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〈血縁〉の比較社会学・試論 —日韓の〈子どものため〉の養子制度の展開からみる〈血縁〉—

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(1)比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 論文. 〈血縁〉の比較社会学・試論 日韓の〈子どものため〉の養子制度の展開からみる〈血縁〉. 野 キーワード:養子縁組. 辺 血縁. 陽. 子. 日韓比較. 一.問題の所在 (1) 日韓の血縁をめぐる議論の断絶 本稿の目的は、日韓の血縁のあり方の違いを、〈子どものため〉の養子制 度の展開から検討することにある。 日韓の家族を論じる際には、血縁が家族の特徴を表すひとつのキーワード として用いられてきた。日韓を含む東アジアの社会は、前近代社会において も、近代社会においても、「家族の価値や血縁の価値を重視している」(張 2013: 40)と指摘される。特に韓国は血縁意識が強いと指摘され、韓国社会. の特徴は「家族主義や血縁主義」であり、韓国は「血縁社会」(岡 2017: ⅳ) と論じられるほどである。 韓国の血縁意識の強さは、しばしば日韓の養子制度の違いから主張されて きた。朝鮮の養子制度では、父系出自規制が強く、養子を父方親族のみに限 定しているのに対して、日本の養子制度は、養子を父方母方親族に限定せず、 男女や世代にもこだわらない(上野 1988: 202)。そのため、「韓国などにおけ る血縁原理を、絶対的な血縁観念と称するとすれば、日本のそれは相対的血 縁観念、あるいは素朴な血縁信仰とでも称せる」(岩本 2006: 77)と、日韓の 血縁意識の違いが指摘されてきたのである。 では、現在はどうなのだろうか。われわれの日韓の血縁意識の違いに対す る理解はここで止まってはいないだろうか。近年では、日韓の養子制度の展 開を分析した先駆的な研究(姜・森口 2016)もあるが、血縁意識に焦点をあ てた分析は行っていない。一方、日本の養子制度と血縁意識については、野 6.

(2) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 辺(2018)で、韓国の養子制度と血縁意識については、田中(2013)で分析 が行われているものの、日韓比較は行われていない。そこで本稿では、筆者 が今までに行った研究(野辺 2002; 2018)を土台に、戦後/解放後の日韓の特 に〈子どものため〉の養子制度の展開を比較し、日韓の血縁意識の違いにつ (1). いて改めて考察してみたい。 (2) 日韓の養子縁組件数の動向 まず、現代の日韓の養子制度の法律を確認したい(表 1)。日本では、民法 に普通養子と特別養子という制度があり、韓国では、民法に普通養子と親養 子が、特例法に入養特例法という制度がある(入養は韓国語で養子縁組のこと を意味する) 。日韓の普通養子では、成人も養子になれるが、特別養子、親. 養子、入養特例法では、未成年の子どもしか養子になれない。また、特別養 子と入養特例法は子どものなかでも、保護を必要とする子ども(要保護児童) を対象としており、児童福祉的な目的をもっている。日韓の普通養子は親族 養子が多く、親養子は再婚家庭における継父子の養子縁組が多い。保護を必 要とする子どもを対象とする特別養子と入養特例法は異姓(≒非親族)養子 が念頭におかれている。 次に、日韓の養子縁組件数の動向を統計で確認してみよう。まず、日本は 法務年鑑によれば、毎年 80,000 件前後の養子縁組が行われている。一方、 韓国では(3 つの養子制度合わせて)毎年約 3,000〜7,000 件程度の養子縁組し か行われていない(姜・森口 2016: 38)。人口の差を勘案しても、日本の方が 韓国より養子縁組を活発に活用しているといえるだろう。 一方、未成年の子どもとの養子縁組、特に、要保護児童を対象とした養子 縁組に絞って、養子縁組件数の推移を確認すると、別の側面がみえてくる。 日本では、毎年 500 件前後の特別養子縁組が行われてきたが、韓国では、毎 年 1,000 件以上の入養特例法による養子縁組が行われてきた(図 1)。日韓の 児童人口比を考慮しても、韓国では、子ども、特に要保護児童を対象とした 非親族の養子縁組を、日本よりも活発に行ってきたといえる。 韓国では、要保護児童との養子縁組に限り、血縁にこだわらないのだろう か。しかし、韓国では 2011 年に入養特例法が改正されるまで、養子縁組は ほとんどが「実子入籍」(戸籍に養子を実子として入籍させること)で行われ、 これは不法にもかかわらず、なかば公認されている状況であった。このよう 7.

