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身上監護と意思決定支援

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論  説

身上監護と意思決定支援

渡 部 朗 子

1.はじめに 2.成年後見制度の新たな視点―ジェニー・ハッチ事件 3.意思決定支援の概要 4.意思決定支援に関するガイドライン 5.身上監護と意思決定支援 6.小 括

1.はじめに

2006年に採択された障害者権利条約では、新たに意思決定支援の考え方 が提唱された。これは、制限行為能力者に対して、判断能力が十分ではな いことを前提に代行決定を行うことにより保護する考え方から、判断能力 があることを前提に、適切な支援を行うことで本人の意思決定を尊重する 考え方に方向転換したものである。そして、代行決定の全面禁止が強く打 ち出された。

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現行の成年後見制度は制限行為能力者に対して包括的に行為能力を制限 している。法定後見制度は、能力の程度により後見、保佐、補助の三類型 により分類し、一律に行為能力を制限することにより本人を保護する。こ れは、意思決定支援の考え方に反しているため、締約国に対して、能力を 制限して代行決定を認める制度(すなわち成年後見制度)の撤廃を求めて いる。 他方意思決定支援は、民法858条に規定される本人の意思尊重義務と身 上配慮義務を具体化したものと考えられている。意思決定支援をめぐって はすでにいくつかのガイドラインが公表されてきたが、成年後見事務に関 しても、令和2年5月に「『意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドラ イン』(仮題)の基本的な考え方」が公表され 1 、同年10月30日に、「意思 決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」が公表された。 本稿では、意思決定支援が、成年後見人等の職務である身上監護の中で どのように位置づけられるのか検討する。

2.成年後見制度の新たな視点―ジェニー・ハッチ事件

意思決定支援が、成年後見制度の中でどのように関係するかを考察する ために、アメリカで起きたジェニー・ハッチ事件 2 を取り上げる。 1 亀井真紀「『意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン』(仮題)の基本的 な考え方および概要」実践成年後見88号(2020年)101~109頁で内容が紹介されて いる。 2 Hatch, M. J., Crane, S. A., & Martinis, J. G. (2015) . ジェニー・ハッチ事件を検討し たものとして、Karrie A. Shogren, Michael L. Wehmeyer, Jonathan Martinis, Peter  Blanck. Supported Decision-Making (Cambridge Disability Law and Policy) . 2019.  P3, 65-74.   なお、佐藤彰一「アドボケイト活動と『意思決定支援』」西田英一・山本顯治編『振 舞いとしての法―知と臨床の法社会学』(法律文化社、2016年)222頁以下でジェ ニー・ハッチ事件が紹介されている。

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⑴ 事件の概要   2012年7月8日アメリカ・バージニア州ニューポートニュースにある 裁判所に、ジェニー・ハッチへの成年後見申立てが提起された。当時29 歳のジェニーはダウン症で知的障害があった。申立人は母親のジュリ ア・ロスと義父のリチャード・ロスである。ジェニーは母親ジュリア・ ロスの前の夫の子である。申立ての内容は、ジェニーに成年後見人をつ けることと、成年後見人に母親と義父を選任することである。また、こ の申立てでは後見人の権限を指定していて、その内容は、生活全般、特 に誰と住むのか、どんな医療行為を受けるのか、誰がジェニーの世話を するのか、これを決める権限を後見人に与えることを裁判所に求めてい る。裁判所は、すぐにジェニーに特別代理人(Guardian AD Litem)を 指定し、この特別代理人と母親側の代理人とのやり取りの結果、1か月 後の8月27日に仮の後見人が選任された。しかし、2013年1月にこの仮 の後見人が辞任したため、代わって申立人である母親と義父が後見人に 選任された。 ⑵ ジェニーの生活状況―事件の背景   ジェニーは2008年4月頃から市内のリサイクルショップでアルバイト をしていて、近くの家族ぐるみの友人と生活していた。しかし、ジェ ニーは自動車事故を起こして病院に入院した。入院中に友人がアパート を退去したため、ジェニーは退院後どこにも行くところがなくなってし まった。この成年後見申立てが提起される頃には、アルバイト先のリサ イクルショップの経営者の自宅で寝泊まりしていた。   ジェニーの実父は、ノースカロライナに再婚して住んでいてジェニー と暮らせないとケースワーカーに答え、母親も義父もジェニーとの関係 が以前から良好ではないので一緒に暮らせないと回答した。ジェニーを 受け入れたリサイクルショップの経営者はケリー・モリスとジム・タル

