農作物からみた中国農業の土地利用問題
―長江デルタと東北地区の対比̶
元木 靖
【要旨】
WTO加盟を契機とした中国の世界市場への本格的参入は,沿海部を中心に急 速な工業化と都市化を促す一方で,改革開放以降に構築されてきた中国農業の生 産力構造にも大きな変化をもたらしつつある.本稿では,中国の農業の地域構造 がWTO加盟前後でどのような方向で変わりつつあるかについて,農作物(種類 別播種面積)を指標として概観し,近年の農作物の消長と地域分化の特徴を明ら かにした.また,1990年代以降著しい経済発展を遂げてきた長江デルタと近年の 農業発展が著しい東北地区の動向について検討した結果,両地域の産業構造の変 化に対応して農業(=農作物)の変化の方向に明瞭な差異が生じてきたことが分 かった.とくに,主食として最も重要な位置を占める稲作の比重が2005年以来,
従来圧倒的に優越していた長江デルタから東北地区へと逆転したことが注目され る.ただし,このような土地利用の変化の方向が完全に定着したわけではない.
両地区ともに今後解決すべき課題を抱えている.
【キーワード】 中国農業,土地利用,農作物,WTO,長江デルタ,東北地区
1. はじめに
改革・開放政策の下で中国の経済改革がスタートしてから30年余りの時間が 経過した.中国経済は,人民公社の解体を基本とした農村経済体制の改革から都 市経済の改革へと進んだ1980年代に一定の発展を示していた.しかし,92年の いわゆる鄧小平の「南巡講話」以降市場経済化に拍車がかかり,海外からの直接 投資がすすみ,工業化はいっそう急速な勢いで展開した.その結果中国経済は,
輸出を成長エンジンとして著しい発展をみせ,2001年末に中国はWTO加盟を 果した.そしてわずか10年で,WTO加盟前には日本の3分の1にすぎなかっ た中国の名目国内総生産(GDP)は日本を抜き,アメリカに次ぐ世界第2位の経 済大国となった1.
WTO加盟後の中国農業については,姜編/石他訳(2005: 71)が指摘している ように,輸入作物との競争が激しくなり,国内農産物の「販売難」や農民の「所 得増難」という問題の同時解決を迫られるようになった.農業構造調整2の目的 や任務,要求も従前と大きく変化し,農村経済は新たな段階に入った3.中国政府 は近年,食料の自給政策を堅持することを打ち出している4が,このことは地域 間の構造調整に揺るぎが生じてきていることを示唆している.
池上(2007)によると,流通面では,2001年の国務院「糧食流通体制改革の一 層の深化に関する意見」によって,糧食輸入地区(糧食不足地区)である北京,天
1 産経新聞2011年12月9日記事.
2 農業構造調整の概念については元木(2005)を参照.
3 例えば,2000年代に入ると農業・農民・農村にかかわる「三農問題」の解消が大きな 政策課題となり,その支援策としての「新農村計画」,さらには都市・農村一体化や農 村税の無税化対策等が講じられるようになった.今日の中国の農村地域は真新しい農村 住宅景観が各地に出現し,著しい変貌を遂げつつある.
4 中国政府は,2008年の「国家食糧安全中長期規画綱要(2008–2020年)」において,耕 地面積18億ムー以上,食糧自給率を95%以上に維持するとともに,米,麦の備蓄レ ベルを70%以上にすることを決定した(高屋2009).
津,上海の中央直轄市および江蘇,浙江,福建,広東,海南の沿海5省では糧食 買付が完全に自由化され,その後糧食自給地区における糧食買付も順次自由化さ れ,2004年には糧食移出地区(糧食余剰地区)における糧食買付も自由化された.
この結果,現在の中国の糧食流通は,農家からの買付から卸売りを経て消費者へ の小売りに至る全ての段階が完全に自由化されている.
こうした状況に鑑みると,中国の農業はこれからどのような変化を見せるであ ろうか.この行方は中国自身についてはもとより,東アジア,東南アジア,さら に南アジアの農業(土地利用)と食糧問題を考える上で看過できない.とくにこれ らの地域が「稲作アジア」としての共通点を有していることに留意して言うなら ば,中国における農業の変貌過程において稲作(コメ)の位置づけがどう変わるか は注目すべきことと考える.稲作アジアでは,経済成長と農業システムの商業化 により,コメ以外の商品作物や他の農業企業に対してコメの競争力を弱められ,
「稲作の危機」が早くから叫ばれてきたが(Pingali, etc. 1997: 8),果たして驚異 的な経済成長を遂げている中国において,稲作はどのような展開を遂げるのであ ろうか.
殷他(2006)による分析によれば,中国における食糧生産の重心は東・中・西 の三大経済地帯のなかで,徐々に中部地区に集中し,1970年代以来形成されてき た“南糧北調”の食糧生産配置は,90年代中期に“北糧南調”へ替わった.北方 農業区の食糧生産が全国の食糧生産に占める割合は,1982–85年には平均38.4% であったが,1998年には69.4%に上昇した.2000年初期に入って新たに食糧余 剰区が出現したが,その一方は年降水量で400 mn線以西の地区(湖南,江西両 省の食糧生産大県に接近)であり,もう一方は黄河以北の冀(河北省)鲁(山東省)
豫(河南省)の北3省に向かう形で,いわば北移,西移という動きとなっている.
