高齢者安全運転支援相談員(仮称)
創設のための基礎研究(2年度)
― 平成 26 年度(本報告)
ISSN 2185-8950
研究実施メンバー
研究代表者
特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会
事務局長
平塚雅之
研究協力者
特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会
理事長
岩越和紀
特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会
事務局次長
中村拓司
報告書概要
昨年度,タカタ財団の助成を得たことにより本格的に着手可能となった本研究は,認知 症等の高齢者の運転継続可否を,客観的・合理的に判断するシステムとその運用に係る人 的資源育成の研究を,より実践的なものとして行うものである. 当研究会では教習所等での認知症及びその予防法についての知識普及と,運転現場と認 知症に関わる医療福祉現場との橋渡しに資するため,日本認知症予防学会認定の「認知症 予防専門士」の資格を獲得(理事1名,事務局員 4 名,会員 2 名).高齢運転者と認知症問 題への対応力強化を図った. また,初年度研究の社会的成果として,国土交通省による「自動車事故対策費補助事業」 のうち,「安全運転推進事業」の一環として 「認知症検査を活用した高齢ドライバー向け 安全運転講習の実施」が補助対象として採用された.この事業については平成27年度も 引きつづき全国の自動車教習所に対して門戸を開き続けるものとされ,本研究の成果が社 会的結実をもたらしたものと考える. 今年1月7日の首都高速道路5号線における高齢運転者の逆走死亡事故は,その直後の 警察庁による高齢者講習の講習予備検査に係る,道路交通法改正試案発表と相俟って,認 知症の人の運転問題をクローズアップさせることとなり,我々が取り組む本研究の重要性 の再認識にもつながることとなった.中でもいわゆる団塊世代が高齢化を迎えたことによ り,我が国モータリゼーションの申し子とも言うべきこの世代の抱える運転の問題は,今 後しばらく継続することは明らかであるとともに,さらに10年後の2025年にはこの 世代が講習予備検査対象年代に移行することが,さらに大きな問題をはらむことを示唆し ている.一つには運転免許保有者数の全体的なボリュームであり,もう一つは男女比の伯 仲による高齢女性ドライバーの増加である.医学的にアルツハイマー型認知症の罹患率は 女性が男性に比して1.5~2(研究者によっては2~3)倍以上も高いとされており, 今後認知症女性ドライバーによる交通事故増加懸念が示唆される. 医療・福祉関係者や行政担当者,マスメディア等からの「高齢者に運転を諦めてもらう 方策はないか」との問い合わせが激増する中,「高齢者の運転継続可否を,客観的・合理的 に判断するシステムとその運用に係る人的資源育成」は喫緊の課題であり,その解決策の 中心的役割としての必要性を改めて痛感している. このような自動車交通環境を背景に,運転の現場における軽度認知障害の早期発見と認 知症への移行を防ぎ,高齢者の交通事故の防止と生涯にわたる運転の担保を企図するため, 「運転時認知障害」の概念を構築,予防法とともに普及を目指していくこととした. 認知症と運転の問題に関する社会的啓発事業を今後も継続的に実施することにより,高 齢者の認知症起因の交通事故防止に寄与することが,本研究の本義と考える.目 次
高齢者安全運転支援相談員(仮称)創設のための基礎研究(2 年度) 第1章 はじめに 1.1 研究の背景と目的 1.2 研究の特徴 第2章 自動車教習所における認知症予防事業 2.1 自動車教習所との連携 2.2 国土交通省「自動車事故対策費補助事業」への採択 2.2.1 事業の目的と必要性 2.2.2 事業の内容 2.2.3 事業の対象者 2.2.4 事業の新規性・独自性 2.2.5 成果及び効果について 2.2.6 都南自動車教習所(神奈川県座間市)における当該事業実施結果 2.2.7 八尾自動車教習所(大阪府八尾市)における当該事業実施結果 第3章 「運転時認知障害」の早期発見と予防 3.1 運転現場における軽度認知障害早期発見の必要性 3.2 「運転時」の軽度認知障害とは・・・「運転時認知障害」の概念 3.3 運転時認知障害の定義(一部) 3.4 運転時認知障害の事例(一部) 3.5 「運転時認知障害」早期発見システムの構築 3.6 自動車教習所における「運転時認知障害」予防の実践 3.7 運転時認知障害予防トレーニングの具体案 3.7.1 マニュアルミッション車の運転 3.7.2 運転時認知障害予防エクササイズ 3.7.3 物忘れ相談プログラムへの予防プログラム実装 3.7.4 自動車教習所における認知症予防カフェ 第 4 章 情報提供と必要性・有効性の啓発 4.1 各種講演会における高齢運転者問題に関する講演 4.2 日本認知症予防学会における研究発表 4.3 マスコミ報道対応 4.4 イベントを通じた啓発活動 4.5第5章 今年度研究のまとめと今後の課題 5.1 研究のまとめと今後の課題 付 録 付録1 都南自動車教習所における国交省補助金事業 付録2 各種講演会における講演 付録3 第4 回日本認知症予防学会学術集会における研究発表 付録4 マスコミ報道対応 付録5 道路交通法改正試案のパブリックコメント募集に対する意見書 付録6 平成27 年 1 月 7 日の首都高 5 号線逆走死亡事故関連資料 付録7 JAFMATE 社 運転と高齢化についてのアンケート結果(抜粋) 付録8 講演時MSP 実施結果
第1章 はじめに
1.1 研究の背景と目的
一昨年6 月厚生労働省の研究班により,国内の認知症罹患者はこれまでの約 300 万人を大き く上回り,462 万人に上ることが発表された.
