ロジウム酸化物による熱電変換材料の 設計と合成
Design and Synthesis of Rh Oxides as Thermoelectric Materials
2009 年 12 月
早稲田大学大学院 理工学研究科
物理学及応用物理学専攻 強相関電子物性研究
芝崎聡一郎
目 次
第1章 序論 1
1.1 本研究の背景と目的 . . . . 1
1.2 本論文の構成 . . . . 2
第2章 熱電効果について 3 2.1 熱電効果とCo/Rh酸化物 . . . . 3
2.2 熱電効果の理論 . . . . 4
2.2.1 熱電パラメータの導出 . . . . 4
2.2.2 Heikesの式 . . . . 6
2.2.3 熱電発電の基礎式. . . . 7
第3章 CuRhO2の伝導機構 11 3.1 緒言 . . . . 11
3.2 CuRhO2の結晶構造 . . . . 11
3.3 実験方法. . . . 12
3.3.1 試料作製. . . . 12
3.3.2 X線回折. . . . 13
3.3.3 電気抵抗率測定 . . . . 13
3.3.4 熱起電力測定 . . . . 13
3.3.5 Hall係数測定 . . . . 14
3.4 測定結果. . . . 15
3.4.1 X線回折. . . . 15
3.4.2 Cu1−xAgxRh1−yMgyO2の電気抵抗率,熱起電力,Hall係数 . . . . 17
3.4.3 Cu1−xAgxRh1−yMgyO2の出力因子. . . . 21
3.4.4 CuRh1−yMgyO2の高温輸送特性 . . . . 22
3.5 解析と考察 . . . . 22
3.5.1 キャリア濃度に依存しない熱起電力 . . . . 22
3.5.2 2キャリアモデル . . . . 24
3.5.3 Cu層,RhO2層の出力因子 . . . . 28
3.5.4 Variable Range HoppingによるRhO2層の評価 . . . . 29
3.6 まとめ . . . . 29
ii
第4章 K0.49RhO2の輸送特性 31
4.1 緒言 . . . . 31
4.2 NaxCoO2の基本的な物性 . . . . 32
4.3 三角格子やKagom´e格子におけるHall係数の理論 . . . . 33
4.4 実験方法. . . . 35
4.4.1 試料作製. . . . 35
4.4.2 X線回折・組成分析 . . . . 36
4.4.3 電気抵抗率測定 . . . . 36
4.4.4 熱起電力測定 . . . . 36
4.4.5 Hall係数測定 . . . . 36
4.5 測定結果. . . . 37
4.5.1 X線回折・組成分析 . . . . 37
4.5.2 K0.49RhO2の電気抵抗率,熱起電力,Hall係数 . . . . 37
4.5.3 K0.49RhO2の出力因子 . . . . 39
4.6 解析と考察 . . . . 39
4.6.1 K0.49RhO2の熱起電力と伝導 . . . . 39
4.6.2 K0.49RhO2の電子比熱係数 . . . . 41
4.6.3 K0.49RhO2のHall係数 . . . . 42
4.7 まとめ . . . . 44
第5章 LaRhO3の熱電特性 47 5.1 緒言 . . . . 47
5.2 LaCoO3におけるCoのスピン状態 . . . . 47
5.3 LaCoO3の基本的な物性 . . . . 48
5.4 実験方法. . . . 53
5.4.1 試料作製. . . . 53
5.4.2 X線回折. . . . 53
5.4.3 電気抵抗率測定 . . . . 53
5.4.4 熱起電力測定 . . . . 53
5.4.5 高温測定プローブの作製 . . . . 54
5.4.6 Hall係数測定 . . . . 55
5.4.7 磁化測定. . . . 55
5.5 測定結果. . . . 56
5.5.1 X線回折. . . . 56
5.5.2 LaRh1−xMgxO3の電気抵抗率,熱起電力,Hall係数 . . . . 58
5.5.3 LaRh1−xNixO3の電気抵抗率,熱起電力,磁化率 . . . . 59
5.5.4 La1−xSrxRhO3の電気抵抗率,熱起電力,磁化率 . . . . 62
5.5.5 LaRhO3系の出力因子 . . . . 64
5.5.6 LaRhO3系の熱伝導率 . . . . 66
5.6 解析と考察 . . . . 66
5.6.1 LaRh1−xMgxO3とLaRh1−xNixO3の違い . . . . 66
5.6.2 LaRh1−xNixO3とLa1−xSrxRhO3における熱起電力の置換量依存性. . . . 67
5.6.3 Variable Range HoppingによるLaRh1−xNixO3の評価 . . . . 68
5.6.4 La1−xSrxRhO3とLa1−xSrxCoO3の違い . . . . 68
5.6.5 La0.8Sr0.2RhO3におけるRhサイト置換の効果 . . . . 70
5.7 まとめ . . . . 72
第6章 総括 73
謝辞 75
業績リスト 77
参考文献 80
1
第 1 章 序論
1.1 本研究の背景と目的
遷移金属酸化物は様々な性質を示す.電気抵抗率をとっても,絶縁体から金属,超伝導体と物質 ごとに異なる.中には,応用に使える性質,例えば,強誘電性を示すものや強磁性を示すものもあ り,転移温度も数百Kから数Kまで多岐にわたる.このように遷移金属酸化物の性質は非常に興 味深く,多様である.遷移金属酸化物において多くの発見がなされるきっかけとなったものは,何 といっても1986年の銅酸化物における高温超伝導体の発見であろう.BednorzとM¨ullerによって
Ba-La-Cu-O系において30 Kの超伝導体が発見されて以来[1],現在まで多くの研究が行われてい
る.最近では,Feを含むLa-Fe-As-O系における26 Kの新しい超伝導体がKamiharaらによって
発見され[2],銅酸化物高温超伝導体の発見時と同様に注目されており,preprintサーバーのarXiv
には日に日に超伝導転移温度Tcの向上や物性が報告されている.
最近では上述したような基礎物性の研究のみにとどまらず,応用への関心も高まってきている.
