応用一般均衡モデルを用いた大阪府における芸術・
文化政策の効果分析
著者
林 勇貴
雑誌名
経済学論究
巻
70
号
2
ページ
57-78
発行年
2016-09-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/00025824
応用一般均衡モデルを用いた
大阪府における芸術・文化政策の
効果分析
∗
The Effects Analysis of Policies
Concerning Art and Culture in Osaka
Using Computable General Equilibrium
Models
林 勇 貴
The purpose of this paper is to evaluate both the impact on economic activities and the welfare change for households. I developed computable general equilibrium models that consider the relations of interdependence between households and firms, and then obtain the equilibrium that emerges with changes in art and cultural policies. I conclude that enhancing the software of museums leads to better welfare for households and changes in the economy.Yuki Hayashi
JEL:C68, H41, R13, Z18
キーワード:応用一般均衡分析、シミュレーション、博物館、厚生、GDP
Keywords:computable general equilibrium analysis, simulation, museum, welfare, GDP * 本稿は日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費(15J08466))の助成を受けたも のである。本稿を作成するにあたって、豊原法彦先生(関西学院大学)、三浦晴彦先生(奈良学 園大学)、林田吉恵先生(島根県立大学)、林宜嗣先生(関西学院大学)の他、多くの方の助言を いただいた。また日本財政学会第 72 回大会にて鈴木伸枝先生(駒澤大学)、さらに本稿を審査 してくださったお二人の先生方から有益なコメントをいただいた。この場をお借りして謝意を 表したい。なお本稿における誤り等は全て筆者の責任である。
1. はじめに
近年、芸術・文化への関心が高まり、国や地方自治体も芸術・文化を重要な 政策分野と位置づけるようになっている。しかし実態は、科学的な基準なし に公的資金が投入されたり、社会的な風潮に予算が左右されたりするなど、芸 術・文化への公的な関与は不安定である。その背景には、芸術・文化政策によ る便益が多様であり、便益の評価、とくに公共財として発生する間接便益の評 価が困難なことが挙げられる。 林(2014)、林(2015)は、家計と企業に対する芸術・文化政策の間接便益に 焦点を当て、それぞれの便益について検証した。林(2014)では、生活の快適 性や利便性の向上といった居住環境の改善が住宅地の地価にキャピタライズさ れる可能性に着目し、芸術・文化政策が家計への間接便益を発生させること、 そしてその便益は行政区域を越えて拡散することを明らかにした。林(2015) では、労働者の生産性の向上が賃金にキャピタライズされる可能性に着目し て、芸術・文化政策が企業の活動環境を改善することを明らかにした。 だが、実体経済では、家計と企業は相互に連関し合っており、芸術・文化が 住民の厚生水準にいかなる影響を与えるかを検証するためには、各経済主体の 相互依存関係を考慮した一般均衡モデルを作成する必要がある。しかし、応用 一般均衡分析(Computable General Equilibrium Analysis)を使用した研究 は、国外ではShoven and Whally(1992)、Curis and Dan(2002)、Burfisher(2011)など、国内では橘木・市岡・中島(1990)、細江・我澤・橋本(2004)、 佐藤(2005)などがあるが、それらは交通施設整備、税制の変化、物流・貿易 を対象としており1)、国内外を見ても芸術・文化政策を対象とした研究は筆者 の知る限り存在しない。そこで本稿では、複数の市場が相互に関係し合い、需 要と供給のバランスで価格が決定する一般均衡理論に基づいた応用一般均衡モ デルを作成することで、地域における芸術・文化環境の変化が市場メカニズム 1) 交通施設整備、税制の変化、物流・貿易以外を対象とした研究の一例は、経済活動や公共事業 にともなって発生する環境負荷を取り込んだ応用一般均衡モデルを用いて、環境制約が経済活 動に及ぼす影響や環境政策の効果を定量的に評価したもの(増井・松岡・森田(2000)、山本 (2007))などが挙げられる。