その予備群(敢えて「群」)である軽度認知障害(MCI=Mild Cognitive Impairment)の高 齢者は約400 万人と発表されているが,当研究会の理事であり,本研究にも携わる認知症専門 医浦上克哉鳥取大学医学部教授は,「462 万人が氷山の海面から上の部分だとすると,海面下が それより小さいはずはなく,臨床の経験から感覚的にはおよそその2~3 倍の 800~1200 万人, 認知症患者と合わせると1200 万以上となると考えるのが常識的」と言っている. 本研究の昨年度分調査によると,我が国の道路上の実に20 台に 1 台が認知症もしくは軽度 認知障害の人が運転していることが試算された. これらのことを考えれば,高速道路逆走事故などの高齢者の事故が目立つのは必然と言え, さらに団塊世代の高齢化でこの傾向にはさらに拍車がかかるものと考えられる. 昨年度研究でも触れたが,いわゆる団塊世代の高齢化に伴い高齢免許保有者数の絶対的な増 加と,それに伴う女性の免許保有者数の増加が一世代前に比し桁違いになることは,新たな社 会問題の火種になりかねない.巷間言われる「2025 年問題」には先にも触れたように「アルツ ハイマー型認知症高齢女性運転者の増加」も内包されていると言える. 65 歳以上の7人に1人が認知症と言われる現在,世間の耳目が認知症に集まり,予防したい と考える人たちの間で今後軽度認知障害(MCI)の早期診断機会が増えると思われ,これま で顕在化していなかった認知症予備群の大幅な増加も見込まれる. そのような中,認知症患者は2025 年には約 700 万人,高齢者の 5 人に 1 人に上るとの推計 がなされ,国家戦略として認知症対策を全省庁横断で行うことが決まった. 同時に認知症高齢者による道路逆走を初めとする交通事故に関する報道が増えたこと,また 実際に認知症罹患者と接する機会が増えたことなどで,認知症運転者に対し単純に運転中止を 望む段階から,認知症の状況に従ってより精緻な対応,アフターフォローのあり方を求める段 階に移行しつつあると考えられる.なかでも,自動車の運転においてはその病態によっては他 者にも危害を与える危険性が高いため,特に重要な課題となっている. 平成27 年 3 月 10 日には,75 歳以上の高齢ドライバーを対象とする「講習予備検査(実質 的認知症スクリーニング検査)」を改正する道路交通法改正案が閣議決定された.この後国会で 議論されることになるが,いくつかの問題点を解消できないままの改正となりそうである. 現行制度では検査は3年に1度の免許更新時のみで,この3 年の間に認知機能が低下(認知 症が進行)しても免許制度上は全く把握できない.「第 1 分類」に区分され,認知症が疑われ る結果でも,違反や事故を起こさない限り専門医受診の必要はなく,運転継続可能となってい る. 改正案では,免許更新時に「認知症の恐れがある」と判定された人に医師の診断を義務づけ, 認知症と診断されたり,診断書を提出しなかったりすれば,免許取り消しや停止の対象となる
ことに加え,認知機能が低下した人に多く見られるような違反をした際も,更新時と同じ臨時 予備検査を実施することになる.「第 1 分類」で認知症の恐れありと判定されれば,違反の有 無にかかわらず,診断書の提出を義務づけ更新時と同様の措置をとることになる.また,臨時 検査の結果が前回より悪い場合には,臨時の高齢者講習を行うことも課している. 問題と考えられる点は,改正試案が公表された際のパブリックコメントに対する「日本精神 神経学会」の意見(付録1.1)にもある, 1.「認知症と危険な運転との因果関係は明らかでない」 2.「認知症の診断は短期記憶の障害を重視するが,記憶障害自体が運転への影響は小さい」 3.「認知症の診断をする専門的な医師が確保できない」 4.「かかりつけ医の診断の場合本人の意志と異なる診断で,医療中断を招く恐れがある」 5.「診断の際の費用が保険適用にならず,本人負担が大きすぎる」 6.「運転免許を失った後の生活への影響が大きすぎる」 などに加え, 7.「臨時検査の結果が前回より悪い場合には,臨時の高齢者講習を行う」 ことも挙げられる. 臨時検査の結果が悪いと言うことは,すなわち認知症症状が進んでいることとほぼ同義であ り,そのような状態で高齢者講習を行っても「新しいことが記憶できない」ことを中核症状と する認知症の人に,その効果が及ぶとは考えにくい.むしろ余計な緊張を強いることにもつな がり,本人への負担が増すばかりではないだろうか. このように若干の問題があるとは言え,道路交通法も高齢運転者の急増という現状に即した 運用にシフトしようとする現実は,今後も我が国の道路交通に大きな重しとして存在し続ける ことには間違いがない. 年を追う毎に認知症は身近な存在となっている.そしてその予防法も人口に膾炙するよ うになってきた.ただ,予防においては認知症の初期段階の「物忘れ」が病的なものか, 一般的なものかを自覚をすることが今や何より重要なこととなっている. 物忘れが自覚的に多くなる認知症の初期段階は「軽度認知障害(MCI)」=「認知症予 備群」とされ,そのまま放置すると翌年には 12%,3~4 年後には約半数の人が認知症にな ると言われている.このMCIの時点で積極的な介入(予防対策)を行うことで,認知症 への移行を防いだり,進行を遅らせたりすることができると言うのがすでに一般常識とな りつつある. そのように社会の認知症に対する認識が進んだ状況を背景として,認知症予備群を早期 発見できる場所として,自動車教習所などとの連携による,主に 60 歳以上を対象とした安 全運転講習会などで物忘れの度合いをチェックし,運転能力の客観的な評価や認知症予防 のためのトレーニング等を行うことが有効であると考える.そして,運転者に認知症の前 兆の有無や,予防による運転継続の可能性を理解いただくとともに,より客観的に高齢者 の運転継続の可否を判断・相談できる仕組みと人員育成の仕組みの構築は今後超高齢社会 を迎える我が国の社会的課題であると言える. 当研究の目指すべき成果はむしろ「これまで」打開できなかった問題の解決というより「こ
れから」起こるであろう破滅的問題の解決へ向けた取り組みであると考える. 1.2 研究の特徴 関係機関の調べによると,高速道路逆走事故の約6 割が高齢ドライバーとなっている.当研 究会の調査でも,「道路上を進行方向と逆向きに走る『逆走車』を見たことがあるか」,との質 問に「何度もある」が9%,「1~2度ある」が35%,計44%の回答者が「逆走車」に遭遇 している.すべてが高齢運転者ではないが「認知症」に起因する「逆走」も多いと思われる. さらに今後はアルツハイマー型認知症の女性ドライバーの急増も懸念され,現実に事故も起 き始めている.自動運転の車両の開発など車の技術の進展で事故削減を目指す動きもあるが, 今まさに増加一方の高齢者の交通事故を減らすことこそ,交通事故死者数を減らす近道と考え られる.そのような中,各研究機関が高齢者の運転問題にスポットを当てた研究を進めている が,実験や調査にあたっては認知機能の衰えた被験者を危険性の排除等種々の観点で,検査対 象から除外しているのが実情である.そのような中,認知機能の衰えた人も含め,高齢者その ものに焦点を当てる本研究と,さらなる認知機能の衰えを防止するための仕組み作りなどの実 践は,当面の「交通事故死傷者0を目指す」ことに大きく寄与するものと考えられる. 認知症およびMCIのドライバーに対して,免許返納の助言(いつ/誰が/どういう基準に基づ いて),安全運転教育などの仕組みの検討/整備を急ぐ必要がある.また,特に地方部在住の高 齢者の生活の足としての車の運転を確保するために,認知症予防と運転技能保持のトレーニン グ手法を開発することも必要となっていることは,昨年度の研究から折りに触れて表明してい る.昨年度の研究から,免許証の返納については,「適正な理由があればやむなし」の社会的理 解は得られつつあると分析され,「適正な理由」としては,「自身が危険を感じること」が最も 説得力があり,次に身近な人や医療関係者による助言が有効となっている. 