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逸脱、そして成長と愛 -Great Expectations 論-: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

逸脱、そして成長と愛 −Great Expectations 論−

Author(s)

木村, 英紀

Citation

沖縄短大論叢 = OKINAWA TANDAI RONSO, 7(1): 143-

178

Issue Date

1992-12-20

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/10637

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し大人になる。 しかし、それが物語となるには、ある種の条件が必要である。そのことについ ては、例えば、

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が次のように指摘している。

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ある個人が所与の社会的関係から予測される人生を歩まずに、そこから逸脱し、 特異な軌跡を辿ること、しかもその過程が人間性および人関心理の普遍的な部 分の探求の場となることが、「成長」をテーマとする小説の不可欠の条件と言い 得る。この過程を描き出すことは、文学にとって永遠の主題といってよい。 イギリスに近代小説が誕生した 18世紀以降の文学史の常識を簡単に振り返る だけでも上記のことがわかる。

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において、その文学的頂点に達したイ ギリス・ピカレスク小説は、主人公たちのさまざまな経験との遭遇とその成長

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(3)

が最も重要な主題の一つになっており、いわばBildungsroman(成長小説)の 原型となった。ピカレスク小説の主人公たちは、例外なく予期せざる事件ゃあ るいは自らの意志で、本来辿るべき人生の軌道から逸脱した存在である。彼ら は、その当時の社会に対する批判と調刺に彩られたさまざまな「冒険

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に遭遇 し、その経験から多くを学ぶ。しかし、彼らの道徳的、人間的成長とそれに伴 う幸福な生活という結末は、物語のなかの「見えざる手

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(deus ex machina)に よって与えられるものであり、物語の焦点はむしろ華々しい官険に焦点が当て られる。その意味では登場人物たちの掘り下げられた心理の追求という点で不 十分な側面を持つ作品が多い。それに対して、 19世紀小説の主流の一つである ピルドゥングスロマンは、ピカレスク小説とは異なり、主人公の置かれた状況 とそれに対する心理的対応や主人公によって生きられた経験が自己の内面的発 展としてどのような意味を持つのかという点に最大の関心が当てられていると 言えるのである。 周知のように、 CharlesDickensもまた、作品の物語性や社会批判に重大な 関心を持ちながら、なおかつ人間の「経験と成長j という主題に固執し続けた 作家であった。彼の後期の作品である GreatExpectations (1860 -61)は、それ までのピルドゥングスロマンの系譜に属する作品群の集大成であると位置づけ ることが可能であるかもしれない。ある批評家は次のように書いている。 Pip's progress from rags to riches, country to city, innocence to experience, plainly has archtypal patterns underlying it. They are patterns familiar from the Bildungsroman form yet carrying with them a specific historical relevance for an age of upward mobility and hardening

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the two symbolic dimensions 3) continually interacting within the narrative Pip supplies. しかし、この作品は、前期の OliverTwist (1837 -38)、中期のDavidCo

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をテーマにした作品と異なり、プ ロットの緊密性や詩的イメージの豊かさ、心理描写の肌理の細かさという点に - 144

(4)

-おいて、もっとも完成度の高い作品となっており、その意味では、ビルドゥン グスロマンという範障を超えているとも言える。この小論では、主人公ピップ の「経験と成長jがプロットの構成との関係でどのように展開されているか、 また主人公の心理が彼をめぐるさまざまな人物との関係においてどのように変 化していくのか、さらにそれらの問題との関連において、ピップの一人称によ る語りの構造がこの作品のなかでどのような意味と効果をもっているのかとい う問題を見ていくことにしたい。

2

ピップにとって、経験はつねに他者によって強制されたものか、あるいは他 者によって用意されたものである。彼は、自覚的にであれ無自覚的にであれ、 他者によって与えられた条件のなかで、自己と他者の関係性に引き裂かれなが ら懸命に自己の存在の根拠を確立しようと格闘していくことになる。その意味 では、ピップはたえず二重性を引きずりながら生きていく存在であると言える。 したがって、彼は、自らの才覚一つだけを武器として世間を渡り、「踊す一踊さ れる j という関係のなかでのし上がっていくピカロたちとはもちろん違うし、

