[学習指導] 商業英語の学習
その他のタイトル [Students' Page] Learning of Business English
著者 冨山 忠三
雑誌名 關西大學商學論集
巻 11
号 2
ページ 143‑152
発行年 1966‑06‑27
URL http://hdl.handle.net/10112/00021527
J43
商業 英語 学の 習︵ 冨山
︶
ー 学習指導
商業英語の語義
元来︑商業英語という言葉は︑英語の
B u s i
n e s s
E n g l
i s h
ま
たほ
Co
mm
er
ci
al
E n g l
i s h
を翻訳してできたものである︒
Bg
in
es
s
と
Co
mm
er
ce
とは
sy
no
ny
であって︑混用されm
ているが︑その語源を異にし意味・内容にも若千の差がある
ので︑その区別を明らかにすることが商業英語を知る上に役
立つし︑また商業教科を履修し︑将来︑商業界に立身せんと
するものにも有益だとおもうので︑簡単に説明しておこう︒
語源的にいえば︑
s i B u
n e s s
とい う語 は︑
b us y
という語に
n e s s
(状態またほ性質を表わす
s u f f
) i x
を附加して構成され
た言葉であって︑
s t a t
e o f
be i
n g b
us
y
を意味する︒その意味
では
bg
in
gs
をもつ者は必ずしも商人に限らず︑医者や教
﹁商 業英 語の 学習
﹂
冨
山 忠
Le
ar
ni
ng
o f
B
us
in
es
s
En
gl
is
h
五五
師であっても︑いささかも不都合はないのである︒有名なク
ラブの類語集にも次のように説明している︒
B u s i
n e s s
i s
t h a t
w
hi
h c
e
ng
ag
gt
he
ti m
e s ,
t a l e
n t s ,
a
nd
i n t e
r e s t
o f a
ma
n.
(ビジネスとは︑人間の時間・才能を費や
( 1 )
し︑関心をもたせるものである︶︒
そのように
b gi n
s e s
を広く解すれば︑生計のために︑ある
いは事業︵営利的・非営利的たるとを問わず︶のために知識
・経験を投入する総ての事項がビジネスになるのであって︑
それは商事
(b
gm
gs
a f f a
i r )
~限ったことではない。ビジネ
スを仕事・事務・実務の意味に解するのは︑この広義の一般
的用法においてである︒
ただ多忙な点では︑他の職業よりも商取引
( b g i
n e s s
t r a n
,
s a c t
i o n )
が最大である関係から︑ビジネスといえば多くの場
合︑商事に関係づけて考える傾向が生じたもののようである︒
しかしビジネスの本来の意味には︑必ずしも商業と本質的な
関係があったわけではない︒
第二に︑ビジネスは人生において︑為さねばならぬ仕事の
意味から
du
ty
(用務・用事・責務︶となり︑さらに
m i s s
i o n
︵使命︶という意味にも使用されてきた︒
第三 に︑
wh
at
ab
gi
ne
ss
! (困ったことだ)—
An
aw
kw
ar
d
b us i
n gs
の例にみられるように
a f f a
i r 事( 項︶
︑
m at t
e r ( 事
144
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶ 件 ︶︑ i nc i d en t (出 来事
・事 故︶
︑ s ub j e ct
(問題︶などの意味
にも転用されてきた︒
これを要するに︑ビジネスという語は︑渡世上なす仕事・
( 2 )
用事・事項などを総称する語
( ge n e ra l wo rd ) であって︑商 業とか商売に関係づけて考えるのは本質的には特殊な用法と みるべきであるが︑その使用の頻数と範囲の最大なことから 実際には商業との結びつきが強くなったものとおもう︒
次に
Co mm er ce
という語は︑
co m
と
me rz との二語から 形成されたものである
0
co m
1 ±
co mb in e, comp os e, c om p' g y
の例にみられるように
t og e t he r
の意味をもっ
P re f i x
で
ある︒ギリシャ語の
me rz :!