規則や公的機関による強制には納得できる人が少ないことから,自身の運転能力を客観的に 分析でき,かつ的確で納得の行く助言ができるシステム構築と運用者の育成が必要であり,そ の仕組みの構築こそ本研究の大きな目的である. 昨年度の方法に加え,浦上が理事長を務める日本認知症予防学会との連携や,一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会(全指連)との連携により,高齢運転者に対峙する教習所 職員や行政担当者の認知症に関するスキルアップを図ることを可能とし,真に実践的な高齢者 の安全運転問題への取り組みが実施できる.具体的には高齢運転者支援士(補)の資格要件に 認知症予防専門士に準じる知識獲得を加えることで,認知症高齢者の運転継続可否を的確に判 断するシステムの運用が可能となると考える. また,これまで通り自動車教習所における現状の実態調査をはじめ,本研究の根幹部分の基 礎研究と,実証実験もこれら運転現場の最前線である自動車教習所で継続的に実施できること は,目標達成に向け大きな推進力となる. 以下今年度目標とした研究内容を記す. 認知症等の高齢者の運転継続可否を,客観的・合理的に判断するシステムとその運用に携わる 人的資源育成の研究 (1)高齢者安全運転相談員(仮称)の育成システム構築(平成26 年度中)
・認知症予防に携わることのできる知識と資格の付与(日本認知症予防学会の認定資格 「認知症予防専門士」の自動車運転現場への特化版) ・全指連の提唱する「高齢運転者支援士(補)」との発展的融合 (2)認知症予防と運転技能保持のためのトレーニング手法構築と啓発(平成26 年度~) ・認知症のみならず高齢化に伴うロコモティブシンドローム予防を含めた,運転に有効な フィジカルトレーニングの開発と検証 ・MCIから認知症への進行を抑止(認知症予防)し,運転機能を保持するための メンタル(脳機能的)トレーニングの開発と検証 ・上記トレーニング手法の周知と啓発(機会を捉えた実施と啓発ツールの作成,配布, マスコミへのリリース発信等) (3教習所等における認知症早期発見の場づくりと,医療機関や福祉行政との連携による認知 症早期手当の機会創設 ・高齢者安全運転相談員(仮称)または高齢運転者支援士(補)による高齢者への運転継 続可否や留意点の助言実施 ・高齢者対象安全運転教室等を通じた講習予備検査実施対象以前の高齢者向け認知症早期 発見必要性の啓発活動 (4)地域行政等との連携による認知症早期発見・早期手当の機会創設と免許返納後の セーフティーネット構築 ・行政主催の高齢者安全運転教室等を通じ認知症早期発見・早期手当必要性啓発 ・高齢者の運転技能保持のためのフィジカルおよびメンタル両面からのトレーニング実施 ・高齢者の生活の足確保につながる手法の開発と提案ならびに,高齢者の運転に対する的 確な助言の実施
第2章 自動車教習所における認知症予防事業
2.1 自動車教習所との連携 タイトルにもあるように,本研究の最大の目的は「高齢者安全運転相談員(仮称)」の 仕組みを創出し,高齢者が安全に運転可能かを判断,運転継続の可否を助言できるように して高齢者が第 1 当事者となる交通事故を抑止することにある.また,免許更新時 75 歳以 上に課せられた「講習予備検査」に依拠し,同検査が目的とする認知症免許保有者の発見 にとどまらず,認知症に至る兆候を早期に発見し,認知症への移行を未然に防ぐことも大 きな命題として捉えている. そのような背景から,本研究会事務局から 4 名,理事 1 名が日本認知症予防学会により 認定される「認知症予防専門士」の資格を獲得し,研究に参画する自動車教習所を皮切り に,主に高齢者講習に携わる指導教官向けの認知症と予防に関する知識の普及をボトムア ップ的に取り組むこととした. 自動車教習所における認知症と予防に関する知識の普及のための講義は以下の概要とな っている. ・高速道路における高齢者の逆走実態 ・いわゆる団塊世代の高齢化に伴う認知症高齢者の急増懸念 ・女性高齢運転免許保有者の増加とアルツハイマー型への罹患懸念 ・認知症の種類と特徴など基礎的な知識 ・軽度認知症障害の基礎的な知識(放置により大半が認知症へ移行) ・軽度認知障害の早期発見こそが認知症予防の最大の機会 ・運転時に出現しやすい軽度認知障害の状態 ・発見ツールとしての「物忘れ相談プログラム」の仕組みと利用法 ・高齢者向け安全運転教室における軽度認知障害発見の方法論 ・見いだした軽度認知障害(明らかな認知症含む)の方への対応 ・認知症への移行を予防するための手法(予防方法) また,この取り組みについては全指連との連携により,全国の指定自動車教習所への普 及を行うべく同連合会との連携を図っている.特に昨年の研究でも報告したように,全指 連がすでに構築している高齢運転者への接遇向上を主目的とする「高齢運転者支援士」に 「認知症予防専門士」の資格を加えることにより,高齢者の自動車運転問題に網羅的に対 処できるスキルが得られることになる.現在のところ全指連の協力を得て,次項に述べる 取り組みが始まったところである. 日本認知症予防学会に対しても自動車教習所教習員を対象として,簡便に認知症とその 予防法の知識を得られるように,通信教育や出張講義などの必要性を訴え,実現を図りつ つある.さらに当研究会では,この取り組みを加速させる目的で,画期的なシステムの構築に着 手した.詳細は後ほど述べるが,車の運転時の認知機能に関わる問題を見いだす方策を, さらに簡便でIT時代に即したシステムとして,認知症研究の第一人者でもある浦上と当 研究会の諸井恵(理事),平塚雅之,中村拓司,並木靖幸,平塚喜之らの認知症予防専門 士で共同開発を開始,今年度中にリリース,高齢運転者の運転現場における軽度認知障害 の早期発見につなげることを企図する.このシステムの社会的普及により,高齢者に関わ らず運転時の認知機能の問題の有無が判断可能となり,認知症起因の交通事故防止のポー タルとしての礎になるものと期待する. 2.2 国土交通省「自動車事故対策費補助事業」への採択 現在,実社会で運転する人たちを対象とする認知機能検査は,高齢者講習の「講習予備 検査」のみとなっている.しかし運転免許更新時に満 75 才以上の人にしか行われておらず, 75 歳未満の運転者の認知機能は全くの未知数であるとともに,現実に講習予備検査を受け る前の年齢で認知症起因の事故も多発している. 我々と共同研究を行う自動車教習所以外にもこの問題を真摯に捉え,独自に高齢者の認 知症起因の交通事故防止に取り組もうとする意欲を持つ箇所も存在する.そこで全指連を 通じて本研究の意義を関係方面へ説いたところ,国土交通省の自動車局保障制度参事官室 の理解を得ることとなり,以下の補助事業が日の目を見ることとなった. 具体的には「自動車の安全運転に関する講習の普及・推進を図るため,これらの講習を 行う者に対して,その実施に係る経費の一部を補助する事業(自動車事故対策費補助事業)」 で,「高齢ドライバーに対して『物忘れ相談プログラム』を用いた認知症検査を実施し,検 査効果に留意した運転実技指導及び認知症予防講座を行う講習」として各教習所が行う事 業費の半額が補助されることとなった. 今年度はこの事業募集に呼応して,神奈川県の都南自動車教習所,大阪府の八尾自動車 教習所の 2 校が申請,採用された.交通安全に資する事業として本研究会が唱導する「物 忘れ相談プログラム」を活用した高齢者向けの交通安全講習会を開催し,中でも軽度認知 障害(MCI)の早期発見による認知症予防の重要性についての理解促進を図る事業とな っている. 来年度も同様に補助事業が実施されると予想され,すでに複数の自動車教習が申請の意 志を表明している.また,講習予備検査関連の道路交通法改正による高齢運転者への対処 が厳しくなることからも,第 1 分類になる受検者をできるだけ減らすことに注力しなけれ ばならない.このため全指連も全面的なバックを行う意向である.特に高齢運転者支援士 と認知症予防専門士の融合についても,今後協議を重ねていきたい.
