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自閉症児支援の一事例 : ある母の取り組みの軌跡

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自閉症児支援の一事例 : ある母の取り組みの軌跡

著者

藤本 浩一

雑誌名

研究紀要. 人文科学・自然科学篇

52

ページ

17-30

発行年

2011-03-03

URL

http://doi.org/10.14946/00001508

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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はじめに

発 達 障 害 と は、 障 害 が あ る た め に 発 達 し な い の で は な く、 英 語 で は Developmental Disorder と表記し、典型発達に比べて発達の順序性や時間性が不 規則なことを意味する。日本語の障「害」について議論があり、「害」は弊害に つながるので不適切であるという主張がある一方、仮に「碍」、さらに「がい」 と表記したところで本質的な理解にそれほど近づくものでもないと考えられる ので、本稿では従来からの表記通り使用した。名称について今後議論が深まる ことが期待される。 発達障害の原因として大脳の機能的な問題が指摘される。原因は 1 つではなく、 また、胎生期および周産期の海馬の形状の発達の遅れが自閉症発症と関連があ るという報告(加藤、2006)や、橋本(2008)らによる議論のとおり、機能(= はたらき)だけでは解決し切れない面もある。 発達障害は大脳の問題であるから、「治ることはないので無理せずそっとして おいてあげよう」という考え方に対して、フォイヤーシュタイン他(2000)は、「『こ のままでいい』なんていわないで」という著書のタイトルに示されたように、 変容可能性の信念を持つことを力説し、支援する人(媒介者)が支援の方向性 を明確に意識して介入することを薦めている。もちろん過度な叱咤激励や無理 強いは、自尊心を砕いて二次障害に陥るなど逆効果であることは、典型発達児 と同様である。大学生スクールサポーターとして小学 1 年生の ADHD 児に支援 を行った三原(2011)は、教室にて授業中に離席する対象児に、①叱責する、 ②気持ちを受け入れて着席を促し、個別に教科指導を行う、の 2 種類の接し方

自閉症児支援の一事例

― ある母の取り組みの軌跡 ―

藤 本 浩 一

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の結果を数ヶ月間観察して比較したところ、後者の受容条件では叱責条件に比 べて離席回数や離席時間が減少し、対象児が精神的に安定したことを示した。 また、あるテレビ番組で、アナログウォッチの読み取りが苦手な成人女性に、 執拗に針のついた腕時計を持たせるよりも、デジタルウォッチでもいいのでは ないかと進言した専門家の指摘にあるように、出来ないことを単純に繰り返し 練習すれば出来るようになるというものでもない。発達障害児者の認知的な長 所・欠点や、レディネス(学習の準備状態)に配慮した支援計画が必要であり、ヴィ ゴツキーの「発達の最近接領域」の考え方はよい指針となる。 本稿では、LD、ADHD、自閉症などの発達障害のうち、特に自閉症スペクト ラム(自閉症総体をこのように表記した)に焦点をあてて、ある自閉症男児の 母親にインタヴューを行った。その結果をもとにして親の気持ち、発達障害児 支援の経過、様々な療法、目標、留意事項などについて考察した。障害の程度 は様々で発達も一様ではなく、思春期になって発達が滞る場合もあり、もとよ りこのケースが標準ではない。また、ここでは様々な民間療法が登場するが、 本稿の目的は、必ずしもそれらの効果を保証し推薦するものではない。本事例 を通して、支援の在り方を出来るだけ客観的に考察し、発達障害児を持つ親の 参考になればよいと考える。

方 法

対象者 K 君は 3 歳 8 カ月(ドーマン法では 2 歳 8 ヶ月)で自閉症と診断された、調 査当時 11 歳の男児である。会話の内容に若干のこだわり等があるものの、健常 児とあまり変わらない印象がある。その母親に単独インタヴューを行った。兄 弟はいない。なお、本児の認知機能については別稿で既に報告済みである(藤本、 2009) 日時・場所 200X 年○月○日、某県の公共施設内の会議室 手続き 途中休憩をはさんで約 2 時間に亘り、K 君の母に半構造化面接を行った。最