;! ラテ ン語 の me rx と同様に財 貨を意味する︒したがってコンマースは財貨を一箇所に寄せ 集める意味を表わし︑それから物々交換の意となり︑今日の
売買の意味に発展したのである︒
なぜ財貨を一箇所に寄せ集めることが物々交換になるかというと︑
商業史の物語るのは次のようである︒
文化未開の頃︑異種民族閻に自分達にあり余った生産物を他民族の所有する生産物と交換したくても︑言葉が通せず︑気心がわから
ぬので平和的対面取引ができなかった︒そこで賢明な冒険的な男がー今日でも商売には︑ちがった意味の危険ほ伴うのだがー自己所有の生産物を相手方の目につく場所に置いて︑すばやく逃げ帰って相手方のでかたを見守っていた︒初期には︑おそらく反対給付なしに
奪いとられたであろう︒しかし根気づよくそれを続けていくうちに︑ 相手方に'当方の所作の意味がわかるようになり︑相手方の方から
も交換したい物資を持ち出すようになった︒そうして次第に安心して財貨を一っところに寄せ集める行動をおこし︑それによって無言劇ではあるが︑平和的交換が︑形成されたのである︒すなわち財貨
( tn e r z) を一 所に ( co m )
することが物々交換となり︑それがやがて今日の商売の意味に発展したわけである︒
Co mm er ce
と
B us i n es s
(広義の︶と比較すれば︑前者は後
( 3 )
者の限定された意味をもつ特殊語
( s p e c i f i c wo rd ) であ る︒ すなわち前者を売買の意味に解すれば︑後者の一形態という
ことになる︒つまり
Bgmg
ほ
co mm er ce
の上位概念である︒
しかし米国においては︑商業の意味にも一般に
Co mm er ce
よりも
bg mg s の語が慣用されているのである︒下記の用
語は︑その一例に過ぎない︒
取引関係 商売関係
bg in es s c i r c l e s 商 業 界 bg in es s c on n e ct i o n bg in es s e
du
ca
ti
on
{g四
業教 育 bu si ng s e nt e r pr i s e
商企業
b us i n es s hours営業時間busin~ss
ho us e
商店
bg in es s pa pe r
商業手形
b us i n es s t ra n s a c t i on
商取引
Co mm er ce
と
sy no ym
で商業の意味に使用される英語に︑
いま一っ
Tr ad e があ る︒ B us i n es s
の下位概念であるから︑
l l さ ク t r a d e ・ i s b us i n es s b, ut a l l b u i ne s s i s no t t ra d e ."
( G .
Cr ab b, E n g li s h s
yn on ym s E x pl a i ne d , p .
15 5)
といえるので
五六
145
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶
Tr ad
e と
Co mm er ce
との相違を強いていえば︑前者が具体
的な個別的な売買を意味するのに対して︑後者は一国全体の 商業もしくは世界商業のように全体的あるいは抽象的な意味
に用いられることが多い︒
( G. Cr ab b, ib i d . , p .
7 4 4 .
;
Ga ,
2. )
mb ar o' s L e ss o
n s m
Co mm er ce , p .