なお,国土交通省による補助額については,上記2 教習所に対して機器購入費や事業実 施に係る人経費の半額を助成するものであるが,タカタ財団の助成金については当研究会 の本研究に携わる研究員の研究関連費のみに充当しており,国土交通省からの補助金と混 同して使用していないことをここに明言させていただく. 2.2.1 事業の目的と必要性 平成 25 年 6 月厚労省研究班により,国内の認知症罹患者はこれまでの約 300 万人を大 きく上回り,462 万人に上ることが発表されたことは先にも記した.同時に認知症高齢者 による道路逆走を初めとする交通事故の報道が増えたことなどで,認知症運転者に対し単 純に運転中止を望む段階から,認知症の状況に従ってより精緻な対応,アフターフォロー のあり方を求める段階に移行しつつあると考えられる. 65 歳以上の7人に1人が認知症と言われる中,さらに今後MCIの早期診断が確立され ると,さらに大幅な認知症予備群の増加が見込まれる. 図:2.2 平成 26 年度自動車事故対策費補助金(安全運転推進事業)募集ホームページ
のさまざまな分野において,認知症患者をどう迎え入れるかが課題になる. なかでも,自動車の運転においてはその病態によっては他者にも危害を与える危険性が 高いため,特に重要な課題となっている.現在,運転免許の管理上でも免許更新時75歳 以上に課せられた「講習予備検査」が認知力や判断力のスクリーニング検査として位置づ けられている. しかし,そこで見出された明らかに認知症症状を呈する受検者に対しても,所定の手続 きを踏まえることで免許更新が認められている.この検査により免許取り消しにつながる 更新希望者はごくわずかであることから,今後「講習予備検査」を経て免許更新に至った 高齢者による認知症起因の交通事故が発生した場合,講習予備検査実施機関である自動車 教習所の責任が社会問題化する恐れがある. また,日本認知症予防学会等認知症研究機関の見解や報道などでは,MCI時点での早 期発見による認知症への移行予防の現実性が言われ始めた.高齢者の認知症に起因する交 通事故や認知症が早期発見により予防可能な病気であることが社会的関心事となった現在, 自動車教習所がこの問題を座視することは社会的責任の放棄と言わざるをえない. このことから,認知症が疑われる,特にMCIのドライバーに対して,安全運転教育を 行うとともに,免許返納についての助言の仕組みの検討や整備を急ぐ必要があるうえ,特 に地方部在住の高齢者の生活の足として車の運転を確保するために,認知症予防と運転技 能保持のトレーニング手法を開発することも必要となっている. 2.2.2 事業の内容 講習予備検査対象年齢以前の高齢者を含む,主に60歳以上の方を対象とした安全運転 講習会を開催し,「物忘れ相談プログラム(MSP1100)」を使用して「物忘れ」の度 合いを測定する. 健常な方と認知症やMCIの疑いがある方を峻別し,後者に認知症の移行防止に役立つ プログラムを複数回実施.中でもMSP1100の結果が悪い方には専門機関への相談・ 受診を促すことも考慮. 実施プログラムの具体的内容は,交通規範の再確認や教習所内における運転実技の確認 に加え,自動車の運転を通じた認知症予防に役立つプログラムとし,認知症起因の交通事 故を未然に防ぐための手法開発につながるためのものとする. さらに高齢者講習の講習予備検査受検者を対象にMSP1100を任意で受検いただき, 講習予備検査との整合性や差異についての検証も行う. 2.2.3 事業の対象者 主に60歳以上の運転免許保有者を対象とする.特に団塊の世代が高齢者の仲間入りし, 女性の免許保有者が飛躍的に増えることで,アルツハイマー型認知症の高齢女性運転者の 増加が懸念される(医学的見解では女性のアルツハイマー型認知症罹患率は男性の 1.5~2 倍とされる).このことから,女性高齢運転者の参加も促す.
さらに講習予備検査対象者にも任意でMSP1100を受検いただく. 2.2.4 事業の新規性・独自性 昨今マスコミ報道などで取り上げられ始めたMCIは,認知症の前駆的状態としてその名 称とともに,その段階で予防的措置を講じることが認知症予防にもっとも重要な対応とし て社会的話題となることが予想される.MCIを放置すると1年以内に約12%以上,3 ~4 年後には約半数の人が認知症に移行すると言われている(浦上克哉著「60 代から始め る認知症予防」). MSP1100を活用し,そのMCI早期発見機会を創出し,予防的措置を講ずることで 運転の現場における認知症起因の交通事故削減に大きく寄与するものと考える. さらにこの仕組みが全国教習所に採用されたり,システムが車両に搭載されたりすれば, 運転者個人がそれぞれに自己の認知機能状態を確認することができるようになる. 当研究会会員のJAFメイト社の調査(e-jaf mate におけるインターネットアンケート 調査「認知庁と運転について」:2013 年 8 月実施:有効回答数 750)によると,「自分の運 転が危ないと感じたら(44%)」「身体的に運転ができなくなったら(21%)」と回答が あった,免許返納時期の意思決定に際しての大きなきっかけとなる可能性が大きい.認知 機能の確認(認知症スクリーニング)手法と機会,場所が普及以前の状況で決定的に不足 している現状では,自動車教習所が取り組みを始める事業としてまさに新規性を標榜でき るものである. さらに,本事業の推進に当たっては日本認知症予防学会の協力を得られることからも,独 自性に富む取り組みと考えられる. 2.2.5 成果及び効果について 関係機関(警察庁等)の調べによると,高速道路逆走事故の約 6 割が高齢ドライバーと なっている. 先述のJAFメイト社の調査でも,「道路上を進行方向と逆向きに走る『逆走車』を見た ことがあるか」,との質問に「何度もある」が9%,「1~2度ある」が35%,計44% の回答者が「逆走車」に遭遇している. すべてが高齢運転者ではないにしても「認知症」に起因する「逆走」も多いと思われ, 本事業の将来的な成果として道路逆走による重大事故削減効果は大きいと思われる. さらに今後団塊世代の高齢女性ドライバーが当事者となる事故の急激な増加が懸念され, 現実に事故も起き始めている. 自動運転車両の開発など技術の進展による事故削減も大いに期待されるところではある が,今まさに増加一方の認知症高齢者の交通事故を減らすためには,ヒューマンファクタ ーへの介入が必要である. 認知症高齢者の交通事故は加害者,被害者双方ともに今後発生リスクが高くなると考え られ,認知症運転者が認知症歩行者を傷害するいわゆる「認々事故」の増加も懸念される.
そのような環境下,高齢免許保有者が1400 万人(平成 24 年)を超え,国内の路上の車 のうち約5%つまり 20 台に 1 台が,認知症あるいはMCIの人が運転(JAFメイト社 アンケート結果からの試算)していると言う現実に対し,認知症起因の交通事故削減に根 源的効果を及ぼす事業であると考える. 2.2.6 都南自動車教習所(神奈川県座間市)における当該事業実施結果 講習名 物忘れ相談プログラム(MSP)を用いた安全運転講習 実施時期 平成26年 7月 ~ 平成27年 1月まで 実施場所 神奈川安全運転研修センター(都南自動車教習所内) 受講人数 30名 講習成果・効果について 現在までの受講人数による物忘れ相談プログラム講習では,認知症の疑いがある方でも, すぐに運転にも悪影響が出るといった相関関係は,立証することは出来なかったが,認知 症予防講座などを通じて,認知症に対する理解を深めていただき,受講者自身が早期に認 知症予防に取り組んでいただくことで,交通事故抑制に繋がる効果が期待できる. 現行の高齢者講習では,75歳未満の方には講習予備検査(認知機能検査)がなく,7 5歳以上の方に講習予備検査を実施しているが,その結果の内容により病院受診の案内や, 運転継続の可否を判断するようなことはない(してはならない).高齢者講習は免許更新 毎の3年ごとに実施しているが,その期間に認知症の進行が進み,病感が薄れてしまい, さらに病識を認識できなくなってしまう恐れも懸念される. 物忘れ相談プログラム(MSP)の年齢別の結果(図:付録 1.1 参照)のとおり,75歳未 満の方でも,認知症の疑いがあるという結果があり,また受講者のアンケート(付録1参 照)によると,運転をいつまで続けますか?という問いに,73パーセントが「自分が危 険を感じるまで」と答えている.自身で運転が危険だという認識を持つことが困難になる 前に,受講された方には健康診断のように,定期的に物忘れ相談プログラムを使用して, 検査を継続的に受けていただくことで,免許返納時期の意思決定の機会や検査結果により 病院への受診の案内をしていきたいと考えている. 警察庁の調査によると,講習予備検査結果(図:付録 1.2 参照)のとおり,講習予備検 査を受けた人は年々増加しており,平成 21 年は約半年で 34 万人,22 年,23 年,24 年, 25 年は,118 万人,119 万人,133 万人,145 万人で,この 5 年間の講習予備検査の結果を みると,第 1 分類(低い者)が 1.7%,第 2 分類(少し低い者)が 23.9%,第 3 分類(心 配のない者)が 74.4%であり,今回の物忘れ相談プログラム(MSP)講習の結果(図:付 録 1.3 参照)と比較して,健常者と認知症または認知症の疑いがある者の割合(図:付録 1.4 参照)に関しては大きな差異がなく,また結果の比較(図:付録 1.5 参照)でも,検 証できる件数が4件だったが,検査結果に差異は見られなかった. 「最もなりたくない病気」とされる認知症は,65 歳を過ぎると発症する危険度が高まる. 研究の進んだ現在では「予防可能」な病気であるとされているが,何よりも『早期発見』 が大切で,「予備群」の段階での対応が不可欠となっている.