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初の問いかけは次の通りであった:「とても発達されていますが、いろんなこと ができたりできなかったりして、その都度希望や落胆がおありだったでしょう。 どんなことができてどう思われて、またどんなふうに関わり方が変わるとか。K 君の発達とお母さんの関わりの交互作用が知りたいなあと思うんですけど。ど んなことができたときにどうだったとか、そういうふうなことを思い出してい ただきたいんです。(具体的な例をあげるんですか?) ええ、ええ。」 許可を得て IC レコーダーに録音し、後に逐語録を作成した。

結 果

回答の内容をテーマ別にまとめて表 1 に示した。これは同時にほとんど回答 順でもあり、回想がほぼ生育順に述べられていて、その流れに沿って以下に項 目を立てて検討した。本児の母親が 11 年間子育てに携わってきた体験の重みを、 わずか 2 時間程度のインタヴューで十分に知ることはできないが、回答を通じ て垣間見えた事柄を項目を立てて論じていく。 なお、母親に掲載許可を求めるために草稿を示した際に、メール返信を得た ので、その主な内容を同表の 41 番以降に「後記」として追加した。 表 1 回答の主な内容(ほぼ回答順に示す) テーマ 具体例 1 障害の気づき 2 歳くらいから双方の両親がヘンだヘンだ、明らかに変だった。 幼児教室で周りの子と全然違う。他の子はしゃべり始めている、 笑い方が決定的に違う。年下の子がうまく笑う。これは重度だ。 2 周囲はより軽 度に見積もる センターに行ったら「様子を見ましょう」と言われて… 自分の母は「学習障害じゃないか」 3 「すばらしい」 治療法 ドーマン法に飛びついた。TV で奇跡を起こしていた。高ばい を毎日 1km 自宅で行った。毎日やっていたら 2 週間くらいで、 指差しが出来て、発声も伴った。3 週間くらいで運動と言語が 目覚ましく発達した。 4 家族の承認 (ドーマン法の効果を)主人も見てるから、「よし」ということ でフィラデルフィアに行った。 5 楽しくないこ との工夫 (高ばいとか子どもには楽しくないが)これ以外に道はないと 思い込んでるから、楽しくない療法を工夫して実行した。

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6 症状の増加 かんしゃく、音パニックが増えた。生活上支障がある。 7 保育園との関 係 3 歳保育でかなり熱心なところ。昼寝が全くできない。午前中 だけ行かせて、午後は家でドーマン法を行った。保育園・幼稚 園との両立が出来ないが、ドーマン法を選んだ。 8 感情伝達に支 障 こちらが怒っても、怒っていることがわからないことがかなり ショックだった。 9 工夫 戻ってきたらまた絵を描いてあげる。毎日手作りのおもちゃを 作った、一緒にやってあげて喜ぶことがなかったが。 10 肯定的思考 「それをやらないとよくならないから」から「やればよくなる」 に変えていった。可能性がないと思えなかった、思ったら終わ り。「受け入れなさい」ということを承認する勇気がないのか、 それとも本当に可能性があるので自分はがんばっているのか、 がわからなかった。前向きに考えるか、こうしないと自分は報 われないのか。希望がないと決めつけると子育ての意味がない。 11 症状の改善 ドーマン法(施設で言われたこと)には、「最重度と重度の間」 から、「軽度と中度の間」にまで改善した。 12 症状の理由を 教えてくれた なぜ音パニックになるのか、ドーマン法では教えてくれた。わ からないから親は苦しい。健常児の発達をグラフにしていて比 較ができる。触覚が過敏なのでツラいから(親を)殴る、だか ら触覚を訓練してあげよう。当時は他には(理由を教えてくれ る方法が)得られなかった。症状の意味がわかることが安心を もたらした。 13 情報 自閉症者が書いた本などは大きかった。 14 公教育の刺激 が栄養となら ない 保育園での刺激を子どもの力に出来なかった。昼寝はできない し、お友達と一緒に遊べない、音パニックで大変…。媒介レベ ルにこの子が達していなかった。 15 集団保育や学 校 集団保育や学校に入れられるレベルに達するまでは自分だ、と 思った。 17 1 つの療法の 限界 ドーマン法だけでは運動と入力だけで、アウトプット(言語) までは不十分だった。数を数えて 1 対 1 対応は可能だったが、 5 たす 5 などの繰り上がりが全くできなかった。 18 トマティス 音パニック(公共トイレのハンドウォーマー)…自分の恐怖の 場所に母親が行くのも耐えれなかったが、トマティスを受けた ら、耳を塞げば行けるようになった。何年かかかったが、徐々 に嫌な音が減って、音パニックがなくなり、親が言うことに反 応できるようになった。