記憶に新しいのは,最近のNobel物理学賞を受賞したFertとGr¨unbergによるFe/Cr薄膜におけ る巨大磁気抵抗効果であろう[3, 4].現在の磁気記録デバイスの発展は彼らの発見無しに語ること はできない.遷移金属酸化物においても巨大磁気抵抗効果は発見されており,特にMn酸化物にお いて多くの研究がなされている[5].更には,複数の転移(例えば,強誘電性と強磁性)を利用した Multiferroicsを示す物質の研究も盛んになってきている [6, 7].強誘電性と強磁性が同時に存在す る場合,電場で磁化をコントロールしたり,逆に磁場で分極をコントロールすることが可能となる ため新たな記録材料として期待されている.また,超伝導体も電線の材料としての研究がなされて いる.
他の応用例としては,本論文のタイトルにもある熱電変換が挙げられる.熱電変換とは,詳しく は後述するが,熱と電力を相互に変換する現象を指し,環境問題が叫ばれる中,廃熱から発電でき るクリーンなエネルギーとして注目されている.NaxCoO2における大きな熱起電力の発見以来[8],
Co酸化物を中心に熱電変換材料の研究がなされており,従来の酸化物では成し得なかった高温領 域での高い熱電特性が報告されている.この高温領域における高い熱電特性はスピン・軌道の自由 度が伝導電子に結合したことによるものと考えられており[9],実験結果とも比較的よく一致する.
また,熱起電力には符号があるため,正,負の双方の材料の開発が必要である.正の熱起電力を 示すCo酸化物に対して,負の熱起電力を示す系ではTi酸化物が注目されており,Sr1−xLaxTiO3 においては低い電気抵抗率と大きな負の熱起電力が観測されている[10].また,次元性を変えるこ とにより,高性能な材料を作製する研究もあり,SrTiO3の薄膜材料においてバルクの材料を超え る性能も見出されている[11].しかしながら,酸化物の材料では応用にはまだ性能が足りず,高い 熱電特性を示す材料が望まれている.
このような背景の中,本研究は行われた.本研究を始めるにあたって,著者はCo以外の他の元
素でもCo系と同様の現象が確認できるか,またどのような物理現象が高い熱電特性への鍵である のかを理解し,高性能材料を見出す新たな指針を求めるべく,Rhを含む酸化物に着目した.Rhに 着目した理由としては,(i)周期律表でCoの真下にあるため化学的性質が似ている,(ii)Coと比 べ低スピン状態が安定である,(iii)幅広い4d電子の軌道のため高い電気伝導性が期待される,な どが挙げられる.実際に,Rhに着目した研究例は既に報告されておりCo酸化物熱電材料と同様 の性質を示していることから[12, 13],新たなRh酸化物の合成を行い研究を行うことにした.結 晶の次元性による影響を比較するため,2次元層状物質からCuRhO2(Delafossite構造(図 3.1)),
K0.49RhO2(γ-NaxCoO2構造(図 4.11))を,3次元物質からLaRhO3(Perovskite構造(図 5.3))を 選択した.2次元系と3次元系の双方に着目した理由は,電子状態,スピン状態の違いを考慮する ためである.実際,多くの層状Co酸化物の熱電特性は高温領域まで比較的高いものの,3次元系 Co酸化物においては高温でのスピン状態転移により,その高い熱電性能を維持できないという報
告がある[14, 15].このように構造の違う複数のRh酸化物を研究することによりCo酸化物の理解
が深まれば幸いである.
1.2 本論文の構成
本論文は,「ロジウム酸化物による熱電変換材料の設計と合成」の研究に関して著されたものであ り,Rh,Coの電子状態の類似点,相違点を利用して熱電変換材料に内在する物理現象の理解を実 験的観点から試み,まとめたものである.キーワードとしては,(i)Rh酸化物,(ii)スピン状態制 御,(iii)高温物性が挙げられる.第1章を序論とし,第2章では熱電効果の理論について述べる.
第3,4章では層状Rh酸化物について述べる.第3章は「CuRhO2の伝導機構」と題し,電気伝 導率はキャリア濃度に比例するが,熱起電力がキャリア濃度とともに変化しない系の物性について 議論する.第4章では「K0.49RhO2の輸送特性」と題し,同型のCo酸化物NaxCoO2との比較を 行うことによりCo/Rhの共通点,相違点を議論する.第5章では第3,4章とは観点を変え,3次 元物質Perovskite型Rh酸化物LaRhO3に着目し,「LaRhO3の熱電特性」と題し,Perovskite型 Co酸化物LaCoO3との物性の比較,議論を行う.第3,4章においては,RhがCoと同様のスピ ン状態を取ることを利用した物性について議論しているが,第5章では,高温領域においてCoが そのスピン状態を変えることと熱起電力の減少の相関を,低スピン状態が安定なRhを用いて抑制 することを目的としている.すなわち,第3,4章とは異なり,CoとRhの差を積極的に利用した ものである.第6章を総括とし,以上の結果をまとめる.
3
第 2 章 熱電効果について
2.1 熱電効果と Co/Rh 酸化物
温度差∆Tをつけるとそれに比例した電圧∆Vが生じる効果をSeebeck効果といい,S= ∆V /∆T で定義される比例係数Sを熱起電力と呼ぶ.逆に,電流により接触点で熱の交換が生じる効果を
Peltier効果と呼ぶ.熱電変換材料とは,この2つの効果により熱と電力を互いに変換する材料を
示す.熱電変換材料は宇宙船の電源や小型冷蔵庫(ワインセラー),レーザー装置などに使用されて きているが[16],最近では環境問題が叫ばれるようになり,以上の用途に加え工場や車が出す廃熱 の有効活用法として注目を浴びている[17].
熱電変換材料の性能は,無次元性能指数ZTで評価され,
ZT ≡S2T
ρκ (2.1)
と表される.ここで,S,ρ,κ,Tはそれぞれ,熱起電力,電気抵抗率,熱伝導率,絶対温度を表 す.故に大きな無次元性能指数を示す良い熱電変換材料には,大きな熱起電力,低い電気抵抗率と 熱伝導率が要求される.応用上の目安として無次元性能指数ZT >1が目標値とされている.他の 評価法として,出力因子Pfによるものがあり,
Pf≡ S2
ρ (W/cm·K2) (2.2)
と表される.これは1 Kの温度差に対して,単位面積当たりどれだけの出力を得ることができる かの目安となる.廃熱などを用いる高温での熱電発電を考える上では高温大気中で安定な酸化物の 利用が有効であるが,一般的に酸化物は電気抵抗率が高く,熱電変換材料としては不向きであると 考えられてきたため,熱電変換材料としての研究はほとんどなされておらず,Bi2Te3に代表され るような縮退半導体に限られてきていた[16].
