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源氏物語「花ちる里」の一本について

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(1)

源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について

田 中

重 太 郎

一  架蔵源氏物語﹁花ちる里﹂ い。 の一本について簡単に紹介しておきた  源氏物語の現存古写本については、源氏物語大成ならびに源氏物語 事典下巻所収の諸本解題︵大津有一博士執筆︶にくはしいが、後者に あげられてるる主要伝本州百三十のうち、鎌倉時代書写あるいはそれ 以前と考へられるものは約六十本であるが、ここに紹介するものは、 それらに説かれてみるものではなく、その書写年時もまつ室町時代中 期乃至は末期とみるべきものであらう。したがって、その古さにおい て、決して珍重すべきものではないが、学界未紹介の書であり、その 本文系統において注目すべきところが見え、また本文語句の表記なら びに朱点・朱注にも見るべきところがあるので、ここに紹介しておか うと思ったのである。  原本は、縦二一・六センチメートル、横一三・八センチメートルの 胡蝶装、紺の紙表紙の中央上部に濃い朱の題簸︵縦一〇・七センチメ 源氏物語﹁花ちる里﹂の唱本について !トル、横二・六センチメートル︶が貼ってあり、墨附七枚、各丁七 行、一行の字詰は、十九字から二十三字におよんでみる。和歌は、す べて二字下げにはじまり、終りは、本文につづいてみる。臥起がはな はだしいので、最近裏打ちをさせたところ袋綴のやうになり、写しの 年代が新しく見えるが、すくなくとも、室町末期は下らない古写本と 思はれる。ただし、奥書もなく、筆者も未詳といふべきである。  本文には、ところどころ朱点、朱注を加へてあるが、それは、後掲 活字醗印本文の下に注しておいた。  さて、この本文は、後に全文を活字にうつしたから、源氏物語大成 校異篇にあたっていただけば、すぐわかるが、青表紙系統の本では決 してないといへよう。はじめの方の異同をひろってみても、   青表紙本︵大成本底本︹定家自筆本︺︶   架蔵本 む  む  む  む  む いつとなきことなめれ と む  む  む  ロ  む  む     む おほしならる㌧に む  む 御心に む  む  む  む  む  む いつれとなき事な めれ む  む  む  む  む  む  む 悩めくらし給に む  む  む  む 御心はへに 四五 ︵大成 三八七頁 1︶

同同

53

vv

(2)

源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について 三のきみ む む む む はかなう    む なこりの          む わすれもはてたまはす     む む む む む む 人の御心をのみつくし はて     む たまふには     む  む 御よそひなく       む  む 御せんなともなくしの  む ひてなか㌧はのほと    む  む ことを       む む む む やとりなりとみたまふ ほとへにける         む  む 御くるまをしかへさせ て これみつ む む む      む こと\ふこゑは⋮⋮こ む  む  む とさら    む 三の君も む む   む はかなく なこり わすれもはて給は む  む ぬに     む む む む 人のみ心のみつき はて   む 給にも     む  む  む 御よそひならす       む  む 御せんなともこと む む      む になくしのひ給へ ゆ り申川のほと む む   む む む きうのことの       む やとりなりと思    む     む いて給に         ほとへにけるを 御くるまおしか  む  む  む  む へさせ給て     む これみつを ロ む   む かたらふこゑは   む む む む む ⋮⋮ことさらに

A A 

A 

A

同等同製

︵同 ︵同 ︵同 ︵同 ︵ 同 ︵同

A 

A A 

A

同同同士

三八八頁

7 666

v v 

v 

v

10 9 7

v 

v V

11︶ 1

v

12

v

94 32

v 

v v  v

などとあって、青表紙系統本文とは、まったく異なってみる。右のう       む ち、﹁なこりの﹂﹁こと、ふ﹂が﹁なこり﹂﹁かたらふ﹂になってみる 本が青表紙系統の校合本中に一二あるが、他のところの多くの異同を        四六 考へることにより、まつ架蔵本が青表紙本系統本でないことは明らか である。  つぎに、河内本としてみては、いかがであらうか。  大成 校異篇のこの巻における河内本系統本は、七号源氏本︵伝頓 阿筆︶・高松宮家本︵隆旬筆︶・尾州家本︵伝為家筆︶・平瀬本︵伝為 家筆︶・大島本・鳳来寺本の六本が校合せられてみるのであるが、こ れら六本のこの部分の共通本文、つまり河内本系統本文と考へられる 本文をみると、 (IS (14) a$ (1‘b aD aO) (9) (8) (7) (6) (5) (4) (3) (2). (1) なれと わつらはしくなと 思ひめくらし給に みこ おはしまさす かくれたまてのちはいと∼もの ありさま 大将の御心はへ 三の君も 名残 さすかにナシ わさとはた 御心のみそ おもほしいて給田も 御よそひならす ︵大成 三八七頁