を通じて地域経済の規模や住民の厚生水準をどのように変化させるのかを明ら かにする。 本稿の構成は以下の通りである。第2節では、本稿における応用一般均衡 分析の特徴について述べ、財市場、労働市場、土地市場、資本市場を組み込み、 家計や企業、不動産業といった各経済主体の行動を定式化し均衡モデルを構築 する。第3節では、実証分析を行うために数値的モデルを作成し、芸術・文化 政策の変化が市場を通して各経済主体に及ぼす影響と住民の厚生水準の変化を シミュレーション分析によって検証する。その際、等価変分によって厚生水準 の変化を金銭表示する。なお、数値的モデルを作成するには、前節の理論モデ ルを基に実証モデルを作成し、各関数のパラメータを推定する必要がある。第 4節では、分析結果から得られる政策的意味合いと今後の課題について述べる。
2. 応用一般均衡モデル
2.1. 応用一般均衡分析 応用一般均衡分析は、各経済主体が合理的に行動し、全ての市場において 需要と供給が一致する均衡状態が成り立つ経済モデルを想定している。この均 衡状態時に達成する各経済変数の均衡を基準均衡解と呼ぶ。この経済モデルに 政策変更等のインパクトが加わると経済主体の行動が変化し、その結果、需要 者の支払う価格と供給者の受け取る価格が乖離し、価格体系に歪みが生じる。 この歪みは市場メカニズムを通して調整され、経済は新たな均衡状態へと達す る。この時の各経済変数の均衡を仮想均衡解と呼ぶ。このように各経済主体の 行動の変化を通して生じる均衡解の変化をシミュレーション分析によって把握 することで、複数の経済主体に及ぼす影響を多面的にとらえ、波及状況をトー タルに検証することができる。本稿では、現行の芸術・文化政策が変更された 仮想状態を仮想均衡解と定義し、現在の基準均衡解との変化を検証する。 先行研究において多く採用されている交通施設を対象とした応用一般均衡 モデルは、交通施設整備によって生じる①余暇時間の増加、②企業の生産効率 の向上という2つのルートを通じて効用水準が増加することを示しているが、本稿では、林(2014)、林(2015)の分析結果から、芸術・文化政策が①居住 環境の改善を通して、家計の効用を上昇させる効果と、②労働者の資質向上に よる労働生産性の上昇を通して、企業活動環境を改善し、生産量を増やす効果 を持つと考える。 以上の2つの効果によって新たな均衡解に達することをとらえるために、本 稿では、経済主体を、企業に労働・資本を提供し財を購入する「家計」、労働・ 資本を生産要素として合成財を生産する「企業」(以下、企業とする)、不動産 の賃貸を主たる業務とする「不動産業」(以下、不動産業とする)とし、合成 財、労働、資本、不動産の各市場において取引が行われる経済モデルを想定す る。次節では、想定した経済モデルの中で、①家計、企業、不動産業といった 経済主体がどのように行動し、②それぞれの行動の均衡が市場においてどのよ うに達成されるかを描写する基本モデルを構築する。 なお、本稿で構築するモデルは、芸術・文化政策を実施する政府部門を組み 込まず、芸術・文化政策をその地域の外生的な環境変数として扱っている2)。 理論的には政府部門を内生化すべきであるが、わが国における芸術・文化政策 は財源や住民ニーズに基づいて決定されているとは言えないことから、芸術・ 文化政策を外生変数として扱うことは、検証結果に大きく影響しないと考えら れる。さらに、本稿で使用する芸術・文化政策を表す指標は、可住地面積あた りの博物館面積といった過去から蓄積されたストックであり、芸術・文化政策 が及ぼす単年の税収の変化をストックである芸術・文化の政策変数に内生化す ることは困難である。ただ、芸術・文化政策が地域経済に影響し、芸術・文化 以外の財政支出を変化させ、住民の厚生水準に影響する可能性はある。芸術・ 文化政策のこうした間接的な効果を検証するためには、政府部門の内生化は必 要となろう。これは今後の課題である。 2) 芸術・文化政策を示す変数は外生的な環境変数として扱うが、本稿では芸術・文化政策による外 生変数として「政策変数」と定義する。
