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もうひとつの教職大学院 : 地域文化コミュニケーター教員養成コース顛末

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もうひとつの教職大学院

キーワード:文理融合、地域文化指導教員、教科専門、博物館、学芸員

―地域文化コミュニケーター教員養成コース顛末―

Educational Reform for Graduate School of Teacher Education:

by Thinking ‘the Course for the Local Culture Communicator’

海津 一朗

KAIZU Ichiro (和歌山大学教育学部) 受理日 平成 29 年 1 月 12 日 研究ノート はじめに  本稿で論じるのは、和歌山大学の第一次教職大学院 計画(2005 〜 2008 年、前半 2 年のみ教育COE「平 成 17・18 年度文部科学省「資質の髙い教員養成推進プ ログラム<教員養成GP>」=3600 万円採択)におけ る地域文化コミュニケーター構想の顛末である。この 構想は人文系の教科専門教員を中核とした教職開発・ カリキュラム改革の提案であり、現在の和歌山大学教 職大学院には継承されていない。その意味では棚上げ 状態になった構想である。だが、ここでは単なる過去 の「失敗史」を書き留めるのが目的ではなく、この時 の議論が現在の教育現場の問題解決に有益であったこ と、今後の教職大学院一本化にむけて必ずや参照され るべきものとなるであろうことを念頭において再検討 するものである。執筆にあたっては小関洋治教育長、 川本治雄学部長はじめ当時の関係者に広くヒアリング を実施したが、事実の認定と評価についてはすべて海 津の専断による記述である。 1. 大学院改革=地域文化コミュニケーター特別コー ス(2005 〜 2011) 【ジョイントカレッジ】  1999 年(平成 11)12 月に和歌山県教育委員会と連 携協議会を発足させた和歌山大学教育学部(以下本学 部)は、さまざまな連携分野を包括して 2005 年(平 成 17)よりジョイントカレッジをスタートさせた。 なかでも大学院特別コースの 3 コース(学校マネージ メント特別コース、科学教員特別コース、地域文化コ ミュニケーター特別コース)は、教職大学院設立準備 のためのまったく新たな提案であり、大きな注目を集 めていた。本学部と和歌山県教育委員会との「包括的 な連携協議」は、全国に先駆けた試みとして、教育C OE(教育GP 2005・2006 両年)に採択された。  この 3 コースの内、学校マネージメントコースが今 日の教職大学院の母体となっており、科学教員と地域 文化コミュニケーターの 2 コースは教科教育・教科専 門の教員による構想で、現在の教職大学院には直接つ ながっていない。2011 年度(平成 23)に地域文化コミュ ニケーターが撤退、翌 2012 年度に科学教員が撤退、 学校マネージメントは 2014 年に歴史的な使命を終え て終了している(その後は教員エキスパートコースに 併呑されて、3 者共同事業、高度化モデル事業をへて 現在の第 2 次教職大学院へ)。同じく教科専門教員主 体のコースと言え、科学教員と地域文化コミュニケー ターでは、理系か人文系かに留まらない抜本的な違い があった。科学教員は実験系の理系教員、地域文化コ ミュニケーターはフィールド系の文理融合系教員集団 だった。前者は A 課程の理系スタッフであり、後者 は B 課程の環境教育スタッフとほぼ重なる。また科 学教員が外部教員としているのは多くが理科実験に関 わるベテラン教員、対して地域文化コミュニケーター の外部教員は博物館学芸員と文化財担当技師であっ た。  このように、地域文化コミュニケーター特別コース は、県教委生涯学習局に属する専門職と本学部が連携 して、学校教育現場(教職員)を支えるという 3 者連 合の前例のない仕組みであった。もし、この構想が結 実していたなら、当時の代表担当者(客員教授)で