もちろんこれは稲作というよりはトウモロコシや小麦を中心とした動きであるが,
稲作についても中国の東北部とくに黒龍江を中心とした地域への展開が注目され る(例 え ば,Motoki, 2004:元 木,2005:姜 編,2005:殷 他,2006:勇・李,
2006:張他,2006:高屋,2009,2010).
しかしながら,これまでの研究では,中国における稲作農業がどのような枠組 みのもとに変わりつつあるか,また稲作が後退する地域と発展する地域とを対比
してその全体的な傾向を把握しようとした例は見られない.そこで本研究では,
稲作のみを取り上げるのではなく,主要な農作物全体の動向を整理する中で稲作 の近年の傾向に触れてみたい.
ちなみに,近年の農業論は,商品経済が浸透し,流通規模が拡大するにつれて,
食糧をめぐる需給論であったり,経営規模論への関心が強くなっているように感 ずる.中国農業研究の専門家である池上は,「中国では作目構成の変化を農業構造 調整と呼んでおり,日本の農業構造調整が経営規模や生産費の問題を含めて考え るのに比べてやや狭い概念のような気がする」(姜編/石他訳2005;解題284)と 言ったが,これは日本における農業論が経済論議に偏ってきていることを意味す るものといえよう.前述のように,アジアにおける稲作の意味を問おうとする場 合には,作物を介した土地利用論議が改めて重要になる,というのが筆者の問題 意識である.
以下本稿では,最初に中国農業におけるWTO加盟前後の作物の変化傾向につ いて検討し,ついで歴史的に稲作を基軸としてきた長江下流のデルタ3市省(上 海市,江蘇省,浙江省)と新しい稲作地域によって特徴づけられる中国東北部の 3省(遼寧省,吉林省,黒龍江省)を対比し,地域的な側面から農業構造変容の動 向を比較する.分析は公表されている統計資料の整理をもととするが,最後に最 近の稲作の動向について現地の写真をもとに若干の考察を行う.
2. 中国全体の農作物の動向
2‒1. 用語について
中国において農業とは,穀物,豆類,薯類,綿花,油料,糖料,煙葉,蔬菜,
園芸作物,水果,堅果,飲料と香料作物,及びその他作物の栽培を含む,各種の 栽培作物の栽培活動を指す,と定義されている.これらの作物の栽培面積は播種 面積によって,また茶園や桑園,果樹園などの永年性樹木についてはそれらの植 栽面積によって表示されている(『中国統計年鑑』).日本では,播種または植え付 けしてからおおむね1年以内に収穫され,複数年にわたる収穫ができない非永年 性作物が生育している面積を作付面積,また果樹や茶など一度の播種または植え
付け後,数年にわたって収穫を行うことができる永年性作物が生育している面積 を栽培面積としている(『作物統計』).したがって,日本と中国の扱い方には若干 相異するが,作物や樹木の栽培にかかわる活動を農業としている点では共通して いる.なお,日本では農作物と樹木作物を含めていう場合は作目として表現する ことがあるが,本稿では「農作物」と統一して呼ぶことにする.また農作物の名 称については,基本的に中国の統計上で利用されている表記法で示すこととし,
一部必要な場合は日本語表記を併記することとした.
2‒2. 農作物面積の年次的変化傾向
2010年現在,中国における農作物の栽培面積(農作物播種面積に,果樹と茶園 の面積を加算)は,1億6,451万haで,全国の耕地面積1億2,172万ha(2009 年末)の1.35倍に相当する.その種類別構成は図1の通りである.
図1から明らかなように,現在,中国において土地利用上最も主要な作物は糧 食(食糧)であり,農作物全体の67%(109,876.1千ha)を占め,次いで蔬菜
(12%),果樹(7%),油料(8%)の順となっている.農業の3分の2が糧食生産 に向けられている.また,糧食面積の内訳はトウモロコシ(30%),稲(28%),小 麦(23%)で81%を占め,次いで豆類の(11%),薯類(8%)となっており,い
図 1 中国における農作物栽培面積構成(2010 年)
(「中国統計年鑑2011」により作成)
食糧 67%
蔬菜 12%
油料 8%
果樹 7%
棉花 3% 茶園
1%
糖料 1%
煙草 1% 麻類
0%
わゆる三大穀物が作物構成を大きく特徴づけている.
しかし,糧食生産は中国経済が急速に発展した1990年代以降,増加基調で推 移してきたわけではない.各農作物の播種面積動向(指数)をみると(図2),2000 年代以降,糧食は1980年代の水準以下で推移している.反面,急成長している のは果樹,蔬菜,茶などの穀物以外の作物である.また近年では油料や糖料は微 増傾向を示し,逆に麻類をはじめ棉花と煙葉(タバコ)には減少傾向が見られる.
このように,中国ではWTOに加盟した前後から農作物間の消長が強く現れ始め,
今日に至っている.
2‒3. 農作物分布の空間的変化傾向
それでは,こうした農作物の動向を地域的にみるとどうであろうか.ここでは その傾向を概観するため1995年の状況を図3に,2010年の状況を図4に示す.
