Error-Based Simulation に対する
力・加速度・速度・運動間の
関係性理解支援機能の開発
Development of an Error-Based Simulation for Understanding
Relationship to force, acceleration, velocity and movement
平本 千裕
1東本 崇仁
1堀口 知也
2平嶋 宗
3Chihiro HIRAMOTO
1, Takahito TOMOTO
1,
Tomoya HORIGUCHI
2, and Tsukasa Hirashima
3 1東京工芸大学工学部
1
Faculty of Engineering, Tokyo Polytechnic University
2神戸大学大学院海事科学研究科
2
Graduate School of Maritime Sciences, Kobe University
3広島大学大学院工学研究科
3
Graduate School of Engineering, Hiroshima University
Abstract: In this paper, we developed a system for understanding the relationship between force,
acceleration, velocity and movement. The system indicates movement based on learners’ velocity solutions, velocity based on learners’ acceleration solutions and acceleration based on learners’ force solutions. We evaluated the system by experimental use.
1.はじめに
初等理科教育における困難の1 つは,生徒が持つ 日常経験から得た誤った知識が,しばしば正しい科 学的知識の受容を妨げることである.例えば,「力」 の概念が未発達の生徒にとって,「(1)質量が異なる 2つの物体を同じ高さから同時に落とすと同時に着 地する」ことや「(2)床上で静止した物体は重力と共 に床から垂直抗力を受ける」ことを,正しい力学概 念に基づいて理解することは必ずしも容易ではな い.例(1)のように「生徒が誤った現象を予測してい る」場合,仮想または実物実験によって正しい現象 を提示して生徒の予想を覆すことは大きな学習効果 を持つ.しかし,例(2)のように「生徒が周知の現象 を正しい概念によって解釈することができない」場 合には,実験によって正しい現象を提示することは 意味をなさない. 堀口らの研究[1][2][3]によって作成された Error-based Simulation(EBS)は,「もしも生徒の(誤った) 考えが正しいと仮定すればどのような現象が生起す るか」を,生徒の解答した考えに基づいてシミュレ ートするものであり,例(2)のような場合に効果を発 揮することが期待されている.例えば,例(2)におい て,物体に働く力は重力のみであると生徒が解答し たとき,静止するための力の釣り合いが成り立た ず,物体が一定の加速度で床に沈むという現象をシ ミュレートして提示する.力学の初学者である文系 の大学生を被験者とした実験によると,このような 「不自然な現象」は学生を混乱させることなく,内 省を促進し,問題解決における達成度を大きく向上 させることが実証されている. 今井らの研究[4]では中学理科における力学を対象 としてEBS を用いた授業実践を行った.しかし, EBS を用いた学習でも成績を向上させることができ なかった学習者は見受けられた.そのような学習者 は,学習者自身が作図した力と提示された運動とを 関連付けて思考できていないのではないかと考え, 山田らの研究[5]では加速度や速度を取り入れた EBS の拡張を行った.拡張されたEBS では学習者に力, 加速度,速度を作図させ,それぞれの作図に対応し た運動が提示される.それぞれの運動を見比べるこ とで要素間の繋がりを学習者に理解させる. しかし,この研究でも,可視化している関係は力 -運動,加速度-運動,速度-運動間であり,力, 人工知能学会研究会資料 SIG-ALST-B509-14加速度,速度間はそれぞれの作図によって提示され た運動を見比べているにすぎない.実例として,等 速直線運動をしている物体の速度・加速度・力を学 習者に作図させると,速度は正しく作図できるが, 運動していることに気をとられ,加速度や力を正し く解答できていない例が見られた.本来,物体にか かる力と運動の間には物体に力が加わるとその物体 に加速度が生じる,加速度に変化が生じることによ って物体の速度に変化が生じる,速度の変化によっ て物体が運動しているというように力から加速度 を,加速度から速度を,速度から運動を,あるいは その逆の順に思考していくといった流れがある.山 田らの研究にて行われた実験では,等速運動にも関 わらず加速度が存在するといった解答や,加速度が 存在しないのにも関わらず力が働いているという解 答が見られた.これらのように,既存の研究によっ て開発されたEBS では,力が働いてから運動をする までの一連の関係性を学習者に理解させるための支 援が行えていなかったと考え,本研究では運動とそ れに関わる力,加速度,速度の思考を,一連の流れ として関連付けた学習を行うことによって運動に関 わる要素の正しい理解ができるようになることを目 的にEBS における新しいフィードバック手法の提案 を行う.また,提案手法を用いた新しいEBS 問題を 作成し,学習効果を検証するための評価実験を行 う.実験の結果と考察を述べる.
