分子動力学計算と機械学習による熱硬化性樹脂に
関する階層的構造
-物性相関解析
(住友ベークライト株式会社)長島大
*、畑尾卓也
1.
はじめに
熱硬化性樹脂は機械特性や熱・電気特性などの 諸特性に優れることから構造材料や電気・電子用 材料として広く活用されている。代表的な熱硬化 性樹脂の1 つであるエポキシ樹脂は 2 つ以上のエ ポキシ基を有する主剤とアミン系やフェノール 系などの多種多様な硬化剤を原料とし、重付加反 応(図1)により剛直な3 次元架橋構造を形成す ることで熱硬化性樹脂特有の諸特性を発現する。 主剤・硬化剤それぞれの分子構造および配合比で 表現される原料条件と硬化反応におけるプロセ ス条件といった多くの要素の調整が可能である ことから広範囲な特性空間を張ることができる。 一方で原料分子中の局所的な構造と3 次元網目状 の高次構造といったスケールの異なる構造要素 がそれぞれの物性に異なる影響を及ぼすことか ら、所望の特性を実現するためには研究者の経 験・勘に依存しつつ多くの試作実験を要するのが 現状である。この課題解決とともに各種物性発現 機構の理解を目的として機械学習による定量的 構造-物性相関モデルの構築を試みた。 回帰モデルの逆解析による対象材料の高機能 化を目的としたバーチャルスクリーニングを行 う際は当該回帰モデルの汎化性能が重要とな る。この時、モデル構築に用いるデータの分散 が問題となることが多い。実際の実験データは 少数かつ多様な原料を用いた斉一的な実験は困 難である場合が多いためである。そこで本検討 においては分子動力学法を用いて様々な架橋構 造とそれに対応した物性値のデータセットを生 成することとした。 線形高分子に関するモノマーユニット構造を 説明変数とした検討はすでに多くの系で実施さ れているが、3 次元架橋系について高次構造を記 述子として分析を行っている事例は少ない。高次 構造は原料分子の反応性や分散状態、外的要因で ある反応促進剤およびプロセス条件によって変 化するため、材料設計への活用を考えた際には記 述子として利用するのが望ましいが、一般的な高 次構造の記述手法である散乱関数や動径分布関 数は元の3 次元構造の推察が難しい不可逆的な情 報圧縮であるため、高次構造に関する知見の抽出 が困難という課題がある。本検討においては幾何 構造への逆問題解法が定式化されている位相的 データ解析手法の一つ、パーシステントホモロジ ー[1]を用いることで目的物性発現において主要 な影響を及ぼす3 次元原子配置情報の抽出を可能 とした。 熱硬化性樹脂の3 次元架橋構造はその生成機構 ゆえに再現性が低い。したがって、高次構造に関 する知見抽出を行う場合と最適原料分子探索の ための逆解析を行う場合とは切り分けて階層的 な解析を行う必要がある。本検討では(1)原料分子 記述子を用いた局所構造モデル、(2)パーシステン トホモロジーを用いた高次構造モデル、(3)すべて の記述子を用いた統一モデルの3 種類の物性予測 モデルの作成と逆解析を行った。 図1. エポキシ樹脂硬化反応2.
手法
データセット 全原子分子動力学法によりエポキシ樹脂架橋 構造の生成および物性計算を行った。ソフトウェ アにはJ-OCTA(VSOP)および LAMMPS、力場には General Amber Force Field を用いた。目的変数とす る計算対象物性として密度ρ、硬化収縮率 S 、自 由体積分率 RFV、弾性率 E、ガラス転移温度 Tgお よび線膨張係数 α1、α2を算出した。主剤と硬化 剤の当量比は1 とし、系中総原子数、架橋度を揃 えることで斉一的なデータセットとした。 主剤 116 種類、硬化剤 11 種類について架橋反 応計算ならびに物性算出シミュレーションを実1A03
施し、686 件のデータセットを得た。 回帰分析 原料分子の記述子変換には Morgan Fingerprint およびMordred[2]生成記述子を用いた。主剤・硬 化剤の混合物である架橋系は理想混合物モデル として各原料分子記述子の組成比積で表現した。 高 次 構 造 を 含 む 位 相 情報 の 記 述 子 変 換 に は HomCloud[3]を用いた。架橋構造の 1 次ベクトル 化パーシステント図を算出し、説明変数とした。 回帰分析においては k-最近傍法,Elastic Net、 Random Forest の 3 手法で学習を行い、5 分割交差 検証により得られた回帰モデルを評価した。
3.
結果と考察
表 1 に統一モデルにおける交差検証の R2およ びRMSE を示す。ハイパーパラメータを調整した うえで3 手法で同様に学習を行った結果、統一モ デルにおいてはいずれの物性についても線形モ デルであるElastic Net が最も良い予測精度を示し た。これは今回用いたデータが高次元な疎行列で あるためと考えられる。 局所構造モデル、高次構造モデルおよび統一モ デルを用いた各種物性値の計算値と予測値の相 関を図2 に示す。局所構造モデルと比べ、高次構 造記述子を含む2 モデルは硬化収縮率、自由体積 分率およびガラス転移温度において残差の減少 が確認された。トポロジー情報のみで記述される 高次構造モデルを作成したことで、統一モデルに おいては他の記述子の線形和に埋没していた物 性発現因子である高次構造情報を抽出すること ができた。 また、硬化反応前の情報のみで記述される局所 構造モデルを得たことで、分子動力学シミュレー ションを実施することなく原料分子構造および 原料配合のスクリーニングを行うことが可能と なった。4.
まとめ
熱硬化性樹脂について 3 階層の構造-物性相関 モデルを構築した。これにより効率的な材料探索 を可能とするとともに各種物性に影響を及ぼす 構造情報を得ることができた。今回得られた解析 結果から従来原料群よりも硬化収縮率、線膨張係 数を大きく抑制する新規原料を発見することに も成功している。 今回用いたデータセットは分子動力学法によ り生成したため、実験的手法による検証が課題と して残っている。今後はX 線散乱法を用いた検証 実 験を 行う。 さら に、遺 伝的 アルゴ リズ ムや Boruta[4]をはじめとした特徴量選択や生成モデル 活用による予測モデル改良検討を予定している。 表1. 統一モデルにおける回帰分析結果 物性 単位 モデル R2 RMSE ρ g/cm3 Elastic Net 0.98 2.6×10-5 S % Elastic Net 0.90 2.2×10-1 RFV % Elastic Net 0.94 2.9×10-2E MPa Elastic Net 0.37 9.3×104
Tg K Elastic Net 0.28 5.3×102 α1 ppm/K Elastic Net 0.47 3.9×101 α2 ppm/K Elastic Net 0.49 4.4×102 図2.各構造-物性相関モデルによる計算値と予 測値の相関 参考文献 [1] 大林 一平, 応用数理, 26, 4 (2016)
[2] H. Moriwaki et al., J. Cheminform, 10, 4 (2018) [3] https://homcloud.dev/
[4] M.B. Kursa, W. R. Rudnicki, J. Stat. Softw, 36, 11 (2010)