2.2. 理論モデルの構築 本稿では、家計、企業、不動産業は相互依存関係にあり、社会には合成財市 場、不動産市場、労働市場、資本市場が存在し、長期的均衡状態であるとする。 企業は都市に1つ存在する代表的な企業を考え、その企業は労働投入量、資 本投入量をコントロールし、利潤を最大化する。また、モデルを構築するにあ たり、芸術・文化環境は正の外部性を持ち、労働生産性に影響する。すなわち、 先述したように芸術・文化水準の相違によって労働者1人あたりの労働力には 差が存在する。これを「実効労働力」とし、労働者数Nである企業が公共の 芸術・文化施設といった芸術・文化環境sを外部から与えられる場合、実効労 働力Eを、 E = vN (2-1) で表す。ただし、vは、芸術・文化環境sが与えられる企業の労働生産性の指 標である。したがって、vは外生変数であるsに依存する。 v = v(s) (2-2) 企業の直面する問題は、利潤最大化問題として次のように定式化することがで きる。 max π = pX− wN − cK (2-3) s.t X = X(vN, K) (2-4) ただし、πは利潤、pは合成財の価格、Xは合成財の生産量、wは賃金、cは 資本価格、Kは資本投入量とする。式(2-3)、式(2-4)より、 w =∂X(vN, K) ∂N (2-5) であり、同様に、 c =∂X(vN, K) ∂K (2-6) が得られる。これらの式は、要素の限界生産性と要素価格が等しくなる水準で 要素需要が決まることを意味する。したがって、労働の要素需要関数は、
N = N (w, c, p, v) (2-7) であり、資本の要素需要関数は、 K = K(w, c, p, v) (2-8) である。また、企業の生産関数は以下のとおりである。 X = f (N (w, c, p, v), K(w, c, p, v)) (2-9) 同様に不動産業は労働投入量、資本投入量をコントロールし、利潤を最大化す る。したがって、不動産業の利潤最大化問題は次のように定式化できる。なお、 本モデルは不動産業が住宅用不動産サービスのみを供給していると仮定する。 max πF = rL− wNF − cKF (2-10) s.t L = L(vNF, KF) (2-11) rは住宅用不動産の賃貸価格、Lは住宅用不動産サービスの生産量、添え字F は不動産業を表す。また式(2-10)、式(2-11)より、不動産業の要素需要関数 と生産関数は式(2-7)、式(2-8)、式(2-9)と同様に定式化できる。なお、本モ デルは1世帯に1就業者とし、全世帯数は一定であるとする。また、家計が所 有する資本も一定とし、これらの仮定から以下の関係が成立する。ただし、n は総世帯数であり、kは総資本量である。 N + NF = n (2-12) K + KF = k (2-13) 次に家計の行動について考える。家計は住宅サービスを需要するため、不動産 業から住宅を賃借する。本稿では、芸術・文化政策によって居住環境が良くな り、不動産の質の向上によって居住者は高い効用を得ると考える3)。以上を踏 まえて、家計は所得制約のもとで合成財消費と住宅サービス消費をコントロー ルして効用を最大化するため、xを合成財の消費、lを住宅サービス消費とする 3) 本稿では、間接便益を対象とし、直接使用による直接便益の変化を対象としない。直接便益は、 利用者の便益を仮想評価法(contingent valuation method)によって推定した林(2016)で 明らかにした。
と、家計が直面する問題は次のような効用最大化問題として書くことができる。 max u(x, l; s) (2-14) s.t w + c = px + rl (2-15) 効用最大化問題を解くと、合成財の需要関数は、 x = x(w, c, p, r; s) (2-16) であり、住宅用不動産の需要関数は、 l = l(w, c, p, r; s) (2-17) である。 以上のように、各経済主体は目的関数を最大化するように行動し、財や生産 要素の需要と供給が導出される。そして、需要量と供給量が一致するように価 格が調整され、式(2-12)、式(2-13)に加えて以下の市場均衡条件(式(2-18)、 式(2-19))が達成する。 図 1 応用一般均衡モデルの市場構成
合成財の需給均衡条件 x(N + NF) = X (2-18) 住宅用不動産サービスの需給均衡条件 l(N + NF) = L (2-19) 以上の均衡条件と財・サービスや生産要素の需要関数、供給関数、そして生産 関数などの定義式から、本モデルの一般均衡解を得ることができる。
3. 実証分析