なお貿易という邦語には
t ra d e
が適用され︑貿易語を
t r , ad e t er
0mと訳する
t ra d
e が商業関係で使用される慣用語を
若干紹介しょう︒商業︵仲間︶割引
t ra d e acceptance
引受手形
t ra d
a e
ll
ow
an
ce
日a
de a ss o c ia t i on 同業組合口
ad eb
al
an
ce
貿易差額
f or e i gn t ra d e
外国貿易
ho me t ra d e
国内商業
t ra d e m ar k
商標
t ra d e n
am e
商号
Tr ad
eには︑いま一っ﹁職業﹂の意味がある︒あたかも︑
P ro f e ss i o n が医師・弁護士・会計士などの専門的職業を表わ すよ うに
︑ t ra d e
が大工・左官などの職業を表わす︒したが
って
tr ad g, ma n 柱商人を意味すると同時に熟練した職人 ( s k i l l e d
w
or
ke
r)
の意味もある︒
さらに日
ad
が労働関係に用いられていることも看過できe
ないのである︒その例を下記にしるす︒
t ra d e a
gr ee me nt
労働契約
t ra d e d i s pu t
e s労働争議
ある
︒
I I
五七
t ra d e u ni on
労働組合
Tr ad e・ Un io ni sm
労働組合主義
TR
AD
E U
NI
ON
AC T
TR
AD
E U
NI
ON
労働組合法
MO VE ME NT
労働組合運動
上に述べたように︑商業という邦語に相当する英語は種々
あるが︑﹁商業英語﹂という教科においては︑そのすべての英
語を含めて︑商業もしくは経済に関する英語を研究するので
ある︒そこで問題は︑一体︑商業英語と一般英語と︑どこに
差異があるのか︑﹁商業英語﹂という教科の領域はどこか︑と
いうことになる︒次にそのことに触れてみよう︒
商業英語の領域と本質
学科課程としての商業英語は︑通常
Bg mg s c or r e sp o n d'
en
ce
(俗称コレボン︶または
B us i n es s L et t e r w r it i
n gと考え
られている︒それぽど商業通信の名称ほ一般に知られており︑
動もすれば商業英語即英文商業通信と考え易い︑もちろん商
業通信は商業英語という教科の中で極めて重要なものであり︑
英語国でないわが国においては︑最も実用価値が高く︑諸他
の英文報告とか
s a l e t a s l k
や広告宣伝などに使用する英語は︑
それに較べると比較的利用価値が少ないので︑商業英語の教 育内容が英文通信に偏する傾向をつくったのは自然のなりゆ
146
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶
きであっでといえよう︒
しかしこれはわが国の特殊事情に基づく現象であって本質
的に商業英語の学科内容が商業通信に限定さるべきものでは
ない︒学問の性格は︑歴史・民族性・国情などにより条件づ
けられる現実性を越えて︑普逼妥当な論理によって形成さる
べき であ る︒ 広義 に解 して
︑ B us i n es s E ng l i sh
を
bu si ng s
の言葉
( l a ,
n百
ag o e f b u si n
e 器
︶と
すれ
ば︑
bu si ng
sと称しうるあらゆる
職場︵法律・経済等の職業社会︶で使用される実用用語は悉
く包合することになり実に広汎なものとなる︒
これを狭く解して︑経営に関する英語としても︑その言語
活動は、購入•生産・販売・経理はいうまでもなく、運送・
保管・金融など百般の経営経済活動に︑その言語活動の領域
をもち︑かつそれは単に紙上の言葉のみでなく︑口頭の言葉
例 え ば 邑 t a e s
l k をも包含するのである︒その意味で︑単な
る商業通信という一項目の性質だけで商業英語の性格を定義
( 4 )
づけることは不当であるといわざるをえない︒
本教科である﹁商業英語I﹂では︑狭義の意味の商業英語
に限定して研究するつもりである︒
さて次に商業英語の本質については︑どのように考えられ
ているかを簡単に述ぺてみよう︒ 商業英語の碩学
H ot c h ki s
s および
K il d u ff
教授ほ
l i t e r a r y E ng l i sh
(文学英語︶と比較して次のように述べている︒
﹃商業英語と文学英語との根本的差異ほ︑作文の目的にある︒
すなわち商業英語の目的ほ︑表現
(9 pr gs io n)
よりも印象
( im p r es s i on )
! 2 .