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バートという2人のカップルで、ジムには脳性麻痺がある15歳の娘がお り、4人で暮らしていた。母親ジュリアは、この事態を非常に心配して、 グループホームへの入所の調整を行い、ジェニーの移動を経営者に申し 入れた。リサイクルショップの経営者は母親の要求を受け入れ、ジェ ニーはいったんグループホームへ入った。ところが、ジェニーはそこで の生活が嫌でまた経営者の自宅へ逃げ帰ってしまった(パソコンや携帯 電話の使用を禁じられ、子ども扱いされるのが嫌だった)。成年後見は、 その2日後に申し立てられた。 ⑶ 事件の経過   この裁判は全米の注目を浴び、マスコミで全米に報道された。そし て、ワシントンにいる人権派弁護士が派遣されジェニーの特別代理人と 一緒に弁護活動を行うことになった。   ジェニーは、仮の後見人が選任されてからグループホームを転々と させられていたが、母親側が仮の後見人に就任した後は、母親側の承 認がないとジェニーに関係者が会えなくなっていた。母親の許可を受 けるためには、裁判の話をしてはいけないなどの厳しい制限がついて いた。それでは弁護活動ができないので、ジェニーの代理人は、まず 母親側が指示しているジェニーの面会制限の撤回を裁判所に命じても らい、その後に裁判所に専門家の鑑定意見をはじめ様々なソーシャル レポートを提出した。法廷の審理では、ジェニーは出廷して明確に「私 には後見人はいらない、私のことは私が決める」と述べたそうである (審理は非公開)。

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⑷ 決定の概要   2013年8月2日の裁判所の決定の概要は次のとおりである。   ① ジェニーに後見人を付す。   ② 後見人にはリサイクルショップの経営者を選任する。   ③ 後見の期間は1年で終了する。   ④ 後見人の権限は限定的なものとする。  ⑤  後見人は、決定にあたってまず意思決定支援の手法を取らなけれ ばならない。   ⑥ 後見人は、ジェニーの意思に反した決定ができない。 ⑸ 若干の考察   本件は、ジェニーの母親が考えるジェニーにとっての最善の利益 (best interest)とジェニー自身の思いがくい違う事案である。自己決 定の尊重と生活利益の確保に対する考え方が母と娘でずれてしまってい る。裁判所は、ジェニーの思いを尊重することが後見人の役割であり、 その役割を担うことができるのはリサイクルショップの経営者側である と判断した。   後見制度は、従来は判断能力が十分ではないか、存在していないこと を前提にして、権利を制限して本人を保護するために代行決定をすると いう考え方がとられていた。本判決では、本人は自己決定ができること を前提に、後見人には意思決定支援をすることが求められ、代行決定を する権限が与えられていない。後見制度を使いながら代行決定を否定し ているところが従来の後見制度の考え方と異なる。   本件のジェニーは、知的障害はあるものの、自らの思いや判断を表現 することができる。意思決定能力が存在しないことを前提に代行決定を 行うよりも、残存能力があり、補助と支援があれば自ら意思決定をする ことができることを前提に、意思決定支援をする方が適している。

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  わが国の成年後見制度においては、成年後見人、保佐人、補助人、に 取消権が認められている(民法第120条1項) 3 。本人(成年被後見人等) が意思決定をしても、最終的に成年後見人等に取消される可能性がある ため、アメリカのように、意思決定支援のみを成年後見人等の職務とす ることができない。