このような背景の中,酸化物としては非常に高い熱電性能を示す層状Co酸化物,NaxCoO2が 1997年に発見された[8].それ以来,熱電変換酸化物の研究が多くの研究者によってなされており,
NaxCoO2同様に層状構造を持つ,Ca-Co-OやBi-Sr-Co-Oなどが発見されている [18–23].既存 材料とこれら層状Co酸化物の無次元性能指数を図 2.1に示す [17, 24].図から層状Co酸化物の 性能が高温領域で高いことがわかる.これは高温でも安定な酸化物の利点を活かせるものである.
NaxCoO2を始めとして,これら層状Co酸化物は皆共通してCdI2型のCoO2層を有している.Co 酸化物の高い熱電特性については様々なモデルが提案されているが,未だに完全には理解されてい ない[9, 25, 26].
層状Co酸化物の持つ高い熱電特性の起源を解明する手段として,著者が用いた手段はRh酸化 物を調べるということである.第1章でも述べたように,RhとCoには類似点が多く存在する.層
図 2.1: 既存材料と層状Co酸化物におけるZTの温度依存性 [17, 24]
状Co酸化物のCoをRhに変えた,Bi-Sr-Rh-O,Bi-Ba-Rh-Oや,Sr-Rh-Oの特性が調べられて おり,層状Co酸化物同様,高い性能を示していることが報告されている[12, 13, 27–29].
2.2 熱電効果の理論
熱電変換材料について議論するために,必要な理論を記しておく.
2.2.1 熱電パラメータの導出
Boltzmannの輸送方程式より,電流密度,熱流密度をそれぞれj,jqとすると,
j = L11ε+L12(−∇T) jq = L21ε+L22(−∇T)
ε = E+∇eµc
(2.3)
と表される.ここで,E,µc,eはそれぞれ,電場,化学ポテンシャル,電気素量を表す.
2.2. 熱電効果の理論 5 立方晶系においては,行列Lは,kBをBoltzmann定数として,
L11 = σ
L21 = T L12=−π3e2(kBT)2σ′ L22 = π32ke2B2Tσ
(2.4)
と書かれる.式(2.3)第2式の最初の2項はOnsagerの相反定理による.σは電気伝導率(電気抵 抗率: ρ= 1/σ)を,σ′はそのエネルギー微分を表す.
熱起電力は電流密度j= 0時のεと∇Tの関係で決まるので,式(2.3),(2.4)より,
S=L12
L11 =−π2 3
kB2T e
σ′
σ (2.5)
となる.FermiエネルギーをEFと書くと,自由電子においては緩和時間がエネルギーに依存しな いとしてσ′/σ= 3EF/2となり,式(2.5)は,
S=−π2 2e
k2BT EF
(2.6) となる.すなわち,低温領域において熱起電力の温度比例係数からFermiエネルギーが求められ ることになる[30].
Boltzmannの輸送方程式を熱電パラメータで記述すると,
j = σε+Sσ(−∇T)
jq = σSTε+κ′(−∇T) (2.7)
となる.ここでκ′は電場がない状態での熱伝導率である.式(2.7)上から,
ε=ρj−S(−∇T) (2.8)
ここで,第1項はOhmの法則,第2項はSeebeck効果を表している.これを,式(2.7)第2式に 代入することにより,
jq=STj+κ∇T (2.9)
を得る.ここでκ=κ′−σS2T =κ′(1−ZT κ/κ′)の関係がある.これは,電流通電時に測定され る熱伝導率の値が定常測定の時と比較して小さくなることを意味している.
式 (2.9)において,温度勾配がない状況を考えると,熱流密度と電流密度の間には,
jq
T =Sj (2.10)
の関係があることがわかる.ここで,式(2.10)の左辺はエントロピー流密度であるため,熱起電 力はキャリア当たりのエントロピーとみなすことができる.また,熱力学の恒等式からキャリア当 たりのエントロピーは−∂µc/∂Tに等しい.そのため,熱起電力は,
S∼ −1 e
∂µc
∂T (2.11)
と表すことができる.
ところで,電子の熱伝導率κelは,Wiedemann-Franz則より,
κel=L0σT (2.12)
の関係を持つ.ここで,L0はLorentz数である.式 (2.3)と(2.4)を用いてLorentz数を求める と,L0 = π32keB22 ∼2.44×10−8 V2/K2となる.熱伝導率を電子と格子の熱伝導率の和で表すと,
式 (2.1)は,
ZT = S2T
ρκ ≤S2T ρκel
=S2 L0
(2.13) となる[31].これは,無次元性能指数ZT >1を達成するには,最低でも熱起電力|S|>160µV/K が必要であるということを意味する.
2.2.2 Heikes の式
Heikesの式とは,熱起電力の高温極限の値を表すものである.多体の相互作用を考慮した熱起
電力は,久保公式より,
S(T) =−S(2)/S(1)
T + µc
eT (2.14)
と書くことができる.S(1),S(2)はそれぞれ,
S(1) = 1 2
e2 kBT
Z ∞ 0
½ Tr
·
expµcP
iNi− H kBT
¸
[vv(τ) +v(τ)v]
¾
dτ (2.15)
S(2) = 1 2
e2 kBT
Z ∞ 0
½ Tr
·
expµcP
iNi− H kBT
¸
[Qv(τ) +v(τ)Q]
¾
dτ (2.16)
で表される.ここで,i,Ni,H,v,Qはそれぞれ,サイトの番号,粒子数,ハミルトニアン,速 度演算子,エネルギーフラックスの演算子である[32].また,化学ポテンシャルは,熱力学の恒等 式より,
µc T =−
µ∂s
∂N
¶
E,V
(2.17) と表される.ここでs,E,V はエントロピー,系の内部エネルギー,系の体積を表す.エントロ ピーは,配置数をgとして,
s=kBlng (2.18)
と表せる.高温極限では,式(2.15),(2.16)の双方が同じ温度依存性を示すようになり,S(2)/S(1) が一定値となる.そのため,式 (2.14)の第1項は消え,第2項のみが残るので,
Tlim→∞S(T) =−kB e
∂lng
∂N (2.19)
となる.
