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昭和40年代以降の進歩的性教育の道徳性

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Academic year: 2021

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(1)Title. 昭和40年代以降の進歩的性教育の道徳性. Author(s). 北澤, 一利. Citation. 北海道教育大学紀要. 第二部. C, 家庭・養護・体育編, 48(1): 125-131. Issue Date. 1997-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2023. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 平成9 年8月 Au き 篤t ,1997. 8巻 第1号 北海道教育大学紀要 (第2部C) 第4 I lc)VO . i iop l ido Un iver i t lof H0kka ty ofEducat jouma s on (Sec . ‐48 , NO. 昭和4 0年代以降の進歩的性教育の道徳性. 北洋 一利 北海道教育大学釧路校保健体育教室. inat ion in the Radica l and BiologicaI Gender Education Sex Discrinl. 970s slnce the l. Kazutoshi Ki tazawa i Human Per f。nnance Laborato ro Campus ly,Kush , Hokkai do Un iver i ion tyofEducat s Kush i ro085. Abstract. f ferent ion hasexPer iencedtWo di inistry of Educat Gendereducat ioninst i ional ized by the 製1 tut lshedinthel950s ledJunketsu Kyoiku,andtheother iodss inceWor ld Wrarl l per ‐ one , ,wascal ,estabi i Kyoiku‐ ThereasonJunketsu Kyoiku wassoughtto bereformed loped since l970s deve ,isnamed Se iage i tins rom boys arr stedthatgi rl savoidsexualbehaviororbekeptawayf was社1ati . ,otherthanin 江ー iminat ion 値at wasbased ontradi ional ledtoremedysoc ialdi t junketsu Kyoiku wassaidto havefai scr ing adequate gender idered to have been promot ture japanese cul s cons ‐ 工n contrast , Sei Kyoiku i ing biological knowledge ion or b ion for both sexes by address i t h r educat ,such as that of reproduct ly speaking, no‐one suspects that se i Kyoiku may be inf luenced by tradi ionaI t control ‐ General turesuch as junketsu Kyoiku‐ Japanese cul ly di l Thi ludesthatSe tforces gi i Kyoikuissexual r s paper conc scri=口natoryin 住l ati snotonly r l herent to be a good 江ー Ien‐ VVOーmen I p ー ust protect the i other but to be carrier-oriented, as are II ivefunct ion ofthei ionsforsoc iety‐ A1 though Se i reproduct rfemalebody and reproduce new generat Kyoiku advocatesi fasreferr i iciz ingbiology l ingtobiologicalscience t t se r ー any argul r ー entscr ,therearel logy constructed bythe patr iarchy oft he modern era‐ as an ideo. 1、 は. じ. め. に. 性教育の歴史を整理し、 今日的課題を明確にした上で、 生殖のメカニズムを主要な内容とする最近の進歩 的な性教育の問題点を指摘するのが本論の目的である。 本論では、 性道徳、 性的発育、 生物学的な生殖知識からセクシュアリティ に関する全ての教育を性教育と 称することにする。 いわゆる「性教育」 という語が公式に広く使われ始めたのは昭和30年代の後半からであ るが、 性教育の内容と方法はこれを境に大きく変わる。 あらかじめ過去の歴史の見通しをよくしておくため に以上の経緯を前期と後期に整理する と 前期の性教育は 明治時代から昭和30年代までの男女の交際の規 (125).