3.意思決定支援の概要

⑴ 障害者権利条約   制限行為能力者に対しては代行決定をする考え方があったが、障害者 権利条約により「支援付き意思決定(Supported decision-making)」の 考え方が提唱された。これは、障害がある人も、適切な支援を受ければ 意思決定ができるとする考え方で、従来の代行決定とは異なる。意思決 定支援は、この支援付き意思決定を実現するために議論され始めた。   障害者権利条約第12条1項では、障害のあるすべての人が、法の前に 人として平等に権利を有することが規定されている。同条2項では法的 能力があることが規定されている。そして同条3項ではこの法的能力を 行使するにあたり、必要とする支援を受ける機会が提供されることが規 定されているが、この「必要とする支援」に意思決定支援が含まれてい る。同条4項では障害者が法的能力を行使するため措置が、障害者の権 3 成年後見制度の導入により、同意権者に取消権が認められることが明らかになっ た。そのため、成年後見人、保佐人、同意権付与の審判を受けた補助人が取消権者に なる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については取消権が認めら れない。また、任意後見人には代理権のみ認められていることから、取消権はない。

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利、意思及び選好を尊重することであることが規定されている 4    また、国連・障害者権利委員会が第12条の解釈について説明した文書 が公表された。ここでは、意思決定支援のための判断基準が「意思と選 好の最善の解釈」であることを改めて示した 5  4 国連・障害者権利条約第12条1~4条の条文は次のとおりである(下線は筆者)。   第12条 法律の前にひとしく認められる権利   1  締約国は、障害者がすべての場所において法律の前に人として認められる権利 を有することを再確認する。   2  締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として 法的能力を享有することを認める。   3  締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する 機会を提供するための適当な措置を取る。   4  締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するた めの適当かつ効果的な保証を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保 証は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重す ること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状 況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権 限のある、独立の、かつ、公平な当局または司法機関による定期的な審査の対象 となることを確保するものとする。当該保証は、当該措置は障害者の権利及び利 益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。 5 国連は障害者権利条約における意思決定支援の考え方を明らかにするために、2014 年一般的意見1号を公表した。国連・障害者権利委員会一般的意見第1号(障害者権 利条約第12条)の内容は次のとおりである。    Para21. 著しい努力がなされた後も、個人の意思と選好を決定することが実行可 能ではない場合、「意思と選好の最善の解釈」が「最善の利益」の決定にとってかわ られなければならない。これにより、第12条第4項に従い、個人の利益、意思及び選 好が尊重される。「最善の利益」の原則は、成人に関しては、第12条に基づく保護措 置ではない。障害のある人による、他の者との平等を基礎とした法的能力の権利の享 有を確保するには、「意思と選好」のパラダイムが「最善の利益」のパラダイムに取っ てかわらなければならない。

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⑵ 意思決定支援と代行決定 6   ① 意思決定支援    意思決定支援は、意思決定能力が十分ではない人が、可能な限りい つでも自ら意思決定ができるように支援を提供する手順のことであ る。意思決定支援の根本原理は、「補助(assistance)と支援(support) があれば自ら意思決定をすることができるなら、その人に代わって、 誰も他の人を意思決定のために任命してはならない 7 」ということで ある。意思決定支援に関しては、障害者権利条約においては定義され ていないが、12条3項に根拠をおく。本人が適切な支援を受けること により、自らの生活に対して意思決定をする能力を有することになる ならば、それに対して適切な支援が提供されなければならず、その支 援の結果としての本人の決定は尊重されなければならない。障害者権 利条約は、この権利を最も明らかに表現したものである。とくに締約 国に義務づけていることは、他の人との平等を基礎として、「障害者 がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会」を 提供することである。    したがって、「意思決定支援」は「法的能力の行使を支援する」一 つの構成要素となり、意思決定支援をする人はまた、支援を受ける人 が法的能力を行使するための支援をすることになるのである。 6 ここで検討する意思決定支援と代行決定の内容は、Gavin Davidson, Lisa Broply,  Jim Campbell, Susan J. Farrell, Piers Gooding, Ann-Marie O`Brien. “An international  comparison of legal framework for supported and substitute decision-making in  mental health services. ” International Journal of Law and Psychiatry 44 (2016)  pp.30-40を整理したものである。 7 Chartres, D., & Brayley, J. (2010) . Office of the Public Advocate South Australia:  Submission to the productivity communication inquity into disability care and  support Collinswood: Office of the Public Advocate. PL