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のように刻苦岬吟しながら社会的に成功していくわ砂でもな い。ピップの経験にはたえず「他者性」が強く刻印されているが、しかしその 「他者性j をはねのけ、自らの意志で自らの人生を決定しようというという努 力の過程が、彼の成長の証となっていくのである。 作品冒頭の墓場のシーンは、幼いピツプが遭遇する、きわめて印象的かつ「運 命的j な経験を物語る。脱獄囚マグウィッチは、幼いピップの前に圧倒的な強 制力をもった存在として立ち現れる。

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ここでマグウィッチが、ピップの足を掴んで逆さまにつるす場面は、きわめて 象徴的である。このときピップの眼に映るのは、逆さまの教会であるが、それ 以上に重要なことは彼の人生に転倒が生じたことである。 ピップは、それまで彼を余計者として虐待しながらも、自分を「手塩にかけ て(“

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育ててきたと言い放つ姉(ジョ一夫人)に従順に従ってきたが、 このとき初めて彼は、マグウィッチに強制されて、姉とジョーの家から、パイ とプランディーとやすりを盗み出して彼に与える。そして、この「盗みjがク リスマスの前夜に行われたこともこの小説においては少なからぬ意味を持って いる。クリスマス・ディナーは、本来幼いピツプにとって家庭の幸福を最高に 事受する場であるはずなのだが、実際はまったく逆で、田舎町の偽善者ノTンプ ルチュックや欝屈した劣等意識から奇妙な自信家となっているウォプスル、そ してジョー夫人にからかわれ、見当違いの説教を聞かされ、屈辱にじっと耐え る場なのである。守ってくれる者と言えば、この家の「主人」である鍛冶屋の ジョーだけである。しかし、彼はピツプにとっては“

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ると、ピップが姉の自慢のクリスマス料理であるポーク・パイを囚人のために 盗み、そのため姉がディナーの席でそれを取り出そうとしたとき、失くなって いることに気がつき大騒ぎとなることや、プランディの瓶の中身をタール水と すり替え、それをパンプルチュックがこのディナーの席で飲む羽田になるとい うことは、ピップが意識的に行ったことではないにせよ、彼を取り巻く状況に 対する最初の反抗となるのである。 この反抗は、同時にピツプとマグウィッチとの関係を確固たるものにする。 ピップが彼に食べ物を与える場面で、ピップは次のように語っている。

(6)

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となるのである。しかしながら、 このことは、何人かの批評家が指摘しているように、ピップがマグウイツチの 世界、すなわち犯罪者の世界の一員になったことを意味するわけではない。む しろ、ピップとマグウィッチの出会いは、ピップのそれまでの虐待され、つね に監視される存在としての日常からの脱出の契機を与えたものだと言えるであ ろう。無論、この時点でピップがそのことを意識しているわけではない。彼の 意識に強く刻印され、その後も彼を悩まし続けるのは、「盗み」からくる罪悪感 である。表面的にはこのことは疑う余地のないことなのだが、ピップの想像力 が、マグウィッチとの出会いによって強烈な刺激を受け、もはや彼の意識が、 ジョーの鍛冶場や、両親、兄弟の眠る墓地、沼地といった彼を取り巻く日常世 界に留まることができなくなったということに注目する必要がある。ピップが、 それまで何でも打ち明け相談してきた“

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であるジョーに、この「 盗み」のことを秘密にしておいたことは、そのことを示すものであり、同時に ピップの自我意識が芽ばえてきたことを示すものでもあろう。 そして、ピツプの自我意識を決定的にしたものは、サティス荘

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に住むミス・ハヴィシャムとエステラとの出会いである。この館の名前は、エ ステラがピツプに話すように、“