両図は,ローレンツ曲線の考え方を応用して,便宜的に省レベルの各地域にそれ ぞれの作物がどのように分布しているかをみるため,各作物毎に全国の総面積に 対する各省の割合を求め,その順位別に並べて累積曲線を描いたものである.も
図 2 中国における主要農作目の栽培面積の変化(1990 年=100)
(資料:図1参照)
0 50 100 150 200 250 300 350
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
糧食 油料 棉花 麻類 糖料 煙葉 蔬菜 茶 果樹
図 4 中国における農作物分布の地域偏差―2010 年―
(「中国統計年鑑2011」により作成)
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
0 5 10 15 20 25 30
粮食全体 稲谷 小麦 玉米 豆類 蔬菜 果園 均等分布線 ジニ係数
粮食 0.53 稲谷 0.66 小麦 0.71 玉米 0.64 豆類 0.59 蔬菜 0.54 果園 0.57
図 3 中国における農作物分布の地域偏差―1995 年―
(「中国統計年鑑1996」により作成)
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
0 5 10 15 20 25 30
粮食全体 稲谷 小麦 玉米 豆類 蔬菜 果園 ジニ係数
粮食 0.51 稲谷 0.67 小麦 0.64 玉米 0.64 豆類 0.55 蔬菜 0.54
果園 0.58 均等分布線
しある作物の面積が各省に均等に分布するとすれば,分布線は対角線上に並ぶこ とになり,差違があれば対角線から離れた曲線として描かれる.
両図から,中国の農作物分布に見られる構造的な特徴と,近年の分布の動向を 把握することができる.まず,中国の農作物分布にみられる地域構造上の特徴と して明瞭な偏りがある.両図の横軸(一級行政区数)と縦軸(糧食および各作物の 占める割合)の関係に注目すると,例えば,5つの行政区は農作物分布はきわめ て限られ,半数の行政区でも糧食全体の10%前後,20の地区で30%未満,さ らに25の行政区でも50%台であって,概略的に言えば,農作物分布の50%前 後は,残り5つないし6つの行政区に依存していることが分かる(表1).
これは,中国における食糧生産の担い手となり得る行政区の数が制約されてき ていることを意味する.この理由には西高東低の地形配置の影響,及び国土の西 半分が非モンスーンの世界であるという自然条件からの制約が大きく関与してい
表 1 中国における主要農作物の分布 作付面積下位50%に
入る省・市・自治区数 作付面積上位50%に入る省・自治区名
1995年 2010年 1995年 2010年
糧食 24 25 四川,河南,山東,黒龍江,
河北,安徽
河南,黒龍江,山東,河北,
四川,安徽
稲谷 26 26 湖南,江西,四川,広東 湖南,江西,広東,広西,安徽 小麦 25 27 河南,山東,河北,四川,江蘇 河南,山東,河北,安徽 玉米 25 26 山東,黒龍江,吉林,河北,
河南
河北,山東,河南,吉林,黒 龍江
豆類 24 26 黒 龍 江,内 蒙 古,河 南,河 北,四川,山東
黒 龍 江,内 蒙 古,安 徽,河 南,吉林
蔬菜 24 25 山東,四川,広東,河南,湖 北,江蘇
山東,河南,江蘇,広東,湖 北,広西
果園 25 25 河北,山東,広東,陝西,福建 河北,広東,広西,山東,陝 西,福建
注1) 一級行政区の数:1995年は30,2010年は31. 注2) 省・自治区名は面積の多い順に並べてある.
(「中国統計年鑑1996,2011」により作成)
る.
また,こうした制約条件の下で,全国の農作物分布の1995年と2010年の変化 に注目すると,全体的には作付面積の規模の少ない(行政区)の比重が低下し,規 模の大きな地域に作物の分布が集まる傾向がみられる.これは,殷他(2006)も 指摘しているように,主要な余剰食糧区が継続して北と西に拡張したことによる が,この間に中国政府が進めた退耕還林(草)により限界的な位置にある耕地が減 少したこと5,他方都市化にともなう非農業的な土地利用の拡大により農地減少が 引き起こされたことによるものと推察される.
つぎに,こうした枠組みの中での各農作物毎の分布の変化についてみよう.
第1に,稲,小麦,トウモロコシ,豆類,野菜,果樹園の6つの作物について みると,2つのグループに分けてみることができる.第1グループは主要穀物で ある稲,小麦,トウモロコシにみられる傾向であり,第2グループは豆類,野菜,
果樹にみられる傾向である.国内における分布の偏りは第1グループの場合の方 が第2グループよりも大きい.この傾向は1995年と2010年の間でも基本的に認 められる.
第2に,各グループ内の作物間の差異はこの15年間に,第1グループでは大 きくなり,第2グループでは縮小する傾向が認められる.前者の場合,1995年段 階では地域的な偏差は稲において最も大きく,トウモロコシと小麦に対して突出 していたが,2010年には稲と小麦が入れ替わり,小麦の地域偏差が大きくなっ た.一方,第2グループの作物間では果樹と豆類の分布に入れ替わりが認められ,
豆類の偏差が目立つようになった.なお,野菜については偏差は縮小する傾向が 認められる.