3.1. 分析対象 本節では、前節で構築した応用一般均衡の理論モデルを基に、芸術・文化政 策による厚生の変化を実証的に検証する。各経済主体の活動に影響を与える芸 術・文化政策は、可住地面積あたりの博物館面積といった地域における芸術・ 文化の「量」と、一施設あたりの面積や入館者数といった施設毎の「質」の両 面からとらえることができる4)。しかし、芸術・文化を示す指標として多くの 変数を選択することは同時性の問題を解消するが、多重共線性を発生しやすい 等の問題を引き起こす。そこで本稿では、林(2015)において主成分分析に よって作成された芸術・文化総合指標を利用し、その変更によって均衡解がい かに変化するのかを検証する5)6)7)。 4) 博物館の「質」を表す指標として、入館者数や事業実施件数、質の高い展示を提供しているかを 示す一展示会あたりの参加者数は、一施設あたりのソフトの質の高さや 1 施設あたりの専任職 員数や面積などのハード(設備)の質の高さがある。また、地域における芸術・文化の「量」を 表す指標として、可住地面積あたりの博物館面積や、地域によって展示会や事業に触れられる機 会が異なると考えることから、ソフトを享受できる機会の多さ(可住地面積あたりの事業や展示 会の実施回数等)が考えられる。 5) 芸術・文化政策の総合指標を作成するため、林(2015)より博物館一施設あたりの質(14 項 目)」、「地域の文化環境の量(10 項目)」のカテゴリー毎に主成分分析を行い、求められた主成 分の固有値ベクトルから算出した都道府県別の主成分得点を使用する。 6) 林(2015)では、博物館など公共部門が提供する芸術・文化環境に加え、音楽鑑賞や映画鑑賞な ど民間部門が提供する芸術・文化活動への機会を芸術・文化要因として採用している。しかし、 本稿の政策変数は、公的な施設やイベントのみであり、民間部門の芸術・文化活動を含まない。 7) 現金給与を被説明変数としたヘドニック賃金関数を推定した結果、有意であった変数を使用する。林(2015)から採用した芸術・文化総合指標は次の通りである。第1は、1 施設あたりの博物館の入館者数や面積、専任職員数など芸術・文化施設の1施 設あたりの質を総合的に表す指標(質1とする)であり、大阪府は全都道府県 で第1位の質の高さである。第2は、博物館や博物館類似施設が施設のハー ド面(規模)よりもむしろ、提供するソフト面(展示会や事業)の充実に力を 注いでいることを示す指標(質2とする)である。したがって、施設の規模が 大きいだけでソフト面がなおざりになっている地域の得点は低くなり、沖縄県 が最も高い得点となっている。第3は、その地域におけるソフト(特別展実施 回数、事業実施回数等)を受ける機会、つまり地域における芸術・文化の量を 示す指標(量とする)であり、大阪府は東京都についで第2位である。以上か ら、質、量ともに高い水準であり、芸術・文化という都市的環境が整っている 大阪府を実証分析における分析対象とする。 次節から、政策を定量的に評価するために、各経済主体の行動を表す数値的 モデルを作成する。そのためには、まず①前節のモデルを基に効用関数や生産 関数に対して具体的な関数形を想定し、効用最大化、利潤最大化を通じて需要 関数や供給関数を特定化する。そして②特定化したモデルの中に含まれる様々 なパラメータを現実のデータに基づいて推定する。 3.2. 実証モデルの作成 本稿では、効用関数、生産関数の推定に際しては、代替弾力性値の設定の必 要がなく計算が容易であるコブ=ダグラス型の関数を用いる8)。より現実的な モデルを作成するため、合成財を生産する企業は第1次産業、第2次産業、不 動産業を除く第3次産業(以下、第3次産業とする)が存在し、いずれも資本 と労働力と中間投入財を使用して生産を行う。第i産業は式(3-1)の生産関数 を持ち、利潤が最大になるように生産活動を行う。 8) コブ=ダグラス型や CES 型は制約が厳しく、柔軟な Translog 関数は多様な技術、選好を表 すことができるが、パラメータの数が非常に多く、特定化が難しいため、コブ=ダグラス型や CES 型を使用せざるを得ない。日本では信用できる代替弾力値の推定値がないとして(石川・ 長谷川(2003)より)、本稿は市岡(1991)で望ましいとされるコブ=ダグラス型を使用する。