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19 改善と工夫の 良い循環 耳だけでなく身体バランスもよくなり、片足立ちが出来、ケン ケンが出来て、ボールが蹴れるように、というように順番に出 来るようになった。竹馬トレーニングを工夫した、1 日 2 往復 とか決めた。毎日やって半年かかった。その時々で目標が違っ た 20 オリジナルな 方法 バイバイを外向きに教えようとはしなかった。具体的な目標を 定めた。ドーマン法では見えないことをオリジナルでやった。 ドーマン法の発達表から目標を絞って、積極的に方法を工夫し 行った。 21 レディネス 教科の勉強に先だって、まずは生活上の問題を解決してから。 座れない、書けない、音パニックなど。特別支援学級も難しい だろう、せめて黒板の板書が出来るようにしたい。そろそろし た準備が出来たから取りかかろうと思ったところで、IE(フォ イヤーシュタインの認知訓練)に出会った。 22 次の問題に対 処 末梢に神経が届かないっていうか、つま先でも踏ん張れない。 全体を統合するものがない。それならリズム感覚だと気づいて、 15 日間アメリカで訓練を受けたところ、改善した。集中力に余 裕が出来たので 2 つのことを同時に出来た、座りながら書くな ど。 23 睡眠障害 花粉症、睡眠障害、ふらふらな状態で学校に行って出来るわけ がない、そっちの治療を受けた。波がなくなって安定した。 24 療法との出会 いはタイミン グ 情報を調べる、人脈、情報交換。タイミングが合っていないと 通り過ぎる。今、睡眠の問題をどうしようかと思っているとき にその情報があれば飛びつく 25 家族の理解 ドーマン法を始めるときだけ主人が反対したが、信頼してくれ るようになった。こういう治療、こういう状況でならこう、と いうことを認めてくれた。祖父母の理解があった。「子どもを しごいて」とかではなく、お金も出してくれて、「まああなた が言うんだったらそうでしょう」と。 26 振り返って うまく行った。思いっきり典型的な自閉症で、触られたら殴る し、「高校に行ったら減るから」と言われてもそれでは遅過ぎる。 27 弱ったこと 水が流れるのに興味があり、家中に水道を出しっぱなしにする ので水道代がかかって仕方なかった。 28 他者 大人の男性にはシビアだった。会ったことがある人にはいいが、 初めて会う人には背中向ける、まだそんなことがあったのかと 驚いてしまう。話しかけたらお尻向ける。 29 現象にこだわ らない いろんな男の人に会わせてみようかと思ったことはない。本人 の問題を一つ一つ治していったら、他のことも改善していった。