2.先行研究
本章では,学習者の作図に対応する運動を提示す るEBS について,先行研究を元に,システムの概要 を説明する. 堀口らの研究によって開発されたEBS は,学習者 の解答に対応するシミュレーション結果の不自然な 現象によって,学習者の誤りに気付かせ,問題解決 における達成度を大きく向上させるものである.こ のEBS を用いた実験では,静止しているはずの物体 が動いている,物体が床を貫通して沈んでしまう, 本来の方向と違う方向に向けて運動してしまうとい う現象に対して,学習者が解答の誤りに気付き易か った.しかし,運動の方向が正しいが,速度が間違 っているというように,学習者が解答の誤りに気付 きにくい例もみられていた.この例に対して,山田 らの開発したEBS では,学習者の解答に対応するシ ミュレーション結果と,正しい運動を比較する手法 を取り入れている.比較を用いた学習を行うことに よって,学習者の解答に対応した運動と正しい運動 の速度の違いなどを学習者が理解しやすくなるとい う効果が期待されている. 山田らの研究によって開発されたEBS の説明を, 「摩擦のある床の上で人が箱を押している」問題を 用いて行う.EBS による学習を開始すると,まず物 体の運動が現象として与えられる.学習者は等速運 動を行う箱を観測した後,箱に対して働いている 力・箱の加速度・箱の速度を解答する.解答には矢印 を用いて作図することが要求される.その後,学習 者の作図した力・加速度・速度に対応するシミュレ ーションをシステムが生成する.学習者の入力した 力・加速度・速度に誤りが無ければ正しい運動が提 示されるが,間違いがある場合には,間違いを元に した不自然な現象のシミュレーションが生成され る.シミュレーションの表示画面を図1 に示す. 図1 既存 EBS のシミュレーション表示画面 この際生成されるのは,力の作図に対応した運 動,加速度の作図に対応した運動,速度の作図に対 応した運動であり,画面左上の正しい運動と比較し た観測ができる.これにより,正しい運動を想像で きない学習者にも,解答が誤りであることに気付か せることが期待されている.しかし,既存のシステ ムでは,学習者に提示するのは運動のみであり,学 習者のほとんどは提示された運動の比較のみからし か誤りに気づくことができなかった.例えば,床の 上を等速運動する箱の力・加速度・速度を作図する 問題において,多くの学習者が速度の作図に正解 し,加速度と力の作図に謝った解答をしていた.誤 った解答を行った学習者は,加速度の作図に対応し た運動と正しい運動を比較して加速度の解答を修正 する.力の解答においても同様に,力の作図に対応 する運動と正しい運動を比較して修正を行う.この 際,正しい解答を行うことができた速度の作図につ いては,意識を向けることはなく,誤った解答を行 った要素と正しい運動の比較のみに注目した学習を 行っていた. 本研究で取り扱う問題は等速運動や加速度が存在 する運動であり,物体の速度の差など,学習者が誤 りを認識出来ない例が存在すると思われるため,山 田らの研究によって開発されたシステムを元に開発 していく.3.運動と力・加速度・速度の関係性
2 章で示した山田らの開発した EBS で行なわれて いる運動どうしの比較による学習の流れをモデル化 した図を図2 に示す.図2 既存 EBS による学習の流れ 既存EBS では,学習者が力・加速度・速度の解答 を行っても,全て運動としてシステム上に提示され る.このとき,学習者は自らが解答した要素がどの ような運動をするかという思考しか行えない.運動 とそれに関わる力・加速度・速度の間には,1.力が 働くことによって加速度が発生する.2.加速度の存 在によって速度に変化が生まれる.3.速度の変化が 運動として可視化される.という流れがあると考え る.既存EBS では,学習者が解答した力が加速度に どう影響するか,解答した加速度が速度にどう影響 するかという思考を行わせることが難しかった.こ れらの関係性を思考させることができれば,「加速度 が存在しないのに力が働いているのはおかしい」ま たは,「速度が一定なのに加速度が存在するのはおか しい」といった思考に繋がり,より運動に関わる要 素の関係性への理解が深まると考える.
