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インフレーションと所得の再分配

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(1)

インフレーションと所得の再分配

その他のタイトル Inflation and its Redistributional Effects

著者 浅田 正雄

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 4

号 1

ページ 75‑89

発行年 1973‑01‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023216

(2)

「インフレーションと所得の再分配」

浅 田 正 雄

序

1 9 3 0

年代の世界的大不況と失業という苦い経験から,第二次大戦後の先進主要工業国では,持 続的な経済成長と完全雇用の達成とが大きな政策目標となり,ケインズ流の有効需要増大策がこ れらの国々で実施され,ほぼ適切な金融•財政政策の運用を得て,これらの主目標はおおむね完 全に達成されてきた。しかし,その反面,これらの目標の達成と同時に,物価水準が執拗でかつ 持続的に上昇するという現象を伴ってきたことは周知の事実である。この物価上昇の根本原因は,

理論的には, デイマンド・プルかコスト・プッシュ, あるいはこれらの混成説に求めることが できる° が,現代われわれが経験しているような慢性的かつ間欠的な忍び足のインフレーション は,一時的な景気後退期は別として,旺盛かつ持続的な部分需要か総需要をその背景として,発 生しているといっても過言ではない。このことは,現代のインフレの直接的・基本的・始発的原 因がデイマンド・プルであるということを必ずしも意味しない。よくいわれるように,現代の資 本主義経済における強力な労働組合の団体交渉力と寡占的大企業の市場支配力の存在とは,コス ト・プッシュを可能にする礎石的機構を作り出している。この場合のいわゆる賃金プッシュ・イ ンフレやマークアップないしは管理価格インフレは,需要増大を始発的原因としないで,持続的 物価上昇をもたらすであろう。しかしながら,労働組合の交渉力も寡占企業の市場支配力も,労 働や商品に対する需要の状態と完全に無関係であるとは思われない。確かに,労働組合や寡占的 大企業は,社会に非自発的失業や遊休設備が存在していても,さらには総需要が減少しているよ

うな景気後退の時期においても,かれらの独占力の行使によって賃金や諸価格をある程度自由に 引き上げることができるかもしれないが,それは需要不足あるいは需要減少の度合が極度に深刻 ではない場合に限られるであろう。要するに,財や生産要素市場にかなりの不完全性をもつよう な高度に制度化された経済においては,諸価格やコスト(特に賃金)の下方硬直性と需要水準と の対応関係によって,インフレが発生ないし持続するということができる。そして,後述するよ うに,高い経済成長と完全雇用を維持する経済においては,インフレは所得稼得者間の分配分を めぐる取奪競争の結果であるということもできるであろう。この意味では,数年来盛んに論議さ れているいわゆる所得政策が,分配率の不変性ないしは分配所得の固定化を目論んでいる

3

とす

〇 拙稿,関西大学大学院『千里山経済学』第

5

号,

8 9

ページ。

3 

拙稿,関西大学『社会学部紀要』第

3

巻第

2

号,

78

ページ。

‑75‑

(3)

れば,それは重大な障壁にぶち当るといえるであろう。

さて,インフレの原因がどうであれ,発展国や発展途上国にとっては,経済的にも,社会的に も,インフレを抑止ないしは回避するよう強く要請されている。というのは,インフレは,①価 値標準,③経済成長,③資源配分,④所得分配,⑥国際収支,等々に悪影響を及ぼすとみられ

3

るからである。そうであるにもかかわらず,インフレが,とりわけ,恣意的に所得を再分配し,

資源の配分を歪曲し,インフレがなければ進んでいたような径路から経済を離脱せしめる可能性 についての理論,実証的研究は従来皆無に等しかった。周知のように,インフレが進行すれば,

その過程で,物価と賃金との間には先行,遅行の関係が生じ,この結果,賃金所得者には不利な,

そして利潤所得者には有利な再分配が起ると考えられている。これは十分吟味されねばならぬ問 題である。この問題もさることながら,一層重要な問題は,インフレによって起った再分配の結 果がインフレギヤップを持続もしくは一層拡大させる可能性があるかもしれないことである。

このような問題の解明には,インフレにおける所得決定のメカニズムを再検討して分析する必 要があると思われる。戦後の先進主要工業国で経験しているようなマイルドであるいはクリーヒ°

ングなインフレ経済における貨幣所得の決定には,いかなる接近方法が必要とされるか。

J.M. 

Keynes以来,不完全雇用における所得の決定には,乗数理論が最有力な分析用具を提供してき

たが,このトゥールは完全雇用やインフレの経済においても適切かつ有効であろうか。

これらの問題の検討が小論の主な狙いである。以下の考察にあたって,われわれが主対象とす るインフレは,マイルド

mildないしはクリーピング c r e e p i n gなものであると仮定し,経済諸

変数はすべてマクロの水準で考えることにする。また,労働者や企業家は,かなり組織化され,

独占的ないしは寡占的と呼ばれるほどの市場支配力りをそれぞれ有していると仮定する。

I 

はじめに少し言及したように,大量の失業や不況の回避が近代の政策(財政・金融)の主要な 目標であるということに関しては,政治家および経済学者の間でもかなり広い意見の一致が見ら れる。しかし,相当程度に完全雇用を達成し,インフレ化している経済における緩慢なインフレ の異なる経済主体に及ぼす影響については,現在までのところ,何らの理論的・体系的な説明が 存在していないといってもよい。換言すれば,インフレによって利得する者と損失を被る者との 間を確定することに関しては,経済学者の間で,明確なコンセンサスが得られていないように思 われる。また,所得,物価,麗用に関する研究は最近では莫大な量に達しているが,インフレの

3  拙稿,関西大学『社会学部紀要』第 2 巻第 1 号 , 6 6

ページ。

心 わが国の場合には,経済審議会の物価・所得•生産性委員会(通称,隅谷報告)によると,不況にな

ると賃金上昇率が低くなるという証拠があるという理由で,労働組合には市場市配力が存在しないと う有力な批判がある

( 1 9 7 2

年

5

月24日付毎日新聞)が,この結論は,需要圧力が低下し,物価が低落 した時における労働分配率の上昇を説明できない。換言すれば,不況下の賃金上昇率巾の低下という ことは賃金率の低下ないしは少しも上昇しないこととは意味が異なるのである。

