はじめに
幼稚園教員免許状取得のための科目である、領域「人間関係」の目的は「他の人々と親しみ、支え合っ て生活するために、自立心を育て、人と関わる力を養う」ことである1。また、その目標を具体的に示す「ね らい」は 「(1)幼稚園生活を楽しみ、自分の力で行動することの充実感を味わう。(2)身近な人と親し み、関わりを深め、工夫したり、協力したりして一緒に活動する楽しさを味わい、愛情や信頼感をもつ。 (3)社会生活における望ましい習慣や態度を身に付ける」というものである2。これらのねらいを達成 するために、さらに具体性を持った保育内容が日々の生活の中で展開されていく。 実習の前に学生が、幼児の人間関係の育ちを支えるための保育者の視点と役割への理解を深め、実際の 保育の現場で子どもの活動に対する保育者の援助の視点を見極めることは至難の業であると言えよう。こ れらの抽象世界をフォトランゲージという具体的な象限に置き換えることで理解を助ける試みを行った。 倫理的な配慮として、写真を授業および論文等で使用することへの文書による同意を得たうえで、被写 体の個人が特定されないようにしている。幼稚園生活における幼児の人間関係の育ちに関する学び
―保育者の役割に気づくための学生のアクティブラーニングの方法―
福祉臨床学科
門 道 子
Learning about the Growth of Human Relationships of Children in Kindergarten
− The Method of Active Learning of Students who Gain insight into the Role of Teachers −
Michiko KADO
要 旨
領域「人間関係」における学生の学びの中で、最も重要でありながら抽象的なために学生の理解度を測る ことが困難なものの一つに、幼児の人間関係の育ちを支えるための保育者の視点と役割への洞察が挙げられ る。学生がどの程度理解できているのかについて、教師にとっても可視的な方法を用いることにより分かり やすいものとなる。 アクティブラーニングにおけるいくつかの手法を取り入れた授業形態について、本稿では「フォトランゲー ジ」について考察を行った。 1 文部科学省(2018)『幼稚園教育要領』フレーベル館 p.16 2 同上書Ⅰ.フォトランゲージの方法を用いて
フォトランゲージとは写真を見ながら、そこに写し取られた被写体や背景からさまざまなことを感じ 取っていき、それを言葉により表現していくものである。写真は扱い方次第で優れた教材になる。こうし たことからフォトランゲージは、物理的空間の広さや場面、参加者の人数などに制限されず、どのような 場面においても行うことができるという意味において、参加型のアクティビティとしては有効なものであ ると言える。たとえば、幼児の遊びの場面を見て「ここに写っている子どもは何をしているのだろうか、 あるいは何を考えているのだろうか」といった疑問を呼び起こすことから始まり、写し出された子どもた ちの声や思いを表現していく。被写体が外国のものであればその国の文化的な特徴を見つけたり、その写 真を題材にして文章を書いたりすることもできる。グループで話し合いをし、写真をより深く観察するこ とによって、自分では気づかなかった他者の気づきや発見が生まれてくる。 フォトランゲージで使用する教材(素材)は、実際の保育の場における子どもの遊びの場面のほか、絵 はがきや雑誌の切り抜きなどが適している。著作権や個人情報に配慮する必要はあるものの、身近な素材 により準備することができるので、誰にでも容易に取り組むことができるという利点がある。また、可視 的な素材を使うことにより、グループでの話し合いのテーマや視点を明確にすることができる。 実際に写真を使って行ったフォトランゲージのアクティビティを紹介する。 この写真は4歳児の「絵筆を使って水で絵を描く」 遊びを撮影したものである。場面の説明はせずに、学 生が写真から感じ取ったままを自由に表現していっ た。 A:「何をしているんだろう。絵具で描いてる?」 B:「外だよねえ。