4.提案手法
本章では,学習者に運動とそれに関わる力・加速 度・速度の関係性を学習させるための提案手法につ いて説明する. 図3 本研究による学習の流れ 本研究における学習の流れを図3 に示す. 3 章でも示したように,「力が働くことによって加 速度が発生する」「加速度の存在によって速度に変化 が生まれる」「速度の変化が運動として可視化され る」といった流れを学習者に理解させることを目的 とする.EBS による学習は,山田らの研究によって 開発されたEBS を参考に,タブレットを用いて行 う. 最初の問題では,既存EBS と同じく,最初に正し い運動を提示し,学習者に速度を作図させる.作図 の結果を速度の解答に対応した運動としてシミュレ ートし,正解の場合は正しい運動と同じ運動を,不 正解の場合は正しい運動と違う動きをする運動を提 示する.学習者は,正しい運動とシミュレート結果 として提示される運動を比較することで誤りに気付 き,解答を修正する.この問題では,速度の変化が 運動として可視化されるという点を理解させること を狙う.正解時に次の問題へと移行する選択肢が現 れる.次の問題では,学習者が一つ前の問題で作図 した正しい速度を提示し,その速度のときの加速度 を解答させる.システムは加速度の作図に対応した 速度をシミュレーション結果として提示し,学習者 は正しい速度と作図に対応した速度を比較すること で,誤りに気付き,解答を修正する.この問題で は,加速度の存在によって速度が変化するという関 係を理解することをねらう.正しい加速度を作図出 来た時点で次の問題に移る.最後に,加速度を提示 して力を解答する問題に移る.この問題でも前問で 学習者が解答した正しい加速度が提示されており, 学習者はその加速度が存在するときに,物体にどの ような力が働いているかを作図する.学習者が力を 作図すると,システムは力の作図に対応した加速度 をシミュレーション結果として提示する.学習者は 正しい加速度と作図に対応した加速度を比較するこ とで,誤りに気付き,解答を修正する.この問題に より,物体に力が働くことで加速度が発生するとい う関係を理解させることを狙う.以上の手法によっ て運動・速度・加速度・力と順を追って学習させ る.5.システム開発
本章では,4 章で述べた手法を取り入れて開発を 行ったEBS について説明する.本研究では山田らの開発したEBS を参考に,Android Studio を用いてシ
ステムの開発を行った. 問題の状況として,摩擦のない床の上で箱が「1. 等速直線運動をしている」「2.しだいに加速する等加 速度運動をしている」「3.しだいに減速する等加速度 運動をしている」という3 パターンを用意した. 開発したシステム画面の一部が図4,図 5,図 6, 図7 である.本章では,摩擦のない床の上で箱がし
だいに加速する等加速度運動をしている状況の問題 を例に,システムの説明を行う. 最初にシステム が画面左から右へと運動している箱を提示する画面 が表示される.一定時間が経過すると自動的に図4 の解答画面へと移行する. 図4 解答画面 この画面で学習者は運動をしている物体の速度を 矢印を用いて解答する.画面右下の「矢印の作成」 ボタンを押すと,作図に必要な矢印の大きさと向き を選択することができる画面が出てくる.作成した い矢印の大きさと向きを選択し,作成ボタンを押す と,選択に応じた矢印が作成される.学習者は作成 された矢印を箱の中心にあるポイントまで運ぶこと で,箱の速度として作図を行うことができる.解答 終了後は画面左下の「診断する」ボタンを押すこと で,図5 のシミュレート画面へと移行する. 図5 シミュレート画面 シミュレート画面では画面上側に正しい速度で運 動する箱が提示され,下側には学習者の解答した速 度に対応した運動をする箱が提示される.この画面 で運動同士を見比べることで,作図した速度と運動 の関係性を学習する.速度の作図が誤りであれば, 運動のシミュレーションを見直すか解答画面へ戻る かを選択することができ,正解であれば加速度を解 答する問題の解答画面へと進む選択肢が現れる. 加速度を解答する問題の解答画面を図6 に示す. 図6 加速度を解答する問題の解答画面 この解答画面では,画面の上側に前の問題で解答 した速度を表す矢印が記入された箱が提示されてい る.学習者は,速度の矢印に対応した加速度の矢印 を作図する.加速度を表す矢印の作図方法は,前の 問題で速度を表す矢印を作図したときと同じ方法と なっている.加速度を表す矢印を解答し終えた場合 のシミュレート画面を図7 に示す. 図7 加速度を解答する問題のシミュレート画面 シミュレート画面の上側には,正しい速度を示す 矢印が記入された箱が提示され,下側には学習者が 解答した加速度に対応した速度を示す矢印が記入さ れた箱が提示される.学習者が正しい解答をしてい れば,解答に対応した速度を示す矢印は,上側の正 しい速度を表す矢印と同じ大きさになり,間違った 解答をしていれば速度を示す矢印は上側とは異なる 大きさで提示される.学習者は,速度を表す矢印を 比較することで,作図した加速度と速度の関係性を 学習する.学習者が正しい加速度を解答できた場合 は,加速度が提示され,力を解答する問題へと移行 する.加速度に対応した力を解答させる問題は,速 度に対応した加速度を解答させる問題と同じような 流れで行う.画面上側に正しい加速度を表す矢印が 記入された箱が提示され,学習者は力を表す矢印を 作図する.シミュレート画面では,正しい加速度を 表す矢印が記入された箱と,力の作図に対応した加 速度を表す矢印が記入された箱が提示される.図8 に学習者が誤った解答を行った場合のシミュレート 画面を示す.