‑ 7 6 ‑

(4)

イソフレーツョンと所得の再分配(浅田)

所得や富の再分配効果についての満足のゆくような分析的枠組を与えているような理論は,皆無 に等しい。 この中にあって, 従来の経済学者° によって・明らかにされた点は, リード・ラッグ

( l e a d ‑ l a g )

命題と債権者・債務者命題

2

の二つの命題の存在であろう。これらによると,以下の ような先験的推論が可能である丸 すなわち,インフレは,

(1)所得上昇の緩慢な人から所得上昇の急速な人へ,実質購買力を再分配する。

( 2 )

保有資産の価値が緩慢に上昇している人から資産の価値がより急速に上昇している人へ,実 質購買力を再分配する。

( 3 )

負債が固定している限り,債権者から債務者へ実質購買力を再分配する。

( 2 )

および(

3 )

は後述するとして,

( 1 )

のような命題を検証するためには,賃金や俸給が所得の平均 水準よりも遅れて上昇し,地代や賃貸料がそれらよりも一層遅れ,そして利子がはるかに遅れて 上昇する一方,企業利潤(法人および個人企業)だけが平均水準よりも急速に上昇するというこ とを,現実の統計資料から観察できるのでなければならない。 この点について, バック (B.L. 

Bach)

と安藤の経験的観測によるりと, アメリカの

1 9 3 9

年から

1 9 5 4

年の期間の分配率の推移は,

労働所得が

64%

から

70%

へ,すなわち

6%

上昇し,法人利潤が

4 %

上昇(税引きでは

1 %

の減少)

しているが,非法人利潤は逆に

1%

の減退を示し,地代・利子・配当所得は低下しているという ことである。

国民所得の機能的分配,需要圧力,および物価上昇に関する最近のデークは,第一表および第 ー図のような結果となっている。第一図は,上段に需要の実質

GNP

の超勢線からの乖離(パー セント)を表わし,能力利用度が

195569

年平均を上回った期間は正の値で示されている。また,

中段は,物価

(GNP

デフレークー)の平均上昇率

(195569

年平均)からの乖離(パーセント

・ボイント)を示している。そして最後に,下段は,労働分配率の趨勢線からの乖離を表わし,

正の値の部分は,雇用者所得の国民所得に占めるシェアー(一般的に上昇傾向にある)が

1955 1 9 6 9

年の趨勢線を上回った期間であることを示している。

これらのデークを簡単に概観してみよう。第一図のデークでは,日本とアメリカにおける共通 な典型的循環パクーンがみられる。すなわち,賃金・俸給のシニアーは,景気上昇局面の半ば頃 から,需要圧力が平均水準以上に上昇する時期をしばらく過ぎるまで,趨勢線を下回る傾向があ る。ただ,アメリカの

196769

年およびわが国の

196364

年の期間は,需要圧力が平均水準以下 であったにもかかわらず,労働分配率が乎均水準を上回っていたことは注目すべきことである。

他方,景気循環の他の局面では,過渡期の半ば頃に始まりそれに続く冷却期に至るまで,賃金・

俸給は概して趨勢線を上回っている。この時期は,コスト・プッシユが盛んに論議される期間で

D 

例えば,

F i s h e r ,K e y n e s ,  M a r s h a l l ,  H a r t ,  C h a n d l e r ,  H a m i l t o nなど

2

, )   G .  L .  Bach and A l b e r t  A n d o ,  The R e d i s t r i b u t i o n a l  E f f e c t s  o f  I n f l a t i o n ,  The Review of E c o n o m i c s   and S t a t i s t i c s ,  Feb  1 9 5 7 .   p .   1 .  

:

{ )   i b i d . ,   p .   1 .   , j )   i b i d . ,   p p .   34 .  

‑77‑

(5)

; 

第一表主要国の所得分配率と物価上昇率(%)資料,

OECD,N a t i o n a l  A c c o u n t s  

l

アメリカ

I

カナク.

I

日 本

I 

フランス

1 

ド イ ッ

I 

イギリス

1 1 1 9 9 5 6 9 3  ‑ 1 1 9 9 6 4 6 8  , 1 9 1 9 5 6 9 3  ‑ 1 1 9 9

叫

68 1 1 9 9 5 6 9 3  ‑ 1 9 1 9 6 4 6 8  1 1 1 9 9 5 6 9 3  ‑ 1 9 1 9 6 6 4 ‑ 8  1 1 1 9 9 5 6 9 3  ‑ 1 1 9 9 681  6 4   1959‑ 1 9 6 4 ‑

1 9 6 3   1 9 6 8  

被 雇 用 者 所 得

j 1 0 . s   7 0 . 5 ,  6 8 . 3   7 0 . 1  1 5 1 . 8   5 5 . 4  ,  5 9 . 2   6 2 . 1   l  6 2 . 6   65.7172.9  7 4 . 5  

個 人 業 主 所 得

J 1 1 . 1   9 . 6   j  1 2 . 4   1 1 . 3  ,  2 6 . 2   2 2 . 9  ,  2 6 . 5   2 4 . 0   8 . 1   7 . 5  

個人の財産所得

I 1 1 . 5   1 2 . 1   I  1 0 . s   1 0 . s   J  1 0 . 2   1 0 . s   J  6 . 9   7 . 6  

日

2 8 2 1 1 . 2   1 2 . 2  

法 人 留 保

I 3 . 4   3 . 9 ,   3 . 4  

3

ド,̲.