A 

A A 

A A A A 

A 

A  A 

A A 

A 

A

同一雷同同同同同同同同同同輩

10 97776655444321

(3)

ea en eD pm) (19) (18) (ID (16) ことになく 忍給へり なとナシ さうの琴にあっまを⋮⋮⋮ やとりなりけりとおもひ出給に 程へにけるを なきわたるは もよほしきこえかほなるに をさへさせ煮て かきねを

A A  A  A  A  A t“s A  A 

A

賛同同同紙 同量同型

三八八頁 などであり、これらを架蔵本と校合するに、架蔵本は、 所のうち、 十九箇所は、決して河内本文ではなく、 みてもかならずしもさうではないと考へられるのである。  それでは、架蔵本の本文系統は、 するのであらうか。  源氏物語大成の校異篇花ちるさとの別本には、御物本 本︶と陽明文庫本︵伝甘露寺瓦経筆︶ ふまでもなく、花ちる里の巻は、 量の少い巻であり、 うである。 5 3 3 3 2 1 12 12 11 11 v     v     v     v    v     v    v     v     w    

v

      この二十五箇 ㈲㈲⑳㈲⑰鋤の六箇所の本文が一致してみるだけで、他の        一部分河内本系統本文に似て いはゆる別本と称すべきものに属        ︵東山御文庫        との二本しか校合してない。い       関屋とともに源氏物語中もっとも分          いはゆる断簡零冊といはれるものも比較的少いや      現にさきにしるした源氏物語事典下巻所収の諸本解題に解 説せられた約百三十本中にも五十四帖そろってみるものは別として、 一帖乃至数帖の古写本に花ちる里は前田家蔵の定家卿話本と天理図書 源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について 館蔵の六冊︵簿火・野分︹この二冊は、河内本︺、花影里・薄雲・行 幸・夢浮橋︹この四冊、青表紙本︺︶本と、おなじく天理図書館蔵の 伝二条為明筆花散里の巻一帖i青表紙系統本1とがあり、桃園文庫蔵 伝明融筆本九帖に花散里があるくらゐであるが、これらは、すべて青 表紙本か河内本かにわりきられてるるのである。しかして、定家が家 の本とした一証本の青表紙本は、彼の自筆の本が花散里・柏木・早蕨 一花散里・柏木の二帖は、前田家蔵、早蕨は、保坂家蔵1の三帖現存 してみることは、周知のとほりであり、天理図書館所蔵本に青表紙系 統の野分の巻がある。すなはち、青表紙系統本として、もっとも高度 のものがこの巻の本文には現存してみるわけである。しかし、いふま でもなく源氏物語は紫式部の作であり、すくなくとも、藤原定家の時 代から二百年近く前に成立した作品である。したがって、定家の本と 本文が異なってみても、その本が源氏物語の本文として悪い本だとは いへないことは申すまでもあるまい。  そもそも池田博士のいはゆる﹁別本﹂といふ系統本はどこまでも便 宜的な呼称であり、源氏物語の異本名としてはもともとなかったので あって、これは青表紙本でも河内本でもない本文があれば、これをか りにかう呼ばれたのである。そのことは、池田博士の﹁校異源氏物語﹂ の凡例に説かれたとほりであり、この本文の系統に多数共通のものは 少い。ここに収められてみる御物本と陽明文庫本とに共通のところを はじめの方だけ示すと、   ω かくナシ       ︵大成三八七頁 1︶   ② おほしめくらさる㌧に       ︵同     3︶ 四七

(4)

(13) (IZ (ID (10) (9) (8) (7) (6) (5) (4) (3) 源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について いと あはれけなる なこり 給に ひとよ 程へにけるを 郭公のなきてわたるも をしかへさせ給て つまと けわひともして こときらに