講習予備検査は,筆記で約30分の時間を要することは,受講者に時間的に負担がかか り,また指導員の技量によって判定の信頼度に差が出てしまうことも懸念される.これに 比し物忘れ相談プログラムはタッチパネル式で,5分ほどの時間で簡易的に検査をするこ とが可能であり,病的物忘れの早期発見により認知症発症予防に効果を発揮するだけでな く,PCによる客観的検査で緊張除去と信頼性の確保や経年記録で被検者自身の認知機能 の変化を把握可能なので,講習予備検査の結果と大きな差異がなければ,講習予備検査よ りも簡易的に検査を受けていただくことが可能である. 認知機能の低下に起因する事故等の発生を未然に防止するため,認知機能が低下してい るおそれがあると判断された者に対しても,認知機能の現状に基づいて実車指導を行うこ とで,その者の安全な運転継続を支援し,認知症のおそれがあると判断された者に対して は,病院への受診をご案内することが出来る. 上記の理由により今後も継続的に検証を続けていく必要があると考える. また物忘れ相談プログラム講習の内容は,平成26年12月17日発行の週刊朝日に掲 載され,平成27年1月27日のフジテレビのスーパーニュースの認知症の特集の中でも 取り上げてられるなど,地域の方だけではなく,全国的に物忘れ相談プログラム講習を広 く知っていただく機会を作ることができた.そのことで少しでも認知症に関する認識を多 くの方に持っていただくことで,逆走事故などの交通事故の抑制に繋がるのではないかと 期待している. 今後も,もの忘れ相談プログラム講習を実施する中で,地域包括支援センターなどと連 携を通して,認知症への問題に取り組んでいきたいと考えている.
2.2.7 八尾自動車教習所(大阪府八尾市)における当該事業実施結果 実施場所 八尾自動車教習所 (大阪府八尾市) 実施日 平成26年11月17(月)午前 19(水)午前・午後 20(木)午前 対象者 近隣地区の町内会、八尾市シルバー人材センターの会員 受講人数 66歳~81歳 45名 実施内容 ・オリエンテーション ・MSPのチェック ・運転チェック(教習所内コースにて) ・講義 ・アンケート調査 MSPについて 8点…1名 9点…1名 12点…1名 他は13点以上 運転について ほぼ毎日運転している方や30年程全く運転していない方(バイクは毎日乗っている)等 また全体的に丁寧で安全確認や一時停止も確実にする方もあったが、多くの方に 以下のようなウィークポイントが見受けられた。 ・車体感覚が不適切 → Sクランクで脱輪、またはポールへ接触寸前 内輪差考えないままに左折する ・安全確認 → 全く見ていない。または見ている範囲が非常に狭い ・判断 → 右折時に判断が遅い。対向車が近づいているのに右折する 信号の変わり目で判断に迷いがある 優先道路へ進入する際に、優先車が近づいてきているのに動く 等 参加者感想 ・年1回は受講すべきである ・所々で注意が必要だと感じた ・忘れている部分を思い出せて良い ・認知症検査がよかった ・受講で自分の欠点を教えられ同乗者の不安を少なくできる ・良かった ・また受講したい
国土交通省補助金事業《シルバー安全運転講習会の報告》 速報版
言葉の
日時の
言葉の
即時再認 見当識
遅延再認
1
男 S23/05/10(66)
15
3分
3
4
6
1
1
2
男 S20/02/05(69)
14
2分
3
4
6
1
0
3
男 S16/06/04(73)
13
3分
3
4
6
0
0
4
男 S16/04/27(73)
15
3分
3
4
6
1
1
5
女 S19/04/12(70)
14
3分
3
4
6
1
0
6
男 S18/10/06(71)
14
2分
3
4
6
1
0
7
男 S12/03/28(77)
13
3分
3
3
6
1
0
8
男 S19/04/25(70)
14
2分
3
4
6
1
0
9
男 S15/08/12(74)
15
3分
3
4
6
1
1
10
男 S22/09/19(67)
14
3分
3
4
6
1
0
11
男 S15/07/25(74)
8
4分
1
4
2
1
0
12
男 S15/01/04(74)
14
3分
3
3
6
1
1
13
女 S18/04/24(71)
15
3分
3
4
6
1
1
14
女 S23/04/10(66)
15
2分
3
4
6
1
1
15
男
S8/11/11(81)
14
3分
3
4
6
1
0
16
男
S8/09/28(81)
9
3分
2
4
2
1
0
17
男 S18/07/12(71)
14
3分
3
4
6
1
0
18
男 S19/10/12(70)
15
3分
3
4
6
1
1
19
男 S20/06/17(69)
13
3分
3
2
6
1
1
20
女 S18/01/23(71)
15
2分
3
4
6
1
1
21
男 S22/09/20(67)
13
2分
3
4
4
1
1
22
男 S22/09/20(67)
14
2分
3
4
6
1
0
23
男 S15/11/04(74)
15
2分
3
4
6
1
1
24
男 S16/09/09(73)
15
3分
3
4
6
1
1
25
男 S15/03/20(74)
12
2分
3
4
4
1
0
26
女 S16/03/12(73)
13
3分
3
3
6
1
0
27
男 S22/06/08(67)
15
2分
3
4
6
1
1
28
男 S22/11/05(67)
15
3分
3
4
6
1
1
対象者 構成比%
3名
10.7%
5名
17.9%
20名
71.4%
問題なし
全28名の構成
物忘れの疑い有り
ボーダーライン(MCI)
生年月日
得点 経過時間
性別
図形認識1 図形認識2
表:2.2.7 八尾自動車教習所における物忘れ相談プログラム実施結果第 3 章「運転時認知障害」の早期発見と予防
3.1 運転現場における軽度認知障害早期発見の必要性 現行の高齢者講習の講習予備検査で「第 1 分類=認知症の疑い」と判定されても,特定 の違反をしなければ医師の診断を受ける必要はなく,免許は更新されることから,認知症 が見逃されている.その問題を是正する目的で,今年 3 月 10 日に閣議決定された道路交 通法の改正案では,講習予備検査で「第1 分類」と判定された場合,医師の診断を義務づ けることを盛り込んだ.さらに次の免許更新までの3年間に認知症が進む人もいることか ら,検査で「第2 分類」や「第 3 分類」とされた人でも,認知症が疑われる交通違反を起 こした場合は,臨時の検査を受けることも併記した.臨時の検査で,前の検査より「認知 機能が低下している」とされた場合,臨時の高齢者講習を受けることになった(「1.1 研究 の背景と目的」に記したようにこの部分も問題であると考えられる). 医師から認知症と診断されたり,診断書を提出しなかったりした場合は免許の取り消し や停止となる.認知症と診断されることを恐れたり嫌ったりして医師の診断を受けなけれ ば,それも免許取り消しの条件として逃げ道を断つという,きわめて高齢者に厳しい改正 となっている. 第1 分類と判定され,認知症の診断が下った場合運転免許が取り上げられることになる が,これまで述べてきたように,認知症でも十分に運転が可能な人がいる上に,特に地方 部では生活の足として車の運転が位置づけられていることから,直接的な死活問題につな がってしまうことが懸念される. 