段ボールに描いてる」 C:「絵具じゃなくて水だわ。プラスチックのトレー に水を入れてるんだわ」 A:「なるほど。水ねえ。半袖のスモック着てるし、 間違いなく夏」 これらの「場面の見取り」が出たところで、写真の 中の子どもたちの会話を再現してもらった。 A:「ねえねえ、お水、冷たいよ」 B,C:「ほんとだね、きもちいいね」 A:「お水、いっぱいつけるとビチャってなるよ」 B:「ちょっとだけつけると、すぐに乾くし」 実際の子どもたちの会話は次のようなものである。 「あれー、お水が乾いてきたー」「消えるねえ」「消える?」「ほんまや、ゆうれいや」「ゆうれいや、ゆ うれいや」「せんせー、来てー。おもしろいで。ゆうれいやで」、というものである。子どもたちの発見や、 驚きがよく感じられる場面であった。子どもたちに呼ばれて見に来た保育者は「ほんまやねえ。すごいね え。なんで消えるんやろう」と、子どもたちの気づきを受け止め、さらに考えさせるように問いかけた。 子どもたちからは、「おひさまが照ってるしや」「夏やし」「暑いしなあ」という答えが返ってきた。その うえで、保育者はさらに「暑いと何でお水が乾くの?」と問いかけた。 (1)場面1この保育者の問いかけにより、子どもたちはそれまでの経験を引き出して口々に答えていく。「お母さ んがお洗濯物干すと乾くやん」「そうやー、外で干してはる」「おひさまが照ってると乾くんやで。雨がふっ てると乾かへん」。 保育者はこれらの子どもたちの会話を一つずつつなぎ留めるように頷きながら、「すごいこと発見した ね。おひさまの力ってすごいんやね。お水が乾くんやね」と子どもたちの気づきを認めた。 この写真は、先に遊んでいた4歳児の遊びをまね て、自分たちも段ボールに水をかけるなどして遊び始 めた3歳児が、濡れた段ボールをブランコに乗せて乾 かそうとしている場面である。ここでも、学生が写真 から感じ取ったままを自由に表現していった。 D:「なんだろうねえ」 E:「段ボール濡れてるし、洗濯物干してるって感 じかなあ」 F:「ブランコだけど、自分たちが乗るのではない よね」 E:「やっぱりこれ、段ボール干してる」 D,F:「そうそう、干してる」「片付けするのに乾 かそうとしてます」 実際の子どもたちの会話は次のようなものである。 「重たいなあ」「びちょびちょやあ」「せんせー、これどうするの?」と、子どもの手には負えない様子 である。持て余しているのを見て保育者は、「濡れてるんやったらどこかに干さなあかんね、どこがいい と思う?」とヒントを出す。子どもたちは段ボールを抱えてあちこち歩きながら、「ここはどう?」「鉄棒 がいいかな」などと場所を探している。しかし、鉄棒は既に4歳児が段ボールを干している。 ようやく見つけた場所は、自分たちの大好きなブランコである。いつも、ブランコに乗って揺すると風 が通り抜けて、気持ちが良いことを覚えていたのである。段ボールを乗せて静かにそっと手を添えながら ブランコを揺らしている。 年中4歳児が、ドングリ拾いで集めたドングリから ドングリ虫が出てきた。「ドングリ虫発見!」。興奮し た子どもたちの声が響く。 この場面の写真から感じ取ったことを、学生に表現 してもらった。 G:「ドングリの中から虫が出てきてるわ」 H:「拾ってきて置いとくと絶対こうなるな、気持 ち悪いわ」 I:「ころころして愛嬌があるなあ」 H:「いやや、ちょっと許せん」 (2)場面2 (3)場面3
この場面での子どもたちの会話である。 「ドングリ虫発見!」「わあ、かわいいなあ」「ぼくにも持たして」「そうっと触らな死ぬんやで」。ドン グリ虫を見つけた子どもを中心にして幾重にも子どもが取り巻いている。口々に「かわいい」の連呼であ るが、遠巻きにしている子どもの声に耳を傾けると、「気持ち悪いわあ」「刺されたらどうなるの?」「毒 やで」と、穏やかではない。 ドングリ虫を最初に見つけて手に持っている子どもがそれを聞きつけて、「大丈夫やで、刺されへんし」 と教えている。初めは遠巻きにしていた子どもたちも気になるのか、次第に傍に寄ってきている。そのう ちに、怖がっていた一人の子どもが「ちょっと持たせて」と、恐るおそる手のひらを差し出した。