Xi+ Zi= biKiδiN (γi+µiS) i + Yi (3-1) なお、Xiは第i産業の生産量であり、bi、δi、γi、µiはパラメータである。外 部から与えられた芸術・文化環境は、労働に対して正の外部性を持つと仮定し ているため、芸術・文化環境Sのパラメータµiは必ず正であり、芸術・文化 環境が向上すると限界生産力が上昇する。またYiは第i産業への中間投入財、 Ziは他の産業への中間投入財や政府支出、輸出の量を示し、本稿では簡略化 のため、いずれも一定であると仮定する。利潤関数は、 πi= piXi+ Zi− (wNi+ cKi+ Yi) (3-2) であり、πiは財を生産する企業の利潤、piは財の価格とする。したがって、労 働の要素需要関数は、 Ni= γi+ µiS w pi(Zi+ Xi− Yi) (3-3) であり、資本の要素需要関数は、 Ki= δi cpi(Zi+ Xi− Yi) (3-4) である。 不動産業も他の産業と同様に資本と労働と中間投入財を使用して生産を行 う。したがって、不動産業が持つ生産関数は式(3-5)、利潤関数は式(3-6)で あり、不動産業の労働の要素需要関数、資本の要素需要関数が得られる。 L + ZF = bFKFδFN (γF+µFS) F + YF (3-5) πF = rL + ZF− (wNF+ cKF + YF) (3-6) したがって、労働の要素需要関数は、 NF = γF+ µFS w r(ZF+ L− YF) (3-7) であり、資本の要素需要関数は、 KF = δF c r(ZF+ L− YF) (3-8) である。なお、添え字F は不動産業を表す。 家計は、コブ=ダグラス型効用関数を持ち、式(3-9)の効用関数を特定化した。
u =Y i xαi i l (αF+βS) (3-9) αi、αF、βはパラメータであり、αiは第i産業の財のパラメータ、αFは住宅 サービスのパラメータである。外部から与えられた芸術・文化環境は、不動産 に対して正の外部性を持つと仮定しているため、芸術・文化環境のパラメータ βは必ず正であり、芸術・文化環境が向上すると効用が上昇する。また、予算 制約式は、 w + c =X i pixi+ rl + T (3-10) である。Tは政府への直接税や貯蓄を表すが、ここでは簡略化のため、一定と 仮定する。効用最大化問題から各財・サービスの需要関数が得られ、住宅サー ビスの需要関数は、 l =αF+ βS r (w + c− T ) (3-11) であり、合成財の需要関数は、 xi= αi p(w + c− T ) (3-12) である。以上の定義式や最適化行動を示した式に加えて、以下の均衡条件か ら、市場均衡解を導くことができる9)。 合成財の需給均衡条件 xi “ X i Ni+ NF ” + Zi= Xi+ Zi (3-13) 住宅サービスの需給均衡条件 l“ X i Ni+ NF ” + ZF = L + ZF (3-14) 労働の需給均衡条件 X i Ni+ NF = n (3-15) 資本の需給均衡条件 X i Ki+ KF = k (3-16) 9) ワルラスの法則から、分析の際、n 財の市場のうち基準財(numeraire)を除いた n− 1 の市 場が均衡すれば、残りの 1 つも自動的に均衡するといえる。本稿では、資本市場の資本を基準 財とし、資本の価格を 1 とする。なお、分析で得られる均衡価格は基準財の相対価格である。
3.3. パラメータの推定 ここで、政策を定量的に評価するために、前節で特定化したモデルのパラ メータを推定し、各経済主体の行動を表す数値的モデルを求める10)。一般的 に応用一般均衡分析を用いた先行研究では、一組の観察データをモデルの解と 等しい均衡状態であると仮定し、経済モデルに現実データを代入することで パラメータを推定するキャリブレーションを行っている11)。本稿においても、 2008(平成20年)の大阪府の産業連関表(取引基本表13部門)から作成し た社会会計表の現実データを基準均衡解と仮定し、キャリブレーションによっ てパラメータを推定する12)。その結果、導き出された効用関数、生産関数のパ ラメータは表1である。 しかし、例えば、効用関数の不動産パラメータ(約0.210)は、コブ=ダグ ラス型効用関数と予算制約式から得られた式(3-17)の左辺であり、芸術・文 化政策を変更した仮想均衡解を求めるには、政策変更前(基準均衡時)のパラ メータをβ∆Sだけ変化させなければならない。 lr (w + c− T ) = αF+ βS (3-17) したがって、本稿では以下の手順で仮想均衡解のパラメータを推定する。 まず、東京都を除く46道府県ごとの産業連関表から作成した社会会計表を 使用し、式(3-17)の左辺を求める13)。こうして求められた道府県別の値を被 10) 本稿では、芸術・文化政策によって効用関数の不動産パラメータ、生産関数の労働パラメータが 影響を受けるとし、パラメータの推定を行っている。