~s.s( 5 . 3   4 . 5   1 . 6   6 . 2   5 . 2  

そ

の 他

I 3 . 7   3 . s   I  4 . 9   4 . 5   1 . 8   1 . 8   5 . 6   4 . 6   1 . 5   0 . 6  

消費者物価上昇率

I 1 . 3   3 . 4 1   1 . 4   3 . 7   j  5 . 4   5 . 2   J  4 . 0   3 . 8   2 . 4   2 . 6 1   2 . 8   4 . 3  

第一図需要圧力,物価,および労働分配率の日米比較

‑ 4  2.4 

1 9 5 6   5 7   5 8   5 9   6 0   6 1   6 2  6 3   6 4   6 5   6 6   6 7   6 8   6 9  1 9 5 6  5 7   5 8   5 9   60 6 1   6 2   6 3  6 4   6 5   6 6   6 7   6 8  

資料,

OECD,1 ' h e P r e s e n t  P r o b l e m  I n f l a t i o n宮崎勇邦訳「現代のインフレーション」日本経

済 新 聞 社 昭 和46年,

43

ページ。

あって,はっきり限られた循環的変動という意味で,本質的には,通常みられる生産性と物価上 昇に対する賃金反応の遅れの結果によって生じた所得構成の循環的ひずみの修正,あるいは修正

第二表被雇用者所得/国民所得(%)

1

日 本

I

アメリカ

1

イギリ叶西ドイツ

1

フランス

I I

日 本*

1955  4 9 . 0   6 8 . 4   7 2 . 9   5 8 . 8  

56  4 8 . 9   6 9 . 8   7 3 . 1   5 9 . 5   57  5 0 . 6   7 0 . 3   7 2 . 9   6 0 . 5   58  4 9 . 0   7 0 . 7   7 2 . 6   6 0 . 2   59  5 1 . 5   7 0 . 3   7 2 . 3   6 0 . 8   60  5 2 . 2   7 1 . 7   7 2 , 9   6 2 . 5   61  4 9 . 9   7 1 . 7   7 3 . 5   6 4 . 0   62  5 0 . 5   7 1 . 8   7 4 . 4   6 4 . 0   63  5 2 . 4   7 2 . l   7 3 . 3   6 4 . 8   64  5 3 . 9   7 0 . 8   7 4 . 0   6 4 . 7   65  5 4 . 7   7 0 . 2   7 4 . 1   6 5 . 9  

資料出所,国連, 「国民所得統計年報」

*調整された被雇用者分配率

5 8 . 1   7 9 . 0   5 9 . 0   7 9 . 7   ,  5 9 . 1   7 5 . 4   5 9 . 0   7 7 . 3   6 0 . 0   7 6 . 5 '   5 8 . 3   7 2 . 4   6 0 . 5   7 1 . 9   6 0 . 7   7 2 . 6   6 3 . 0   7 4 . 1   6 4 . 1   7 3 . 3   ,  6 4 . 9  

‑ 7 8 ‑

の行き過ぎの結果を表わしているも のと考えられる。

労働分配率の長期トレンドについ ては,第二表のように,先進主要国 では,多少の短期変動を伴ないなが ら着実な上昇傾向を有している。ゎ が国の場合も,国民所得中に占める 被雇用者所得の比率は,

1955 65

年 間を通じて,ほぼ一貫した増加傾向 を見せているが,この被雇用者比率 の増大は主として雇用者の全就業者 に占める比率が増加したことによる

(6)

インフレーションと所得の再分配(浅田)

ものである,。 ちなみに,第二表右端の欄は,個人業主所得のうちの労働報酬を調整した国民所 得に占める被雇用者所得の比率を示し,この比率は,わが国では長期的に低下している傾向があ

る。

また,法人部門における附加価値の配分を見たわが国の労働分配率は,景気変動に伴なうぶれ を除外してみると,

1960

年まで低下傾向を示していたのが,

1961

年以降わずかながら上昇傾向を もっている(第三表)。

以上によって,

1955

年後半から引き続いたわが国の物価上昇の過程で,労働分配率が顕著に低 下したという事実は見出せない

第三表

法人企業における分配率(全産業)

といえる。

1 9 5 5   56  57  5 8   5 9   6 0   6 1   6 2   6 3   64  6 5  

つぎに,物価上昇による所得

5 2 . 5   5 1 . 6   5 0 . 7   5 2 . 2   5 1 . 9   5 0 . 4   4 9 . 5   5 1 . 0   5 1 . 0   5 1 . 4   5 4 . 6  

再分配を世帯主年齢別にみた場 大蔵省「法人企業統計」より作成

分配率(%)=(従業員給料手当+福利費+役員給料手当賞与)+

合には,確実につぎのようなこ 粗付加価値

とがいえるであろう。すなわち,物価上昇の背後にある若年層の賃金上昇と生活費の上昇による 貯蓄の価値減少は,高年齢者を相対的に不利ならしめる傾向がある。特に,退職金で生活を行な っているような固定所得者に関しては,消費者物価の上昇による影響を強く受け,わが国におけ る退職者の再就職率が高いことの一つは,この反映であると思われる。

この他,インフレによって強い影響を受ける人々には,母子家庭など他に収入源を持たないも の,あるいは恩給生活者,生命保険,厚生年金保険等の固定所得に頼って生活している者が含ま れるが,彼等は物価上昇によって直接その生活を脅かされている。また,失対就労者の賃金,最 低賃金水準,生活保護世帯に対する給付水準,および奨学金等々は,年々引き上げられつつある が,大低それらは物価上昇に遅れがちであるのが現状である。

インフレの再分配効果に関する最後のものは,資産所有者への影響である。前掲第一表のよう に,国民所得に占める個人の財産所得(賃貸料,利子,および配当)の比率は,各国とも,着実 な増加傾向をみせているが,これは,インフレの影響によるものか,あるいは資本蓄積の結果で あるかは判定し難い。また,資産保有に関して特に最近問題になっているものに,地価や住宅費 の高騰によるこれらの資産保有者への異常なまでの所得再分配がある。しかし,これがすべてイ ンフレによる影響であるとは断定できないであろう。

最後に,前述したインフレの債権者や債務者に与える影響について,簡単に考察しておこう。

従来,資産や負債構造の変化を取り扱った統計資料はほとんど存在せず,

R .

ゴールドスミスcの アメリカに関する研究が数少ないものの一つである

1 )

。 彼によると,経済の重要部門について,

5 )  

被雇用者所得=被雇用者所得+被雇用者数

x

被雇用者数 国民所得 国民所得+就業者数 就業者数

b )   Raymond G o l d s m i t h ,  A Study of Saving i n  t h e   U n i t e d  S t a t e s ,  V o l . I I I ,   P r i n c e t o n ,   1 9 5 5 .  

