぎり,X と Y が相互排除の関係にある. つまり X と Y が同一のクラスに属するのは,X と Y が同一の文脈でいつも 入れ換えができ,しかも等位関係におかれないかぎり,どちらか一方しか現れ ることのできない場合である.
(49)J’ai quarante ans.(Tonino Benacquista, Quelqu’un d’autre, Collec-tion Folio,2002, p.87)
2002, p.59) たとえば,(49)と(50)にみられるように,quarante と soixante−cinq は(特 殊な事情がないかぎり)あらゆる文脈において相互に入れ換えが可能である. そして quarante と soixante−cinq が同一の文脈で共起しうるのは,これらが等 位関係にある場合だけである.等位関係におかれないかぎり,quarante と soix-ante−cinq は同一の文脈で相互に排除し,どちらか一方しか現れることができ ない.したがって quarante と soixante−cinq は,同一の表意単位クラス(具体 的には,数詞クラス)に所属すると考えてよい.
(51)Ils doivent avoir entre soixante−dix et quatre−vingt−cinq ans.(La
fenêtre jaune, p.72) (51)の soixante−dix と quatre−vingt−cinq は,相互排除せずに共起している. 相互排除していないという点だけに着目すれば,これらは同じ表意単位クラス の成員ではないことになる.ただし(51)の soixante−dix と quatre−vingt−cinq は等位関係にあるため,この事例からは soixante−dix と quatre−vingt−cinq が 同一の表意単位クラスの成員でないと言うこともできない.X と Y が等位関係 にある事例には,X と Y が同一クラスの成員であるかそうでないかを判断する ための情報が含まれていないからである.
(52)Elle pensa qu’il avait compris. (Françoise Sagan, Aimez−vous
Brahms..., Collection Pocket,1959, p.94)
(53)À quinze heures, il avait fini.(Funérarium, p.51)
素と半過去記号素は相互排除の関係にない.つまり複合過去記号素と半過去記 号素は,それぞれが所属する表意単位クラスが同じではない(2.4.を参照). 同じ文脈で相互排除するからといって,同じ表意単位クラスに所属するとは 限らない.クラスとは別の要因で相互排除している可能性もあれば,そこに下 位クラスの存在が関連しているかもしれない. 実際,相互排除という基準を機械的に適用するだけでは不都合が生じる事例 もある.たとえば,半過去記号素と単純過去記号素は相互排除するので,同じ 表意単位クラスに所属すると言える.単純未来記号素と単純過去記号素も相互 排除するので,これらを同じ表意単位クラスに所属すると言うことができる. この二つの推論をあわせれば,半過去記号素,単純過去記号素,単純未来記号 素は三つとも同じ表意単位クラスに所属することになりそうである.ところが 一方では,半過去記号素と単純未来記号素が共起しうることから(2.5.を参 照),半過去記号素と単純未来記号素が所属する表意単位クラスは同一ではな いという推論も成立つ.このような矛盾が生じたのは,相互排除という考え方 を機械的に適用したからに他ならない. X と Y が相互に排除するからといって,この X と Y が同一の表意単位クラ スに所属するとは限らない.しかし,逆に X と Y が(等位関係を除いて)相 互排除の関係にない場合は,この X と Y は異なる表意単位クラスの成員であ ると判断してよい.この X と Y を同一の表意単位クラスの構成要素であると 考える根拠が,何もないからである. 2.10.統辞概念としての従属 一方が中心的で他方が付随的な統辞関係を「従属」と呼ぶ.より明確に定義 すれば,次の三つの条件が満たされるとき,X は Y に従属すると言われる11.i)X 11M ARTINET(1985)を参照.
の出現が Y の存在に依存する.ii)X の付加が Y の統辞的ステイタスに本質的 な影響を与えない.iii)発話の他の部分(le reste de l’énoncé)に対して X が 持つ統辞関係が,Y のそれとは異なる.