(3) 8 韓国 入養特例法. 戸籍(日 「養子」の記載あ 「養子」の記載なし 実親の氏名の記載なし 本)家族 り 関係登録 実親の氏名の記 書(韓国) 載あり. 子の福利のために子の姓と本を変 更する必要があるときは父、母ま たは子の請求により、裁判所の許 可を受けて、これを変更すること ができる. 親養子入養関係証明書 養子縁組関係証明書 ・本人の登録基準地、氏名、性別・ ・本人の登録基準地、氏名、性別・ 本、出生年月日、住民登録番号 本、出生年月日、住民登録番号 ・実親、養親、養子の氏名、性別・本、 ・実親、養親、養子の氏名、性別・ 本、出生年月日、住民登録番号 出生年月日、住民登録番号 ・現在の親養子入養に関する事項 ・現在の親養子入養に関する事項. 姓と本は変わらない ※子の福利のために子の姓と本を 変更する必要があるときは父、母 または子の請求により、裁判所の 許可を受けて、これを変更する. 養子は、養親の 養子は、養親の氏を称する 氏を称する. 養子縁組関係証明書 ・本人の登録基準地、氏名、性別・本、 出生年月日、住民登録番号 ・実親、養親、養子の氏名、性別・ 本、出生年月日、住民登録番号 ・現在の養子縁組に関する事項日本. 子の福利のために子の姓と本を変 更する必要があるときは父、母ま たは子の請求により、裁判所の許 可を受けて、これを変更すること ができる. 養親が養子の福利を著しく害する場合 養子の養親に対する破倫行為に よって養親子関係を維持できなく なった場合. 養子の姓. 養親が養子の福利を著しく害する場合 養子の養親に対する破倫行為に よって養親子関係を維持できなく なった場合. 養親と養子の合 養親による虐待、悪意の遺棄そ 養親と養子は協議して罷養するこ 意と離縁の届出 の他養子の利益を著しく害する とができる 事由があり、かつ実父母が相当 の監護ができる場合. 離縁. 養子:保護者から離された者で、 市長等が扶養義務者を確認するこ とができない「国民基礎生活保障 法」に基づく保証施設に保護依頼 した人など 養親:養子を扶養するのに十分な 財産があることなど. 養子となる児童の権益と福祉を増 進すること. 養子は、縁組の日 養子と実方の父母及びその血族 養子は、縁組された時から養親の 養子は、養親婚姻中の実子とみな 「民法」の親養子と同じ地位を有す から、養親の嫡出 との親族関係は、特別養子縁組 実子のような地位を持つ す る 子の身分を取得 によって終了 養子の縁組前の親族関係は存続 養子の縁組前の親族関係は、縁組 が確定した時に終了. 養子:未成年者 養親:3 年以上婚姻中の夫婦とし て共同で養子にすることなど 実親の同意. 親養子. 効果. 民法の養子. 養親:成年に達 ・養親:夫婦・25 歳以上、養子: 養親:成年に達した者 した者 6 歳未満 ・実親の同意 ・父母による養子となる者の監護 が著しく困難・不適当・その他 事情がある場合、子の利益のた め特に必要があると認めるとき. 子どもの福祉の増進を図るため. 特別養子. 表 1 日韓の養子制度の概要. 要件. 目的. 普通養子. 日本. 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日).

(4) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日) 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500. 1962 1964 1966 1968 1970 1972 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016 2018. 0. 特別養子縁組(日本). 入養特例法による国内養子縁組(韓国). 図 1 特別養子家裁認容件数(日本)と入養特例法による国内養子縁組件数(韓国)    出典:司法統計(日本)/ 保健福祉部(韓国). な状況は、血縁意識とのかかわりで、どのように解釈すべきか。 本稿は、日韓の養子制度を通じて血縁意識を論じるうえで、この異姓養子 の、なかでも要保護児童を対象とした養子縁組を〈子どものため〉の養子縁 組と呼び、これに着目する。その理由は、異姓と養子縁組するか否かが、日 韓の養子制度の違いとして議論されてきたためであり、また、要保護児童対 象の養子縁組が進まないことは、日韓ともに血縁意識の強さと結びつけられ て論じられてきたためである。. 二. 〈血縁〉を社会学的に分析する 先行研究では、血縁意識の強弱について、 「養子を取らない=血縁意識が 強い」「養子をとる=血縁意識が弱い」 、 「同姓(≒親族)養子=血縁意識が 強い」 「異姓(≒非親族)養子=血縁意識が弱い」 、「血縁を擬制する=血縁 意識が強い」「血縁を擬制しない=血縁意識が弱い」という指標を用いて解 (2). 釈してきた。 9.

(5) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). しかし、日韓の要保護児童との養子縁組を対象に、これらの指標を用いて も、日韓の血縁意識が強いのか/弱いのか、また、日韓のどちらが血縁意識 がより強いのかをクリアに論じることは難しい。例えば、この指標を用いて 日韓それぞれの血縁意識を検討をすれば、韓国は養子縁組をしているため血 縁意識が弱く、異性と養子縁組しているため血縁意識が弱く、血縁を擬制 (実子入籍)しているため血縁意識が強い、ということになり結果が整合し. ない。日本は、養子縁組をしていないため血縁意識が強く、異性と養子縁組 しているため血縁意識が弱く、実子入籍していないため血縁意識が弱い、と いうことになりやはり結果が整合しない。また、日韓のどちらがより血縁意 識が強いのかもこの結果から判断することは難しい。 このような不整合は前近代の養子縁組に関する先行研究にも散見される。 日本は、制度面では、中国・朝鮮との比較の上で異姓との養子縁組を許容し ているため、「血縁意識が弱い」と解釈されたが、一方で、養子縁組した場 (3). 合は血縁を擬制する点から、 「血縁意識が強い」とも解釈されてきた。実態 面では、実子もしくは親族を選好する「血縁志向」はあるものの、様々な制 約から、実際には非親族との養子縁組が多く行われた。 韓国も同様のことが指摘できる。前近代の養子制度は、養父と同姓同本で, 息子に当たる代の男児を養子に取らなければならず、他の姓から養子を取ら ない「異姓不養」という要件が厳格に求められていた。しかし,異姓不養は 全階層において守られていたわけではなく,庶民層においては異姓の児童を 養子にとって,代を継がせることも行われていた。また、収養子という 3 歳 以下の孤児・棄児を養育する慣習があった。収養子に財産相続させることも 可能で,家系継承の後継者としての地位を認めることもあったという(田中 2013: 5-6) 。つまり,実態レベルでは,異姓養子も家系継承のために行われ. ており,また収容された孤児が家系を継承したり,あるいは養育や労働力を 目的として,収容されることもあった。つまり、実態としては、養子制度、 収養子,孤児の家庭収容の境界は曖昧であった。 このように、制度と実態(≒建前と本音)が乖離する複雑な現実を、血縁 意識の強弱という枠組みに押し込めて分析することは難しい。むしろ、なぜ、 制度と実態が乖離するのか、それがどう調停されるのかを検証することが重 要なのではないか。 そこで、本稿では、先行研究の指標で血縁意識の強弱を測るのではなく、 10.