確かに道路の逆走を起こしてしまうような,危険度の高い症状の場合はやむを得ない措 置と思われるが,十分に安全運転ができていて,認知症の中核症状である記憶障害がある 人が多数存在するのも事実である.そう言った高齢者を救う最適解は今のところ見つかっ ておらず,今次の道路交通法改正も対症療法と言うべきかもしれない. しかし,すでに認知症の領域に突入した人のスクリーニングである「講習予備検査」を, 運転継続可否のメルクマールとしていること自体に問題解決を遠ざける要因があると考え られる. これまでは認知症の発症を抑えることは不可能で,予防法もないとされてきた.しかし, 近年の報道を見るだけでも認知症「予防」の方法論が目白押しで,今や認知症は十分に予 防が可能な病気であることが常識となりつつある.また,認知症の半数以上を占めるアル ツハイマー病では,発症の20~30年前から脳に原因物質が溜まり始め,何らかの兆候 が現れることがわかってきた.現行の「講習予備検査」も主としてアルツハイマー型認知 症をスクリーニングする検査方式であるが,免許更新時75歳以上で初めて実施すること は,発症した人を見つけ出すための,いわゆる「追認試験」とも言えるのではないだろう か.75歳の年齢設定自体,それが認知症の好発年齢であるからで,「講習予備検査」に予 防安全の思想が的確に適用されているとは考えづらく,むしろ危険因子の排除の論理に則 っているように思える.とは言え,世界初の急速に進む超高齢社会の自動車交通安全問題に対処する方法論とし ては致し方のないこととも思え,人類が初めて経験する高齢社会のモータリゼーションの あり方を規定する最適解への道のりの険しさを改めて感じる. ただ,一方で我々が標榜し,今回の研究テーマでもある「高齢者安全運転支援相談員(仮 称)」の創設と活動スキームの創出およびバックアップツールの開発による「高齢運転者の 認知症予防」こそが,超高齢社会の自動車交通安全問題の解決に至る最短ルートであるこ とをあらためて再認識することとなった. 最近の医学的常識を考慮すれば,「認知症は予防可能,認知症にならなければ生涯運転継 続可能.ただし認知症の予防には『兆候の早期発見』と『早期手当』が何よりも重要」と いう図式が構築可能であり,その早期発見の場を運転現場に求めることが大いにリーズナ ブルであることが明らかなのである. 自動車の運転は脳の比較的高度な情報処理能力と身体的動作を必要とする.だからこそ 認知機能が運転に適さないほど衰えた認知症の人の運転が危険と言える. 運転に必要な「認知」「判断」「操作」を遅滞なく行えるのを健常とすると,その3つの 過程でどこかに躓きが生じた場合に脳や身体機能に異常が生じたと考えられる.しかし, その躓きすなわち異常値が運転に影響を及ぼすほどのものでなければ,大部分はそのまま 見過ごしてしまいがちである.ここで大事なのは,その運転時の躓きが認知症の初期段階 に起因するものかどうかを検討すべきである.躓きが単に老化現象や疲労によるものであ ったりすることは大いに考えられるが,その躓きの本質(原因)を見いだすことが重要で ある.自動車の運転は脳の比較的高度な情報処理能力と身体的動作が必要である.とすれ ば,逆に小さな異常が躓きとして出現しやすいとも言え,その躓きを見いだすことは家庭 内や職場での活動時よりも容易であると考えられる.つまり,認知症発症前の初期症状, いや,症状としての発現より遙か以前の段階の状況を車の運転時に見つけることができる のではないかと考え,それが兆候の早期発見と言えるのではないだろうか. それでは早期発見とは何を見つければ良しとするのか? 認知症のもっとも特徴的な症状は記憶障害で中核症状と言われる.外部からの情報を認 識したり,それを記憶,学習,思考したり,言葉を話したり,計算したりする脳の高度な 働きである認知機能が衰える.これは脳の障害を原因として認知症のごく軽度の段階から 誰にでも現れる.アルツハイマー型の場合,何も対策をとらなければ,軽度から高度まで 5~6年程度で進行し,症状を大きく回復させることは現状では困難となっている. 初期段階の認知症と単なる老化によるもの忘れは大変区別がつきにくく,発見が遅れが ちになり,明確な症状が現れてからでは状態を元に戻すことは不可能である.しかもアル ツハイマー型はゆっくりと進行するため,本人や家族,周囲の人も変化に気がつかないこ とが多い.しかし,老化によるもの忘れと,認知症によるもの忘れには,大きな違いがあ る. 老化によるもの忘れでは,ある出来事の内容を忘れてしまっても,人からの指摘や, 与えられたヒントで思い出すことができ,病気としての認知症の場合は,その出来事の記 憶がまったくなく例えヒントがあっても思い出せない.脳の病変によって出来事を記憶す る能力が損傷したからで,本人がいくら思い出そうと努力しても記憶自体がなくなってい
るためだ.認知症のもの忘れは,次第にひどくなるのが特徴である.大事な物を失くした り,最近の大きな出来事も忘れたりするようになり,やがて日常生活に困るようになって 明確に「認知症」の診断名が下される. 認知症までは進行していないが,認知機能が低下している状態がMCIである.放置す ると認知症になる可能性が高く,認知症予備群と呼ばれる所以である. しかし,このMCIの段階で積極的な予防対策をとることで,認知症の発症を防ぐこと が可能なのだ. MCIの人は,約束を忘れたり,物を失くしたりすることが増えて,「何かおかしい」 と自覚できているのが特徴で,するつもりだったことをスムースに思い出せず,慣れた作 業にも時間がかかるようになる.戸惑いや不安からイライラしたり怒りっぽくなったり, 家族や周囲との言い争いが増えることもある.さらにMCIから認知症へ進行すると,症 状の自覚がなくなり,アルツハイマー型の初期段階ではむしろ性格が穏やかになる. また,MCIの段階で,脳内にアルツハイマー型の原因物質であるアミロイドβタンパ クが蓄積する場合もあり,そのまま放置すると認知症に進行するリスクは高くなる.しか しこの段階で,それまでの生活習慣を変え,脳に刺激を与えるなどの対策をとれば,たま りかけたアミロイドβタンパクを溶かすことができる.すなわち,認知症に進みかけてい た状態から脱して,発症を予防できるのである.MCIであるうちは,認知症へ進行する かしないかを選べる分岐点とも言える. このようなMCIにおける異常行動は,運転という緊張の連続を強いられるシチュエーショ ンにおいては,平常の生活シーンより顕著に出現すると考えられる. 3.2 「運転時」の軽度認知障害とは・・・「運転時認知障害」の概念 当研究会でも複数の女性(若い人では 50 代)から「用事を済ませるために車に乗り込んで 出かけたのだが,途中でどこへ行く予定だったのかをすっかり忘れてしまった.これは認知症 ですか?」との相談を受けることが多い. この内容だけでは即座に「認知症が疑われるからすぐに運転を辞めるべき」と言うことはで きない.しかし,運転時におけるこのような認知症の前駆症状とも言うべき状態が出現するこ とは,運転者の精神的,身体的「躓き」の発現と考えることが自然である.そしてこここそ認 知症の兆候が示唆される段階として,見逃さないことが重要なポイントであると言える. 具体的に言うと,本人自身が「いつもと違う,何かおかしい」という違和感を自覚すること が大切と言うことである.病気としての認知症に移行してしまうと,その違和感自体を覚える ことがなくなってしまうためだ. このような車の運転時の認知機能に関わる問題を見いだす方策として,当研究会の認知 症研究医浦上と諸井,平塚(雅),中村,並木,平塚(喜)らの認知症予防専門士が共同 で提言するのが,「運転時認知障害」である. 前項で述べたとおり,自動車の運転には脳の高度な情報処理能力を必要とする.とすれ ば,軽度認知障害時に現れる障害現象が自動車の運転時には比較的明瞭に現れやすいと考 えられる上,運転操作という限られた情報処理と操作の中に出現する現象であることから,