(54)J’adore le cinéma.(Eric−Emmanuel Schmitt, Odette Toulemonde et
autres histoires, Collection Le Livre de Poche,2006, p.126)
たとえば(54)という用例の存在は,adore の直接目的の位置に le が単独で
現れうることを示しているわけではない.この文脈に le が現れるためには, cinéma の よ う な 他 の 表 意 単 位 が 必 要 で あ る.つ ま り(54)に お け る le は
cinéma に従属していることになる.(54)の le は cinéma が adore の直接目的
であるという統辞関係に本質的な影響を与えないし(cinéma は adore の直接 目的となるために現れた表意単位),発話の他の部分に対する le と cinéma の 統辞関係が同じでないことは自明である. ある文脈に X が現れることはないが,ただし Y をともなう X+Y であれば 現れうるとしよう.X+Y が現れうるからといって,この文脈に X が現れえな いという事実に変わりはない.現れうるのは,あくまでも X+Y だからである. このとき X は Y に従属していると言われる.
(55)Si j’étais pas ton ami... eh bien... je te trouverais bizarre...(Patrice Leconte, Les Femmes aux cheveux courts, Collection Le Livre de Po-che,2009, p.59)
(55)の étais は serais に入れ換えることができる(自由変異体).この serais
のような動詞形を「動詞記号素+半過去記号素+単純未来記号素+能動態記号
純未来記号素が現れうるように感じられるかもしれない.しかし Si をともな う条件・仮定節に,単純未来記号素が半過去記号素の存在なしに単独で現れる ことはない.つまり Si をともなう条件・仮定節に現れうるのは「半過去記号
素+単純未来記号素」であって,単純未来記号素ではないと考えざるをえない.
したがって si je serais pas ton ami...においては,単純未来記号素の実現形で はなく,単純未来記号素の実現形と同じかたちをした他の表意単位の実現形が 現れていることになる.
3.叙法としての単純未来記号素
3.1.時制・アスペクト・態と単純未来記号素の共起
(56)の effacerait や(57)の auront oublié に見られるように,単純未来記
号素は半過去記号素および複合過去記号素と共起する可能性がある(2.5.と
2.6.を参照).また(58)の seront pratiqués は,単純未来記号素が受動態記
号素と共起する可能性があることを示している.
(56)J’espérais que le temps effacerait ce pincement au cœur.(Frédéric Beigbeder, L’amour dure trois ans, Collection Folio,1997, p.81) (57)D’ici quelques jours, ils t’auront oubliée.(L’âme du mal, p.170) (58)D’autres examens seront pratiqués demain,[...].(Terminus, p.46)
半過去記号素は時制である(2.4.を参照).したがって半過去記号素と相互
排除の関係にない単純未来記号素は,時制クラスの表意単位ではない(2.9.を
参照).複合過去記号素はアスペクトである(2.4.を参照).したがって複合過
去記号素と相互排除の関係にない単純未来記号素は,アスペクトクラスの表意
る(2.2.を参照).したがって受動態記号素と相互に排除しない単純未来記号 素は,態クラスの表意単位ではない(2.9.を参照). 3.2.直説法・接続法・条件法・命令法と単純未来記号素 単純未来記号素は,叙法記号素(直説法記号素,接続法記号素,条件法記号 素,命令法記号素)と相互排除の関係にあると言ってよい(2.9.を参照).単 純未来記号素は,直説法記号素,接続法記号素,条件法記号素,命令法記号素 と同一の両立可能性を持つが(つねに動詞記号素と共起する),そのいずれと も共起することがないからである.この事実は,単純未来記号素が叙法クラス の表意単位であることを示している(2.9.を参照). 単純未来記号素が,接続法記号素および命令法記号素と共起しえないことは, そのような事例がないことからすでに明らかである12.
(59)Un jour, elle m’aimera comme je l’aime,[...].(Tonino Benacquista,
Malavita encore, Collection Folio,2008, p.53)
(60)Elle s’était dit qu’elle trouverait une solution,[...].(Fred Vargas,
Un peu plus loin sur la droite, Collection J’ai lu,1996, p.47)
単純未来記号素は,直説法記号素と共起する可能性もない.たとえば(59) の aimera のような動詞形は,「動詞記号素+直説法記号素+単純未来記号素+ 能動態記号素+人称の標示」ではなく「動詞記号素+単純未来記号素+能動態 記号素+人称の標示」である(2.3.を参照). 条件法現在と呼ばれる動詞形たとえば(60)の trouverait を「動詞記号素+ 12 いわゆる接続法記号素と命令法記号素の実現形は,同一の記号素の実現形である. TOURATIER(1996)や川島(2012b)を参照.これらは TOURATIER(1996)で記述されたよ うな人称の対立による条件変異体ではなく,現れる文脈の統辞的なステイタスの相違に よる条件変異体である.