拡張Hubbardモデル[32]によると,同一サイト内,j離れた場所のCoulombエネルギーをそれ ぞれU0,Uj,飛び移り積分をtとして,U0 ≫kBT ≫Uj, tの関係にあるときに配置数は,スピ ンを考慮して,
g= 2NeNA!
Ne!(NA−Ne)! (2.20)
2.2. 熱電効果の理論 7 となる.ここで,Ne,NAは電子数,全サイト数を表す[9].Heikesの式は,サイト当たりのキャ リアをx=Ne/NAとして,Stirlingの公式を用いると,
S=−kB
e ln
µ2(1−x) x
¶
(2.21) と書き表すことができる.
一方,KoshibaeらがCo酸化物の大きな熱起電力を説明するために提唱したモデル [9]では,
Co3+とCo4+がそれぞれNA−M,M 存在すると考え,
g=g3NA−MgM4 NA!
(NA−M)!M! (2.22)
とした.これにより,
S=−kB
e ln µg4
g3
1−x x
¶
(2.23) となる.ここでx=M/NAであり,g3,g4はそれぞれCo3+,Co4+の配置数である.図2.2(a)に 八面体配位による配位子場による配置数を示す.真空中では5重に縮退していたd軌道が3重縮退 したt2g軌道と2重縮退したeg軌道に分かれる.図2.2(b)–(e)にCo4+の状態とCo3+の低スピ ン状態,中間スピン状態,高スピン状態の配置数を示す.Hund結合が十分に強ければ,系は高ス ピン状態が安定となり,逆にt2gとeg間のギャップが十分に大きければ,系は低スピン状態が安定 となる.中間スピン状態の安定性はHund結合やギャップの大きさを考えるだけでは安定状態とは ならないため,他の寄与を考える必要が生じる.ここで,配置数は軌道の自由度Norbitalとスピン の大きさSspinを用いて,
g=Norbital·(2Sspin+ 1) (2.24)
で表される.式(2.21),(2.23)は,キャリア数の減少とともに,熱起電力は無限大に発散すること を示唆する.
2.2.3 熱電発電の基礎式 [16]
これまでは基礎的な内容について触れてきたが,ここでは実際に素子として用いられる際の現象 について述べる.
熱電発電のエネルギー収支
Peltier効果により,熱電素子への流入する熱入力qa及び放熱量qdは,
qa = STHI−12RI2+K∆T
qd = STLI+12RI2+K∆T (2.25)
と表される.ここで,TH,TL,R,I,K,∆Tはそれぞれ,高温部の温度,低温部の温度,素子 の内部抵抗,素子中の電流,素子の熱伝導,温度差である.式(2.25)の第1項から第3項までは
それぞれPeltier熱,Joule熱,高温部から低温部への熱の伝導を意味する.負荷をつないで電流が
生じると高温部,低温部で熱量のやりとりが起こり,素子中にはS(TH−TL)I=S∆T Iの熱量が
t
2ge
g(a) (b)
(c) (d) (e)
d
Co4+
Co3+HS Co3+IS
Co3+LS
6
15 18
1
㕙㈩
図2.2: 拡張されたHeikesの式におけるCo3+,Co4+の配置数: 図中に示した数がそれぞれのスピ ン状態における配置数を表す
吸収されることになり,このエネルギーとJoule熱の差が電気エネルギーとして取り出される.一 般に,素子中を伝導する熱量K∆Tは他の項に比べると大きくなるが,これは素子の両端に温度差 をつける役目を果たす.
発電出力
熱電素子から得られる電気エネルギーPgは高温側への熱入力から低温側への放熱量を差し引い た値であるので,
Pg = qa−qd
= (S∆T−RI)I=RLI2 (2.26)
ここでRLは負荷抵抗であり,Vg=S∆T−RIと置けばVgは開放電圧となる.この値はSeebeck 効果による熱起電力から素子の内部抵抗によって生じた電圧を差し引いたものである.したがって,
Pg=VgIは熱エネルギーから変換された電気エネルギーすなわち電力である.
外部負荷抵抗RLと素子の内部抵抗Rの比を
mr≡ RL
R (2.27)
とすると,電流は
I= S∆T
R+RL = S∆T
(1 +mr)R (2.28)
となる.負荷抵抗が変化すると,電流も変化するため,出力は負荷抵抗に依存する.
2.2. 熱電効果の理論 9 最大出力
素子の発電出力を最大にする条件は,
Pg=RLI2= S∆T R
mr
(1 +mr)2 (2.29)
をmrで微分して0と置くことにより,
mr= 1 :R=RL (2.30)
が求まる.このときの電圧,電流はS∆T /2,S∆T /2Rとなり,
Pg max= 1
4S2(∆T)2R= 1
4ZK(∆T)2 (2.31)
となる.
熱電変換効率と最大変換効率
熱電発電の変換効率ηは,発電出力と熱入力との比で与えられるので,式(2.25),(2.29)より,
η=Pg qa
=∆T TH
mr 1+mr
1 + 1+mZT r
H −2TH(1+m∆T r)
(2.32)
で表される.これは,Carnotサイクルの効率ηc≡∆T /THに係数を掛けたものとなっている.こ こから,最大の変換効率を求めることが可能となる.上式を負荷抵抗と内部抵抗の比mrで微分し て0と置くことにより,
mropt= µRL
R
¶
opt
=p
1 +ZTAvg (2.33)
が求められる.ここでTAvgは高温部と低温部の平均値とする.ここから最大の変換効率ηmaxは,
ηmax=∆T TH
p1 +ZTAvg−1 p1 +ZTAvg+TTL
H
(2.34)
で与えられる.式(2.34)から,ZTAvg→ ∞の極限でCarnotサイクルの効率に一致することがわ かる.図2.3に低温部を300 Kとし高温部の温度を変化させた場合の熱機関としての効率を示す.