図8 誤った解答をした場合のシミュレート画面 学習者による力を表す矢印の作図に対応した加速 度を表す矢印は,矢印の大きさに加えて,向きが変 化することもある.これらの加速度を表す矢印の比 較によって,学習者は作図した力と加速度の関係を 学習する.ここまでの流れで,当初の目的であっ た,運動から速度,速度から加速度,加速度から速 度という流れでの学習を行っているが,本研究で扱 うシステムには,追加問題として既存EBS から,提 示された運動から加速度を解答する問題,提示され た運動から力を解答する問題を取り入れ,新規に, 提示された速度から力を解答する問題を追加した. これらの,全6 問構成によって,従来の研究にて扱 っていた問題と本研究で新しく追加した問題の両方 を学習させる.
5.評価実験
本研究で開発したシステムが学習者の運動とそれ に関わる要素の関係性理解にどれだけ貢献できるか 評価するため,以下のような方法で実験を行った.5.1 目的
本システムを用いた学習によって運動とそれに関 わる力・加速度・速度の関係性を学習者が理解する ことへの有効性・妥当性を検証する.実験の評価 は,本システムで学習効果が観測されるか,本シス テムによるシミュレーションを学習者が肯定的に評 価するかの2 点にて行う.5.2 方法
実験対象は物理の授業を受講した経験のある理系 大学生14 名とする. 実験手順としては,実験の流れを説明後に,シス テムを一度も触れていない状態で事前テスト(7 分 30 秒)に解答.その後システムを使用した学習(25 分)を行い,事後テスト(8 分 30 秒)に解答.実験 終了後にアンケートに解答.14 名の被験者は,本研 究で開発したシステムで学習を行う実験群7 名と, 山田らの研究で開発されたシステムで学習を行う統 制群7 名にわけた.5.3 テスト課題
事前テストは,物体の加速度が提示されていると きの力を作図する大問1 で小問 2 問,物体の速度が 提示されているときの加速度と力を作図する大問2 で小問6 問,物体の運動が提示されているときの速 度と加速度と力を作図する大問3 で小問 9 問の全 17 問で行った.事後テストは事前テストの全問題に加 えて,転移課題として,大問1 に小問を 3 問追加, 大問2 に小問を 2 問追加,大問 3 に小問を 3 問追加 した全25 問構成で行った. 事前と事後のテスト結果とアンケートをもとに, 本システムを評価する.5.4 実験結果
5.4.1 テスト結果
表1 事前事後テスト共通問題平均正答率結果 実験群 統制群 事前テスト 36.1% 37.0% 事後テスト 65.5% 47.9% 差分 29.4% 10.9% 本システムで学習効果が観測されるかについて評 価するために,事前テストと事後テストの共通問題 のテスト結果を表1 に示す.実験群の平均正答率は 事前テストが36.1%,事後テストは 65.5%であっ た.統制群の平均正答率は事前テストが37.0%,事 後テストは47.9%であった.また,テスト結果の有 意差を求めるために,ANOVA4 を用いた分散分析を 行った.分散分析の結果を表2 に,単純主効果の検 定結果を表3 に示す. 表2 分散分析結果 表3 単純主効果の検定結果表3 内の A は被験者間要因(実験群と統制群)を,B は被験者内要因(事前テストと事後テスト)を表し, a1 は実験群,a2 は統制群,b1 は事前テスト,b2 は 事後テストを表す. 分散分析の結果からは,事前テストと事後テスト の間で有意差が見られ,システムを利用した学習に よる学習効果が得られたといえる.また,単純主効 果の検定結果からは,実験群の事前,事後テスト間 には有意差が見られるのに対し,統制群の事前,事 後テスト間では有意差が見られないという結果が得 られた.以上のことから,本研究で開発したEBS は,運動とそれに関わる力・加速度・速度を取り扱 った問題における理解の向上に効果があると実証で きた.また,事後テストに追加した転移課題の平均 正答率は実験群が58.9%,統制群が 53.6%であり, 多少ではあるが,実験群は統制群よりも高い結果が 得られた.以上の結果から,本システムを用いた学 習によって,運動と力・加速度・速度の関係性を理 解できるようになる可能性が示唆されたといえる.