(3) . 126. 北揮. 一利. 範を強調する性道徳の教育であり、 後期の性教育は、 昭和4 0年代中頃から今日にかけて行われている、 初潮 や性交の生物学的知識を中心とする生殖メカニズムの教育である。 言うまでもなく、 前者は、 当時の社会の 「秩序の維持」を主眼とする保守的なイ デオロギーによって 後者は 科学的な合理性を主張する進歩的思想 、 、 によ っ て 支持さ れて きた の である。. 後期の 「進歩的」」性教育は、 一見、 かつての 「道徳」 中心の性教育を克服したかに見える。 本論では、 近 代社会特有の性の問題をふまえた上で、 後期の 「進歩的」 性教育が前期 「道徳的」」性教育よりも優れている という現状認識に再考を加え、 将来的な性教育の役割について議論することにする。 2、 保守的な純潔教育から進歩的な性科学教育までの系譜 明治の教育でまず目立つのは、 修身の中に女だけが受ける別内容の教育があったことである。 この時代の 修身科の教科書は、 明治前半の文明開化時代に西欧思想を広く取り入れていた時代から、 明治1 0年代、 「民 主主義的」 思想などが削除され、 次第に西欧よりも儒教思想びいきに移行し、 明治後半の皇室に対する忠誠 } を強化するに至る1 。 明治の前半は、 「女大学」 「女今川」などの古典を継承した教科書や女用と書かれた「修 身女訓」 などがあり、 この中に含まれる女性の性役割に関する記述の割合には多少の変化があったが、 性役 割に関する内容は明治3 3年以降戦前までの国定教科書でほぼ一貫して保存された。 )には 「学 校へ 行く とて も 男 の ごとく 荒々 しき 所 行 を見習う べか らず 「夫 の 身持 明治 13 年の「女 今川」2 」 、 、 みだり. ち悪くとも、 漫に嫉妬の心を起こすべからさる事」「五常の道をもわきまえず、 文字算筆にも疎く、 まして女 の道なくして (男と) 同権などと思うは誤りなり。 返す返す女は薪水紡績割烹等をよくよく心得、 よろずひ へりくだって. かえめにして、 まめまめ敷立働き、 人に謙遜身の分限を守り、 男姑夫に仕うるに色を和らげ、 すな; まなるこ そ女 の 道 にか なふる といふ べ し」 とあり、 また 「女大学」 に は、 「男 女の性 の異 なる ところ。 かく の ごとく 差. ひあれば。 (中略) さればこそ百技百工。 男には越し過難けれ。 (中略) 男は脂臭しといへども。 一浴して香 粉をからざるも。(中略)かかれば女子は何事も。 男子に及 ばざるを自らはぢて。 たとい魯鈍の男子なりとも。 そ ぞろ に しの ぎ侮 る べか らず (第 二節)」 とある。 予想 していた とはい え、 驚 いて しまう ほ ど、 なか なか大 変. な役割を女性は背負っていたのである。 大正1 2年に、 生物学にもとづく性の知識を教育しようと試みた山本宣治による 「性科学」 は、 性を汚い、 . あるいは汚れたものとして子供たちを近 づけてはならないとする当時の因習・道徳に対する批判的な取り 糸 温 みであった。 小田切によれば、 山本は当時の 「隠蔽主義」 と 「事なかれ主義」 を廃し、 青年たちの性意識や ) 性行動 の調 査 をも とにこ れを行 い、 他の 国 と比 べて も 類 を見 ない ほ ど先 進 的 であ っ た という3 。 同様 な動 き. は、 昭和1 2年太田武夫の「性科学」 にも認められるが、 性に対する偏見と抑圧の時代にあって、 第二次大戦 以 前 に は、 これ らはい ずれも結 実せ ず に終わ る。. 昭和20年9月、占領下の学校教育が再開した際、使用した修身教科書は戦前の第5期国定教科書であった。 しかし、 同年1 2月の占領軍の指令によって歴史、 地理両教科と共に修身の授業は停止されこの教科書は全て 回収され廃棄された。 昭和22年の新学制実施の際に、 修身は、 社会科の中に歴史と地理と共に含まれるよう になるが、 その後、 道徳を主たる内容とする部分はこの社会科の教科書の中でごく一部をしめるにすぎなく なる。 一方で、 前期の保守的な性教育の象徴である 「純潔教育」 が、 戦後の混乱の中で、 売買春の増加、 伝 統的道徳の崩壊等の社会事情に対し、 いわば反動的な性質を持って、 昭和22年の文部省による「純潔教育の } 実施 につ いて」という 通達 によ っ て始 まる4 。 この 目的 は、 社 会の 純化 を計り、 男 女 間の道徳 を確立、 正 しい. 性科学知識を普及し性道徳を高揚し健全な心身の発達と明朗な環境を作ること、 である。 この 「純潔」 とい う語は、 男性に向けられたものとして解釈するにはやや無理が伴う独特な響きを持っており、 この語は特に (1 26).