ちなみにジニ係数は,1995年から2010年の間で,糧食では0.51 → 0.53,稲 谷(稲)0.67 → 0.66,小麦0.64 → 0.71,玉米(トウモロコシ)0.64 → 0.64,豆類 0.55 → 0.59,蔬菜0.54 → 0.54,果園(果樹)0.58 → 0.57となる.すなわち,こ れらの係数の変化からみると,地域的偏差が拡大している作物には小麦と大豆が
5 「退耕還林」政策の最大の目的が,山間地の環境保全にあることはいうまでもないが,
同時に過剰穀物処理としての側面があったことも否定できない(池上,2007).
該当し,逆に稲と果樹については地域的な偏差が少なくなっている.また,トウ モロコシや,蔬菜,果樹のように差が明瞭でないものがある.
ところで,稲について地域的偏差が縮小しているのは何故であろうか.このこ とについては,筆者も指摘してきたように従来南に重心があった稲作が後退し,
反面で北方への拡大が進んだため(Motoki, 2004),両地域の関係が相殺され,偏 差が小さく現れているものと推察される.その意味で,南糧北調が最も典型的に 現れているのが稲作の場合であると言える.6
筆者は,以上のような制約要因を考慮してみた場合,食料問題の解決に大きな 役割を果たしてきた今日の「北糧南調」の主導地域を,かつての「南糧北調」を 支えてきた中心地域を対比してみることが,中国の農業の現状理解のみではなく,
将来の方向を展望する上で重要な意義を持ちうると考える.
そこで,1990年代以降中国の工業化・都市化をリードしてきた長江下流の上海 市,浙江省,江蘇省の3省(以下,「長江デルタ」と略称)と,その対極にある東 北の遼寧省,吉林省,黒龍江省(以下,「東北地区」と略称)の農作物の動向を,
両地域の産業構造変化の中に位置付け比較してみよう.
3. 産業構造の変化が農作物構成に及ぼした影響
3‒1. 土地・人口・GDP
東北地区と長江デルタ地域は,気候的にはモンスーン型の温帯と亜熱帯に区別 される.前者は冬が長く温度も低いため農業に制約があり,後者は四季が明瞭で
6 このことに関連した問題について,徐小青が記述している一文は重要である.幾分長い が以下に引用させいただく.「古くから“魚米之郷”と言われてきた長江デルタは長年米 の主産地として人々の食生活を支えてきた.現在かつての主産地である浙江省はすでに コメの自給ができなくなっている.その理由は農業労働力の農外就業の増加や園芸作物 などによりコメの収益性の低さにある.また食糧品目間にアンバランスが生じている.
主食の2品目についてみると,小麦の需給には大きな問題を生じていないが,米の南 部での生産が減少している.人々の主食消費の61%はコメであり,この割合は上昇す る傾向にある.しかし主産地である南部の水田面積は減少し,コメの供給は長期的にタ イトになる可能性がある(徐(銭訳),2011).」
かつ熱資源に恵まれ好暖性の作物栽培が可能な地域である(図5).こうした条件 の下で両地区は,土地と人口の関係がきわめて対照的である.表2に示すように,
東北地区の土地面積(80.4万km2)にくらべると,長江デルタ(21万km2余)は 4分の1弱に過ぎない.ところが人口についてみると,逆に長江デルタが東北地 区を凌駕している.とくに1995–2010年の間の人口増加率は東北地区の5.5%に くらべ,長江デルタでは22%に達しており,その差は拡大している.このため 対全国の人口比も東北地区はマイナス,長江デルタではプラスとなり,後者の地 位が高まっている.
GDPの動きについてみると,1995年時点で東北地区の5937億元に対し長江
デルタは11143億元で倍近い値を示していたが2010年に至る過程で格差は開き,
37,493億元対86,314億元となった.その結果GDPの対全国比では東北地区は
10.3%から8.6%に後退,一方長江デルタでは19.3%から19.7%となり全国の 2割近くに達した.
図 5 比較対象地域の位置
(〈黒塗り部〉上:東北地区3省,下:長江デルタ3市省)
3‒2. 産業構造の変化
両地区の以上のような人口動向やGDP格差は,産業構造の変化によって導か れたことは言うまでもない.すなわち,この間の中国経済の発展が両地区の産業 構造に地域差をもたらす形で進行した結果とみられる(表3).長江デルタでは第 二次・第三次産業の生産額の増加の割には,第一次産業の伸びは低く,逆に東北 地区では第一次産業の増加率の高さに対して,第二次・第三次産業の伸びは相対 的に少なかった.その結果産業別生産額の対全国比は,東北地区では一次産業が 微増,長江デルタでは三次産業で増加となった.
産業別就業人口についても,上述の傾向とほぼ同調した傾向が見られる.つま り,東北地区は一次産業と三次産業で就業人口の増加,一方長江デルタでは一次 産業への就業人口が減少し,二次及び三次産業への就業人口の増加が確認される.