り わが国の最近のデータでは,昭和

45

年度経済白書は物価上昇の家計資産への影響を論じているが,こ

こでは十分な経験的資料の裏付けが見られない。

‑ 7 9 ‑

(7)

その金融資産と金融債務の変化(プラスは資産超過,マイナスは債務超過を示す)を考察した場 合,次表のように,連続して,家計部門は資産超過であり,政府部門は債務超過であるというこ とである。換言すれば,戦後の急激なインフレは,金融資産を家計部門から政府部門へ移転した ことが明瞭である。

さらに,家計の金融資産・負債構成を考えてみれば,これらの事態は一層明らかとなる。この 経済部門の資産・負債構成(単位1

0

億ドル) 目的のために,資産を固定価格資産(預金および通

~ 1 1 9 3 9 11945  11949 

家 叫

s 1 . o   I  2 s o . 2   I  2 4 9 . 2  

非 法 人 企 業

I 2 . 5   J  1 9 . o   I  1 5 . 7  

非金融機関法人

I ‑ 2 s . s   I  ‑6.41  ‑ 1 7 . 4  

金融機関法人

I ‑2.0  I  ‑ 1 0 . 1   I  ‑ 1 6 . 9  

政 府

I ‑68.41‑261.1 1 ‑ 2 6 2 . 2   資料 RaymondG o l d s m i t h ,  A S t u d y  of 

S a v i n g  i n  t h e   U n i t e d  S t a t e s ,  V o l .  I I I   T a b l e s ,  W‑14, 1 5 ,   1 6 .  

貨,生命保険準備金,年金,社債,公債)と変動価 格資産(株式,非法人純資産,住宅,在庫など)に 区別し,これを職業別,純資産別,戸主年齢別にみ ると,以下のようである。

家計の金融資産の割合(24.0%)1llは,現金を含ま ないため過少評価されており,ゴールドスミス(上 掲書,

W‑12,W‑16)によれば, 1950

年初において

33%

である。変動価格資産は,一般物価水準ほど急 速に上昇しないと考えられるので,それを多く所有 すればするほど実質購買力は低下するという。

つぎに,純資産階層別の分類では,資産保有

2 , 0 0 0

ドル以下では資産構成にほとんど変化を与 えない見

また,職業別における退職者と年齢別における55歳以上の戸主は,ともに変動価格資産の割合 が高く,インフレによる最大の被害者であろう。

以上の考察の結果,賃金一物価インフレの過程で労働所得と利潤との間に循環的変動がみられ るが,物価,賃金,およびその他の所得カテゴリー間の動的な相互作用は極めて複雑であり,因 果関係を明確にすることや以前の行動様式との相異を明確にすることは非常に困難である。した がって,インフレーションが国民の分配に如何なる影響を与えたかを統計資料によって分析する ことは,インフレの単独効果を分離することが困難なために,有意な結果を得ることができない であろう。

] I  

国民所得ないしは産出高の決定に関するケインズ流の乗数分析は,元来,所得分配の変化を捨 象している嫌いがある。その理由は,新投資による有効需要の増大が,遊休設備と過少扉用の存 在する経済では,取も直さず,産出量および扉用を増加せしめ,自動的に賃金分け前を引き上げ,

また同時に利潤分け前をも増加させるからである。しかし,産出量が雇用労働者の不足という障

c.  i b i d . ,   T a b l e s  W‑46, 4 7 ,  4 8 ,  4 9 .  

9 )   i b i d . ,   T a b l e s  W‑46, 4 7 ,  4 8 ,  4 9 .  

‑80‑

(8)

イソフレーショソと所得の再分配(浅田)

壁に出くわすとき,総生産高に占めるあるグループの分け前の増加は,ただ他のグループの分け 前の犠牲によってのみ可能となるであろう。経済がこのような状態に達すると,賃金および物価 は下方に硬直的かつ上方に伸縮的となり,通常,いわゆる賃金一利潤一物価のスパイラル過程が 発生する。そしてこの過程では,賃金の上昇が利潤の上昇に遅れるのが常である。この点におい て,国民所得の分配は,実質賃金が低下する一方,利潤に有利にシフトするであろう。したがっ て,この場合に, もし労働者が実質所得の減少を甘受するような状態があれば,ケインズ流の乗 数分析を理論的に使用することが可能となるであろう。

かくして,この種の経済では,任意の時点でコストと価格との間に格差が生じることになるが,

これによってもたらされる実質所得の相対的損失に対する経済グループの抵抗が,インフレ過程 を存続させる動学的要件であるように思われる。

ところで,現代におけるように高度にグループ化され,組織化された労働者は,ケインズの時 代とは異なって,経済

l

青勢に関する多くの情報を容易に触知し,それによって適切な判断と行動 を行ないうるようになってきていると想像される。このようなとき,労働者は,ケインズの明言 のように貨幣賃金の引下げに対して強く抵抗する° ばかりではなくて,実質賃金の切下げに対し ても敏感に反応すると考えてもよいであろう。

そこで,われわれは,賃金上昇が物価上昇を相殺するように労働者が断乎闘うことを決意する ものとし,企業家は賃金の上昇を相殺するように物価を引き上げると想定しよう。この仮定は乗 数分析では全く不必要なものであろう。この想定のもとでは,需要の追加的な増大がなくとも,

経済の貨幣所得は一層高い水準に引上げられるであろう。

賃金一物価のインフレ過程を分析するために,われわれは,インフレシヨックとこのショョク に対する経済のリアクションという二つの概念を導入しよう。 ここでいうインフレシヨックと は

i ,

経済のコストや物価を大きく上昇させる要因とこれによって社会の実質所得を再分配する ものとする。したがって,連続的ないしは動態的なインフレ過程を発動せしめる条件は,所得分 配を変化させるインフレシヨックの存在とシヨック後の所得分配を不安定にさせるリアクション の存在である。もしシヨック後の所得分配が安定しているならば,貨幣所得水準は,新たなイン フレシヨックが加わらないかぎり,限界消費性向の値に応じて,同一にとどまる9か,あるいは 減少するりであろう。そして, もしシヨック後の所得分配が不安定に反動するならば,以下に述 べるような反作用によって,貨幣所得は増加し続けるであろう。 (1)物価が上昇し続けているなら ば,賃金労働者は種々のストライキという直接行動に出,その結果団体交渉を通じてより高い賃 金を獲得する。 (2)最近のわが国におけるように,工業製品の価格が上昇しているのに,農産物の

I) 

J .   M. K e y n e s ,  The Geneml Theory of Employment, I n t e r e s t  and Money, 1 9 3 6 ,   p .   8 .  