(4) . 昭和40年代以降の進歩的性教育の道徳性. 127. 女性に対して結婚前に性的交渉のないこと、 結婚後は夫婦間以外に性的交渉のないことを要求する道徳的な 意 味をも っ ていた。. この後の純潔教育の所在の行方を追うと、 この教育を支える制度的基盤のもろさがわかる。「純潔教育基本 5 )が 提出さ れた 昭和 24 年 に 「体育」を「保健体育」 に改称して純潔教育を負わせたが 昭和3 3年には 要項」 「各教科 道徳 特別活動 学校行事等教育活動全体」によってこれを保証するようになる。 つまり 、 、 、. 全ての. 教員 に性 教育 の役割 が 担わさ れる よう に な っ た の である。 そ のた め、 制度 上、 これ にきち ん と責 任 を持つ 者. が不明確になった。 なおかつ. こ れ は学校、 ある い は教員 の ボラ ンテ ィ ア に委 ね ら れた 結 果、 そ の 必 要性 を. 感ずる者によって任意に行われるようになったため、 その後第一次ベ ビーブーマー達がちょうど思春期に達 する昭和30年代の中頃には 彼らによって道徳的側面が特に強調されるようになるのである。 少年の非行が 目立 っ て社会 問題 になる のも こ の 頃である。 そ して. 繰り返し試みられた道徳的な性教育が、 こうした性非. 行の増加を防ぐには無力であることを痛切に経験するのが昭和30年代の後半から40 年 にか けて であ っ た。 男女の性器の構造、 初潮や受精などの生殖のメカニズムを生物学的な知識として取り扱い いや ら しいも の、 不潔なものとして遠ざける姿勢を改めようとする後期の科学主義は、 増加していく少年の性非行という、 前期の道徳的性教育と同じ課題に対応するためのものであった。 制度的には、 昭和43年の高等学校の保健の. 指導要領改訂の際に 生殖器官の機能や性器の構造と家族計画などの項目が加えられた等において看取でき 0年代にかけて継承されたこの科学主義の特徴は、 性を「生殖」 に限定するのではなく、 人格全体 る。 昭和5 にまた がる 「セ ク シ ュ アリ テ ィ」 にま で拡大 した 上 で 「人 間」 教育 を目指 し、 個 人 的な性 の多 様 性 に寛 容 で ) あろう とする 点 である6 。. この科学主義には、 二つの弱点があった。 一つには、 生殖や性交に関する知識を伝達する教師の技術的問 題 であり、 もう 一 つ は 性の知識を理解しさえすれば性非行は防止できると考える楽観主義である。 前者は たびたび現場の教師から訴えられてきたので改めていうまでもないが、 性器や性交に関する話はなかなかし にくく、 慣れていないというのである。 後者は、 性の知識を正しく理解した生徒が直ちに性非行を犯さなく なる だ ろう という 「見 込 み」 が、 あまり に早 計 過 ぎは しない だ ろう か という 疑 問 である。 確か に、 この点 に つ いて 何 の保 証 もさ れ て いない の にも か かわ らず安直 に これ を行う とす れ ば軽 率 である。 いた ず ら に 「寝 た 子 を起 こす な」 という 中傷 は、 この点 に関する 無 頓着 に起 因する。 昭和 60 年代以 降 今日 にか けて、 AIDS の 予 防が大き な社 会 問 題 と なる。 しか し、 これ に対応 した 性 教 育 は、. 性を科学的知識としてあけっ ぴろげに取り扱うという基本的な態度に変更はない。 しかしその結果、 現在の ) 進歩主義的性教育はある一つのジレンマを抱え込むことになった7 。 正しい科学的な知識をもって性病予防 にまじめに取り組んだ性教育が、 避妊具のコンドームの使用を促すことで、 皮肉なことに生徒の性交を (促 さ ない ま でも) 黙 認 した 印象 を与 える こと に な っ た の である。 