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という意味であ るが(第8章)、これは大いなる皮肉であって、この館の主人であるミス・ハヴィ シャムは、「満足」していたり、「充ち足りて」いるどころか、精神の奥深く傷 つき、その決して癒されぬ傷を癒そうとする病的な代償行為に腐心するばかり である。人間ばかりではない。この館自体が、腐敗と死の影に覆われている。 広大な敷地の中にあるかつての醸造所は崩れかかっており、庭園は荒れはてて いる。館の中は日の光が一切閉め出され、ミス・ハヴィシャムのいる広聞は蝋

147

(7)

-燭の光だけの薄暗い部屋で、部屋の中のすべてが朽ち果てるままにされている。 ピップは最初の訪問で、こうしたサティス荘とその住人に圧倒されるが、それ は彼にとって二重、三重の意味を持つことになる。 一つは、まったく異質な世界との遭遇によってピップの想像力が拡大したこ とである。この幻想的な館に住むミス・ハヴィシャムは、ピップにとって、蝋 人形(“

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を連想させるし、また彼がエステラと散歩に出た際には、朽 ち果てた醸造所でミス・ハヴィシャムが梁から首を用ったようにぶら下がって いる幻覚を見る。ディケンズが設定したこのゴシック仕立ての屋敷は、少年期 のピップの想像力を限りなくかき立てるのである。その強烈な印象は青年期に なっても消え失せず、“

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というミス・ハヴィシャムのイメー ジは後々まで残ることになる。 もう一つは、この訪問によって、ピップが階級の差を初めて認識させられた という点である。エステラはピップとほぼ同年代なのだが、彼女に“

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と言われることによって、彼はそれまで疑いもしなかった鍛冶屋ジョー の年期奉公人となるという自らの将来に対して、初めて恥の意識を持つように なるのである。つまり、ピップのなかに初めて階級意識が目覚めたということ である。そしてそれは、ピップがまるで“

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であるかのように エステラから食事を与えられる場面において、屈辱感にまで高まる。しかし、 これほどの屈辱を与えられでもなお、「粗野で、下層」の存在であるピップは、 上流階級の一員として育てられた高慢なエステラに強烈に魅かれてしまうので ある。

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‘What do you play

boy?' asked Estella of myself

with the greatest disdain.

‘Nothing but beggar my neighbour, miss.'

‘Beggar him',said Miss Havisham to Estella. So we sat down to cards. (ch. 8) 上の引用のなかには、この作品の鍵となる支配一被支配の関係がきわめて象徴 的に示されている。つまり、一つは、ミス・ハヴィシャムとエステラの関係で ある。ミス・ハヴィシャムの養女であるが、その出自は作品の最後のあたりま で謎のままであるエステラ(彼女自身は最後まで知らない)は、美しく高価な 宝石に象徴される彼女の莫大な遺産が将来自分のものになるという了解のもと で、ミス・ハヴィシャムの言うがままの生活を送る。物心もつかないうちに養 女となったエステラは、まさにミス・ハヴィシャムの完全なる物質的な支配の 下で、同時に彼女の精神的な支配を受ける存在であり、一個の道具となる運命 を負っている。この時点では、エステラはまだこのことに無自覚ではあるが、 ミス・ハヴィシャムの意に沿う形で、ピップの気持ちを踏みにじる。そればか りか、このトランプ遊びで、彼女はピップを完全に打ち負かすことになるが、 それはまたピップとエステラの関係で言えば、ピップは「乞食」になったこと をわれわれに示す。つまり、ピップはヱステラの愛情を乞う存在、エステラに 支配される存在になったのである。 こうしたサティス荘でのピツプの強烈な経験は、彼がそれまで疑いもしなかっ た自らの現実と将来像を粉々に打ち砕いてしまった。ジョーに対する信頼感は 消え失せることはなかったが、それまで鍛冶屋というジョーの仕事に憧れと誇 りを抱いていたピップは、いよいよジョーのもとで年季奉公人として働き始め ると、自分が仕事場にいる姿をもしエステラに見られたら最大の恥辱を感じる だろうという恐怖に苛まされるまでになるのである。この恐怖感が「忘思」で あるという意識は持つてはいても、その倫理意識はエステラに対する思慕の念 の前にはすぐに消え失せてしまい、彼はあてどない幻想と退屈な日常の狭間で