邦訳塩野谷九十九, 『賑用•利子及び貨幣の一般理論』東洋経済新報社,昭和24年, 10ページ。

の

例えば,為替切下げ,赤字財政支出,物価統制の撤廃,および大規模な負の貯蓄等が含まれるであろう。

$ 限界消費性向が

1

の場合。

〇 限界消費性向が

1

以下の場合。

‑ 81‑

(9)

価格が相対的に低位にとどまっている場合には,農業団体等の圧カグループが政治的に働きかけ るか,農産品を廃棄処分することによって,その価格を上昇せしめることがある。そして, (3)為替 切下げの場合には,輸出数量・輸入物価ともに上昇するであろう。輸出数量の上昇は関連企業の利 潤を高め,これが,それらの産業における労働者に一層高い賃金を要求させる誘引を与える。他方,

輸入物価の上昇は,輸入品が生産増に使用されるかぎり,国内の費用構造を高める傾向があろう。

このコストの増加を打消すために,企業家はかれらの製品価格を引き上げるであろう。このよ うな方法によって,賃金一利潤一物価のスパイラル過程が進行するのであるが,ひとたび,この インフレスパイラルが進行するやいなや,各経済主体(特に労働者と企業家)はこの列車に乗り 遅れまいとして,彼等に許されたところの独占力ないしは市場支配力という強大な特権を徹底し て行使するであろうことは想像にかたくない。彼等がそうする理由は,労働者にあっては過去の 生活水準を,また企業家にあっては絶対利潤額を,実質的に擁護または維持および向上させよう とする根強い動機のためである。換言すれば,これらの動機の実現は,完全雇用を維持しインフ レ化している経済では,国民所得の分配分の奪取闘争の形をとるということができるであろう。

そして,戦後の資本主義経済の発展による実質産出量の増大とインフレとによって膨脹したパイ は,それぞれの国における固有の分配パクーン(労働者と企業家との相対的力関係)に応じて分 配されてきたし,またされるということもできる。

要するに,完全扉用における賃金一利潤一物価スパイラルの本質は,労働者の生活水準と物価 変動に対する彼等のリアクションと慣行,および利潤所得者の需要,コスト,物価に対する彼等 のリアクションと慣行によって,大きく変化するといえるであろう。

それゆえ,以下のモデルでわれわれは,つぎのような基本仮説を設定する。

(1)労働者は,他のグループに比較して,彼等の生活水準が影響されるときにのみ行動する。換 言すれば,賃金以外の諸価格が上昇するならば,労働者は賃金上昇を求めて闘うであろう。

(2)経済システムにおける超過需要の発生あるいはインフレシヨックの出現によって,物価と利 潤は上昇すると考える。また,最初のショック以後,コスト・マークアップシステムに基づいて,

企業家は物価決定

9

を行なうと仮定する。したがって,需要動向は時々一時的に物価に影響する が,主要な物価決定要因ではない。

このような前提の下で,われわれが提示しようとするモデルは以下のようなものである。

いま,貨幣国民所得 Y。が,賃金

W . ,

利潤

Q . ,

および賃貸料や利子からなる残余 R.li>に分 配されるものとすれば, (1)式が成立する。

(1) 

Y,=  W .

、

+Q

、

+R

、

w

、

Y

そして,貨幣賃金上昇率と物価(所得)上昇率との比率ー一/一上をW

。

Y

。 m

で表わそう。これは,

労働者が物価上昇によって失われた所得をどの程度取り返すことができるかを示す係数を意味す

9 

もちろん, ミクロの次元での企業家の価格決定をマクロ的に集計したものを表現したものである。

6 . )   R

。‑=

(1‑w‑r)  Y .  

,゜

w : ‑ : :

賃金分配率,

r=

利潤分配率

‑ 8 2 ‑

(10)

イソフレーショソと所得の再分配(浅田)

る。たとえば,

m=lならば,労働者は物価上昇に比例した賃金上昇を獲得できることを示すし,

また,

m<lならば,労働者の実質所得は低下し, m>lならば,この逆を示すことになる。

さらに,通常,物価上昇と賃金上昇の間には, リード・ラッグが存在する。物価上昇に反応し て労働者が賃金上昇を獲得するまでには時間の経過を要すると想定することが,合理的なように 思われる。それゆえ,

W 。 ( 2 )   w;、 =m•

切 知 た だ し

w =

―ーとなる。

Y 。

つぎに,企業家が賃金の上昇を物価上昇という形で転嫁する割合を

n

で示そう。もし

n=lな

らば,賃金上昇はすべて物価に転嫁されるであろう。そして,賃金の上昇が同期間内に即座に利 潤調整によって追随されるとすると,

( 3 )   Q,=Q 、 ‑1+Cn‑l)(W. 、 ‑ w . 、 ‑ 1 )

また,賃貸料や利子は,その契約的性格のゆえに,問題の期間の物価上昇に反応しないと考え られるから,

( 4 )   R

、=凡

=(1‑ 初 一 r ) Y .

。 ただし,

方程式

( 1 ) , ( 2 ) ,   ( 3 ) ,  

および

( 4 )

から,

( 5 )   Y.、 =Y.、-1+m•n• 四 ( Y . ー 、 1‑Y. 、 ‑ 2 )

上式の一般解は,

( 6 )

式のようになる。

Q 。

r=  Y

。

( 6 )   Y,= 

m•n•wY.。 -Yi

+ 

Yi‑Yi

。 m•n• 四 ( t )

m•n• 四 ー 1 m•n• 四 ー 1

われわれは,完全雇用の仮定から産出高を

c a n s t .