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30 特別支援学 級、通級 社会や理科はチャレンジで。 31 友達の影響 友達がリコーダーが吹けたら自分も俄然やる気になった。最初 はリコーダーを持つ手が握力が弱くて落ちていたが、こそこそ 陰で練習して、うまく吹けるようになった。伸びるタイミング に差し掛かったときに、いい意味で刺激が得られた。 32 まわり道 IE(フォイヤーシュタインの認知訓練)を継続してやっていた ら、算数の繰り上がりがあっという間に出来た。メモリーが弱 いから繰り上がりが出来ないのに、点群の組織化など、他の認 知機能を上げて、あるときふっと出来るようになる。(市販教 材など)分野別に分かれていて思いっきりできないものは後回 しにしてやると、やがて出来るようになった。だいぶ時間があ いてから(出来なかった問題に)戻ると出来る。同じような教 材を探してきて続けると出来るようになる。「家族関係」(IE の 課題の 1 つ)が 1 年以上かかったが、IE1 が出来ると出来るよ うになった。 33 様々な角度か ら工夫 「工場」−が課題に出てくると−という概念を知らないと図鑑 を持ってきて、2 日も 3 日もかかった。目で比較して違いを見 つける(という課題要求)だけではない。 34 自己学習能力 認知力の向上と共に、自分で伸びるようになる。前は教えない と勝手に出来るなんてなかったが、基礎をつくると自分で勝手 に出来るようになる。 35 反省する力 「空気読めない」ってあるじゃないですか、お客さんに「いつ 帰るの」「何時に帰るの」としつこく言ったので、かなり怒った。 1 日たってから、「昨日はごめんね」って。 36 変化の解釈 実は昨日のことをずっと思ってて、自分の中で、学校から帰っ て謝ろうと思ってた。時間の概念や情緒的なものが複雑になっ ていってる。もっと表現がうまくなっていったら、「同じこと を言います」というのも改善できるんじゃないかと予想。明け ても暮れてもペットの話ばかりしてるが、それもうまくいくん じゃないか。 37 母の見通し これをこうしたらこうなるんじゃないかと推測し、それが母親 としてだいたい当たる。自分に自信がなさ過ぎるお母さんは、 いろんな意見に振り回されて、精神的にぺしゃんこになるが…

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38 気持ちの切り 替え もちろん滞ったり悩んだりするが、落ち込んでも 1,2 日で、 でも一番悩んだのは睡眠障害で、いいものを皆試した。試せる ものは皆試す。でも運動機能と違って生理機能はよくなるとき によくなる。まずはこっちをしよう。生理機能の成長と共に治 るから、「必ずいつか良くなる日がくる、まずはこちらをやっ ていこう」と切り替える。でないとパンクする。 39 短期計画と長 期計画 (全体計画で一軒の家を建てるみたいですが)アハハハ、いろ んなことをやっているように見えてその都度その都度 1 つずつ やっていて、短期計画と長期計画があって、まだ早いと思った ら試さない、これがタイミングだと思ったら飛びつく衝動的な ところもある。 40 次の一手 このまま IE3 を終わらせてもっと深みを出せたい。聴覚がトマ ティスだけでは突破できないところまで来た。これをどうかし たい。こっから先に行く、どうしてだろうと悩む。私の仮説が 当たってるかどうかわからないが、血流が邪魔してて。… 後記 41 余裕がなかっ たことへの気 づき 今読み返してみると、私、今より精神的に余裕がないというか、 幼いですね。とっても気負っていて。必死な感じが恥ずかしい インタヴューでした。 後記 42 民間療法への 批判を承知の 上で ドーマン法も RNA 療法も世間的にはとても批判されまくりの 治療法なのですが…批判されている事は承知の上でやっている ことでした。 後記 43 拒否 祖父母の「障害では」「ちょっとおかしいのでは」という発言 に激しく気持ちが反発して…専門家が言わないのに何故そんな こと言うみたいな。本当に障害なんだと納得出来なかった。 後記 44 告知の遅れ 明らかな症状を持っていたから、専門家は気づいていたはずな のに言ってくれなかった。兆候があるので念のため専門家にか かりなさい、くらいの助言はほしかった。あいまいに誤魔化す ような言い方だったので、自分の都合のよいように、病気とい うわけではないんだなと解釈してしまう。… はっきり…。 後記 45 個性として受 け入れるだけ ではない 障害がすべて個性とは考えず、改善すべき事柄を次々と課題に して取り組んだ。 後記 46 子どもの苦し みに対処困難 今思うと、子どもが苦しむから苦しかったんだなあと思いまし た。寝れなくて泣く、音が辛くて泣く、触られると辛くて怒る、 パニックになる…。苦しむからこちらも苦しくなる。苦しい理 由がわからないとお互いに辛い。どうにかしてあげたいと思っ て何か探す。見つけたら飛びつく、そんな繰り返しでした。