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あった和歌山県立博物館学芸課長と文化遺産課副課長 が「実務家」教員として本学部に招聘されていたはず である。そして、和大と和歌山県地域文化の未来像は 大きく変わるはずだった。  とりあえず、現在の地平からおおまかに歴史を概観 したので、以下実施した試み、獲得した成果を記して おきたい。 【地域文化コミュニケーター・コース概要】  全国に先駆けて「文化的景観」の世界遺産登録を実 現した和歌山県教育委員会は、総合的な地域文化を理 解・継承・伝達し、教育に活かす人材の必要を打ち出 した。2006 年(H 18)以後の小中教採では「和歌山 らしい学びを創造する人〜和歌山の自然・地域・文化 を愛し、教育に活かす人〜」が求める教員の筆頭条件 となった。当コースは、このような提案を実現するた めの具体的な手段として、15 年間の県立系博物館と の授業連携の実績を踏まえて、博物館学芸員課程関係 教員と県派遣実務家専門職(学芸員・文化財技師・行 政職等)がプランニングしたものである。  地域の歴史・文化・自然環境に関する深い知識をも ち、文化財・文化遺産を活用した地域学習プログラム を開発できる質の高い教員を養成するのがコースの主 目的である。そのためには、地域文化コミュニケーター の育成に力を入れてきた県下の生涯学習施設および文 化財行政に学び、その実務家専門職と連携して新たな カリキュラムを開発する必要がある。  まず、当コースのジョイントの形が、教育委員会= 大学という単純な双方向の連携ではなく、生涯学習局 の文化遺産課(所属 4 館)、学校教育局の県立学校課・ 小中学校課、大学の博物館養成課程という三極からな る連携で、より具体的には地域文化コミュニケーター 養成のために、生涯学習局と学校教育局とを連携協議 会が取り結ぶという特色である。  このようなジョイントのありかたは、全国的にも類 例のないパターンであり、本学部と文化遺産課との 15 年にわたる授業連携実績と、それを支えてきた県 教委総務局政策立案部の地域文化に対する高い見識に 由来するものであろう。  このコースの授業は、①地域文化の発見瞬間に立ち 会うこと、②「宝の山」和歌山の地域文化を実感する こと、③地域文化を伝達するコミュニケーション能力、 3 点を最重視して、基本的にすべてを現場・フィール ド(発掘現場・展示室・野外調査)で実施した。(役 職名はいずれも当時のもの) 2. 地域文化コミュニケーターコースの教員組織  既存の大学院に、3 つの通年授業を加配するという 当特別コースは、単位数などの数値のみ見ると、さし たる困難がない緩いもののようにみえる。だが、生涯 学習局の専属スタッフと施設を活用した集中講義は、 大量の脱落者を出す過酷なサバイバル実習であった。  まず、3 つの授業は、つねに教員を固定していた。 とくに、県教委の実務家が充てられた「文化遺産特別 研究」「地域文化事業特別研究」は、前者が文化財課 本庁の埋文中核スタッフである武内雅人氏(副課長・ 館長歴任)が、後者が 4 博物館運営の要である竹中康 彦氏(学芸課長)が 7 期を一貫して勤め上げた。フィー ルドも、通常は最高機密として明かされることのない 収蔵庫・収蔵展示室を含めた博物館の「内殿」や、厳 重な警戒態勢下にある発掘現場・建築現場に(もちろ ん厳しい訓練の末ではあるが)立ち入ることが許され た。このような学習環境は、およそ縦割りの行政組織 においてはありえない措置である。三つの実習は、「地 域を創る最前線でレアな知識(驚き)を学ぶ」をキャッ チコピーとしており、「文化遺産総合研究」では=地 域を発見する瞬間に立ち会うこと(発掘現場・建築現 場ならではの即時性)、「地域文化事業総合研究」では =地域を魅せる技能、大学教員が野外調査合宿に連れ て行く「環境教育総合研究」では=世界遺産を体感す る、が標榜されていた。見学レポートなどではすまな い、専門職さながらの再現性ある実力を試されたので ある。  県教委と大学連携の多くが、県教委派遣の教員を例 年巡回させてキャリアアップさせるだけの大学受身の 体制であるのに対して、地域文化コミュニケーター コースだけは、コース所属教員が大学教員・県教委実 務家を問わずに対等に議論して、その結果は上部部局 の容喙を許さない強靭さと理念を併せもっていたので ある。  これは何よりも、このコーススタッフが、①歴史分 野では根来寺遺跡の保存活用問題、②防災分野では水 軒堤防の保存活用問題、③環境分野では和歌浦・雑賀 崎の保存活用問題という、主に 3 つの実践的な課題に 取り組み、「観光開発」「観光資源」という尺度から学 校を母体として解決の道筋をつけたいという、優れて 現代的な課題を共有した共同研究者だったためであ る。  このスタッフが発表した政策提言や学術研究成果は 数知れず存在するのだが、なかでも国土交通省の観光 みらいプロジェクト事業補助金による『紀伊半島・観 光コミュニケーター検定テキスト』策定は、現在にお いても地域文化と教育の関係を考える上で金字塔とい える成果である(『高野熊野世界遺産観光コミュニケー ター育成事業報告書』和歌山大学、参照)。国土交通 省向けのこの文章のなかで、地域コミュニケーター・ コースは次のように自己定義していた。「教育学部の 学芸員課程を中心として、大学教員と県内専門職(学 芸員・文化財技師など)とが連携を強化して、大学