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-苦しむことになる。ピップがピディに、自分は今の生活に満足できず、エステ ラのために“

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になりたいと告白する場面はそのことを端的に示してい る。ピディは、筋の通った言葉でピツプをたしなめる。しかし彼の理性はそれ を受け入れても、今の生活に耐えられないという彼の追いつめられた心情は、 彼女の言葉を拒絶してしまう。その結果残るのは自己嫌悪だけである。この会 話の最後の部分でピップは、われわれにこう語る。

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17) まさに混乱の極みとしか言いようがない。ここにわれわれは、幻にも似た希望 と現実に対する絶望感の聞に宙吊りとなってしまった思春期のピップを見るこ とができる。それは、その名前が示す通り「星」のようにピップにとっては手 の届かない存在であるエステラへの愛に起因する。後に、ピップはこう語る。

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こうして、サティス荘での体験がもたらしたピップの想像力の拡大は、彼に とっては自己の存在の矛盾を一層自覚せざるを得ないものとしてしまったので ある。したがって、後に弁護士のジャガーズがピツプのもとへ莫大な財産相続 -

(10)

150-の見込み

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ということなのかもしれない。つまり、ディケンズはピツ プという人物像を通して、繁栄と上昇の機運に満ち溢れながら、同時に欺踊的 な道徳観の支配するヴィクトリア朝の社会を調刺したかったのかもしれない。 しかし、ディケンズの意図がどうであれ、ここではわれわれは、ピップの幼年 期の無垢なる心が、マグウィッチとの出会いと、その後のミス・ハヴィシャム、 エステラとの関係を通じて決定的に失われ、上述のような意味で宙吊りの存在 になったことを知るだげで十分であろう。 このようなピップが、匿名の思人からの莫大な財産相続の見込みをジャガー ズから聞かされたとき、それに飛びついたのは当然の成行きである。ピップの 心はすでにジョーの鍛冶場から永遠に離れてしまっており、そこに戻ることは 不可能であった。それはジョーの世界からの永遠の訣別をも意味している。ピツ プは、自分が財産を相続したら、ジョーを労働者階級から引き上げてもっとい い暮らしをさせる乙とが自分の「思返し

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であると考え、それをピディに話す が、彼女はそうした考えを全面的に否定する。

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-151-‘[Pride isJ N ot all of one kind,'resumed Biddy.‘He may be too proud to let any one take him out of a place that he is competent to fill, and fills well and with respect.' (ch. 19) ピップにとって重要なのは、ジョーが持っている仕事に対する誇りや人間とし ての尊厳よりも、将来自分が莫大な財産を相続できたときに、かつての“fellow -sufferer"に対して金で報いることなのである。そうした行為をジョーが受付入 れず、感謝すらしないだろうということはピップの思いもよらないことであり、 それゆえビディの反論に酷い言葉で応じてしまうのである。ただ留意しておか

なければならないのは、ピップが“1was for London and greatness."という高

揚した気持ちになりながらも、一方で“[1Jsat down in my one chair by the bedside

feeling it very sorrowful and strange that this first night of my bright fortunes should be the lonliest 1 had ever known."(ch. 18)と告白して いる点である。この引き裂かれた心情は、ピップのたんなる感傷や新しい生活 への不安というよりは、むしろ彼の鋭い感受性と人間的成長の可能性を示すも のだと考えることができる。こうして、ピップは矛盾し、分裂した心情を抱え たまま、紳士となるための教育を受けるためにロンドンへと旅立つのである。 3 ロンドンはピツプにとって、さまざまな意味において教育の場である。彼は、 社会的関係がさまざまに錯綜する世界を眼のあたりにし、またみずから愚行を 犯しながら成長していくことになる。彼は同年代の青年紳士であるハーパート・ ポケットと同居することになり、またその父親で学識と見識に優れたマシュー・ ポケット氏のもとで紳士となるための教育を受けることになる。もちろん、こ れは匿名の恩人の依頼によって、ミス・ハヴィシャムの顧問弁護士でもあるジャ ガーズがすべて用意したもので、ピップ自身の選択ではない。ピップは、ポケッ ト氏の家に下宿をして、他の二人の青年たちとともに教育を受けることになる が、ポケット家の情景は、一場の喜劇的場面であると同時に、身分あるいは