現時点 にお いて 話すべきことは隠さず全て 話すよう に 努め てきた 性教 育 に は、 こ れ以 上 新た に 付 け加 える べき も の がも はや 残 っ て お らず、 今後 こ の 進. 歩主義的性教育を進めるべきか. ある い は後退 す べき か の 岐路 に立 たさ れて いる。 3、 「性 交コ ン トロー ル」 教育 の同質 性. 戦後になって行われた性教育は、 保守的な 「性道徳」 教育と 進歩的な 「性の科学的知識」 教育の二つに 区別 が 可能 である と しても、 両者 はい ず れも少 年 の 「性交」 を 「非行 丁」 ある い は 「不 純一 なも の と して 取り. 締まろうとしていた 「性交コントロール」 であった点で同じ性質のものである。 過去の性教育の本質的機能 をこのよう に判 断する こ とが 妥当 である とする な ら ば、 ここ で両教 育 が 「性交コ ン トロ ール」 という 役割 に 対 して いか なる 根 拠 を保持 して いた か判 断する ことが できる。 (1 27).

(5) . 一i 北浮 一利. 128. 未婚の少年が性交を行うことは悪であるということを明確にしていた点で、 前者の 「性道徳」 教育の方が 生 徒 に と っ てわ かりや すい。 後者 はこの点、 実 に不 明 確である。 後者 は、「セ ッ ク ス は淫 らでいや ら しい もの では ない」 「マス タ ーベ ー シ ョ ンは不潔 なもの では ない」 「思春期 に は性 的 な欲 望 が強く なる の が 自然 だ」 な. どの (これだけを見ればいかにも性交を勧めているかのような) 性の科学的な知識の理解を深めた生徒が、 「主体的」 に行動を選択した結果 性交を行わなくなることを期待するものである だが肝心な 「少年が性 、 。 、 交をしていいのかどうか」 についての判断を当事者である生徒に委ねてしまっており、 教師が統一した見解 を一 度 も 公式 に 明示 して こな か っ たの である。 「性交コ ン トロ ール」 教育 が、 前 者 か ら後者 へ と見 か け上 「進. 歩的」 様相を整えて変化したのは、 実際には教師が無責任に 「性交」 についての教育方針に関する合意形成 を怠 っ た 一 つ の堕 落 であ っ た とい えるの である。. 4 0年代に行われた進歩的性教育への変更のきっかけは、 道徳的性教育が理想とする伝統的な男女関係の規 「 「 「 ) 範が、 女性差別を内在することに対する批判であった8 。 純潔」 処女」 貞操」 が女を支配・所有する男の 論理であり、 女を奴隷扱いしているので承認できないというのである。 これに対する進歩的性教育の対応は、 道徳が非科学的なものであるので、 性を科学的な知識として取り扱うことでこれを乗り越え 生徒の無知を 廃し合理的な行動に導こうという近代的啓蒙主義の選択であった。 しかし、 進歩的 「性教育」 への移行を促 したのは、 それだけではない。 進歩的性教育は、 教師と生徒の信頼関係の上に初めて成り立つようなロマン 主義的な美しさがあり、 権威主義的・管理的な教育に反発する多くの教師には抵抗なく受け入れられた。 教 師がこれを好んだもう一つの理由は、 教師自らによる 「聖職」 の放棄運動がある。 左翼的思想の多くは戦後 の労働者運動を通して、 教員が、 腹も減れば性欲もある一人の労働者にす ぎないことを自覚し、 またそうあ ろう と努力 した。 彼 らは、 性 に関する知 識 につ いて も、 気 どり を捨て て あ か らさ ま に 「告 白」 する こと に潔. い解放感を求めたのである。 