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後記 47 何よりのご褒 美 生活上の苦しい症状がほとんどなくなり、本人が楽しそうに幸 せそうに笑って学校に行くようになってから、本当に余裕が出 ました。子どもが楽しそうにする、幸せそうにするというのは、 何よりのご褒美というか、ああよかったって本当に思えます。 そして、とても落ち着いて問題に向き合えるようになります。 後記 48 少しだけ先を 目指して 昔から変わらないのは、今の K より一歩上を目指して、援助で きることはし続けよう、うっかり無茶な独りよがりな目標を掲 げて押し付けたりしないよう気をつけねば。K の本当の幸せに 繋がる道って何だろう、いつもいつも考えています。

考 察

1.障害の気づきと告知 まず障害の気づきは、2 歳代で参加した音楽教室で他児と比較して初めて明確 に得られている(表 1 の 1)。他者との比較においてこそ「障害」という意味が 生じることがわかる。 気づきにくかった原因の 1 つは、初めての子どもで比較対象が乏しいという 点があろうが、2(以下、番号は表 1 のテーマ別番号を示す)の通り、センター では「様子を見ましょう」などと、告知の遅れも一因となった。43 のように障 害の程度を軽くみたいという気持ちは察せられるが、より早期の適切な診断や 正しい理解が、後の発達のために必要である。44 に見られる告知の遅れは、確 定診断の難しさや、専門医の不足、診断の責任等がその背景になっているので あろう。 2.障害の受容 親や家族がいかにして子どもの障害を理解し受容していくかを調べた障害受 容研究では、段階説、慢性的悲嘆説、螺旋型モデルなどが提唱されている(山根、 2009)。第一に、段階説では、親は情緒反応の後に適応段階に達して心理的に安 定するというもので、ショック→否認→悲しみ・怒り・不安→適応→再起など の段階にわけられる。第二に、慢性的悲嘆説によれば、段階説のように最終段 階の心の安定を得ることはなく、親は生涯を通じて慢性的な悲嘆に苦しむが、

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専門家はそれに気づかず、ただ励ますのみであるという。これは段階説の批判 であり、親の現実的な心の有様を見据えた主張である。第三に、これら二つを 包括するものとして螺旋型モデルが考えられ、親は障害に対して否定的・肯定 的な思いを同時に抱く傾向があるとするものである。 本児の母は、情緒的な反応を掻き消すかのように「知りたい」という気持ち を強く抱いていたようだ。悲嘆にくれるばかりでなく、12 の通り、不都合な症 状の原因は何で、それを改善するにはどうすればよいかを求め続け、次々と様々 な療法を試していく。子どもの障害は仕方がないからそっとしておいてあげよ うという意味の「受容」は、最初から現在に至るまで見られない。この点につ いては、「自分は可能性を信じて頑張っているが、それはただ受け入れる「勇気」 を持たないだけではないかと自問した」と述べられている(10)。障害児に「安 楽な暮らし」を提供するよりも可能な限り支援することを選んでいる。本事例 に登場する各種の療法は、後に述べるとおり科学的妥当性に疑問があるものの、 定かではない可能性について、少なくとも精神的な支えを提供したものと考え られる。様々な療法を取り入れることで知識を得て、肯定的な思考を維持でき たのであろう。 石本他(2008)は障害受容の尺度項目として、「障害は 1 つの個性だと思う」「こ の子は私たちのもとを選んで生まれてきたと思う」「子どもを育てることは楽し い」「子どもを育てることで私が成長していると感じる」等を作成している。そ の意味での受容は本事例の回答の随所に示唆され、母は子どもの成長・生育に よって報われており、肯定的積極的な姿勢が貫かれている。もっとも、45 で述 べられているように、障害をすべて個性としてそのまま受け入れるのではなく、 改善すべき症状と個性は分けられるべきという姿勢で支援に臨んでいる。8、9 のように手応えの乏しい努力を重ね、38 のように肯定的・否定的感情が交錯す る点を見れば、本事例は先の諸説のうち螺旋型モデルがふさわしいが、ただ、 より積極的支援型といえよう。 3.家族の協力 障害児を持つ親の誰もが、本事例のように積極的支援を続けられるわけでは