以上から明らかなように,東北地区は生産額でも就業人口でも一次産業が,一 方長江デルタでは二次および三次産業の対全国比の向上が認められる.なお,1994 年当時,一次産業の生産額は,長江デルタが東北地区を凌駕していたが,2010年
表 2 東北地区 3 省と長江デルタ 3 市省の比較
1995–2010年の変化 対全国割合(%)
東北地区 長江デルタ 東北地区 長江デルタ
陸地面積(km2) 804000 210619 8.4 2.2
1995年 10385 12800 8.6 10.6
人口(万人) 2010年 10955 15619 8.2 11.6
増減 5.5% 22.0% 0.4 1.1
1995年 5937 11143 10.3 19.3
GDP(億元) 2010年 37493 86314 8.6 19.7
増減 531.5% 674.6% 1.7 0.4
1995年 5717 8705 120.1 182.9
一人当たりGDP(元) 2010年 34225 55264 105.0 169.6 増減 498.7% 534.8% 15.1 13.4
注1) 陸地面積は「中国統計年鑑1996」による.
注2) 東北地区3省:遼寧省,吉林省,黒龍江省,長江デルタ3市省:上海市,江蘇省,浙江省
(「中国統計年鑑1996,2011」により作成)
段階では東北との差はほとんどなくなり,就業人口でも東北地区が長江デルタを 上回るようになった.
かくして,東北地区と長江デルタの間ではこの15年間に産業構造が大きく分 化した.2010年の産業構造は生産額で見ると東北地区では一次産業10.6%,二 次52.5%,三次36.9%となり,一方長江デルタでは一次産業4.7%,二次50.1%,
三次45.2%となった.また産業別就業人口でみると,東北地区では一次産業 38.2%,二次22.8%,三次39%に対して,長江デルタでは一次産業16.1%,二 次45.6%,二次38.3%となった.
表 3 東北地区 3 省と長江デルタ 3 市省における産業別生産値と就業人口の変化 1995–2010年の変化 各地区に占める割合
(%)
全国(100)に占める 各地区の割合(%)
東北地区 長江デルタ 東北地区
(100)
長江デルタ
(100) 東北地区 長江デルタ
産業別 生産値
(億元)
一次
1995年 895 1164 17.8 13.4 9.7 12.6
2010年 3984 4015 10.6 4.7 9.8 9.9
増減率 345.3% 244.8% 7.2 8.7 0.1 2.7
二次
1995年 2511 4718 50.0 54.3 11.7 21.9 2010年 19687 43270 52.5 50.1 8.9 19.7 増減率 684.1% 817.1% 2.5 4.2 2.8 2.2
三次
1995年 1612 2814 32.2 32.3 11.1 19.3 2010年 13822 47996 36.9 45.2 7.8 22.1 増減率 757.6% 1287% 4.7 12.9 3.3 2.8
産業別 就業 人口
(万人)
一次
1995年 1766 2795 36.5 38.6 5.3 8.5
2010年 2000 1554 38.2 16.1 7.2 5.6
増減率 13.3% 44.4% 1.7 22.5 1.9 2.9
二次
1995年 1637 2515 33.8 34.8 11.4 17.6
2010年 1190 4403 22.8 45.6 5.4 20.2
増減率 27.3% 75.1% 11.0 10.8 6.0 2.6
三次
1995年 1438 1925 29.7 26.6 9.5 12.8
2010年 2040 3689 39.0 38.3 7.7 14.0
増減率 41.9% 91.6% 9.3 11.7 1.8 1.2
(「中国統計年鑑1996,2011」により作成)
3‒3. 農作物栽培面積
以上のような産業構造の変化を受けて,最近15年の農作物の種類ごとの作付 面積の変化状況を要約したのが表4である.まず,農作物総播種面積については,
1994年から2009年にかけて,東北地区では29.2%(4780千ha)の増加,長江 デルタでは逆に14.2%(1736千ha)の減少となり,両地区間で対照的な変化が 確認される.
これを農作物の種類別に見ると,両地区とも増加した作物と減少した作物が区 別される.東北地区では,糧食(34.4%),油料(53%),薬材(215.9%),蔬菜
(16.1%)が増加し,棉花(90.3%),麻類(86.0%),煙草(35.1%),果樹(
20.9%)が減少を示した.これに対して,長江デルタでは,薬材(201.4%),蔬菜
(107.3%),果樹(28.4%),茶樹(28.7%)が増加し,一方糧食(23.5%),油料
(16.0%),棉花(54.5%),麻類(87.6%),糖料(24.7%),煙草(14.1%)
表 4 東北地区 3 省と長江デルタ 3 市省における主要農作物の栽培面積の変化
(単位:千ha)
東北地区 長江デルタ 全国
1994 2009 増減(率) 1994 2009 増減(率) 1994 2009 増減(率)
農作物総
播種面積 16,346 21,126 4780 29.2% 12,195 10,459 1,736 14.2% 148,147 158,639 10,492 7.1% 粮食 14,090 18,943 4853 34.4% 8,834 6,755 2,078 23.5% 109,544 108,986 558 0.5% 油料 473 723 251 53.0% 975 819 156 16.0% 12,081 13,652 1,571 13.0% 棉花 26 3 23 90.3% 601 274 327 54.5% 5,528 4,952 576 10.4% 麻類 86 12 74 86.0% 10 1 9 87.6% 372 160 212 57.1% 糖料 415 68 347 83.6% 20 15 5 24.7% 1,755 1,884 129 7.4% 烟叶 113 73 40 35.1% 2 2 0 14.1% 1,490 1,392 98 6.6%
薬材 26 84 57 215.9% 14 42 28 201.4% 312 1,181 869 278.4%
蔬菜 858 996 138 16.1% 1,041 2,158 1,117 107.3% 10,042 20,749 10,706 106.6% その他 260 224 35 13.6% 697 393 305 43.7% 7,024 5,685 1,33919.1%
茶園面積 ̶ ̶ ̶ ̶ 161 207 46 28.7% 1,135 1,849 714 62.9%
果園面積 560 443 117 20.9% 417 535 119 28.4% 7,264 11,140 3,876 53.4%
(「中国農業年鑑1995,2010」により作成)
が減少を示した.