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ポケット氏は深い学識とすぐれた見識を持った人物であり、“

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にばかり読みふ けり、子供の世話や召使いの監督すらろくにできない無能な妻のせいで滅茶苦 茶という有り様である。このようなポケット家の情景は、喜劇的場面であると 同時に、ポケット夫人とそれにへつらう人物たちの描写を通じて、上辺だけの 空疎な上流階級意識に対する調刺ともなっている。ポケット夫人のような人物 は、およそ“

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とは無縁な存在だからである。 ともあれ、ピップは、ポケット氏の指導と助言とハーパートとの交友関係を 通じて、少なくとも外面的には紳士として通るような学識と作法を身につけて いくことになる。しかし、他方で、この時期のピツプの生活は、金の使い方も 分からずに浮かれ騒ぐ日々でもあった。“

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しかしながら、それはあくまでもこの時期の一面を示すものであって、ピッ プにとってのロンドンは、ジャガーズやその書記であるウェミックを通して、 社会の暗黒面を見せつけられる場でもある。ピップがロンドンに到着してから ジャガーズの事務所の次にすぐ目にするものは、ニューゲイト監獄である。そ こで、彼は門衛に案内されて、絞首台のある庭や、「明後日の朝8時に4人の死 刑囚が出てくることになる債務者の門

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章)。また、ジャガーズの事務所自体が犯罪の影に色濃く覆 われている(その象徴は壁にかけてある有名な死刑囚のデス・マスクである)。 ピップはジャガーズと彼に追いすがる依頼人たちのやりとりを淡々としかし微 細に語っているが、それは彼が思い描いていたロンドンの幻想を着いたその日 に打ち砕くには十分すぎるほどの強烈な印象だった。その後、ピップは法廷で のジャガーズを見る機会を持つが、この場面は、この時代の「法と正義

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に対 するディケンズの痛烈な調刺でもある。

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この法廷の場面に見られる裁判制度に対する楓刺と批判は、後にマグウィッチ が、ピップとともに逃亡することに失敗して、植民地への永久追放者が故国に 帰国したという罪状で死刑の宣告を受ける場面にも引き継がれる。そこでは、

(14)

-154-驚くべきことに

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名の被告がひとまとめに裁判官から死刑の宣告を受けるので ある(第

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章)。だが、それは、少年期から青年期のピツプが“

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にな りたいと憧れた社会の現実だったのである。 次に、われわれはこの「ロンドン時代」のピップの心理や、ピップとエステ ラ、及びミス・ハヴィシャムという三者の関係について考察しておく必要があ る。 前述のように、ピップは、ジョーの世界から逃げ出したいという願望と同時 に最も親しい“

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章)。しかし、それは一時の「後悔

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で しかなかった。その翌朝、ピップはミス・ハヴイシャムのもとへと向かうのだ が、当然ジョーの家に泊まるべきだとは思っていても、さまざまな口実を思い 浮かべ、結局は町の宿に泊まり、ジョーに会わないことにするのである。無論、 それが自己欺臓であるということをピップは意識しており、われわれに“

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と語るのである(第

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章)。 ピップはジョーに対してアンヴィパレントな感情を持つだけではない。彼は、 自らの存在が他者によって支配されているという不安感、不定感でいっぱいな のであり、自分が期待と不安の狭間で宙吊りにされているという意識に苛まさ れ続ける。彼は、ハーパートに向かつて言う。

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自分の恩人がだれなのか明らかにされないという状況の中では、このような心 理状態に陥るのも当然かもしれない。このため、ピップは、心理的な防衛機制 として、自らの運命が他者の手に握られているという事実から逃避するために、 自ら作り上げた「おとぎ話」を信じて生きている他に道はないのだと思うので ある。彼の「おとぎ話」は次のように語られる。