(6) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 〈血縁〉を「当該社会において社会的・文化的に形成された生殖や世代継承 についての知識や社会通念」(野辺 2018: 43)と定義し、養子制度という制度 の展開のなかで、〈血縁〉がどのような社会的背景のもとで、何のために使 われたのか、さらに、それがどのような効果を生んだのか、という問いを立 て、日韓の養子制度の展開を検証する。 以下では、日本の特別養子制度と韓国の入養特例法(国内養子のみ取り上 げる)の展開を取り上げていく。特別養子も入養特例法も、①養子と実親の (4). 法律関係の終了、②実子と同様の戸籍(韓国の場合は家族関係登録簿)の記載、 ③養親子の離縁の困難という特徴をもつ養子制度である。本稿では、異姓養 子の場合の、氏/姓の変更と、戸籍への入籍に特に注目して、日韓の〈子ど ものため〉の養子制度の展開を追いかけていく。. 三.日本の特別養子制度の展開 (1) 戦後〜1950 年代 要保護児童を対象とする特別養子制度の構想は、1950 年代に始まった。 養子制度を「子どものため」に改革する動きの理念的背景としては、「家の ための養子制度」を「子どものための養子制度」に変革するという理念と、 親のいない子どもに新しい親を与えるという児童福祉的な理念の二つがあっ た。なお、普通養子制度でも、親のいない子どもに親を与えることはでき、 養子になれば嫡出子の身分も得て、養親の姓を名乗ることができる。しかし、 普通養子制度は、養子となる子どもの福祉を目的とした法律ではなく、相続 や扶養などの「子どもの福祉」以外の目的でも利用できるため、「子どもの ため」の制度とはいえないという議論が法学者の間にあった。 特別養子制度の構想の背景には、もうひとつ、 「わらの上の養子」(実子入 籍)の合法化という文脈があった。当時は実子入籍が頻発していたが、虚偽. の出生届による親子関係では、養子縁組の効果も認められず、法的な親子の 権利義務も発生しない。そのため、戸籍に「適法に実子と記載する制度を正 面から認めて」(我妻他 1959a: 67)そちらに誘導しようという意見が法学者の 間にあった。 特別養子制度の構想が具体化したのは、1954 年から始まった「親族法の 11.

(7) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 改正」である。1959 年には、特別養子制度の構想が公表され、その骨子は、 ①特別養子となるべき者は一定の年齢に達しない幼児に限る、②特別養子は すべての関係において養親の実子として取り扱うものとし、戸籍上も実子と して記載する、③養親の側からの離縁を認めない、というものであった。 当時の法学者の間では、対外的に実親子を「偽装」する点だけでなく、実 親子なら生じる(と信じられている)感情についても議論が行われた。 「養親 の立場からすれば、ほんとうの親を知らせるとどうも養親になつかないとい う人があることは否定できない(中略)実の親が分からないから、ほんとう の子として育てることができる」(我妻他 1959b: 6)という議論があったが、 ここでは、「血縁がなくとも親子の絆はつくれる」という認識に、 〈血縁〉の 虚構性が現れている。しかし、同時に、 「子どもに血縁があると思い込ませ」 なければ、実親子(に想定されているような)の親子の絆が築けないことから、 血縁の偽装を養親子に求めるシンボルとしての〈血縁〉の絶対性が表れてい るともいえる(野辺 2016: 95-6)。 しかし、戸籍上も実親子にするような制度に対しては、戸籍の記載に信頼 が置けなくなること、そこから近親婚の恐れが生じることなどから反対意見 も強かった。結局、この時期に特別養子制度は立法化されなかった。 (2) 1970 年代 1970 年代に入って、産婦人科医の菊田昇医師が赤ちゃんを実子として夫 婦にあっせんしていた事件が報道されると、特別養子制度の議論が再燃した。 あっせんしていた医師は、この行為を合法化する法律の必要性を訴え、 「 現代の嬰児殺の本質は実親が子供との断絶を求めての行為であるから、多く の子供の生命を救うためには、子供を殺さなくとも断絶ができるように、戸 籍法及び養子法を改正しなければならない(¿子殺しÀを救うために断絶養子 法を)。断絶された子供には戸籍上は実親がいないことになり、捨子を公. 示することになるから、子どもの幸福のためには、養親が戸籍上¿実親Àに 代わることが望ましい(捨子には断絶養子法よりも完全養子法を)。養親の選 択、赤ちゃんあっせん、また、縁組のアフターケアについては家裁などの関 与する公的仲介機関が必要である(要保護児のために養子仲介機関の設立を)」 (菊田 1978: 137)と主張した。. この「実子特例法」の骨子は、特別養子制度の骨子と重なる点もあるが、 12.