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 ② 代行決定   代行決定は、例えば、居所、医療または財産に関する決定に対して、 意思能力が十分ではないと考えられる人の代わりに意思決定をする人と の約束である。障害者権利委員会は、一般的意見1号の中で、代行決定 制度を次のように定義している(para. 27)。   「代理人による意思決定制度は、全権後見人、裁判所による後見人の 選任、限定後見人等、多種多様な形態をとり得る。しかし、これらの制 度には、ある共通の特徴がある。すなわち、これらは以下のシステムと して定義できる。  (a )個人の法的能力は、たとえそれが一つの決定にのみ関わりのある 法的能力であっても排除される。  (b )当事者以外の者が代理意思決定者を任命できる。しかも、当事 者の意思に反して行うことができる。  (c )代理意思決定者によるいかなる決定も、当事者の意思と選好では なく、客観的に見てその「最善の利益」となると思われることに基 づいて行われる」。   障害者権利委員会は、「代行決定制度の継続と並行して、意思決定支 援が発展することは、障害者権利条約12条の解釈に十分に当てはまるこ とにはならない」としているので、この障害者権利委員会が定義した代 行決定制度に当てはまらない形での意思決定支援を行うことになる。  ③ 意思決定支援と代行決定の関係   意思決定支援と代行決定の区別は、明らかにならない場合がある。例 えば、裁判所に任命された人が意思決定を補助することを含む共同意思

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決定(co-decision-making) 8 の手配があるが、これらの手配のもとでは、 本人の自律は絶対的には考慮されず、そのため共同意思決定の過程は、 代行決定のより限定された形式とみなされる。   さらに、意思疎通が最小限しかできない場合や昏睡状態の場合のよう に、意思決定支援が困難で代行決定によらざるを得ない場合、障害者権 利委員会は、第三者による意思決定は、「その人の意思と選好の最善の 解釈」によって導き出され、「最善の利益」の基準によるものではない と12条を解釈する(para.21)。これは、意思決定支援は、本人自身の意 思と選好のみに基づくものとする障害者権利委員会の解釈を、代行決定 の場合にも当てはめることになる。したがって、代行決定の判断基準に ついて新たな方法を考察する必要があることを意味するが、結果とし て、例外的に代行決定を認めざるを得ないことになる。 ⑶ わが国における意思決定支援の考え方   わが国の意思決定支援の考え方は、イギリス2005年意思能力法 (Mental Capacity Act)と障害者権利条約の内容を取り入れた考え方を 採用している。2005年意思能力法には5つの基本原則が規定されている (1条2項~6項)。その内容は次のとおりである。①本人に意思能力が ないと確定されない限り、能力があると推定されなければならない。② 自ら意思決定ができないと思われる人に対しては、周りの人が本人の意 思決定を援助する。③賢くない意思決定であっても、本人の意思が尊重 8 共同意思決定とは、正式な契約を通して意思決定者を指名するもので、原則裁判所 の許可を要する。一度有効になると、本人は共同意思決定者によって同意された行為 をする場合にのみ法的効力が生ずる。共同意思決定者は、本人が道理をわきまえた人 がする決定をした場合、本人の決定に従わなければならない。カナダ・サスカチュワ ン州成年後見および共同意思決定法(2000年)17条2項、アイルランド補助意思決定 (能力)草案(2013年)19条に規定がある。