ある︒文学は通常︑読者の行為を求めない︒
読者は︑ただ鑑賞しあるいは啓発されるだけである︒もちろ
ん文学が読者を感動させ︑行動を誘発することもあるが︑そ
れを創作の支配的動機となす必要はない︒現代の文学に読者
に迎合する傾向が多くなってきたが︑それを余り露骨に追求
すると﹁芸術の商業化﹂
( co m m er c i al i z in g a r t )
として批難さ
れる
これに反して商業英語の筆者は︑その技術が商業化され実 ︒
利化されることを率直に認むべきである︒﹁芸術のための芸
術﹂
︵ビ
tf o
r a r t ' s s ak e
)を理想とすぺきでなく﹁商売のため
の技 術﹂
︵ビ
・ t f o r m ar t ' s s a k e )
を信条とすべきである︒
したがってその構想や文体は︑読者の立場と関心から支配
されねばならない︒しかしこのことは商業英語が文学的見地
から優秀であってはいけないということを意味しない︒啓蒙
的であり︑読者を楽しませることは︑いささかも差支えない
ばかりか場合によっては︑その必要さえある︒しかしそれは︑
あくまで目的に対する手段としてであって︑終局の目的は︑
五八
147
読者の行動を惹起することでなければならない︒﹄
H o t c
h k i s
s ‑ a
nd
E.,I•Kilduff,
Ad
va
nc
ed
Bu s
i n g s
Co
rr
es
gn
,
d e n c
e ,
pp .
4 ‑ 5 )
上記の所説は︑商業英語の特質を文学英語との比較から抽
出したものとして注目に値する識見といえよう︒なおこの説
と同様な見解は他にも数多く散見される︒
実際において︑商業英語の大部分は︑顕在的にあるいは潜
在的に︑このような意図︵読者の行為を誘発せんとする意
図︶をもち︑殊にS巴
g l e t
t e r
や広告宣伝文などに使用され
るものほ︑全くこの意図に支配されるものと断言しても過言
ではない︒極言する論者は︑商業英語の価値は︑その金銭的
収益能力によって測定されるとまでいう︒
ここで問題となるのは﹁読者の行為を誘発せんとする意
図﹂という言葉の意味である︒もしそれを広く解して﹁なん
らかの仕方で読者に影響しょうとする意図﹂とすれば︑文学
英語であっても︑その意図がないことはない︒もともと﹁言
語は︑対話者がめいめい自己の思想を人に押しつけんとして︑
その作用を目当てに振う武器のようなもの﹂︵シャルル・バイ
イ著小林英夫訳︵﹁言語活動と生活﹂三九頁︶であり︑﹃言語
活動としての言語は︑本質的には︑話者の側における心的過
程の意図的表現で︑かつそれを聴者に伝達し聴者の精神生活
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶
( G .
B.
五九
に一定の仕方で影響しょうという意図的活動である︒﹄︵研究
社﹁英語学辞典﹂五五七頁︶とすれば︑商業英語と文学英語
との差別も︑意図的な活動誘発の有無に求めることはできな
い︒そこで意図の質的差異に両者の差別を見出すほかはな︑0し
そこで商業英語の言語活動の意図はなにかという問題がで
てくる︒その場合︑よく引用されるのが﹁実用﹂というアイ
ディアであって︑商業英語は実用英語だときめてしまうので
ある
さて実用とは何を意味するか︒﹁実際に入用なこと﹂﹁実際 ︒
に役立つこと﹂︵新村出編﹁広辞苑﹂九五八頁︶と解されて
いる︒﹁実際に役立つ﹂ことには物心両面があって文学英語
も精神的な用役をもつので︑それと商業英語の用役とに区別
をつける必要が生ずる︒そこで既述のように実利的意味か︑