(8) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 異なる点は、それまでの特別養子制度の議論が「子どものため」という理念 を、実質は養親の立場から議論をしていたのに対して、実親の(特に実母の) 立場から議論したこと、また、「産むこと=育てたいこと」という社会通念 を批判し、養子縁組による積極的な母子分離の必要性を主張したことである。 しかし、この主張が共有され、その後に大きく展開することはなかった。 1973 年には、法学者から、「特別養子法(実子特例法)私案」が発表され ている。この私案では、 「出生を擬制する」 「戸籍上実子として記載し、すべ ての関係において、実子と同じ取り扱いをする」(中川 1974: 14-5)と、1950 年代の特別養子制度の構想よりも、実子入籍を合法化するという側面を強く 打ち出している。しかし、「親子の間では養子であることは当然(知らせる べきで:筆者注) 、そうしなきゃ安定した親子関係は作れない」(中川他 1976: 13)という批判も行われた。1970 年代になると、対外的に実親子を「偽装」. しようとしつつも、1950 年代とは異なり、実親子と思い込むことで親子の 絆が生じる、というような議論はほとんどされなくなっていく。 法務省は、このような議論に対して、 「実親子関係がない他人の子供を自 分の子供であるというふうな形で身分関係を偽って、戸籍上実親子の記載を するという意味での実子特例法というのは、これは親族法、相続法あるいは 戸籍法の根幹に触れる問題でありまして、私どもとしては、そういった虚偽 を基礎にして身分関係を形成していくというわけにはまいらないのではない かと考えます。したがって、そういう中身の実子特例法については、現在の ところ消極的でございます」(1979 年 4 月 27 日衆議院法務委員会での法務省政 府委員香川保一の発言)と国会で答弁している。. (3) 1980 年代 1980 年代に入って、特別養子制度立法の議論が本格化する。法務省は、 「未婚の女性がその出産した子を自ら養育する場合が多」いため、 「養子の給 源としての非嫡出子の占める割合は大きくな」く、 「少産化傾向のもとでは、 嫡出子が養子の給源になる余地もあまり大きくはない」ため、児童福祉とし て喫緊のニーズがあって特別養子制度を立法するわけではないと説明してい る(大森 1983: 19)。それにもかかわらず、立法する理由として、膨大な人工 妊娠中絶数があり、「中絶することができなかったために母やその周囲の者 から望まれずしてこの世にうまれでた子」が相当数いることが推測され、一 13.

(9) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 方で、子どもが出来ない「不幸な夫婦」は「10 組に 1 組の割合に達して」 いるため、これらをマッチングさせることが立法の目的だと説明している (大森 1983: 21)。. また、民法改正の文脈では、養子制度全体の目的が法律上明確ではなく、 要件が緩やかで、様々な目的に利用されていることが問題視されていた。そ こで、成年養子と未成年養子の理念と目的をそれぞれ明示し、要件を別個に 規定する必要性が提案された(大森 1983: 22-3)。 なお、法務省は、特別養子制度の審議が始まった当初から、戸籍に備わっ ている検索機能等が損なわれるような記載方法は採用しないが、不妊夫婦の 実子志向を考慮して、養子だと一見してわからない戸籍の記載方法を検討す るというスタンスを表明していた。 1980 年代も、①養子と実親の法律関係の終了、②実子と同様の戸籍の記 載、③養親子の離縁の困難という論点が議論されたが、反対論に対応するか たちで、特別養子制度の中に「要保護要件」「実親の同意」という条項が挿 入された。 要保護要件とは、 「特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著 しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の 利益のために特に必要があると認められるときに、これを成立させるものと する」(第 817 条の 7)という要件であり、実親の同意とは、 「特別養子縁組 の成立には、養子となる者の父母の同意がなければならない。ただし、父母 がその意思を表示することができない場合又は父母による虐待、悪意の遺棄 その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合は、この限りでは ない」(第 817 条の 6)という要件で、どちらの要件も特別養子縁組の適用に 一定の枠をはめる機能を果たす条項である。これら 2 つの要件には、子ども は実親(≒実母)が育てるべきという規範が強く表れている。 一方、①養子と実親の法律関係の終了、②実子と同様の戸籍の記載、③養 親子の離縁の困難という論点に対する賛成論は、一組の親子の形成による親 子の心理的な安定を強く主張した。「児童の健全な育成のためには、児童が 家庭の中で確固たる地位を保証されていることが不可欠である。特別養子縁 組においては、前述の様な特色により、養父母が唯一の父母であることが明 らかとなり、養親子関係が実親子関係に比肩しうるような強固で安定したも のとなることが期待できる。このような法的枠組みの中で、養子は自己の家 14.