A  A A A A  A  A  A  A  A 

A

同町同同同論 同町同同

三八八頁

97 63 3219644

V 

V NVV 

V  V  V  V  V  V 

V

などであるが、この十三筒所をかりに別本系統本文とみるとしても、 そのうち㈲⑩⑱の三箇所が架蔵本本文に一致してみるが、他はさうで ない。  かくて、架蔵本花ちる里は、大成の校異篇によるかぎり、青表紙本 でなく、河内本でなく、またいはゆる別本と称せられる本文でもなさ さうである。  ただし、いはゆる﹁別本﹂の性格についてはなほ考へるべきであら う。前述したやうに、青表紙本系統本でなく、河内本系統本でもない ものをすべて﹁別本﹂と呼ぶならば、架蔵本も、その一つであるとい はねばなるまい。﹁別本﹂の命名者である池田博士は、源氏物語大成 巻心 研究資料篇 において、﹁別本の呼称とその性格﹂を説き、そ の第一節に 別本の種類 として、左のやうに解説せられてるる。 四八  ﹁別本﹂の呼称による古写本には大体左の種類が認められる。   一、河内本成立以前の古伝本である場合。   二、河内本成立以後の混成本文を有する伝本である場合。   三、註釈的意図によって取扱はれた本文である場合。   四、絵詞・古註釈・古系図等に摘要引抄されて残存する本文であ     る場合。  更に第二の場合を細別して、   イ、青表紙本と河内本との混成   ロ、青表紙本と古伝本との混成   ハ、河内本と古伝本との混成  の場合が認められる。   ∼    ︵同   唄七一∼一七二頁︶  架蔵本が、右の三・四に該当するものでないことは、明らかであ り、一であるか二にあたるものかを考へるべきであることも後掲本文 およびいままで述べた諸本校合異同調査で判明しよう。  池田亀鑑博士は、右の論において、﹁一 河内本成立以前の古伝本で ある場合﹂については、﹁これは鎌倉時代初期までに写されたといふ 確証のない場合、判定困難であるが、書写年代が比較的古いものの中 にはこの種のものがある﹂とし、伝西行筆竹富の巻断簡あるいは同一 帖やおなじく東屋の巻残夢、伝源三位頼政筆柏木の巻一帖、伝二条院 讃岐筆少女の巻一帖などは、﹁青表紙本でもなく、河内本でもなく、 またそれらの混成でもないと考へられる﹂といはれ、﹁河内本の成立 に参与した諸本は当然別本として扱はれるべきものであるが、それら の本は殆ど現存しない﹂と説かれた。架蔵﹁花ちる里﹂は、鎌倉時代

(5)

の写しとは考へぢれず、書誌学上、文字・紙などからみて客観的にさ うとは認めがたいから、右にいはれる﹁判定困難﹂の部に属するであ ら,つ。  つぎに、池田博士は、 二の場合、すなはち、﹁青表紙本と河内本、 またはそのいつれか一方と古伝本がそれぞれ接触して混成本文を生ず る場合﹂について、多数の本文を参考して得た校訂本である河内本 は、それ自身別本的な性格をもってみるが、この河内本を一つの伝統 と認めて、なほその以後において青表紙本その他との接触があり得る とし、かうした混態または、混成を導く原因として、つぎの二つをあ げられた。    その一つは胡蝶装の一壷乃至数折が峡脱して、機械的にその部   分を他系統の本で補った場合である。例へば伝寂蓮筆三条西家旧   蔵の若紫の巻、伝為家筆橋本進吉博士蔵若紫の巻のごときは、前   の方が河内本で、後の方が青表紙本に近い本文を有する。従っ   て、 一種の混成と考へられ、別本の呼称を与へざるを得ない。他   の一つは、本文を相互に校合して、その一方を選択し、これを一   筆で書写する場合である。中世の写本にはこの種のものがかなり   多い。例へば、青表紙本の一本である筈の三条西家本において、   明石の巻に﹁月入れたるまきの戸口けしきことにおしあげたり﹂   と、河内本の本文を混入してみる。また正嘉の奥書ある古写本に   おいて、宇治十帖の或巻には、青表紙本に対して河内本らしい本   文の対校があり、所々校合を落してみる。もし校合本文を任意選   塗しつつ一筆で浄書するならば、所謂別本が生ぜざるを得なくな 源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について   る。源氏物語ではないが、その好例は兼好自撰家集にみられるみ   せけちの部分である。この部分を任意選択するならば、ここに当   然各種の異文が生ずる。これらは別本として取扱はれてきたもの   である。      ︵一七三∼一七四頁︶  しかして、右の二つを架蔵本本文についてみるとき、その一つの綴 ぢ補ひの混成本でないことはまつ明らかであらう。他の一つの﹁本文 を相互に校合して、その一方を選択し、これを一筆で書写する場合﹂ があるならば、架蔵本はこれに該当するといへるであらう。しかし、 これの例にあげられた三条西家本、正嘉の年代の奥書がある古写本の 場A口などと、架蔵本の本文とをあはせ考へるとき、 一概に、架蔵本を もってこれにあたるともいひ難い。その例がもっと豊富にあげられ、 証明せられてみないかぎり、﹁中世の写本にはこの種のものがかなり 多い﹂にしても、架蔵本をこの場合の産物と断定できないのである。 といって、もちろんこれを河内本成立以前の古伝本であるともただち に断定できないであらう。架蔵本は、すくなくとも、青表紙本・河内 本両系統の単なる混成本文でないことだけはたしかであり、近世以後 注釈家の手を経たものでないこともまちがひないことである。そし て、 その系統は、 やはり便宜上、別本の名をもって呼ぶべきであら ㍗つ。 二  ここで、参考のために花ちる里の巻のはじめの方を、架蔵本を中心 に、青表紙本︵定家自筆本。源氏物語大成、主底本︶と河内本︵尾州 四九