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なく、家族の支えがあればこそ継続して支援が可能となる。上述した受容研究 の石本ほか(前掲)は、受容の 4 尺度と関係が深かったものとして、子どもへ の愛着や子どもの成長の他に、仲間の存在、家族の存在が大きいことを示して いる。さらにソーシャルサポートのうち、夫によるサポートが助けになったと いう結果が示されており、家族の協力、とりわけ父親の参加が大切である(田 辺他、2006)といえる。本事例の 25 では、当初いくらか懐疑的であった夫が、 民間療法の成果があがるにつれて承認するようになった(4)。祖父母の理解と 金銭的支援(25)も見逃せない要因である。 4.やり甲斐 親として発達障害児の支援という長い道のりを歩むとき、おおまかな目標へ の方向性とそこに至る道順、そして細かな一里塚が必要になるであろう。本事 例で試みられた様々な民間療法は、仮説ではあるがそうした順路を提供するきっ かけになったと思われる。すなわち、症状の意味を理解したり(12)、改善の工 夫のヒントになっている(19)。また、支援の歩みを強化する動機は、子どもの 苦しみや不都合を取り除きたいとする気持ち(46)や、希望を持つこと(10) であり、そして何らかの結果を見つけることであり、ここでは子どもの症状が 改善し(11)、楽しく暮らせるようになること(47)が、何よりの原動力になっ ていると推察できる。 5.支援のセンス 本児の母は、自閉症児の特徴である内向きのバイバイについて、改善のため に外向きのバイバイを練習させようと思ったことはなく(20)、また、男の人が 苦手なのでいろんな男の人に合わせてみようと考えたことはない(29)と述べ ている。苦手なことを表面に現れた行動だけを問題にして、単純に繰り返し練 習しても発達障害児にはあまり効果が期待できず、劣等感を増幅させるだけで、 ましてやスパルタ式に訓練しても自尊心を砕くのがせいぜいであろう。その点 で、現象にこだわらず(29)、苦手なことの原因を考えてあれこれとまわり道し て工夫できる(32、33)ことに、支援者としてのセンスが感じられる。先に例