(10) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 庭内の地位に疑念を抱かず、養親も後顧の憂いなく、子の養育に専念するこ とができることとなり、子の健全な育成という目的を達成することができる のである」(細川 1987: 49)と立法後に法務省の官僚は解説している。 特別養子制度の制定と同時に戸籍法が改正され、普通養子制度とは異なり、 特別養子制度では、養子の戸籍に実親の記載はなく、また養父母は「父・ 母」と記載されることになった。しかし、一方で「民法 817 条の 2 による裁 判確定」という特別養子であることを示す文言が挿入された。 新しく立法された特別養子制度であったが、「うっかり特別養子というも のを広げて後で離縁になるようなケースが非常に多くなっては困る(中略) まず最初は慎重に要件を決めてその運用によって考えていきたい」(1987 年 8 月 25 日衆議院法務委員会での法務省政府委員千種秀夫の発言)と法務省は特別. 養子の入り口を狭くしたと説明している。 (4) 1990 年代〜現在 特別養子制度の立法直後は 700 件程度の縁組が行われたが、「厳格に過ぎ て(養子の年齢制限、成育事情の限定、審判所の記載方法など)(中略)現代的 でない」(湯沢 2001: 5)と指摘されたように、特別養子縁組の件数は徐々に 減少し、2007 年には 300 件を切った。 政策的に推進されておらず、縁組件数も少なかった特別養子制度であるが、 2010 年代に入って、政策に変化が起こった。2011 年には、厚生労働省が 「里親委託ガイドライン」で里親委託優先の原則を打ち出し、 「未婚、若年出 産など望まない妊娠による出産で養育できない・養育しないという保護者の 意向が明確な場合には、妊娠中からの相談や出産直後の相談に応じ、出産し た病院から直接里親の家庭へ委託する特別養子縁組を前提とした委託の方法 が有用である」と里親委託推進の文脈で、特別養子制度を活用するよう言及 した。さらに、厚生労働省は、2017 年に「新しい社会的養育ビジョン」で、 「永続的解決(パーマネンシー保障)としての特別養子縁組の推進」という方 針を掲げ、「概ね 5 年以内に、現状の約 2 倍である年間 1,000 人以上の特別 養子縁組成立を目指し、その後も増加を図っていく」と、具体的な数字をあ げて、特別養子制度を推進する政策転換を行っている。. 15.

(11) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 四.韓国の入養特例法の展開 (1) 解放後〜1960 年代初 韓国で、要保護児童を対象とした養子制度は朝鮮戦争後の対策として始ま った。戦争によって発生した要保護児童に対応するため,行政レベルで国内 養子縁組が少しずつ行われていく。膨大な数の戦争孤児,棄児のなかでも、 混血児に対しては特別な措置が取られた。韓国・米国の両政府は、孤児を養 子として米国へ移民させる方法を選択した。1954 年に韓国政府は「戦争孤 児対策」を樹立し,李承晩大統領は「混血孤児はできるだけ海外に養子に出 すよう」指示を出した(『朝鮮日報』1956.3.31)。 民法制定前は,親族慣習法によって異姓養子が禁止されていた。当時は、 戸主あるいは父母の系統を継承できる地位にある者は、本家相続の場合を除 いて,他家に養子に行くことが出来なかった。そのため、孤児になっても、 戸籍上,戸主の地位にあれば,他家に養子に行くことができなかった。この ような状況に対応するため,1955 年に政府は「孤児入養特例法」法案を国 会に提案した。法案の目的は、「孤児が外国人の養子になる時は,親族慣習 法の長男不養の規定を排除し」 「孤児保護の見地から要求される要件と手続 きを最少限度規定する反面、手続きは出来るだけ簡単にし」「不遇な環境に いる孤児が,広く外国人の養子になれる道を開くこと」である。しかし、こ の法案は 1961 年まで法制化されることはなかった。 1958 年には民法が制定される。植民地時代に定着した慣習法の養子制度 が、解放後の民法にも挿入された。この民法では、戸主の直系卑属である長 男は本家の系統を継承する場合以外は、他家の養子となることができず (875 条)、養子が養父と同姓同本でない者の場合、戸主相続ができない(第 877 条 2 項)というように、戸主相続を同姓同本の養子に限定している。異. 姓養子も認められているが、戸主相続はできない。また、民法には異姓養子 の場合の、姓と本に関する規定がなく,養子は「姓不変の原則」に従って, (5). 養子になっても実父の姓のまま変わらない。 このような民法上の養子制度を児童福祉的な目的で活用することができる だろうか。戸主を確保する目的で組み立てられている養子制度でも、親のな い子どもに親を与える目的で活用することができるだろうが、代を継がせる 16.

(12) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 目的で異姓の児童を養子に取ることは、この民法では不可能である。また、 単に養育を目的としていても,養親と養子の姓が異なることから、日常生活 で支障をきたすことも考えられる。民法上の「姓不変の原則」は、養子を育 てる養親にとって、障害となる規定であった。 (2) 1960 年代初〜1970 年代半ば 1960 年代に入って、韓国政府は、児童保護を施設保護から家庭保護に政 策転換し、国内養子縁組・家庭委託(家庭委託は日本の里親委託に相当する) に着目し、 「孤児を一人づつ預かって育てる運動」を推進した。この事業の 法的根拠は,1961 年に制定された児童福利法だが、養子縁組に関しては、 民法を改正したり,他の法律が作られることはなく、あくまで行政裁量によ って行われていた。なお、この 1960 年代前半に推進された脱施設化と家庭 保護推進策は,養親家庭に適応できなかった児童が施設へ戻ったり、浮浪児 化したことで、混乱を招き(具滋憲 1991: 250-2)、政府が推進していた家庭委 託事業は実行してから 3 年半で中断し,1960 年代末には政府によって予算 が削除され,事実上この事業は失敗に終わった(원영희 1990: 29-30)。 政府は要保護児童対策を家庭保護へ政策転換したが、民法上の養子制度は 戸主の異姓不養が維持されているだけではなく,姓不変の原則により使いづ らかった。その結果,養子を実子として養親の戸籍に入籍させることで法と 現実の葛藤が調停され、異姓の児童との養子縁組は実子入籍というかたちで 行われていく。 一方、1960 年代に入っても、混血児の養護問題が存在し、混血児数は減 少せず、むしろ増加していた。このような状況の中、1961 年に民法の特例 として国際養子縁組だけを規定した「孤児入養特例法」が制定される。「孤 児入養特例法」には、外国に養子を送るために,養子になれる者の中には 「戸主や父母の系統を継承するものを含む」という規定が加えられ,戸主に なれる者も外国に養子に行けるよう,民法に例外が設けられた。しかし、韓 国人が韓国で孤児と養子縁組するケースはこの法の中に包摂されなかった。 韓国においては、児童福祉サービスとしての養子制度は、国際養子縁組から 法制化された。児童福祉サービスとしての国内養子縁組が法制化されるのは、 この時から 15 年後になる。1958 年に制定された民法は前述したとおり、 「(戸主の)異姓不養」 「姓不変」の原則をもち、児童福祉サービスとして活 17.