進歩的性教育は、 現在、 学校の性教育の指導方針を巡る議論の中で支配的な位置にある。 支持者は、 やや もすると性道徳の教化をはかろうとする根強く復古的な雰囲気に敏感であり、 性の 「科学的知識」 を教える ) と ころ が この 活動 の 主 体 と こ とに未 だ に擦賭 して いる 教 師や 学校 に対 して 啓 蒙 活動 を繰 り 返 して いる9 。 、. なっているのは、 昭和50年代後半からほぼ特定の団体や個人に限られており、 教師の選択は積極的にこれに 参加するか. ある い は一定 の距 離 を維持 する かの どち らか であ っ た。. 保守的性教育と進歩的性教育を区別することは、性教育の歴史的展開を探る上で有効であった。これによっ て代表的な性教育の二つの異同を詳しく比較できたからである。 以上のように、 一見すると不連続に見える 両教 育 は、 共 に 「性交コ ン トロ ール」 教 育 である 点 で、 著 しい差 異 は ない。 しか し、 さ らにもう 一 つ 重要 な. 類似点が両者の中に存在するのである。 進歩的性教育が道徳的性教育同様、 伝統的性道徳をまさに強化して いる 点 である。. 0 ) 進歩的性教育の科学的合理性は、子供の身体の性的な成熟過程に忠実になることであった1 。彼らは、子供 の身体の発育発達は生物学上の原理であり、 これを自然のままに保証することが肝要であるという信念を所 持していた。 性のモラルが醜落し、 メディ アの性表現が露骨化していく社会環境の悪影響が、 自然の発育発 達に悪影響を与えるのを防ぐのが彼らの主な理念であった。 そのために進歩的性教育は、 生物学的な知識と して生 殖のメ カ ニ ズム を正 しく 伝 えよう と試 みた。 そ こで は、 女 = 「子供 を産 む」 性 であり、 中 絶 な どでこ. の 「産む」 機能を傷つけてはならない責任があると強調することになった。 子供を 「産む」 機能は自然が与 えた重要な役割なので、 安全に注意して用心深くこれを守らねばならず、 自分勝手な行動の結果失われるよ うなことがあウてはならないとして、 出産に関しての責任を女に強く負わせていたのである。 これが進歩的 性教育が批判していたはずの、 男女の不平等を支える性役割を内在する、 紛れもない性道徳である。 進歩的性教育は、 道徳的生物学であった。 直接はっきり「性交をしてはいけない」 と言う代わりに、 「中絶 (128).

(6) . 0 年代 以 降の 進歩 的性 教 育 の 廻氾梗 昭和 4 0年代以降の進歩的性教育の道徳性 昭和4. 129. の危険」 「堕胎児の悲劇」 「幸せな結婚」 を紹介することで 子供達に感傷的に訴える戦術をとったために、 ヒ ュ ーマ ニ ズム 的な 印象 をあた えて いた の である。. 4、 近代的 「性差別社会」 の克服と性教育 「性交コントロール」教育を学校で行うのは、 日本だけではない。 資本主義を選択した国は いずれも産業 革命を経た後に人口統計の結果をもとに生産力の計算と経済的資源の配分を調節するために 注意深い 「性 1 ) 交コントロール」が政策的に立案されているのである1 。 日本の場合中絶が容易なため、 戦後の急激な人口増 加に危機感を感じて政府が政策的に人口抑制に取りくまねばならなかった事例をのぞけば、 どちらかといえ ば 「性交コントロール」 は穏やかな方である。 中絶が困難な国ほど 「性交コントロール」 教育には積極的で あり、 しか もそ の 方法 はより 洗 練さ れて いる。 「性 交コ ントロ ール」 教 育 は、 まさ に近代 的象徴 なの である。. だが、 これが差別を助長する性質のものであれば、 性教育はた だちに改められる必要がある。 