しかし、Lucas(1976)から、政策の変更 によって家計や企業の行動関数のパラメータが変化し、当初意図していた政策効果を得ることが できない可能性があり(ルーカス批判)、長期にわたる期待が他のパラメータへ影響を与えるか もしれない。もし、芸術・文化政策が経済主体の期待の変化に伴うような政策であるなら、ルー カス批判に対応した Forward-looking の視点に基づいた動学モデルを構築する必要がある。 11) 産業連関表や社会会計表にあるような詳細なデータを統計的に満足できるほど入手するのは困難 であるため、キャリブレーションを用いる。 12) 大阪府の産業連関表を基に第 1 次産業、第 2 次産業、不動産業、不動産業を除く第 3 次産業の 労働投入額や資本投入額、家計消費額、その他取引額を示した社会会計表を作成する。社会会計 表のデータは付表参照。 13) 大阪府以外の各道府県の不動産業のパラメータ(式 (3-17) 左辺)は、各都道府県の産業連関表 (取引基本表 2005 年(平成 17 年))から(不動産業の家計外消費支出+不動産業の民間消費支 出)/(全産業の家計外消費支出+全産業の民間消費支出)で算出する。
表 1 基準均衡時のパラメータの設定値 (出所)本稿の分析結果より。 説明変数とし、式(3-18)のモデルを最小二乗法によって推定する。 ljrj (wj+ cj− Tj) = a +X k bkQkj+ βSj (3-18) ただし、Qkjは道府県jの芸術・文化要因以外の要因、bkはそれぞれの要因k に該当する係数、βは芸術・文化要因Sjの係数である。なお、式(3-17)、式 (3-18)は効用関数の不動産パラメータの推定式であるが、生産関数(式(3-1)、 式(3-5))の労働パラメータに関しても同様の手順で推定する。 以上の手順から、芸術・文化要因(説明変数)を林(2015)から得られた芸 術・文化総合指標の質1、質2、量として最小二乗法を行った14)15)。得られた 結果は表2であり、質1は不動産業における労働パラメータが有意であるこ とから、芸術・文化の質がパラメータを上昇させることを意味する。質2は第 2次産業や第3次産業の労働パラメータが有意であったことから入館者数が多 14) 芸術・文化指標は主成分得点であるため負の値が存在するが、芸術・文化の変更をわかりやすく するため、説明変数の全ての値を 0 から 1 の間に正規化する。 15) 芸術・文化政策のデータや産業連関表の収集可能性から、道府県の集計データを使用せざるを得 ないため、サンプル 46 の道府県を分析対象とした。
く、ソフトが充実しているほど、第2次産業と第3次産業の労働生産性を上 昇させることがわかる。また、量が大きいほど家計の効用や不動産業の労働生 産性を上昇させる。したがって、事業や特別展といった多くのソフトを享受で きる地域は不動産価値を増加させ、それを消費することで家計の効用は上昇す る。また同時に不動産価値の上昇によって家計の不動産需要が増加し、不動産 業の賃貸料収入が増加することから、不動産業の労働生産性が上昇すると考え られる。 推定された表2の係数を使用し、効用関数と生産関数のパラメータに影響 する政策変数を現状から少しずつ変化させ、仮想均衡時のパラメータを推定す る16)。大阪府の芸術・文化要因である量を S0qからS q 1 に変更した場合、変更 後の効用関数の不動産パラメータは式(3-19)から求めることができる。 αF + βS0q+ β∆S q = αF+ βS1q (3-19) ∆Sqは芸術・文化指標Sqの変化分であり、基準均衡解のパラメータである αF + βS0qに変化分β∆S qを合計した値が仮想均衡時のパラメータである。 表 2 パラメータの決定要因 注 1)括弧内の数値は t 値を表し、*は 10%、**は 1%水準で有意であることを示す。 注 2)×は、最小二乗法の結果、有意ではないことを示す。 注 3)第 1 次産業は、全て有意ではない。 (出所)本稿の分析結果より。 16) 最小二乗法の結果から有意でなかった変数は式 (3-19) のパラメータ推定式に組み込まない。