(13) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 用することは困難であった。孤児の養子縁組を民法の「特例法」として制定 することによって,家族法の原則を守りながら,孤児が養子に行ける方法が 制度化された。 国際養子縁組件数はその後増加し、1970 年代にはいると、世論が問題視 し始める。 「国際養子縁組ブーム。混血児より国内の孤児が多い。国内では 姓不変,慣習などが障害に。法・政策の再検討が緊要」(『朝鮮日報』1971.12. 9)と国際養子縁組が問題化され、民法の養子制度で要保護児童と養子縁組. できるよう、法や政策の見直しが世論で提起された。しかし、 「孤児の場合, 姓を自由に変えられるよう、保健社会部は去年から今年にかけて大法院(日 本の最高裁判所に相当する)や法務部などと戸籍法の改正の可能性について協. 議したが、不可能だという反応を受け取った」(『朝鮮日報』1971.12.9)と民 法の改正は行われなかった。 (3) 1970 年代半ば〜1980 年代末 1976 年には、 「孤児入養特例法」が「入養特例法」に全面改正され、国際 養子縁組だけではなく、国内養子縁組についても法律で規定された。 この時期に、民法も改正された。民法では(戸主の)異姓不養が原則であ った。民法改正前には、女性団体から民法の異姓不養を無効にする内容を含 む改正法案と理由書が出されていた。改正案では、①戸主の直系卑属長男子 の入養禁止規定を削除する、②養子は養父あるいは養母の姓に従うようにす る養子の姓規定の新設するという内容が提案され(李太載 1975)、民法の養 子制度を児童福祉サービスとして活用することができるような議論も出てい た。女性団体は戸主制度の廃止を主張しており、戸主制度を廃止すれば,そ れと連動して戸主を確保するための養子制度も必要なくなる。しかし、1977 年の民法改正では、儒教を基盤とする家族制度の枠組みが堅持され、戸主制 度と家系継承のための養子制度がそのまま維持された。 一方、1976 年の「入養特例法」では、養子縁組対象者が孤児から「児童 福祉施設など保護施設で保護を受けている 18 歳未満の者」に拡大され、国 内養子縁組に関わる部分で特筆すべき点は、「養子になる者は戸主あるいは 戸主の直系卑属長男子を含む」(第 2 条第 2 項)、 「養子になる者は,養親が望 むときは養親の姓と本に従う」(第 7 条第 1 項)、と民法の「(戸主の)異姓不 養」 「姓不変」の原則に例外が設けられたことである。この法によって,(戸 18.

(14) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 主の)異姓の国内養子縁組が公式に可能になり、また養子が養親と同じ姓を. 名乗れるようになった。しかし、戸籍には依然として養子と記載されるため、 養子であることを公開したくない養父母にとっては利用を避けたい制度であ った。結局,それまでの実子入籍の実態を正当化するように,大法院が実子 入籍も有効という判例を「入養特例法」制定の翌年に出し(『朝鮮日報』 1977.7.30) 、実子入籍の現実が法的に追認され、「入養特例法」は形骸化され. ることとなった。 政府は法改正と同時に、施設保護・国際養子縁組中心の児童福祉サービス から、国内養子縁組・家庭委託にサービスを転換しようとした。しかし、こ の事業も失敗し、韓国の家庭に全ての要保護児童を委託することは不可能で あるという現実が明らかになると同時に、メディアは、国内養子縁組の低調 を「我々意識構造」(『朝鮮日報』1979.6.3)に還元した。 (4) 1990 年代〜現代 1995 年には、国内養子縁組を促進するため、 「入養特例法」が「入養促進 および手続きに関する特例法」に全文改正され、養親の年齢制限の緩和や、 養子に対する養育補助金支給などが導入された。しかし、この時点でも、養 親が望む場合は、養子の姓と本を変更できるものの、戸籍には養子縁組の事 実が記載されたままであった。 2011 年には、「入養促進および手続きに関する特例法」が再度「入養特例 法」に全文改正され、これまでの実子入籍が法律上禁止され、①実親は子ど もを家族関係登録しなければならなくなり(第 11 条)、②養子縁組を行う際 に、家庭法院(日本の家庭裁判所に相当する)の許可が必要となり、③子ども が生まれてから 1 週間は、実親の熟慮期間として、養子縁組ができなくなっ た。養子の姓と本は養親の姓と本に変更し、養子縁組の事実については家族 関係証明書には記載されず、親養子入養関係証明書にのみ記載されるように なった。 この改正後、養子縁組件数は減少し、ソウル市内の教会が設置した「ベビ ー・ボックス」(日本の「こうのとりのゆりかご」に該当する)などに子どもを 遺棄する事件がメディアで頻繁に報道されるようになり、2011 年に改正さ れた入養特例法は児童遺棄を助長するという批判を受けている。. 19.