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院運営の独自課程(ジョイントカレッジ)として認定 され「教育GP」の一角を占めた組織体で、メンバー は、学内教員の海津一朗(歴史)・高須英樹(植生)・ 古賀庸憲(動物)・此松昌彦(地質)と、客員教授の 竹中康彦(県立博物館)・武内雅人(文化遺産課)で、 当県の環境・防災・文化行政と人材養成に関わってき た。(中略)学校を拠点とした地域文化の伝承を想定 し、学校教員の夏季自宅研修や市町村教育委員会に県 から派遣された地域教育主事への教育カリキュラムと 資格授与を準備している」。表 1 に見られるようにこ の計画は早々に実現したのだが(第二年次)、その後 大学サイドが県教委との連携に消極的な姿勢をとって 距離を置き、教育GP第二期に落選して一気に失速 する。(この藤本清二郎学部長二年目時代の終期の大 学サイドの取組については不明な点が多いのでさらな る分析・追試が要される。県教委のサイドでも、小関 洋治から山口剛司教育長への体制移管の時機に相当し ておりジョイントカレッジの見直しが進んだという)。 ここでは、「実現できなかったものは誤りがあった故 だ」というような清算主義的な総括は避けて、改革の 提起した意義や、今も残されている伏線と火種の検出 につとめたい。 3. 地域文化コミュニケーターの遺産  学校教育と博物館の連携という近時の教育改革(新・ 学習指導要領など)のはるか先を駆けた地域文化コ ミュニケーターであったが、制度および内容の面でも 今日に影響力を残している。詳細については、表 1 の 略年表を参照して頂くとして、ここでは要項目を整理 して提示したい。 3. 1. 「地域文化指導教員」の構想  コース授業には大学院の受講生のみではなく、当時 設置されていた地域指導主事の参加、および夏季自宅 研修の高校教員代替受講への道を拓いた。文化遺産総 合研究、地域文化事業総合研究、環境教育総合研究の 3 つの実務的な実習授業であった。地域指導主事は、 当時の加配教員のひとつで、生涯学習局に属した地域 文化財活用指導の担い手であった。これを県派遣で授 業参加させるというのが教育政策室の措置だった。自 宅研修の代替については、研修を担っていた和歌山県 立博物館サイドから提案された。たいへん好評で、研 修教員からはリピーターの参加者もあるほどだった。 これによって、教育GPの国庫補助のある一時期なが ら、学卒院生および現職教員と文化財担当者と生涯学 習・学校教育関係者がはばひろく交流するという理想 的な学習環境が実現したのである。だが、その後、財 政事情により地域指導主事のシステムが廃止になっ て、その欠を「教員ステップアップ研修」で補充する などの弥縫策の措置につながっていった。  一定のエリア・拠点校に文化財の扱いに習熟した指 導的な教員を一定期間固定的に配置するという「地域 文化指導教員」(仮称)の構想は、地域指導主事から の連想だった。おそらく県教委のサイドも、コースが 存続していれば、このような着陸点を想定していたの ではあるまいか。残念ながら、現在では、文学部の歴 史系大学院等を出ている特定教員に地域史は委ねると いう形の分担が定着している。その他の教員は、学校 の中で教科書に書かれた歴史を伝授するという役割分 担を担っている。しかも、歴史に習熟した特定教員は、 ここ数年でほぼ壊滅状態になることが経験的に予想さ れる。その時になって学校の外に指導者をもとめるの は手遅れである。(和歌山大学にすら日本史の研究者 は一人しかいないのだから)。 3. 2. 身近な歴史を考えるツール(遺物・遺跡・祭礼)  コースを修了した地域文化コミュニケーター資格の 授与者には、発掘出土品の現物史料や博物館の展示パ ネル類を貸し出す手続きが整備された。この措置は、 初年度の修了生(一年の受講ですべてを終えた 17 年 終了の矢野朋希氏が第一号教員)より即実現している から、当コースのもっとも目玉となるはずのものだっ た。ところが、実際にはこの「特権」が活用される実 績は意外に少なかった。  教育現場には、地域史料に即して身近な歴史を組み 立てていくという歴史研究の基本が十分浸透していな い。遺物・遺跡・祭礼を通して、リアルに歴史の空気 を実感するという教育実践は地域文化コミュニケー ター教員と言えども、現状では困難である。今少し長 いタイムスパンで、学校現場向けに地域史料を扱う方 法を指導するシステムを作っておく必要がある。(一) の地域文化指導教員制度の設立と合わせて、学校教材 史料を管理する学校資料館・博物館の設置を検討しな いといけない。ちょうど、ジョイントカレッジの時期 に、県教委は県立高校に対して「スクールミュージア ム」検討を指示していた。アメリカ視察時に、自校史 研究のカレッジミュージアムに学んだものと聞く。紀 南地域の高校には今もこれを承けた歴史資料室が続い ている。これを組織的に一定エリアにおいて活用する オピニオンリーダーの養成が待たれている現状であ る。 3. 3. 地域文化コミュニケーター有資格者教員の実践  2005 年〜2011 年度(平成 17−23)の 7 期、36 人の 有資格者教員を養成したことになる(表 2 参照)。  すべて追跡できたわけではないが、現在和歌山県下 で教員・学芸員等の文化財関係職種についているメン バーが 30 人(高校 12 中学 9 小学 9 学芸員 1 人)、 研修参加の教員にはすでに退職した 5 人も入ってい る。その他は、大阪府の教員 5 人(うち堺市 1 人)、 紀州文化を学んだ留学生(含む教員志望)である(7 人)。専攻教科も、社会(日本史・世界史・社会科教育)、