簡単のため,ZTAvgは温度に依存しない値としている.
0 100 200 300 400 500 0
0.2 0.4 0.6
∆ T (K)
η
Carnot Cycle ZT=2
ZT=1
図2.3: 熱機関としての熱電素子の変換効率の温度依存性: 低温部は300 Kで固定している
11
第 3 章 CuRhO 2 の伝導機構
3.1 緒言
第1章で述べたように,層状Co酸化物は高い熱電特性を示しており,同様の結晶構造を取るRh 酸化物でも同等の熱電特性が報告されている.本章では層状構造を取るが層状Co/Rh酸化物とは 異なるネットワークを持つDelafossite型のCuRhO2に着目する.この物質をはじめ,Delafossite 構造を取る物質は組成式T MO2 (T,M: 主に遷移金属)で表され,Tに1価の金属,Mが3価の 金属が入る.合成例,物性の報告は古くからあり[33–35],例えば,CuAlO2では,p型の透明伝 導体としての研究がなされている[36].CuFeO2においては,FeサイトのMg置換やSn置換によ り熱起電力の符号を変化させることが可能であることが知られており,FeサイトをMgで2%置換 した試料は,300 Kにおいて,熱起電力359 µV/K,電気抵抗率111 mΩcmという比較的高い熱 電性能を示す[37].CuCrO2においてもCrサイトをMgで置換した試料の物性が報告されており,
興味深い磁気特性や熱電特性が報告されている[38].このように,Delafossite型酸化物では複数 の遷移金属元素がMサイトに存在するので,それぞれの元素がどのように物性に寄与するのかも 興味深い.
3.2 CuRhO
2の結晶構造
著者が着目したCuRhO2は図3.1に示すように,Cu層とRhO2層がc軸方向に交互に積層す
るDelafossite構造を取る物質である.上下にOのネットワークを持っているものがCuであり,
層状Co酸化物同様のCdI2型の伝導層を形成しているのがRhとOである.このため,他の層状
Co/Rh酸化物同様,高い熱電性能が期待できる.
本研究の対象物質であるCuRhO2の先行研究としては,KuriyamaらによるRhサイトのMg置 換の結果がある.Kuriyamaらは,CuRh1−xMgxO2がx≥0.05で金属的伝導を示すこと,また,
x= 0.1の試料が,300 Kで電気抵抗率4 mΩcm,熱起電力130µV/Kを示す良い熱電材料になる ことを見出している[41].この物質においては,CuもRhのどちらも遷移金属であるために伝導 を担いうることが考えられる.Rogersらは,CuMO2においてはCuの3d3z2−r2と4s軌道が混成 し,Oのp軌道と結合するためにCu層が電気伝導を担うことを指摘している[35].どちらの伝導 が支配的であり,どの程度のものかを知るためには,Cu層とRhO2層の伝導に対する寄与を分離 する必要がある.そこで著者は,Cu1−xAgxRh1−yMgyO2というCu,Rhの両サイトを変化させ た組成の試料を合成し,その輸送特性から実験的にCu層とRhO2層の伝導の分離を試みた.
図3.1: CuRhO2の結晶構造: 青(灰色),灰色(薄い灰色),赤(濃い灰色)はそれぞれCu,Rh,O を表す[33, 39, 40].
3.3 実験方法
3.3.1 試料作製
試料の作製は,固相反応法を用いて行った.具体的には,Cu1−xAgxRh1−yMgyO2(0≤x, y≤0.2) という組成の多結晶試料を作製した.まずはCu層を乱した効果を調べるためにCu1−xAgxRhO2
を作製し,次にRhをMgで部分置換したCuRh1−yMgyO2を作製した.最後にMgを20%置換し た試料においてCuサイトのAg部分置換を行うためにCu1−xAgxRh0.8Mg0.2O2を作製した.原 料にはCuO (99.9%), Ag2O (99.9%), Rh2O3 (99.9%)とMgO (99.9%)を用い,モル比で秤量し,
全体で1.5 gになるようにした.秤量後,乳鉢で10分間すりつぶし,アルミナボートに移し,電
気炉(山田電機YF-120-SP)で空気中,930℃で36時間の仮焼きを行う[42].仮焼き後,試料を乳 鉢で細かくすりつぶし,Riken社製CDM-5Mにより40 MPaで1分間プレスする.このようにし
て直径1 cm,厚さ0.5 mm程度のペレットを作製した.そのペレットを再びアルミナボートに入
れ,電気炉で空気中,930℃,72時間の本焼きを行った.
3.3. 実験方法 13
3.3.2 X 線回折
測定装置には,Rigaku社製Miniflex (30 kV, 15 mA, CuKα)を用いた.測定にはθ−2θ法を用 い,10 deg≤2θ≤100 degの範囲で行った.電気抵抗率,熱起電力を測定する前に,結晶の出来 を確かめるとともに,その回折パターンから格子定数を求めた.
3.3.3 電気抵抗率測定
測定装置には,直流定電流源(ADC 6144),ナノボルトメータ(Agilent 34420A),マルチメータ (Agilent 34401A)を用いた.測定は,試料によって4.2 Kから300 K,4.2 Kから800 Kの範囲 で行った.300 K以下の温度領域では,液体ヘリウムのクライオスタット内で試料の温度を下げな がら測定を行い,試料の温度はCernox温度計を用いて測定した.300 K以上の温度範囲では,電 気炉(山田電機TF-630-PS)中で4時間かけて800 Kまで昇温し測定した.その際,試料の温度は Pt温度計を用いて測定した.
いずれの温度範囲においても,試料は幅2 mm,長さ6 mm,厚み0.5 mm程度の直方体にカッター と紙やすりを用いて加工した.端子には,直径50µmの金線を用い,銀ペースト(低温側Dupont
4922N,高温側Dupont 6838)で接着した.導線や接触部分の抵抗による誤差を減らすため,4端
子法を用いた.試料の抵抗が大きく,定電流による測定が困難な試料には,定電圧測定法を用いた.