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をあげたアナログ時計の針から時間を読み取れない成人女性には、常に手首に アナログ時計をしていたらいつかは読み取れるだろうと考えるよりも、文字盤 の数字の並び方を解きほぐしたり、(針の)動きが時間の経過を示すことを他の 道具を使って例示して理解を促したりすると、より有効な支援が可能となるで あろう。不確かな行動を生じさせる認知的な不具合について深く詳細に理解し、 それを改善する具体的な方法を日常生活の中で実践することが求められる。48 に見られるような学習準備性(レディネス)を考慮できる支援者のセンスは、 なかなかうまくいかないからこうしたらどうだろうかと工夫したり、ある課題 ができるためにはその前にこちらの課題をクリアすべきであると気づく過程で 作られていくと考えられる。その結果、37 のように次第に自信につながっていく。 6.公教育との関係 学校教育の刺激を有効に受け止めて活用できるためにはまず行動の安定を優 先させるという方針が語られている(21)。また、7、14、15 では公教育との調 整に苦慮している。31 のように同級生や友達は、特に支援の方法など意識しな いにもかかわらず大きな影響を与えることがある半面、そもそも行動問題のた めに、学校教育での刺激が本来的な有効な刺激として機能しない場合がある。宋、 他(2004)は、自閉症児の親 177 名に質問紙調査を行い、学習面や行動面以外 にも、友達との関係や先生との関係で様々な困難を持つことを示した。スクー ルサポーターや巡回指導員は整備されつつあるが、彼らと担任や学校全体が連 携して発達障害児支援に取り組むことが大切であろう。 7.賛否両論治療法 本稿に登場する様々な民間療法は、42 の自覚にあるように、残念ながら科学 的にその効果が十分立証されているとはいえない。「科学的」という意味は、個 人的な経験やエピソードだけでなく、批判的精査を経た証拠によって支持され、 理論モデルや研究枠組とつながっていることである。発達支援の科学が求めら れており(山本他、2007)、Roberts 他(井上他訳 2006)は多数の自閉症治療法 について詳細に検討している。また、スミス他(ハバースカ他 2010)は、自閉

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症の原因論が不明であるために現在多くの治療法が流布していると指摘し、そ のほとんどが科学的検証に耐えないことを示した。中には子どもの死亡例の報 告があり、少なくとも服用や注射という体内に物質を入れることは避けるべき で、それ以外でも、養育者は専門家とよく相談すべきであると述べている。ドー マン法といえども批判の対象から免れているわけではない。ただ、研究者たち が指摘する通り、いたずらに反発したり逆に盲信したりせず、一定の成果があ ればそこから謙虚に学ぶ必要はあるわけで(森本、1988)、科学的データが乏し いからといって全て否定し、なにもしない方がいいということでは、あまりに 他人事と言わざるを得ない。 8.日常生活の中での支援 発達障害児にとって最大の支援者は母親自身であり、発達障害児を圧倒的に 支え庇護する母親の存在がいかに重要であるかを本事例は物語っている。ADHD でありながら、アメリカの IVY リーグで有名なブラウン大学を優秀な成績で卒 業したジョナサン・ムーニー氏は、2010 年 6 月 20 日大阪大学での講演にて、自 身の障害とうまく付き合う努力と、発達障害者の可能性と豊かな能力について、 とても論理的にそして情熱的に語っていた。彼は、自身の母親が学校生活にお いて自分の身に降りかかる様々な不都合に敢然と立ち向かい、「戦って」くれた ことを述懐している。 子どもは周りの環境から刺激を取り入れて、社会性発達や認知機能の発達の 糧として活用するが、発達障害児はいくら十分な環境刺激や教材が与えられて いても、その中にそのような有効成分を自分の力だけで見出して成長の糧とす ることが難しい。環境と自分との間を取り持つ教師や教材は、典型発達児にも 同様に必要であるが、とりわけ発達障害児には、成長を促す意図を持った媒介 者の存在が、成長・発達に不可欠である。フォイヤーシュタイン(前掲)は、 従来の連合説でいわれた S-R、さらに認知説の主張である S-O-R から発展して、 S-H-O-H-R というモデルを提唱している。そこにおいて、H(媒介者、Human) は子ども(有機体、O)と環境(刺激、S)を媒介し、環境から有効な刺激を受 け取るヒントを子どもに与え、また、適切に反応(R)できるように子どもに促す。