さらに押しすすめて収益的意味に解するに到ったものとおも
実用の意味を︑実利や収益と解すれば︑たしかに文学英語 う ︒
は原則として実利的収益的意図をもつものではない︒したが
って︑この点から識別の手がかりをうることができよう︒
さて商業英語の本質的属性を上のように目的銀的に規定することは歴史的特殊現象に'~既述のわが国の商業英語の実
148
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶ 情のようにー│基づく概念規定のように偶然性はないが︑本 質的規定︵事物を事物たらしめる論理的要請すなわち普遍妥 当な規定︶としては︑部分的展開に過ぎず︑対象の最も本質 的標識をすべて正確に反映するところの十全的なものとはな りえないのである︒
そのことは︑この目的観的概念規定が︑商業英語の本質的 属性をどの程度に展開するか︵内包関係の考察︶並びにこの 概念規定の包摂能力を検討︵外延関係の考察︶すれば︑この 概念規定の有効性を明らかになしうるであろう︒
まず外延関係から吟味すると︑実利を目的としない商業英 語は絶無であるか否かが︑きめ手となる︒これに対しては︑
否と答えざるをえない︒例えば事業報告とか︑監査報告の如 き諸報告は︑間接的には読者の作為ひいては実利を誘発する 結果になるとしても直接の意図は相手から実利を求めんとす るものではない︒報告にほ客観的立場を厳守する限り欲念を 必要としない︒その意味で実利的収得を直接の目的としない 商業英語の存在を否定することはできない︒
次に内包関係であるが︑この問題は商業英語の言語学的性
質から照査するのが至当である︒
いうまでもなく商業英語ほ︑生きた言語現実をもっている︒
この言語の﹁原本的事実﹂には︑それ自らを成立させる論理
がなければならない︒論理をもっということは︑そのものに とって最も普遍的な規定をもっということに他ならない︒こ の普遍的な規定の発見・組識にこそ科学ーここでは言語学と くに語法学ーの研究の目椋があるとおもう︒
ところで﹃語法の論理は︑言語現実を︑ありのままの生の 解釈と表現の過程との二つのものとして見得るように把握さ れた論理でなければならない︒一口で言えば︑それは人間的 に︑社会的に歴史的に生きた論理でなければならないのであ る︒﹄︵木枝増一著﹁語法の論理﹂︱︱頁︶英語商業の語法も︑
この二重の論理に支えられて始めて真の語法たる資格をうる のである︒商業英語の本質的属性を内包関係から検討する場 合は︑この言語行動的事実を考察することが最も根本的であ るとおもう︒それは当事者︵筆者もしくは話者と読者もしく ほ聴者︶︑使用の場・意図および手段ならびにその結果的事象 について︑それぞれの特殊性に即する探究でなければならな い︒言語を単なる意味的存在としてでなく︑社会的に生きた 存在として考えるならば︑当然このような結論に到達するは ずである︒この観点から︑はじめて商業英語の語学としての 本質的属性が把握され︑またその独自性を明らかになしうる とお もう
︒ 翻って商業英語の学問的独立性を否定する論者の所説を聞
ハ0
149
くことにしょう︒
R . B
uh li ng
教授日く﹃商業英語という名称は変則的なも
ので学問的見地からは︑その存在を否定される︒英語は空想
的創作を表出するために使用されようと︑美的鑑嘗もしくほ
日常の必要に向けられようと︑利用目的によって区別さるべ
きものではない︒商取引にのみ特有にして他にないという単
語・成句・文章の魔術的結合
(m ag ic al co mb in at io n)
はあり
えな
い︒
﹄
( R .