3.4. シミュレーション分析 生産関数、効用関数のパラメータに影響する政策変数を現状から少しずつ変 化させ、それにともなう均衡解と効用の変化に着目する。大阪府の現状の均衡 解では、家計の消費額は、第1次産業が約2,539億円、第2次産業が約4兆 690億円、不動産業が約4兆3,685億円、第3次産業が約12兆1,222億円、 そして全産業の消費額は約20兆8,136億円であり、この時の実質GDPは約 38兆2,987億円である17)。このような経済状態において家計は約 754.02の効 用を得ることができる18)19)。 今、大阪府の芸術・文化要因である質2が現状から10%上昇したとする。質 2の上昇は、第2次産業、第3次産業の企業活動に影響を与え、第2次産業、 第3次産業の消費量、生産量、生産の労働投入量が増加し、実質GDPは約 1.64%(約6,283億円)増加する20)21)。このように芸術・文化政策の変更は 家計や企業の経済活動に影響し、相互に連関し合いながら経済変数を変化させ るのである。また量の増加は家計の不動産需要と不動産業の労働需要を増加さ せる。その結果、不動産業の労働投入量、資本投入量が増加し、不動産消費は 増加するが、他の財への投入量が減少し、他の財の消費量は減少する。 ここで各芸術・文化要因(質1、質2、量)の現行水準を1とし、その水準 を0.1ずつ変化させると、価格の影響を取り除いた大阪府の経済状態(実質 17) 推定された大阪府の基準均衡解は、均衡状態であるとした現実データと同値になったため、得ら れたパラメータの信頼性とモデルの整合性が取れており、基準均衡解の推定結果は正しいといえ る。 18) 均衡解や効用水準は、応用一般均衡分析が可能である GAMS を使用し推定する。 19) なお、効用関数の第 1 次産業パラメータが基準均衡解より 10%上昇すると、効用は 0.004%増 加し、実質 GDP は約 0.11%(約 417 億円)だけ上昇する。同様に第 2 次産業パラメータが 基準均衡解より 10%上昇すると、効用は 12.5%増加し、実質 GDP は約 1.51%(約 5,787 億円)だけ上昇する。また、第 1 次産業の生産関数のうち資本パラメータが基準均衡解よりも 10%上昇すると、実質 GDP は約-0.256%下落するのに対し、第 2 次産業の資本パラメータが 10%上昇すると約 4.31%上昇、第 3 次産業の資本パラメータが 10%上昇すると約 19.09%だ け上昇する。 20) 第 2 次産業と第 3 次産業の家計の消費量は約 4.7%、約 2.98%だけ増加し、総消費額は約 6,061 億円(約 2.91%)だけ増加する。 21) 本稿では、前節の応用一般均衡モデルで示したように、他の産業への中間投入財や政府支出、輸 出入といった家計と企業間以外の取引への影響は考えない。
GDP)は図2のように変化する。質2の改善によって実質GDPが増加する のは、賃金と資本価格が上昇し、家計の所得増加によって財の消費量が増加す るためだと考えられる。量の充実は、不動産業の生産量を増加させる一方で、 他の財の生産量を減少させるが、価格の変化を考慮するなら、実質GDPを増 加させる22)。 一方で、質1の改善は、不動産業の企業活動に影響を与えるが、図2のよ うに質2や量を増やした時よりも実質GDPの変化は小さい23)。 芸術・文化水準を変更することによって大阪府の実質GDPが変化するとと もに、家計の効用水準も変化する。現在の芸術・文化政策が行われる社会にお いて得られる家計の効用は約754.02であるが、質1が現行から10%上昇する と、家計の効用は約754.72であり、現在より約0.093%だけ上昇させ、質2を 現行の1.1倍に引き上げると、第2次産業、第3次産業の生産性の上昇によっ て、効用は約776.28に上昇する。また量を現行の1.1倍まで増やすと、不動 図 2 実質 GDP の変化 (出所)本稿の分析結果より。 22) 量が 10%上昇した場合、約 0.82%(約 1,727 億円)だけ上昇する。 23) 質 1 が 10%上昇した場合、約 0.32%(約 669 億円)だけ上昇する。
産の需要増加と不動産業の労働生産性の上昇によって、効用は約777.64に上 昇する。 次に効用の変化を金銭表示するために、支出関数の概念を用いて等価変分 (equivalent variation、EV)を用いる24)。2つの均衡の間には、異なる価格 が均衡価格として成立しているので、支出額を単純に比較できない。したがっ て、均衡価格を統一することで、価格の変化が効用水準に与える影響を取り除 き、均衡解を比較する。図3は芸術・文化の水準を変更した場合の金銭換算し た効用の変化を示している。質2が現行の1.1倍に引き上げられた場合、全世 帯の効用は約6,144億円だけ増加し、1.2倍に引き上げるとさらに約6,215億 円だけ増加する。また、量を現行の1.1倍に増やすと全世帯の効用は約7,103 億円だけ増加し、1.2倍にするとさらに約7,285億円だけ増加する。なお、質 1は現行から10%上昇すると、全世帯の効用は約194億円だけ増加するが、微 小な変化であるため、図3には記載しない。 図 3 芸術・文化政策変更による等価変分の変化 (出所)本稿の分析結果より。 24) 便益の定義として等価変分と補償変分があるが、森杉(1997)、大野(2010)では、等価変分の 方が望ましいとしている。