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されるべきである。④本人が意思決定できない場合には、例外的に本人 に代わって周囲の人が意思決定を行うが、それは本人の最善の利益にお いてされなければならない。⑤本人以外の者による代行決定は、本人の 権利・自由に対して必要最小限の介入でなければならない 9    障害者権利条約では、障害者本人の「意思と選好」が最優先に尊重さ れ、最善の利益に基づく代行決定は認めない立場なので、2005年意思能 力法の基本原則の①~③には対応するが、④、⑤とは異なる立場となる。   わが国の意思決定支援に関するガイドラインの内容は、支援付き意思 決定を対象とするものと、支援付き意思決定と代行決定の両方を含むも のとに分かれているため、それぞれ「意思決定支援」の定義が異なるこ とになる。わが国の意思決定支援に関するガイドラインを読む場合、こ の点に注意しなければならない 10 

4.意思決定支援に関するガイドライン

  国連・障害者権利条約において、支援付き意思決定(Supported  decision-making)の考え方が提唱されて以来、わが国においても意思 決定支援に関する議論が行われてきた。そして、厚生労働省は意思決定 支援につき、「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドラ イン」(2017年3月)、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロ セスに関するガイドライン」(2018年3月)、「認知症の人の日常生活・ 9 厚生労働省平成26年度障害者総合福祉推進事業「意思決定支援の在り方並びに成年 後見制度の利用促進の在り方に関する研究」(平成27年3月)31頁で、意思決定支援 の基本原則を指摘しているが、イギリス2005年意思能力法第1条2~6号の内容に 沿った形で示されている。 10 この指摘は、名川勝、水島俊彦、菊本圭一編著、日本相談支援専門員協会編集協力、 『事例で学ぶ 福祉専門職のための意思決定支援ガイドブック』(2019年、中央法規) 29頁参照。

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社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年6月)と相次い でガイドラインを示した。また、意思決定支援に関連して、「身寄りが ない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイ ドライン」(2019年6月)も公表された 11 。また、成年後見事務に関して は、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」(2020年10月) が公表された。   意思決定支援と身上監護の関係を理解するためには、このような意思 決定支援に関するガイドラインの内容や議論と成年後見制度における身 上監護がどのように関係しているのかを検討する必要がある。そのため に、「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」と 「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」 の中で必要と考えられる箇所を引用し、内容を分析する。 ⑴ 障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン  ① 定義   意思決定支援とは、自ら意思を決定することに困難を抱える障害者 が、日常生活や社会生活に関して自らの意思が反映された生活を送る ことができるように、可能な限り本人が自ら意思決定できるよう支援 し、本人の意思の確認や意思及び選好を推定し、支援を尽くしても本 人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の 最善の利益を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組 みをいう。 11 このほかにも、家庭裁判所裁判官と弁護士等の専門職で作成された「意思決定支援 を踏まえた成年後見人等の事務に関するガイドライン」(2018年3月、大阪意思決定 支援研究会)や「【岡山版】成年後見人等の意思決定支援に関するガイドライン」(2019 年9月、岡山意思決定支援プロジェクトチーム)がある。

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 ② 意思決定支援の基本原則   ガイドラインでは、意思決定支援の3つの原則をあげている。 (ⅰ )本人への支援は、自己決定の尊重に基づき行うことが原則である。 本人の自己決定にとって必要な情報の説明は、本人が理解できるよ う工夫して行うことが重要である。 (ⅱ )職員等の価値観においては不合理と思われる決定でも、他者への 権利を侵害しないのであれば、その選択を尊重するよう努める姿勢 が求められる。 (ⅲ )本人の自己決定や意思確認がどうしても困難な場合は、本人をよ く知る関係者が集まって、本人の日常生活の場面や事業者のサービ ス提供場面における表情や感情、行動に関する記録などの情報に加 え、これまでの生活史、人間関係等様々な情報を把握し、根拠を明 確にしながら障害者の意思及び選好を推定する。  ③ 成年後見人等の権限との関係   法的な権限をもつ成年後見人等には、法令により財産管理権と身上配 慮義務が課されている。一方、事業者が行う意思決定支援においても、 自宅からグループホームや入所施設等への住まいの場の選択や、入所施 設からの地域移行など、成年後見人等が担う身上配慮義務と重複する場 面が含まれている。意思決定支援の結果と成年後見人等の身上配慮義務 に基づく方針が齟齬をきたさないよう、意思決定支援のプロセスに成年 後見人等の参画を促し、検討を進めることが望ましい。  ④ 意思決定支援の枠組み   意思決定支援の枠組みは、意思決定支援責任者の配置、意思決定支援 会議の開催、意思決定の結果を反映したサービス等利用計画・個別支援 計画(意思決定支援計画)の作成とサービスの提供、モニタリングと評