(6)

    源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について 家本︶とを対校してみると、つぎのやうになる。申央は、架蔵本、右 は青表紙本、左は河内本のそれぞれ本文である。異同は、漢字とかな との相違まで示した。ここで対校したのは、花ちる里全巻の三分の一 足らずであるが、これだけの部分においても、架蔵本の独自異文、青 表紙本と一致する箇所、河内本と一致する箇所などがよくわかるであ ら﹀つ。 ひと    御心。・      ・

人・しれぬみこ㌧うつからの物おもはしさはいつれとなき

     御心⋮

こと       よ

事・なめれとかくおほかたの世につけてさへわっらはしう

   ・      よ      く          こと       もの       世

・・おほしみたる㌧事・のみまされは物・心。・ほそくよ

なと      ものこ㌧ろ ・      お ほしなら る∼ ・

の中・なへていとはしう思・・めくらし給・・にさすかな

 なか         く おもひ     たまふ  こと

る事・おほかりれいけいてんときこえしは宮・たちもおは

       みこ

      たまひ

せ・・す院かくれさせ給・・てのち・いよく・あはれな

しまさ     ・・たま    は と㌧物

      

る御ありさまをた㌧この大将殿の御心はへにもてかくされ

    たまふ      を       き み

てすくし給・・なるへし御おとうとの三の君・もうちわた

   いたまふ

       五〇

      う       たまひ     の

りにてはかなく・・ほのめき給・・しなこり・れいの御心

       うち     たまひ

       たま すわさとも、てなした

なれはさすかにわすれもはて給・は・・・・・・・⋮

   ・⋮      

たま すわきとはたもてなし

まは     御 

を    くし  たまふ か

⋮ぬに人のみ心・のみ・つき・はて給・・へるめる

たまは    御     そ くし  たまふ か

         こと      よ

をもこのころの之る事.なくおほしみたる㌧世のあはれの

      よ

      たまふ は         さみ

くさはひには思⋮いて給・・にもしのひかたくて五月

      おもほし  たまふ事        さみ

たれ そら     はれ  くも

雨・の空・めつらしく晴・たる雲・まにわたり給・・なに

たれ そら    

はれ  くも    

たまふ          く      

はかりの御よそひならすうちやつして御せんなともことに

     て  ・・なか∼は

なくしのひ給・へり中川・・のほとおはしすくるにさ∼や

     たま   なか∼は

   いへ こ       ⋮

かなる家・の木だちなとよしはめるによくなるさうのこと

   いへ こ  ・・ を    に

のあっまをしらへ⋮てかきあはせにきは∼しくひきな

に       あはせ ・・。。・・よしくしう

・すなり⋮.・⋮御・・み\とまりてかとちかな

らかとちかなるへしおほむ 

・・⋮

(7)