「せんせー、 Aちゃん持たはった」と、保育者に承認を求める。 保育者はAがドングリ虫を持てたことに共感して「Aちゃん、すごいねえ、怖くないやろ?」と言うと Aもうれしそうに「うん、怖くない」と満足そうに答えた。 年長組5歳児のクラスで砂場をいっぱいに使って、遊 びが盛り上がっている。パイプを繋いで水を流したいの だが落差をつけることができないで困っていた。牛乳 パックを組み立てて橋桁にしたところまでは良かったの だが、全部同じ高さなので水が流れていかないのである。 この場面を見て、同じように学生に表現してもらった。 J:「これは夏です」 K:「砂場が日陰でいいね」 L:「水をたくさん運んだんやね、がんばったね」 M:「池もあるし…」 K,L:「パイプは何に使ってるんやろ」「水を流して るんかなあ」 J:「パイプは水源に繋いでないなあ」 この場面の子どもたちのやり取りである。 「なんで水流れへんのやろう」「水が少ないのと違う?」「入っていかへんなあ」「なんでやねん」「おか しいなあ」と、子どもたちなりに工夫しようとしてはいるのだが、水が流れる原理について気づいていな い。一人の子どもが「牛乳パック、高くしようか」と提案する。 段差が必要だと気づいた子どもたちは、保育室に戻っ ていってこれまでの高さにもう一つ付け足して高くし、 それぞれが協力し合って橋桁を作りなおした。 学生のコメント。 K:「すごい、すごい、高さ変えてはるわ」 L:「子どもたちが自分で気づいたんかな」 M:「すごいなあ!」 J:「だとしたら、先生も結構忍耐力いるなあ。教えれ ば早いけど、待ってるんや」 (4)場面4 (5)場面5
こうして試行錯誤をくり返しながら子どもたちは、「坂にするとザアザア流れる」ことに気づかされる のである。学生のコメントにあるように『待つ』ことの意味と、子どもたちの思いを形にしていくことへ の裏方に徹する保育者の姿が見えてくる。 年長5歳児の、目的のある遊びをする中で 話し合いをしている場面である。 学生に、この場面の子どもたちの様子を表 現してもらった。 N:「これだけでは分からへん・・・」 O:「グループ活動なんやな」 P:「グループでのリーダー決めかなあ」 N:「ごっこ遊びの内容決めとか、後ろの 方でも話し合いしてるようだし」 子どもたちは、クラスで取り組むことになった『地獄のそうべえ』の話の中から、グループごとにどの 場面を表現するかについて話し合いをしているところである。 「ふんにょう地獄は?」「いやや」「針の山はどうかな」「そうやな、針の山にしよう」「せんせー、決まっ た」。保育者は「決まったグループは前に出て発表の準備してね」と次の段階へと促した。 遊びが進んでいくうちに、子どもたちは予期せぬ壁にぶつかるが、その都度グループでの話し合いが持 たれ、グループ内で解決できない時にはクラス全体に呼びかけて解決の道を探っていた。ここでも保育者 の役割は「黒子」である。 年長5歳児の大型積木で遊んでいる様子である。二 つのグループが競合しているのだが、それぞれが譲り 合えないでいる。 学生にこの場面の子どもたちの様子を表現しても らった。 A:「なつかしい、この積木」 B:「何を作ってるのかな」 C:「基地?」 A,B:「うちらもようやったなあ」 この場面の子どもたちのやり取りは次のようである。以下のABCは子ども、保は保育者である。 Bは「先生、積み木の基地、今日も残しとくわ、明日もするし」と要求。保育者は「いいよ」と答えるが、 他にも「僕らも積み木使いたい」というグループがある。保育者は「そうやね、どうする?」、Bは「Aに 言ってみる」と言って、交渉した。 (6)場面6 (7)場面7
B「A君積み木、僕らも使いたい」 A「えーーー!」 C「じゃあかわりばんこにしたら?」 B「そんなん いややわ」 保「A君とB君は何が作りたいの?」 A・B「秘密基地」 保「同じやね」 A「一緒にしたらいいんやぁ」B「そうしよう」 この時期には話し合いに慣れ、自分たちで折り合いをつけながら、友だちと遊びを進められるようになっ ている。こうした場面でも保育者は答えを出すのではなく、最後まで子どもたち同士での解決を支えてい る。