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発達障害児にとって最大の媒介者(H)は、日常生活を共にする(母)親であろ う。そして媒介者(H)が徐々に後退して、34 のように自分自身で学べるよう になることが最終目標になる。 本事例では、表 1 の 5、9、19、20、33 のように母親が工夫し、39、40 では 主体的計画的に取り組んでいる様子が見られる。発達障害の支援法は、専門医 のところで診断・投薬を受けるために外来治療にしばらく通ったり、手術のた めに一定期間入院したりするいわゆる医学モデルにとどまらない。非日常の特 殊な場所に移動して専門家に任せるということではなく、長く続く日常生活の 中でこそ支援の機会が継続する。発達の媒介者・支援者は、日常生活でもっと も子どもと触れ合う機会が多い(母)親であり、教室の中では一般教師である。 現在科学的治療法として推薦できる SCERTS モデル(プリザント、2010)や、 ハヴァースカら(前掲)のアプローチに共通することは、発達障害児の治療場 面に何日も親が同席して治療セッションを繰り返し、どのように支援を行うか を親に学習してもらうことに重点を置いている。認知機能訓練を目的としたフォ イヤーシュタインの媒介学習では、朝から夕方までのセミナーを数週間受講す ることが求められる。最大の支援者であるべき親に、支援の仕方を習得しても らうことこそ重要であり、また、学齢期の子どもでは教師や学校全体の取り組 みが重要な役割を担う。非日常の特殊な治療ではなく、発達障害児・者の生活 の中で支援を行うことは、近年のインクルージョンの考え方に通じる。

文 献

フォイヤーシュタイン,ルーベン 他(共編)、グレアム,ロイド(訳) 2000 「このままでいい」なんていわないで! −ダウン症をはじめとする発達遅滞 者の認知能力強化に向けて−関西学院大学出版会 藤本浩一 2009 LPAD(学習向性評価法)による自閉症児の認知機能の理解  神戸松蔭女子学院大学・短期大学研究紀要 50,Pp.19-35 橋本俊顕(編) 2008 脳の形態と機能で理解する自閉症スペクトラム 診断と 治療社 ハヴァースカ , カタルツィナ他(竹内謙彰、荒木穂積(監訳) 2010 乳幼児期の

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自閉症スペクトラム障害 クリエイツかもがわ) 石本雄真・大井裕子 2008 障害児を持つ母親の障害受容に関連する要因の検 討 ―母親からの認知、母親の経験を中心として― 神戸大学大学院人間発 達環境学研究科研究紀要 1(2), 29-35. 加藤俊徳 2006 1.海馬回旋遅滞症(Annual Review 神経 2006 X Ⅷ小児神 経疾患 中外医学社 Pp.340-348) 三原瑞穂 2011 ADHD 児へのスクールサポーターとしての支援 神戸松蔭女 子学院大学人間科学部心理学科 2010 年度卒業論文 森本利明 1988 ドーマン法による訓練を受けている脳障害児の一事例研究: 発病後 12 年間に亘る発達記録の分析 兵庫教育大学修士論文 プリザント,B.M. 他(長崎勤、他(訳) 2010 SCERTS モデル 日本文化科学社) Roberts, Jacqueline M.A. & Prior, Margot 2006 (井上雅彦(監訳)、つみきの会翻訳

委員会(訳))オーストラリア自閉症早期療育エビデンス・レビュー つみき の会) スミス ,T. 他(藤本浩一(分担翻訳) 第 9 章 賛否両論ある治療法(ハヴァースカ ,K. 他(竹内謙彰、荒木穂積(監訳)) 2010 乳幼児期の自閉症スペクトラム障害 クリエイツかもがわ)) 宋 慧珍・伊藤良子・渡邊裕子 2004 高機能自閉症・アスペルガー障害の子 どもたちと親の支援ニーズに関する調査研究 東京学芸大学紀要第 1 部門  55, 325-333. 田辺正友・田村浩子 2006 高機能自閉症の親の障害受容過程と家族支援 奈 良教育大学紀要 55(1), 79-86. 山本淳一・楠本千枝子 2007 自閉症スペクトラム障害の発達と支援 Cognitive Studies, 14(4), 621-639. 山根隆宏 2009 高機能広汎性発達障害児をもつ親の適応に関する文献的検討 神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要 3(1), 29-38.

参照

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