Bu hl in g, B us in es s En gl is h, P re fa ce )
いかにもこの論者のいうように︑英語は英語
(E ng li sh i s En gl is h)
であって︑文章の資材を機械的に分析したならば
﹃これは簑︑これは笠とて除ければ︑あとには何の案山子な
るらむ﹄で︑商業英語なるものは何も残らぬという結論が生
ずるのである︒
しかしこの考えは︑いわゆる資材的立場︵思想通達の手段
だけを抽象的に考えるもの︶を固執するものであって︑言語
行動に対する考察︑換言すれば生きた言語の﹁原本的事実﹂
に対する思慮を欠ぐものというべきである︒
およそ単語・成旬を連結する語法︵文法︶は︑一面におい
ては人間理性の論理的性格に基礎づけられているが︑他面に
おいては︑特定の言語集団の伝統的・社会的・経済的規約に
よって形成されているのである︒
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶
1 1 1
商業英語の学習
/
商業英語を単に資材的立場からのみ考えず商業社会における言語活動に、特殊の当事者、特殊の場合や取引関係•特殊
の意味を発表伝達する手段・行勁およびその結果的事態の存
在に気づくならば︑生きた歴史的・社会的・経済的現実に即
した商業英語の存立が想到されるはずである︒約言すれば資
材的観点と行動的観点の二つの立場から考究して︑はじめて
商業英語という言語の真の学問研究が完成せられると考える
ので ある
︒
商業英語は長い間︑経験・慣習・勘や思いつきなどによっ
て形成されてきた︒しかし近代の方法論的進歩は︑いつまで
もそのような状態に沈滞することを許さなくなった︒また許
すべきでない︒方法論は︑勘とか慣れとか思いつきとかの主
観的・偶然的なものから解放され︑客観的・科学的なものと
ならざるをえない︒
およそ教科の学習方法というものは︑運動競枝の方法的型
のようなもので︑その真技は当事者個人のエ夫にまつほかほ
ない
ただいえることは︑あれこれの技法も︑克服せんとする対 ︒
象の本質を知らずしてほ︑現実即応的な方法が編み出される
150
ものではない︒その意味で︑前段において︑やや凝り過ぎる
まで商業英語の本質論を述ぺた次第である︒
さて上述のような商業英語の本質から︑学習者の学習心得
(r ea di ng
s ;
s e t )
~、どんなものであろう。以下に簡潔に触
れて みよ う︒
第一︑商業英語も英語である︒したがって一般英語の学習
態度や学習方法をとることには変りはない︒復習よりも予習
がより重要なこと︑単語の持ち駒の多いことが少ないより便
宜なこと︑反復練習の効果性など過去の学習経験を生かせば
よい ので ある
︒
第二︑商業英語は生きた現実の経済社会で活動している言葉である。その言語活動は、特定の当事者・時・場•取引内
容に制約されて意味・内容の特殊性を形成する︒例えば一般英語でintergtほ興味•関心の意味をもつが商業英語では、
そのほかに﹁利子・利息﹂の意味をもち︑
d u t y
(義 務・ 責
任)は「税•関税」となるなど変化するものが出てくるので
ある︒といって総べての語句がそうなるのではないし︑また
語句だけ弧立して読み書きするわけでなく︑時・場所・取引
内容などと関連して出てくるのであるから︑その特殊性を克
服するにさほど困難を惹きおこすものではない︒
殊に商業英語は︑正確・明瞭な表現を厳しく要請されるの
商業 英語 の学 習︵ 冨山
︶
で︑文学英語のような綾のある表現は︑広告文以外はあまり
取り入れない︒したがって
p la i n En gl is h
(飾りのない︑淡
白な英語︶が常態である︒この点で前記の特殊性による若干
の煩雑性を償うてあまりある安易性が見出せるのである︒
なお商業英語の特殊的用法などについては専門の辞典があ
るが︑一年次配当の教科については︑特にそれがなくても学
習できなくはない︒テキストに掲上された語句と普通の英語
( 5 )
辞典でこと足るであろう︒
第三︑英語力の正確性・明瞭性を保持することである︒商
業英語は鑑賞的英語ではない︒実際に商業戦に使用する英語
である︒誤字・脱漏は許されない︒コンマの打ち違いから莫
大な損失を蒙った例もある︒
使用する英語というのほ読解するだけでなく︑話したり︑
書いたりできる英語の意である︒読解を正確に的確にするた
めにも︑書くことによって語句・構文を確実にマスクーする
ことが重要な貢献をなすが︑商談や通信に適応する商業英語
の学習には作文能力の習得は不可欠のものとなる︒世界的規
模で行われる流通過程に職場をもつであろう商学部学生は英
語の読解力だけで足る時代は過ぎたと知るべきである︒﹁商
業英語1﹂の教育内容が主として作文力の養成に主力を注ぐ
/,
151
のも︑その意味においてである︒使用する英語は︑使用する ことの頻数がものをいう︒学習には書くことの反復練習が重
要なことはいうまでもない︒
右に述べたことのほかにも︑学習上心がくぺき事項がない
ではないが︑詳細についてほ授業の間に述べるつもりである︒
したがって語学の学習においては︑講座に出席することが大 事である︒たとい出席点をとらないとしても︒いつきいても 差支えないような講義はしないつもりである︒講義の一回一
回が勝負と考えてもらいたい︒
註山 G eo r g eC r a bb , N E GL IS H S YN ON YM S E XP LA IN D, p .