1 80年代の欧米のフェミニズムは、 社会的な性差別が持つ強固な基盤が何であるか理論的に明らかにする 9 ように取り組んだ結果、 資本主義と家父長制の両制度 が互いに密接に関係していることを示した。 瀬地山に よれば家父長制とは 「性に基づいて 権力が男性優位に配分され、 かつ役割が固定的に配分されるよう な関 2 ) 係と規範の総体」であり1 、 上野はこれに付け加えて、 家父長制概念の核心には物質的(制度的)基礎があり、 「家父長制の物質的基礎とは 男性による女性の労働力の支配のことである。 この支配は、 女性が経済的に必 、 要 な生産 資 源 に近 づく の を排 除する こ とによ っ て、また 女 性の 性 的機 能 を統制 する こ とによ っ て 維持さ れる」. 3 } と定義した1 。こうして家父長制によって準備された女性の地位を利用すること無しには、資本主義は成立も 4 ) 女 性 は資本 主義 下 におい て 二 通 り の 貢 維 持も でき なか っ た こ とをマ ルク ス 主義 フ ェ ミニ ズム は説 明する1 。. 献、 すなわち 「低賃金労働者」 と家族内における 「再生産労働者 (家事労働)」 の役割を果たすという。 そし て、 この女性の役割を固定するように機能したのが、 生殖を目的とする 「性的共同体」 である家族であった。 そこでは出産だけが女性が責任を持つべき 「仕事」 として強調されるのである。 これらの議論の中で重要な の は 生殖を女性の無償の愛 (=労働) に負担させようとする社会的な要請は、 これが必然的に性差別を帰 5 ) 結する と指 摘す る点 である1 。オ スメ ス の生 物 学 的性 役割 を教 える こ と は、男 と女 の 社会 的性 役割 を教 える に 等 しい。 1990 年代 に な っ て フ ェ ミニ ズム の影響 を受 けた 科学思 想家 によ っ て、 驚く べき警 告 が なさ れる。 人 間の社. 会的問題から無縁で独立しているはずの 「自然現象」 を観察対象にしていた生物学は、 家父長制的な社会背 景 の 影響 を受 けて ねつ造さ れて いた という の である。 バ ー バ ラ ・ ドゥ ー デン は 女性の地位が低いのは、 女 特有の生物学的な諸特徴を女が男よりも劣る証拠として数え上 げようとした生物学そのもののイ デオロギー 6 ) による も の である こ とを暴露 した1 。 ロ ンダ・シ ェ ビ ンガー は、 18 世 紀か ら19 世 紀 に盛 んに行わ れた男 女 の. 解剖学的比較研究を調査した結果、 そこでは男性のからだが生物学的に完成されたモデルとして扱われ、 女 性の骨盤、 柔らかい体質、 月経等の諸兆候などが、 女性のからだが男性よりも完成度が低く未成熟であるこ 7 } トーマス・レイ ク ァ ーによ れ ば 「女のか ら と を示 す 証 拠 と して取 り あ げら れて いた 事実 を報告 して いる1 。. だは筋肉が少なく肉体労働には不向きである」 とか 「女は子供を産まなければならないから労働よりも育児 9世紀以降の近代の社会制度を裏付ける証 や家事の方に適している一 等の女性に生殖を固定する生物学は、 1 8 ) 上述 した よう に 現在 の 日本 の 進歩 的性教育 が「科学 的」な 拠物 件 と して常 に取 り 上 げられて いた という1 。 、. 事実であると確信している生物学は、 過剰に性差につけ込もうとする不合理的な政治的ドグマであった。 今世紀半 ばにおこった構造主義は、 性に関する諸制度が必ずしも合理的根拠を持つものでないことを明ら か に した。 レ ヴィ ・ス トロ ース は、 ほ とん どの民 族 に見 ら れる 「近親婚 の 禁止」 は窓 意 的 で偶然 的 な起源 を (1 29).