条件法記号素+能動態記号素+人称の標示」と解釈するのであれば,単純未来 記号素が条件法記号素と共起する可能性はない.そのような事例がないからで ある.他方,条件法現在の動詞形を「動詞記号素+半過去記号素+単純未来記 号素+能動態記号素+人称の標示」と解釈しても(2.5.を参照),単純未来記 号素が条件法記号素と共起することは,同じくありえない.条件法記号素とい う記号素そのものが存在しないことになるからである.また「半過去記号素+ 単純未来記号素」を条件法に対応する連辞と解釈するのであれば,単純未来記 号素はすでにこの連辞の一部ということになる.単純未来記号素が「半過去記 号素+単純未来記号素」と重複的に共起する事例はない. いわゆる条件法現在の動詞形を「動詞記号素+条件法記号素+能動態記号 素+人称の標示」と解釈しても「動詞記号素+半過去記号素+単純未来記号 素+能動態記号素+人称の標示」と解釈しても,いずれにせよ単純未来記号素 が条件法記号素と共起することはないのである. 3.3.非動詞化記号素と単純未来記号素 動詞記号素との関係だけで言えば,単純未来記号素は非動詞化記号素(現在 分詞記号素,過去分詞記号素,不定詞記号素,ジェロンディフ記号素)と相互 排除の関係にある(2.7.を参照).単純未来記号素と非動詞化記号素が,同一 の動詞記号素に同時に結び付くことはない. ただし,より大きな文脈で考えてみれば,単純未来記号素と非動詞化記号素 が同一の両立可能性を持つと言うことはできない(2.9.を参照).非動詞化記 号素が,動詞記号素を非動詞化する必要のある文脈に現れる記号素であるのに 対して(2.7.を参照),単純未来記号素はそうではないからである. 要するに単純未来記号素と非動詞化記号素は,相互排除の関係にあるという よりも,そもそも同じ文脈に現れることのない記号素なのである.したがって 単純未来記号素を,非動詞化記号素クラスの表意単位と考えることはできない.
3.4.単純未来記号素の叙法的(非時制的)用法
単純未来記号素は時制クラスやアスペクトクラスの表意単位ではなく(3.1.
を参照),叙法クラスの表意単位である(3.2.を参照).実際,単純未来記号素
の用法には叙法的なものが少なくない.
(61)J’aimerais être comme M. Chabrol, le médecin, mais je ne crois pas que ce sera possible.(Marc Levy, Le voleur d’ombres, Collection Pocket,2010, p.62)
(62)Je ne crois pas que ce soit possible,[...].(Aimez−vous Brahms..., p. 105)
(63)Je ne crois pas que je pourrai.(Funérarium, p.12)
(64)Je ne crois pas qu’on puisse.(Sylvie Testud, Il n’y a pas beaucoup
d’étoiles ce soir, Collection Le Livre de Poche,2003, p.24)
(65)Il n’y a pas un romancier au monde qui acceptera de prendre un ris-que pareil,[...].(Jacques Roubaud, La belle Hortense, Collection Points,1990, p.253)
(66)Et il n’y a pas une manière qui vaille mieux qu’un autre.(Fred Var-gas, Dans les bois éternels, Collection J’ai lu,2006, p.196)
たとえば(61)の sera を(62)の soit と,(63)の pourrai を(64)の puisse
と,そして(65)の acceptera を(66)の vaille とつき合わせてみるならば,こ
れらの動詞形に含まれた単純未来記号素が叙法的な存在であることは明らかで ある.
(67)— Bon, tu feras tout ce que je dis, tu mettras la table. — D’accord, tu feras la vaisselle.(Zone érogène, p.43)
(68)[...], l’addition est pour moi !(Marc Levy, Le premier jour, Collec-tion Pocket,2009, p.147)
(69)Eh bien l’addition sera pour moi,[...].(Le premier jour, pp.196−197) (70)Maggdaléna a une passion : le cinéma.[...]. Le cinéma n’est pas
un milieu facile. Elle sera une femme respectée !(Il n’y a pas
beau-coup d’étoiles ce soir, p.135)
(67)における単純未来記号素の用法は,命令法記号素のそれに接近してい
ると考えられる.(68)の est にはない(69)の sera における単純未来記号素
の存在は,事態を未来時間に位置づけているわけではなく,事態に対する話者
の何らかの心的態度に対応していると思われる.また(70)の elle sera une
femme respectée における単純未来記号素の用法に叙法的な側面があること も,文脈の意味から明らかである(映画業界が厳しい世界であることと,そこ で働く彼女が尊敬される女性であることの間に必然的なつながりはない).