定電圧測定法とは,試料と既知抵抗(982 Ω)とを直列につなぎ,全体に一定電圧(1 V)を印加し,
既知抵抗の両端に生じる電圧降下から電流を求め,測定された試料の電圧とこの電流値を用いて試 料の抵抗を求める方法である.定電流法,定電圧法によらず,測定は熱起電力の影響を抑えるため に順方向,逆方向と2回電流(電圧)を通電(印加)し,それらの平均値,平均温度での値を測定値 とした.測定間隔は0.5 Kとした.
3.3.4 熱起電力測定
測定装置には,直流定電流源(ADC 6144),ナノボルトメータ(Agilent 34420A),マルチメータ (Agilent 34401A)を用いた.測定は,試料によって4.2 Kから300 K,4.2 Kから800 Kの範囲で 行った.300 K以下の温度領域では,液体ヘリウムのクライオスタット内で試料の温度を下げなが ら測定を行い,試料の温度はCernox温度計を用いて測定した.測定間隔は2.5 Kとし,0.5 Kか
ら1.5 Kの温度差を得るために,ヒーターには8 mAから18 mA程度の電流を通電した.いずれ
の温度においてもヒーターに通電していないときに自然に生じる起電力の寄与を相殺し誤差を減ら すために2回の測定から熱起電力を求めた.具体的には,
S= V2nd−V1st
∆T2nd−∆T1st
(3.1) としている.ここで,V1st, 2nd,∆T1st, 2ndはそれぞれ1回目,2回目の電圧と温度差である.電 流通電時の温度差はCu–コンスタンタンの熱電対を用いて測定した.300 K以上の温度領域では,
吉田慎氏の作製した小型熱起電力測定装置を用いた[43].この装置は電気炉を必要とせず,電流通 電により温度を調節するため,測定時間が短縮できることが特徴である.温度制御にはLakeshore
社製LTC–11を用いた.試料の温度はPt温度計を用いて測定した.測定間隔は10 Kとし,ヒー
ターに30 mA,50 mAを通電し,2 Kから4 Kの温度差を与え,そのときに発生する起電力から 熱起電力を求めた.電流通電時の温度差はPt-Rhの熱電対を用いて測定した.
低温領域,高温領域で用いるプローブは異なるが,測定結果に導線の熱起電力との差が測定され るため,いずれの場合も先にグラウンドファイルを作製しておき,測定後にそれを差し引いてい る.グラウンドファイルには,90 K以下では高温超伝導体のデータを,また計測線のほとんどが 銅であるため,90 K以上の温度領域では銅の文献値を用いている.高温用のプローブはPtの導線 を用いているのでその値を用いた.
いずれの温度領域においても,試料は幅2 mm,長さ6 mm,厚み0.5 mm程度の直方体にカッ ターと紙やすりを用いて加工した.試料とプローブ間の熱抵抗を抑え,十分な温度差がつくよう,
試料を銀ペースト(低温側Dupont 4922N,高温側Dupont 6838)で接着させた後,直径50µmの 金線を用い試料と試料台をつないだ.
3.3.5 Hall 係数測定
測定装置には,Physical Property Measurement System (PPMS, Quantum Design)を用いた.
測定は,10 Kから300 Kまで10 Kごとに磁場を−4 Tから4 Tまで掃引し,磁場の1次に比例 する項を最小2乗法を用いたfittingにより求めた.試料は幅2 mm,長さ5 mm,厚み0.2 mm程 度の直方体にカッターと紙やすりを用いて加工した.Hall係数を測定する際は,測定する試料が 薄いほどシグナルが大きくなるため,電気抵抗率や熱起電力を測定する試料より薄い0.2 mm程 度とした.また,測定誤差を減らすため,導線には直径20µmの金線を用いた.具体的な配置を 図3.2に示す.ここでds,wsは試料の厚さと幅である.
図 3.2: Hall係数の測定方法 V±,I±はそれぞれ電圧,電流端子を表す.
図3.2においてy軸方向に電流Jyを通電すると電流密度jyは,jy =Jy/dsws=nqvyとなる.
ここで,n,q,vyはそれぞれキャリア濃度,電気素量(ホールと電子で符号が異なる),キャリア
3.4. 測定結果 15 の速度である.Hall係数RHは,
RH≡ Ex Bzjy
(3.2) で与えられる.Drudeモデルを用いた場合,磁場B⃗ = (0,0, Bz)を掛けると,Lorentz力によりx 軸方向に電場Ex=vyBz=jyBz/nqが発生する.よって,電圧端子間の電圧はExwsとなり,こ れを電流Jyで割ると抵抗の次元で,横磁気抵抗Ryxが
Ryx = Exws
Jy
≡ Bz
ds
RH (3.3)
となり,Hall係数を求めることが可能となる.このようにシグナルは試料の厚さに依存することが わかる.横磁気抵抗からHall係数を求めることが可能となる.また,Drudeモデルが適用できる 場合はキャリア濃度を求めることが可能となる.
3.4 測定結果
3.4.1 X 線回折
図3.3,3.4,3.5にCu1−xAgxRhO2,CuRh1−yMgyO2とCu1−xAgxRh0.8Mg0.2O2のX線回折 パターンを示す.CuRhO2の指数にはThe International Centre for Diffraction Data(ICDD)の 41−0400のデータを用いている.図から,すべての試料において,すべてのピークがDelafossite 構造で指数付けでき,不純物のピークが観測されないことから単相であることがわかる.