      み   たま

る所なれはすごしさしいて\見いれ給・へはおほきなるか

.・。。・・。・・・⋮   たま

   き  お

つらの木のをひかせにまつりのころおほしいてられてそこ

     お 風・・        み

はかとなくけはひおかしきをた∼ひとめ見給・・しやとり

      たまひ

     み・・たまふ。   

なり・・と思・・いて給・・にた、ならすほとへにけるを

  けケ おもひ  たまふ

      たま

おほめかしくやとつ、ましけれとすきかてにやすらひ給・

     う      たま       を

ふおりしもほと、きすなきてわたる・もよほしきこえかほ

       ・      よ        を        ・       ・

なれは御くるまおしかへさせ給・・てれいのこれみつをい

 るに    を・さ   たまひ        。

 給・・ れたまふ 三  つぎに、この零本に加へられてるる朱点・朱注について一筆しるし たい。  この書に朱を点じた箇所については、後掲活字醗刻の下に注してお いたがおよそ七十箇所あるが、その句点を朱で打ったところはしばら       む くおくとして、﹁さ㌧やかなる家﹂の﹁さ㌧やかなる﹂を﹁さ団やか 源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について         む む       む      む なる﹂と濁り、﹁かどちかなる﹂﹁おぼめかしく﹂﹁しんでん﹂﹁ごせ         ち﹂﹁うちすんじ給﹂などの濁点は、それがすべてにわたってみるも のでないだけに興深く参考になるであらう。また、﹁いかにとりてか﹂ ︵五オ︶の朱注、﹁イニシエノ事カタラエハ一二イカニシリテカフル コエニナク﹂の﹁フルコエニナク﹂は源氏釈と紫明抄との注するとこ ろであり、他の古注・旧注は﹁古声にする﹂﹁なく声のする﹂などと ある点からも、この朱書の古さを知ることができよう。奥入には﹁な くこゑもする﹂とある。  さらに、この本の本文でまことにありがたいことは、﹁御⋮⋮﹂を ﹁み⋮⋮﹂﹁おほん⋮⋮﹂などと区別してかな書きで表記してみるとこ ろが比較的多いといふことである。  源氏物語 きりつぼの巻頭の﹁いつれの立時にか⋮⋮﹂の﹁御時﹂ は、 一般に﹁おほんとき﹂と読まれてみるが、古来信すべき古写本の 類に﹁おほんとき﹂乃至﹁おほん時﹂と表記せられてみるものが一本 もないことは、周知のとほりである。大成の校異篇きりつぼの巻所収 の底本・校合本十四本にもすべて﹁御時﹂﹁御とき﹂とあるらしく、        ﹁おほん一﹂の表記がない。宮嶋弘氏が﹁いつれのみときにか⋮﹂ と読むべしとせられたゆゑんである。 ︵宮嶋平氏﹁源氏物語﹂︹国文解釈叢 書︺︶  この﹁御﹂﹁おほん﹂﹁み﹂などの問題については、以前に発表した ﹃枕冊子における敬語﹄1﹁をり﹂の待遇語法と﹁御﹂のつく語とを 身心として一﹄︵﹁国文学﹂第五巻第二号 昭和三五・一月号︶にお 五﹁

(8)