(7) . 130. 北揮. 一利. 9 ) 持 つ ことを示 し、 遺伝や 心 理 的嫌悪感 な どの 根拠 に基 づく と して いた そ れま での 諸説 を覆 した1 。 ミ ッ シェ. ル・フーコーは、 近代が性的なものを 「禁欲・抑圧」 する道徳的な時代であるという一般通念を否定し、 近 代こそ性的な衝動の強さをあてにして社会の秩序が保たれるのであり、 性的な欲動がなければ、 現在のシス テムが維持できないことを理論的に証明している。 フーコーによれば、 近代的な諸制度 (性教育はその代表 である) は、 各個人に自らの性的な衝動が内部に生じていないか絶えず細かくチェックするように促してい るのであり、 したがって近代社会は禁欲的であるのではなく、 むしろその反対に性的欲動を駆り立てこれを 0 ) 最大 限に抽 出する 社 会 である2 。 そ して、 個 人 の近代 的アイ デ ンテ ィ テ ィ と は、 こ の性 的な欲動 の解消 に費や 「 1 } さ れた 主 体性」 である と いう2 。. これまでの性教育は、 子供周辺の社会的問題の解決を目的としていた。 しかし、 その内容は、 深刻な性差 別を解消するものではなかった。 またその方法も、 子供の道徳的良心に訴えるだけの楽観的な啓蒙であった ため、 その多くが徒労に終わった。 近代的社会の問題点をあわせて判断するなら、 これからの性教育は性差 別を解消することに重点を置くべきである。 そのためには、 女性に生殖 (出産、 育児) の責任を負わせる教 育、 生物学を短絡的に科学と信奉する安易な教育、 性差が自明の事実であることから始まる無用意な教育、 これ らは全て 改 られな けれ ばなら ない。 ある い は、 同性結 婚、 性転 換、 ユニセ ッ クス な どの性 的多 様性 に対. 応するためには、 フーコーが言うように、 性的衝動の解消を監視するかのような 「正常」 な近代的性行動モ デル (生殖を基本要件とする異性との婚姻) も放棄しなければならない。 したがってこれからの性教育は、 手元に全く蓄積のない状態から再構築されなければならないだろう。 いや、 そればかりではない。 近代的社 会制度に含まれる多くの潜在的差別を見通す力量まで問われるのである。 5、 お. わ. り. に. 現時点で、 これまでの性教育の問題点を解消した新しい性教育の具体的指針を提示する事は次の点で困難 である。 まず第一に、 人間としてふさわしい性の理想的形態を提示することが現状では不可能である。 例え ば、 男女のロマンチックな恋愛を美化することすら同性間の性的関係に対する偏見を生む。 同様な理由で、 婚姻のスタイルについても将来的にますます多様化するであろう。 第二に、 子供の性行為を禁止する合理的 根拠が希薄である。 従来慣習によって暗黙の了解があったにすぎず、 これについて十分な議論がなされてい るわけではない。 温情主義的な子供の自由への干渉は、 教育上認められる許容範囲に止めるべきである。 第 三に、 性的関係は生物学、 医学などの自然法則にしたがうものではなく、 文化的な拘束を受けるものであり、 個人の価値観の窓意性を尊重せざるを得ない。 この点で、 教育という価値選択的な行政には不向きである。 仮に、 ある特定の宗教思想を背景とする道徳に対し全体の合意が得られる場合においてのみ、 性的関係の模 範を規定することは可能かもしれない。 第四に、 性差別は多くの制度的改革を待たねば根本的には解決でき ない。 現行 宅制度内において、 性差別は絶えず再生産されており、 個人の意識を変えただけでは無意味である。 第五に、 大人にできないことを子供に教えることができるはずがない。 性差別の解消はまず教える教師がこ れを理解し、 実践を変えなければならない。 新しい性教育は、 途方にくれるほど大変である。 しかし、 以上 の困難を克服し、 全ての準備が整うまで待つほどの猶予がないのも事実である。 この新たな性教育の優先度や緊急度が実は非常に高い。 子供の周囲の家庭環境が多様で複雑化するのはあ る程度仕方がないとしても、 子供の養育が伝統的な「母一子」(あるいは母性本能などの)イデオロギーによっ て固定され、 これに拘束を受けて身動きがとれなくなっている女性が多く、 これに耐えきれなくなって子供 を放置、 虐待する女性が増加し、 子供にそのしわ寄せが及んでいる。 決して彼女たちが無責任なのではない。 そして原因は、 道徳が崩壊したからではないのである。 男中心社会である。 男中心の近代的社会制度の改善 (130).