(15) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 五.日韓の〈血縁〉の差異とその要因 本稿は、異性不養の原則をもつ(もっていた)韓国は、日本より血縁意識 が強いというような理解や、血縁意識の強弱を様々な指標を用いて測る先行 研究からは距離を置き、養子制度の展開のなかで、〈血縁〉がどのような社 会的背景のもとで、どのようなタイミングで、何のために使われたのか、さ らにそれがどのような効果を生んだのかという問いを立て、特に氏/姓の変 更と戸籍への入籍に着目して、日韓の〈子どものため〉の養子制度の展開を 追いかけてきた。 以下では、日韓の〈子どものため〉の養子制度の展開から見出した〈血 縁〉の違いを、「血縁意識の強弱」ではないかたちで考察してみたい。 (1) 実子への「同化 / 異化」とジェンダー 第一に、戸籍への入籍の仕方の違いから、日韓の〈子どものため〉の養子 制度では、養子を実子にどこまで近づけるか(同化)/近づけないか(異化) という点で、異なる展開をしてきたことがわかる。 日本でも、実子入籍は戦前から頻繁に行われており、戦後に改正された戸 籍法では、虚偽の出生届を防止する意図で、医師、看護師などの出産立会者 が出生証明書を届出書に添付しなければならなくなった。また、虚偽の出生 届による親子関係には、養子縁組の効果も認められず、法的には親子間に何 の権利義務関係も発生しなかった。そこで、実子入籍による親子関係に限り なく近い形の親子関係を法律上形成することが議論されてきた。日本では実 子入籍に限りなく近づけようとする(同化を求める)議論もあったが、法務 省は継続して異化の姿勢を崩さず、その妥協の産物として、同化と異化の中 間にある第三の類型として特別養子制度は制定されたといえる(野辺 2018 の 4 章) 。. 一方、韓国では、入養特例法が制定された後も、不法でありながらも公然 と実子入籍が行われ、判例でも実子入籍による親子関係を認めていた。しか し、民法上は継続して異化を固守し、実態は同化という二重構造が長らく続 いてきた。しかし、近年になって、養子の姓と本の変更や、家族関係登録簿 へ養子縁組の記載、実親(実母)による出生申告など、二重構造が調停され 20.

(16) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). つつある。 第二に、同化と異化の軸であるが、日本では実親、実質的には実母の出産 という軸をめぐって議論が行われてきた。法務省は「実母が出産した事実は 隠さない、変えない」という姿勢を貫いてきた。1970 年代の菊田医師の母 子分離を説く主張が広く共有されなかったことからもわかるように、養子制 度の展開からは、実母から子どもを離さない(実母の戸籍に入籍させる)傾向 が見いだせる(子どもは実母との法律関係が終了しても、実母の出産の事実は戸 籍に残り、子どもは戸籍から実母の氏名と本籍を知ることができる)。一方、韓. 国では、父系血統という軸をめぐって、議論が行われ、韓国政府は「実父の 血統を示す姓と本は隠さない、変えない」という姿勢を貫いてきた。また、 実子入籍を「不法だが公認する」というかたちで、実母から子どもが離され る(実母の戸籍に入籍させない)傾向があった。養子を取る範囲から、 「韓国 などにおける血縁原理を、絶対的な血縁観念と称するとすれば、日本のそれ は相対的血縁観念、あるいは素朴な血縁信仰」(岩本 2006: 77)と指摘されて きたが、(異姓の)要保護児童を対象とした養子制度における養子と実親の 関係に着目すると、「韓国は絶対的血縁、日本は相対的血縁」という差異で (6). はなく、日韓の〈血縁〉に対するジェンダー差が見いだせるといえる。 (2) 制度の経路依存と福祉国家化のタイミング このような日韓の〈子どものため〉の養子制度の展開の差異や、そこにあ らわれる〈血縁〉の差異の背景には、民法と児童福祉制度という 2 つの制度 の経路依存がある。 日本では、戦後、間もない時期に、明治時代の遺制が清算され、新しい家 族制度がスタートした。一方、韓国では、植民地期のみならず、戦後も日本 式の戸主制度が持続した。1958 年の民法制定時には、戸主制度の導入に一 部の反対もあったが、家族伝統を固守するという名目のもと、戸主制度が維 「(戸主の)異姓不養」 「姓不変 持された(岡 2017: 28)。その結果、韓国では、 の原則」をもつ民法の養子制度を児童福祉制度として活用することが困難で あったことから、児童福祉に目的を特化した養子制度を別建てで制度化する 必要に迫られ、日本の特別養子制度より 20 年早く(国内養子縁組に限れば 10 年早く)制定した。しかし、 「実父の血統を示す姓と本は隠さない、変えな. い」という原則や、戸籍の記載によって、制度が形骸化し、実子入籍が長い 21.