Cu1-xAgxRhO2
x = 0.0
003 006 101 012 104 015 107 018 110 113 10100012 116 202 024 205
Intensity (arb. units)
x = 0.1
20 40 60 80 100
2θ (deg.)
x = 0.2
図 3.3: Cu1−xAgxRhO2のX線回折パターン
CuRh1-yMgyO2
y = 0.0
003 006 101 012 104 015 107 018 110 113 10100012 116 202 024 205
Intensity (arb. units) y = 0.05 y = 0.1
20 40 60 80 100
2θ (deg.)
y = 0.2
図3.4: CuRh1−yMgyO2のX線回折パターン
Cu1-xAgxRh0.8Mg0.2O2
x = 0.0
003 006 101 012 104 015 107 018 110 113 10100012 116 202 024 205
Intensity (arb. units)
x = 0.1
20 40 60 80 100
2θ (deg.)
x = 0.2
図 3.5: Cu1−xAgxRh1−yMgyO2のX線回折パターン
3.4. 測定結果 17 これらの回折結果から求めた格子定数を図3.6に示す.CuをAgで部分置換した試料では,Ag+(イ オン半径0.67 ˚A(2配位))とCu+(イオン半径0.46 ˚A(2配位))のイオン半径の差のため,c軸長が かなり伸びていることがわかる[44].一方,RhをMgで部分置換した試料では,Mg2+(イオン半 径0.72 ˚A(6配位)),Rh3+(イオン半径0.67 ˚A(6配位)),Rh4+(イオン半径0.62 ˚A(6配位))のイオ ン半径に大きな違いが無いため,a軸長は若干縮むもののc軸長に大きな変化は見られない[44].
このことは,置換がうまく行われていることを示唆する.
3.06 3.07 3.08
17 17.1 17.2 17.3 17.4
a (㷬) c (㷬)
, Cu1-xAgxRhO2
0 0.1 0.2
3.06 3.07 3.08
17 17.1 17.2 17.3 17.4
x (y)
a (㷬) c (㷬)
, CuRh1-yMgyO2
図 3.6: Cu1−xAgxRh1−yMgyO2のX線回折パターンから求めた格子定数
3.4.2 Cu
1−xAg
xRh
1−yMg
yO
2の電気抵抗率,熱起電力,Hall 係数
図3.7(a)にCu1−xAgxRhO2の電気抵抗率の温度依存性を示す.CuRhO2の電気抵抗率は,300 K
において100 mΩcmと比較的低い値を示し,低温に向かって増大していく非金属的な振る舞いを
している.Agによる部分置換を行った試料においても非金属的な温度依存性は変わっていないが,
CuRhO2においてのみ150 K付近で折れが見られ,それ以上の温度領域においてはAg部分置換
試料よりも低い値を示していることが見て取れる.
図 3.7(b)にCu1−xAgxRhO2の熱起電力の温度依存性を示す.電気抵抗率同様,x= 0.0では
150 Kに緩やかな折れが見られ,150 K以上で熱起電力の増大が見られる.300 Kにおける絶対値
は120−150µV/Kと比較的大きい.Agによる部分置換効果としては,x= 0.0と0.1ではその差 がはっきりとは見られないが,x= 0.0と0.2を比べるとx= 0.2の試料においては150 K以上で
の熱起電力の増加量が小さくなっていることがわかる.すなわち,150 K以上でAgの部分置換効 果が顕著であり,電気抵抗率の結果と合わせて考えると,150 K以上での輸送特性にCu層が大き く関与していることが示唆される.
図3.7(c)にCu1−xAgxRhO2のHall係数の温度依存性を示す.符号は正であり熱起電力の符号 とも一致する.これはホールの伝導体であることを意味する.CuRhO2の300 Kにおける絶対値は 8.0×10−2cm3/Cであり,電気抵抗率の温度依存性と同様,非金属的な振る舞いを示している.ま た,Agの増加とともにHall係数は増大し,x= 0.2における300 Kでの値は,4.9×10−1 cm3/C となり,キャリア濃度が減少しているように見える.このAgの増加に伴うキャリア濃度の減少も,
電気抵抗率,熱起電力の結果と同様,Cu層の伝導に対する寄与があることを示唆する.このキャ リア濃度の減少は,自然に導入されたホールがCu層に存在していたが,1価が安定なAgで部分 置換したことによるホールの減少に由来すると考えられる.図3.7(a)との比較により,Ag置換に より減少したキャリアが電気抵抗率の増大を引き起こしていることが示唆される.
10-1 100 101 102 103 104
Resistivity (Ωcm)
Cu1-xAgxRhO2
x=0.0 x=0.1 x=0.2
(a)
0 50 100 150
Thermopower (µV / K)
(b)
0 100 200 300
0 0.5 1
Temperature (K) RH (cm3 /C)
(c)
図3.7: Cu1−xAgxRhO2の(a)電気抵抗率,(b)熱起電力と(c)Hall係数
3.4. 測定結果 19 続いて,図 3.8(a)にCu1−xAgxRh1−yMgyO2の電気抵抗率の温度依存性を示す.まずx= 0.0 で固定し,yを0.05から0.2まで増加させた結果と見ると,yの増加に伴い金属的になり,y= 0.2 の試料においては300 Kでの絶対値が2 mΩcmまで減少する.これはKuriyamaらの結果と定性 的に一致するが,絶対値は彼らの報告より低い値となっている [41].この差は焼成温度,使用し た粉の粒形などの差によるものであろう.金属的な温度依存性を示すy= 0.2の試料においてAg による部分置換を行っても電気抵抗率の大きさに変化はほとんど無い.更に,Agの存在によらず,
150 K以上での振舞いに変わったところは認められない.これはAgがキャリアのドーパントにも,
散乱体にもなっていないことを意味し,伝導がRhO2層で起こっていることを示唆する.
図 3.8(b)にCu1−xAgxRh1−yMgyO2の熱起電力の温度依存性を示す.すべての組成において
300 Kにおける絶対値は約70µV/Kであり,低温に向けて小さくなる金属的な温度依存性を示し
ている.この値は典型的な金属の示す値を比べるとかなり大きい.一般的に熱起電力の絶対値は キャリア濃度の増加とともに減少する傾向があるが,この結果はそれとは異なっている.このこと は,キャリア濃度とともに増大する有効質量を持つバンドを仮定するか,ドープされたキャリアが 相分離を起こしていると考えなければならないであろう.この点については後で議論する.また,
熱起電力においても電気抵抗率の結果同様,Mgで部分置換した試料においては150 K以上での温 度領域での変わった振る舞いは観測されなかった.このことは,RhO2層の寄与が大きくなったた め,Cu層の寄与が小さくなり観測できなくなったことに対応すると考えられる.