(8) . 31 1. 0年代以降の進歩的性教育の道徳性 昭和4. を待つ前に 性教育が性差別を解消することができれ ば、 これに何らかの貢献ができるであろう。 今後予想される新しい性教育は、 従来のように身体の発育発達や性的成熟、 健康的なライフサークルなど に卑小化し体育や保健の一分野としてとどまるものではありそうにない。 社会的価値観を相対的に分析し、 各時代の文化的背景についての理解を促せるような働きかけが用意されねばならない。 現状においては、 例 えば小学校では 「生活科」 を高学年まで延長する、 中学校、 高等学校では 「現代社会」 の中の一分野として 新たな領域を整える、 教員養成のためのカリキュラムには 「近代社会と性差別」 について追加開設する、 な どの対応が可能かもしれない。 ただ その内容、 教材、 指導者育成はこれからである。 参. 考. 文. 献. 5 ‐1 3 0 1) 海後宗臣 ( 1 9 6 9 ) 近代日本教科書総説 解説編 4 2) 講談社 ( 1973 ) 日本 教科書体系 234-341 1983 ) 戦前から戦後への性教育の理論 「思春期の性と教育」 村瀬幸浩他編集 3) 小田切正 (. あゆみ出版. ‐ 1 4) 山本信弘 ( 1 1 ) 性教育の歴史的変遷の文献的一考察 大阪教育大学紀要 第5部門 3 9 2 0 3 2 5 9 9 1 9 7 1 ) 日本性教育研究会 5) 性に関する文部省関係資料 ( 6) 黒 田芳夫 ( 1973 ) 保健指導に関する諸問題. 8 )3 2‐ 3 9 学校保健研究 1 5( 5 5. 9 9 ) 性道徳と避妊のジレンマ 北海道教育大学卒業論文 7) 松本江里子 ( 1 6 9 8) 手島知明 ( 1 7 2 ) 性教育 は 「寝ている子」 を正 しく起こ してほしい 9) 武田. 敏 ( 1982 ) 性教育指導者の要請の課題. 6 ) 271‐276 学校保健研究 14(. )1 公衆衛生 4 6( 3 7 8 ‐1 8 2. ) 高石 昌弘、 荻野博、 松 岡博 ( 1981 ) 性教育 ぎょうせ い 10 11 ) ミシェ ル・フーコー ( 1972 ) 狂気の歴史 田村倣訳 新潮社 ) 瀬地 山角 ( ) 家父長制をめぐって 12 1990. 江原由美子編 フェミニズム論争七〇年代から九〇年代へ ) 上野千鶴子 ( 1990 ) 家父長制と資本制 岩波書店 5 13 ‐ 6 5 8. 14 ) 必然 3‐30 15 ) あま d ‐83‐87 16 ) Barbara Duden(1991) me woman benea値 theskin, Haward Universi ty Pre器. ine Gal lagher Ed 17 ) Londa schiebinger ( 1987 l t ) Ske ons in 値e C1oset e ng of me Modem Body. ‐ The Maki , Ca値er fornia Univers Cal i i ty Press . ion i i ive Bioloきw‐Cather ine Gal lagherEd 18 ) Thomas Laqueur( t 1987 )orgasm,Generat csofReproduct ,and 位e Pol .The fornia Univers M[aking of仕 i i l ty Press e M[odern Body‐ Cal ‐. 19 ) クロー ド・レ ヴィ ・ス トロース ( 1977 ) 親族の基本構造 馬測東一 20 ) ミ ッ シェ ル・フーコー ( ) 性の歴史1 1986 21 ) 中山. 元 ( 1996 ) フーコー入門. 田島節夫監訳 番町書房. 知への意志 渡辺守章訳 新潮社. ちく ま書 房159-167. (1 31).

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