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表 1 ジョイントカレッジ特別コース・地域文化コミュニケーターコースの年譜 教育長 小関 山口 学部長 藤本 藤本 池際 池際 松浦 松浦 川本 永井 終了者数 1期8人 2期 14 人(教委枠 3) 3期 10 人(教委枠 3) 4期3人 5期5人 6期5人 7期8人 根来寺保存運動 湯屋遺跡発見 小山靖憲死去 5/14 地方史研大会 観光資源根来寺 小山氏追悼シンポ 5/13 寺地の国史跡移行 テキスト地図刊行 テキスト刊行 県会議事堂オープン 事項 地域文化コミュニケーターコース 和大教育学部・和県教育委員会、連携協議会発足 文科省の教員GP(CO C)05・06 採択 ジョイントカレッジ発足 大学院特別3コーススタート 和歌山地方史研究会講演会「地域文化コミュニケーターと しての教員への期待」 (小関洋治講演) 、DVD刊行 地域教育主事が受講(県派遣) 修了生に考古史料の貸出手続き文書整備 発掘現場での実務実習計画もスタート 国交省「観光コミュニケータ報告書」にコース教員が執筆 文科省GP落選 学内オンリーワン資金で 三者協働事業リエゾンに移行 受講対象を地域教育主事と教員の夏季自宅研修に適用 牛馬童子破壊事件緊急シンポジウム 決議採択 牛馬童子視察バスツアー 県立博物館の根来寺展ー山東莊コーナーを担当 地域指導主事制度が廃止される 県の教員ステップアップ研修 当コースに5名参加 教員力量アップコースがスタート 特別 3 コース落日 最後のコーステキスト『戦国根来の歩き方』刊行 最後のコーステキスト『戦国根来の歩き方』刊行 日付 1206 624 713 131 328 年号 平成 11 平成 16 平成 17 平成 18 平成 19 平成 20 平成 21 平成 22 平成 23 平成 28 年度 1999 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2016