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価・見直しの5つの要素から構成される。このようにして作成された サービス等利用計画・個別支援計画(意思決定支援計画)に基づき、日 ごろから本人の生活に関わる事業者の職員が、すべての生活場面の中で 意思決定配慮しながらサービス提供を行うことになる。   意思決定支援は、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改 善)で構成されるいわゆるPDCAサイクルを繰り返すことによって、よ り丁寧に行うことができる。  ⑤ 障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドラインへの指摘   パブリックコメントにより、本ガイドラインで示された個別支援計画 (意思決定支援計画)が、通常の個別支援計画と同様のプロセス、内容 であり、新たに加えられた意思決定支援プロセスが見えにくいこと、ど のように本人の意思を確認し、誰がどのように話し合いをしたのか等) が見えるようにする必要があることが指摘された。また、サービス管理 責任者が意思決定支援責任者となる可能性が記されている点につき、利 益相反となる可能性が高いことも指摘された。   これらの指摘から、認知症の人の日常生活・社会生活における意思決 定支援ガイドラインは、個別支援計画よりも、意思決定支援そのものに 焦点を当てた内容になっている。 ⑵ 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン   パブリックコメントによる指摘を受けて、「障害福祉サービス等の 提供に係る意思決定支援ガイドライン」とは異なる定義づけをしてい る。

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 ① 意思決定支援の定義   認知症の人であっても、その能力を最大限生かして、日常生活や社会 生活に関して自らの意思に基づいた生活を送ることができるようにする ために行う、意思決定支援者による本人支援をいう。   本ガイドラインでいう意思決定支援とは、認知症の人の意思決定をプ ロセスとして支援するもので、通常、そのプロセスは、本人が意思を形 成することの支援(意思形成支援)と、本人が意思を表明することの支 援(意思表明支援)を中心とし、本人が意思を実現するための支援(意 思実現支援)を含む。 ⑶ 若干の考察  ① 意思決定支援と個別支援計画との違い   判断能力が十分ではない人に対する意思決定支援を行う際には、その 支援の過程を明らかにする必要がある。   障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドラインで示され た意思決定支援の枠組みにおける「Plan(計画)、Do(実行)、Check(評 価)、Act(改善)で構成されるいわゆるPDCAサイクルを繰り返すこと」 で意思決定支援がより丁寧に行われることが指摘されていたが、この PDCAサイクルは、一般的な社会福祉援助技術における個別計画とほと んど内容が変わらない。しかし、このような方法では、本人以外の第三 者のかかわりや視点が強くなり、本人がどのように参加したか、どのよ うに本人の意思を確認し、誰がどのような話し合いをしたのかが見えに くくなってしまう。   意思決定支援を行う際には、どのような支援方法をとるかと同時に、 どのように本人の意思を把握するかが重要になってくる。

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 ② ガイドラインにおける本人の意思の尊重の考え方   「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援 に関するガイドライン」 12 における、本人の意思・意向の確認と尊重に 関しては、「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガ イドライン」の考え方を踏襲している。また、成年後見制度の利用相談 によって本人を支援する場合も、成年後見人等には、本人の意思を尊重 しながら業務を行う義務があることを理解しておく必要があるとしてい る。成年後見人等は、業務を行う際には本人に対して意思決定支援を行 うことは十分に考えられる。