と考えているので,貨幣所得の増加に伴う 物価の連続的変化を(

1 ) , ( 2 ) ,   ( 3 ) ,   ( 4 ) ,   ( 5 )

式を解くことによって得ることができる。

いま,モデルの経済的含意を考えてみるために,上式の各変数値を

w=0.6, r = 0 . 3 ,  ( 1 一 匹 一 r ) = 0 . 1 ,  m=l, n=l, Y .

。

=100,

S (ショック)

=10

としよう。これらの具体的変数値は,国民所 得が賃金に60%,利潤に30%,

賃貸料•

利子に

10%

それぞれ分配されていることを意味する。さ

らに,労働者は実質所得を不変に維持し

(m=l),利潤所得

第 四 表

者は賃金上昇分を全て物価上昇に転嫁

t  I  Y = W + Q + R  

する

(n=l)

ことを示している。

均 衡 1 0 0   6 0   3 0   1 0  

第四表は,最初のインフレショックの結果および所得再 ショック

1 1 0   6 0   4 0   1 0   期

間

1 1 1 6   6 6   4 0   1 0  

分配の結果,貨幣所得水準(物価水準)と分配分け前に如

2 1 1 9 . 6   6 9 . 6   4 0   1 0  

何なる変化が起るかを示している。

3 1 2 1 . 8   7 1 . 8   4 0   1 0  

この表は,

1 0

のショックによって,貨幣所得が,最初の

4 1 2 3 . 1   7 3 . 1   4 0   1 0   5 1 2 3 . 9   7 3 . 9   4 0   1 0  

増加の約

2 . 5

倍に増加するということを示している。これ

6 1 2 4 . 3 4   7 4 . 3 4   4 0   1 0  

は注目すべきことである。というのは,このショックが仮

00  1 2 5   7 5   4 0   1 0  

1 )  

に貯蓄を超える投資の増加によるものであったとしても,

り

Ym=Y.+ x 

m•w ・エ ・

(1-m•w)x 1-m•n•w' Wm=W.

。+ ' および

Qm

鴫 +

1-m•n•w 1-m•n•w

より計算できる。

‑83‑

(11)

限界消費I生向が 1 に近いならば,貨幣所得の上昇は 110 だけであろう。他方, m•n•w の値が 0.6.

であり,限界消費性向が

1

であるならば,所得の再分配効果は,乗数過程によるよりも,

きい貨幣所得の増加をもたらすであろうからである。

一層大

そして,われわれのモデルから理解されるもう一つの注目すべき点は,労働者が彼等の実質所 得を不変に保ち,賃金上昇がすべて物価に転嫁されるとしても, このモデルの有効性に何らの影 響も与えないということである。

第四表から容易にわかるように,第

6

期以降,賃金一物価上昇は,現実の

. 1 Y

と全体の

. 1 Y

の 比が

0 . 9 5

以上を保っているという意味で,ほぼ均衡点に接近しているとみなされうる。 このよう にして,均衡点では,すべての諸変数はモデルの初期条件を満たすような値をとる。すなわち,

が,

貨幣賃金額は総所得の

0 . 6

倍のままであり,利潤分け前はショック以降40に保持され,残余グル ープの貨幣所得水準は同一(実質所得では20%の減少)にとどまっている。

ところで,賃金と俸給の国民所得に占める割合(前述方程式中の

w)は,産業の生産性,資本

ストック,第3次産業の比重,および農業人口の比重等によって,国や時によって異なっている およそ,英米で70 75%であり,わが国やフランスでは50% 60%である(前掲第二表参照)。

われわれのモデルにおいて,労働分配率という要因の変化は極めて重要な意味をもっている。と いうのは,上述のモデルにおいて,他の事情が変らない

(m=l,n=l, Y.=100, S=lO) 

かぎり,

労働分配率が大きくなればなるほど,物価上昇は一層大きくなり,経済体系の均衡到達時間は長 くなる(第五表参照)ことが明らかとなるからである。逆に,賃金分配率が小となるほど,賃金 第 五 表9 と利潤との間のリアクションが小さくなることは容易にわかるであろう。

w  Y

。

t ,  

つぎに,

m

の値を変化させた場合に, モデルにどのような影響を与える

0 . 7  

0 . 6   0 . 5   0 . 4   0 . 3  

1 3 3 . 3   1 2 5   1 2 0   1 1 6 . 7   1 1 4 . 2  

9 6 5 4 3   第 六 表

m  Y 。 t ,  

かを考えてみよう。

mの値すなわち労働者が実質所得の分け前をどの程度まで取り返すこと

ができるか(つまり,貨幣賃金率を引き上げることができるか)を示す係 数が変化すると仮定すれば,インフレスパイラルにおける賃金要因の重要 性が一層明瞭となるであろう。

m

を変化させることによって得られた結果 は第六表のとおりである。第六表からすぐわかるように,

mを変化させる 1 . 4  

1 . 2   1 . 0   0 . 8   0 . 6  

1 3 3 . 3   1 2 5   1 2 0   1 1 6 . 7   1 1 4 . 2  

9 6 5 4 3  

前述の

W

を変化させた時の結果に一致している。すなわち,

mの

値がより大きければ大きいほど,均衡貨幣所得水準は高くなり,

に到達する時間はより長くなる。

ことは,

結局, インフレスパイラルにおける労働者の重要性は,

この水準

w•m すなわち

(労働分配率の大きさ)

X(

物価上昇に対して賃金率を調整する労働運動の能力)によって変化す るであろう。さらに,

( 5 ) ,   (6) 式における m•n•w の値はインフレスパイラル過程の大きさと長

か Y~= 又十

X 

‑現実の所得増分1-m•n•w とち=log(1 全体の所得増分) / 

l o g  

(1-m•n•w) とから計算したものである。

‑ 8 4 ‑

(12)

イソフレーションと所得の再分配(浅田)