こうした変化のうち絶対面積に着目してみると,糧食,蔬菜油料作物の動向が 主となっているが,注目すべきは土地利用上も圧倒的な面積を占めている糧食の 動向にみられる変化である.そのうち東北地区の糧食の対農作物総稲種面積に割
合が,1994–2009年の間に34.4%の増加をみたのに対して,長江デルタでは同
期間に25.5%の減少となった.とくに長江デルタにおける糧食作物の大幅な後退 は,このデルタが中国の食糧基地として開発され(元木,2011),歴史的に重要な 役割を担ってきたことから見ると,注目すべき点である.逆にデルタにおいて農 作目として急速にその地位を向上させてきているのは蔬菜である.非農業的な土 地利用への転換という外部要因のことを除けば,都市化する地域にあって蔬菜に 代表される集約的な作物の普及が糧食作物を地域外へと生み出す内部的な力とし て作用していることが推察されよう.
4. 東北地区と長江デルタの農作物動向の地域的性格
最後に,東北地区と長江デルタの作物別の動向にみられる地域的性格について 吟味しよう.これらの点を考察するためには,東北地区と長江デルタ内のより詳 細な地域単位でのデータの確認が必要であるが,ここでは省レベルの資料に限定 し,そこから明らかになった特徴点を指摘しよう.第1は,主要農作物播種面積 構成の分布状況,第2は,最も中心的な穀物の種類別構成の動向,さらに第3は 稲作の動向である.
4‒1. 主要農作物の播種面積構成の変化
東北地区と長江デルタ内の省レベルの主要作物の構成を,1994年と2009年に ついて比べたのが図6と図7である.まず,東北地区では3省のいずれにおいて も谷物(穀物)と豆類が圧倒的な割合を占めており,この傾向は1994年から2009 年にかけても基本的に変わっていない.その中で穀物が占める割合はいずれも比 重を高める傾向にある.農作物構成の変化が最も少ないのは吉林省で,一方黒龍 江省では穀物と豆類の組み合わせが強化される傾向が,また遼寧省では豆類に変
わり油料作物と蔬菜の割合が若干高まる傾向がうかがえる.したがって,豆類に ついては遼寧と吉林の2省ではその比重を低下させ黒龍江省への移動傾向を伺う ことができる.
次に長江デルタについては,穀物を中心とした作目構成が基本となっているこ
図 6 農作物播種面積構成の変化―東北地区―
(「中国農業年鑑1995,2010」により作成)
黒竜江省 吉林省
遼寧省
1994年 2009年
豆類 薯類 油料 糖料 谷物
蔬菜(瓜類を含む)
その他
13,000千ha 8,000千ha 3,000千ha
0 200 400 km
図 7 農作物播種面積構成の変化―長江デルタ―
(資料:図6参照)
1994年 2009年
江蘇省
浙江省
上海市 豆類
薯類 油料 糖料 谷物
蔬菜(瓜類を含む)
その他
8,000千ha 3,000千ha 500千ha
0 100 200 km
の点は東北地区の場合と共通している.しかし,東北地区では1994年と2009年 の間で穀類の比重がほとんど変化しないか黒龍江のように増加を示すのに対して,
長江デルタでは穀類の後退と蔬菜の比率が増加している点に大きな違いが認めら れる.要するに,両地区をて比較すると,いずれも穀物を基本作物としながら,
東北地区では作物構成が単純化する方向で,一方長江デルタでは幾分多様化する 方向での変化が確認される.
4‒2. 主要穀物の播種面積構成の変化
それでは両地区の穀物の種類別構成についてはどのような傾向がみられるか.
1994年時点でみると,東北地区では,玉米(トウモロコシ)を中心に稲も主要 な位置を占めていたが,他に高粱や粟の作付けもみられた.とくに黒龍江省では トウモロコシとともに小麦が中心で稲その他の雑穀栽培も残存していた.これに 対して長江デルタでは圧倒的に稲が中心で,他にトウモロコシや小麦が加わって いた.
2010年になると,東北地区では全体として穀物栽培面積は大幅に増加し,しか もその中でトウモロコシと稲を中心とした構成に変わった.未墾地の開発以外に
図 8 東北地区と長江デルタにおける穀物種類別播種面積の変化
(「中国農業年鑑1995,2010」により作成)
0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000
遼寧
千ha 1994 年
稲谷 小麦 玉米 谷子 高粱 其他谷物 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000
遼寧
千ha 2009 年
稲谷 小麦 玉米 谷子 高粱 其他谷物
(東北地区) (長江デルタ) (東北地区) (長江デルタ)
浙江 江蘇 上海 黒竜江
吉林 吉林 黒竜江 上海 江蘇 浙江
小麦や雑穀などからの転換が大きく進んだ結果である.これに対して長江デルタ においては,江蘇省における小麦の増加が特異であるが,上海市や浙江省では面 積が減少する中で稲が基幹作物となっている.表5は,こうした変化の結果,主 要穀物(トウモロコシ,稲(コメ),小麦)の生産が全国に占める割合を示したも のである.これによると東北地区ではトウモロコシと稲,長江デルタでは稲と小 麦を主とした穀物構成となっている.同様の傾向は面積だけでなく生産量の面か らも確認できる.なお東北地区と長江デルタに共通する主要穀物は稲であり,稲 の長江デルタと東北地区の間の明らかな地域分化が進んでいることが分る.しか も,その結果として東北地区の稲作面積が2000年半ば以降長江デルタを上回る に至った(図9).