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理科(生物・地学)が多いが、美術、数学、英語、国 語専攻もおり、まさしく文理融合課程の本領である。 この教員・文化財専門職は、少数ながらも、かつての「専 門研究者」型教員とは一線を画した文理融合の地域文 化コミュニケーターたちである。  かつての「専門研究者」型と理念化したが、僧侶神 職や退職教員などの「物知り」「物(史料)持ち」の 地元名士子弟や歴史学・理工学の大学院を出た学者志 向の教員を想定している。今後の地域文化の担い手は、 このような特化された専門家ではなくて、フィールド ワークにより地域史料を活用して教育現場を活性化で きる「地域文化指導教員」でなければならない。たと えば歴史学の場合、文学・経済系の大学院を出たオー ソドックスな専門家には、古文書を読んでいるだけの 研究者がいるが、このような者には活きた地域を創造 する力量が欠けていることが多い。地域のなかから 問題を発見してそれを解決するプロセスを学んでいる 博物館学芸員型の研究者こそ、地域文化コミュニケー ターコースが目指していた教員である。実際、表 2 を みていただくとわかるのだが、資格取得教員の多く が、地域博物館や祭礼・植生・土木遺跡を活用した教 育実践に取り組んでいる。17 期の山入桂吾氏は歴史 演劇の演出活動の体験を踏まえて学区の歴史を生き生 きと教える手法を学んでいるし、和歌山大学博物館を 経て根来寺の学芸員補となった梅田志保氏は地域教材 (フィールドミュージアム地図やDVD)を開発して市 内の学校に提供している。「地域文化指導教員」のひ とつの在り方といえるだろう。また、自ら民俗芸能研 究を行なって和歌祭の御船歌を継承しつつ、歴史と伝 統をリアルに再現する教育を行う梅田裕里子氏や塩崎 誠氏もいる。さらに長い地域教育実践の体験を踏まえ て、これまでとは違った角度から寺院調査を行って、 学校教育に資する文化財保存と活用をめざす白井陽子 氏のような取り組みも瞠目される。大阪府下に就職し ながらも、和歌山流の地域史実践を行なって副読本を 執筆した永野康平氏の成果も、和歌山大学方式が広ま る一例として注目しておく必要があろう。  教材の開発、という点で大きな役割を担ってくれた のが、県教委派遣の小学校管理職であった。校長とし て現場に戻った方は、地域史料を駆使した映像資料の 作成を手伝ってくれた。西岡虎之助の記録映画を作っ た際には、南善久氏(当時三谷小学校校長)の斡旋に よって、歴史的な成績簿などの学校史料が初めて公開 された。これによって郷土の「偉人」である西岡虎之 助の知られざる実像が浮き彫りになって、日本の近代 教育の一側面が明らかになった。その様子はリアルタ イムの映像として、かつらぎ町・和歌山県はもちろん のこと、大学サーバーを通じて全国に発信されたので ある。南氏が校長室の書庫を開ける映像は、学校史料 の重要性をあらためて視聴者の脳裏に焼き付ける点で 画期的な効果をもたらしたのである。これらが地域教 育の教材として用いられたことはいうまでもない。  私の専門分野に偏った紹介になったが、地歴系の教 員のみでなく、理工系・自然系でも資格取得教員の活 躍はめざましい。この後に専門研究を加味した教職大 学院の改革(一本化)が行われた際には、表 2 の資格 取得者たちは指導的な役割を補佐してもらう貴重な人 的な資源となることが確実である。 表 2  歴代「ジョイントカレッジ・地域文化コミュニ ケーター教員」一覧表 NO 修了年度 名前 職場 ( ) 内は退職時 1 17 矢野朋希 那賀 池田小学校 2 17 梅田志保 根来寺職員(前学芸員) 3 17 正林明子 紀北農芸高校 5 17 黒田真紀子 和歌山 日進中学校 6 17 松阪陽子 (有田 保田小学校) 7 17 山入桂吾 和歌山北高 北校舎 8 17 山田佳古 大阪府 9 17 湯川将之 那賀 貴志川中学校 11 18 池田早登司 大阪府 12 18 石井茂野 向陽高校 13 18 岩本茉莉 那賀高校 15 18 辻本敦子 有田 糸我小学校 17 18 東田朱里 (有田 小川小学校) 18 18 山崎と志 有田 御霊小学校 20 18 山口雄司 大阪府 21 18 南善久 (伊都 妙寺小学校校長) 22 18 井沢清 (伊都 高野口小学校校長) 23 18 江尻ひでみ 有田 久野原小学校校長 24 19 芦名猛夫 大阪府 28 19 佐々木司郎 (和歌山 有功中学校) 31 19 竹中恵美 和歌山 西和佐小学校 32 19 井上宏明 (貴志川高校) 33 19 得津和也 (南部高校) 34 20 永野康平 大阪府堺市中学校 35 20 尾崎敦 桐蔭高校 36 21 さこ口友香 (和歌山 紀伊中学校) 37 21 関仁美 橋本高校 41 22 白井陽子 (和歌山 貴志中学校) 44 22 宮下敦郎 海南 東海南中学校 45 23 上田真一郎 那賀高校 46 23 梅田裕里子 那賀 貴志川中学校 47 23 新井亜沙子 市立和歌山高校 定時 48 23 塩崎誠 私立 智弁和歌山 49 23 杉本彰子 海南 東海南中学校 53 23 中岡沙野 貴志川高校