図 3.8(c)にCu1−xAgxRh1−yMgyO2のHall係数の温度依存性を示す.図3.7(c)と同様,符号 はすべての組成,温度領域で正であり,x= 0.0における300 Kでの絶対値はyの増加とともに減 少し,y= 0.05から0.2の間では2–4×10−3 cm3/Cでほとんど温度に依存しない金属的振る舞い を示している.また,金属化したy= 0.2の試料にAgを部分置換しても絶対値にあまり変化は見 られないことから,上述のようにAgが1価であることを示唆している.キャリアが十分存在する ため,ほぼRhO2層のみの単一バンドと仮定して求めたRh当たりのキャリア数を表3.1に示す.
表3.1: Cu1−xAgxRh1−yMgyO2におけるRh当たりのキャリア数 (150 K) y= 0.0 y= 0.05 y= 0.1 y= 0.2
x= 0.0 0.003 0.058 0.105 0.125
x= 0.1 0.001 — — 0.192
x= 0.2 0.000 — — 0.105
更に,図 3.9に300 KにおけるHall係数の逆数をyに対してプロットしたものを示す.ここか ら,Agによる部分置換の効果はほとんどないことがわかる.これに加え,図3.8や表3.1を考慮す ると,Mgによる部分置換がキャリアのドーパントとなっているのは実効的にy= 0.1までであるこ とがわかる.また,移動度µは,x= 0.05,0.1においては300 Kで0.93,0.91 cm2/V·sという酸 化物セラミック試料にしては大きな値となり,他の層状Co/Rh酸化物とも比較的一致する[8, 13].
Mgによる部分置換は伝導面であるRhO2層を乱す置換であるはずだが,移動度がほぼ1 cm2/V·s という大きな値を保持しているのは奇妙である.
0 2 4 6 8 10
R e s is ti v it y ( m Ω c m )
Cu
1-xAg
xRh
1-yMg
yO
2x=0.0, y=0.05 x=0.0, y=0.1 x=0.0, y=0.2 x=0.1, y=0.2 x=0.2, y=0.2 (a)
0 20 40 60
T h e rm o p o w e r ( µ V / K )
(b)
0 100 200 300
0 2 4 6
Temperature (K)
R
H( 1 0
-3c m
3/C ) (c)
0 100 200 300 0
1 2
T (K) µ (cm2 / Vs)
図3.8: Cu1−xAgxRh1−yMgyO2の(a)電気抵抗率,(b)熱起電力と(c)Hall係数: インセットに移 動度の温度依存性を示す
3.4. 測定結果 21
0 0.1 0.2
0 0.05 0.1 0.15
C a rr ie r (p e r R h )
CuRh
1-yMg
yO
2Cu
0.8Ag
0.2Rh
1-yMg
yO
2y
図3.9: Cu1−xAgxRh1−yMgyO2におけるRh当たりのキャリア数
3.4.3 Cu
1−xAg
xRh
1−yMg
yO
2の出力因子
図 3.10,3.11にそれぞれ図 3.7,3.8から見積もった出力因子の温度依存性を示す.図 3.10か ら,Agの部分置換により出力因子が減少していることがわかる.これは電気抵抗率の増大のため であり,150 K以上で差が大きくなっている.図3.11では,y= 0.2の組成において2µW/cm·K2 という値を300 Kで示している.y= 0.1,0.2における変化はほとんどなく,図3.8の結果と一致
する.y= 0.2においてxを変えても変化はほとんどない.また,置換なしの値と比較して,10倍
以上の出力因子を示す原因は,キャリアドープにより減少した電気抵抗率と変化しない熱起電力の ためである.
0 100 200 300
0 0.1 0.2
Temperature (K)
P o w e r F a c to r ( µ W /c m
. K
2
) Cu
1-xAg
xRhO
2x = 0.0 x = 0.1 x = 0.2
図 3.10: Cu1−xAgxRhO2の出力因子
0 100 200 300 0
1 2
Temperature (K)
P o w e r F a c to r ( µ W /c m
. K
2
) Cu
1-xAg
xRh
1-yMg
yO
2x=0.0 y=0.0 x=0.0 y=0.05 x=0.0 y=0.1 x=0.0 y=0.2 x=0.1 y=0.2 x=0.2 y=0.2
図 3.11: Cu1−xAgxRh1−yMgyO2の出力因子
3.4.4 CuRh
1−yMg
yO
2の高温輸送特性
図3.12(a)にCuRh1−yMgyO2の高温領域での電気抵抗率を示す.絶対値は,yの増大とともに 減少していくが,高温に向かって電気抵抗率はいずれの組成でも同じ値に収束していくように見え る.しかし,測定温度領域においてはy= 0.0のみが800 Kにおいても他の試料と比較して数倍大 きい.このことは,第3.5.2章で述べるように,Cu層とRhO2層の伝導が分かれていることに起 因すると考えられる.
図 3.12(b)にCuRh1−yMgyO2の高温領域での熱起電力を示す.y≥0.05とy= 0.0で結果が異
なり,y= 0.0においては150 K以上で見られる熱起電力の増大が持続していることがわかる.電
気抵抗率の結果と合わせると,高温領域までCu層の寄与が続くものと考えられる.
3.5 解析と考察
3.5.1 キャリア濃度に依存しない熱起電力
Mgによる部分置換により金属的な伝導を示す試料において,熱起電力はほぼT-linearでかなり 大きな値を示す.これは他の層状Rh酸化物とも似ており,CuRh0.9Mg0.1O2のPhotoemissionと 計算の結果からはEF付近ではRhが主なバンドを形成していることが報告されている[41].よっ て,金属化した試料においてはRhO2層が支配的な伝導面であると考えてよい.
もしも,有効質量がキャリア濃度とともに増大するなら,熱起電力はMg置換量によらない.そ の場合は,移動度もMg置換にあまり依存しないので,電子の緩和時間が有効質量とともに大きく なるはずである.実際は,Mg置換によって系に乱れを導入しているため,このようなことはあり そうにない.
そこで,キャリアの相分離を考えてみる.式(2.11)に示したように,熱起電力は化学ポテンシャ