155 因にクラブ穎語辞典は︑ロジェット
( P e t Me r ar k R o ge t )
の日出
ES AU RU
S OF E
NG LI SH O W RD S
A N D
P
HR AS ES
と共に有名
な古典で︑英語学習者のぜひ左右に備えておくべき辞典といわれ
るも ので ある
︒
③
Gg er al o w rd
(総称語・一般語︶とは︑同類の事物を総括的
に言 表し た名 辞で ある
︒
③総称語で言表された事物の中の個別的特殊的事物の語を
S p e c i f i c o w rd
という︒両者の関係は論理学でいう類概念に対する種概念に相当する︒しかし一般性といい︑特殊性といっても絶対
的・固定的なものではなく︑相対的なものにほかならない︒した
がって︑例えば
5e e
という語は植物という総称語に対しては特
殊語であるが﹁桜の木﹂に対しては総称語となる︒さらに桜とい
う語 は^
﹁八 重桜
﹂﹁ 吉野 桜﹂ に対 して は総 称語 とな ると いっ た相 対
関係によって︑その格付が変るのである︒
商業英語の学習︵冨山︶ 囚米国の商業英語学会で︑実業界で実際に使用している商業英語の活用湯面を次のように発表した︒
1L et te rs M§ or gd 日目
︵メ モ・ 覚書
︶
R q o m
a経営者に対する部課長の報告
b株主・従業員に対する年次報告便覧
(m gg ls )
•^ンドプックa指導要綱
( or i e nt a t io n
‑ ha n d bo o k s)
b
今な 竺り 歴史
c低
宰示 員に 対す る情 報や 教書
d職長・係長および部課長に対する情報もしくは指図また
はその双方
e教育便覧
定期刊行物a従業員むけのもの
b係長・部課長むけのもの
会報
(B
巨e甘s)
小冊子
( b o o k l e t s )
a安全に関するもの
b報
償 計 画 ク
c建
議 制 度 ク
d
福 祉 厚 生 ク
業務解説書
喜 式
a人事に関するもの
︐
8 6 5 4 3 2/
152
商業英語の学習︵冨山︶
六︑
五00円 勤務評定クc b業績に関するもの
1 0
会報板上の表示
11便覧以外の教材
1 2
諸テスト
1 3
会社の方針説明書
1 4
購演集
1 5
ニュースの発表
1 6
労働組合契約書
固商業英語の学習に参考となる辞典を挙ぐれば左記のものとな
るで ろあ う︒
①実用英語ハンドプック
森沢・笹森・安達共編大修館書店
R 経 済 用 語 和 英 辞 典
オリニンクル・ニコノミスト綱東洋経済新報社
二 ︑
00
0円
⑧ 英 和 貿 易 産 業 辞 典 研 究 社 辞 書 部 一
︑
︱
1 ︱
00
円
④ 時 事 英 語 辞 典 研 究 社 七
00円なお特殊な専門的実用英語の文献には次のようなものがある︒
① 英 字 デ ザ イ ソ 丸 善 一
︑
00
0円
② 会 議 英 語 の 常 識 原 書 房 二 八
0円
月刊誌としてほ︑左記のものを挙げよう︒
①
Bg mg s E n gl i s h
商業英語出阪社
② 時 事 英 語 研 究 研 究 社
末 政 芳 信
亀 井 利 明
冨 高
山 忠
柳 龍 芳
清 水
宗
今 西 庄 次 郎
教
執 筆 者 紹 介
︵ 掲 載 順
︶
授︵商学部︶
助教授︵商学部︶
助教授︵商学部︶
授︵商学部︶
助教授︵商学部︶
助教授︵商学部︶
教
六四