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おわりに  以上、本稿では、2005 〜 2008 年の第一次教職大学 院構想を見てきた。あるいは、局外に居た人々は、和 歌山大学は文科省からの指令通りに教職大学院を作っ たと見ている向きがあるかもしれない(たとえば三 重大学教育学部との比較において)。だが、本学部の 教育改革の試みは一朝一夕に起こったものではない。 2005 年に創設されたジョイントカレッジにおいて、 現在の中堅教員の大半が、教職・教科・専門を問わず にこの運動に積極的に取り組んだ。大学院の特別コー ス・地域文化コミュニケーターは、文理融合のフィー ルド系教員が、県教委の生涯学習局所属のスタッフを 実務家教員に指名するというユニークな構想であっ た。だが、それは、文科省の認めるところにならず、 国庫補助予算を切られて終局した。  執筆当初は、私たちの試みが破綻していく原因をつ ぶさに検証して、歴史に幕を下ろす総括だけを考えて いた。ところが、今年度になって、県立の博物館の中 から学校資料館を再建せよというメッセージが発せら れて、それをめぐる賛否両論、学校側の対応に対する 不満と怒り、とりわけ社会・理科の教員の無能・無気 力に対する批判的言説を目にする機会が増えたのであ る。時同じくして、私自身が高校の学習指導要領改革 の流れでの教科再編(新科目の「歴史総合」「地理総合」) に対応する中で、県下の若手高校教員があまりにも研 究意欲が低い実情に唖然とさせられる体験をした(副 読本『紀伊半島・地域から考える世界史』の執筆者公 募)。  やはり現在の教育現場には、かつて私たちが「地域 文化コミュニケーター」と称した指導者の養成が不可 欠なのではないか。たしかに、現在の教職大学院には、 いじめや不登校などの子ども対応と学校マネージメン トを軸にした確固たる教職のカリキュラムが構想され ている。教育現場の即戦力として、再現性の高い対処 方法、ノウハウが求められるのは当然なのだろう。だ が、果たして単純なハウツーで解決されるはずはなく、 その対処のなかに和歌山らしい地域文化の成熟、地域 文化コミュニケーターとしての教員の素養が不要なの かどうか。  和歌山市において来年度の廃校後にも歴史博物館だ けは存続させるという雄湊小学校は、和歌山市域の小 学校社会・理科教育の拠点的な施設になることだろう。 その管理については今後の議論があるのだろうが、こ の草分けの校長である福田光男氏(現岩出市教育委員 会指導主事)は、現在近世典籍である忍術書を通じて、 道徳教育の実践を広める活動をしているのは周知であ ろう(「正忍記を読む会」会長)。なるほど、道徳的な 規範の教授を通じて、末は歴史博物館の資料活用を勧 める地平をもつ。よく現場を観察するなら、案外と地 域文化コミュニケーター教員による教職教養指導の工 夫した事例は多々みつかるのではなかろうか。