源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について いて詳説したが、そこに引いた伊吹和子氏の﹃隆能源氏絵詞に於ける ﹁御﹂﹃︵﹁国語国文﹂第二二巻第八号 昭和二八・八月号︶によると、 隆能源氏絵詞・西本願寺本三十六人集・類聚歌合・古今集など、平安 朝人の書き残した、 いはゆる古筆といはれるものでは、﹁ご﹂は、 ご くかぎられた少数の日本語化した漢語につく一﹁ご加持﹂﹁ご前﹂ −1が、それも日本語化した度の高い﹁賀﹂などは﹁御重﹂を﹁おほ むが﹂︵忠塔集その他︶とよむし、﹁み﹂は、﹁みかど︵門︶﹂﹁みき帳﹂ ﹁み帳﹂﹁みくるま﹂﹁みこ﹂﹁みす︵簾︶﹂﹁み修行﹂﹁みっし︵厨子︶﹂ ﹁みともひと﹂﹁みのり︵法︶﹂﹁みはし︵階︶﹂などであるが、﹁みく るま﹂﹁みともひと﹂は、﹁おほんくるま﹂﹁おほんともひと﹂とも見 ている。︵大成校異篇によれば、﹁みともひと﹂は、諸本﹁おんともひ と﹂とあるよしである。︶そして、﹁お﹂は、﹁おまへ﹂﹁おまし﹂の二 語だけであって、燈音無表記のために実際は、﹁おンまへ﹂﹁おンま し﹂であったかも知れないが、﹁お一1﹂の表記例は、この二語以外 になく、﹁おんl﹂とかな書きしたものは、隆能源氏および伊吹氏 のみられたかぎりの資料に、その例がなかったさうである。これに対 して、﹁おほん﹂の例は、多く、 つきかたも比較的自由であって、隆 能源氏にだけでも、﹁ありさま﹂﹁いらへ﹂﹁かたさま﹂﹁かたち﹂﹁く し︵髪︶﹂﹁くどく﹂﹁けしき﹂﹁ご︵碁︶﹂﹁ここち﹂﹁こころ﹂﹁こころ ざし﹂﹁こころならひ﹂﹁こと︵事︶﹂﹁ざうし︵曹司︶﹂﹁さま﹂﹁ぞ ︵衣︶﹂﹁なか︵仲︶﹂﹁め︵目︶﹂﹁よろこび﹂の上に﹁おほん﹂﹁おほ む﹂がついているし、その他の資料において、﹁あそび﹂﹁かへし﹂ ﹁かへり﹂﹁賀﹂﹁しとね﹂﹁すがた﹂﹁つかひ﹂﹁て﹂﹁ふみ﹂﹁てっか 五二 ら﹂などについた例があるから、伊吹氏は、﹁﹃御ll﹄の例の大部分 は問題なしに﹃おほむ一﹄と訓む事が可能であるばかりか、むしろ ﹃わほむ一﹄と訓むのが穏当ではないかとさへ思はれる。﹂︵同誌 二〇頁︶と述べてをられる。 つまり、﹁御1﹂の例のほかは、﹁み l﹂﹁お一﹂﹁ご一﹂は限定せられ、﹁おん一﹂のかな書きは、 その例を見ず、﹁おほん一﹂がもっとも多いというのがその結論で あった。しかして、枕冊子における場合も、現存資料から考へて、伊 吹氏の採られた源氏物語・三十六人集・類聚歌合・古今集などに比し て時代が下るが、その結論は、ほぼ同様であった。ただ、﹁お﹂のつ く単語が﹁おまへ﹂﹁おまし﹂以外にやはりマ行の語であるが﹁おも と﹂﹁おもの﹂などが加はってみる。これらについては、前記小論を ごらんねがひたい。  ところで、架蔵本﹁墜ちる里﹂についてこれをみるに、﹁御﹂の字       む をあてるべきところでかな書きになってみる箇所が﹁みこ、ろっから         む       む      む   む の﹂︵一存︶﹁人のみ心﹂︵一ウ︶﹁みこ㌧ろ﹂︵三ウ︶﹁女御のおほむか       む      む  む  む た﹂︵詮議︶﹁みけはひ﹂︵四ウ︶﹁おほむさま﹂︵六オ︶の六例があり、 ﹁み⋮⋮﹂が四例、︵そのうち、三例までが﹁心﹂につづく。︶﹁おほ む⋮⋮﹂が二例であって、﹁お﹂﹁おん﹂のかな書きは一箇所もない。 これは、前掲伊吹氏の結論にあはせてその証をかためるとともに﹁み 一﹂の例を加えるものであり、室町時代書写の本にしても、これら の表記が見えることは、その資料としてまことにありがたきこととい はねばなるまい。右の六例を従来の諸注に﹁御﹂としるして、﹁おん﹂ とよませたり、あるいはよみかたを示してないものに対して、国語学

(9)

的にも貴重な参考資料になるであらう。源氏物語大成 校異篇瞬花ち るさとの校合本によると、青表紙本系統本で、横山本といはれる本に ﹁おほん心﹂ ︵三八七頁︶﹁おほん車﹂︵三八八頁︶﹁おほん心﹂︵同︶﹁お ほんおほえ﹂︵三八九頁︶﹁おほんさま﹂︵三九〇頁︶﹁おほんさま﹂︵同︶ などの表記が目立つが、他には﹁御﹂のよみかたに参考すべき本があ まりないやうである。この横山本は、源氏物語大成 研究資料篇 第 三部 現存重要諸本の解説によると、四十九帖あり、帯木・朝顔・藤 袴・幻・手習の五帖を敏く。竪五寸五分五厘横五寸一分野胡蝶装。紺 表紙で、本文系統は、橋姫・羅綾・総角三帖が別本、他はすべて青表 紙本と認められる、鎌倉時代中期ころの写しで、一面九行に書き、ま れに十行の巻もあるとのことであるが、ここに紹介した書とはまった く関係がなさきうである。  なににしても、﹁み一l﹂﹁おほむ一﹂の本文表記をこの本の書写 者が勝手にかな書きにしたとは思へず、より古い本からの写しとすれ ば、その資料価値は源氏物語本文研究上だけでなく、﹁御﹂のつく語 の研究に資することも大である。 慧