通常の生活シーンよりも捉えやすいのではないだろうか.つまり,今までの運転感覚と異 なる,微妙な違和感に気づきやすく,またその違和感が比較的明白な結果をもたらすこと で客観的な判定につなげることが可能となると考えられるのだ. 例えば先にも引いた例で言えば,運転途中で行き先を失念するなどと言うことは本人に とっては大いにショックなことであるし,目的地へたどり着けないという明らかな結果が 残る.また下記にもまとめたが,車のキーの置き場所を忘れることなどは,車を運転でき ないという結果が伴う.今まではきれいに白線に沿って止められた車庫入れが,まっすぐ に入れたつもりでも,斜めになってしまうなど,自分の感覚と違った状況が目の前に出現 することで,違和感を現実のものとして捉える格好の機会とすることができる. 日常生活におけるこうした違和感は見逃してしまうことも多く,「年をとれば誰にでも起 きること」と自分自身を納得させてしまうことがほとんどで,無意識のうちに自分に起き ていることが認知症の前駆症状であることを否定してしまうのが常と言える. 何しろMCIを放置すると数年後には約半数が認知症になってしまうのである.まさに 認知症への道を進むか,健常者への道を歩むかの人生の重大な岐路が,運転をする人にと っては非常にわかりやすい「運転時認知障害」の時点なのだ. また,「運転時認知障害」の呼称は「運転時」とシチュエーションを限定したことで,日 常生活における「軽度認知障害」ほどの侵襲感は覚えないのではないかと思える. そしてこの運転時認知障害の概念が普及し,対象者が認知症予防に邁進することで,75 歳以上の免許更新で「第 1 分類」になることを遠ざけることになり,いつまでも安全運転 を続けられることにつながるのである. 3.3 運転時認知障害の定義(一部) 軽度認知障害の範疇ではあるものの,「運転時」の文字を冠することでより身近な現象として 社会的認知を得やすくなるのではないだろうか.また,運転時認知障害を放置すると,その先 には「認知症」の発症に加え,「交通事故の加害者」というインパクトのある抑制因子が存在す ることも大きな意味を持つと考えられる. 1.「軽度認知障害」の一部で,まだ「病気」ではない 2.運転に必要な「認知」「判断」「操作」のすべてか,いずれかに軽度な支障 (運転時の交通事故リスクの増加が軽度認知症との差異) 3.そのまま放置すると「認知症」に移行する可能性が高い 4.ただ,この時点で何らかの介入により現状を維持,あるいは軽快が可能 5.早期発見による障害の自己認識が運転継続可否の重大な岐路 6.継続的観察により認知症への移行を監視(物忘れ相談プログラムの継続使用)可能 7.予防措置を行うことにより「講習予備検査」で第1 分類の判定回避が可能
3.4 運転時認知障害の事例(一部) ・目的地に向かって出発したが,途中で目的地を失念 ・目的地へたどり着いたが何をするのかを忘れる ・自分が走っている場所がわからなくなる ・今まで一度もなかったガス欠を時々経験するようになる ・今まではスムーズに行けた目的地への道がおぼつかなくなる ・新しくできた道路を上手く利用できない ・車庫入れが上手くできなくなる ・右左折時にウィンカーを出すことを失念 ・車の操作に必要な機器類の呼び名失念(ウィンカー,ワイパーなど) ・道路標識の意味を失念 ・車のキーの置き場所を失念 ・今までできていたカーナビの操作を失念 ・同乗者との会話が苦痛になる ・地図がわかりづらくなる ・今までは苦にならなかったマニュアルミッションの操作がぎくしゃくしてくる ・今まできれいに乗っていた車が汚れても気にならなくなった ・知らない間に車にこすり傷がつくようになった ・同乗者に運転にムラが出てきたと言われる ・運転が乱暴になったと感じる(言われる) など 3.5 「運転時認知障害」早期発見システムの構築 浦上が開発した「物忘れ相談プログラム」を参考として,自動車運転時の状況を客観的に判 定する設問で,認知障害の有無を自動駅に計測する仕組みを構築している. それについてはWEB 上でも実施可能な仕組みとし,自動車教習所における物忘れ相談プロ グラムでの準医学的検査につなげる狙いを企図している. 得点に応じて「現状では問題なし」,「物忘れ相談プログラムで再チェックしましょう」,「物 忘れが心配なら専門医を受診しましょう」などの判定結果を提示し,認知症予防への意識付け を行う. 【システムの構成要素】 ●言葉の再認(即時・遅延) 記憶障害の有無を調べる.特に遅延再認(時間経過後の記憶状態確認)の配点比率を高く設 定しておく.1 群から 3 群までの名詞の中からランダムに一つずつ出題し,覚えてもらう. 最初に1 回,最後にもう 1 回思い出して再現する. 1 群 = 信号 地図 踏切
2 群 = 銀行 交番 病院 3 群 = バス トラック オートバイ ●難度の高い言葉の再認(運転の目的地とそこでするべきことを聞く) 下記3 つの短文のうち一つを出題し,四角で囲った部分を目隠しして何時に,どこへ行き, なにをするのかを再現する問題で,記憶障害の有無を探る. 午後5 時にスーパーへ行き買い物をする 朝9 時に病院へ行き予防接種をする 午後1 時に銀行へ行き振り込みをする ●日時の見当識 アルツハイマー型認知症に特有の季節や時間の感覚がなくなることの有無を調べる. 今の季節は 今日は何年何月何日の何曜日か ●計算能力の確認 アルツハイマー型認知症に特有の細かい計算ができなくなることの有無を調べる. Aさんが車を運転して必要な料金を支払いました. ガソリン代が1230円,駐車場代が800円,休憩時のコーヒー代が350円でした. それらの合計はいくらですか? ガソリン代を支払うときに5000円札を出しました.お釣りはいくらですか? コーヒー代を支払うときに1050円を出しました.お釣りはいくらですか? 家を出るときに5000円を持っていましたが,上の合計金額を支払った後に残る金額はいく らですか? ●論理的思考確認 認知症になると物事を筋道立てて考えることが難しくなるので,その障害の有無を調べる. 運転席に座ってから発進するまでの運転操作の順序(以下をランダムに表示,正しい順序に並 べ替える) ドアを開けて運転席に座りドアを閉める シートベルトを締める エンジンを掛ける サイドブレーキをはずす 後方の安全を確認する それぞれのくくりの中での前後はOK うち1問を出題(即時,遅延)