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この「王女」を獲得するために、ピップはジョーの世界を捨てたと言っても よいのだが、しかし、この「王女」は、 3才か4才の時にミス・ハヴィシャム の養女となり、

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才になるまで彼女の奇矯な教育を受けてきたためか、ピッ プよりはるかに醒めた目を持っている。ピップがミス・ハヴィシャムの依頼で 彼女をリッチモンドのブランドレイ夫人のところへ送り届げるために、ロンド ンで出会った時、彼女はピツプにこう言う。“‘

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(16)

-156-ここに示されているエステラの冷静な自己認識は、ミス・ハヴィシャムの男 たちに対する復讐の道具として、魅力的な淑女となるための最高の教育を受け るなかで培われたものである。こうした認識があるからこそ、エステラはピッ プに自分を愛さないように再三再四警告を与える。しかし、その一方で彼女は、 プランドレイ夫人の館に自分目当てに集まる青年たちの嫉妬をかき立てるため にピップを利用する。それは、彼女がミス・ハヴィシャムから与えられた社交 界での役割のためであった。すなわち一人でも多くの青年紳士を彼女の魅力で 虜にし、捨て去ることで相手を傷つけること、それがミス・ハヴィシャムの世 の男たちへの復讐だったのであり、エステラはそのための完壁な道具であった。 ピップには、そのことが分かつていながら、どうしても彼女への想いを断ち切 ることができない。したがって、ピップは、“

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と告白しながらも、自らのおとぎ話の筋 書に従って、その惨めな思いを慰めなければならないのである。“

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つまり、 やがてエステラを道具としたミス・ハヴィシャムの復讐が済めば、彼女が自分 に「与えられる」のだという“

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を、彼は踏みつけにされた愛の代償 としなければならない。しかし、その「おとぎ話

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自体が確実なものではない ために、ピップは出口のない迷路をさまよわなければならないのである。 したがって、マグウィッチの突然の再訪によって、彼がピップの本当の恩人 であるという真実を知ることは、ピップの存在の根拠を根底から覆すことにな なる。彼を支えてきた「おとぎ話」は、もろくも崩れさってしまうのである。 ピップはa博然とするが、しかしミス・ハヴィシャムが自分の恩人だと誤解する ように仕向けたことに対して、少なくとも表面的には怨みがましい態度は取ら ない。それがいかに無駄なことか分かつていたためでもあり、エステラと結ば れる希望が失せた今となっては、どんなに莫大な財産も彼にとっては無用のも のとなったからである。そうであればこそ、最後の訪問のつもりでサティス荘 に

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という酷い言葉を浴びせられでも、彼はそれに反駁するこ 弓 d F D 唱 i

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とはなかったのである。ただ彼に許せないことが一つあったとすれば、それは エステラが、彼がポケット氏の所で一緒に下宿していてその野卑な性格を知っ ているドラムルと結婚するということだけであった。ピップは、エステラに対 して彼のような「獣

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とだけは結婚しないでくれと懇願するが、それ が無駄だと分かると次のように言う。 ‘

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この場面は、ピップの精神的な成長の過程という観点からすれば、この作品の クライマックスとも言える。ここには、彼の深い喪失感と諦念と自己憐慣があ る。そして作者はピップに、エステラが自分の存在の一部だと語らせることで、 この作品を支える根幹となる関係をわれわれに示すのである。 ピップ=エステラという関係は、他の主要な登場人物たちの関係をも明確に 照らし出す。まず、エステラーミス・ハヴィシャムの関係であるが、すでに見 たように、エステラはミス・ハヴィシャムの復警の道具であり、彼女はその役 割を忠実に果たしてきた。しかし、第

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章で語られる彼女のドラムルとの結婚 は、ミス・ハヴィシャムが決定したものではなく、彼女自身の意志によるもの である。エステラがそのことをピップに告げる場面で、彼はミス・ハヴィシャ ムの様子を次のように語っている。“.• .

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しかも、明らかに彼女がこの結婚に反対であるにも かかわらず、エステラとピツプの話を幽霊を思わせるような青ざめた顔をして 聞いているだけなのである。それは彼女がエステラにとっても“

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