図 9 東北地区と長江デルタにおける水稲播種面積の推移
(「新中国農業60年統計資料」「中国統計年鑑2010,2011」より作成)
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000
千ha
東北地区3省 長江デルタ3市省
1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010
表 5 主要穀物の対全国比(2010 年)
播種面積 生産量
稲 小麦 玉米(トウモロコシ) 稲 小麦 玉米 東北地区 13.8% 1.2% 29.3% 14.7% 0.8% 30.9% 長江デルタ 10.9% 9.1% 1.3% 13.0% 9.1% 1.3%
(「中国統計年鑑2011」より作成)
4‒3. 稲の播種面積の作期別構成の変化
最後に,稲作に限って両地区の1994年と2009年の状況を対比したのが図10 である.東北地区と長江デルタでは,稲作面積の増加が確認できる前者に対し,
後者では減少傾向が確認できる.また,両地区共に晩稲が姿を消し,中稲が主体 となっていることが注目されよう.とくに長江デルタでは従来二期作が普及して いたのが,中稲中心の一期作になってきた.すなわち,稲作が水田面積だけでは なく作付回数の面でも後退傾向にあることを示している.
したがって図10を踏まえて判断すると,稲作は長江デルタから東北への転換 が今後も急速に進んでいくことが予想される.しかしながら,作付面積において 東北とデルタの稲作は逆転したとはいえ,その差はそれほど大きくなったとは言 えない.しかも,両地区の現地を観察した結果から,必ずしも長江デルタからの 稲作の後退と東北の進展という現象(方向)が一方的に展開すると言い切れない面 があることを指摘しておかねばならない.
4‒4. 最近の稲作地の景観
まず,東北地区の場合,たしかに黒龍江を中心として稲作の発展はいちじるし い(写真1).黒龍江省では全体の半数近くは国営農場での稲作展開が注目される
図 10 東北地区と長江デルタにおける稲作の変化
(資料:図8参照)
0 500 1000 1500 2000 2500
遼寧
千ha 1994 年
(長江デルタ)
(東北地区)
晩稲中稲早稲
浙江 江蘇 上海 黒竜江 吉林
0 500 1000 1500 2000 2500 3000
遼寧
千ha 2009 年
(東北地区) (長江デルタ)
浙江 江蘇 上海 黒竜江 吉林
のであるが,その事例を見ると大規模な稲作が,日本の北海道農試で開発された 耐冷品種「空育」を基本として試行されている.雑草防止試験も大規模に展開さ れている.水源は地下水に依存し,低温を避けるための巨大な温水ため池を設け ていることも特徴的である.一方,黒龍江省東部には未開の広大な低湿地を残し ておりさらに発展の可能性が認められる.また黒龍江省の中で比較的早くから稲 作が行なわれてきた方正県では良質米生産への取組みが始まっている.しかしな がら,果たしてこのような寒地稲作が継続的に発展していくかどうかについては 未解決の問題も残されている.7
7 例えば銭・矯(2011)を参照.
写真 1 黒龍江省の稲作景観 1. 三江平原の稲作地帯の看板(2010.8.20) 2. 大規模水田地帯の温水ため池(2010.8.19)
3.黒龍江東部の低湿地景観(2010.8.20) 4.方正県における有機米生産基地(2010.8.25)
1 2
3 4
一方,長江デルタにおいては(写真2),稲作基盤の再整備と新しい品種の展示 圃の設置から明らかなように,今後に期待する動きも認められる.例えば伝統的 なハイブリッド稲にかわる良食味の,高収量品種への動きも注目される.もちろ ん最大のネックは,都市化にともなう土地利用の転換(非農業)と同時に商品作物 として有利な蔬菜栽培との競合などにより,作付面積の拡大に大きな制約がある ことである.このことについては写真に見られるような,住宅地を集合する一方 で,耕地に復墾する動きも見られる.それと同時に低地にあって水環境問題への 対応はこれから解決すべき大きな課題となっている.
このようにみると,黒龍江省を中心に東北地区が将来的に有利な形であること
写真 2 蘇南地区の稲作景観
1. 常熟市における高収量ハイブリッド稲(2011.8.28) 2. 昆山市における水稲新品種試験展示圃(2011.9.1) 3. 常熟市における水田造成(土地復耕)(2011.8.28) 4. 太湖水環境総合整備プロジェクト(2011.12.25)
1 2
3 4
は否定できないが,長江デルタにおける稲作が完全に後退の局面にあるとは言え ない.とくに,中国では,農業の新しい動きが零細な個別農家ではなく,村民委 員会などを介して集団での対応によって政策的に展開する側面が強いことからに も留意する必要がある.いずれにしても,長江デルタの場合,伝統的に培ってき た稲作からぎりぎりの転換点に至っていると言えよう.ここに,中国農業におけ る土地利用の大きな問題がある.