さを決定するであろう。もし m•n•w~l ならば,この過程は発散し,特に m•n•w>l の場合

には,貨幣所得および賃金の上昇率は上方に発散するであろう。また,

m•n•w<l の場合には,

貨幣所得および賃金の上昇率は段階的に小さくなり,均衡値

Y

。に収束してこの過程は止むであ ろう。

以上の考察から推察されるように,われわれのモデルは,各変数値がどのようなものであれ,

振動しない。また,ショックの大小はモデル体系の安定性には無影響であった。ショックの大き さに依存(比例)するものはただ貨幣所得ないしは物価水準のみであるということができる。つ いでにいうと,

m

の値が小さいかぎり,経済体系を不安定にさせる要因としての組織労働者のカ

というものは,さほど重要ではないということである。

以上,われわれがモデルを用いて論証した重要な結果は,シヨックの大きさが同量でかつ限界

消費性向および m•n•w の変化が等量であるという同一条件の下でも,所得の再分配効果が乗数

よりもはるかに大きい貨幣所得の変化をもたらすということ,および,通常のケインズ流分析で は,高い利潤分配率(逆にいうと低い労働分配率)が社会の貯蓄性向を高めるという理由で,経 済の安定化要因であると単純に考えられているが,これが貯蓄関数に与える影響および物価上昇 による所得の再分配に与える影響も同時に考えてみた場合,逆の結果が起る可能性がある。とい うのは,インフレ期における

m

や

r

の値の変化は限界消費性向の変化よりも一層大きいと考え られるからである。

m 

前節までの考察によって,所得水準と乗数効果の大きさとの関係が,インフレ経済および完全 雇用経済の安定性を検討するうえで,極めて重要であることがわかった。それゆえに,この関係 を理論的に掘り下げて検討する必要がある。この意図に適した分析用具は,ケインズ流の国民所 得決定機構であろう。

いま,

Y m c

ヽ)を

t

期における貨幣国民所得,

l m c

,)ヽ

C

叩)をそれぞれ

t

期における貨幣クームの 投資および消費,

p e

、)を

t

期における一般物価水準, yfを完全雇用における実質産出量(所得)

とすると, (1)および(2)が成立する。

(1) 

Ymc•> =  P c , > "  Yf  ( 2 )   Y m ( t )   =  C m ( t )   +  I m (

)ヽ

さらに,貨幣クームでの限界消費性向

. d C

』

. d Y m

を

C ' ,

完全雇用における実質消費を

cf

と すると,

( 3 )

が成立する。

(3) 

C m c

)ヽ

=  C ' [ Y m c t ‑ 1 >  ‑ Y f ]   +  Cf 

(3)式では,インフレ経済における限界消費性向と,そうでない経済におけるそれとは基本的に 異なると仮定されている。

他方,投資関数は,

i

を貨幣単位の限界投資性向とするならば,次式で与えられる。

‑85‑

(13)

(4) 

I m ( t )   =  i ' [ Y m ( t ‑ 1 )  ‑ Y f ]  + I f  

(4)式では,物価変化に対する企業家の反応が陽表的に考慮されている。 (3)式と (4)式から,われ われは,価格(貨幣)乗数° と呼ばれるべきものを得る。

(5) 

Y m c , )   =  (C'+ i ' )  [Ymc,‑n‑Y f ]  + Cf+  I f  

価格乗数を kpで表わすならば,それは,

(6)  kp= 

1  1 

1‑

, : J C m   , : J f m   =1‑(C'+i') 

( , : J p )  yf  ( , : J p )  yf 

このように想定された経済体系に一定の自発的な実質投資の流れによるインフレシヨックが加 わると,これによって,限界消費性向および限界投資性向が所与であるならば,貨幣国民所得が

決定され,体系の安定・不安定(すなわち収敏性•発散性)は,シヨックの大きさとは無関係に,

C '

と i'の値に依存するであろう。これを第

2

図によって,図式的に分析してみよう。この目的 のために,われわれは以下のような仮定をおく。①貨 幣供給は完全に弾力的である。③完全扉用のために,

産出高がすでに非伸縮的になっている。③貨幣ターム

での限界消費•

投資性向はコンスタントである。④超 過需要(シヨック)が自生的に起り,しかも一定に維 持されている。

投資および貯蓄を縦軸にとり,横軸に所得をとる

Y 

価準 物水

第 1

図

と,左図が描かれる。 この図では, すべての変数値 は,完全雇用所得巧まではリアルタームで表わさ れ,それ以降は貨幣タームで表わされている。

さて,実質貯蓄と実質投資が等しくなるところ (E 点)で,完全履用実質所得 yfが決定し,この点で実 質産出量は増大しなくなる。そして,この点以降では いくら実質投資が増大しても, それはすべて一般物価の上昇という形で吸収される結果となる

(上図下部参照)。 それゆえ,不変価格表示の貯蓄は,超完全雇用経済においては,物価の上昇 蟷灼)だけ上乗せされることになるであろう。貨幣的投資関数についても同様であろう。

ここで重要な点は,第

1

図にも明らかなように,完全雇用を超える経済では,貯蓄関数(逆に いって消費関数)がリアルタームでのそれと比べてより大なる勾配をもって上方に屈曲するかも しれないということである。そして,貨幣的投資関数

Im+, d l m

と貨幣的貯蓄関数

S ' m

とが,超 完全雇用の任意の点で交わるならば,この均衡点でインフレは停止し,経済体系は乗数倍に引き 上げられた物価水準にて安定するであろう。また,

Im+ , d J m

と

S ' mとが永久に交叉しない場合 J )   Kenneth K. K u r i h a r a ,  I n t r o d 叩 t i o nt o  Keynesian Dynamics, Columbia Univ. P r e s s ,  1 9 5 6 ,   p .   1 3 2 .  