ウィンカーを出す ゆっくりアクセルを踏んで発進する ●図形認識 空間認知機能が障害されることの有無を調べる. 実際の道路状況の写真を示し,下部に記した地図と合致するものを選ぶ ●浦上式運転時認知障害発見リスト 運転時認知障害の事例の中で思い当たる事象にチェックを入れてもらう. 基本的には3 つ以上チェックがつくと軽度認知障害の疑いがあるが,ここではチェックの数を 点数化し,上記までの設問と合わせた総合点を提示する. □ 車のキーや免許証などを探し回ることが増えた. □ 曲がる際にウィンカーを出し忘れることが増えた. □ 何度も行っている場所への道順がすぐに思い出せないことが増えた. □ 車庫入れで壁やフェンスに車体をこすることが増えた. □ 駐車場所のラインや,枠内に合わせて車を停めることが難しくなった. □ 急発進や急ブレーキ,急ハンドルなど,運転が荒くなった(と言われるようになった). □ 車の汚れが気にならず,あまり洗車をしなくなった. □ 洗車道具などをきれいに整理しなくなった. □ 好きだったドライブに行く回数が減った. □ 同乗者と会話しながらの運転がしづらくなった. 3.6 自動車教習所における「運転時認知障害」予防の実践 昨年度,物忘れ相談プログラム(MSP)による,教習所向け運転適性判断システムをバー ジョン1としてバージョンアップを完了.運転免許の有無や,IDとしての免許証番号格 納,運転頻度の入力などを可能とした.システムの稼働検証をすませ教習所等運転現場で 「新型物忘れ相談プログラム」として実稼働を行っている. 上記 3.6 の「運転時認知障害早期発見システム」が完成した暁には,気軽に認知機能を チェックできる,認知症予防プログラムの入門システムと位置づけ,問題のある人には自 動車教習所へ来所いただき,「物忘れ相談プログラム」による精査と認知症予防プログラ ムを実践していただけるような仕組みの構築を企図している. 例えば自動車教習所で行う高齢者向け安全運転講習会の実施に際し,認知症予防専門士 による担当教官への講習受講カリキュラムの設定を皮切りに,担当教官自身が認知症予防 専門士の資格獲得へ向かえるような講習内容の検討,講習用資料の作成を実施. 枠内の順序を間違えたらNG
また,運転に必要な身体の動きを良好な状態に維持し,同時に認知機能の強化を図るた めのエクササイズメニューの検討を行い,一部をスマートフォンアプリケーションとして JAFが採用した. さらに自動車教習での利活用を目指し,最終的には高齢者講習におけるカリキュラムと しての採用を企図する. 物忘れ相談プログラム(MSP)へは認知症予防トレーニングコンテンツを導入(インスト ール)し,「運転時認知障害」の人を主とする対象者に気軽に実施していただけるような システムを構築中.具体案は 3.7.3 で簡単に触れる. 日本認知症予防学会参加者(医師・看護師・福祉関係者)に対して,認知症ドライバー の問題と教習所を利活用した解決手法を提起するとともに,高齢運転者の認知症への移行 防止と,自動車教習所において認知症の疑いがある人が発見された場合の連携スキームを 構築する必要を感じ,目下協議中となっている. 全指連との連携により,国土交通省自動車局保障制度参事官室より,「平成 26 年度自動 車事故対策費補助金(安全運転推進事業)」に認定されたことは先にのべたが,引き続き 来年度も,自動車教習所からの申請として「高齢ドライバーに対して,物忘れ相談プログ ラムを用いた認知症検査を実施し,検査効果に留意した運転実技指導及び認知症予防講座」 の認定を目指し,できる限り多数の教習所の参画を見たい. さらに,地方自治体の福祉部門が実施する高齢者を対象とした勉強会・講演会において, 高齢者の運転をテーマとした内容での講演などの啓発活動を実施していきたい. 3.7 運転時認知障害予防トレーニングの具体案 今後ますます増加する高齢運転者の認知症対策の必要性が高まる中,「高齢者安全運転 支援相談員(仮称)」を創設し,認知症予防を取り入れた活動を実施することは,主に認 知症起因の高齢者の交通事故を未然に防止し,さらには医療保険や介護費などの軽減にも つながり,社会的意義のある取り組みと言える. すでに全指連により「高齢運転者支援士(補)」の制度が実現しているが,平成 25 年初 年度の資格獲得者が全国でわずか十数名という現状では何とも心許ない.また,日本認知 症予防学会でも医療従事者だけではすでに「予防」にまで手が回らないことから,「認知 症に携わる多職種が集まり,予防という視点から認知症対策を考えていく」必要があると している. その呼びかけに呼応する意味でも,運転免許の現場での認知症予防の取り組みが必要で あり,もっともふさわしい場であると考える. 全指連の主導する「高齢運転者支援士(補)」の資格要件に「認知症への対応力」を付 加し,運転継続の可否を判断できる指標を早急に策定するとともに,運転現場での認知症 発症者の根絶を図らなければならない. 前項まで述べてきた「運転時認知障害」の対象者に対し,次項以降の具体的な認知症予 防プログラムを実践することでその実現が視野に入ってくると確信する.
3.7.1 マニュアルミッション車の運転 昨年の研究中でも発表したが,平成 25 年 3 月に実施した千葉県大多喜町の自動車学校で のスクリーニング調査では,これまでの調査と異なる興味深い結果となった. 日本自動車連盟の協力を得て,安全運転に関する座学と急制動の実技を行った.併せて 物忘れ相談プログラムによる認知症スクリーニングを実施. その際に我々の興味を引いたのが,1 台を除いてほとんどがマニュアルミッションの自 動車であったことと,スクリーニング結果が 80 代以上の方が多かったにも関わらず,「物 忘れが始まっている」とされた人が 1 名しかいなかったことである.また,80 歳代後半の 人たちの得点が満点(15点)であったことも特筆すべき結果であった. 浦上教授の感想では「左足でクラッチを踏みながらシフトレバーを操作し,右足はアク セルやブレーキなどを踏むという,同時に複数の動作を求められるマニュアル車の運転は それ自体が脳の活性化を促し,認知症予防には効果的と考えられる.ただ,マニュアル車 を運転する人全てに効果があるわけではない.」とのことである. 普段オートマチック車を運転している人が,マニュアル車を自動車教習所などで定期的 に運転することで,認知症予防(運転時認知障害の予防)につながる可能性について今後 も研究を継続したい.そしてそれは少子高齢化を迎え,新規免許取得者が減少一途の自動 車教習所にとっても,新しいビジネスの創出機会となり得ると考えられる. 番号 性別 年齢 得点 即時 再認 見当 識 遅延 再認 図形 認識1 図形 認識2 時間 1 F 15 3 4 6 1 1 2:10 2 F 73 14 3 4 6 1 0 - 3 F 77 10 3 3 4 0 0 3:06 4 F 81 14 3 4 6 1 0 2:39 5 M 83 14 3 4 6 1 0 2:45 6 F 84 15 3 4 6 1 1 2:41 7 M 14 3 4 6 1 0 3:27 8 M 80 14 3 4 6 1 0 - 9 F 80 15 3 4 6 1 1 - 10 F 84 14 3 4 6 1 0 - 11 M 87 15 3 4 6 1 1 - 12 M 87 15 3 4 6 1 1 - 13 M 88 15 3 4 6 1 1 2:53 12点以下 認知症の疑い有り 1名 13点 ボーダーライン 0名 14点以上 現状問題なし 12名 表:3.7.1 【参考:昨年度報告より】千葉県大多喜町における認知症スクリーニング結果