5. むすび
本稿では,WTO加盟後の急速な経済成長の下で,中国農業の地域構造がどの ように変化してきたかについて,農作目を指標として全国の動向を概観するとと もに,地域動向の一つの典型事例として長江デルタと東北地区の対比を行なった.
今後,より詳細な検討を行なう予定であるが,ここでは若干の知見について要約 するとともに,作業の過程で気づいた中国稲作が抱える土地利用上の問題点につ いて触れて結びとしたい.
5‒1. 要約
① 中国全体としては,WTO加盟後に農作物の消長が急速な勢いで進展した.
野菜,果樹,茶は代表的な成長作物であり,麻類を筆頭に近年では煙草にも 後退の傾向がみられる.一方食糧作物を中心に糖料や油料,綿花については 大きな変化はない.ただし食糧を除くと年変化が比較的大きい.
② 中国における農作物の地域的な分布は,気候と地形条件に規定されて偏りが きわめて大きい,稲,小麦,トウモロコシ,豆類,野菜,果樹などの主な農 作物の場合,栽培面積の50%近くは一級行政区31のうち5つ前後の行政区 に集中しており,残りの50%を他の25前後の行政区が分担するという構造 となっている.
③ 主要作物の分布の1995年と2010年における動向については,地域的な偏差 を拡大した作物と,偏差を縮小した作物がみられた.偏差を拡大している作 目には小麦,大豆が該当し,逆に稲と果樹については地域的な偏差が少なく
なっている.また,トウモロコシや蔬菜のように偏差が不明瞭なものに分け られる.中国における経済成長の過程で進展した農業地域の構造変化,すな わち「南糧北調」から「北糧南調」へという現象は,このようなベクトルを 異にする各作物の動向の総和として理解できる.
④ 1990年代以降経済成長を主導した長江デルタとその対局に位置する東北地区 の間では,農作物全体の動向にきわめて対照的な変化が生じている.長江デ ルタでは野菜の増加に対して食糧を中心に主要な作物は減少,逆に東北地区 は食糧と油料の増加が大きな特徴であった.このような変化の内容は大半が 穀物であり,東北ではその比重を高めている.長江デルタにおいても野菜の 比重が高まっているが,全体としては穀物の栽培が主力を占めている.
⑤ 穀物の内容については,栽培面積の構成上からは東北はトウモロコシを中心 に水稲が伸びる傾向にあり,長江デルタでは江蘇省でトウモロコシの伸びが 特徴的であるが,全体に減少基調にある中で水稲が依然として主要な位置を 占めている.以上のことから,「南糧北調」から「北糧南調」への傾向は,水 稲栽培において典型的に認めることができる.
5‒2. 中国稲作が抱える土地利用上の問題
東北地区と長江デルタにおける稲作の動向は,日本の高度成長期に西南日本中 心の稲作から東北日本中心へと転換したことと対比してきわめて興味深い.すな わち,経済成長期に稲作が工業化・都市化が激しい地域から寒冷地に分化して行 く構造は日本ときわめて類似している.しかし,日本の場合には列島全体が四周 に河川が流下し下流部にデルタを構成しているが,中国では河川が西部から東部 に流れデルタは大陸の東南部に形成されている.こうした中での経済成長の基軸 となった工業化と都市化は,まさにこうしたデルタ地域を中心に展開して,農業 的な土地利用に大きな変更をもたらしてきたわけで,そこに稲作(水田)の後退問 題があり将来的には重要な問題を孕んでいると言える.レスターブランの指摘「誰 が中国を養うのか」になぞらえて言うならば,中国の経済発展が孕む最も深刻な 問題は稲作の動向ではないのか,と言ってもよいかも知れない.
謝辞 本稿に掲載した写真撮影には,地球環境推進費「課題番号A-0902」(代表: 木幡邦男)および科学研究費補助金「課題番号21222003」(代表:永見山幸夫)の 一部を使用した.
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Land-use Issues in Chinese Agriculture seen from Main Crops
— A Comparison of the Changjiang Delta and the Northeast —
Yasushi Motoki
Summary
Full-scale entry of China into the world market through joining the WTO promoted rapid industrialization and urbanization mainly in coastal regions, and a restructure of agricultural production. This paper outlines the country’s changing trends before and after its affi liation to the WTO, according to main crops areas, rise and falls of production, and regional diff erentiations.
The Changjiang River Delta, with a rapid economic development since the 1990s, and the Northeast, with a remarkable agricultural development dur- ing that period, were compared. It was found that the redirection of agri- culture change regarding in crops caused the main contrasts between them.
The specifi c gravity of rice which has been increasingly important as the staple food, was relocated since 2005 to the northeast area from the Chang- jiang delta, with comparative geographical advantages. However, at present the diff erence in rice production between both regions is not large, and unresolved issues on land use have been left even today.
【Keywords】 Chinese agriculture, land use, agricultural crop, WTO, Changjiang Delta, Northeast District