むすび
芸術・文化は家計に対しては居住環境の改善を、企業に対しては企業活動環 境の改善をもたらす。本稿では、経済主体間の相互作用を考慮するために応用 一般均衡モデルを作成することによって、芸術・文化政策の変更が市場メカニ ズムを通して、経済変数をいかに変化させ、住民の厚生水準がどのように変化 するかを検証した。その結果、以下の点が明らかになった。質の指標、量の指 標を充実させるシミュレーション分析の結果、地域におけるソフト面(特別展 実施、事業実施など)の機会の多さや1施設あたりのソフト面の質の高さな ど、芸術・文化施設のソフト面の充実に資源を投入することは第2次産業や第 3次産業の労働生産性を上昇させ、家計の効用水準を引き上げるとともに、地 域の居住環境を改善することによって効用水準を引き上げることになる。した がって、芸術・文化政策としてはとくにソフト面での充実を図り、住民の良い 芸術・文化に触れる機会を増やすことが、住民の厚生水準の引き上げには必要 である。 以上の家計の効用水準の変化を等価変分により金銭表示すると、施設のソ フト面を現行より10%充実させることで全世帯の効用は約6,144億円増加し、 大阪府民が芸術・文化事業に触れる機会を10%上昇させることで全世帯の効 用は約7,103億円増加する。シミュレーション分析によって推定した効用水準 の変化を金銭表示することは、本稿では行っていないが、芸術・文化水準を引 き上げるのに要する費用と比較することによって政策の成否を判断する費用・ 便益分析が可能となる。 本稿では、家計、企業の相互依存関係を考慮した応用一般均衡モデルを構築 し、芸術・文化政策が家計の効用水準や地域経済に与える影響を推定したが、 以下の点について分析を深めることによって、より具体的な政策インプリケー ションを導くことができる。第1は、モデル内に政府部門を組み込むことで ある。わが国における芸術・文化政策は財源に基づいて決定されているとは言 えないため、税収の変化が直接的に芸術・文化政策に影響することは考えにく い。しかし、芸術・文化政策が税収に及ぼす影響をモデルに入れることによっ て財政活動全般に及ぼす効果や、各経済主体から徴収する税金など財源調達のあり方についての分析が可能となる。 第2は、芸術・文化政策の便益のスピル・オーバーを考慮することである。 本稿では、芸術・文化政策の便益は行政区域内(対象とした大阪府)にとどま ると考えていた。林(2014b)は芸術・文化政策の家計への効果が行政区域を 越えて他の自治体にまで及ぶことを導いており、また、芸術・文化政策が他地 域の労働者の生産性を向上させ、他地域の経済活動に影響を及ぼすことも考え られる。こうしたスピル・オーバー効果の存在とその地理的範囲を分析するた めには、複数の地域を前提に、どの地域のどの経済主体にどれだけの効果が帰 着するのかを把握できる空間的応用一般均衡モデルの開発が必要であるが、ス ピル・オーバー効果をモデルに明示的に取り入れることによって、行政区域を 越えた広域的な芸術・文化政策のあり方を分析することができる。 第3は、シミュレーション分析する際、より具体的なモデルの構築や条件を 組み込むことで、実体経済により近い検証が可能となる。例えば、芸術・文化 政策による政府支出の増加がクラウディング・アウトを引き起こすかもしれな い。また、芸術・文化施設が混雑現象を生じさせたり、芸術・文化政策が住民 の余暇時間に対する選好を強め、労働時間を減少させたりすることなども考え られる。以上のように、芸術・文化政策は必ずしもプラス効果だけではなく、 マイナス効果も生じる可能性があることから、効果の過大評価を避けるには、 これらを考慮する必要がある。 第4は、経済主体が将来への期待を念頭に意思決定を行うForward-looking な経済行動をモデル上で考慮することである。芸術・文化政策の有効性に対す る期待の役割が大きく、将来の変化への期待が現在の経済活動に大きな影響 をもたらすかもしれない。伴(2007)はForward-looking型動学モデルを開 発し、現在の地域経済の動向が将来の経済環境の変化を事前に予測し見据え た動きであると考える重要性を示唆したが、本稿においても、動学的応用一般 均衡モデルを開発し、芸術・文化政策が時間の経過に伴って地域経済に与える影響
を明らかにする必要がある25)。
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付表 大阪府の社会会計表
注)単位は百億円。 (出所)本稿の分析結果より。