4.Si をともなう条件・仮定節と単純未来記号素
4.1.Si をともなう条件・仮定節における時制記号素・アスペクト記号素・態 記号素たとえば(71)の si le tueur passe à l’acte ような Si によって導入される条 件・仮定節に,単純未来記号素が現れることは(原則的には)ない.この事実 を利用して,単純未来記号素が叙法であることを示す.
(71)Si le tueur passe à l’acte, il sera aussitôt pris.(Maxime Chattam,
時制記号素,アスペクト記号素,態記号素の中には,Si をともなう条件・ 仮定節に出現する可能性をもつ記号素がある.
(72)Il avisa un restaurant de bonne tenue et y entra sans examiner le menu. Si c’était trop cher, il prendrait juste une salade.(D. Bretin et al., Sable Noir, Collection J’ai lu,2006, p.156)
(73)Si le perfecture a étudié le parcours, ils auront pensé à ça, sans doute...(Thierry Jonquet, Du passé faisons table rase, Collection Fo-lio,2006, p.151)
(74)Si les Londoniens sont choqués, il ne sont pas vraiment surpris : [...].(Elle, 18juillet2005, pp.11−12)
たとえば(72)の si c’était trop cher には,時制である半過去記号素が含ま
れている(2.4.を参照).(73)の si le perfecture a étudié le parcours には,ア
スペクトとしての複合過去記号素が含まれる(2.4.を参照).そして(74)の
si les Londoniens sont choqués には,態である受動態記号素が姿を現している (2.1.を参照). 以上の観察から,次の推論が成立する.Si をともなう条件・仮定節に単純 未来記号素が現れることがないのは,単純未来記号素が時制でもアスペクトで も態でもないからである(3.1.を参照). 4.2.Si をともなう条件・仮定節における叙法クラスの記号素 Si をともなう条件・仮定節には,叙法クラスの記号素(直説法記号素,接 続法記号素,命令法記号素,条件法記号素)はどれも現れないと考えられる. まず,この文脈に命令法記号素が現れえないことは自明である. Si をともなう条件・仮定節には,命令法記号素と同じく,接続法記号素が
現れることもない.したがって Si をともなう条件・仮定節では,直説法記号 素と接続法記号素の対立もない.
(75)Parce que si, c’est pour nous intimider ou nous clore la bouche une bonne fois et qu’on dise oui, à toute leur décision, qu’ils sachent que c’est peine perdue.(Internet)
(76)[...]: si on pense oui, c’est bien de le dire. Si on pense non et qu’on
dit oui, c’est moins bien.(Sophie Fontanel, Le savoir−vivre efficace et moderne, Collection J’ai lu,2003, p.210)
(75)の dise は,たとえば(76)にお け る dit と 自 由 変 異 体 の 関 係 に あ る
(2.8.を参照).つまり(75)の dise と(76)の dit は同じ表意単位の実現形で
あるから,これらの間に叙法の対立はない.したがって(75)の dise は接続
法の動詞形と同じかたちをしてはいるが,そこに接続法記号素は含まれない. Le nez de Cléopâtre : s’il eût été plus court, toute la face de la terre aurait changé における eût été のように,Si をともなう条件・仮定節に,接続法大過 去と呼ばれる動詞形が現れることがある.しかし,この文脈にはそもそも接続 法記号素が現れないのだから,s’il eût été plus court における eût été に叙法の
対立は含意されていないと考えざるをえない(2.10.も参照).Si をともなう 条件・仮定節における,いわゆる直説法大過去形と接続法大過去形の使い分け は,直説法記号素と接続法記号素の区別に立脚した叙法的な対立ではなく,文 体的な区別であると理解すべきである.実際この文脈で avait été と eût été を 入れ換えても,そこに知的な意味の変化は生じない(2.1.を参照). Si をともなう条件・仮定節には,いわゆる条件法と同じ動詞形が現れるこ とがある(2.10.を参照).しかし,この文脈に条件法記号素が現れるわけでは ない.