花ちる里

︵翻刻︶ 、︾簸

  讐

 以上﹁花ちる里﹂の一本を紹介した。実は、この本文を通じて源氏 物語プロパーの本文にまで説きおよぼしたかったのであるが、その力 と暇とがなく、ただこれを紹介するにとどまった。さいはひ、この巻 の全文を謙刻することができたから、それによって研究の資料として いただければ、幸甚である。 一 本文の端数・字詰は、原文のままである。 二 本文に加へられた朱点・旧注の類は、すべ   て脚注にした。 源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について 五.三

(10)

源氏物語﹁花ちる里﹂の︻本について

ムゆれ楚ラ   卿、  八逐

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五四 一オ 縛しれぬみこ㌧うつからの物おもはしさはいつれ       ﹁なめれ﹂とノ﹁と﹂ となき事なめれとかくおほかたの世につけ   二濁点ヲウチ、ソノ下       二朱点ヲウツ てさへわっらはしうおほしみたる㌧事のみまさ れは物心ほそくよの中なへていとはしう思めく らし給にきすかなる事おほかりれいけいてん ときこえしは宮たちもおはせす院かくれ させ給てのちいよくあはれなる御ありさまをた㌧ 一ウ この大将殿の御心はへにもてかくきれてすくし給       ﹁なるへし﹂﹁三の君 なるへし御おとうとの三の君もうちわたりに てはかなくほのめき給しなこりれいの御心な れはさすかにわすれもはて給はぬに人のみ 心のみつきはて給へるめるをもこのころのこる 事なくおほしみたる㌧世のあはれのくさはひ ﹁おほかり﹂ノ下二朱 点アリ ﹁おはせす﹂ノ下二朱 点アリ   ﹁御ありさまを﹂   ノ下二朱点アリ も﹂ノ下ニソレゾレ朱 点アリ、﹁三の君﹂ノ右 肩二﹁\花チル里﹂ト 内評アリ ﹁なこり﹂ノ下二朱点 アリ ﹁給はぬに﹂ノ下二朱 点アリ には思いで給にもしのひかたくて五月雨の空めつら ﹁しのひかたく て﹂ノ下二朱点 アリ

(11)

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源氏物語﹁花ちる里﹂の叫本について

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かとちかな・所なれはすこし。いて、見いれ給へは奨蜷拳嬬

      は﹂ノ下二朱点ア ニウ       リ おほきなるかつらの木のをひかせにまつりの ころおほしいてられてそこはかとなくけはひ

おかしきをζひとめ見給しやとりなりと思蕊鷺きを﹂ノ下。

      ﹁た∼ならす﹂ノ下二 いて給にた∼ならすほとへにけるをおほめかし朱点アリ﹁おほめかし       く﹂ノ﹁ほ﹂二朱ニテ       濁点ヲウチタり くやとつ、ましけれとすきかてにやすらひ   ﹁つ、ましけれと﹂ノ        ニ朱ニテ濁点ヲ      ﹁と﹂       ウチ、﹁と﹂ノ下二朱点 給ふおりしもほと㌧きすなきてわたるもよ   アリ ほしき・えかほなれは御くるまおしかへさせ給て 一蕪翼ノ下       五五

(12)

源氏物語﹁花ちる里﹂の一本に.ついて

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五六 三オ れいのこれみつをいれたまふ

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       ﹁垣ねに﹂ノ下二朱 かたらひしゃとの垣ねにしんてんとおほしき屋の点アリ、﹁しんてん﹂       ノ﹁て﹂二朱ニテ濁       点ヲウツ にしのつまに人一みたりさきくもき㌧しこゑ ﹁みたり﹂ノ下二朱       点ヲウテリ なれはこはっくりけしきとりて御せうそこきこ

ゆわかやかなるけしきともしておほめくなるへし 錦聖意柔

      ﹁ほと㌧きす﹂ノ右肩   ほと、きすかたらふこゑはそれなれとあな 二﹁誰共ナシ﹂ト朱注        ヲ加ヘタリ 三ウ おほっかな五月雨の空ことさらにたとるとみ       ﹁れは﹂ノ下二朱点ヲ れはよし一うへし垣ねもとて出るを回しれぬ ウッ﹁うへし﹂ノ右肩       二朱ニテ﹁\﹂トアリ 心にはねたくもあはれにもおもひけりさうつ、 むへき事そかしことはりにもあれはさすかなし       ﹁こせち﹂ノ右肩二朱 かやうのきはにはっくしのこせちこそらうた  ニテ﹁\﹂トアリ、﹁こ﹂       二朱ノ濁点ヲ附シタリ けなりしはやとまつおほしいついかなるにつけ