第 3 次 教職大学院にむけた研究をなすべき時機と自覚して、 大方の異見を承けてみたい。  私自身も、この流れを重視すべく、地域の歴史を読 み解くための「レプリカ作り」の取組を進めることに 決めた。文化財として貴重か否かではなく、子どもの 心に訴えかける授業の素材として、教員自身が全心全 霊傾けて地域史料を選んでレプリカを制作する。それ を用いて授業を展開し、空き教室に保管する。博物館 学芸員の目からみれば「ガラクタ」の子どもダマシに 過ぎないかもしれないが、教員と子どもにとってはか けがえのない「宝もの」。前期の授業では、長時間を かけて国宝「阿テ河荘上村カタカナ百姓申状」を作成 させて、現地の有田川町杉野原地区(安諦小学校)で 授業実践するという模擬授業に取り組んだ。  歴史学の中世社会史、博物館学、観光学などをプロ パーとする限られた視野からの言及にすぎず、またこ のような教科サイドからの教職改革の試みについての 系統的な分類にもまったく暗い。学校発の新しい地域 文化専門家養成への道のりはまだまだ遠いといわなけ ればならないだろう。だがしかし、8 年前に「棚上げ」 になった地域文化コミュニケーターコースのなかに、 人的・物的な多くの手がかりが残されていることを強 調して本稿を閉じたい。和大第二次教職大学院(現行) のメンバーによる御教示を仰ぎつつ、次なる改革の課 題に向けて布石になることができれば望外の喜びであ る。 【参考文献】 ★ 海津一朗・武内雅人・鳴海祥博・大河内智之『きのくに歴史 探見』白馬社、2006・6 ★ 国土交通省・観光みらいプロジェクト『高野熊野世界遺産観 光コミュニケータ育成事業報告書』和歌山大学、2006・9 ★『ジョイント・カレッジ報告書』和歌山大学教育学部 2008・ 3 ★『ジョイント・カレッジ報告書』和歌山大学教育学部 2009・ 3 ★『連携協議会 10 周年記念誌—地域の活性化と教育の充実を めざして—』和歌山県教育委員会・和歌山大学教育学部 連 携協議会 2009・10 ★武内雅人編『教育実習・博物館実習テキスト②戦国根来の歩 き方』地域文化コミュニケーター養成コース 2011・8

表 1 ジョイントカレッジ特別コース・地域文化コミュニケーターコースの年譜 教育長 小関 山口 学部長 藤本 藤本 池際 池際 松浦 松浦 川本 永井 終了者数 1期8人 2期14人(教委枠3) 3期10人(教委枠3) 4期3人 5期5人 6期5人 7期8人 根来寺保存運動 湯屋遺跡発見 小山靖憲死去5/14 地方史研大会 観光資源根来寺 小山氏追悼シンポ5/13 寺地の国史跡移行 テキスト地図刊行 テキスト刊行 県会議事堂オープン 事項 地域文化コミュニケーターコース 和大教育学部・和県教育委員会、連携協

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