5.身上監護と意思決定支援

⑴ 身上監護の概要   身上監護とは、成年被後見人等の生活と療養看護に関する事務を行う ことである 13 。より実態に即していうと、本人の生活、療養看護のため に必要な支援を決定、準備、手配をして法律行為を行うことである。具 体的には、生活、医療、介護、福祉に関する本人の選択と決定を支援し、 12 URL www.mhlw.go.jp. 「判断能力が不十分な人であっても、本人には意思があり、 意思決定能力を有するということを前提として、本人の意思・意向を確認し、それを 尊重した対応を行うことが原則です。本人の意思決定能力は、説明の内容をどの程度 理解しているか(理解する力)、それを自分のこととして認識しているか(認識する 力)、論理的な判断ができるか(論理的に考える力)、その意思を表現できるか(選択 を表明できる力)によって構成されると考えられ、本人の意思決定能力を固定的に考 えずに、本人の保たれている認知能力等を向上させる働きかけを行うことが求められ ます。」「本ガイドラインが対象とする『医療に係る意思決定が困難な人』への支援に おいても、まずは本人の意思の尊重に基づき行います。この場合、意思決定能力を固 定的に考えず、病状や状況、行為内容によって変化するものととらえ、その時点の意 思決定能力の状況に応じて支援します」の箇所である。 13 小林昭彦・大鷹一郎・大門匡『新版 一問一答新しい成年後見制度』(商事法務〔改 訂版〕、2006年)、96頁参照。

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必要なサービスを利用したり生活環境を整えるための手配をして、契約 をすることである。食事、入浴などの介助や介護、看病、掃除などの家 事は身上監護に含まれない。必要な支援の決定や介護サービスなどの手 配、施設との契約などが対象になる 14    成年後見人等の職務は、「生活、療養看護及び財産に関する事務」を 行うことである。成年後見人等は本人に対して①意思尊重義務と、②身 上配慮義務を負う(858条、保佐人につき876条の5第1項、補助人につ き876条の5第1項・876条の10第1項、任意後見人につき任意後見契約 法6条)。 ⑵ 具体的な内容   身上監護の内容をもう少し具体的に検討すると、身上監護とは、本人 の心身の状況や生活の状況を適切に把握して、介護を依頼したり、必要 な契約の締結などを行うことである。成年後見人等には、本人の生活や 療養看護など、生活全般にわたる事務を適切に行うことが求められる。 具体的には、医療に関する契約や施設への入所契約、介護に関する契約 等を結ぶことがこれにあたる。このような契約を結ぶ際には、事前に必 要な調査や調整を行うことや、契約をした後に契約の内容が適切に行わ れているかどうかを確認すること等も求められる。本人が安心して生活 していけるように、財産管理だけでなく、必要な福祉サービスの利用な どを調整する、コーディネーターとしての役割を担うことになる 15  14 渡部朗子「身上監護アプローチとはどのようなものか」小賀野晶一・成本迅・藤田 卓仙編『認知症と民法』(勁草書房、2018年)110~111頁。 15 東京都福祉保健局「成年後見制度についてのよくある質問」より一部抜粋 www.fukusihoken,metro.tokyo.jp/smph/kiban/sodan/kouken_qanda.html(2020年 11月10日アクセス)

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  また、身上監護とは本人の生活や健康、療養などの「お世話」を行う ことであるが、本人を引き取って同居をしたり、病院等に頻繁に出向い て直接的な身体介護をしなければならないわけではない。成年後見人等 の職務は、本人の生活全般にわたる法律行為を行うことであり、介護労 働等の事実行為を含まない。したがって、本人の直接的な介護等につい ては、病院、施設等に委ねてよい。ただし、成年後見人等は、それらの 機関によって「本人が適切な治療や介護を受けているかどうか」を適時 確認をしておく必要がある 16    具体的な身上監護事項は、①医療に関する事項、②住居の確保に関す る事項、③施設の入退所及び処遇の監視、④介護・生活維持に関する事 項、⑤教育・リハビリに関する事項などがあげられる。成年後見人等 は、これらの事項に関して、契約を締結したり、契約の内容が確実に実 行されているかどうかを監視したり、場合によっては契約相手に対して 改善を求めなければならない。また、契約内容に基づいて費用を支払う ことも、当然に成年後見人等の職務になる。さらに、必要な場合は、生 活保護の申請をしたり、介護保険における要介護度の認定に対する異議 申し立てを行うなどの、公法上の行為も成年後見人等の職務である 17  ⑶ 法律行為と事実行為   成年後見人等が行う職務は財産管理であっても、身上監護であっても 原則法律行為に限られ、事実行為は含まれない。しかし、法律行為に付 随する事実行為は成年後見人等の職務範囲として行うことになる。例え 16 福岡家庭裁判所「成年後見人のためのQ&A」(2014年)6頁参照。 17 小林・大高・大門・前掲13 96頁。