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(13)

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源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について 四オ をへてもなをかやうに見しあたりのなさけはすく し給はぬにしもそ三一あまたの人の物思ひ くさなりけるさてかのほいの所はおほしやり㌃るLノ下。朱点ヲ つるもしるく人めなくしつかにておはするあり

さま見給ふもいとあはれなりまつ女御のお姦噸劣佑擢涛ル

ほむかたにて昔の御物かたりなときこえ給に 夜ふけにけり廿日の月さしいつるほとにいと∼ 四ウ 木たかきかけともこくらくみえわたりてちか きたち花のかほりなつかしくにほひて女御 のみけはひのねひたまひにたれとあくまて 知沈難㌃﹁と﹂。

よういありてあてにらうたけなりすくれ 一徳諮なり﹂ノ下

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しくなつかしきかたにはおぼしたりしものをなと おもひいてきこえたま気にしもむかしの事       五七

(14)

源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について

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五八 五オ かきつらねおほされてうちなき給ほと・きす知髭四二Lノ下二 ありつる垣ねのにやおなしこゑにうちなく したひきにけるよとおほさる、ほともえん也       ﹁いかにしりてかなと⋮﹂ノ        右二﹁\イニ かしいかにしりてかなとしのひやかにうちすんし給   シエノ事カタ       ラエハ時鳥イ       カニシリテカフルコエニナク﹂

  たちはなの香をなつかしみ郭公花猷荘郵テ驚髪52.

       ﹁たちはな﹂ノ右肩二﹁\ ちるさとを尋てそとふいにしへのわすれかた 源氏﹂ト朱注アリ うおほえ給へらる、なくきめにはまつまいり 五ウ 侍ぬへかんめりこよなくこそまきる∼事う  ﹁めり﹂ノ下二朱点アリ ちそふかたおほう侍りけれおほかたの世にした勲助けれLノ下下 かふ物なりけれははかなきむかbかたりもきか すへき人すくなくなりゆくをましていかに つれくもまきる、事なくおほさるらんなときこえ       ﹁給に﹂ノ下二朱点ア 給にみないとさらなる世なれと物をいとあはれ リ﹁世なれと﹂ノ﹁と﹂       二朱ニテ濁点ヲ施ス とおほしつ蕩たる御けしきのあさからぬをな霜鹸猪ぬを﹂ノ下

(15)

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源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について 六オ を人の御さまからにやおほくのあはれそ\ひける

人め穿あれたる宿は橘の花こそ軒 扁ぴ顎

のつまとなりけれとはかりの給ふもさはいへと聴鴛㌃﹁も﹂ノ       ﹁おほしくらへる﹂ノ 人にはいとことなりけりとおほしくらへるにし下二朱点アリ﹁にし﹂       ノ右肩二﹁\花チル﹂       ト朱注アリ おもてにはわさとなくしのひやかにうちふるま ひてのぞきたまへるもめつらしきにそへて世に めなれぬおほむさまなれはつらさもわすれぬ 六ウ へしなにやかやとれいのなつかしくかたらひ たまふもおほさぬ事にはあらさるへしかり にも見給かきりはおしなへたるきはにしあら ねはやさまくにつけてゆうにわれも人もな さけをはかはしつ㌧すくしたまふなりけり それをあひなしとおもふ人はとにかくにと うちかはるを又ことはりの世のさかとおも       五九 ﹁あらさるへし﹂ノ下二 朱点アリ ﹁はや﹂ノ下二朱点アリ ﹁なりけり﹂ノ下二朱 点アリ ﹁うちかはるを﹂ノ下 二朱点アリ ﹁世のさ か﹂ノ﹁か﹂二朱ニテ 濁点ヲ施ス

(16)

源氏物語﹁花ちる里﹂の一本について

ひ左了

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六〇 七オ ひなしたまふありつる垣ねもさやうにて ありさまかはりにたるあたりなりけり ﹁たまふ﹂ アリ ノ下二朱点 ︵本学教授−国文学︶

参照

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