‑ 86‑

(14)

イソフレーショソと所得の再分配(浅田)

には,インフレは,永久に持続するか,あるいはますます拡散してハイパーインフレの状態に至 るであろう。

要するに,完全雇用を維持しインフレ化している経済の安定性は,物価上昇によって,貨幣的 限界貯蓄性向を表わすところの貯蓄関数がどの程度上方に屈折するかに大きく依存することがわ かる。換言すれば,この貯蓄関数の屈曲度と投資関数の位置によって,インフレの動的過程の長

さと程度が決定されるであろう。しかるに,過少雇用経済での乗数値(ケインズの乗数)は 1/~

であるのに反し,超完全扉用経済の乗数値は

/ 1 ( d dSm  p )   Yf  ( d Alm  p )   Yf 

である

2

。

dSm  A l m   dCm  A l m  

それゆえ,完全雇用経済でのモデルの安定条件は,

( d p )   Yf 

> 

( d p )   Yf 

又は1‑

( d p )   Yf 

> 

( d p )   Yf 

である。この条件が満たされない場合には,経済にひとたびインフレギヤップが生じるならば,

経済体系は拡散的であるので,インフレは無限に累積的に進行するであろう。

結 び

インフレーションの経済的,社会的な影響の大小は,インフレの規模,速度,持続性に大きく 依存する。ハイパーインフレのような激烈な物価騰貴がもたらす影響については,ほとんど議論

の余地はないであろう。急激な持続的インフレは,所得分配に革命的な変化をひきおこし,債券,

生命保険,抵当権,その他の貨幣資産の実質的な価値を急激に低下させ,固定所得グループの立 場を極端に悪化させ,最悪の場合には,資本主義経済の生産能力と社会組織とを破壊してしまう であろう。

さほど急激でない持続的なインフレの場合には,程度の差こそあれ上述の影響を免れえないが,

とりわけ健全な倹約(貯蓄)の意欲を減退させ,国外への資本逃避を促し,資本輸入を妨げるで あろう。さらに,この種のインフレは,資金の源泉を枯渇させるのみならず,利用可能な資金を 誤った種類の投資(過大な商取引,投機的な土地や住宅に対する需要,過大な在庫)を助長する。

ところで,インフレの程度が極めて軽微でかつ断続的であり,経済の諸生産要素市場,財貨市 場が自由競争のメカニズムを保持している限り,この種のインフレには,経済的悪影響を及ぼし うる何ものもなく,逆に,インフレというプライスメカニズの作用は,諸資源や諸要素の完全利 用を促進し,かくして,経済社会を最も効率的に運営・機能せしめる標識とさえなるということ ができる。

要するに,物価一賃金スバイラルを維持し,それに拍車をかけるものは,要素市場(特に労働 市場)や生産物市場の硬直性であり,その結果として生ずる賃金や諸価格の下方硬直性かつ上方 伸縮性の存在である。

3 

貨幣表示の投資とリアル表示の投資とが等しいとすれば,完全雇用経済での乗数値は

c .

を基礎消費

a

を限界消費性向として

,  T  yf  =  1‑(a+C./Yf)

である。この場合の乗数とリアルクームでの乗数と の関係は

1{1‑(a+ C . / Y f ) }   >  1/(1‑a)

となる。

‑ 87‑

(15)

このような硬直化要因が経済組織や制度にひとたび発生し,これがそれらの中に組み込まれる やいなや,諸価格の上昇は,経済社会にとって,最も悪質でかつ解決困難な種々の問題を発生せ しめるのである。この一つが,悪質の持続的な物価上昇の傾向とこれが所得および富に及ぼす影 響である。

われわれがこの小論において論究しようとしたのは,特に,この点および所得再分配がインフ レ過程に及ぼす影響であった。

われわれの結論を一般的な形で要約すると,要素所得分配については,

( a )

利子,地代,その他 賃貸料の形の所得は,その契約的性格のゆえに相対的悪化を受ける。 (b)貨幣賃金率の上昇が一般 物価水準の騰貴率を大巾に凌駕しないかぎり,利潤分け前は相対的に増加するであろう。したが って,

( c )

賃金所得は貨幣賃金と物価の相対的な動き如何によって異なるが,大ねむ悪化する傾向 があろう。

他方,インフレの富の分配への影響については, (d)資産を不動産,在庫,株式の形で保有して いる人は,一般的に被害を受けることが少ない。

( e )

資産を通貨および預金,社債等一定額の貨幣 に対する請求権の形で保有している人は被害を被る。

つぎに,インフレによる所得の再分配の結果がインフレスパイラルの過程の存続性および加速 性に与える影響は,再分配されたものが消費関数をどの程度に

k i n k

させるかに大きく依存する

ということであった。

ところで,本稿でのわれわれの論究から引き出される一つの推論は,長期的な分配率の不変性 が現実のものであり,将来にわたって維持され,また維持されるべきものならば,インフレは,

経済体系の中に組み込まれ,それが永続化ないし加速化する可能性があるということである。こ の可能性を排除する方法は,論理的には,二つしかない。すなわち,われわれの基本的仮説(要 素市場および財貨市場における不完全競争性の仮定)に相当する部分を現実の経済制度から除去 するか,それとも現在の硬直的な経済制度をあまんじて容認し,他の解決策を見い出すかの,ぃ ずれかであろう。

現代におけるように,生産物および生産要素の両市場が高度に非競争的であり,その結果とし て賃金および諸価格の決定ないし形成が労働組合による賃金上昇圧力と企業のもつ価格転嫁力ま たは管理価格化によって行なわれるような経済では, インフレが体系にビルト・インされ, 賃 金・物価スパイラルという悪循環が生じる。このような状況では, もはや狭義の財政・金融政策 はいうに及ばず,いわゆる所得政策でさえも,十分有効な政策トウールとはなりえないかもしれ ない。換言すれば,このような経済では,賃金率,諸価格,および利潤といった名目上の経済変 数に直接関与,干渉を指向するような政策は,悪循環過程を刺激し, もつて各経済主体間の経済 的・政治的抗争を激化させることこそすれ,根本的な解決策とはなりえないと思われる。このよ うな観点からすると,多数の国民的合意の得らえる社会福祉を含む広義の所得再分配政策が,こ の解決に有力な武器の一つを提供するように思われる。要するに,社会保険,公的扶助,教育補

‑88 ー

(16)

イソフレーショ`ノと所得の再分配(浅田)

助等の社会保障関連サービスの拡大・充実政策こそが,名目的な意味の相対的分配の変更なくし て,インフレを伴わない持続的経済成長と分配の平等化を両立させ, もって経済的・社会的軋榛 を回避もしくは軽減することのできる残された道の一つであると思われる。

なお,理論上の残された課題としては,現代の経済制度がどの程度に完全競争の条件を満たし ていないかということを,理論・実証の両面から,十分再検討する必要があろう。

1 9 7 2 . 9 . 3 0  

‑ 8 9 ‑

参照

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