(77)Tu vois, si j’avais un portable, ce serait plus pratique.(Les yeux
jaunes des crocodiles, p.438)
たとえば(77)の si j’avais un portable は,si j’aurais un portable と言い換
えてよい.ただし「言い換えることができる」という事実そのものが(77)の
si j’avais un portable と si j’aurais un portable が自由変異体の関係にあること
を暗示している(2.8.を参照).実際この文脈で avais と aurais を入れ換えて
も,そこに知的な意味の変化は生じない(2.1.を参照).つまり si j’avais un
portable と si j’aurais un portable の間に,直説法記号素と条件法記号素の区別 に立脚した叙法の対立はない.この文脈における avais か aurais かの動詞形の 選択は,叙法的な対立ではなく文体的な区別に基づいていると考えるべきで ある.
(77)の si j’avais un portable と si j’aurais un portable をつき合わせて分析す れば,後者に単純未来記号素が現れているように思えるかもしれない.いわゆ る条件法現在の動詞形は「動詞記号素+半過去記号素+単純未来記号素+能動
態記号素+人称の標示」として解釈することができるからである(2.5.を参
照).しかし Si をともなう条件・仮定節に単純未来記号素が現れることがない
のだから,si j’aurais un portable に単純未来記号素が現れていると考えること
はできない(2.10.を参照).
(77)の si j’avais un portable と si j’aurais un portable のかたちの相違は,確 かに単純未来記号素の実現形と同じかたちをした実現形の有無に帰着する.し かしそれは,単純未来記号素の実現形ではない(2.10.を参照).したがって, この文脈における avais と aurais の区別は,少なくとも叙法的な対立ではあり えない.この区別は,叙法記号素の有無に基づく区別ではないからである. 以上のように,Si をともなう条件・仮定節には,命令法記号素,接続法記 号素,条件法記号素,単純未来記号素はどれも現れることがない.つまりこの
文脈には,叙法の対立がないことになる.複数の叙法が現れないかぎり,叙法 の対立はありえないからである.したがって Si をともなう条件・仮定節には, 直説法記号素も現れないと考えざるをえない. この観察から,次の推論が成立つ.Si をともなう条件・仮定節に単純未来 記号素が現れることがないのは,単純未来記号素が叙法クラスの表意単位だか らである(3.2.を参照).Si をともなう条件・仮定節は,叙法の対立をもたな い文脈なのである.
5.まとめ
単純未来記号素は,他の動詞カテゴリとの両立可能性から考えて,時制クラ スではなく叙法クラスの表意単位である.単純未来記号素の実現形には,叙法 的な用法と時制的な用法があると言われるが,どちらも単純未来記号素が叙法 記号素であることに基づく用法のはずである. Si をともなう条件・仮定節に単純未来記号素が現れることがないのは,単 純未来記号素が時制でもアスペクトでも態でもなく,叙法クラスの表意単位だ からに他ならない.Si をともなう条件・仮定節は,いわば叙法の対立が欠如 した文脈なのである. [参考文献] 青木三郎(1998)「現代フランス語の単純未来形の「多変性」について」『文藝 言語研究 言語篇』34,筑波大学,115−133. 川口順二(2007)「未来表現をめぐって」『藝文研究』92,慶応義塾大学,93− 109. 川島浩一郎(2005)「フランス語の「現在形」をめぐる一考察」『福岡大学研究 部論集』A5−1,13−28.川島浩一郎(2006)「フランス語の複合過去と半過去に関する一考察 ─ 時制 とアスペクトの間接的対立 ─」『福岡大学研究部論集』A6−3,37−61. 川島浩一郎(2012a)「過去時制と非現実解釈」『ふらんぼー』37,東京外国語 大学フランス語研究室,17−35. 川島浩一郎(2012b)「接続法と命令法に関する一考察」『福岡大学人文論叢』 44−1,255−268. 川島浩一郎(2012c)「時間的な対比を表す半過去について」『福岡大学研究部 論集』A12−2,9−13. 川島浩一郎(2013a)「動詞を非動詞化する記号素について ─ 現在分詞記号 素,過去分詞記号素,不定詞記号素,ジェロンディフ記号素 ─」『福岡大学 人文論叢』44−4,765−788. 川島浩一郎(2013b)「非動詞化記号素における対立」『ふらんぼー』38,東京 外国語大学フランス語研究室,13−30.
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