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ば、財産管理の場合は具体的な契約(法律行為)には当たらないが、通 帳の保管という事実行為は財産管理に含まれる。身上監護の場合は、医 療や福祉を利用するための契約には当たらないが、施設等への定期訪問 や電話連絡などの見守り活動や、施設入所契約を締結するために施設探 しをすることは事実行為ではあるが、身上監護の職務範囲に含まれる。 ただし、教育・リハビリ等の強制は含まれない。   現行民法では、身上監護においては、単独の事実行為は認められない。 そのため、冒頭のジェニー・ハッチ事件のように意思決定支援を単独の 身上監護事項として認めることはできない。 ⑷ 身上監護の法的性質   民法858条は、成年後見人が身上面について負うべき善管注意義務を 敷衍し明確にしたものである 18 。すなわち、民法858条は規定されたが、 これは身上監護に関する新たな権限を定めたものではなく、成年後見人 の法律行為に関する権限を行使するにあたり、本人の心情に配慮すると いう善管注意義務にすぎないとする。特に新たな権限を定めたものでな いのであれば、結局身上監護に関する規定は設けられなかったという見 方も可能である。これは、成年後見制度を法律行為の制度に限定すると いう考え方を背景にしたものである。   しかし、それでは民法644条にすでに規定されている善管注意義務 に加えて新たに民法858条を設けた意味がなくなってしまう。そこで 民法858条は、成年被後見人の意思を尊重し、身上に配慮して成年後 18 小林・大高・大門・前掲13 259頁。

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見事務を行わなければならないことを明らかにしたものであると考え られる。 ⑸ 身上監護と意思決定支援の関係   成年後見人等は、財産管理、身上監護を行う際には、本人の意思を尊 重し、身上に配慮しなければならない(民法858条)。この本人の意思を 尊重する義務の中に、意思決定支援が含まれると考えられる。これは、 本人の自己決定を支援するということだといえる。そのためには、本人 が自己決定をするための力を引き出す支援(エンパワメント)が必要で ある。具体的には、本人が意思決定をしたくなるような豊かな暮らし や、安心して生活できる環境を調整することや、自己決定することを促 すために、本人の能力にあった判断材料や説明を行うことなどである。 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドラインで は、意思決定支援には、意思形成支援、意思表明支援、意思実現支援が あるとされるが、このうちの意思形成支援と意思表明支援は、このよう な支援により実現できると考えられる。そして、このような支援をして も、自ら意思決定することが困難な場合、各ガイドラインのような具体 的な意思決定支援を行うことになる。   成年後見人等は、本人が自己決定をするために力を引き出す支援と、 本人の自己決定した内容を実現する支援をする必要がある。また、本人 が自ら意思決定することが困難な場合は、本人の立場にたって、各ガイ ドラインで示された具体的な意思決定支援に加わることになる。

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6.小 括

意思決定支援と身上監護の関係を考察してきたが、意思決定支援が、民 法858条に規定する本人の意思尊重義務及び身上配慮義務の内容を具体化 したものと考えることができれば、身上監護における具体的な職務内容に おいて、意思決定支援を行うことになると考えられる。身上監護の職務内 容として単独の事実行為が認められないなかで、どのように意思決定支援 を行うかを検討することが、今後の課題だと考えられる。 本研究は、独立行政法人科学技術振興機構 革新的イノベーション創出 プログラム 「真の社会イノベーションを実現する革新的『健やかな力』 創造拠点」(弘前大学、京都府立医科大学)における法的検討グループの 研究成果の一部である。

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