(17) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 間行われてきた。 同時に、戦後/解放後の要保護児童に対する対応についても、日韓で異な っていた。日本では、施設保護中心の児童福祉サービスの体制が続き、要保 護児童が減少していた 1980 年代に特別養子制度が立法化されたため、当時 の日本では特別養子制度を児童福祉サービスとして活用しなければならない ニーズがほとんどなかった。一方、韓国は、福祉予算の問題から、1960 年 代の早い時期から持続的に脱施設化を試み、同時に要保護児童も増加してい たため、政策的に養子縁組のニーズは高かった。このような 2 つの制度(民 法と児童福祉)の間で、養子制度が展開していったのである。. 六.今後の課題 本稿では、日韓の〈血縁〉の違いを、養子制度の展開から考察してきた。 韓国の養子制度については、「養子は養親の姓と本に従うことになるなど、 養子法上の血統主義及び姓不変の原則は緩和された」(田中 2013: 25)が、一 方で「人びとが持つ血縁意識は未だに強いものがある」(田中 2013: 25)とい う指摘がある。今後は、養子制度だけではなく、当事者(養親、養子、実親) の意識や行為を調査することも必要だろう。日本における養親と養子の意識 と行為については、野辺(2018)で研究を行っているが、韓国における当事 者の意識と行為も今後検討する必要がある。 さらに、他の事例、具体的には、生殖補助医療、家庭委託、ステップファ ミリー、ひとり親などの事例を、 〈血縁〉の動態という視点から分析し、養 子縁組の事例を重ね合わせてみていくことで、日韓の複雑で多元的な家族の 姿を理解していくことも今後の課題である。 注 (1) なお、本稿は筆者の過去の研究(野辺 2002; 2018)を再構成したもので あるため、厳密な比較研究ではない。項目をそろえた厳密な比較研究は 今後の課題としたい。 (2) 養子縁組と〈血縁〉に関する先行研究については、野辺(2018)の 2 章 を参照。 (3) ここでの「血縁の擬制」とは実子入籍を意味するわけではない。明治民 22.

(18) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 法の「養子と養親及び其血族との間に於ては養子縁組の日より血族間に 於けると同一の親族関係を生す」(旧民法第 727 条)にあるように、「血 族間に於けると同一の親族関係を生す」という部分を「血縁を擬制する」 ととらえている。 (4) 入養関係証明書には、実親名や養子縁組事項が掲載されるが、限られた 者しか申請・閲覧できない。 (5)(戸主の)異姓不養は、1990 年の民法改正で削除される。 「姓不変の原 則」については、2005 年の民法改正で、民法の普通養子でも養子の福祉 のために必要な場合、法院の許可を得て養子の姓と本を養親のものに変 更できるようになった。 (6) なお、このような違いは、韓国における「伝統的な」父系血統の強さで 説明されるかもしれないが、父系血統の原理を強調するのは韓国の伝統 文化ではなく、国家によって制度的につくりだされたものであるという 研究もある(岡 2017: 15)。今後は「伝統的な」父系血統についてより緻 密な分析が求められるだろう。 引用文献 (日本語) 張 慶燮,2013,「個人主義なき個人化. 『圧縮された近代』と東アジアの. 曖昧な家族危機」落合恵美子編『親密圏と公共圏の再編成. アジア近. 代からの問い』京都大学学術出版会,39-65. 細川. 清,1987,「養子法の改正」『ジュリスト』894: 44-53.. 岩本通弥,2006,「民俗学からみた新生殖技術とオヤコ. 『家』族と血縁重. 視という言説をめぐって」太田素子・森謙二編『 〈いのち〉と家族. 生. 殖技術と家族 Ⅰ』早稲田大学出版,75-104. 姜恩和・森口千晶,2016,「日本と韓国における養子制度の発展と児童福祉 社会的養護としての養子縁組を考える」『経済研究』67(1): 26-46. 菊田 昇,1978,「実子特例法の提唱と嬰児殺の防止. 中谷教授の論文に反. 論する」 『ジュリスト』678: 130-8. 中川高男,1974,「特別養子法(実子特例法)私案」『時の法令』846:13-9. 中川高男他,1976,「(座談会)実子特例法について」『法の支配』26: 4-40. 野辺陽子,2002,「韓国における国際養子縁組の定着過程とその特質. 福祉. 国家化と要保護児童政策に関する一考察」未刊行論文. ,2016,「特別養子制度の立法過程からみる親子観. 『実親子』と. 23.

(19) 比較家族史研究 第 34 号(2020 年 3 月 31 日). 『血縁』をめぐるポリティクス」野辺陽子他『 〈ハイブリッドな親子〉の 社会学. 血縁・家族へのこだわりを解きほぐす』青弓社,74-105.. ,2018,『養子縁組の社会学. 〈日本人〉にとって〈血縁〉とはな. にか』新曜社. 岡. 克彦,2017,『「家族」という韓国の装置. 血縁社会の法的なメカニズ. ムとその変化』三省堂. 大森政輔,1983,「法制審議会民法部会身分法小委員会における養子制度の検 討について」『民事月報』38(5): 3-38. 田中佑季,2013,「韓国における養子法と家族観 『法学政治学論究. 入養特例法を中心に」. 法律・政治・社会』99: 1-36.. 上野和男,1988,「東アジアにおける養子の比較研究」大竹秀男他編『擬制さ れた親子. 養子』三省堂,181-205.. 我妻栄他,1959a,「<座談会第二回>親族法の改正. 法制審議会民法部会. 小委員会における仮決定及び留保事項(その二)に関連して」『法律時 報』31(11): 65-78. ,1959b,「親族法改正の問題点(下)」『ジュリスト』186: 2-19. 湯沢雍彦,2001,「まえがき」養子と里親を考える会編『養子と里親. 日. 本・外国の未成年養子制度と斡旋問題』日本加除出版,1-6. (韓国語) 具滋憲,1991,『韓國社會福祉史』弘益齊 원영희,1990,「한국입양정책에 관한 연구:전개과정 및 문제점을 중심으 로」梨花女子大學校석사학위논문 李太載,1975,「汎女性團體의 家族法改正運動에 관한 小考」『女性問題硏究』 4; 41-59 朝鮮日報 1956 年 3 月 31 日 1971 年 12 月 9 日 1977 年 7 月 30 日 1979 年 6 月 3 日 (大妻女子大学. 24. 家族社会学・アイデンティティ論・マイノリティ研究).

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参照

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